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偽国戦記  作者: ブレヒトさん
魔晶戦争
97/131

国難にあってこそ、革新を

戦場で邪教徒が誕生し、連隊規模のケルサス軍を吹き飛ばした。

混乱するケルサス本国では、さらなる急報が告げられる。


軍議の場で、ベスティア王妃フェリスは元「商会」幹部としてケルサスを救うべく議論を戦わせる。

彼女は、その先で、ケルサス王ルーメンを知る。

 

「そんな、馬鹿な話があるか!!」


 子爵(ミミの副官で彼女とともに新生グローリアの聖騎士となったデューイの実父)は振り上げたこぶしを卓に打ちつけた。


「先の内乱でも攻めてこなかったくせに、ヤーヘンの進軍にあわせて攻め入るというのか!!」


 色めき立っていた議場が静まりかえる。

 このような振る舞い、軍属も持たない成り上がりの子爵に許されるものではなかった。しかし、彼の憤りは居並ぶ古参の貴族たちのものでもあったからであろう、誰も彼に非難めいた視線すら送らない。

 領地を持たない公爵といわれるシュナイデル家、その筆頭バルー準男爵でさえ額に汗を浮かべ、言葉を失っている。

 何か言わなければならない。軽く笑い飛ばし、品格を持ってこの場を治める。それが己の責務なのだと理解していても、バルーにはそれが出来なかった。

 絶望。

 それが否定しがたい事実であることを、彼の豊富な経験が主張していた。


「どれだけの時間が稼げるか?」


 ケルサス王国国王ルーメンが議場を見渡し言った。


「長くて二週間かと存じます」


 バルーは声を搾り出した。

 その弱々しい声音を自分のものとは思えずに、はっと眼を上げた。しかしそんな彼に誰も気付かない。議場の面々はただ混乱し、あるいは考えることを放棄していた。

 ルーメンは肘掛に肘をついたまま、無表情に頷く。


「ヤーヘンとの戦場では超火力を持った邪教徒が出現し、北部からは呼応したかのように同盟国が領土を侵略か。偶然な訳がないな。おい」


 議場の中央に立つ情報将校に向かい顎をしゃくる。

 将校の背後には国土の立体図が浮かび、各軍の状況、そして敵の配備が、おもちゃのような駒で記されている。けれどもその駒は、数百、あるいは数千の命を表している。


「とち狂った亜人や、幻獣は確認されていないのだな」


「はっ!現在は人種、亜人ともに規則だった軍事行動を展開しています。異常な行動をとる軍団は確認されていません」


「だが、いないわけがない」


 鼻で笑い、脇にひかえる漆黒の鎧を纏う男を見た。

 ケルサスには、それどころか、この大陸には見られない意匠。大部分を金属ではなく軽量性を重視した皮革が用いられ、漆細工と金細工で飾られている。面を覆う仮面は修羅を模し、その奥に闇より黒い瞳がある。

 彼こそが、ケルサスが保有する十三人の黒騎士の長、ヒトカベマルだった。

 王が黒騎士に回答を求めても、誰もヒトカベマルと眼を合わせようとする者はいない。どんなに有益な者であろうと、どんなに国に尽くそうと、いないものと扱われる、それが黒騎士だった。


「御意」


 けれどルーメンはそんな慣習を無視し、生き死にに関して本能的な嗅覚を備える彼らを重宝していたのだった。しかし、このたびはそれが仇となった。


(ヒトカベマル、貴様の言うとおり、ヤーヘンとの戦にこそ貴様の部隊を派遣すべきだったか)


 ヒトカベマルの脳内に念話が響いた。国王として、失敗を将たちの前で認めるわけにはいかず、魔具を通して彼の脳内に語り掛けた。

 ルーメンは、前線の将官たちに黒騎士を使い潰されることを恐れ、ヒトカベマルが出陣の許しを請うのを退けた。王の目が届かない前線では、つまらない点数稼ぎに、黒騎士を無茶な任務に当てる者らが大勢いたのだ。戦闘狂の異民族なぞ、どうなろうとも構わない、それが各国の共通認識だった。


