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偽国戦記  作者: ブレヒトさん
魔晶戦争
94/131

砂漠の民

 オーギュントが悪鬼に落ちかけた原因は、マーテル(オルディナ)がカルブルヌスの破邪の魔具を取り上げたことにあったが、マーテルの思惑を超えて最深まで至ろうとしたのは、空間の神の一柱、白雲の働きかけによるものであった。

 白雲の神気は、あらゆる物事を空となして無に落し、無から有を生み出す。使いようによっては、世界は空であるという思想から、不可知論に惑わし、ニヒリズムに陥らせる(つまりは、あらゆるものがうつろい消え去るものであるのならば、そのあらゆるものには意味などない。また、敷衍(ふえん)して、神の意思は人には理解できないのだから、考慮に入れても無駄であるという考えに至る)。

 百雲が戯れであったとしても、未だ悟りに至らぬ魂はその衝撃に耐えられない。まして、意図したものならば現世の魂が耐えられるはずがない。

 オーギュントも、その呪法に落ちるはずだったのだ。すべては意味がないと、罪も罰も、神の摂理や法もまた、人には決して理解できないものだと、諦めの境地に至らせるはずであった。

 それを、桔梗の加護を受けたマーテルの干渉によって防がれた。

 せっかく悪鬼どころか羅刹に落として、自らの属性を纏わせて眷属にしようとしたのに、だ。

 空間の神は、ずるりと老僧の皮を脱いで、手に持っていた操り人形用の棒を叩きつけ、叫んだ。


「なんてことするにゃあ!!」


 子猫の姿のまま、両後ろ足で立ち上がり、目前に顕現した桔梗に食って掛かった。


「これまで入念に準備してきたにゃあ!!オーギュント君は、白雲がもらうにゃあ!!」


「いけません」


「にゃ!?」


「入念に準備ってあなた・・・、要らないって言っていたじゃないですか」


「気が変わったにゃ。三日寝て、さっきちょっと考えて、準備したにゃ!!

 レオーネちゃんや、ブリギッタちゃんは良い子にゃあ。白雲が欲しかっにゃけど、それじゃあ、ずっとまってたカイがかわいそうにゃあ。しかたないから、オーギュント君でかんべんしてやるにゃ!!」


「駄目よ、約束はまもって」


「いやだにゃ」


「どうして?みなさんと一緒に決めましたよね?」


「あの世界は、白雲たち神様の眷属を生み出すための世界にゃ。神気が濃いせいで、予想外のことがいっぱい起きるにゃ。ヒトはうつろうにゃ!!化けるにゃ!!」


「だからこそ、もめないように、あらかじめ話し合いで決めたのよね?みんなで集まって、・・・はあ、大変だったわ。

 それをどうして、今さらそんなことを言うのですか。世界の誕生から終わりまで、マーテルさんが演算して、法を定めて、精一杯、皆さんのためになるよう、私たち頑張ったんですよ」


「どうしても駄目かにゃ?」


「ええ」


「だったら、あんな世界、ぶっ潰すにゃ!!」


 現世の空間をあらゆる次元から干渉して、崩壊させようと力を高める。


「みんな、死ぬにゃあああああああああ」


 珍奇なポーズで、高らかに雄たけびを上げた。しかし、神技を発動する前に桔梗が白雲の頭を、がしっと鷲づかみにした。


「にゃああああああああああ」


 ミリミリと頭蓋がきしむ音がしても離さない。


「捻り潰しますよ、害獣」


「痛いにゃあああああああ」


 空いた手に虐神の扇子が握られた。


「ひにゃっ!!そんなの出さないにゃああああああ。許すにゃあああああああ。ごめんにゃああああああああ。出来心にゃああああ」


「本当に?」


「にゃああああああ!!」


 桔梗が手を離すと、ぼとり、白雲は落ちて、息も絶え絶えに泡を吹いて痙攣した。


「動物虐待にゃあ。腹を空かした虎に出会ったら、その身を差し出すべきにゃあ。望みに応えてやるべきにゃあ」


「まったく、駄々をこねて。どうして私を困らせるのですか?いつもは助けてくれますよね」


「・・・ずるいにゃあ。どうして一箇所に集めるにゃあ。気付いたら、全部遅いにゃんて、出来レースにゃあ」


「またそんなことを。オーギュントはヴァルキュリアが、ぜひ眷属にしたいって、はじめから言っていたのですよ」


「カイが稽古をつけるなんて聞いてないにゃあ。人に堕ちたカイと一緒に成長するなら、とってもいい眷族になるにゃあ」


「それは、あなたが話を聞いていなかっただけでしょう?」


「世は無常にゃあ。良いことなんて何一つないにゃあ。とっても疲れたにゃあ。にゃけど、みんにゃ百雲を頼るにゃあ。種種因縁。みんにゃのために、百雲は頑張るしかないにゃあ」


