光りあれ
意識を取り戻したサラは、魔力に異常がないか、マジックフラワーを創り確かめる。
そこにオーギュントが訪れ、サラはようやく彼と向きあう。
彼らを見つめるのは、庇護者たちだけではなかった。
大陸最強の軍事国家から送り込まれた騎士もまた、彼らを見ていた。
いつものように、滴る雫を思い浮かべる。
一滴一滴、落ちて、波紋が広がる。
私という雫が、世界という水面に溶ける。
同化して、私は世界になり、世界が私になる。
これが私の魔術の法。
ブリギッタのように緻密に計算して術式に落とし込むのではなく。
私の魔力を染み入るように広げ、対象の在り方をそのまま受け入れて、一体となることによって理解する。
ほつれを直し、求めるを与え、立ち上がれるよう手を貸す。
癒してあげるから、耐える力をあげるから、どうか頑張って。
そう囁いて、鉢植えに向かって手をかざす。
そこでは、百合の種子が土の中で目覚めを待つ。
春が来れば、目覚める。目覚めさせられる。
本当は怖いのに、世界なんか見たくないのに、花を咲かせるよう強制されていいる。
嫌なのに、このまま、何も感じないまどろみの中にとどまっていたいのに、遺伝子なんていうものを運ぶため、風雨に晒される試練を課されている。
大丈夫だから、ね?
恐怖に震える種子を、まるで母の胎で眠るヒトの子であるかのように見なして、優しく、驚かせないように魔力で包む。
種子は私の魔力に促されて、夢の中で、かすかに手を伸ばす。
体が動く、その自由に思わず声を上げる。
私は微笑んで抱きしめる。
眼に触れ、さあ、と手を離した。
マジックフラワーの名工の多くが女性であり、母であったのは、子を育てることに似ているからと言われている。けれど、私はもちろん子などなしたことないし、欲しいと思った事もない。義務として持たなければならないと思いつつ、こんな世界に子を産み落とすことが恐ろしくて、意義を見いだせない。種子を強制的に目覚めさせておきながら、なんて身勝手な女だろうと自分でも思う。けれど、放っておけば生存競争を強いられるところを、マジックフラワーとすることで強い力を与えているのだから、まあ、いいのかな?とも思う。たとえ子孫を残すことは出来なくなっても、だ。
そんな私の母性など偽りで、だから、私の花が美しいはずがない。けれど美しくなってしまうのは、何かの間違いで、きっと私にマジックフラワーの作り方を教えてくれた母のおかげだろう。
いつも優しく強かった母。私たち家族だけじゃない。貴族たちにも、民にも、王様にも頼りにされていた。ケルサスのルーメン陛下と皇后様にもそう。いつもたくさんの手紙が来て、そのたびに母は笑いながら返事を書いていた。
そんな母だから、その母に教わったのだから、そう考えれば、私の花が美しくなるのは当然なのかもしれない。
母を思いだして、母ならきっとこう思うだろうと、こう魔術を編むだろうと真似をしてさらに魔力をこめる。
土がこんもりと盛り上がり、恐る恐る芽が顔を出した。
眩しく、眼をくらませる日の光りに、はじめはうつむき、私の魔力に励まされ、やがて大胆に、決意に満ちた顔を上げる。
若葉はしっかりと手を広げ、細い葉脈は脈打った。
恐れていた世界は思いのほか暖かくて、そよぐ風に優しく撫でられて、驚きと喜びに、この子はようやく無邪気に微笑んだ。
あなたなら、きっと、こんな世界でもやっていけるわ。
そうつぶやき、私は手を下げた。
エメトを使った後遺症を調べるために、コール卿に言われて行ったマジックフラワーの生成。
どこにもおかしなところはない。いつも通りで、逆に言えば何も変わらなかった。禁呪を編んだことで、魔力になにか変化が起こっていればと思ったのだけれど。
そのとき、背後に気配を感じて振り向いた。
彼は私の目を見て視線を逸らしたが、すぐにいつものように微笑んだ。
「すいません。声をかけようと思ったのですが、お取り込み中のようだったので」
「う、うん」
オーギュントは血に汚れた軍服を私に見せないように、マントで隠していた。
