180.お米はどこから来たのかな
矢っと値段が安定してきたお米ですが、このお米ってどこから来た作物なんでしょうねって言うのを掘り下げたら日本人の意外な時事地が明らかになってきましたよ。
新米が出回り始めたからでしょうか、ピーク時には4,000円以上していたお米の値段も物によっては2,000円台後半まで下がって来てて何となくですが落ち着きを取り戻しつつ有るのかなんて感じる今日この頃で御座います。が、平均を取ると3,000円台後半が多くて以前の値段に戻るにはまだまだな感じです。卵と同じで一度値段が飛んじゃうともとに戻しにくいんでしょうね、嫌な物価の上がり方です。
ふと思ったんですが、お米って何処から来たんでしょ?そもそもこんな、いろんな意味でめんどくさいものを主食にしようとしてる誰が思ってんでしょうね。食べれば確かに美味しいし、お腹いっぱいになるしメリットは多いとは思うんですが、ほぼ半年かけて栽培して乾燥して脱穀して更にそれをお鍋で炊いてやっと食べられるのがお米です。まぁ、麦も同じ位めんどくさい物ではありますが、水の管理が多少甘くても育つのが麦ですからその点ではお米よりは少し育て易いのかななんて思いますが、農家さんの苦労は変わらないのでしょうね。生き物を育てる苦労は何にしてもあまり差は無いんだと思います。
お米は最初は野生のものを採取して食べてた経緯が有るんだあ王ですが、それが発展して稲作は約一万年前ごろに中国の長江流域で始まったと考えられています。そこから日本に稲作が伝来した経緯に関しては現在三種類の説が有って、①中国南部(長江流域)で発達した稲作が朝鮮半島経由で北九州(福岡周辺)へ伝来した説と、②長江直接伝来説と③稲作は一度だけではなく何度かに分かれて伝わったという説で長江 → 朝鮮半島 → 北九州あるいは中国南部 → 南西諸島 → 九州又は朝鮮半島 → 日本海側と言うか複数説の三種類が有りまして、①説が今のところ有力なんだそうですが、③説も最近勢力を広めているそうです。そして、ここからちょっと面白いお話が有りまして、日本に伝来した稲作が全国に伝わるスピードが物凄く速かったのですよ。当時の日本列島は北九州から東北南部まで約1,500kmと仮定すると一年で約2km位のペースで広がって行って後半は加速して行き、東北南部に達するまで700〜800年程度しか掛からなかった計算になるのだそうな。加速後の計算方法は私には理解できませんでした……。
広がったルートはめちゃめちゃ端折ると西日本 → 瀬戸内海 → 近畿 → 東日本の順で伝わって、山陰、北陸にはかなり遅れて広まったそうです。やっぱり、稲作に適した地方から広がって行ったんですね、稲作って気候、水田条件、地形が大きく影響しますからその影響をもろに食らったって感じなんでしょうね。今でも冷夏に影響を完全に防ぐ手段は無いそうで、寒くても暑くても作柄は大きく変化して値段にもろに跳ね返ってきますものね。
農業の出発地が『長江流域』なのに、日本列島に稲作が来た時にそれは既に完成した水田技術だったんですって。つまり稲、水田、農具、灌漑(作物を育てるために、人が水を引いて田畑に与える)の全部がセットで来たんです。だから稲作は最初からフルスペック農業だったんです。普通、農業って作物だけ広がってそれに合わせて技術がゆっくり進化するものなんですが、日本は完成パッケージで輸入した結果、村が急に増え人口が急増ということが起きました。縄文時代の人達は一万年以上日本に住んでいましたが、稲作が来ると数百年で社会が激変します。これが弥生時代なんですよ。私が小中高校生の時代、水田稲作が日本に来たのは紀元前三世紀頃つまり弥生時代の始まりと教えられました。この年代は、主に中国の歴史書魏志倭人伝などとの整合性もあって長い間定説だったんですが、1990年代に炭素14年代測定(C14年代測定)という方法で弥生遺跡の米や木材を測り直したらなんと、初期稲作は紀元前10〜9世紀くらいまで遡る可能性が出てきました。つまり稲作の歴史は定説より約500〜700年古いんじゃね?って事になったんです。
もし本当に紀元前10世紀なら日本史のイメージが変わります。例えば稲作開始→弥生社会成立→卑弥呼までの間が定説では約400年、それが新しい説だと1,000年以上ってことになるんですって。ですので弥生文化ってかなり長い時間かけて発展した可能性があるんです。もし早い年代が正しいなら縄文時代と弥生時代はかなり長い間共存していた可能性があります。つまり日本列島では『ドングリ文化』と『稲作文化』が何百年も並んで存在していたのかも知れません。そして日本人の体形にちょっとした変化が起こります。何が起きたか、なんと身長が縮んだんです。縄文時代の男性の身長は約160〜165cm、対して弥生時代の男性は約158〜162cm、つまり2~3cm縮んだ事になりますね、そして虫歯が増えて歯自体が小さくなりました……。
原因として考えられるのは米中心の食事になったため栄養が単調になり固いものを食べなくなり労働時間が増えたからって考えられてるんだそうです。縄文時代って魚・貝・肉・木の実なんかを食べててちょっとビタミンCが不足してるんですがかなりの栄養バランスで私の今の食事より豪華だったと言えるのですよ。
ま、完全に決着している問題ではないので今後の動向に注目と言う事になるんですが、日本の文化の発達の仕方ってなかなか面白いと思いません?しかも食べ物と一緒に発展してるのってなんか『らしい』気がしてならないのですが皆様どう思われますでしょうか。いずれにしても古からの技術が定着して主食となったお米です、早く価格が安定して安心して頂ける様になって欲しいですねって考える前に私の場合、まず炊飯器買ったらって……言う問題が有るんです。私、炊飯器持ってないんです。