 体を横たえたまま、さめざめと涙を流す。


「はあ、まったく。屋敷にお越しになって。埋め合わせに、お好きなものをご馳走しますから」


 白雲はその言葉に、さっきまでの弱々しさが消し飛んだように、にゃっ、と一鳴きすると、元気良く飛びあがった。


「スッポンにゃ!!」


「はいはい、すぐに準備しますから。それと、ホアンとホクマ様ご兄妹に公方様、アルファスにアーティファご夫妻がいらしているから、喧嘩しちゃあ駄目よ」


「にゃあ。狐、蛇、トカゲ、イノシシ、エルフまでいるにゃあ。まるで動物園だにゃあ」


「・・・」


 ****


「閣下、ヤーヘンから催促の書状が来ております」


 老騎士は部屋に入り、この国の近衛団長ラディを認めるとそう言った。


「うん?またか。本当にしつこいな」


 真っ白な部屋に真っ白な家具。飾られた花も白く、壁に掛けられた額縁もまた白い。収まった絵は、様々な筆使いで白く塗りつぶされている。

 けれど、ただ白くあるのではない。それぞれ濃淡が異なり、染められた家具や壁の材質を活かすことで単調さを逃れ、開放感を与えている。

 部屋の主である男は、三十過ぎ。

 ざっくばらんにこげ茶色の髪を伸ばし、これまた白色のガウンに身を包んでいる。

 ミルクティーを飲みながら、差し出された書状に目を通す。

 その間、老騎士が困ったようでいて、面白そうな顔で跪き、背後には十二、三くらいの少年がかしこまっていた。


 ここはケルサス王国の東に位置するグラナトゥム公国のさらに東にある小国。温暖なグラナトゥムとは全く異なって、乾燥した風と砂漠に囲まれた不毛の地。かつては交易によって成り立っていたものの、商会に貿易路を抑えられた今は、滅びつつある国であった。


「ヤーヘンの紋のみ、商会の署名はなしか。あくまでヤーヘンに手を貸せと言う。まったく話にならない」


「しかし、届けてきたのは商会の手の者です。わざわざ魔石をはめ込んだ最新式の甲冑を見せびらかしておりました」


 ガウンの裾を直して、椅子の肘掛に片肘をついた。指で老騎士に立つように指示すると、老騎士は一息つき、背に手を当てて、億劫そうに立ち上がった。


「商会め、力で我らがなびくと思っている」


「おや、なびきませんか」


 老騎士の言葉に、男は渋面を作る。


「やめろ。航路の一つでも返して寄越せばまだしも、物資の援助なぞ、国が乗っ取られるのが落ちだ。使節殿には、丁重にお帰りいただけ」


「ふうむ。しかし、今頃は、陛下の宴でも受けている頃でございましょう」


「おい。陛下には伝えていないと言ったろうが」


「書状は預かりましたが、ごまかすには限度がございますからな」


「たぬきが!!」


 男はガウンを脱ぐと、参内用の正装に着替えようと、メイドを呼ぶベルに手を伸ばした。


「今ごろ行ったところで、どうにもなりますまい」


 老騎士を睨み付けて、メイドを呼ばずに自ら正装のケープをひったくると、壁に掛けられた白磁の杖を手に取った。


「この国を滅ぼすわけにはいかん。陛下にお会いする」


「陛下は、もとよりグラナトゥムを攻めるおつもりでした。ヤーヘンが言って寄越さずとも、この機を逃さなかったのはありませんか?」


 男は髪をかきむしって、天井を見上げた。


「グラナトゥムを攻める、か。・・・叔父上は知らないんだ。宴で供されているものが、どうやってここに来たのかを。われらが勝ち取ったと信じているんだ」


 老騎士は眠たそうな目を見開いた。


「気付いてもよさそうなものでしたな。いや、気付かねばいけなかったのです」


 ****


 交易路を絶たれた彼らに残された道は、もう、一つしか残されていなかった。民が飢えで暴動を起こすのを防ぎ、治安を維持して国としての体面をためつには、奪うしかなかった。

