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偽国戦記  作者: ブレヒトさん
魔晶戦争
96/131

黄金の山羊 -私という存在、その根拠のなんと侮辱的であることか!!-

ケルサスに増援が到着し、決着が近づく。

しかし、虐げられ続けた者達が終わらせない。

ヒトとして手を尽くしても勝てないというなら、彼らはヒトをやめる。

そうまでする覚悟と意志、恨みがあるのだ。


「説明してもらおうか」


 背を向ける商会から派遣された蛇人の男に、ヤーヘン第二王子で総司令官のウグニスは言った。


 ケルサス王国とヤーヘン国、二国を分かつ長城、その中央にそびえる大門。

 今はヤーヘンの魔槍に砕かれ、補修されて、自我をなくした亜人たちによって強固な肉の壁が築かれている。

 無骨で、無駄なところが一切ない城に狂気がある。

 大国に挑むヤーヘン兵を突き動かすのは、己を、父を、母を、子供たちを踏みにじり続けてきたケルサスへの憎悪。

 自我をなくした亜人たちと、殺すためならば死んでも構わないと意志する兵たちが(うごめ)く。

 果たして正気を保つ者などいるのだろうか。

 亜人同様、ヤーヘンの兵たちもすでに狂ってしまっているのではないか?

 そう思わずにはいられなかった。

 

 そんな城の一際高い側塔の中に彼らはいた。


「せいぜい中級程度が良いところのグリフォンが、なぜあのような力を持つ?」


「なかなか興味深い事象ですな」


 振り返ることなく、蛇人は空中に映し出された戦場に見入っている。


「では、貴様らの仕業ではないと?」


「はい。調査しなければいけません」


 そう言って、忙しく調査魔術を施し続ける。


「そうか。ところで、商会の考えでは、こうしているうちにグラナトゥムに砂漠の民フィスィが奇襲をかける手はずではなかったかな?

 同時に、北の三国がケルサスに攻め入る。聖王の身柄をフィスィに確保されること、ケルサス国内の鉱山資源を小国に抑えられることを嫌った帝国がケルサスに宣戦布告をする。

 ・・・商会が約束した期限は、とうにすぎているぞ」


 男は応えない。


「なぜフィフィは動かない。根回しは済んでいるはずではなかったか?」


「どうやら政変が起きたようです。王は死に、グラナトゥムに友好的だった近衛騎士団長が玉座に着きました。これではグラナトゥムに攻め込むのは難しいでしょう」


 その言葉に、これまで何とか冷静さを保っていたウグニスは我を失った。


「ふざけるな!!帝国は未だ動かず、頼みの援軍はあてにならない!!わが方の魔術士は疲弊し、幻想種も攻略されつつある!!眼の前で奇跡が起こったと思えば、それすら容易く打ち倒されてしまった!!

 何だ、いったい、あ、あの仮面の騎士は、聞いていない。カルブルヌスの末弟さえ押さえていれば問題ないと、貴様が言ったのだ!!

 あの、あれは、なんの技だ!!」


「お静かに」

 

 うるさそうに、それでも背を向けたまま遮る。


「何を見ている!?

 ふざけるな!!俺を無視するな!!俺を、ヤーヘンを見ろ!!」


 杖を放り投げ、叫ぶ。

 石作りの冷たい壁に木霊して、残響が響く。


「ヤーヘンはこの戦にすべてをかけているんだ!!

 どうやってケルサスに勝つという!!

