剣の戦乙女スカルモルド
隣の客、よく柿を食うだろ……戦争で亡くしたおふくろの味なんだってさ……。
「わお、人が蟻のようっす」
「帝国がゴトランド王国の首都を奪い取ったようデスね。陥落する前に逃げていた一団が帝国兵に襲われているようデス」
俺は空から地上の様子を他人事の様に眺めていた。
どうやら追撃戦のようだ。空飛ぶ女騎士に率いられ、長剣を持った軽騎兵が逃げ惑う人々を殺している。それを阻止しようと僅かな王国兵が身を翻して突撃するも、奮闘虚しく帝国兵の波に飲み込まれていった。
うはー、容赦ねえな。
「ガルム様、あの空を飛んでいる女騎士は戦乙女デスよ! やはりヘル様の言うとおり、神々が関与しているようデスね」
「戦乙女? へえ、何か怖い系の美人さんっすね。クールビューティーって言うんすか?」
凄惨な笑みを浮かべた女騎士が、鬼気迫る勢いで敗残兵を殺している。
まるでスイーツに飢えた三十路女のようだ。
「何を呑気なことを言っているんデスか、ガルム様。これからあれを止めなければいけないんデスよ?」
「えぇ? ああそうか。そういえばそうっすね。うわー、きっついなぁ」
そもそもどう止めればいいんだよ。
まぁ、いいや。とにかく接近してみよう。全てはヘル様のためだ。
戦場に近づくと逃げ惑う民衆の姿がはっきりと見えてきた。
子供を抱いた女の人が躓いて転倒すると、それを狙うかのように剣を振りかざした騎兵が突撃してくる。
「危ないっす!」
彗星のように落下した俺は、落下速度そのままに馬の頭を愛用の戦斧で斬り落とした。
すまんな。地獄でいっぱい飼葉を食わせてやるから、成仏してくれ。
衝撃に吹き飛ばされて、馬に乗った人もどっかに行ったようだ。
まるで無双ゲームみたいだな。
「あのー、大丈夫っすか?」
「ひ、ひいっ、化物!」
なんだ? 女の人が怯えている。
ノルサのせいかな?
「あー、まぁとにかく立って逃げるっすよ。俺がここで足止めするっす」
「あ、は、はい」
「さあ、来い!」と思って、戦乙女たちが来る方を振り向くと、なんかみんな唖然としてこっちを見ていた。
なんだ? 派手に現れすぎたか?
「「ば、化物だぁー!」」
ん? またノルサか?
ノルサの方を振り向くと、いつものコウモリわらび餅バージョンだった。
なんだこいつら、こんなのが怖いのか?
「狼狽えるな! 隊列を組め!」
目の前に戦乙女が降り立った。
やっぱり美人だわ。ちょっときつい系だけど。
戦乙女は俺の方に剣を向けて叫んだ。
「貴様! 一体何者だ!」
「えっと、ガルムって言います。死神っす」
「死神だと?」
なんだ? 何かおかしなこと言ったかな?
女は怪訝そうな顔をしている。
「我が名は剣の戦乙女スカルモルド! オーディン様の命により下界より勇者の魂を集めている途中である! 死神ガルムよ、なにゆえ我らの邪魔をすると言うのか!」
「え? あーっと、ヘル様に争いを止めるように言われたんすよ」
「冥界の女王ヘルだと? 何故、冥界の手勢が我らを止める。ここは貴様らの世界ではないぞ!」
あれ、何か話が噛み合わない。
なんでって言われてもなぁ。
「だから、えーと、人を無闇に殺しちゃあ駄目じゃないっすか?」
「殺しは駄目?……フハハハハ、死神からそんな台詞を聞くとはな!」
なるほど、確かにそれはそうだわ。これまでにたくさん小人を殺してきたからな。
あれ? となると、殺しは理由にならないのか? 俺ってなんで止めようとしているんだっけ?