 それまで同盟関係にあった、同じ立場に追い込まれていた他国に攻め入って、略奪して糊口をしのぐ。砂漠固有種のオオトカゲを操り、機動力を持って奇襲をしかけ、一気に攻め落とした。はいつくばって、食料を奪われまいとする他国の民衆を足蹴にして、国に僅かな糧秣を持ち帰った。

 非武装の民に剣を向ける屈辱、耐えられるものではなかったが、それでも我が民衆のためと、罪の意識を押し殺して略奪した。

 最悪だと思っていた。けれど、より最悪があった。

 飢饉が襲ったのだった。

 恵をもたらすオアシスが枯れ果て、強国の援助で安定しつつあった国々は崩壊していった。

 奪い、争うものが尽きて、民は草の根を齧り、臭い爬虫類の肉をも食いあさった。乳幼児の半数は二本の足で立つ前に死んでいき、死者は埋葬もされずに道に捨ておかれた。

 魔術をもってしてもどうにもならない。お互いに略奪を繰り返してきた砂漠の諸国が手を結んで対策を練っても、民は次々と死んでいった。

 国が一つ、又一つ滅んで、知らず間に領土が増えて、それを王は自らの功績であると信じきった。助長した王は、どんな妄想にとりつかれればそうなるというのだろうか、国力を増す契機と思い、あのグラナトゥムに攻め入って略奪しようと考えた。

 グラナトゥム、豊饒神マイヤに祝福された大陸の穀物庫。大陸三大国家ケルサスの衛星国家であり、随一の歴史を持つ聖なる地。確かに、国土を争う千年の敵であることには間違いは無く、略奪するにも兵の抵抗は低い。しかし、国力も魔術士の数も違った。勝てるはずが無いのだ。さらに、反乱を恐れた主国ケルサスとの盟約により、兵数は限られていたものの、いざとなったときの援軍の多さは桁外れ。なにせ、大陸中が敵に回るのだ。大陸に穀物を供給するグラナトゥムに剣を向けること、それは大陸中を飢えに落とすことに他ならないのだから。

 しかし、それらを論理立てて述べる前近衛騎士団長、ラディの前に立つ老騎士を、王は弱腰と非難し、公衆の面前で罵倒した。そして、自らの甥であるラディにグラナトゥムに侵入し、輸送部隊を襲うことを命じた。

 ラディは騎士団から精鋭を選りすぐり、グラナトゥムの輸送部隊を襲うことに成功する。そして、それまで国民が見たこともないような量の食物を城前の広場に積み上げた。飢えた幼子は、初めて穀類が甘いのだと、歯を食いしばらなくても噛み切れる肉を知り、親達は我が子が満腹に微笑んで、穏やかに眠る顔を見る幸福に浸った。

 ラディもまた、生まれて初めて王に褒めてもらった。初めて、まともに顔を見てもらったのだった。

 その後、彼は定期的にグラナトゥムを襲い、様々な物資を国にもたらした。

 おかげで、国民はそれまで抱いていた王宮への不満を忘れたかのように、彼らを誇り、歓声を上げた。

 けれども、いつしか国民は気付きはじめた。あの恐ろしいグラナトゥムからこんなにもの大量の食料を何度も奪えるはずがないと。機動力だけがとりえの小国の騎士団が、二人の怪物がいるグラナトゥムに勝てるはずがないということを。

 ロイヤルブルー、ケルサス最強の魔術士と目されるレナータ公女。そして嘆ききった灰色、レークス王太子。彼らだけも、この小国を滅ぼすことが可能なことを、力が無い代わりに、小国の民として優れた嗅覚で持って理解したのだった。


 ****


「グラナトゥム公王は、我らが恩人だ」


 グラナトゥムから略奪だって?冗談じゃない!!

 王命が下ると、ラディは国の窮状を等閑視しない貴族たちを集めて、その意思を確認した。

 略奪したといわれていたのは、国民の窮状を憂いた一部の貴族たちとラディによって、グラナトゥムに援助を乞うた結果だったのだ。

 けれど、王に黙って、グラナトゥムへの政策を変えずに援助を乞うとは、なんとも都合の良く浅ましい懇願であることか。ラディは、恥知らずな自らの行いを何とか形にするために、賛同した貴族たちの名を血判状に記し、自らの首を添えるつもりであった。援助と共に届いた自らの首を見れば、王が改心すると信じたからであった。

 ケルサス公王は、取引場所として両国の境界にあたる関所を指定してきた。そこでラディの目にしたのは、幾両もの馬車に満載された物資の数々だった。そして、受け渡しに来た騎士から手渡された書状には、グラナトゥム公王からの、簡潔な言葉が記されていた。


