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偽国戦記  作者: ブレヒトさん
魔晶戦争
98/131

閑話 クシェル、マルス


 戦場に砂煙が上がる。

 爆走するのは四輪車。蛇の頭をした翼の無い鳥に引かれ、車体にはマルブ魔術機関の旗がたなびいている。

 蛇頭がリズミカルに上下して、鍵爪が大地を蹴る。馬や四足の車引きでは超えられない段差を軽々飛び越え、悲鳴に似た奇声を上げる。

 その凄まじい走りに車は激しく揺さぶられるが、中の様子はどうだろうか?嵐に飲まれたように、重力と慣性がせめぎあっているのではないだろうか。

 しかし、予想を違えて、中では幾人の騎士と魔術師が快適そうに腰掛けている。マルブが開発した魔術が車体を覆い、ショックを緩和していたのであった。何処かの金満貴族からの依頼であり、ふざけた魔術と思えるが、開発してみると意外と役に立った。例えばこうして戦場を爆走しながら視界を得ることは、非常に有益なことである。

 その利益を享受している女が、今、車の中で金きり声を上げていた。

 

「ああ、ほらっ!あんなに歩兵を下がらせて、ケルサスは何を考えているの?戦線を維持できないじゃない!」


 車内から響くその声は正論であるものの、彼女を囲むケルサス兵にとっては面白くないことに違いない。戦場をろくに知らない学者が乗り込んできて、自軍の運用に文句をつけるのだ。外に放り出されないだけましというものだろう。

 けれど、車内でその学者、赤毛の若い女の警護を勤めるケルサス兵たちは微笑みながら彼女を見つめている。まるでレンガを積み重ねたような、たくましい体格の曹長なぞ、頼まれてもいないのに水筒を差し出したり、酔いはしていないか尋ね、かいがいしく世話をしたりする。


「私のことは放っておいて!!」


 女は強く言うが、兵達は微笑を大きくするばかりだった。

 

 何故自分がこんな扱いをうけるのか、マルブ領主ガイゼリック伯爵の書記官であるクシェルには、さっぱりわけが分らなかった。


 曹長が差し出してきた水筒を、わざとつっけんどんに払いのけたとき、傷ついて撤退する歩兵の一個小隊が眼に入った。


「止まりなさい!!」


「しかしクシェル殿、予定より随分遅れていますが」


 車のすみで、部隊の指揮官である少尉と密談していた情報部の大尉が、努めて笑わないように返答する。


「やっぱり馬鹿なのね!彼らには時間がないのよ。見殺しにしろとおっしゃるの?」


 にんまりと微笑んだ少尉が停まるよう御者に合図すると、車は小隊の脇に泥を跳ね上げて横付けにされた。

 停車しきるより早く、ドアが開け放ってクシェルが飛び出した。

 ヒールを手に持って、マルブの礼装が汚れるのに構わず泥の中に降り立つ。そのスカートは、ここに来る途中に動きやすいように切裂いたのだろう、裾から縦に裂かれてスリットを作っている。


「重傷者の手当てをします。整列を!!」


 胸を張って言う。


「し、しかし、軍属にないマルブの魔術師にそのようなことをさせるわけには・・・」


「だったら私の前を通らないで!!」


 小隊長の胸を人差し指で押して睨みつけると、勝手に治癒の魔術を施し始めた。

 強い口調で自信満々なクシェルであったが、魔力はとうに尽きかけていた。腕の毛細血管は破裂して紫に変色し、かみ締めた唇からは血が流れる。それでも、歯を食いしばって魔術を紡いだ。

 意識を失っていた兵が眼を開け、クシェルを見上げて涙を流す。クシェルもまた、苦痛の中で懸命に微笑んで、兵を安心させる。

 倒れかけた彼女を、曹長が丸太のような腕で抱きとめた。


「ここまでです」


「勝手に決めないで下さらない?マルブの魔術師は貴方達なんかが及びもつかないほど強いの」


「理解しています。貴女は、強く素晴らしい魔術師です。しかし、貴女をお送りすることが私の隊の任務であります」


 クシェルは悔しそうに曹長から眼を逸らすと、その腕に抱えられたまま車に乗り込んだ。

 走りだした車を治癒を受けた小隊が敬礼をして見送った。


 車内で、魔力を使いすぎたことによるひどい頭痛に顔をしかめるクシェルに、新兵が薬を差し出しながら問いかけた。


「ガイゼリック伯爵のご息女であらせられるクシェル様が、どうして私たちを助けてくださるのですか?」


 隣に座った曹長が殴りつける前に、クシェルは口を開いた。


「私は戦災孤児よ。本当の父母は狂王の命を受けた貴方たちに殺されてしまった。そして、炎の中から私を助けてくれたのもケルサス。だから、剣を取るあなた方の苦しみが少しは分るの」