 このままでは、負けてしまうじゃないか!!みな、殺されてしまうじゃないか!!」


「勝てるだろ」


 視界一杯に蛇頭があった。

 180度、伸びた首を回して、ウグニスを見ていた。


「それとも、もう諦めたのか?」


 ちろちろと舌を出して、蛇目がすぼまる。

 温度のない瞳。観察して、隙があれば牙を突き立てて毒を流し込んで捕食する、爬虫類の冷徹。

 ウグニスはその冷たさに、怒りと焦りが急速に遠のいてゆくのを感じた。

 けれど、彼の思いはそう簡単に飲まれてよいほど容易いものではない。彼をこの戦に駆り立てているのは、飢えに苦しみ死んでいった民の絶望、そして彼と共に立ち上がった者たちの希望だったのだから。

 この程度の邪眼など、現実が突きつける苦しみに比べれば、屁でもない。


「手があると?」


 その瞳の冷気を溶かしてやろうと、己に刻まれた古竜の炎で睨みつける。


「当たり前だ。言っただろう?私たち、商会は見棄てないと。お前たちと一心同体だ」


 これまでにない真剣な眼。蛇の目にヒトの意思がある。切り開いて、未踏の道に歩を進める。


 そうか、これは。


「よく言う。商会の意思ではないな、貴様自身の意志、そうだな?」


 蛇目にかすかな動揺が走り、悟られないよう眼から感情を消し去るが、逃さない。捕らえて、己の熱情で組み伏す。

 負けていられないのだ。マーテル神教によって排斥され、教義を記した教本すら残っていないカグツチ信仰にあって、この熱情だけがそのよすが。民と己の信じる王の力なのだ。

 男は舌打ちをすると目を伏せた。


「蛇人としての定めでしょうか。古竜を統べるカグツチ、その眷属の祝福を受けた貴方の求めを跳ね返せません。参りました」


「では、とく教えろ。いかようにして奴らを倒す?」


 蛇人の男は、細い指でウグニスの胸を突いた。

 

 瞬間、ウグニスの胸で、それが脈打った。

 『竜の涙』、古の竜に認められた証。

 世界と神を繋ぐ、世界に唯一つの魔力結晶体。


 -魔晶-


 ウグニスの心臓に同化した赤い宝石が、まるで意思をもっているかのように輝く。

 絡みつくかのように這い伸びた導管が、ウグニスの脳に様々な感情を流し込む。

 

「お使いください」


 世界創生にあたり、世界にエネルギーを注ぎ込んだ神竜カグツチ。

 彼の神は、ただエネルギーを吐き出すのみ。

 その眷属である古竜の魂の残渣(ざんさ)である竜の涙。

 それを使う意味。

 暴虐きわまりないエネルギーを、この世界にもう一度吐き出してほしいということ。

 今ある世界を否定し、古竜に懇願することにほかならない。


 -こんな世界は間違っています。その炎で全て焼き尽くしてください-


 それをウグニスの一族だけがコントロールできた。意思を纏わせて志向性を与える。炎ではなく、魔術として解き放つ。


 しかしウグニスに伝えられる竜の意思、それは戸惑いだった。

 

「無理だ。我が一族に伝わった術は限られている。戦の役に立つようなものではない」


 彼の一族に竜の涙を与えた古竜は制限を与えた。世界を滅ぼすなと、それは我が神カグツチがマーテルに請われたことではないのだからと。


「もちろん分っています。

 かの竜はひどく力が弱かった。古竜の世界に居場所がなく、種を穢すことを恐れ、現世でヒトにまぎれて生きた。怯え続けてきた竜は、神の創りたもうた世界を破壊することなど出来ない。仰ぎ続けてきた神に、逆らうことなど出来はしない」


 その出来損ないが、貴方の中にいる。


 そう、つぶやいた。


 蛇の目には確たる意志と僅かな怯えがある。

 古竜の戒めか?

 いや。


「お前も出来損ないか」


 顔が強張って、警戒心があわらになったかと思うと、肩が落ちた。

 目元が弛緩して、急に瞳が乾いてしまったかのように、その色が濁ってしまう。


「・・・おっしゃる通りです」


 蛇人は唇をかみ締めて下を向いた。


「どんなに努力しても何一つものにならず、誰にも省みられません。せめて家族を持とうと願っても、見た目が悪いから女に見向きもされず、積極的になろうとしても、自信がないからすぐにちじこまってしままいます。本能に従う蛇人にあって、子を残すことすら出来ないのですよ?惨めです。