 -貴殿の立場は理解している。我らが求めるのは、ただ平和のみ。ゆえに貴殿には、これからも両国の平和に尽くされるよう。我はそれを信じ、ここに物資を供する-


 グラナトゥムの兵達は偽装工作までしてラディたちの体面を守り、求められた物資を惜しみなく与えてくれた。

 有り余っているわけではなかった。

 飢饉を収めるために、公王は体を酷使して田畑に魔力を注ぎ続けていた。

 ラディははじめ、わが国を懐柔しようとしているのだと警戒したのだが、狂王に両腕をもがれても援助し続ける公王の姿に、その本心を悟った。


 -本当に、ただ愚直に平和を求めておられるのか。敵である我らの民を案じて、命を削っておられるというのか。それなのに、我らは?-


「そんな、グラナトゥムを裏切れというのか?」


 ラディは杖を握りしめた。

 以前会った商会の怜悧(れいり)な眼をした赤毛の女。


「金と命を秤にかけて、眉一つ動かさないような奴らの軍門に下れだと?」


「国益のみ、お考えなされ」


「そんなもののために、レークスを、レナータの国に攻め入れというのか!!」


 何年か過ぎたある年、いつもの者とは違って、ケルサス王弟で次期グラナトゥム女王レナータ公女の婚約者であるケルサス王子レークスが来るという知らせがあった。

 先王の専横を打破し、ケルサスに安定をもたらしたルーメン王の弟。名が表に出ることはなかったが、その力の強大さは噂に聞いていた。せめて卑屈にならないよう肩を怒らせて部屋に入った。中では、菩提樹製の大きな椅子に、ラディを値踏みしようと鋭い眼差しを注ぐ、くすんだ銀髪の青年が緊張した面持ちで腰掛けていた。

 二人が目をあわすと、両方の御付騎士の間に緊張が走った。


 -なに?これが狂王の末子だと?-


 -同盟国を略奪した、野蛮な国の王子が、彼?-


 ラディは口元を覆い、レークスは視線を下げた。


((私(僕)、そっくりじゃないか!!))


 二人は噴出した。

 腹を抱えて、長い髪を振り乱して笑うラディを見て、グラナトゥムの騎士をにらんでいた砂漠の騎士たちは途方にくれた。

 うつむいて、机を何度も叩くくすんだ銀髪の狂王子を見て、豊土の騎士達はため息をついた。


「酒は持ってきたが、それしかない。ご存知のとおり、貧乏でね」


 おかし涙を拭いながら、ラディは椅子を引き寄せるとレークスの前に座った。


「ああ、いいよ。食べ物は用意してあるから遠慮はいらない。と言っても、君たちにやるものから失敬したんだけど」


「あの、レークス様。このたびは物資だけではなく、不可侵条約の締結が・・・」


「ん?ああ。そうだった。まあ、そんなこと、どうでもいいじゃないか」


 そう言って、レークスは魔術式の書類がこめられた魔石を投げた。

 受け取ったラディは、微笑んで署名をして投げ返した。


「不可侵条約か、そんなに簡単に信じても良いのか?私達は千年の敵同士で、王は未だグラナトゥムとの取引すら知らない」


 レークスは驚いたように目を見張って、両手を広げた。


「だって、君が僕の国を攻めるのか?」


 そうして、二人は友達になった。

 予定していた会談の時間が大きく過ぎて、部下たちが各々の主に小声で囁いても、彼らは語らい続けた。

 やがて夜になって、呆れた部下たちもまた、お互いに酒を酌み交わし始めた。

 宴になったころ、勢いよく扉が開かれた。

 壁にぶつかって跳ね返り、それがまた途方も無い力で弾かれたのか、扉そものもが飛んでいってしまった。


「何をしておいでなのかしら?」


 月に反射して、煌く銀髪が眼に入った。サファイアの輝きが二人を貫いて、その美しさに、馬鹿騒ぎを演じていた兵たちもろとも、二人の王子は動きを止めた。


「会談が終わりしだい、街の視察に行く予定のはずでしたよね・・・。レークス、何を呆けているのですか!!」


「レナータ、本当に君は美しいな」


 途方も無い魔力の高まりに銀髪が盛り上がり、蒼い宝玉が深遠の色を宿す。


「そんな言葉で私が惑わされると思っているの?!レークスのくせに生意気よ。すっぽかされて、私がどんなに惨めだったか、その体に刻みこんでやる!!」


「レナータ公女殿下、お初にお目にかかります、私は・・・」


 レークスが懇願するような視線を送ってきたので、ラディは思わず助け舟を出してしまった。


「あら、ラディ殿下、まだいらしたの?」


 頭のてっぺんからつま先まで、じっくりと吟味される。上目遣いのサファイア色の瞳が透き通る。紺のドレスの胸元に白い百合のマジックフラワーがしっとりと花弁を開いている。きつめの眼差しも、花の優しさが中和して、彼女がまだ少女であることを教えてくれた。

