8-7『東方の3勇者』
◇「皇宮、『来賓の間』」◇
「まったくぅ〜、つまらないパーティーだったな」
お抱えの世話役メイドに衣装の上着を脱がせてもらった男がやや乱暴に用意されたソファへと身を投げ出した。
ロムルメ王国第2王子マンマー=イースト……
『徳の勇者』の称号を持つ男は、着ているシャツの両袖のボタンを外し、横一直線、360度切り揃えた黒髪をかき上げると盛大に不平を訴えた。
部屋中に響き渡ったその声は、ひょっとしたら、部屋の外にまで届いた可能性がある。
「で、殿下……お控えください」
「あ?別に構わないだろ。ここは客間なんだから」
重臣の諌める言葉もどこ吹く風。
まったく意に介さない王子は、今度は、シャツの胸元のボタンを外し、シャツを脱ぎ捨てると、周囲の目を気にすることなくその肌を露わにしていく。
「それより、お前もそう思わなかったか?普通他国の王子が来たら、祝いのダンスパーティーに侯爵以上の娘を宛がうのが礼儀だとは思わないか」
「そ、そう申されましても……」
メイドに全身を拭かせる王子の問いに対して、目のやり場に困り、答えに窮する重臣たち。
本来、国を代表する「特使」として赴いているのだから、その発言や振る舞いはもっと慎重に、厳かにあるべきと諫める者があっていいはずだが、それができる者はこの場にはいない。
やんわりと嗜めるのが精一杯なのである。
「あーあ、この客間といい、ケチ臭い国だなぁ。帝国は!」
帝都に集まる最上の素材を1流の職人が加工した最高級の家具や調度品に囲まれているというのにこの言い草……
それもこれも、この王子の「特権」があまりにも強大であることが、その傍若無人ぶりに拍車をかけている原因であることは間違いないだろう。
国の最高権力者の息子であり、神に選ばれた『称号』と呼ばれる『勇者』の所持者。
人々が無条件でひれ伏す要素を彼は2つも有しているのである。
今、「ロムルメ王国」は国として乗りに乗っている状態だ。
長年の国力の増強政策が実り、国の経済もすこぶる好調。
何より、同国に3人もの『勇者』がほとんど機を同じくして現れた……
これを「天の配剤」と唱えることは、気取った占い師や予言者でなくとも、容易に思いつくほどのことである。
一方の、隣国であり常に緊張関係にあるライバルの「ウィルヘルム帝国」は、近年、その勢いに陰りを見せ始めてきている。
内乱の予兆を感じさせるほどの地域間の対立、そして、皇帝の後継者問題……
2つの大きな問題は、どうしても国をして内向きにさせてしまい、外の動静に対して鈍くなる。
他国からしてみればそれが隙となり、出し抜くチャンスとなる。
これまで強大な軍事力と豊富な魔導師を抱え、さらには『聖女』という権威を抱え込んできた大国、「ウィルヘルム帝国」すらも、対等以下と思えるくらいには、今、彼らは勢いづいている。
「それにしても、ボルグ皇子はなかなか傑作だったな。あそこまで態度を豹変させるとは」
「はい。彼もだいぶ切羽詰まってきているようですな」
これまで嗜めていた重臣の内、外交を司る男がついには、王子に相槌を打ち始めた。
下手に抑え込もうとしても無駄だということを悟ったのだろう。
「1年前の春はあれだけイキっていたのになぁ……哀れなもんだよ」
ちょうど1年前の今頃は、ボルグ皇子の方が「ロムルメ王国」へと出向いていた。
そこで彼のお抱えである『雷』を操る魔導師と、『勇者』が手合わせをしたのだ。
結果は、引き分け。
どっちつかずの判定とはなったものの、武器を一切用いない純粋な魔法勝負だったので、それは実質『勇者』側の勝利といえるだろう。