 こんな気持ち、貴方には、お分かりにならないでしょう?」


 まるで、憎んでいる神に罪を告白するように、仄かな怒りをこめて告白する。


「あげく、世界を呪って身を堕としても、それすら中途半端。なにをしても裏目にでて、何もするなと言われ、この世界、私の居場所なんて何処にもない」


「商会の手先、なかなか様になっているように見えるが」


 本当にそう思う。

 今まで出合った誰よりも傲慢で容赦のない合理主義者。


「無理をしました」


 胸元を開いた。

 毒々しい、紫色に光る石が埋まっている。


「竜の涙のレプリカです。何処で手に入れたかは、お察しの通り。

 これを体に馴染ませるために、あらゆる薬物を使用しています。もう二、三日もすれば、私の体からは腐臭が漏れ出すでしょう」


「生きながらに腐るか」


「いいえ、これまでの生が腐っていたのです」


 はっきりと口にした蛇人の眼差しに、彼自信が言うような卑屈はなかった。


「商会の目的はケルサスを混乱に落すことだけではなく、竜の涙を手に入れることにあったのだな」


「はい。ですが、あなたならばそれに気付く。玉を秘すことも考えられましたが、ヤーヘンのおかれた現状をかんがみれば、強力な魔力の結晶であるそれを何にも用いずにただ隠すことは万が一にもありえない。ならば貴方は隠し場所としてその身に同化させるはずだ」


「そうだ。破壊に用いることを禁止した古竜の戒めがあろうとも、同化してしまえば暴発させることは可能と、ケルサスが少しでも思ってくれれば良かった。

 ケルサスへの最後の交渉手段として、そして貴様ら商会への牽制として、俺はこの身に取り込んだのだ」


 そう言って蛇人に続きを促す。


「商会としては、そのまま手に入れることが出来ればよかったのですが、貴方は同化してしまった。しかし、私としてはそうしてくれたほうが都合が良かったのです」


 蛇人の独白は止まらない。カグツチの力のせいか、それとも彼の歩んできた人生のせいか、ウグニスには分らなかった。

 ただ、悲しかっただけだ。

 彼の瞳に宿す決意は、誰にも語られることはなかっただろう。

 語る相手がいなかったから、語ることが出来なかった。


「ああ、貴様、俺を食おうとしたのか」


 レプリカを宿した意味は、己の意思を竜の涙に伝えるためにあるのだ。

 レプリカ、つまりは他の古竜に認められているのだから、自分は主にふさわしいのだとやり込めて、その力を吸収する。力の劣る竜の強烈な劣等感を利用した企み。

 しかし、ウグニスが体内に取り込んでしまった場合は?

 取り出すことは不可能。

 ウグニスごと無理に同化したとして、竜に認めらた力強い自意識を乗り越えることは出来るのか?

 彼の意思に引きずられて、目的の達成はおろか、竜の涙はすべての力を使い果たし消滅してしまうのではないか?

 

 ならば、喰ってしまえ。

 