 それで、いくぶんか気が楽になったのだろう。


「私が引き止めてしまいました。これからの大陸の趨勢について、どうしても殿下の御考えが知りたかったのです」


「この人、そんなこと興味ないわ」


 ・・・勉強しろよ。新しい友を睨みつけて、胸の奥で毒づいた。


「ええ、そのようですね。でしたので、お互いの身の上について、まあ、主に貴女のような美しい伴侶をどうやって手にしたのか、その秘訣を聞いておりました」


 我ながら上手く切り抜けたとラディは思った。貴顕たる姫君ならば、頬を赤らめて黙るはずである。しかし、それが間違いであったことをレークスや周囲の騎士の仕草で知った。レークスは口元を引きつらせて、彼の騎士たちは天を仰いだ。


「そう、知りたいのね」


 うっとりと、それでいて胸を張ってグラナトゥムの宝石は答えた。

 足で椅子を引き寄せて、二人の間に音を立てて座る。


「何処から話しましょうか。二人の出会い?それとも初めて結ばれたとき?」


「レナータ、それは、ちょっと・・・」


「そうね、ごめんなさい。貴方に失礼だったわ。それじゃあ、私の可愛い妹たちについて話しましょう」


 緩んでいた空気が一変した。

 公女の妹、二人の禁忌。


「一人は血が繋がっていないけれど、同じお乳を飲んで育った子で、とても可愛いの。真面目で、融通がきかないけれど、誇り高いグラナトゥムの象徴。もう一人は、末っ子なんだけど、三人の中で一番強くて正しい子。あの子が間違っているといえば、それは間違いなの。誰がなんと言うとも、そうなのよ」


 彼女は吐き出すように、妹たちを褒めちぎる。

 グラナトゥムの兵たちが視線を交錯させて、戸惑いを露にする。

 けれども、何時しか誰もがその言葉に耳を澄まして頷きあう。姫の言い分に納得して、おもねりではなくて、心からの賛同を示す。

 彼女は、誰とも知れない相手にこんなことを話すはずが無い。ラディは自分が彼らの特別な友人になったことを理解した。何故ならば、彼もまた、二人を一目見たときから大切に思えて、神の差配によるものと信じていた。

 だからこそ、彼女が語らなかったことを思った。

 次女と言う人が、逆賊フラーダリーの娘であることはすぐにわかった。彼女がその少女を語るときにかすかに見せる、まぶたの顫動に嘆きと痛みを見る。

 三女を語るときに見せる焦りが、その少女の現在の立場を教えてくれる。

 彼女の騎士達もまた、その痛みを感じるかのように唇をかむ。


 すごく、可憐だった。

 情にあふれて、それでいて計り知れないカリスマ性がある。

 これが王族、グラナトゥム。聖王の血。君臨する資格。

 君臨することの恐怖にうなされる私とは全く違っている。

 それに比べて、グラナトゥムを攻めろと言う、恥知らずな兄は。


 ****


「どんなに愚かであっても、血を分けた兄なのだ。長子相続の伝統に従い、上の無能はその下が補えば好い」


 甥とされていたが、実は弟。彼の非凡な才能に気付いた父王は、権力争いが起きぬよう養子に出した。しかし、そんなことをしなくとも、彼は兄に忠誠を誓っていた。宴のたびに笑いものにされても、足蹴にされても、それは変わらなかった。

 しかし、民が飢えて隣人の屍を食うに至って、彼は悩み始めた。

 だからこそグラナトゥムと連絡を取り、命をとして援助を乞うたのだ。

 兄の眼を覚まし、民と向き合う裨益(ひえき)となろうとしたのだった。


「陛下が、何時、閣下の進言をお耳を入れましたかな?そうなさっていれば、この国はこのようなことに、なってはおらぬでしょうが!!」


 確かな非難。かつて商会に航路を売り払ろうとする王を叱責したのは彼であった。グラナトゥム攻め入ろうとした王を止めたのもまた、彼であった。近衛騎士団長を解任されたとき、老騎士を心良く思っていなかった貴族たちでさえ、彼を元老付きの騎士に留め、権力を維持することに力を貸した。