『勇者』は専用の武具を装備してこそその本領を発揮できるからだ。
少なくとも、マンマーはそう考えており、実質的な勝利をボルグ皇子に宣言したが、強気に出ていた皇子は頑としてそれを認めなかった。
そんな帝国の次期皇帝候補が、この春、再来訪したかと思えば、今度は揉み手をしそうな勢いでこちらを歓待しているのだから、マンマーはおかしくてたまらなかった。
ちなみに、そのときの「決闘」を行なった『勇者』はこの快楽主義の王子ではない。
帝国側の代表魔導師『迅雷』イクス=トストと対決したのは、『義の勇者』マックス=オリエンスだ。
一本気な武人であり、大陸中のダンジョンを制覇することを目標に掲げている実力者だ。
この帝国遠征に彼も帯同していたが、今は帝国のリファ公爵家の歓待を受け、領土内の「ダンジョン」の攻略をしているらしい。
「ロムルメ王国」としては、帝国が今抱えている内憂をこの機に乗じてさらに膨らましていければと思っている。
だからこそ、『徳の勇者』であるマンマがボルグ皇子の誘いに乗り、その一方で『義の勇者』が、皇子を支持していない大派閥の歓待を受けて、二面外交を敷いているというわけだ。
「それにしても……『紫魔導師』ノーウェ=ホームか。急に出てきたと思ったらけったいな『称号名』だなぁ」
「どうやら、かの『仁の聖女』の秘蔵っ子らしいですぞ。僻地から拾ってきたとかなんとか……」
先ほどまで行なわれていたダンスパーティーでも度々挙がっていた名前……
マンマーたちを歓待するボルグ皇子と後継者を争うロベルト皇子……
主流派という貴族の大勢力や『聖女』という宗教的権威の後ろ盾もさることながら、最近ではとかくその名が話題の中心に挙がっている。
「ふんっ、目ざわりだなぁ……」
「はい、ですが、先日入学されたチズ殿が早速標的宣言をなさったと聞きます。そう遠くないうちに彼女が排除なさるでしょう」
「ふんっ、『紫の悪魔』、『悪魔小僧』……か。まるでボクたちに討たれるためにいるような男じゃあないかぁ」
マンマー王子は立ち上がると両手を水平に伸ばした。
世話役のメイドたちが慌てて部屋着の袖をその手に通し始める。
「まさしく!これも天の配剤というやつでしょう。最近ではあまりの増長ぶりに、かの『聖龍』様が現れ、かの『紫魔導師』を諫めたと聞きます。一刻も早く排除せねば」
「くっふっふ、そうだよぉ。早いとこ排除しなくては困るよぉ〜」
前開きのシャツのボタンを自分で外すことはあっても、自分で付けることは絶対にしない。
それがマンマーの哲学である。
「だって、純真無垢な『聖女』アルテちゃんは、このボクチンの愛妾コレクションに加えるんだからさぁ〜。くふふっ」
「「「「「……」」」」」
神も、悪魔をも恐れぬ『徳の勇者』マンマ=イーストは不気味に笑った……
◇リファ公爵家領内ダンジョン「ストーンソーズ」<ウインドミル視点>◇
リファ公爵家領内の北東部、かの岩鬼族の支配する自治領と接する地域に、帝国内でも有数のダンジョンが存在する。
岩山群の峰の1つ1つが、周囲を吹き荒れる厳しい風によって剣のように尖った形をしており、それがまるてハリネズミのように、空に向かって無数に突き出している様子から「ストーンソーズ」と名付けられたそのダンジョンは、その環境の過酷さと魔物の精強さによって、帝国の軍部を常に支えてきた名門家らしい数多の屈強な軍人たちを育ててきた。