頭がこんがらがってきた。
「ガルム様、頑張るデスよ。全てはヘル様のためデス」
「うん、そうっすよね。そうだ、ヘル様のためだ」
俺はヘル様を思い出して、何とか気持ちを奮い立たせた。
「とにかく、駄目なものは駄目なんすよ。冥界では死者の魂が溢れていて、ヘル様が困ってるっす。人を殺すのであれば、ちゃんと魂まで面倒を見るっすよ」
「ふん、何故我らがそんな瑣末なことを気にせねばならんのだ? ラグナロクを乗り越えねば、世界そのものが崩壊するのだぞ」
「ラ、ラグナロク?」
ラグナロク?
なんだラグナロクって、剣の名前か?
俺は思わず頭を傾げた。
「ふっ、その獣のような成りを見るに、どうやら知能の方も獣並のようだな。貴様は自分が何を言っているのかも分かっていないのではないか?」
「獣のような成り? なんのことっすか?」
くそ、なんだかよく分からんが戦乙女は精神攻撃が得意らしい。
さっきから全く話についていけない。
「はっはっは、これは傑作だ! 貴様は自分が何者かも分かっていないのだな。どれ、光よ影を映し出せ!」
戦乙女が呪文を唱えると、目の前に大きな斧を持った化物が現れた。
それは顔が黒い狼になっている大男。いや、それだけではない。
顔には目が四つ付いており、瞳が禍々しく赤く輝いている。地獄の絵巻物から飛び出してきたような異形だった。
「ば、化物だ!」
「ガルム様、どうしたデスか?」
「あ、あれっすよ! あそこに怪物がいる!」
ノルサは平然としている。
なんだ、ノルサには見えないのか? これまでの人生で一二を争う恐ろしさなんだけど。
「はいデス。あれはガルム様デスね」
「え、これが俺っすか?」
「はいデス。ガルム様は恐怖をその身に体現した、偉大なる地獄の番人でございますデス」
試しに手をあげたり、ポーズを取ったりしてみると、目の前の化物も全く同じ動きをした。
あー、たしかに俺のようだわ。なるほど。この怪物が俺だったのか……って待てよ。
なんてこった!
だから今までみんな怖がっていたのか。
ノルサじゃなくて、俺の顔が怖かったんだ。
前世ではブサイクさに嫌気が差して、ついには鏡を見る習慣もなくなったけど、こっちに来てからもう四ヶ月くらい経つというのに未だに気づかなかったとは!
ははは、さすがにこれは間抜けすぎるだろ。口とか全然違うし、なんで気づかないねん。御飯食べる時点で気づくだろ普通は。
「ふはははは、あんまり笑わせてくれるな死神よ。まったく、冥界とはよほどに酷いところなのだな。自分の姿形にも気づかないとは、光は差しているのか?」
ぐぬぬ、己のアホさ加減が恨めしい。
言い返そうにも身から出た錆だ。
「見たか、人の子らよ。オーディン様の慈悲に縋りたくばより一層励むのだ! 我らは勇敢なる魂を求める! 臆病な弱者は、この愚かな死神と冥界で過ごすことになるぞ!」
スカルモルドは両手を広げて得意げに語る。
「最も勇敢なそなたらのことだ、そこまで心配することはあるまい。むしろ、敵を愚かな死神の下に送れるというのだ、こんなに愉快なことはなかろうて! アッハッハッハ!」
スカルモルドの芝居がかった口調に合わせて、帝国兵も笑い始めた。
ぐぬぬ、俺は確かに愚かだけど、地獄は結構良いところだぞ。
「どうした、愚かな死神よ。何も言い返せないのか? まったく、臆病者が冥界に行くのも納得よな! 冥界を管理する死神自体が臆病者なのだから!」
スカルモルドが何かを言う度に、ドッカンドッカン兵士たちが笑った。
くそったれ、こいつはお笑いの才能でもあるのかよ。
