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8-6『悪人回帰』

◇「ウル-ヴィル『情報屋』」<特殊部隊隊長ピント視点>◇


「くくくっ、ははははは……そうか、相手を揺さぶるだけ揺さぶって去って行ったか!」


「はい……いつ支部長が現れて彼らを拘束でもしないかとヒヤヒヤしました」


 暗幕に光を閉ざされた暗い部屋の中で大きな笑い声が不気味に響く。


 上司にギルド支部で起こった事の顛末を報告する酔いどれ冒険者改め、帝国軍参謀本部所属特殊部隊隊長ピントは、普段の報告時の表情よりも少しばかり口元を緩めている。


 苦笑い….というやつだ。


 その額にじっとりと汗が滲む。


 破天荒とは前もって聞いてはいたが、あの5人の学生冒険者たちが、先刻目の前の上司に話した情報を、たとえ一部であるにしても、敵に向かってあれほどまでにあっさりと話すとは思ってもみなかったのだ。


「まあ、慣れることだね」


「え?」


「『ノーウェ=ホームが関われば、物事は加速する』……これは、私が学内に持つ数少ない友人の言葉だよ。言い得て妙だね」


「は、はあ……」


 『紫魔導師』ノーウェ=ホーム……


 今や帝都内には知らぬ者がいないほどのその魔導師は、たしかに「彗星」のごとく突如現れたかと思ったら、仲間とともに「旋風」を巻き起こしていった……


 この「ウル-ヴィルの街」で起こった出来事だけではない。


 目の前の上司に彼が近々やって来るぞと促され、その魔導師のことを入念に調べ上げたが、その功績のどれもが、この1年の内に打ち立てられ、彼の出現によって訪れた場所、関わった人々のことごとくが、まるで大いなる「旋風」に巻き込まれているようであった。


 春の学内大会での躍進……


 夏の怪物、大怪物の討伐……


 秋の帝都における危機下での活躍……


 そして冬で若干1年生にして学園下剋上を果たした実績……


 そのすべてが、どんなに優れた魔導師であっても、到底1年では成し遂げられないようなことばかりだ。


 学内大会はさておいても、他の対外的な功績の数々は、その1つ1つが、軍部所属であれば即勲章が授与され、何階級も特進するようなものである。


 第一、つい半日前に聞かされた事実自体が、一度聞いただけでは、耳を疑うような内容であったのだ。


 ハイエレファント、ジッポーヒッポー、クジラフ、ブルーアドミラル、ヘルバード、マッピングモール、ウッドデーモン、ケイヴデーモン……


 スコップスコーピオン、ダンシングタランチュラ、ボムスライム……


 その数、実に100体以上の「怪物」たちをこの1週間で討伐したのだという。


 軍の1小隊ですら、1体討伐するのにかなりの労力を要する強敵をいくら学園でも最高クラスの魔導師たちだからといって、そのような短期間ですべて討ち果たせるものなのだろうか……


 話を横で聞いている最中、表情を変えないながらも、そんな疑問を抱いていたピントであったが、その報告を聞いて、一片の疑いも持たずに、いやそれどころか笑い出してしまった上司を見て、疑いをかけることができなくなってしまったのだった。


