8-10『信の勇者は試される~その3~』
鰯の頭も信心から……
悪魔のアドバイスも信じる価値あり……?
今、私『信の勇者』チズ=アーズマの心は大きく揺らいでいる。
悪魔という存在は、言葉巧みに人間を騙し、堕落させるものだと聞く。
私は、堕落などしない。
『勇者』だから。
それは信じてほしい。
しかし、その心は揺らいでいる。
信なくば立たず……
信頼がなければ組織や社会は成り立たないという意味の言葉であるが、それはきっと「魔法」にも当てはまる。
自分の魔法に対する「信頼」がなければ、肝心の「魔法」が揺らいでしまうのだ。
「ま、まだまだ……」
「いいよ~。気が済むまでやってみな」
私は、悪魔の術中にハマってしまったのかもしれない……
最も小さな魔法で最も遅く発動……
最も小さな魔法で最も速く発動……
不得意な属性を持たない私にだけ課せられた特別ルール。
それが、こんなにも難しいものだとは思ってもみなかった。
第一、魔法の威力を最小限に抑えることなどこれまでしてきたことはなかったのだ。
「ロムルメ王国」で『信の勇者』の『称号』の啓示を受けてからというもの、いかに魔力を鍛えるか、そして、鍛えた魔力で強力な攻撃を繰り出せるかということに注力してきた。
強い魔物を倒すためには、あるいは、敵を1度に殲滅するためには、いかに強力な魔法を使えるかということが重要だったから……
少しでも魔物が倒せるような魔法を覚えると、『聖剣』を用いた訓練に取り掛かるようになり、すぐに「魔物狩り」の現場に出るようになった。
だから……と言い訳になるかもしれないが、初歩的な魔法訓練を受ける機会などほとんどなかった。
『勇者』の『称号』の使える魔法ははじめから「グラン級」以上のものがほとんどなので、一般の魔導師のような教育を受ける必要がなかったともいえる。
「ぬおおおーーー、俺だって」
最も小さな魔法の発動と形状の固定に四苦八苦する『勇者』の私の隣にもう1人、同じく居残り組となっている新入生が必死で『風魔法』を的に向かって発動している。
それも、ご丁寧に、私の放っている魔法と似たような形と大きさのものを……
『茶魔導師』ジャン……
この「トライアウト」の前に、こともあろうにこの私を挑発してきた30戦30敗の、茶色いローブの男だ。
日がとうに頭の上を過ぎて、傾き始めている「噴水前芝生広場」で、私とこの男だけがいまだに居残って魔法の「的当て」を行なっている。
「ちゃま~、そろそろ諦めたら?」
「ぬおおおー、そんなわけに行くかー!もう少しでできる気がするんだ」
「明後日もまた同じ課題なのに~?」
「今日できないことが明後日できるとは限らないだろうが!魔力が尽きるまでやるんだ」
「お前は負けん気だけはトップクラスだな」
「魔力量もすごい気がする」
「ぬおおおー、そりゃ鍛えているからな!見ろこの筋肉!」
もっともらしいことを言っているが、その魔法はひどく拙い。
筋肉はともかく……
正直、30敗の理由がよく分かってしまう拙さだ。
だからこそ、仲間内の冷やかしにもめげずに、必死でもがこうとしているその姿勢には好感が持てる。
だが、気になることが1つある。
「貴殿は、なぜ私の真似をしているんだ?」
最も小さな魔法の発動という的当ての条件は、あくまでも不得意な魔法のない私にのみ課せられたものだ。
他の学生たちにつき合う義理はない。
それなのに、この茶髪の男子学生は、さっきからずっと、必死になって私の放っている魔法とよく似た『風魔法』の小さな『玉』を作っている。
「へっ、だって、お前が俺たち新入生で1番っていうならその魔法を真似するのが最強への近道だろう?」
「……そ、そうか」
少しも悪びれない様子であっけらかんとした『茶魔導師』に、却ってこちらが戸惑ってしまった。
ただ、気恥ずかしさがある……
自分の大技を真似されるならともかく、納得できていない技を真似されたところで浮かばれない。
……いや、私の大技を真似したら『聖剣』で叩き斬るがな。
「ふーん、悪くないな」
「の、ノーウェ先輩!わ、悪くないですか、俺の魔法は!?」
ふいに、「紫の悪魔」が魔法の発動線に立つ私たちの間にスッとしゃがみながら入ってきた。
……今、一体どうやって移動したんだ?
まったく足音が聞こえなかったぞ?
