↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
203/211

202.なんで食べ物の規格は存在するのか

豚汁を名乗るには……そんな規格は実はなくて鍋焼きうどんもそうなんです。でも、厳密に決められてる食べものも有るんですが、なんでそんなことになるかと言うと。

 暑いですね……エルニーニョに僅かな望みを託したんですが関東は結局酷暑の夏を迎えております。が、昨年に比べれば少しマイルドなんじゃないかしら?勿論40℃越えの酷暑日が日本各地で発生しているのは事実。でも、エアコン無しで眠れる夜が結構あって昨年は24時間フル稼働な毎日でしたが今年は止めて寝てる夜が意外と多いんですよ。私が住んでる住環境のせいかもしれませんけど、ちょっとだけ影響けてるんじゃないかって言う気はしなくも無いんですよね。


 でも、暑い物は暑い……日本伝統の涼み方、打ち水、夕涼み、青空に響く風鈴の涼やかな音色。色々と有りますが過激な物には『我慢大会』なんてのが有りますね。暑い中で暑いもの食べて大汗かいてその汗の気化熱で一気に涼むと言うかなり過激な暑さ対策ですがここ最近はそんな事は危なくてコンプライアンス的にどうなのさって言う事になるんでしょうね。あまりお勧めできない涼み方だとは思います。


 我慢大会で使われるものと申しますと、炬燵に褞袍《どてら》にウールの帽子。部屋は勿論閉め切ってエアコンのリモコンは取り上げる。そして食べ物はぐつぐつ煮込んだ『鍋焼きうどん』、旨味とコクがたっぷりの『豚汁』なんかの汁物が多いですね。でも、最近はコンビニでは冷凍の鍋焼きうどんやレトルトパウチの豚汁が通年販売されてますからこれらは季節の風物詩、冬特有の光景とは言えなくなって来たような気がします。


 で、ここまで書いて気付いてちょっと調べてみたんですよ。『豚汁』ってなんだってね?


 普通、その名を名乗るには厳密な規格が必要なんですよね。たとえば、『饂飩《うどん》』『素麺《そうめん》』『冷麦《ひやむぎ》』は日本農林規格(JAS規格)の『乾めん類品質表示基準』によって、機械で作る場合の太さが厳密に分類されて、1.3mm 未満が素麺、1.3mm 以上 〜 1.7mm 未満が冷麦、1.7mm 以上が饂飩と規定されています。ハム・ソーセージ・ベーコンはお肉の部位や、肉以外の原料(澱粉《でんぷん》など)がどれくらい混ざっているかで厳しく分けられてて、マカロニ・パスタ類は小麦粉の種類や形状で細かく分類されています。


 そして、豚汁はと言いますと『豚肉+野菜などの具材+だし+味噌』が入ってればそう名乗ってよさそうな雰囲気で味噌汁とは違うんだぜって堂々と振舞って良さそうなんですよ。で、実は鍋焼きうどんも豚汁と同じで厳密な規格ってのは無いんです。これは私のざっくりな感覚なんですが、うどんを土鍋などの一人用の鍋でだし汁で煮込みつつ、卵、長ねぎ、かまぼこ、天ぷら・天かす、しいたけ、青菜なんかが入ってれば鍋焼きうどんで良いんじゃないかって思うんですよね。


 ではなんで食べ物の規格は存在するのか。規格がある食べ物には『中身が見えにくくて偽装しやすい』、『国民が日常的に大量に食べる必需品』、と言う側面が有って更に輸出入など『貿易』のトラブルを防ぐと言う目的が有るんですって。醤油やジュースは見た目だけではどれくらい大豆が使われているか、本当に果汁100%かなんて分かりませんし、水や化学調味料で薄めた粗悪品を高級品として売る悪徳業者がいないとも限りませんから数値基準は必須だと思います。米、小麦粉、味噌、植物油なんかの日本人の食生活に欠かせない基本食品は、品質が安定していないと国民全体の健康や経済に影響が出てしまいますから国が一律の『ものさし』を用意してあげないと安心して購入出来なくなってしまいますよね。


 一方、カレーやラーメン、ハンバーグ、寿司、等々、お店やメーカーごとの個性や秘伝の味こそが魅力ですから。国が小麦粉の割合は〇%以下なんて定めてしまうと逆に食文化の多様性や自由な商品開発が損なわれてしまいますから規格なんて無い方が都合が良くて発展性が有る訳です。ただし、寿司ネタなんかの場合だと乗せるネタの名前には景品表示法などの厳しいルールが有って、高級魚の名前を語って別の安い魚を出すことは『不当表示』として法律違反になります。勿論、カレーの具材やハンバーグの材料にも適用されますからこれは厳密に守って頂かないと警察沙汰になりますので注意が必要なんですよねって言うか、ちゃんとした物を使わないと美味しくないからそんなお店は直ぐに潰れてしまうとお見ますけどね。


 いわゆる偏差値の高い『進学校』は、校則や日々の行動における自由度が非常に高いケースが多いのは事実なんだそうで、やるべきことを自分でコントロールする自由(自己責任)意識の高さがそれを実現してるんですってよ。ラジオの番組から聞こえてきたお話では授業中にウーバーイーツの配達員が教室まで配達に来たけど誰もそれを咎めなかったんですって。まぁ、それは極端な話ではあるんですが実際問題、自由度の高さはその発展性を加速する力にもなり得るんだと思います。だけど、自分で必要な勉強を自分で選ぶと言うのは意外と難しくてこれは食べ物を作り突き詰める工程にも当てはまる事だと思います。規格は無い、全て自由。何をやっても良いんだけど、何をすべきかははっきりさせておかないと前に進むことが出来ないと言うリスクもはらみます。規格無しの自由と言うのは意外と難しい立場である事は理解しておかないといけないのかも知れませんね。


 常識もものさしの一つだと思います。すき焼きを豚汁と名乗らせることは出来ないしカレーを味噌汁と言えないのも事実。だから、その物差しの中で納得する、縛りは有るけどそれって自由と言って良いんじゃないかって私は思います。


 ――そして規格無しの本当の自由は『性善説』を信じる事から始まるんじゃないかって思うんですが如何なもんでしょうか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。