(我輩の進言なぞ、大局を見ることの出来ぬ愚者の戯言でございます。周辺諸国に間諜として放たれましたこと、ご英断であったと思うております)


 だからこそ、解析兵でもつかめていなかった亜人と幻獣の存在を知ることが出来たと、ヒトカベマルは言う。しかし、そんな情報がなくとも、いるものと仮定したであろうし、また黒騎士の情報を大貴族たちが重視するとも限らなかった。


「フェリス殿、攻め込んできた三国に商会が関与した形跡は?」


 ルーメンは議場の一際高い段、同盟国席に座る若い赤毛の女に話を向けた。


 それまで注意深く会議を観察していたベスティア王妃フェリスは、頭を切り替えるように髪を掻き揚げた。

 手を挙げると、背後の部下が素早く彼女の耳元に口を寄せる。かわりに二言三言、言付け下げる。


「もちろん、商会はあらゆる国家に関与しております。その程度において分類、推測しましたが危険度は低いと判断しておりました。

 しかし、わたくしども、いえ、彼らの特技は侵食、つまりは気取られずに食いこむことにあります。金銭にものをいわせた派手な面にとらわれがちですが・・・」


「要点を」


「行動を起こした以上、何もないはずがありません。ケルサスの脅威となるには十分でしょう。

 陛下が確信なさっているとおり、亜人や幻獣がいないはずがない。

 バルー卿は二週間とおっしゃるが、商会が関与しているならば、それは楽天的だと断言します。一週間が関の山かと」


「一週間、だと?」


 バルーは立ち上がった。


「根拠は?」


 ルーメンが言う。


「亜人の軍団、魔槍数門、並びに飛行型の幻想種が三頭もいれば国境は破れます。辺境の地ゆえ、魔獣との戦になれているかもしれませんが、その地域にいない種を当てれば案外脆いものです」


「我らはそんなにやわではないぞ」


 口元を引きつらせた高齢の貴族が口を挟んだ。

 フェリスは呆れたように貴族を見返した後、言葉を続けた。


「ヤーヘンとの戦いに立場が弱い辺境から多くの兵を徴集し、練兵を繰り返させた。兵は疲弊し、国への恨みを募らせておりましょう。中央にこそ兵は集い、辺境では兵だけでなく物資も不足しているのではありませんか?

 そのような状況で、どうやって軍の士気を維持せよとおっしゃるのか」


 議場の貴族たちがフェリスに罵声を浴びせるよりも早く、バルーが手を叩いた。


「良く見えている、その通りだ。さすが商会の幹部だったことはある。では、その慧眼、守りの面で役立ててはくれんか?」


 ルーメンを見て頷いた。


「陛下のお気持ちはそこにあるのだ」


 フェリスが手を挙げると、先ほど言葉を受けて下がっていた魔術士が口寄せた。

 しばらく黙考し、視線を上げた。


「申し訳ないが、国土を削らせていただく」


 フェリスはティアラを引き抜き、片手を卓において身を乗り出した。かつて商会で軍事の高官であったときのように、威圧的に目を据わらせる。


「国境を放棄して、各城に下がりなさい」


「何を!!」

「馬鹿な、敵を引き込むつもりか?!」

「ありえん!!」


 貴族たちが色めき立つ。


「商会に目立った動きは無かった。つまりは、攻め入った国々は餌で釣られたにすぎないだろう。ケルサスが引いて、略奪の機会を与えれば、商会の思惑を離れて統率を失くす」


「幻想種はどうする?」


 それが問題なのだ。守りやすく攻めるのに難い辺境の地形にあって、有翼の幻想種こそが脅威で、人や亜人ならば時間は稼げる。国境を放棄すれば、そのアドバンテージすら失いかねない。


 バルーはフェリスを灰色の瞳で貫き、返答を求めた。


「高度の幻獣を操るには手間が掛かる。これまでの戦闘記録から、大雑把な命令しか与えられないはずだ。後は本能に任せている。それゆえ、ケルサスが引けば、目標だけではなく目的を推し量ることができる。確認した後、総攻撃を仕掛ける」


 一息ついて、胸を張った。


「ケルサスは、やわではないのだろう?