「いや、お前の魔法自体は恐ろしく拙いな。たぶん、志願者の中で1番ひどいぞ……」
「ぐっ……」
ド直球の指摘をされてうつむく『茶魔導師』。
横目に見ていただけでも分かる、初心者に毛の生えた程度の魔法だから弁解のしようもないだろう。
まあ、私も、今はまったく他人のことを言っている場合ではないが……
「悪くないのはマインドの方だよ」
「ま、マインド?」
「ああ。さっき俺が話したことをこの『トライアウト』の場で早速実践しているのは悪くないぞ」
「あ、ありがとうございます!」
「でも、お前は周りを気にし過ぎだ。もっと自分の魔法と向き合え」
「じ、自分の……魔法と?」
自分の魔法と向き合う……?
なんか含蓄のありそうな言葉だ。
「自分よりも優れている魔導師の魔法を真似るのは悪くない。だが、そのお手本ばかり見て放っていたって、それはお前のものにしたことにはならないぜ。もっと自分の魔法と向き合え。今が足りなくても、目を逸らさずにちゃんと見つめるんだ。でないと、一生向上することはない」
「は、はい……!」
自分の魔法を見つめる……
考えたこともなかった。
私は、指先を見つめた。
焦らず、ゆっくりと、魔法を発動していく。
小さな風が指先に集まるのを感じる……
この『風』を、小さな『玉』の形に編み込んで……
……できた。
うれしい。
私は、心の中でガッツポーズをした。
……はっ!
いけない、いけない。
悪魔の助言に耳を傾けるなんて、『勇者』として恥ずべきことだ。
一生の不覚。
「おっ、こっちは、ようやく次のステップに移ったな。じゃあ、今度は発動だ。いきなり速くや、いきなり遅くじゃなく、まずは緩急だけを意識するんだ」
初めは緩急を意識か……
なるほど……
……って、いやいや。
「わ、私は、其方を決闘で破ろうとしているのだぞ!?そんな私にアドバイスなどしていいのかっ!?」
「なんで?べつにいいじゃん」
「えっ……?」
「『信の勇者』だっけ?あんたが今よりも強くなるんなら、それは俺にとってはよりスリリングな決闘になるってことだろう?そりゃいいことづくめだな」
「うっ……」
この男もまたあっけらかんとしている。
王国にいたときに行なっていた対人決闘でも、このような相手はいなかった。
『勇者』と聞いて臆する相手か……
逆に、私が貴族令嬢であることを見て侮ってくるような相手ばかりであった。
この男のように、対戦相手が強いことを喜ぶ本物の強者はほとんどいなかった気がする。
いるとすれば、同じ『勇者』の『称号』を持つあの殿方くらいか……
そういう意味では、この『紫魔導師』も絶対的な強者なのかもしれない。
……だが、ムカつく!
なんか小馬鹿にされているような気がする……
「……つっても、俺の言うことにはあんまり耳を傾けそうにないな」
「当たり前だ……誰が―――」
「おーい、ハリー」
―――悪魔の言葉になど……と言葉を続けようとしたところを遮られ、赤い帽子の魔導師が召喚された。
『玉』の魔法を自在に操り、騎士の心得を持ち合わせている異色の魔導師だ。
「どうしたんだよ、リーダー」
「ここの『勇者』さんたちにお手本をみせてやってくれよ。『最も小さな魔法』を最も速くと、最も遅く放つお手本を、さ?」
「ああ、いいぜ」
赤い帽子の魔導師は、「紫の悪魔」と場所を入れ替え、私と『茶魔導師』の間に立った。
正面には「的」はないのだが……
「『極小火玉』、『れんぞくま』」
ボボ……ボヒュンッ、ボヒュンッ……!!
「「ああっ……!!」」
なんと、両手の人差し指を私の的と『茶魔導師』の的にそれぞれ向けた赤い帽子の魔導師は、その指の先から豆粒ほどのごく小さな『火の玉』を作ると、ほとんど間を置かずに発弾した。
しかも、蜂が獲物を刺しにかかるよりも速いスピードで……!
「『極小火玉』、『れんぞくま』」
ボボ……ボワッ……ボワッ……
「「ああっ……!!」」
再び放たれた豆粒大の『火玉』……
だが、今度は最初のものとは打って変わってその形をはっきりと視認できるほどにゆっくりとそれぞれの的に向かっていく。
まるで柔らかい風に乗って浮遊する綿毛のようにふわふわゆっくりと……
……これが、本物の魔導師のレベルか。
私は、自分を深く恥じた。
浮かれていた……
破格の『称号』を得たことで、少し万能感に浸っていたのかもしれない。
もちろん、『勇者』としての研鑽は重ねてきたので、なんでもありの決闘であれば負けるつもりはないが、はたして、純粋な魔導師としての魔法勝負となった場合、この人物に勝てるだろうか……
さすがは、「紫の悪魔」の幹部……
少し軌道修正をしなければならないか……
「紫の悪魔」を倒す前に、この「四天王」たちを1人1人破らなければ……
「……とまあ、このように最小の魔法の発動と緩急を覚えれば、魔導師として戦略や戦術の幅がグッと広がる。それに、戦闘だけでなく色んな用途で魔法を使えるようになるんだ」
「「な、なるほど……!」」
……思わずハモってしまった。
『茶魔導師』の方は、分かったような、分かっていないような顔をしているが……
……それよりも、先ほどまで『茶魔導師』を茶化していた連れの者たちが急に近づいてきて聞き耳を立てている。
……ちゃっかりしている!