「元老院所属、元筆頭騎士の名において、近衛騎士団団長にあらせられる王弟閣下に申し上げます。我らだけではありませぬ。この国の民が、全軍が、貴方をお待ちしているのでございます。国難に立ちあがる気が無いのであれば、わたくしどもがその気にさせまする。さあ、決断のときでございます。謀反を恐れるならば、我が首、この場にて打ち落としなされ!!」


 ラディは椅子に崩れ落ちた。

 胸に兄との思い出を思い浮かべて、そのどれもが面白くはなかったけれども、抱く邪念を思えば、ほほえましく感じてしまう。


 けれど、それでいいのか?

 教えてくれ、友よ。


 -グラナトゥムはいい国だよ。みんな笑ってる。確かに、貴族たちのごたごたは耐えないけど、それもみんな同じ方向を向いているから起こることなんだ。腐りきったケルサスで人殺しばかりさせられていた僕は、そう思うよ-


 -はい?ケルサスが攻め落とされたらどうするですって?決まっています。グラナトゥムだけでも抵抗するわ。理想には程遠い国だけど、滅びてしまったら、皆が帰る国がなくなってしまうじゃない-


 そうだな。

 纏まっていてこその国家。群体として機能していなければ、形骸のみだ。


 -ラディ、お前が僕たちの仲間になってくれれば、どれだけ心強いか・・・-


 -へえ、私たちの誘いをことわるの?貴方たちの国体にそれだけの価値があるの?あると言うのならば、ぜひ、お見せして下さらない?-


 ああ、そうだ。

 私たちは親友だったな。

 民を不幸にしなければ守れないナショナル・アイデンティティなんて、そんなものは大したものじゃない。

 頼ることが出来る友がいて、その友が眼のくらむような理想を抱いていたのなら、彼らを助けることで、この国が生きながらえることが出来るというのなら。

 感傷に迷って時間を浪費するなんて、卑怯者のすることだ。


 お前たちが夢見る理想、私も一つ、乗らせてくれ。


「グラナトゥムのレークスに知らせを出せ。お前たちと酒が飲みたい、とな。それだけでいい」


「閣下!!」


 礼服に手を伸ばし、手伝おうとする老騎士を退けて、ゆっくりと身につける。


「いかに民が王に不満を持っていようと、玉座を奪い、ヤーヘンと商会の求めを退けるにはそれなりの混乱がいる。使えるものは?」


「南部を荒らしまわる盗賊団がおります」


「よし。そやつらには王殺しの大罪を背負ってもらう。事を成したならば、大規模な殲滅作戦を実行に移す。私じきじき指揮を取る」


「承知しました。しかし、現王の力は王の名に恥じないものがあります。誰に殺らせますか?万全を期すならば・・・」


 老騎士は、話に飽きて勝手にお茶を飲んでいた少年を見た。


「私の孫に御命じくださるのがよろしかろう」


「馬鹿を言うな。私の兄なのだ、罪は私が背負う。・・・私が殺らねばならんのだ」


「ええ、つまんない」


 ようやく出番が回ってきたと思っていた少年は不満に口を尖らせた。


「すまないな。その代わり、盗賊団討伐には、貴様に大いに活躍してもらう。これまでのような制限はつけないから、好きに暴れていい。さぼるなよ、レークスとレナータが見ている」


「お二人が!?なら、頑張らなくっちゃ!!その代わり、僕が筆頭騎士だって、ちゃんと発表してよ?学校で嘘つきって、馬鹿にされているんだから!!」


「もちろんだ。お前が私の国の象徴だ。若く、大国にの騎士にも負けない力のあるお前がだ。

 爺、私が父の直系である証拠は用意できているだろうな?前ケルサス王は民の意思を読み誤った。民から生まれる可能性を楽観視したんだ。同じ轍を踏むわけには行かない。民を納得させて、味方につける証拠が必要なのだ」