 同感だ。諸君らにはそれが出来るはずだ」


 真正面から答えた。

 初めて議場に来たときのような怯えはない。誇りすらあった。


「リスクが大きすぎる。致命傷を与えることが出来なければ、被害は数十倍にも広がってしまう」


「では、どうしろと?幻想種は国境を素通りするぞ。国中を混乱させ、機能不全に陥らせるためにだ。

 独立を保つ大都市はその結界からして数日は無事であろうな。有力な魔術士を多く抱えているから当然だ。

 疲弊したところで仕留めるのが貴様らの算段なのだろう?付近の村々で民がいくら死のうと気にしない。

 しかし、それでよいのか?辺境で食い止めねば、食い荒らされ、地獄絵図だ。魔石の採掘場を狙われれば、大規模災害もおきかねない」


 フェリスは言葉を切って議場を見渡した。


「ようは算数の問題なのだ。どうすれば被害を最小限に抑えることができるか。

 あなた方の言いづらいことを言ってさしあげている」


「国境を棄てることはまかりならん!なんとしても耐え、援軍を送り込む!!」


「間に合うのか?馬では無理だ。使い魔では数が足りない。騎士だけを先行させても、魔術師がいなければ補助が足りず、切れてしまえば、騎士が張った結界では弱小国の魔術でも簡単に刃が届く」


 バルーとフェリスは視線を交錯させて、どちらも一歩も引かない。


「なるほど、却下だ」


 薄ら笑いを浮かべたルーメンが即断した。


「なっ!!」

「えっ!?」


 二人があっけに取られて、言いよどむ。

 フェリスはともかく、実のところバルーもそれしかないと思っていた。論理の道筋をつけるために反対していたに過ぎなかったのだ。たとえ国境を侵されても、被害を最小限に抑え、国力の弱体化だけは防ごうとしていたのだった。

 たとえこの進軍を食い止めたとしても邪教徒の対処がある。連隊規模を吹き飛ばす火力を邪教徒が維持できるとは思えないが、防御のために多数の兵を送らねばならないだろう。もし、幻想種を辺境で防げなければ、国土深くに狂った幻想種が跋扈(ばっこ)したまま、邪教徒と戦わなければならない。そうなれば、国が疲弊し、さらなる侵略を許すことになるだろう。もし帝国が動けば国が滅びかねない。今こそ、一丸にならなければならないと、二人は思っていた。

 しかし、そんな彼らをよそに、大半の貴族たちはケルサスの国土を守ることだけに腐心していた。それは大国の支配者階級という立場がさせることで、小国相手に国境を放棄し、防衛線を下げることなど認めることが出来るはずがない。本当はそうするより他ないことがわかっていても、自分が言い出せば他の貴族たちに責任を押し付けられてしまう。

 だからこそフェリスが提案し、バルーが反論することで一応の議論の形を作った。

 ここで二人が道化を演じないならば、貴族たちは、辺境が抜かれた後は各々適当に言い訳をつけて領土に引きこもるだろう。彼らはたとえ国土が蹂躙されようとも、首都に迫る頃にはバルーが何とか折り合いをつけてくれるだろうと思っている。言われれば兵は出す。ただし自分の領土が守られる確信があったうえでだ。

 大国として国境を守りながら、国土に住まう民は見棄てる。矛盾した考えであったが、とにかく大国ケルサスとしての体面を守りたかったのだった。

 バルーとフェリスは、それを踏まえたうえで、何とか大貴族たちに兵をださせるよう芝居をうったのだ。この期に及んで損得を勘定する貴族たちに、もう後がないのだということを実感させる必要があったのだ。