 馬車に乗っていた兵達は言葉を失くした。


「どうか、私の期待を裏切らないでちょうだい。早くこの悪夢を終わらせて、学生たちをマルブに帰して」


 そう言って、眼を閉じた。

 何か言いたげな視線を感じたけれど、気付かない振りをする。

 まだ昼前だから、まぶたに光りを感じたけれど、やがて慣れて、暗闇が落ちてくる。

 戦場にいるからだろうか、それとも感傷からだろうか、亡くしてしまった故郷が鮮明に浮かんできた。

 

 炎が見えて、頬に流れる涙を感じる。

 どうして?という誰かの叫びは、(とき)の声がにかき消された。

 軍馬の(いなな)きと魔術の詠唱が響いて、閃光が広がる。敵意がないことを示すために結界を解いていた屋敷が、過剰な火力で削れていく。

 唯一結界が張られた部屋から、母と父を求めて駆け出した私は吹き飛ばされて、体を打ち付け立ち上がれない。

 訳が分らなくて、どうしようもなく痛くて、誰でもいいから助けてと手を伸ばした先に、槍の穂先が見えた。

 胸に熱さを感じて、見下ろしたとき、私の意識は途切れた。

 

 眼を開けると、目の前に若い男の顔があった。いや、どうだろうか。記憶がそうだというだけで、本当はもっと年老いていたのかも知れない。けれど彼が、私が生きていたことを心底うれしそうにしていたことは確かだ。

 ケルサスの紋章をつけて、私に必死に治癒魔術をかけて、励まし語りかけていた。

 そのときが初めてだ。

 名門では無かったものの誇り高い家柄にあり、お嬢様として育った私が、人を殺したいと思ったのは。

 彼が止めるのを聞かずに立ち上がって、近くにあった廃材を握り締めた。

 胸が熱く痛かった。

 だけど、燃える私の家が、暖かい思い出が、父が、母が、彼を殺せと(ささや)いていたのだ。

 彼は私が気付かないと思ったのだろうか?私たちを焼いた魔術の波動が、私を包む治癒のそれであることを。

 彼は驚いて、顔を歪ませて地面に突っ伏した。

 なさけなく声を上げて、叫び続ける。

 父母を殺したくせに謝り続ける。

 どうしてなのか分らない。気付けば、私は彼にすがり付いて声を上げて泣いていた。奪った者にしがみついて、奪われた悲しみを補う何かを彼に求めていた。

 決して、憎しみ、恨みではなかった。優しさだったのかもしれない。幼い私は、恨みや殺意で心を埋め尽くすほど、強くなかったのだ。

 私たちは抱き合い、縋りあった。

 多くの人が私を指差して殺すように訴えても、彼は私を抱きしめつづけた。

 いくつもの怒声が響いた。彼の手に耳を塞がれて、それでも剣戟が、呻く声が聞こえた。

 もう大丈夫、と耳元でささやきが聞こえて、顔を上げて向き合った私達の周囲で、ケルサス兵たちが燃えていた。

 炎を背に、息を切らして、同胞の血を拭うケルサスの兵たち。

 彼は優しく微笑んで、私はそんな彼をまた抱きしめた。

 

 彼と、私を助けてくれた兵たちの顔はどんなだったろう。名は?覚えていない。

 直接尋ねようにも、彼はもういない。

 私と自らの死の偽装工作を部下たちに指示して、中立を貫いたマルブに逃れようとした。しかし、途上、結界を張っていたカルブルヌスに見つかり、重傷を負ったのだ。

 最後まで私だけを心配して、国にいる家族のことは何も言わなかった。

 マルブが見えて、喜んだ私の髪を撫でて、それきり。

  

 マルブにたどり着いて数年後、思い出を塗りつぶすかのように勉強に励んでいた私は、行商から、私のマルブ亡命を手助けしたくれたケルサス兵達が、国に帰るとすぐに吊るされたことを聞かされた。

 殺すはずだった私を助けた兵たちは、それを命じた狂王に殺されたのだ。

 彼らの家族はどうなったのだろう。

 犠牲に見合うだけの価値が私にあるのだろうか?

 今思えば、彼らが守ろうとしたのは私ではなく倫理なのかも知れない。その象徴が私。

 けれども彼らは死に、私はこうして生きている。


-恨めるはずがないじゃない- 

 

 クシェルが流す涙を見て、彼女を監視しつつ見守っていた情報部の大尉は微笑んだ。


 ******


「ここに来て、新しい邪教徒の誕生か」


 コールの隣には、ケルサス軍より派遣されたマルス少佐がたたずんでいた。


 ケルサス軍本陣の奥まった位置、将軍のものよりも警備があついその天幕には神聖グローリアの紋が掲げられていた。

 マルスは細い目を大きく見開いて、竜のブレスに焼き尽くされた戦場を見ている。

 かみ締めた歯が音を立てて、いつも大げさなまでに豊だった表情は怒りに歪む。戦場では彼の戦友たちが一瞬にして消滅してしまった。叫ぶ暇もなく、祈る猶予すら与えられずに、まるで演劇の一こまのように舞台裏に掃けてしまった。