そもそも俺は昔から口論は得意じゃないんだ。だから一方的に言いくるめられて、いじめられたんだ。
「ガルム様……?」
ううう、そんな心配そうな目で見ないでくれノルサよ。
俺は今、自分の情けなさに耐えるので必死なのだ。
「やれやれ、こんな木偶の坊の相手をしても時間の無駄だな。ほら、さっさと尻尾を巻いて、冥界に帰るがいい。我らの邪魔をするな! 気色の悪い臆病者め!」
くそっ、何か言い返したいけど、特に思い付かないや。
どうせ俺は弱者だし、臆病者だ。
あーあ、こんな人前で恥を掻くくらいならこんな場所に来なければ良かったな。
早くも心が折れかけていると、ノルサが俺と戦乙女の前に飛び出してきた。
「貴様! 好きなように言わせておけば、半神の分際で図に乗りおって! その首食い千切ってくれるわ!」
ノルサが狼顔フォームに変身して、スカルモルドに襲いかかる。
しかし戦乙女の剣が一瞬煌めくと、次の瞬間には稲妻の如き突きがノルサの頭を貫いていた。
「ノルサン!」
「ふん、他愛もない。地獄の番人達は神をも繋ぎ止めると聞いていたが、所詮はこの程度か。噂とは当てにならぬな」
戦乙女が剣を一閃すると、ノルサがこちら側に向かって吹っ飛んできた。
なんとかノルサをキャッチする。
大丈夫か! ノルサ!
ノルサが狼から透明わらび餅に戻っていく。
「ううっ、すみませんデス、ガルム様。不覚を取りましたデス」
「だ、大丈夫か? そうだ、傷は!?」
「傷は自動的に塞がるから問題ないデス。でも冥力を削られたので、しばらく変身出来ないデス。お役に立てず申し訳ないデス、ガルム様」
はぁ、良かった。一瞬まじで死んだかと思ったよ。
そうだよな。ノルサだって死神の使い魔なんだ。そんない簡単には死なないよな。
ノルサは気丈にも俺の手から離れてパタパタ飛び始めた。
「おぞましい怪物にはおぞましい下僕がついているものよな。ふふ、それにしても醜い姿だ。冥界とはこのような気色悪い者達で溢れているのか? 大方、冥界の女王というのも醜女の女王といったところなのだろう?」
「あ? てめえ、今なんて言った?」
なんだこいつ、ノルサに続き、ヘル様まで馬鹿にするのか?
「なんだ、怒ったのか? 冥界の女王は醜女の女王だと言ったのだ。暗がりから出てくる勇気もなく、世界の隅で暮らす日陰者だ。あながち間違ってもおるまい?」
何が醜女の女王だ。ヘル様はこんなやつより断然神々しいわ。
いや、そもそも比較することすらおこがましい。
沸々と心の底から怒りが湧き上がる。
「黙れ、ヘル様はお前如きが軽々しく口にして良いお方ではない」
「お前如きだと? 死神風情が偉そうに、我はオーディン様の命により世界の命運をかけた崇高な使命を背負っておるのだ。死に損ないに止めを刺すのが仕事の死神なんぞにどうこう言われる覚えはない」
「オーディン? 誰だそいつは? どこの田舎者だよ。俺にとって神様はヘル様だけだ。ヘル様が戦争を止めろって言うならなんだって止めてやる。大体さっきから冥界について適当なことばかり言いやがって、お前こそ何も分かってねえじゃねえか」
そうだ。無闇に戦争しやがって。
さっきだって、意味もなく女子供を殺してたじゃないか。
こんなやつらが善? 世界の命運を背負ってる? 一体何の冗談だよ。そんなものは俺が否定してやる。
「……オーディン様を侮辱するか。謝罪するのならば今のうちだぞ、死神」
「はぁ? だったらお前が先にヘル様に謝れよ、戦乙女。ぶっ殺すぞ」
「そうか。そんなに我が剣を味わいたいか。ならば、望み通りにしてやろう。後悔するなよ死神ィ!」
言い終わると同時に凄い形相で戦乙女が迫ってきた。
速い!