「樹海風洞の件……確認に行った方がよろしいでしょうか?」


 それでも、にわかには信じがたい。


 彼らが嘘を吐く合理的な理由も考えられないので、疑う必要はないのかもしれないが、ピントは自身に向けて最後の常識的な問いかけがしたかったのかもしれない。


「いや、その必要はないよ」


 しかし、上司の回答は「NO」であった……


 彼もまた常識とはほど遠い人物であるから致し方ないことなのかもしれない。


「どうせ、『穴熊』たちの中の誰かが確認に行くだろうから、その動きを待てばいい。むざむざ相手に先手を譲るのは愚策だよ」


「畏まりました……」


 「穴熊」というのは、この「ウル-ヴィル」の街を支配する者たちを現す、軍部内の「隠語」である。


 肥えに肥えた領主ティラント家の人間か……

 粗暴極まるトアック組の幹部たちか……

 薄汚れた冒険者ギルド支部の人間か……

 それとも、悪魔に魂を売った教会職員か……


「誰が確認しに行くのか様子を見てみようじゃないか。動向次第で相手の本気度が分かるいうものさ」


「はっ!」


「それよりも、戦略を組みなおすとしよう。彼らに『魔石』を持っていかれてしまったから作戦変更を余儀なくされるわけだし、予定が大幅に早まる可能性が出てきたからね」


「『巡礼士派遣』も早まりますでしょうか?」


 あの5人の魔導師は、『仁の聖女』アルテとの繋がりがあるというのも周知の事実だ。


 今回の一件も、『聖女』が近々「巡礼士派遣」の名のもとにいよいよ「進駐」してくると「参謀本部」は見ているのだ。


 名目は礼拝目的の「巡礼」であっても、聖国きっての武断派であり、この国の魔導師の『称号』を持つ者の中で5本の指に入るといわれている『聖女』が、軍の一個師団に引けを取らないといわれるほどの精鋭魔導師と騎士団からなる「巡礼士団」を引き連れてやって来るとするならば、それは大いなる軍事的圧力に他ならない。


 一歩間違えば、帝国中に広がる大騒乱の火種となりかねない事態なのだ。


 そうなる前に、なんとかやりようはないものか……


 そうなったときに、帝国として最善の結果は何か……


 その命題を抱えてこの地での任務に就くピントの気は、いよいよ引き締まった。


「可能性はない……とはいえないな。だが、戦略的に今気を付けなければいけないのはそこではないよ、ピント」


「はあ……」


 ピントはピンと来てはいなかった……


 上司と自分との間に置かれた燭台の炎がゆらゆらと揺らめいている。


 『聖女』による「巡礼」よりも重要な事項があるのだろうか……


「『聖女』は必ず来るよ。来ることは決まっているから、この期に及んでいつ来るかは大した問題じゃない。当初から想定していたとおりだ」


 『聖女』が自ら「巡礼士団」と「巡礼騎士団」を率いて必ず来る……

 そう確信している上司の根拠は分からないが、これまでそういった類の予想を外したことはないのだからそうなのだろう。


 これまでは政治的な「牽制」をして直接的な衝突を避けていた『聖女』が動くということは、よっぽど背に腹を変えられない事実を彼女側も掴んでいるということになる。


 一介の特殊部隊隊長であるピントには窺い知れぬことではあるが……


「問題は、彼女と同じくらいその手の『悪』を許容できない人物が、この街の内情を知ってしまった……ということさ」


「そ、それはまさか……」


「そう。『紫魔導師』……いや、【紫雲】の面々さ。彼らが、この事態に絡んできたということは、まず、間違いなくこれからこの『ウル-ヴィル』に本格的な嵐が吹き荒れるということさ。間違っても、彼らと『聖女』を同じまとまりだと思わない方がいい。彼らは彼らで勝手に動く……」


 ゴクリッ……


 「怪物」100体討伐も、これから起こる「嵐」の序章に過ぎないというのか……


 ピントは、ようやく薄っすらと見えてきた。


 これまで2つの勢力の動向を探りながら、帝国にとって最も利のある戦略を綿密に立てて来たところに、まったく違った勢力が介入する。


 それが例え味方側の勢力だったとしても、事態の「コントロール」を試みていたものにとっては、それは「悪夢」に他ならないだろう。


 そして、それはおそらく抗えるものでもないと、目の前の上司は暗に仄めかしていた。


「いいかい?くれぐれも彼らをただの学生だと甘く見てはいけないよ。あの悪名高き『聖女』がもう1人やって来るぐらいの認識で戦略を組みなおして行くとしようじゃないか」


「はっ!」


 ゾクリッ……


 それは心底恐ろしい。


 なぜか、心が冷える思いがする……


 これからは、地獄の中に無慈悲な悪魔が2人も3人もやって来るような心積もりで迎えなければならない……


 帝国軍参謀本部直下「特殊部隊隊長」ピントは今一度気を引き締めた。


 もっとも、学生だからといって甘く見るつもりは毛頭なかった。


 目の前の自分の上司もまた……

 その肩書きにおいては「学生」なのだから。


「ところで……レオ様」


「ん、なんだい?」


「もう少し、部屋の温度と湿度を下げていただくわけには……?」


 ピントは懇願した。


 いくら数々の特殊訓練を積んだ軍人である自分であっても、サウナのような熱気の中で何時間もいれば、さすがに朦朧としてくる。


 ……ていうか、この人はなぜバスローブ姿で平然としていられるんだ?