 同化するのではなく、レプリカの力を使ってウグニスの存在もろとも取り込んでしまえば良い。

 捕食という確たる順位付けで、屈服させてしまえば良いのだ。

 それが可能であることを、玉に同化したウグニスには理解できた。


「おっしゃるとおりです。私がこの任を勝ち取った、ええ、生まれて初めて勝ち取ったのです。

 それは、この執念が認められたからに他なりません。組織の宝を奪い、逃げて、差し向けられた追っ手に捕らえられ、命乞いをした結果なのです。

 この機を逃せば、私は、何者でもない。

 組織のためではありません。自分自身のために、私は竜の涙を取り込んで、力を得る。

 貴方の意思を喰らうことは出来ないかもしれない。力が暴走して、何も成せぬまま、死ぬかもしれない。

 それでも、私は、この機会をものにしてみせる」


 だから、と蛇人が歯を食いしばる。

 蛇人としての性を克服しようと、上位存在であるカグツチの眷属に認められた血族を飲み込もうと力を振り絞る。

 歯が砕ける音がして、胸元のレプリカが悲鳴にも似た金切り声を上げて、腐臭が鼻をついて、死ぬほど痛いだろうに、それでも蛇人は術を止めない。


 -こんな調子では、体がもたない。それでもか-


 ウグニスは、噴出した。


「殿下?」


「俺は今まで、お前のことを殺したいほど嫌いだった。だがどうだ、痛快だ。腹を割って話してみれば、お前は何とも凄い奴だ。

 ぜひ、友と呼びたい」


「友、私を?何故?そんなこと、今まで一度も言われたことがありません」


 動揺する蛇人が、視線をさまよわせた。


「そうか?みな、見る目がなかったのだな」


 竜の涙を取り込んで、ウグニスもろとも受け入れる。

 それは己が希釈されるということ。

 「私」を棄てて、新しい「何か」に転生する。

 自我が溶けて、消えうせるかもしれない。

 

 しかし、転生を望んだ「私」が消えて新生したとして、それに何の意味があるのか。

 

 どうしようもない馬鹿だ。

 弱者の思考だ。

 人生を放棄した、弱虫の他愛のない夢だ。

 けれど、そうまでして、力が欲しかった。


 -わかるぞ-


「ならば、俺がお前の始めての友だ。

 さあ、友よ、このまま酒でも飲み交したいところだが、時間がない。お前が見ている通り、俺は弱いから、もう同胞が死んでいくのは耐えられない。俺たちを奴隷扱いし、盟約を果たさなかったケルサスに、もう誰一人殺されて欲しくはないのだ」


 初めて蛇人をじっくりと見た。

 なるほど、醜い。

 顔の輪郭はずんぐりとしているくせに、体格は細くてアンバランス。

 ローブの腕の部分が極端に長くゆったりしているのは、歪な体系を隠すためだろう。

 蛇人自慢の尾は虹色で、毒々しくて人を遠ざける。

 けれど、その瞳は決意に満ちた男の目だ。


「強くなりたいんだろう?俺もだ。どうするつもりだったんだ?」


「レプリカの力を借りて私が貴方を捕食し、古竜の戒めを侵食します。

 貴方が竜の涙を取り込んだ場合、商会からは捕らえて本部に連れ帰るように言われていましたが、私の計画では魔術と薬で貴方の意思を麻痺させるつもりでした。そうすれば貴方の意識と、貴方に流れるカグツチの激情は失われないにしても、大幅に弱体化する」