戦乙女は輝く剣を両手で構えて、神速の踏み込みで飛び込んでくる。
どうやら本気で俺を殺るつもりのようだ。
だがな、俺だってノルサをやられて頭に来てるんだ! この大斧でザックリやってやる!
転生してから散々人を殺してきたんだ。
女だからって容赦しねえぞ!
突進してくる戦乙女に向かって、長柄の大斧を振り下ろす。
渾身の力で振り下ろした鋼の塊は、狙い通りにスカルモルドの頭に命中した。
やった!
竹を割るかのごとく、戦乙女の体が二つに割れる。
いや違う。二つに割れたのではなく、二つに分裂したのだ。
え? ちょっと待て、どういうことだ? リアル分身の術かよ。
俺の動揺を見て取ったのか、スカルモルドは酷薄そうな笑みを浮かべると、分身を使って挟み撃ちをするように斬りつけてきた。
なんなんだこれは? どこを斬られたのかすら分からない。
スカルモルドが剣を振るう度に焼けるような痛みが襲って来た。
畜生、二人になるなんてこんなのありかよ。チートだろ。
無茶苦茶に斧を振り回すが、全く攻撃が当たらない。
右膝を剣で貫かれて、俺は思わず膝をついた。
「ははは、遅い、遅いぞ、死神! さっきまでの威勢はどこにいった!」
「く、くそっ、変な技使いやがって」
スカルモルドは呆れたように肩をすくめて俺を見下ろした。
いちいち憎たらしい野郎だな。
「やれやれ、愚かなやつだ。戦う前に見せてやったではないか。光で虚像を生み出しておるのだ。このようにな」
目の前にスカルモルドが三人現れた。
これはさっき俺の姿を映した魔法か?
なんてことだ。ただでさえ素早いのに、こんなに分身していては攻撃の当てようもない。それどころか、攻撃を防ぐことすら不可能だろう。
「我が光剣クラウ・ソラスは光を操る。貴様のような闇の獣を屠るには相応しかろう?」
「はっ、うるせえ。そんな細剣でいくら切られようが関係ない! この斧が一発でも当たれば俺の勝ちだ!」
斧を誇示するように、石突きを地面に叩きつける。
そうだ。確かに斬られたところは痛いが、まだ体は動く。
一発でも当たれば俺の逆転勝利だ。
「ふっ、そんなへらず口がいつまで叩けるかな。宣言しよう。次はその左膝を貫いてやる。行くぞっ!」
今度は三人に分裂した戦乙女が迫ってくる。
二人でも攻撃が当たらなかったんだ、三人なら尚の事当たらない……そう思ってるんだろう?
「本物がどれか分からないなら、全部攻撃すればいいだけだ! 地獄までふっ飛ばしてやるぞ、戦乙女!」
野球の打者がフルスイングをするように、左脚を軸に大斧を水平に振り回す。
刃が当たり右側にいた戦乙女が消えた。虚像だ。
続いて正面にいる戦乙女が消えた。虚像だ。
残りは左側にいる戦乙女だけ。お前が本物だっ! 喰らえ!
斧が戦乙女の胴体を斬り裂き、上半身と下半身を分断した。
勝った!
しかし、戦乙女の表情は苦悶に歪むというよりもまるで――。
左膝に激痛が走った。
どうしてだ? 確かに消えたはずなのに。どうしてお前はそこにいる?
俺を貫いたのは先程消えた正面にいた戦乙女だった。
軸足を剣で貫かれ、俺は体重を支えきれずに転倒した。
「はっはっは、全部攻撃するだと? 誰も出せる虚像が二つだけとは言っておらんぞ?」
虚像は二つだけじゃないだと? それ以上出していたのか?
