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6.変化


 目を覚ましたアマーリアは幾分落ち着いたのか、僕との関係を改善する意思と姿勢を見せたが、正式な魔法契約を結ぶのは一旦後回しになった。

 僕の口にした案は、どうやら上の年代の人間から見ると随分と奇異に映ったらしい。もっとよく考えなさい、と何故か二人がかりで諭されてしまった。


 ところで。

 どうして僕がアマーリアの『運命の番』なのか、僕自身はなんとなく理解し始めていた。

 僕はその辺のどこにでもいるような男で、目立たず凡庸で、取り柄らしい取り柄は何もない、枯れ草のような男だ。

 そういう男こそが、彼女にとっては必要だったのだろう。


 アマーリアは疲労が限界にまで来ると、僕を訪ねてくるようになった。

 僕の存在などないかのように振る舞い、背景に溶け込んでいるような僕の肩にそっと頬を寄せて、木漏れ日の差すベンチで少しうたた寝していただけ、みたいな顔をして去っていく。


 彼女に必要なのはそういう存在だったということだ。

 優秀すぎるほどに優秀な彼女の止まり木になれるような男として、僕は選ばれた。


 いやはやよかった。これで僕にもアマーリアと同じような結果を出せと迫られていたら、取るものも取らず逃げ出していたところだ。

 僕はとにかく、無理な努力というものが心底嫌いなのである。人生なんて、出来る範囲でしか頑張りたくない。

 ただそこにいるだけで良い、それこそが存在価値になるだなんて、なんて素晴らしい仕事だろう。


 アマーリアは僕に少なからず好意を抱き始めているようだった。それに反射的に悍ましさを感じては苛立ち、そして苛立っている自分の不甲斐なさにやや機嫌を損ねる。

 不機嫌のままぶつかってくることが無くなったのは成長だと言えるのかもしれない。彼女は類稀な才能に溢れ過ぎていて、少しばかり精神の年齢が身体に追いついていないようだったから。


「でも、挨拶に棘がなくなったのはちょっと寂しい気もするんだよね」

「……やっぱりお前、そういう趣味があったのか」


 食堂で顔を合わせたアーノルドに話題を振ると、彼は若干、身を引きながら小さく零した。


「そういう趣味って?」

「…………いや、なんでもない」


 アーノルドは軽く首を振ると、とても分かりやすく話題を変えた。

 多分触れられたくないことだろう、と思ったので、そのまま流しておくことにした。




 さて、ところでもう一つ。小さな問題が起きていた。

 僕がアマーリアの正式な婚約者となってから、僕宛に脅迫状が届くようになっていたのだ。


『お前のような人間はアマーリア・ウィングステンには相応しくない。潔く身を引け』


 強い筆致でありながら非常に整った字面からは、強い憎悪が読み取れた。

 開いた途端に、これは是非とも遠巻きにしたい代物だ、と若干腕を伸ばして文面を確認したほどである。


 神様、『番』ってのは人類がよりよく発展していくために作られた画期的なシステムじゃなかったんですかね。

 どう見ても問題が起きているように思えるんですが。


 神の存在は、その顕現が七百年前に伝説として残っているのが最後である。それ以降、人類の前に姿を現していない。素敵で便利なシステムを与えた後、深い眠りについたのだと言われている。

 作るだけ作って後は知らんぷりだなんて、魔導開発部が聞いたらきっと訴訟問題に発展することだろう。損害によってはデモ隊も結成されるかもしれない。なんだったら、僕もその端には加わりたいくらいだった。


 どうしたものかな、と悩みつつ五通目の同じ文面の手紙を受け取った頃、それがアマーリアにバレてしまった。

 回を重ねるごとに目立つ場所へ置かれるようになった便箋が、とうとう学園の掲示板に小剣で突き立てられてしまったので、アマーリアだけなく全校生徒にバレたと言ってもいい。