 幻想種の攻撃は数百人を吹き飛ばす。商会の本命が、こちらではないと誰が否定できるだろうか?いや、むしろ、これこそが王手と二人は考えていた。いかにケルサス大都市の結界といえども、狂って限界を意識しない幻想種の攻撃を何度も受ければ亀裂が走る。

 だから、なんとしても辺境で止める必要が、ケルサスにはあった。


「陛下!!」


「他に案は?ましなものを出せ」


 バルーが叫ぶが、ルーメンは視線すら合わさない。

 誰もが黙りこみ、フェリスは王が重宝しているヒトカベマルを見たが、その彼は何も言わずにたたずんでいる。


(なんなのこれ。陛下は何を求めているの?)


「いいかな?」


 落ち着いた声が響いた。


 声の主はグラナトゥム公国のコラード公王。

 フェリスは、その瞬間、ルーメンの口に笑みが浮かぶのを見た。


「我ら、グラナトゥムがことにあたろう」


「何を仰います。グラナトゥムはヤーヘンとの戦いに兵を出し、疲弊しておるのでは?これ以上、グラナトゥムにご迷惑をかけられませぬ。私どもにお任せください」


 慇懃無礼にある伯爵が言った。半数以上の貴族が賛同し頷きあう。

 そのものらは、これまで会議で多く発言してきた旧来の、前王の時代から強い権力を維持してきた貴族たちであった。けれど、その声色には隠し切れない警戒があった。


(こいつら、どういうこと?グラナトゥムを怖がっているの?大した戦力を有していないのに。フラーダリー家騒動の責任を取らせ、さらに戦力を削ったくせに)


 ただ、その古めかしいい貴族たちの中で、バルーを含む数人だけが彼の言葉の続きを待っていた。


「みなは、そう言うが、」


 コラードは豊土の王らしく柔和な笑みを浮かべる。


「カルブルヌスは帝国側の国境に軍を当てているから遠く離れ、残りの騎士団は各地に散っている。幸い、こちらには我らが近いし、インペリアルガード他、十分な戦力は有している」


「東方の守りはどうするおつもりですか?兵を出しているうちに攻め入られたら?

 御自身のお立場を理解なさってくださりませんと、我らが困ります」


 苦笑が漏れるが、果たして本当に笑っているものがどれほどいたであろうか。


「しかし」


 微笑みの中に、加虐心にもにた喜色が混じる。

 フェリスは気付いた、それまでコラードが浮かべていた笑みが何の感情も宿していなかったことに。

 アルカイックスマイル、奥に秘めた感情を隠すための仮面であったことを。


「既に出陣の準備は整っている。そうだろう?」


 コラードは背後に問いかけた。


 騎士が暗がりから姿を現すと、貴族たちの(あざけ)りが一斉に止んだ。


 コラードと同じ銀髪。けれど、くすんで汚れている。

 豊土の王の目は蒼く澄んでいるが、騎士の瞳は血の色に染まっていた。


「ええ、僕の兵は、いつでも殺しに行けます」


(王弟レークス!!そんな、前王の呪いで魔力を失ったはずじゃあ・・・)


 言葉とは裏腹に、慎み深い軽装を纏い軽い様子で進み出る。


「懐かしい顔がちらほら見える。僕のことなんて、もう忘れてしまったかな?」


 朗らかに言葉を発するたびに貴族たちは汗をにじませ、困惑と恐怖の入り混じった視線が飛び交う。


「僕が指揮を取る。幸い、フェリスさんが・・・。失敬、フェリス殿下か。ケルサスでは誰も礼儀など教えてくれなかった」


 頭を下げられて、フェリスは慌てて微笑んだ。何でも無いと貴族たちは目礼するが、皮肉にこめられた意味に恐怖している。


「感謝します。・・・さて、目下の問題だが、フェリス殿下がおっしゃった期限には間に合うし、なにより、君たちが懸念していた東方の砂漠の民が力を貸してくれる。彼らの操るオオトカゲは素早く進軍出来るんだ」