私が目覚めるまで一度もカルブルヌスの陣には戻らなかったらしい。
目覚めてから何度も話しかけようとしてくるのを、ごまかし避けてきた。切羽詰ったようで、自信なさそうな視線が示す言葉が怖かった。彼の思いに、大陸中の少女たちが夢見る、カルブルヌスの王子様の甘い言葉にどう答えればいいのか整理がついていなかった。
「すごいですね」
オーギュントは鉢植えに視線を落としてそう言った。
「そうかな」
なんとなく気勢がそがれて、鉢植えの小さな芽を見た。
「はい。こんな短時間に芽を出すなんて。それに、サラさんの魔力がしっかり根付いています」
「慣れているから。・・・エメトを使って何か変わるかもしれないって思ったけど、なにも変わらないわ」
オーギュントはベッドの側に来ると、鉢植えをじっと見つめた。
その横顔、初めて見たとき、舞踏会で手を引いてくれたときとあまり変わらないようだけれど、なにか違っている。
肉体的な成長ではない。かけがえのないものが欠けているよう。
「確かに、そうみたいですね」
エメトのような、大規模で命を削るような魔術を紡げば、死ぬか魔力を失うか、あるいは大きな成長が見られるはずだった。
でも、私にはそれがない。
下を向いて、唇をかむ。
「・・・」
何か言おうとしたけど、言葉が出ない。
私は、焦っている。
失望されたくないと思っている。
ブリギッタは魔力の精度が急激に増し、レオーネも多くの人たちの信頼を得て、自信に溢れている。オーギュントも一皮剥けたようだとカイが言っていたし、ライラは、エルフ体を解放しなくとも凄まじいほどに魔力が高まっていた。
だから私も、と思っていたのに、私だけがこのまま置いていかれるのだろうか。
「本当に、良かった」
「え?」
彼のほっとしたような声音に顔を上げた。
「サラさんに後遺症が残らなくて、本当に」
それでいて、突き放されたような、嘲るような響きがあった。
「それは、うん、そうね」
やはり何処かおかしい。
こんな、人を小馬鹿にするような顔をする人じゃないのに。
「あんな激戦区で、沢山の兵たちの嘆きの魔力を受け止めたのだから、魔力の波動が乱れてしまうかもしれないと思っていましたが、やっぱり、貴女は」
続く言葉はなかった。
代わりに、カルブルヌスの黄色の魔力が旋風となった。
緊急時以外、天幕で禁止されている魔力解放に、通信用の水晶にアラートが走った。
しかし、オーギュントの指の動き一つで弾け飛ぶ。
テントの四隅に置かれた結界を維持する魔具が振動し、破裂した。
「っぐ!」
強烈な剣気と魔力の圧力に、意識が刈り取られそうになる。
ベッドに突っ伏してしまうのをなんとか耐え、魔力を高めて防護の魔術を紡ごうとする。
オーギュントの魔力の質から、最適な術を選択しようとしたとき気付いた。
それは、殺気だった。
目をうつろに彷徨わせたオーギュントの真っ青な顔の中で、唇が歪む。
「サラさん、僕は、こんなにも汚れてしまいましたよ」
強烈に血が香る。
日輪のような魔力に泥が混じった。
旋風がヘドロになって、敵を求めてはいずりまわる。
「強くなりたい、僕にはそれだけした。それが当然で、そこに僕の居場所があるって思っていました。間違ってはいないでしょう。それがカルブルヌスだから。
でも、それは、正しいことなのでしょうか?
いや、それ以前に、僕は本当にそう思っていたのでしょうか?
分らない。何も分らない。僕は、僕が分らないんですよ。
臆病で、誰にも嫌われたくないと思っていた。
それを、人が良いなんて言われて。情け深いなんて誤解されて。
容易く殺してのけるこの僕が?
さすがカルブルヌスの王子だなんて、民のためならば、敵には容赦しないだって?
冗談じゃない。誰が民のことなんて考えて殺すものか!!
殺したいから、斬りたいからに決まっているじゃないか!!
・・・それとも、みんなは違うんですか?」
自分を嗤い穢すように、独白を続ける。
身をよじって、聞きたくないと耳をふさごうとしても、体が動いてくれない。
「僕は始めからこんなんだったんだしょうか?
それとも、穢れからこうなったんでしょうか?
