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4.慣れ



 前期の授業が終わる頃には、同級生は僕という存在に慣れたようだった。

 遠巻きにしていた人たちも挨拶をすれば返してくれるようになったし、なんならちょっとした課題の手伝いくらいなら付き合ってくれるようになった。警戒していても仕方がない、と思うようになったのかもしれない。


 アーノルドはといえば、そんな僕を何だか不気味なものでも見るかのようにしていた。多分、僕が彼らを洗脳か何かでもしたと思っているのかもしれない。濡れ衣だ。僕はただ、彼らに対して一定の好意を示しただけである。


 大抵のまともな感性を持つ人間は、自分に好意的であり続ける人間を邪険にはしづらい。

 それでも尚攻撃的な人間は、それこそ付き合う必要はない人間だと分かる。


 同級生たちは、本当の意味で僕がどこにでもいる、平凡な男だと理解したようだった。側においていても害はないし、いつでも簡単に排除できる。そんな風に、感覚で理解している。


 それは僕がこれまでの人生で受けてきた扱いと何ら変わりなかった。

 アマーリア・ウィングステンの番、という理由でちょっとばかり目立ってしまうイレギュラーがあったが、僕という人間は本来こういう扱いをされる存在である。

 卒業して一年も経てば、僕の顔と名前を一致させられる人間なんてほとんどいなくなってしまうだろう。


 ところで、アマーリアは見事に前期の剣術大会で優勝を収めた。

 無論僕は不参加である。別にアマーリアが相手でなくとも五秒で倒されるのだから、参加するだけ無駄というか、参加する方が損失というか。


 ちなみに、せっかくなので優勝のお祝いには行ってきた。アマーリアは僕が差し出した花束を渋々といった様子で受け取って、極めて義務的な礼を口にした。

 なるほど、どうやら彼女は理由のある贈り物を無碍にはできないらしい。


「誕生日を教えてもらってもいい?」

「何故貴方にそんなことを教える必要があるのかしら」

「君はそういう贈り物なら断らないみたいだから」

「私に贈り物をしようとする神経が理解できないわ。魔法回路にサラマンドラでも住んでるのではなくて?」

「君に贈り物をするのってそんなにおかしいことかな」

「イフリートが住んでいても納得するくらいにはね」


 アマーリアは花束を抱えたまま、わずかに強張った声で告げた。抱えた花束を包む腕にも、同じく力がこもっているように見える。何処か身を守るかのような姿に、僕の口からは短い問いがこぼれ落ちていた。


「ねえ、何を怖がってるの?」


 尋ねてしまったのは、単純に言って僕のミスだっただろう。

 この間のベンチでの一件によって、僕の中でアマーリアへの距離が無意識にでも近くなっていたのかもしれない。

 ぴくりと持ち上がった彼女の眉は、瞬く間に不快感を露わに歪められた。


「私が貴方を? 冗談言わないで」


 別に、僕は『誰を』などとは尋ねていないのだけれど、アマーリアにとって真っ先に出た言葉がそれである以上、どうやら彼女の恐怖の対象は僕であるようだった。アマーリアも失言に気づいたのか、彼女の赤い唇が苦々しげに噛みしめられる。

 花束を抱え直した彼女は、僕の足下を睨みつけるようにしながら言葉を続けた。


「恐怖ではなく、ただの嫌悪よ。悍ましいの」

「えーと、それは、僕が?」


 確かに、もしこれが一般的な交友関係に当てはめた状況だとすれば、遠ざけようとしている異性が変わらず接してくるのはかなり気味が悪いものだろう。

 そう考えると僕も僕で悪いことをしているような気がする。贈り物はやりすぎだろうか、と考えた辺りで、対面のアマーリアが小さな呟きを落とした。


「貴方は、恐ろしくないの? 自分の意思が、何処の誰とも知らぬ神に定められているなんて」


 掠れた声で響いたそれは、これまでに接したアマーリアの言葉の中で、最も強く彼女の心を表しているように思えた。剣姫と名高い彼女が同い年の少女だと思い出させるような、薄く震えた声だ。

 つまるところ、彼女が嫌悪しているのは『運命の番』という魂に刻まれた、上位存在による意思なのだろう。

 僕は少し考えてから、出来る限り真摯な答えを探して、言葉にした。


「君はきっと、本能も押さえつけるような強い意思を持っているからそう思うのかもしれないね。僕はほら、心地よく楽しい気持ちにさせてくれるなら別に構わない派だから。

 そもそも、僕らの意思って生まれ持った身体の造りに結構依存してないかな。食事の嗜好だってそうだし、身体能力の向き不向きで性格にだって影響するよ。人類は魔素マナから進化した存在だとされてるんだから、突き詰めたら全てが神の定めだって話にならない?

 僕がチーズの入ったオムレツを何より美味しいと思うのは僕がそういう造りをしているからだし、君を素敵で愛しいと感じるのも、それは結局、僕自身がそういう人間なんだと思うようにしているかな」


 その方が楽だしね、と付け足した僕に、アマーリアはただ真っ直ぐな視線を向けた。

 彼女の形のいい眉は、依然として強く寄ったままだ。ただ、そこに表されているのは嫌悪は不快ではなく、単なる不可解さであるようだった。


「貴方とは、分かり合えそうにないわ」

「そうだね。僕もそう思う」


 心の底からそう思っている。

 でも、分かり合うことが共にある条件ではないとも思っている。

 という言葉を飲み込んだまま、僕は去って行くアマーリアの背を見送った。


 ああ、そういえば。

 結局、誕生日は聞きそびれてしまった。



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