 砂漠の民。グラナトゥムの東方に位置し、千年以上前から敵対関係にある王朝国家だった。


「何をたわけたことを!!」


 子爵が唾を飛ばした。


「信じないのか?僕は嘘を付かないし、どんな任務だって、何があろうとも果たしてきたつもりだけれど」


 眼が三日月に歪んだ。

 殺すことに関しては、そう言った瞬間、浴びせられた殺気に子爵は小便を漏らして卒倒した。

 邪魔者が黙ったことを確認すると、人懐っこいを笑顔を向ける。


「彼らは話の通じる人たちだ。彼らなりに人倫というものを考えている。言っている意味がわかるだろうか?」


 権益を守るために狂王にはいつくばり、政敵や邪魔者を幼いレークスに暗殺させた。その多くが罪のない者らであり、圧制に耐えかね、民のために立ち上がった貧しい地方領主であった。

 彼らが流した血の色、嘆きの言葉、死を求めた者の浅ましさ、レークスは決して忘れてはいない。

 それに比べて、民を守るために自らの手を血で染めて身を落とした砂漠の民こそが貴い。


「なりませぬ!!」


 議場の隅に座っていた老男爵が立ち上がった。


「殿下には、果たさねばならぬ義務がございましょう?!」


「ワイダーか。お前だけは王宮でも僕を気遣ってくれたな。

 安心しろ、種は『宮』に預けてある。グラナトゥムは安泰だ」


「殿下、貴方はもう剣を握らずとも良いのです!!」


「ありがとう。お前の慈しみ、忘れたことがないよ」


 真剣に微笑みかけた。

 ワイダーが見たことのない、幸せが溢れた顔だった。

 老人は涙ぐんで机に伏せた。


「殿下」


「バルーか、久しぶりだ。侵略者は皆殺しにしてやるから、邪魔するな」


「砂漠の民が手を貸してくれるということでしたが、確証が?不可侵条約を結ばれたらしいが、何処まで信用できるものか」


 バルーは顎を引いて忌み子を見た。


「手を貸すといいながら、商会と手を結んでいないと何故いえるのですか?ケルサスは今危機に瀕しているのです」


 商会とヤーヘンにしてみると、東からグラナトゥムを動揺させれば、帝国や諸国の参戦を促すことが出来る。卑しい砂漠の民なんかにグラナトゥムの土地や聖王の身柄を抑えられるわけにはいかないから、兵を出さずにはいられないのだ。

 ケルサスの鉱山資源が欲しい諸国は、ケルサスの援軍として共に戦うことは出来ないだろう。なぜならば、平和に飽きた民が許さないし、グラナトゥムに食物を依存してケルサスに強く出られなかった各国の貴族たちのプライドが、へりくだったような援軍を出すことなど出来はしない。そしてなにより、各国が取り組んできた軍拡と新兵器を試さずにはいられない。