 貧しいながらも、誇り高き砂漠の民。エウペ朝フィスィ。エウペは古の言葉で白を、フィスィはハイエナを意味する。

 狩り取った獲物をより強大な肉食獣に奪い取られても、死肉をむさぼり、泥水をすすってでも生き抜いて見せる。

 それがこの国の理念。

 呪われ、排斥されたとしても、それは試練であると理解する。

 あまりにも過酷な土地が彼らの悟りへと至る教義を生き抜くことに置き換えた。

 遍く世界に存在する白い虎。

 かの神の教えを歪ませながらも、彼らは虎を信奉し続ける。


 ヤーヘンに同調しグラナトゥムに侵攻しようとしていた現国王は、王族を恨む盗賊団の凶刃に倒れた。知らせとともに、甥とされていた近衛騎士団長ラディが前々国王の直系であることを公表、玉座に着くことを宣言した。三日後にはグラナトゥムとの休戦の命を下し、公式に援助を受け、不可侵条約を締結した。

 不思議なことに、民は何の混乱もなくそれを受け入れた。そればかりか、新王を迎える広場を包む声援は、前王の戴冠がまるで予行演習であったかのような盛大なものとなった。


 ****


「アマゾフ少佐、お疲れ様でした。次もよろしくお願いします」


「くそったれ!」


 近くにあった椅子を蹴飛ばして、ベネディクト、グラナトゥム公国シェストフ家嫡男で、ラスコーシヌイ家養女となったブリギッタ子爵令嬢の弟をにらみつけた。


(どうして、こんなことになっちまったんだ)


 心の中で毒づいた。


 さかのぼること二日前、アマゾフは士官会議の後、天幕で魔石の補給について、かつて戦場で貸しを作っておいた大佐と水晶を介して話し合っていた。そのとき、急な来客があったのだろう、大佐は居住まいを正して立ちあがった。顔色を変えて、階級にふさわしくない弱々しい声で相手の機嫌を取り頭を下る。

 アマゾフは、誰か王宮に近い将官でも来たのだろうと、通信を切ろうとした。


「まて、アマゾフ少佐」


 大佐は顔を引きつらせてアマゾフを呼び止めた。


「何です?」


「このお方が、貴官に話があるとのことだ」


 目の前に現れたのは年端も行かない少年だった。階級章は少尉で、軍服が馴染んでいないことから、士官学校上がりの新兵であろうことは一目瞭然だった。


(何だ、このガキは?何処かのお偉方のご子息か?)


 少年は微笑んだ。


「はじめまして、アマゾフ少佐」


 ベネディクトと名乗ったその少年は、挨拶もそこそこ、にこやかに世間話を始めた。愛想笑を浮かべて相槌を打った大佐を一瞥すると、大佐は慌てて天幕を出て行った。

 再度アマゾフに視線を移した少年の目には、変わらない笑みがあった。けれど、その瞳を見て、アマゾフは己にとんでもない災難が降りかかったことを知った。少年の金色の瞳にあったのは、戦場で最も恐ろしくて厄介な、恨みの色だった。


「邪魔な奴はいなくなりました」


 どこまでも無邪気に、けれど悪意を隠そうともしない。

 ケルサス軍の輜重連隊を預かる大佐を邪魔者呼ばわりして悪びれない不遜さは、軍としては認めることの出来ないものであったが、アマゾフは何も言うことが出来なかった。なぜならば、水晶に映し出された少年の力が己のそれを凌駕すること、そして、少年の言うことに逆らえば、自分がもう二度と朝日を拝むことが出来なくなるであろうことに、長い軍での経験から察知していたからであった。


「僕の提案を受け入れるか、それとも死ぬか、一応選ばせてあげますが、どうします?」


 唐突にそう切り出した。

 アマゾフは、顎を引いた。

 そして、呪いの言葉を吐くかのようにその名を口にした。


「グラナトゥムか」


 ****


「言われたとおり、壊滅したグラナトゥムの連隊に医薬品や補給品を横流しした。これ以上何をさせるつもりだ?ばれたならば良くて降格、最悪国に返されちまう。部下を見棄てるような真似をさせるなよ」


 ベネディクトは眼を丸くして、微笑を大きくした。


「へえ、ケルサス人の癖に人の心配をするなんて、僕は感激ですよ。安心してください。貴方は優秀ですから、この戦場に必要です。今のところは、ですが」


 弄ぶのが心底面白そうに眦を下げる。

 含み笑いをこらえて、アマゾフを見る。


「今度は、将軍の天幕に盗聴魔具を仕掛けてください」


「何だと!!そんなことをしてみろ、軍法会議で反乱の疑いをかけられて極刑だ!!俺には敵が多い、横流し程度ならまだしも、それ以上は無理だ!!」


「やだなあ。百戦錬磨の貴方なら分かっているでしょう?この戦場は泥沼ですよ。兵を生きて返すことが、指揮官の使命と言うものではないですか?もし成功すれば、約束どおり部下の年金も増額してあげます。ええっと、そうだ、フラーダリーをはめ殺した罪悪感も消えるんじゃないですか?」