分らない。
僕は、強くなりたかったのか、それとも、ただ、殺したかったのかな?」
哄笑を止めて、救いを求めるかのような顔で私を見た。
口ごもった私に、また嗤う。
彼の包帯の下で傷が開いて、魔力が傷跡からも漏れ出す。生きる目的を殺害として、最も効率よく体が開いていく。
すでに日輪色の魔力は、赤黒く血に染まり、それだけで結界を創るほどに堕ちていた。
ああ、そうなのか。
私は目をつぶってきた事実を、ようやく認めた。
-ごめんなさい-
なんて私は馬鹿だったのだろう。
-お願い、許して-
勘違いしていたのよ。
貴方は、鬼になる可能性があるんじゃない。
私と出会う、ずっとまえに、すでに鬼に堕ちてしまっていたのね。
****
空間の神。あらゆる場所に存在する白虎、白雲。
彼の神を奉る修行僧たちに伝わる、一心、専心に努め、我執を捨て去った先にある極地を悟りという。それを歪ませ、ただ己の妄執に縋りついた先にある邪ま、それを、鬼と言う。
見晴らすは、苦行の世界。
あらゆるものが生命を試して、問いかける。
-まだ、至らぬか?-
僧たちは答える。
-至らぬ-
全てが嘆息する。
-さよか、ならば-
果ての無い修行、悟りにたどり着くまで繰り返される加虐の業。
億万の僧侶の唱える経が響く。
最果てには暁の寺が、昇る日輪を背に聳え立つ。
深奥の一輪の蓮の上に、白い虎が巨体を横たえる。
この三千世界に、己なんてものが存在(~である)するのだろうか?
あるはずがない。
己は経験と共に変化する。それは感覚であったり、思索であったり。
貫徹された、変わらない個などないのだ。
現象をある地点で取り出し、それらしい名をつけただけ。
全てが刹那の下にうつろい、消え去る。
では、個の元、変化するにしても、その根本があると言うか?
それを、本質と言うのか?
それもまた、存在(~がある)に基礎を置いている。
考えるゆえに、己は、考えた己は確かに在ると、のたまうか?
しかし、その存在とやらは、果たして確かなものであるのか?自明なものであるのか?証明の前提に措定することが出来るものなのか?
存在(~である)は、先ほど我が否定したのではなかったか?
うつろう中で、思った時は既に過去。ここには、既に無いもの。貴様は、時という魔に騙されているのではないと、胸を張っていえるのか?今、まさに世界は誕生したという、詭弁を否定することが出来るのか?
-弟子どもら、いかん?-
-照見五蘊皆空 度一切苦厄-
-そうだ、空、だ。何もないのだ。この世界に確たる物など、全てゆめまぼろし。うつろい、去り行くもの。それを知らぬから貴様らは悩み続けるのだ。堕ちるのだ、鬼に-
木魚が鳴る。ドラが響いて、空が割れる。虎が吼えて、全てが無になり、有になる。存在が揺れて、確率の世界が開かれる。
-貴様らは、空間によって物事を考える。在るから、空間に位置を占めるから。本来、形をもたぬ強弱すら、その考えを敷衍して、置き換えようとする。
まったく、有と無を、空間を視座に捉えようとは、なんたる無知、愚昧。傲慢ですらある。根本たる空を理解せずして、貴様らの脳に描写されうる限界を超えた、無を理解しようとは。
その惑いゆえよ、我が空間の神なぞに収まるはめになったのは-
虎が遥かなる世界に問いかける。
-さあ、どうする剣神の縁者、求道者よ?-
嘲笑って、首根を掻く。
-全てが空。貴様らにとってうつり行くもの。ならば、欲のままに振舞ったとしても、罪を占める座標は、いずれ空となるのではないか?貴様らが惑う罪も罰も、悪も善もないのではないか?-
虎が変化する。
耳を可愛らしく動かして、短いスカートから覗く細い足が伸ばしてまげて、姿態を晒す。
処女のあどけない、飾らない色香を振りまいて、絡みつく尾が男を招く。
坊主どもが身をよじり、欲望に抗って苦悶の声を上げた。
-誰も、責めないよ。だって君は頑張った、耐えた。でもね、全部意味無いことだよ-
声が変わり、色を帯びる。
姿は子猫に、しかし尾は二股に分かたれている。
-褒めてやるにゃあ。慰めてやるにゃあ。これからは、楽しいことばかりにゃあ。まだ、まだ、まだ、まだ、堕ちるにゃあ。ほら、さっさと奈落まで堕ちて来るにゃあ-