 平和という安寧の下で、大陸では、血を求める民の嗜虐心は飽和しようとしていた。


「陛下?」


「よかろう。グラナトゥムに出陣の許可を与える」


「ルーメン陛下!!」


 バルーが椅子を蹴って立ちあがった。

 ヒトカベマルの仮面の下で眼が暗く光り、一歩前に出た。


「俺は、命を下したぞ」


「なりませぬ!!」


「バルー、心配するな。新王は僕と共に出陣する。彼らが何かたくらんでいたとしても、不穏な動きをすれば僕が斬ると約束する。

 それに、彼らはようやく手にした改革の芽を摘むほど馬鹿じゃない」


 -お前たちとは違って-


「新王は大した人だよ。私が保証しよう。長い間、彼を見てきたんだ」


 レークスの殺気とコラードの言葉にバルーは顔をゆがめ、王に謝罪して着席した。

 その眼は血走り、ひげに覆われた口元には赤いものがにじんだ。


「援軍は?」


「いりません。現地の兵たちには、ただ、耐えろ、とお伝えください」


「そういう訳にはいかん。せっかくレナータと娶わせたんだ、恨まれては困る。コラード、おい、何とか言え」


「困りましたね。誰か戦支度の出来ているものはいないのでしょうか」


 コラードが何でも受け入れるというように、両手を広げる。


「男爵は、その準備が出来ております」


 年老いた貴族の秘書官として参加していた若い貴族が、隣席の主に頷きながら応えた。


「こちらも、同じく」

「私もだ」

「武具と、騎士だけならば」

「結界術士は、お任せください」


 次々と声が上がる。

 旧来の貴族たちは、立ち上がる新興貴族たちを呆然と眺めた。


 -なんだこれは、なぜ、聞いていないぞ-


 ある貴族は、娘婿の言葉に掴みかかったが、背後から伸びた手につかまれて議席から引きずり下ろされた。

 西の大貴族は苦笑して、冷たい目をする隣席の息子に頷いて、誇り高く席を立った。

 金満家のある貴族は、頭の中で素早くそろばんをたたき、兵站を受け持つことで名乗りを上げた。

 次々と通信魔術が打ち切られ、すぐに入れ替わって若い貴族が忠誠を誓う。


 狂王の権力に胡坐をかき、主が打ち滅ぼされても権力の座に居座り続けていた恥知らずたちは、コラードの名を叫び、哀れみを乞う。あるいは、何が起きたのか分らずに立ちすくんで、だらしなく口を開け放つか、背後に忍び寄るギロチンの刃に怯え、呪いの言葉すら吐いて退場する。

 功名心から王に跪く者。新時代の理念に共感して剣を預ける者。権力への嗅覚で持って素早く身を転じる者。あらゆる感情が入り混じって、ヒエラルキーが押しつぶされて、ひしゃげて、新しい階層秩序が形成される。

 バルーは机に腕を張って、その様を見つめ続ける。

 彼、シュナイデル家は変わらない。変わるはずがない。この新興勢力をまとめ、王に尽くすための態勢を整えることが神に与えられし召命。王宮に跋扈(ばっこ)する限りない欲望のバランスを保ち、コントロールするために彼はいるのだから。

 代わりなどいない。友と共に高みを目指すことすら許されずに、あくまで中立で、天秤の重石のようにありつづける。

 ヒトカベマルがバルーを見て、バルーが見つめ返した。頷きあって意思を固める。

 彼らはこの騒乱にあって、王に邪念を抱いた者らを記憶する。

 誰が邪魔で、許容できるのは誰か。逸脱するものには、黒騎士の容赦のない刃を。

 ケルサスに仇なすもの、すべからく死すべしと。


 *****


 狂騒なか、これまで一言も発せず、そしてこれからも何も言うつもりはないと、距離を保つ一人の老女がいた。

 喪服に身を包み、年に合わない赤いアネモネのマジックフラワーを髪に刺し、凍るような瞳で、最後席から議場を眺める。まるで、しつけのなっていない子供たちの戯れを見つめる厳しい教師のような達観した視線。

 侍る騎士たちもまた、何も起きていないとでも言うように、身じろぎせずに議場を眺めている。

 彼女らの胸元には、アネモネ匂うマーテルの紋章がある。

 彼女らこそがシュナイデル家と並ぶケルサス随一の名家、アンダルシア家。扇子で口元を覆うのが現家長、クラリス・エトワール・アンダルシア女伯爵だった。

 彼女はぴしゃりと扇子を畳み、机上の羊皮紙に魔術で一筆添えると席を立つ。

 王を見つめ、目が合うと、口元にかすかに微笑を浮かべた。


 -面白い見世物でした。坊や、次はもう少し優雅におやりなさい-


 ルーメンの眼に、初めて安堵が浮かんだ。

 大叔母に目礼して微笑む。

 目じりを下げたクラリスは、あくまで表情自体は変えずに奥に下がる。背後に続くアンダル家の騎士、魔術士が眉一つ動かさずに議場を後にした。

 そこに議場への敬意はかけらも無い。

 はたしてどちらが王であるか、上であるのは誰なのか。

 彼らこそがケルサスと、その背が語っているようであった。


 ****


 フェリスは出席者がすっかり入れ替わる様を見ていた。


(そう、ルーメン陛下は彼らしか信じていないのね。ケルサスの宿将、フラーダリーの一件は噂どおりと言うわけ。

 それに、世俗から隔絶された真の魔術師アンダルシア家。神聖グローリアの血を入れたというけれど、確かにあの人たち以外、受け入れることなんて出来なかったでしょうね)