「まあ、明後日の2回目はこのことを踏まえて、自分なりの魔法ってのをよく考えて今日よりも進化させるんだな。1日ゆっくり考える時間があるわけだし」
「「「「「はいっ!」」」」」
……あっ、迂闊だった。
うっかり、悪魔の囁きに耳を傾けてしまっていた。
「おいおい、リーダーよ。こいつらばかりにアドバイスしていたら、他の奴らに対してフェアじゃないだろ」
「それもそうだな……まっ、でも、最後まで『居残り』していた役得ってやつでいいんじゃね?」
「んー、それもそうか……じゃあ、明後日の2回目頑張れよ」
そう言って、「紫の悪魔」は「赤の魔法騎士」と一緒に去っていった。
そんな絶対強者たちの背中を見つめて、私の心は少々揺らいだ……
悪魔の方便に耳を傾ける気はない……
だが、この関門を突破しなければ、決闘の道も開かれないのだ。
芝生広場はすっかり日暮れ時……
噴水の水がオレンジ色に輝く中、私は魔力欠乏による頭痛に悩まされながら帰路に着いた。
◇翌日◇
身体中がだるい……
少し意地を張り過ぎたようで、魔力が欠乏し、身体中が悲鳴を上げている。
少しでも練習をしたかったが、トイレに行くのもやっとの状態だ。
私は、床に臥せたまま、考えた。
自分なりの魔法を今日よりも進化……か。
鰯の頭も信心から……
私は『信の勇者』。
当たり前のように、私の使う魔法は、それ即ち『勇者』の魔法だと思っていた。
でも……
それが本当に私の魔法と言えるのだろうか……
……いやいや。
私はベッド上で大きく首を振った。
今は、明日の「的当て(2回目)」に集中しなくては……!
1回目の魔法よりも、進化した魔法を放たなくては……!
◇トライアウト「的当て(2回目)」◇
まだ少し体がだるい……
1回目と同じ時間に私たちは集合した。
場所も同じ「噴水前芝生広場」……
それが当たり前のように思っていたけれど、あの言葉を聞いた今では、それもまた一種の罠のように思えてくる。
2回目の課題は、1回目と同じ「的当て」。
ただし、その内容は「自由」。
そして1発勝負。
得意な魔法でも不得意な魔法でもなんでもいいから1発放て……とのこと。
私は訝しんだ。
同じ時間に同じ場所で放つ魔法がはたして同じでいいのか……
……それが、おそらくあの性格と底意地が悪そうな「紫の悪魔」が考えた命題なのだろう。
見破ったり……!
「ぬおおおおお……俺は昨日までの俺とは違うぜ!」
「あんたは無駄に元気ね」
「野生~」
「へっ、さすがはアルト先輩とシャウ先輩直伝の筋肉トレーニングだ。魔力もすっかり超回復したんだ、きっと!」
……そんな魔法理論あったっけ?
……おっと、気を乱されてはいけない。
自分の魔法に集中しないと……!
◇試技後◇
「はいっ、それじゃあ、トライアウトの『一次試験』の通過者を発表しまーす」
金髪ポニーテールの女性の案内により、大型のマスボが持ち込まれた。
あっという間に試験が終了し、ほとんど待つことなく一次審査が行なわれ、すぐに発表となった……
大丈夫だろうか……?
前回よりも魔法を進化させることができていただろうか?
ドキドキ……
自分でも分かるほどに、胸の鼓動が速まっている。
「では、結果発表~!!一次通過者はこの24人です!!」
24人……
最終的に50名以上の応募があったとのことだから、実にその半数がこの一次でふるいにかけられたということになる。
マスボに通過者の名前が表示され、私は目を見開いて書かれた名前を追った……!
――『信の勇者』チズ=アーズマ――
……あった!