そうか! こいつは分身だけをけしかけて、自分は正面の虚像の影に隠れていたんだ。虚像を囮に使い、俺の不意を突いたんだ。
実と思わせて虚、虚と思わせて実。なんて嫌らしい技だ。
「これでお前は足を失った。さあ、どうする? 謝るなら今のうちだぞ? 泣いて許しを請うのであれば許してやらんこともない」
くそっ、どこまでも見下しやがって。
こんな傷がなんだってんだ? 俺はまだまだやれるぞ。
俺が今まで何人殺してきたと思ってやがる。
小人たちが味わった苦しみに比べれば、こんなのはかすり傷も良いところだ。
俺は大斧を支えにして立ち上がった。
「なんだと。まだ立ち上がれるのか?」
「言っただろ。そんな細剣でいくら切られようが俺はやられねえよ」
「ふん、しぶとさだけは一人前のようだな。いいだろう。立ち上がれなくなるまで斬り刻むだけよ!」
戦乙女が虚像を作りながら俺の周囲を回る。
どうやら分身で前後左右を囲むようだ。
今すぐ止めさせたいが、脚を負傷している俺には防ぐ術もない。
畜生、嫌なこと考えやがる!
「行くぞっ!」
四方向から戦乙女が迫る。
こうなったら運に頼るしか無い。四分の一だ。当たってくれ!
俺の願いも虚しく、振り下ろした斧は虚像に当たり、お返しにと死角から背中を斬られた。
振り返って攻撃したときには、既にスカルモルドの本体は虚像と入れ替わっている。
「ほらほら、どうした! その程度か、死神ィ!」
駄目だ! 一方的に斬られていく!
二人でも当たらなかったんだ、そう都合よく当たりはしない。
四人に増えた戦乙女はまさに変幻自在だった。引いては押し、押しては引き。死角に回り込んでは虚を突いて確実に攻撃を当ててくる。
体中を満遍なく斬られて、俺は再び膝をついた。
痛みで体中が燃えるようだ。
「さすがスカルモルド様!」
「いいぞ! 化物を殺せ! 冥界に送り返せ!」
「オーディン様万歳! スカルモルド様万歳!」
「ガルム様、頑張るデス! ノルサはガルム様を信じているデス!」
人間たちも声援を飛ばしている。
こっちの味方はノルサだけだ。完全にアウェーだな。
まるで手応えのない赤い布に突進して、闘牛士に命を削られていく雄牛の気分だ。
「はっはっは、簡単にくたばってくれるなよ! オーディン様を侮辱したその罪、ゆっくりと味わうが良い!」
スカルモルドの剣が煌めく。
駄目だ! どこから来るのかわからない。
また体を斬り裂かれた。
「ほら、次は右肩だ!」
剣が煌めく。避けられない。
右肩を斬り裂かれた。
「ほらほら、どうした? 次は左腕だ!」
剣が煌めく。斬り裂かれた。
「ほら、左肩! 胴! 背中!」
やばい、痛みで感覚が無くなってきた。
反撃も出来ずに、一方的に斬り刻まれ続けている。
「そら次は目だ! 四つもあるのだ、一つ二つ無くなっても問題あるまい!」
剣が煌めく。両目を一つずつ貫かれた!
焼けるような痛みが脳の奥を襲ってくる。
獣のような声が聞こえてきた。俺の叫び声かもしれない。
「ほらほら、休む暇はないぞ! 次は膝だ!」
両膝を再び剣で貫かれて、俺はついに地に伏した。
「ふっ、弱さもここまで来ると、もはや哀れだな。せめてもの慈悲だ。一思いに心臓を貫いて止めを刺してやろう。薄暗い冥界へと帰るが良い!」
戦乙女は分身を消して、俺の正面で刺突の構えをとった。
これで止めだって?
違う!
俺はずっと待っていたんだ。
戦乙女が分身を解くこの瞬間を!
勝利の瞬間に訪れる僅かな油断を!