「なるほどキメラの技術か。手が込んでいる」


 素晴らしい計画だと、賞賛する。


「ですが、それは止めます」


「何故だ?」


「レプリカの力を借りた私の蛇眼を克服する貴方の意思を失わせるのは難しいでしょうし、私の目的には必要でないことが今、解りましたから」


 微笑んで、いつのまにか流れていた涙を拭った。


「私を友と呼んでくれた貴方にそんなことはしたくはない。

 どうしてでしょうか。生まれて初めてですし、貴方を信じたいと思っています」


 当然だ、俺は、カグツチに連なるものとしてお前を認め、友と呼んでいるのだ。

 友達になりたいと、胸に居る古竜が言っているんだ。


「意識のありかは?食われた後、竜の涙を取り込んだ私の意志と、お前の意志、二つが争うのか?」


「いいえ、融合するでしょう。レプリカでもその点を克服することは不可能でした。であるからこそ、キメラの技術で強制的に統一させる研究をしたのです。

 商会は古竜と親和性があり、操りやすいと私を選びましたが、私は信じています。レプリカの力を屈服させる貴方の意思の力は飛びぬけている。

 たとえ貴方の存在は消えても、揺籃(ようらん)である私の自我を打ち破り、その意思は新たなる存在に至るでしょう」


「お前はそれでいいのか、友よ。お前の存在はどうなる?」


「消えてもかまいません。私はそれでいい。強くなって、誰かの役に立って、ほんの少しでもこの世界に私がいた証を残せれば満足です。

 こんなことは信じてもらないかもしれませんが」


 醜い顔を歪ませて、とびきり澄んだ声で言う。


「信じるさ。俺の意思が残る可能性があるならば、言うことはない。友よ、さっさと済ませてしまおう。今も我が兵はケルサスに殺されている」


「これまでのこと、まことに申し訳ありませんでした」


「謝るなよ。お前は凄い奴だ。己を殺すこと、誰にも真似できることではない」


 ウグニスは映し出された戦場を睨みつけた。

 物量に押しつぶされようとしている臣民たちと、事務的に攻め立てるケルサスの兵。

 剣を掲げる動作さえ人形じみて見えた。

 

-こんな奴らに-


「殿下?」


「人としての生を諦めるのは民にとって裏切りであるかもしれないが、俺はもう後悔しない。

 生きること、尊厳を保つこと、誰かのために尽くすこと、その権利はだれにも奪わせない。

 絶対神(マーテル)が我らの苦しみを望み、試練だと仰ったとしても、そんな運命は許さない。

 命を守って見せる。そのためなら何だって利用してやる」


「これだけは御心にお留め置きください。私どもは、ただ、平穏を求める集団であることを。殺戮は神の必然がもたらしたことであると」


「理解している。同じく排斥されたものだからこそ共感する部分はあった。

 強者に有利な法など、受け入れることはできない。法を守っているかぎり、弱者は強者に勝てない、搾取されるより生きる術はない」


 ウグニスは手を差し出した。


「では、我々、弱者を、みなを守ろう。

 ブライ、お前の力で。

 それが、俺の意思だ」


 名など呼んだことはなかった。おもねりなどで、距離を詰めたくなかったのだ。

 けれど、こうして心を通わせた今、自然と口をついた。


 大粒の涙を流しながら、ブライの体がレプリカを中心に開いていく。


「ブライ、カグツチの眷属から祝福を受けた俺が言う。お前は、蛇ではない」


 竜だ。


 胸から股にかけて現れた巨大な口が眼前に開いて、二つの意識は交じり合った。


****


 邪教徒、それは混沌を信仰し世界の法を乱す根源的な悪。

 しかし、その目的はなんなのか?

 何故そうなってしまったのだろう?


 哀惜の海に歌声を響かせる「エンジェルボイス」。

 ただ命の輝きを高らかに歌い上げたいと願った女は、死を軽んじる世界に、呪いという痛みを唄う。

 

 母の愛を求めて洞穴にうずくまるベビーフェイス。

 純真であるがゆえに、触れてくる、穢れた世界を振り払おうとしたオークの赤子は、泣きながら棍棒を握る。

 