「おお、そうだフェリス殿、慧聖陛下に西方の援護を頼めないか?」


 ルーメンの声にフェリスは顔を上げた。


 ついでに、といったようではあるが、その返答がベスティアのその後に大きな影響を与えることを直ちに理解した。

 旧ケルサスにつくか、それとも新ケルサスにつくか。ルーメンはそう問うているのだった。


 -そんなの、決まっているわ-


 ルーメンに拝謁するまで、フェリスは革命を果たした三王子が、どうして先王に加担した大貴族たちを処刑しなかったか理解できなかった。

 殺すにはあまりにも強大な力を有しているからだろうか。しかし、ルーメンに関する調査結果はそれを否定していた。彼は実際的でありながら、激情を秘めている。自分の革命が未だ半ばであることを理解していないはずがないのだから、やり遂げるためならば何でもするはずだった。

 では、何故?

 今では、その意味が解る。革命後も変わらず貴族たちの仲を取持っていたシュナイデル家の家長バルーの眼、あれは怒りではない。諦観、それだ。王は描く楽園を実現するためならば、あらゆるすべてを利用する。躊躇などしないのだ、たとえ、敵の前で地べたに頭を擦り付けることすら。


 ****


 歴史上、権力に対して兵を起こし、暴力で政権を奪取した例はいくらでもある。しかし、革命が成功したためしは驚くほど少ない。民の混乱、権力争い、旧権力のカウンター、それぞれであったが、そのどれにも負けない原因は、旧来の権力者に組した者らの首を手当たりしだい切り落としていったことにあった。全て殺してしまえば、有能な実務者がいなくなってしまうだけではなく、それまでの統治のノウハウが消えてしまうのだ。そのかわりに、それまで政に疎かった改革者を据えたところで上手くいくはずがない。

 だから三王子は貴族たちをあえて生かしておいた。以前と変わらない権力を与え、統治システムを踏襲させながら、送り込んだ部下らにそれを学ばせていたのだ。身の安全が保障された背徳者どもがほくそ笑む隙に、新しい権力構造を蜘蛛の糸のように張り巡らせていたのだった。

 当然、忍び寄る手に貴族たちは気付いていただろう。しかし、新王権化での権力争いに夢中になる内にそれを忘れ、安心しきっていたのだ。無理も無いだろう。彼らは大きすぎる力を持っていたのだし、三王子はその親友たちとその息子を辱められても、貴族たちの権力を保障したのだから。

 しかし、今、改革者は牙を剥いた。安心しきっていた貴族たちは、既に王宮の主導権が彼らに無いことを知った。今までバランスを保ち、一国体制の強力な擁護者であったシュナイデル家のバルーも沈黙した。

 友を磔にされ、凄まじい恨みを持った主の前で、彼らはもう、這い蹲って神に祈ることしか出来なかった。


 ****


 -ああっ、最高!!-


 フェリスは、さっきから後ろでちょこまかと動き回って、身振り手振りでこちらに合図を送り続けている真紅のマントを纏った小太りの男に振り向いた。

 満面の笑みで、彼女が愛する男に手を伸ばす。


 -舞台は整いました-


 そろそろ満月。

 ほのめくマーテルの神気に照らされて、あなたは、人狼の王者は君臨する。

 昼間かと見違えて、驚き見上げる月光の先にいるのは貴方。

 猛る狼の伝説は、今、始まるのです。


 -愛しい人、ケルサスに、そして世界に、貴方の力、思い知らせてあげて-



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