戦乙女の剣が迫る。
俺は気力を振り絞って、剣先に向かって自ら飛び込んでいった。
剣は俺の胸を貫いて体の奥深くへと入っていく。それはつまり、剣が簡単には抜けなくなるということだ。
俺は激痛に耐えながら、左手で戦乙女が剣を持っている右腕を掴んだ。
「ようやく捕まえたぞ」
「な、なんだと? くそ! 手を離せ! さっさと死ね!」
戦乙女が右手首を回して、剣でグリグリと体を抉ってくる。
「痛ってえな、この野郎。苦労したんだ。そんな簡単に離すかよ」
「そんな馬鹿な……」
右手で斧を振り上げる。
一撃当たれば一発逆転だ。そう言ったじゃないか。
渾身の力で斧を振り下ろす。
「喰らえ!」
「……ふっ、なんてな! これで勝ったとでも思ったのか? 甘い甘い!」
戦乙女の右手が光る。
すると、そこにあったはずの剣が消え、左手へと転移した。
「輝け光剣!」
戦乙女の剣から強烈な光が迸った。
世界が一瞬真っ白になる。
次の瞬間には戦乙女を掴んでいた左手と、斧を掴んでいた右手を、両方とも手首から切り落とされてしまった。
俺は痛みで思わずうずくまる。
「勝負合ったな。ふふふ、最後の動き、中々に悪くなかったぞ。だが、我は百戦錬磨の戦乙女、剣の戦乙女スカルモルドなり。その程度の動きは最初から想定しておるわ。どれ、その傷では苦しかろう。頭を落として介錯してやるから、そこでじっとしていろ」
戦乙女が剣を振り上げる。
……ああ、畜生負けるのか。
生まれ変わっても負け犬は負け犬なんだな。姿形が変わっても、魂だけは変わりはしない。俺は結局奪われる側でしかないんだ。
まぁ、俺は精一杯頑張ったさ。やるだけはやったんだ。
どれだけ努力しても、最後には運があって恵まれてるやつが勝つ。毎回そうだ。それだけの話さ。
俺は神に見放されてるんだ。
「ガルム様! ガルム様は絶対負けませんデス! ノルサは信じているデス!」
「ははは、あの小さいのまだ言ってるぜ? もう勝負は決まってるっての!」
「スカルモルド様! さっさと止めを刺して下さい!」
「この調子でゴトランドの連中も皆殺しにするぞ! 帝国に栄光あれ!」
「オーディン様万歳! スカルモルド様万歳!」
はは、ノルサはまだ俺が勝つと思ってくれているのか。
ごめんな、ノルサ。信じてくれたのに勝てなくて。
すいません、ヘル様。任務は達成できそうにありません。
俺みたいな弱者は神に愛された強者には到底かなわないんだ。文字通り手も足も出なかったよ。
「ガルム様! ガルム様は偉大なる地獄の番人、死神デス! 絶対負けないデス! ノルサは信じているデス!」
地獄の番人、死神か。大層な名前だけどさ、実力が伴っていないと駄目だろ。
俺みたいな神に見放されてる奴に死神なんて分不相応……。
……いや待てよ?
死神?
神?
ははは、何を言っているんだ俺は?
弱者が神に見捨てられてるだって? 俺は神に見放されてるだって?
何を馬鹿なことを言っているんだ。
神は俺じゃないか。
弱者が神に見捨てられるなら、俺が拾ってやればいい。
誰も救ってくれないなら、俺が救えばいい。
いつまで誰かの助けを待っているつもりだ?
いい加減目を覚ませ。寝ぼけてるんじゃねえぞ。
自分が何者なのかを思い出せ。
お前がしてきたことを思い出せ。
そうだ――。
我は死神、地獄の番人ガルムなり。
ノルサ、お前の主人の力を見せてやる。
ヘル様、冥界より我が勇姿をご照覧あれ。
俺は傷ついた体で再び立ち上がると、雄叫びをあげながら戦乙女に突進した。
「愚かな! 敗北したことも分からぬか! 輝け光剣!」
スカルモルドの剣が激しく煌めく。
両手を失った俺に防ぐ手段もなく、俺の首は斬り飛ばされてしまった。
「終わったか。やれやれ、最期まで無様なやつだ」
俺の首が地面に落ちると、斬られた首の断面から大量に血が噴出した。
仁王立ちして倒れない胴体を源泉にして、周囲に雨のように血が降り注ぐ。
「ちっ、なんだこの血の量は。汚らわしい怪物め!」
戦乙女は血を浴びて不快そうに悪態をついている。
傲慢な戦乙女よ。弱者の痛みを知らない者よ。
お前はそうやって我らを蹂躙していくのだろう? お前はそうやって我らから何もかも奪っていくのだろう?