「うーん、無理!」


 そして、ピントの所属する部隊の上官もまた、無慈悲な悪魔であった……!


◇「学園「セピア寮」ラウンジ」<カシウ視点>◇


 何が起こっている……?


 自分は一体何を見させられているんだ?


 貴族寮の中にある、赤絨毯に覆われ、水のせせらぎが聞こえる憩いの空間である「寮生専用ラウンジ」……


 そこに1人の貴族子息の学生が額を擦り付けながら突っ伏している。


「も、申し訳ございません!カシウさん……」


 顔は床を向いているので、その表情は窺い知れないが、その声から察するにその学生は泣いている。


 男爵令息の2年生、『風穴』チェルチ=ニーユ……


 入学時点でしっかりと教育が施されていた才気溢れる新入生であった彼を、カシウは特別目をかけて、将来の派閥の「長」候補として育て上げた。


「冬の総魔戦」では幹部として、カシウの右腕ポジションにまで成長していた男だ。


 そんなチェルチが、ただひたすら土下座をしながら謝っている。


 べつに、謝る必要なんて何もないだろう。


 すでに、自分とは縁が切れたわけだから……


 カシウは、そんなチェルチを見ながら漠然と思った。


 派閥はすでに解散している。


 彼を含めた、カシウの腹心であった幹部3人が裏切って【蘭光】に移籍したおかげで派閥の要件を満たせなくなり、瓦解したのだ。


 その件は、病室で「退会届」を提出された時点で何度も謝られているから、今さら土下座をされたところで、特に心が動くことはない。


 むしろ、新学期を迎え、ある程度ほとぼりが冷めたところだったので、カシウ自身もようやく新しいスタートを切ろうと退院してきたところだったのだ。


 これ以上、何を蒸し返す必要がある……?


「ククク……謝るときはちゃんと理由を言った方がいいぞ、チェルチ=ニーユ。『自分があまりにも弱くて、せっかく元の派閥を裏切って栄転したはずだったのに、あっさりその地位を失ってしまい申し訳ありません』と、ちゃんと理由を添えた方がいい」


「ううっ……」


 チェルチの土下座する絨毯の近くにある黒革の1人用のソファに、灰色のローブを着た男が座っている。


『灰魔導師』グレイ=ゾーエンス……


 前任者である『光厳』メーネス=アンフェにスカウトされ、元の派閥を吸収合併という形で【蘭光】に加入し、そのまま「長」の地位に就いた。


 聞けば、副官に『光霞』マライヤ=ミラーを置き、新学期が始まって早速いくつかの新入生派閥を「青田刈り」して勢力を拡大中と聞く。


 大規模な派閥による大きな動きの渦中であれば、内部の抗争もなるほど、激しいものになっているのだろう。


 察するに、チェルチは、その抗争に敗北し、加入時点では確約されていた「幹部」という地位を奪われたのだと察する……


 同じ2年生であるのに、一方は絨毯の上で土下座をしており、もう一方はソファに座って足を組み、長身のメイド服姿の黒髪女性に入れてもらった紅茶を悠然と飲んでいる様子を見るかぎりは……


 ……だが、それが自分とどう関係があるっていうんだ?


 カシウは訝しんだ。


 チェルチが自分カシウに向かって土下座をしている理由も、グレイ=ゾーエンスがそれを強要させている理由もさっぱり分からない。


 ……ただ、なんとなく腹立たしい。


 カシウは、奥歯を噛みしめた。


「なんのつもりだ、グレイ=ゾーエンス」


「ククク、いやあ……ただこのチェルチがわざわざあんたを裏切って【蘭光】に加入したっていうのに、酷い体たらくだったもんだから、『拍子抜けするほど弱くてすみません』って謝らせたくなってしまってね。こいつも、残りの2人……『火口かこう』ボストア=リッド、『磁土じづち』エルトン=プラークだっけか?あいつらも幹部資格を剥奪したよ」


「……そうか」


 カシウは、なんとも言えない複雑な感情に襲われた。


 状況的に仕方ないとはいえ、裏切った3人に対して思うところがないわけではない。


 だが、そんな彼らが今、目の前で見せられている光景のように、ぞんざいに扱われているのを見るのもまた、気分のいいものではないことは事実である。


 カシウにとってのこの場は、目のやり場も、気持ちの置き場もない状況であった。


「まあ、前任者がきちんと彼らを育てられなかったのかもしれないけどね。『春の選抜決闘』での印象が強かったから、彼らには期待してたんだよ。だけど、いざ蓋を開けてみたら、この1年間でまるで成長していなくて、がっかりすることこの上なかったね」