とろけたまなこで、オーギュントを見る。猫目がすぼまって、怪物となる。
無限に変化し、あらゆる姿で甘言を弄する。
-無無明-
年老いた高僧。しなびた僧衣を纏い、まばらになった歯を隠そうともせず、空洞となった眼窩が伽藍を示す。
-罪を誤魔化し、成すべきことをなさず、いたずらに虚無を気取る。教えを曲解し、悦に浸る。それが貴様らの生きる術なのであろう?-
しわがれた声が仏堂に響きわたり、やがてそれは哄笑へと変わった。
擦り切れた袈裟を引きずって、前のめりに身を乗り出す。
みるみるうちに水気がなくなり、体が崩壊して行く。
伸ばした腕の、肉が腐る。
はいつくばって、袈裟からのぞかれた足は髑髏の足。
声帯が砂に変わっても、それでも笑う。
世の無常。人の業。仏の救い。虚無に嘲り、堕落に誘う。
怪僧の体からすべての肉がこそげて、骨すら風化する。
輪廻転生、虫になって鳥に食われた。鳥になって、鷹に狩られた。鷹は鷹匠に飼われ、主が死に、餓死した。花になって、輪廻を繰り返す。
いつしか、万年。再び、ヒトに生まれて、仏道に目覚めて、修行の果てに、即身仏になる。
また、オーギュントを堕とすために呵呵大笑、骨になった。
繰り返した那由他の果てに、笑う即身仏は表情をなくした。
-・・・人間風情が抵抗すると申すか。無理。無駄。貴様らは八正道には決して至らぬ-
外れた顎に、神気が宿る。
無から怨念がほとばしる。
-ゆえに、ならんか、鬼に!!
咆哮が、あらゆる世界を飛び越えて、オーギュントの自制心をかき消した。
****
「サラさん、貴女は綺麗です。エメトを経ても、前線の兵士が見た地獄を受け止めても。・・・ずるいですよ」
ぬかるんだ魔力に愛情と嫉妬が火をつけて、大焦熱地獄の業火がオーギュントを包む。
その炎は尼僧を犯した鬼畜を苦しめる永劫の炎。
髪の下の濁った目が私を見て、彼は可笑しそうに身をよじる。
殺意を押し留めようとして、けれど踏みにじる快楽に負けて、号泣する。
どうして、彼はこんなになってしまったのだろう。
学び舎にいたとき、いつも笑っていて、仏頂面の私に微笑をくれた。
敵を作ってばかりのブリギッタを言い聞かせ、孤立するのを助けてくれた。
ライラといっしょに日向ぼっこして、むずがる手を引いて、授業に連れて行ってくれた。
レオーネがいじめられたときは、剣をとるカイを止めて、相手から謝罪を引き出してくれた。
そして、なにより、こんな私を愛してくれる。
貴方がいてくれたから、私たちはこの世界に怯えないで寄り添っていられたのに。
どうして、こんなに壊れてしまったのだろう。
オーギュントの剣気が志向性を帯びて、私の首筋に迫った。
息が出来なくなって、視界がぼやけた。
蝕まれた剣の鬼が、傷ついて、血を流して、殺したいと泣き叫ぶ。
涙でかすむ視界の向こう、天幕の入り口に誰かが立っている。
手を伸ばして、助けを求めた。
紅い目が、紅い髪のその女は、微笑んでいた。
その手に光るものが見える。デュルイ家の魔具。何のための物なのか、いくら聞いてもオーギュントは教えてくれなかった。
そうだ、彼が私に怒ったのは、その魔具に探索魔術をかけようとしたとき、それが最初で最後だった。
どうして、貴女がそれを持っているの?
オーギュントが片時も離さなかったそれを、なんで?
女が手をかざす。
月光に包まれて、私は過去に帰った。
「母さま、いつも、いろいろな人からお手紙が来るね。みんな、母さまがいなきゃ駄目なんだね」
机に向かっていたお母さんが振り向いて、私を抱き上げてくれた。
頭を撫でて、額にキスをする。
「そうじゃないのよ、サラ。みんな、お母さんがいなきゃいけないなんてことはないのよ」
「じゃあ、どうしてみんながご相談のお手紙をくださるの?」
力強く抱きしめてくれた。
その肩に顔を埋め、頬ずりして、髪の匂いをかぐ。お母さんが私をそうするよりも、もっと強く抱きしめようとした。
そのとき、私は子供だったから気付かなかったけど。
お母さんはきっと泣いていたんだと思う。
どうしてかな?