よかった……
なぜか、胸に込み上げてくるものがある。
「ぬおおおーーー、あったぞ!!やったーーーーー」
「私もあった!よかったぁ」
「私も~」
「ジャン、よかったな」
「奇跡が起きた」
居残り組(4人は本当に残っていただけだが)も全員通過したようだ。
よかった……
なぜか、私までうれしくなってくる。
なんなのだろうか、この気持ちは……
「ちょっ、ちょっ、待てよっ!!」
歓声を上げる者、残念がってその場を後にしようとする者の悲喜こもごもの中、ふいに大きな声が広場に響き渡った。
「な、なんでこの『風灯』イギー=アリ様が不合格なのだ?し、しかもあまつさえ、そこの負け犬野郎が通過だとっ!?おかしいだろ?不正だ、不正!」
……なんか、いけ好かない七三分けの金髪男がその前髪を『風魔法』でなびかせながら抗議をしている。
高級ローブに身を包んでいるその出で立ちは見るからに貴族の坊ちゃんといった装いだ。
あのわざわざ髪をなびかせるだけの『小さな魔法』の使い方はなかなかすごいな。
「はいはい~。苦情は受け付けませんよ~。メンバー全員の総意ですので」
対する金髪ポニーテールのまとめ役の女子学生はにべもなく、訴えを一蹴している。
「ゆ、許せん!理由を言え、理由を!」
「同じだったからだよ」
「え?の、ノーウェ=ホーム……」
いつの間にか現れた「紫の悪魔」が金髪の女子学生に代わって返答した。
「えーと、イギアリ君ね。たしかに、君の『風魔法』は1日目からその正確性、威力共になかなかだったよ」
「そ、そうだろう……じゃ、じゃあなぜ俺が不合格なんだ」
「進歩がなかったから」
「え?」
「いや、2日ともまったく同じ魔法を放っていたじゃん。形も威力も。しかも、2日目に至っては『自由課題』だからって自分の得意な属性しか使っていなかったよね」
……やはり。
2日に渡るこの「的当て」には、「罠」が仕掛けられていたんだな。
「そ、それは……あんたらが『即戦力を求む』って書いていたから」
「うん、だから君は要らない」
「なっ!?」
「俺たちのいう『即戦力』って今強いやつのことじゃない……すぐに強くなれるやつのことだぞ?君らの今の強さなんて、俺たちから見たら『五十歩百歩』なんだから基準になるわけないじゃんか」
「えっ??」
……またしても、含蓄ある風のことを言っている。
……でも、動けない身体で一日ゆっくり考えた今なら、その言葉の意味が少し分かる気がする。
「ここまで言っても分からないようなら、何度やっても受からないと思うぞ。1回寮に戻ってゆっくり考えたらどうだ?自分がなぜ通過しなかったのかを。べつに機会はこれだけに限られたわけじゃないんだし」
「……え、ええい!不当だ!こんなの不正ありきの茶番だ」
「あー、もう面倒くさいな。じゃあ、いいよ」
「えっ?」
駄々をこねる貴族の坊ちゃんに対して、ノーウェ=ホームはニヤリと底意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「じゃあ、こうしよう。特別に、2週間後に決闘をさせてやる。お前だけじゃなく、今回落ちたやつ全員な。決闘相手はそこにいる『茶魔導師』な」
「えっ、俺?」
その場にいた全員が、『茶魔導師』の方を向いた。
「2週間後、1対1の決闘でそこにいる『ちゃま』に勝てたら、こいつの権利を譲るってことにしていいぞ」
「「「「「はいーーーー?」」」」」
驚きの提案……
……たぶん、急に指名された『茶魔導師』が1番驚いている。
そりゃ、そうだろう。
いきなり決闘を申しつけられた上に、負けたら権利を譲る、なんていう悪条件を勝手につきつけられたのだから。
「フッ……フハハハハハハハ、そうか!分かった。それならば、この茶番にも納得しよう。おい、そこの負け犬『茶魔導師』、首を洗って待っているんだな」
「え、えーと……」
高笑いして去る七三分け坊ちゃんの背中を見送りながら、『茶魔導師』はいまだに呆然としていた。
「……まっ、それ以前に『ちゃま』が2次選考も受からないとあいつが権利を譲ってもらっても意味ないけどな」
「「「「「……あっ!!」」」」」
意地の悪いニヤケ顔でその場を去る『紫魔導師』の背中を見送りながら、私たちは呆然とした……
うん……
……やっぱりあいつは冷酷非道な「悪魔」だ!
ここまでお読みいただきまして、本当にありがとうございます。
もしこの物語を面白い!と気に入っていただけたら、どうか、いいね、評価、ブクマ登録をよろしくお願いいたします。今後の執筆の励みになります。
ちゃま……ドンマイ!(笑)
次回、そんな『ちゃま』の奮闘と、「2次選考」の発表!
ノーウェと仲間たち(とブルート)の活躍に乞うご期待!