「き、貴様ぁーーー!!」


 カシウは声を張り上げた。


 ラウンジ内や寮の入口付近で事の成り行きを見てみないふりをしている学生たちが思わずこちらに注目した。


「おっと……良いのかい?君はこの冬、あらゆるものを失ったわけだけど、貴族としての最後の誇りであるこの寮の寮生である資格までも失ってしまっていいのかい?」


「うっ……」


 この寮内で決闘以外の乱暴沙汰はご法度だ。


 貴族らしくない振る舞いをする者はこの「セピア寮」に相応しくない人物と見なされ、追い出されてしまう。


 ……そんなことを目の前にいる貴族でもない卑しい身分の『色付き』に指摘されるなんて、カシウにとっては屈辱以外の何物でもなかった。


「ククク、貴族ってやつは大変だなあ」


「ぐっ……」


「すみません、カシウさん、俺のせいですみません……」


 地獄……


 退院しても尚、浮かばれることのない心の中で、行き着いた場所は進むも戻るも困難な場所であった。


 そんな心持ちのカシウを、目の前の『灰魔導師』は愉快そうに弄んでいる。


「用がないなら失礼させてもらうぞ」


 そんな場所にいても、浮かび上がる目などどこにもない。


 そう自分に言い聞かせて、カシウは踵を返して、その場を立ち去ろうとした。


「待てよ」


「なんだ?」


「あんたに落とし前をつけてほしい」


「落とし前、お前は一体何を言っているんだ?」


 カシウは困惑した。


 振り返った正面で平然とひじをつく男の言っていることがまるで理解できない。


 むしろ、落とし前をつけてもらうなら、幹部を奪われ、派閥を解散させられたこちらの方だろうと思ったぐらいだ。


「こいつらはせいぜい『幹部』のカバン持ちくらいにしかならないからさ。派閥の元『長』であるあんたが責任を取ってくれないか?今ならあんたを『参謀』として迎え入れてもいいぜ。俺はあんたの作戦立案能力だけはある程度評価している」


「は?」


 思わぬ言葉であった。


 カシウは、あまりの驚きにグレイ=ゾーエンスの顔をまじまじと眺めてしまった。


 ここまで人を挑発しておいて急にスカウトするなど、一体、何をどうしたらそんな発想に思い至るのか、その思考がまったく理解できない。


「どうだ?」


「俺がそんな誘いに乗ると思うか……?そんな真似までしておいて」


 突っ伏したまま、顔を上げることができずにいるチェルチを眺めながらカシウはため息を吐いた。


「思ったよりも感情的なんだな。そういう面は、弟とよく似ているんだな」


「なんだとっ!?」


 頭に血が上っていくのが分かる……


 だが、そんなカシウを嘲笑うかのように、グレイ=ゾーエンスはゆっくりと立ち上がると飲みかけの紅茶を皿ごと土下座をしているチェルチ=ニーユの背中に置いた……


 カタカタとティーカップと受け皿が揺れて互いに打ち鳴らす音が響く。


 その理解不能な行為に、沸騰しかかった頭は再び混乱し、次の行動を勝手に躊躇してしまうほどに機能不全を起こしてしまった。


「俺は……このグレイ=ゾーエンスは、本気で【紫雲】を落としに行く。まあ、ゆっくり考えてくれよカシウ=フェスタ。うじうじ悩んでいるうちに『学園最後の春』が終わっているかもしれないけどね、ククク」


 状況を飲み込むのに必死なカシウの横をゆっくりと通り過ぎたグレイ=ゾーエンスは、その肩に軽くポンと手を置いてそう耳打ちすると、笑いながら寮の入口の扉に向かい、そのまま出て行った……!

ここまでお読みいただきまして、本当にありがとうございます。

もしこの物語を面白い!と気に入っていただけたら、どうか、いいね、評価、ブクマ登録をよろしくお願いいたします。今後の執筆の励みになります。


カシウ兄さんは、これまでの因果がすべて降りかかってきているようですね( ̄▽ ̄;)


次回、3人の勇者……!


ノーウェと仲間たち(とブルート)の活躍に乞うご期待!


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