 後には何も残っていない。

 まばらに生えていた草々も、祖国ケルサスの軍旗も、帰るべき天幕も。

 なのに、ブレスの射程内にいたはずの敵軍は誰一人傷ついていない。

 ヤーヘンだけを残して、あらゆる全てが消え去っていた。


「あの威力、しかも敵味方を弁別してか。誰が回心した?こんなことが出来るのは?」


「・・・魔力の波動はウグニス王子ものと思われますが、それ以外にも混じっているようです」


 デューイがコールの顔を伺うが、彼は表情を変えない。


「もう一人、魔術士が中にいるようです。媒介しているのは信じられないほどの・・・、これは、まさか竜の涙でしょうか?申し訳ありません。これ以上は、時間が必要です」


 ミミが魔石を用いた解析結果を伝える。


「叔父上、助けにいきましょう」


 それでも何もいわないコールにミミは訴えかけた。あそこには彼女の士官学校の同期もいた。だが、兵士としてではなく、人として手を差し伸べたいと思った。

 あんなことがあって良いはずがないのだ。

 ヒトが、あんなふうに消えてしまうなんて認めることは出来ない。


「無駄だ」


「何をおっしゃるのですか!!」


 マルスが叫んだ。

 それまで一度もコールに対して強い言葉を使ったことなどなかった彼が、コールの胸元を掴む。背一杯背伸びをして、視線を合わせて睨みつけた。


「グローリアの国是は慈愛!天上ではなく現世の幸せこそを求めるというならば、ここで動かずして何がグローリアですか!!」


 コールはマルスを押しのけ、調査魔術を走らせるだけで彼を見ようともしない。


「グローリアは邪教徒に滅ぼされたんじゃないんですか!!」


 コールの冷たい視線がマルスを射抜くが、引こうとしない。


「ケルサスと共闘して滅ぼしましょう。敵を討つんです。あいつらは穢れている。滅ぼさなくちゃいけないんですよ!!」


 言葉に殺意が宿ったその瞬間、マルスは地面に縫い付けられた。過重な重力に骨がきしんで、肺から空気が押し出された。視界が明滅し、口内に土と血の味が広がる。

 何とか顔を上向けると、魔石を手にしたミミが背に馬乗りになり、マルスの頭を地面に押し付けていた。


「ライラの前で、なんと言うことを!」


 マルスは頭をよじって、彼らの背後で蹲り涙を流す少女を見た。

 嗚咽を漏らして、邪教徒が垂れ流す呪いに耳をふさいで震えている。

 

 きしむようで、喉を突くその声が喘ぐたびに、ライラの背後で曼荼羅(まんだら)が広がっては、ノイズと共に消える。

 映し出された楽園が炎にまかれて、亡者が映る。

 彼女に流れるエルフの愛が時空を超えて、かつての地獄を顕現しようと、手を差し伸べようともがく。


「あ・・・」


 マルスは、その慈悲の奔流に感情が押し流された。

 

 -僕は、なんて浅はかことを-


「大佐、そのへんで」


 デューイがミミを引き剥がして、マルスを立たせた。

 ミミはライラに駆け寄って、強く抱きしめた。


「マルス少佐、貴様の進言はもっともだ」


 嗚咽が響く中で、コールがケルサス本陣を眺めながらいう。


「しかし、私の目は捉えている。生存者はゼロだ。

 今、我々が行動を起こせば、邪教徒がどう動くかわからん。生まれたばかりの仮面を保護するために、新たなる黄金の仮面が参戦するかもしれん。これ以上、奴らの介入を防ぐため、ケルサスも我らに待機を求めるはずだ」


 すがるような眼を向けるマルスが口を開け閉めする。


「君があれを滅ぼしたいように、私も焦れている。気を緩めてしまえば、あの戦場にいる奴らを皆殺しにしてしまいそうだ。

 しかしな、状況がそれを許さない。我々はグローリアの騎士で、邪教徒が狙うライラを守らなくてはならない。

 これからはライラの守護を最優先に行動する」


 静かに、それでいて大気を震わすほど殺気を(たぎ)らせるコールの言葉にマルスはうなだれて、か細い声で応じた。

 

 デューイが彼を天幕の中に連れて行き、椅子に座らせると、眼を合わせて優しく語りかけた。


「マルス少佐、悔しいけれど、黄金の仮面を誕生直後に滅ぼすことは不可能だよ。生まれた意義が、まさにそこにあるから一番強いのは君も知っているだろう?

 僕達は生き残らなければならない。死んで、どうやって彼らの敵を討つという?」


「だからって・・・。じゃあ、逃げろというの?敵を討たずに、マーテルの敵に尻尾を巻いて?それは、神と死んでいった兵への裏切りだ」


 デューイの目に梵字が浮かび、マルスの肩を強く掴んだ。

 痛みに顔を歪ませるマルスにデューイは言った。


「ケルサスが退却以外を選択するならば、それこそ兵への裏切りだ」


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