 世界は、善と悪の二元論を求めるがゆえに悪の存在を切望する。その偽善を憎むワーカーホリック。

 かつて君臨した気高き(すめらぎ)は、シンプルに悪人が許せず、民のために狂ったように日々剣を振るう。


 世界の美しさに魅了された、追い求める者シーカー。

 探求することで神に近づき、明らかにしたその術を持って平和のためにと神の領域を侵犯したのは、かつての絶対神の眷属。


 彼らはまぎれもなく悪。

 法に障り、殺戮を繰り返し、あらゆる宗教、祈りから忌み嫌われる。

 けれど、彼らに救われた命と秩序が、確かにあった。

 彼らは言う。

 絶対神の法なんて、もはやどうでもいい。私たちは、私たち自身が命じる格律によって行動する。

 もう、絶対神なんていらない。

 混沌のままに、乱雑に、迷うことこそ、命。

 貴方たちの教えなどなくとも、経験でもって、最適の法を生み出してみせる。


 そして、今、新たなる矛盾が誕生する。


 追われた先の荒野で必死に生きぬいて、もう止めてくれと訴えても踏みにじられ続けた民の王。

 力のかぎり頑張って、それでも駄目で、努力すら認められずに馬鹿にされて、もう命しか残らなかった蛇。

 二人は、それでも世界を恨まない。

 そうあるから、仕方がない。


 -民を守れない。兵を導けない。俺が弱いからだ-


 -まともに出来ることなんて何もない。迷惑しか掛けられない。私が出来損ないだから-


 悪いのは弱い自分なのだ。

 生きとしいけるもの、なにも悪くなんてない。


 俺は/私は、ただ人並みの幸せを与えたかった/求めた。

 応えない神に祈り続け、絶望して、死を見て、それが分不相応な願いなのかと疑念を抱いた。

 だから、ここまでした。法の端まで歩を進めて確かめる。


 彼らは古竜の胎で、竜の涙に刻まれた世界創造の夢を見る。

 神の思い、計画。そこにはない、省みられることのない現世の命。

 そして、理解する。


 -ああ、そうなのか。

 神は、遺憾なく、我らを殺すのか。

 我らは、計画のための駒にすぎないのか-


 知りたくなかった事実。

 民が苦しむのも、こんなに辛いのも、それを求める愛に満ちた神のせい。


 -なるほど、絶対神は、神たちは、我らのことなど、どうでもいいのだな-


 竜の腹で、命が胎動する。

 意識が混ざって、存在を手放した二人は、新生を求めて神竜の息吹を手探りする。

 激情、炎、俺/私を形作る形相目的因。


 -ならば、俺/私が守ろう。

 炎の意志、貴方に授かったこの力を使い、神々の計画にない者らを救って、生かし、殺してみせる-


 ****


 広がる秋空に雲が立ち込めて、雨が降り出した。

 大粒だけれども、ここ荒野ではすぐに乾いてしまうだろう。

 恵というには、その場しのぎで、何の意味もない。

 

 兵たちは流れる血を洗いながら、剣を振るい続ける。

 誰も雨など気にしない。

 恵など、信じていない。

 気に留めてしまえば、ほら、眼の前の敵に殺されてしまう。


 遠く、幾重にも重なって、叫びが聞こえる。


 -何も分らない。何も知らない。どうして、そんなに苦しそうな、勇ましい声を上げているの?-


 竜の胎が裂けた。

 胎盤粘膜を切裂いて、生まれ出でたのは二つ首の竜人。

 真っ赤な鱗をした胎児は這い出し、光りを求めて窓によじ登る。

 見上げた空からは雨が降り、いまだ開ききらない瞳の中に、殺戮が飛び込んだ。

 

 血が流れて、戦場の悪意と、嘆き、怨念が、突風のように胎児に押し寄せる。

 うめいた胎児はもだえて、ぜいぜいと声にならない声で喘ぐ。

 目の前の光景を否定するように、大きな頭を振って、肺が空気を求めているのか、長い舌をたらし、キィと、小さく鳴いた。

 

 震える胎児が、急に頭を上げる。

 小さな耳に、戦場から彼を呼ぶ声が聞こえたのだ。

 手足に力をこめて、さも嬉しそうに精一杯身を乗り出した。

 

 その無邪気な笑顔が、固まる。

 

 -王子、信じていたのに-


 -痛い、痛い、痛い、助けて、助けて、助けて-


「ギギギ、ググッ、グ、ゲ」


 そのあまりの嘆きに耳を塞ごうとして、窓から手を離してしまった。

 バランスを崩して、まっさかさまに、落ちて行く。

 はるか下には、血まみれで運び込まれた兵たちの嘆きが満ちる。


 -死ぬ気で戦えば、父母は助かるんですか?・・・嘘でしょ-


 -こんなことならば、愛する人の側で死にたかった-


 -自分の望みのためなら、どれだけが死んでも構わないのか?-


 -外道が、よくも私をそそのかしましたね-


 生まれたばかりの小さな手では、耳をふさぐことはできない。

 声でかき消そうとも、風圧で口は開かない。


 落下することよりも、響く声を胎児は恐れた。 


 力尽きた胎児は、もう、ただ落ちてい行く。

 耳をふさがず、暴れもしない。ただ、受け入れていた。

 死を?