何しろ、そびえる山の1つ1つが、常人であれば命綱なしでは登れないほどの傾斜であるし、かといって地上の道を進んでも、天然の迷路によって、食糧が尽きれば最後、ミイラになること請け合いの厳しさだ。
そこに生息する魔物も、ただ強いばかりでなく、毒を持っていたり、岩肌に擬態していたりと、一癖も二癖もあるいやらしい難敵ばかりてある。
要するに、強者を尊ぶ帝国の風土に合った難関ダンジョンだということだ。
そんな攻略の難しいダンジョンに、数名の魔導師からなる1つのチームが、雪解けしてまだ間もないこの季節に、果敢にも挑んでいる。
案内役を務める『風』使いのエキスパート……
この領を治めるリファ家の嫡男にして、幼き頃よりこのダンジョンに慣れ親しんだ『風』の申し子であり屈強な軍人でもある『風車』ウインドミル=リファは、その一行の「空の道案内」をしながらも、驚きで舌を巻いていた。
「ふんっ、歯ごたえはそこそこだが……まだ温いな」
チームの最前列を務める最高戦力……
『義の勇者』マックス=オリエンスは、その褐色の屈強な肉体によって片手で小枝のように振るわれる大剣によって、周囲の黒い岩山群から突如現れ、一行に襲い掛かる「岩鳥《ロック鳥》」をバッタバッタとなぎ倒している。
物理攻撃によってではない……
白銀に光るその剣先から、『聖魔法』の込められた魔法の剣戟を繰り出して、「岩鳥」たちの身体に大きな穴を開けていく「魔法攻撃」である。
「さすがは『勇者』殿ですな。お見事です」
「ふっ、世辞はよい、友よ。して、この『ダンジョン』のボスはどういった「怪物」なのだ?」
外交特使としてこの帝国にやって来てまだ1週間足らず。
饗応役として任命されたウインドミルにとっては、まだその期間だけのつき合いなのだが、すでに「友」と認定されているようだ。
この義の御仁……
一度、戦場を共にしたり、剣の刃を合わせた人間は「友」として「義理」を持つ……
どうやら、評判どおりの男のようである。
「ここのボスは、今、勇者殿が打ち払った『岩鳥』たちの『親』である『巨大岩鳥』となります。強力な『岩魔法』を放ってくるのでお気をつけを!」
「そうか……ご教示感謝致す。そいつを倒せば『攻略』と認められるのか?」
「はい。ここは特段『深部』が存在するわけではありませんからね。魔物自体のレベルや出現率は高いですが、ダンジョンとしては1層です」
「成る程……やはり物足りぬなあ」
「申し訳ございません」
まさか、ここまで容易に攻略してしまうとはさしものウインドミルでも想像していなかったのだった。
いくら自分が『風車』によって案内しているとはいえ……
「いや、貴殿のせいではない……だが、こうなってくるとやはり、この帝国でも最難関と呼ばれるダンジョンに行ってみたいものだな」
「そ、それは……」
帝国最難関のダンジョン……
それは、帝国地図でも北東に位置するこの地と真反対にある最南西部のあの「遺跡」のことだろう……
さすがに、あの地を案内することはできない……
そもそも「立ち入り禁止区域」なのだ……
「ははは、分かっておるよ。『聖女令』が出ているのであろう?」
「はい……」
「聖女令」は大陸共通。
これを覆すのは、ウインドミルたち「軍部」はもちろん、『勇者』でも難しい。
この『勇者』殿は、一応、法律や秩序というものを尊重してくれる御仁ではあるらしい。
「だが……聞いておるぞ?先日、『聖女』殿が呼び寄せた、かのダンジョンを守護する『聖龍』によって許可を得た者がいるということを!」
「えっ……」
ウインドミルは驚いて二の句が告げなかった。
まさか、つい先日の出来事がもうそこまで伝わっているとは……!