お前のようなやつがいるから我らは不幸になるのだ。お前のようなやつがいるから我らは安心して暮らせない。
繋いでやる。二度と我らを苦しめないように。
繋いでやる。地獄の奥底へと……。
俺の念に呼応して血が意志を持ったかのように動き出す。
血は互いに絡まり硬化して幾筋もの赤い鎖となった。
赤い鎖は蛇のように蠢くと、戦乙女の全身に絡みつく。
「なんだこれは! 体が動かぬ……!」
戦乙女が血の鎖を解こうともがくが、鎖は微動だにしない。
鎖の先は地底のさらに奥深く、地獄へと繋がっているんだ。
どれだけ暴れても、もう絶対に外れないぞ。
俺の首の根元から赤い鎖が飛び出すと、斬り落とされた頭へと繋がった。頭に繋がった鎖は、蛇が巣穴に戻るように胴体へと戻り、頭を本来ある部分へと戻した。
これでようやく前が見えるな。
同様に両手からも赤い鎖が出て、斬り落とされた手と繋がると、掃除機のコードが巻き戻るように手首へと戻った。
「さ、再生しただと? なぜだ、なぜ首を落としたのに死なないのだ!?」
「はぁ? 馬鹿かお前は? 死神が死ぬわけないだろう」
「なんだと……」
戦乙女の方に近づく。
さっさと止めを刺すとするか。
「ち、近寄るな! くっ、くそ、鎖が外れん!」
「あれ? そういえば斧がないや。まぁ良いか」
せっかく頭が狼なんだから牙を使えばいいじゃないか。
はぁ、俺は本当にどうしようもないアホだよな。
俺は化物なんだ。敵を殺す牙をもった怪物だ。
俺はどうして今まで気づかなかったんだろうか?
こんなに立派な牙があるのに。
「ま、待て――」
「死は幸いなり」
大きく口を開けて、柔らかな首に喰らいつく。
そのまま頭を噛み千切ると、戦乙女の体が虚像のように消滅した。
いつの間にか声援を送っていた人間たちの声は止んでいた。
それとは対照的に、ノルサが興奮してパタパタと飛び回っている。
「流石デス、ガルム様! このノルサ、ガルム様の勇姿をしかと目に焼き付けまして御座いますデス! 感動しましたデス!」
ああ、やってやったぞ、ノルサ。
でも体が痛すぎて喜ぶ気にもなれないわ。
あーくっそ、全身が痛い。好き放題斬りやがって。死にはしないけど、痛みは残るんだぞ。
それに斬られる度に冥力がなくなってしまった。
さっきは死なないとか言ったけど、冥力がなくなるまで斬られてたらやばかったのかもな。まぁ、冥力なら大量にあるんだけど。
「ヴ、ヴァルキュリア様がやられた……?」
「そんな馬鹿な! 何かの間違いだ!」
「嘘だろ?」
「あれはなんだ? 一体何なのだ?」
ヴァルキュリアも消えたし、人間達を解散させるか。
「人間ども」
ノルサの真似をして重低音の声で話してみた。
「去れ。これ以上命を冒涜するのであれば、貴様ら全員地獄に繋ぎ止めるぞ」
人間たちは悲鳴をあげながら一目散に逃げていった。
どうやら地獄行きは嫌らしい。
結構良い場所なんだけどね。
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ブクマ&評価おなしゃす。