分らないけれど、お母さん自身もたぶん分らなくて、私もこの先、分ることはないだろうけど。
でも、お母さんがそうだったように、私は彼に応えてあげて、出来ることをするしかないんだと思う。
視界が晴れて、オーギュントが泣き叫んでいるのが見えた。
必死に暴走する剣気を抑え、胸元を手探りして、どうして無いんだ、と吐き捨てる。
叫んで、天幕の外に助けを求めている。
けれど、誰も応えない。
紅い女の神気が世界を区切っているから。オルディナが目的のために世界を創り変えたから。
神が、この場を調律したもうたのだから。
世界には私と彼しかいない。
だから、私が彼を止める。
お母さんがそうしたように、そばにいて、貴方の思いを受け止めてあげる。
私を殺してしまったら、貴方はきっと世界を壊してしまう。
オルディナが私を見た。首を振って、ため息をつく。
そうね、違うわ。
私はお母さんじゃない。
嫉妬深くて弱いんだ。
注ぎ続けるなんて、出来はしない。
私が抱きしめて欲しいから、抱いてあげたいから、抱きしめる。
欠けている私は、一人じゃ生きていけないの。
だから、お願い。
手を伸ばして、せいいっぱい微笑んだ。
驚いた彼は困惑しながら手を伸ばす。
手が絡み合って、引き寄せて、引き寄せられた。
抱き合って、私の魔力は澄み渡る。
二人だけの世界で、二人の境界を溶かす。
私の知らなかった弱いオーギュントを受け止めて、知ってほしい強い私で包み込む。
私たちの魔力が混ざり合って、一つの魔術をつむぐ。
二人の世界を創る根源の言霊。
-光りあれ(レーヴィス・エスト)-
最上級の浄化魔法。悪魔に堕ちかけた人間性を取り戻して、魂そのものを浄化する。
家族を目の前で磔にされてから、使えなくなってしまった属性。
-神聖-
光りが私の中で目覚めて、私は貴方と共に高みを越える。
神の聖とは浄化するのではなく、世界を創り返ることであると解って、貴方を創りかえる。
清浄の光りは、月輪からもたらされて鮮やかに。
時が満ちて、悔いが改められて、福音が来る。
穢れが落ちて、私は聖の称号を得た。
でも、それは二人でだから、支えあって、分け合ったのだから。
私と貴方は、一つの現象になる。
うつろい、消え行くものだとしても、この世界で、それは確かに有ったと言える。オルディナ(マーテル)の創りし星の、計画の一部になるのだから。そうであるかぎり、どんな神の干渉だって跳ね返す。
私達は、重なり合って、もたれ合って、臆病な二人だから生きていける。
「馬鹿ね」
「自分でもそう思います」
唇が触れ合って、彼の愛の言葉が聞こえる。
今さらそんなことを言われるのが可笑しくて、まわした手で髪をつかむ。
顔をしかめて唇を離したオーギュントを、にらんで、額をつけた。
紅い女が消えた世界。
私は彼に一つお説教をしようとした。
向こう見ずな彼に、どうしても一言、言ってやりたかった。
ところが、強く顎を引かれて、今度は強く唇を吸われた。
(は?)
固まる体がベッドに横たえられる。
消えたはずの紅い女が、口をあんぐりあけて、頭を抱える。
「サラさん。何も言わないでください」
(いや、何を言っているの?)
胸元が楽になるのを感じて目を下ろした。ブラウスの前が開かれて、乳房があわらになっていた。
(なんで?!)
「綺麗です。サラさん」
うっとりと微笑んだ獣がいた。
眦を下げて、なんて醜く、だらしのない顔をして息を切らしていた。
・・・獣は滅ぼされねばならない。
枕元のテーブルにあったはずの短剣を手探りして、柄を握り締める。
シャツを脱ごうとする獣に向かい一閃した。
「ぎゃああああ」
血しぶきを上げて、悲鳴とともに転がるが、決して容赦しない。貴族としての義務を果たさねばならないのだから。
振りかぶって、空いている手に魔力をこめた。
「いや、ちょっと、待って・・・」
「・・・死ね」
振り下すが、さすが獣、素早くかわされてしまった。けれど、獲物を追い込むことには慣れている。レナータの御付として狩に行かされた経験が、ここぞというときに生きるのだ。
天幕の隅に追い詰めて、告げる。
「もう、逃がさない」
獣はへたりこんで、なにやら叫んでいる。私に獣の言葉が分るはずがないのに、まるで豚のように鳴いて、不快極まりない。
全力で殺そうと魔力をこめた。
「いい加減、輜重部隊にこそ解析兵をつけるべきよ」
「そうは言っても、魔術士が不足していますから・・・」
「あなた方はグラナトゥムの兵なのですから、ケルサスのことなど放っておいて、国に帰られたらいかがです?」
天幕の入り口で声がした。
友人たちが、胸元をさらけ出して短剣を振りかぶる私を見て、固まった。
私は無表情に、彼女たちを見返した。
何も悪いことをしていない。
ただ、これは私の獲物だから、邪魔しないでほしい。
皮をはいで吊るすまでは何処かに行っていてほしい。
「け、汚らわしいわ!!衛兵は何をしていたの?!」
「オーギュント、なんてことを!!軍法会議です!!」
「・・・はあ」
泣き叫ぶレオーネと、憲兵を呼ぼうとするブリギッタ、マリヤは冷たい眼で獣を見つめる。
「今、しとめますから、少々お待ちを」
なぜか、三人は私を止めようと獣の前に立ちはだかった。
ほんとうに、どうしてだろう?