だが、彼が驚いた理由は、「ロムルメ王国」の人間の耳にそのような情報まで伝わっているということではない。
……その内容に、ちょっとした誤解があったからだ。
まあ、訂正するほどでもないけども……
「聞けば、『聖女』アルテ殿は清廉潔白な御仁というではないか。ならば私自ら誠心誠意頭を下げて願えば、許可を出してくれるだろう」
「えっ?」
ウインドミルは再び驚いた。
彼自身、『聖女』アルテと直接そこまで面識があったわけではないが、これまでの父や他の貴族から聞く人物像は、「清廉潔白」とは程遠い印象であったし、何より、先月行なわれた親友の結婚式での振る舞いは、そんな言葉からはかけ離れていた。
彼女に頼み事をするなんて、わざわざ高利貸しに進んで金を借りに行くようなものである。
「もし、断られたらそのときは……そうだな、その聖龍に許可を得たという男に『決闘』を申し込むとするか」
「の、ノーウェ=ホームに……ですか?」
「ああ、その男が『巨大岩鳥』」よりも強ければ少しは熱くなれるというものだがな?ははははは」
「義」に厚い武人気質の男……
『義の勇者』マックス=オリエンス……
たった1週間過ごしただけで、たとえ敵国の軍人であろうとも「友」と思えるくらいに好感を持てる気風の良い人物である。
ただ……
色々と思い込みの激しい人だな、とウインドミルは思った……!
◇学園「紫雲城」◇
「ここが敵の本丸か……!」
学園の名物である噴水のある芝生広場から商業エリアに向かって大通りを進み、途中、丁字路を右に曲がって「シアン寮」から「セピア寮」へと向かって伸びる道を少し進むと、その建物は視界に入ってくる。
なんてことのない少し大きな一軒家……
だが、そこは学園を牛耳る悪魔の住処……
『信の勇者』チズ=アーズマは、その家の玄関扉の前に立ち、背筋を伸ばして大きく息を吸った。
「頼もーーー!!」
道行く人が何事かと振り向く程度には響く大声。
ガチャリ……
程なくして、玄関扉が開き、中から金髪ポニーテールの女子学生が中から出て来た。
「突然の来訪失礼します。『紫魔導師』ノーウェ=ホームはここに―――」
「あー、はいはい。応募者の新入生ね。まずは中にどうぞ」
「えっ、あ、ああ。失礼します」
応募者……
そんなに頻繁に決闘志願者が来るとはさすがは学園1位の魔導師と言ったところか……
チズは、玄関先で一礼したあと、金髪の女子学生の案内に従って奥の部屋へと進んだ。
中の部屋では別の赤髪と桃色髪の女子学生が机を前に椅子に座ってチズを出迎えた。
「こんにちは。【派閥】紫雲にようこそ」
「あ、ああ。失礼致します」
「じゃあ、こちらの用紙に記入するのよ。応募者はあなたで30人目ね!」
「そ、そんなに……!?」
チズは、慌てて促されるままに、用紙に記入した。
「こちらは、【紫雲】のギルドハウスで間違いないですか?」
「はいはーい、どうぞどうぞ!」
背後で、新たな希望者の声がしたからだ。
自分ですでに30人目……
仮に1日1人決闘したとしても自分の番が回ってくるまで1ヶ月かかる。
まさか、悪魔相手にそこまで決闘志願者がいるとは思ってもみなかった。
「それでは、入会志願者の登録は完了しました。トライアウトは明後日の朝10時から、場所は噴水前芝生広場になります。遅れずに来てくださいね♪」
「えっ、トライアウト……?」
『信の勇者』チズ=アーズマ……
色々と誤解の多い人物である……
ここまでお読みいただきまして、本当にありがとうございます。
もしこの物語を面白い!と気に入っていただけたら、どうか、いいね、評価、ブクマ登録をよろしくお願いいたします。今後の執筆の励みになります。
色々と誤解があるようですね(^▽^;)
次回、【紫雲】のトライアウト当日……!
異国の『勇者』もなぜか参加されるようです。(笑)
ノーウェと仲間たち(とブルート)の活躍に乞うご期待!