 ちなみに、僕がアマーリアに相応しくないことなど、今更言われるまでもない事実なので、特に話題にもならなかった。


 気にかけているのは今、古い中庭のベンチで僕の隣に座るアマーリアだけである。

 手紙の文面を確かめたアマーリアは、まるで証拠を探すかのように小剣を矯めつ眇めつしてから、溜息と共に呟いた。


「私が、貴方の番に相応しい態度を取っていないからだわ」

「でも。そうするのはいやなんでしょう」


 アマーリアは妙な顔をした。

 肯定も否定もしたくない、というのがよく分かる顔だった。

 ついでに言えば、ちょっと恥ずかしいと思っている顔だった。なるほど。


「問題の責任は私にあるのだから、私が解決するべきよ。契約としてでも、番を受け入れたことには変わりないのだから、正しい態度を取る覚悟はあるわ」

「本当? だったら人前で口づけとかしていい?」

「なん、なんですって!?」

「それが一番早いと思うんだよね」


 誰が見たって関係を受け入れたことが分かるだろう。まあ、これは冗談の部類だ。いずれは真のパートナーを見つけるだろうアマーリアの純潔を奪うだなんて、たとえ唇だけでも許されない。

 そもそも、彼女自身、演技だとしても受け入れ難い提案に違いない、と思った、のだが。


「冗談じゃないわ! 人前でだなんて!」


 意外なことに、言及されたのは口づけについてではなく場所の問題だった。

 あまりにも意外だったので、つい、止める間もなく疑問がこぼれ落ちる。

 

「人前じゃなかったら良いってこと?」


 アマーリアは真っ赤な顔で固まったまま、三秒ほど僕を睨みつけ、それから、流麗な所作に定評のある彼女にしては珍しく、なんともぎこちない動きでベンチに腰を下ろした。

 中途半端に開いた唇からは、声にも鳴らない吐息が漏れている。過呼吸でも起こしそうな様子に、あの夜を思い出してつい顔を覗き込んでしまったのだが、アマーリアは飛び上がるようにしてベンチの端まで後ずさった。いや、後ずさろうとして、手すりにぶつかって、すぐに止まった。


「ちっ、近寄らないでちょうだい! それ以上近づいたら、」


 斬り捨てるわよ、と続く筈だった台詞は、結局彼女の口から吐き出されることはなかった。

 柔らかい感触を味わいながら、僕を突き飛ばそうか殴ろうか考えている内に迷子になったアマーリアの手を取る。

 握り返しこそしないものの、振り払われることもない。あ、いいんだ、と思ったのでそのまま好きに咥内を舐ってから唇を離すと、彼女はそれ以上距離など取りようもない身体を無理に引きながら、口元を拭った。


「し、しっ、信じられないわ、契約前にこんな! 貴方、淑女に対する礼を持ち合わせていないの!?」

「あー、不躾に侮辱された心の傷が癒やされるなあ」


 答える代わりになんとも白々しい響きで口にした僕に、アマーリアは痛いところを突かれた、と言わんばかりの仕草で押し黙った。

 噛み締められた唇につい目をやったところで、真っ赤になった彼女がとうとう僕を突き飛ばす。アマーリア対僕ならば間違いなく彼女の方が強いので、僕は容易く、間に人一人分くらいは空く勢いで仰け反った。

 お強い。こんなにお強いのにさっきまでは全く突き飛ばされなかったのは何故か聞いてはいけないのだろう。多分、本当に斬り捨てられるに違いない。


「失礼するわ! 脅迫文については、お母様にも相談します!」


 責任感が強いのか、しっかりきっかり宣言していったアマーリアは、動揺を隠すためかこれ以上無いほどに普段と同じく淀みない足取りで姿勢よく進み、


 あ。

 転けた。


 振り返ったアマーリアは、笑っている僕を睨みつけたものの、言い訳に使える言葉が何も見つけられなかったのか、悔しげに歯噛みしたまま、無言で去っていった。

 見慣れた流麗な所作の名残もない、豪快な足取りであった。


 参ったな。笑いが止まらない。

 僕の番はどうにも、とんでもなく可愛い人のようである。



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