押し問答をしていると、何時の間にか部屋の隅に立っていたオルディナ、諸悪の根源が、ニヤニヤしながら、ボソッとつぶやいた。
「避妊ぐらいはしてほしいのです」
目の前が赤くなって、魔力を酷使した私の意識は途切れた。
気を失う瞬間、獣が駆けてきて、ブリギッタに張り倒されるのが見えた。
*****
キサラギは崖の上から、王の演説で息を吹き返したケルサス軍を眺めていた。
「こうもばらばらになった軍を立てなおすとは。これだからケルサスは恐ろしい。物量だけではなく、精神面も抜きん出ている。
ヤーヘンはここからが大変だぞ。緊密に連絡を取り合うケルサス軍相手にどう守るか。・・・お前はどう思う?」
キサラギは、背後にたたずむフードを被った騎士に声をかけた。
「ウラニアは俺一人と言ったが、帝国が何の手も打たないわけがない。しかし、送り込まれたのがお前とはな」
「カルブルヌスの哨戒に引っかからずに戦場に来られるのは、私以外いないでしょう、先生」
男はキサラギの一歩後ろに立つと、フードを取った。
薄茶の髪を長く伸ばした、年のわりに幼い顔立ち。
同じ色の瞳は、ひしめくケルサス軍の天幕のうち、ある一幕に注がれていた。
「パンデミックを防ぐために強力な魔術士をケルサス軍に回したはずですから、カルブルヌス軍は容易には動けない。いかに魔力が回復し、士気が高まったといえども、勝ちの目はヤーヘンにあります」
キサラギは、カルブルヌスが布陣している方を向いた。
「だが、カルブルヌスは有能な将がいる。ルシアーノとか言ったか、なかなか果断な男のようだ。すでに対幻想種用の布陣に切り替え、いくつもの戦果を挙げている。亜人ごとき怖くはないということか」
「頭の切れる奴でしたから」
「挨拶しなくてはいいのか?懐かしいだろう」
将来、ルシアーノは帝国の大きな脅威となるだろうとキサラギは判断していた。来た当初は行動する気はなかったが、ルシアーノの指揮の下にあるカルブルヌス軍が、またたくまに戦場を支配して行くのを見て、キサラギは翻意しようとしていた。
「厳しいですね。教導騎士団が動いています。殺れるかもしれませんが、貴方が帝国に加担していることが明るみになるかも知れません。それで万が一、全面戦争にもなれば、西の諸国が帝国に宣戦布告してくるでしょう。挟み撃ちになってしまえば、いかに私たちといえどもただでは済みません」
「ウラニアがいるかぎり、負けはしない」
キサラギから目を離すと、ふたたび天幕に視線を注いだ。
「鬼を起こしてしまえば、対ケルサスの外交政策は大きく変更せざるを得なくなりますよ。あれは、ウラニア陛下に迫る力を持っています」
キサラギは同じように天幕を見た。
妙なことに、彼の眼をもってしても良く見えはしなかった。
あそこには、何がいる?
「・・・お前がそういうのならば、そうなのだろうな」
言うとキサラギは消えた。
騎士は天幕を見つめ続けていたが、ふっと息をつくと後ろを向いた。
「懐かしい、か。ええ、私はこのときを待っていました」
フードを被り、茶色の長い髪を押し込める。影が差すその中で、彼は優しく笑っていた。
「オーギュント、私は帰ってきたよ」