 違う、呪いを。

 

 戦場を包む負の感情を胎児は飲み込み始める。

 それとともに、彼らは成長する。

 ひれが広がり鱗は強固に、肉が盛り上がり体躯は青年のものに。


 尾が長く伸びて、空中でバランスを取った。

 力強い翼が空を掴んで、彼らは舞い上がる。

 外殻塔の上に降り立ち、空を見た。

 見上げた空から、最後の一滴が落ちてきた。


 視線を落とした竜人の目に戦場が映る。

 美形の竜頭が怒りに涙し、吼える。

 醜い竜頭が無力感に、むせび泣く。


 ****

 

 魔力は精神の力。

 ヒトがもっとも精神的に高ぶるのは、死に瀕したとき。

 多数の魔術士の、死を恐れて限界を超えた魔力と意思を束ね、紡がれた魔術をパンデミックという。

 思いがけない死、例えば事故。

 予見された死、例えば老衰。

 何でもいい、そこに負の感情があれば、魔力は吹き溜まって呪いを産む。それが、誰かに殺されたがゆえに誰かを恨むのならば、計りは振り切れる。

 であるなら、此処は戦場で、誰もが殺害を意図し、殺されまいと力のかぎり足掻くから、まさに極大の魔力で呪いが発動しうる。


 ****

 

 竜人は、鉤のついた足で外殻塔のレンガを力強く掴んで、足場を固定した。

 体をのけぞらせたかと思うと、はいつくばって、同じように両椀の鉤爪でその身を固めた。

 翼が開いて、戦場にある膨大な負の感情を吸収する。

 尾の先が二股に裂けていき、天を指したその先に、竜の涙とレプリカが浮かび上がる。


 美形の竜頭が、焔の歌を唄う。それは命。

 醜い竜頭が、氷の歌を唄う。それは死。


 竜の涙とレプリカが混ざり合って太極図を成し、世界を敵、味方に分別する結界が広がった。

 

 ガーディアン、守護者。 

 二首の竜人、落涙する山羊の仮面を被った新たなる邪教徒、マーテルの法を乱す新たなる世界の脅威が、今、産声を上げた。


 ****


「キサラギ様、これは、まさか」


「なんと言ったかな。名は忘れてしまった。

 だが、その目を覚えている。

 可哀想な奴だったよ。いつもおどおどして、それでも力のかぎり、みなのためになろうとしていた。

 それは、そうすれば認めてもらえるだろうという下心からで、偽善に他ならなかった。

 だがそれが何だという。意思が強固で全力ならば、何ごとにも変えられない意味がある。

 それがこの力だ。俺たちに並ぶ、反逆の力。

 神々が、誕生を許したものだ」


(神々が邪教徒の誕生を許した、だと?)


 師が寿(ことほ)いだ、誕生。

 邪教徒、ワーカーホリックの呪いの言葉。

 

 トドロフは、この世界にあってはならない法則の存在を感じた。


 *****


 ケルサス軍の砲から魔力がこめられた榴弾が放たれた。

 援軍から派遣された魔術士によって威力を増したそれは、ヤーヘンの結界を容易く貫通し、激甚な被害をもたらすはずだった。

 戦場を包むだろう呪いを浄化すべく、神聖魔術士に命を下そうと手を挙げていた砲兵大隊指揮官の中佐は、爆炎の代わりに空を覆った強大な結界を眼にして、声をなくした。


「中佐、あれは何でしょうか?」


 間抜けた声で空を見上げる新米少尉を跳ね飛ばした。


「本営に連絡、『黄金の山羊』の出現を確認!!術の範囲内の部隊に緊急退避命令を!!」


「り、了解!!」


「カルブルヌスにも伝えろ!!」


「中佐、私達はどうすれば、ご命令を!!」


 副官が鬼気迫った声音で詰め寄ってきた。


 中佐はだらりと腕を下げて、口元をゆがめた。


「・・・祈るか?」


 結界の奥、長城の頂で何かが光った。


 長城攻略のために展開されていた三個歩兵大隊、並びに砲兵大隊は竜のブレスに消滅した。

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