「馬鹿な!!」


 それにと、指を上げた。


「内乱で前国王についた奥さんのご実家をグラナトゥムの力で免責してあげるんだから、感謝してくれてもいいでしょう?ご母堂はだいぶ体の具合が悪いようですよ。このまま流刑地にいたら、確実に死んでしまいます。

 ああ、そんなことになったら、家の再興もままならい。たとえ死んだとしても、反逆者のしるしはついて回ります。まあ、物資はどうにかしてくれましたから、ここで断っても、僕たちが苦しまないように殺してあげますよ。さらに、義士としてどうにか理屈をつけてあげます。どうです?誇らしいでしょう?」


「てめえら、何処まで腐ってやがる!!」


 ベネディクトは驚くと、肉食獣のように顔を歪ませて水晶に一息に駆け寄った。アマゾフの目に、金色の瞳が広がる。


「おやおや、あんたたちケルサスが僕たちに何をしたか忘れたんですか?」


 その瞳に、悪意を飛び越えて殺気が広がる。


「くだらないプライドのためにフラーダリーを陥れて、(はりつけ)にして、その罪をグラナトゥムに押し付けた。そのくせ、国内騒乱の責任を取れってさあ、どの面下げて言うの?

 戦後は、やれ穀物生産量を上げろだ、やれ難民を受け入れろだ、ははっ、舐めてるのか!?穀物生産量を上げるために、陛下にどれだけのご負担が掛かるか、知らないとは言わせないぞ!!

 で、今度はライラまで手に入れようだって?邪教徒を恐れて亡命を拒否したくせに?

 あんたら、ライラが家に来たころ、言葉すら忘れていたことを知らないだろう!!ぼろぼろだったライラが言葉にならない言葉を叫んで、何度もナイフで手首を掻き切ろうとしたことを知らないだろう!!僕や姉さんが、どれだけライラと一緒に涙を流したか、想像も出来やしないだろう!!」


 ベネディクトが顔を水晶から離し、アマゾフを侮蔑の視線で刺し貫く。


「姉さんやライラのためでなかったら、誰がケルサスを助けるもんか!!サラさんやビオンダ様の受けた苦しみを思えば、こんなことは何だってない!!なぶり殺しにされないだけでもありがたがれよ、下種が!!

 忘れるな。僕たちグラナトゥムは絶対あんた達を許さない。地獄に落ちろ、背徳者ども!!」


 切られた通信の残光の中で、ベネディクトの鮮烈な殺意にアマゾフは歯を食いしばった。

 罪。

 その一言を反芻して、フラーダリーのただ一人の生き残り、突き放したサラの細い肩を思った。

 自らの罪を覆い隠すために、民意と言うばかげた偶像で責め立てた自らの醜さが、今さらに胸に響く。フラーダリーの反逆を主張する国粋主義者に同調した自らの背信が頭痛となって、脳が忘れろと主張する。

 その結果が、これだ。

 グラナトゥムの騒乱の後、臨時議会の壇上で、明らかな証拠からフラーダリーの無実を主張したルーメン新王。それにも関わらず下された、フラーダリーを逆賊とみなすという、ありえない議決。陛下のお顔から王者の光輝が消えていくのを、俺は黙ってみていた。前国王を討ち果たし、誇りに満ちていた陛下が、憎しみを押し殺し、唇を震わせて、ご自身の力なさに打ちひしがれるのを見て、俺はかすかな優越感すら覚えた。それを、王の権力をコントロールするためには致し方ないことだと、言い訳にもならない詭弁でごまかした。

 取り返しのつかないことをしてしまっていることを、誰もが理解していただろう。それでも、ベネディクトの言うとおり、つまらないプライドと権益にすがり付いて、罪を犯した。


 わかっているさ。

 つけは、払わなくてはならない。

 涙が溢れた。

 自分が捕まった場合、大隊は厳しい取締りを受ける。将来も閉ざされるだろう。最前線を強いられ腐っていた自分を信じてくれたミミ大佐にも累が及ぶかもしれない。


 けれど。

 許してくれ、みんな。

 妻の両親のことなんか、正直、どうでもいい。

 俺は、償いがしたいんだ。

 フラーダリーの娘、あのか弱い少女に、もうあんな言葉をかけたくないんだ。

 犯した罪は購われなければならない。

 それがマーテルの教えであるから、俺は・・・。

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