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偽国戦記  作者: ブレヒトさん
魔晶戦争
86/131

英雄たちの涙痕

 ケルサス軍は亜人の突撃に対し、既に展開していた諸侯連合である第一三師団と、背後に布陣していた王軍に所属の第四師団によって飽和砲撃を行った。

 砲弾と魔術の雨が降り注いだ跡には、いくつものクレーターが口を開け、あたり一面に魔力の残渣と噴煙が漂った。その中で、深手を負いながらもなお血を求める亜人らが這いずり回っているのだろう、言葉にならないうめき声が聞こえてきた。

 晴れる間もなく、さらなる砲弾と魔術が弾着し、散らばる肉片をさらに掻き混ぜるように、あらゆる種族が均一に吹き飛んだ。

 動くものがなくなるまで、僅かな声すら許さないないように、微塵の容赦もなく虐殺され尽くした。

 ケルサスを駆り立てたものは、ヤーヘンへの憎しみではなかった。殺されることへの恐怖心だった。被害者の雄たけびと、加害者の泣き声が入り混じって、誰が殺しているのか、殺されているのか、そんな区別すらつけられぬままに、いつしか闇間に吸い込まれていった。

 

 師団は砲撃の着弾地点から離れた場所に引いた急ごしらえの防禦線を強固にして夜を過ごした。過剰な火力を注いだものの、夜行性の亜人の襲撃を想定したからで、彼らは仲間の亡骸を回収することすら出来ずに、夜をおびえて過ごしたのだった。殺しつくしたにも関わらず、彼らはまさに被害者であった。


 ヤーヘンの放った大魔術『炎獄』はサラの禁呪『エメト』によってかろうじて防がれたものの、その後の亜人の突撃によって、前線に展開していた三個連隊は壊滅し、援軍の諸侯連合師団も多くの兵と装備を失った。撤退戦の犠牲となった多くの将兵、その数は約3000名、負傷者は5000名にものぼる。二個師団によって行われた飽和攻撃で使用した弾数、魔力量も、想定されていた四倍以上を計上、輜重部隊は急遽、背後に予備として展開していた部隊から弾薬を借り受けるハメになった。

 装備と兵の損失は危機ではあったが、致命的ではなかった。戦争には敗北がつき物であり、幾多の戦争を経験したケルサスには慣れたものですらあった。問題はその負けかたである。精強で知られるケルサス軍が為すすべなく虐殺されたことは、兵たちに大きな動揺を与えた。友を目の前で殺された兵たちは、故郷に帰りたいと泣き叫び、戦闘に参加しなかった部隊の兵たちもまた、上官たちのただならない雰囲気を感じ取っていた。前線付近に展開していた部隊の士官たちの間には、己のマネージメント能力を超える士気の低下に、部隊再編を求める声まで出始めていた。しかし、それらは贅沢な悩みと言えた。もし、亜人が止まることなくなだれ込んだ場合、ケルサス軍は撤退にまで追い込まれる可能性すらあったのだから。

 ケルサスがこうして今現在も布陣していられるのは、三人の英雄がその身を呈して軍を救ったからであった。彼らの働きがあったからこそ、軍は砲撃を行えるまで体制を整えることが出来たのであり、亜人と幻獣の強力な打撃力を前にしても大きな混乱を生じさせてはいなかったのである。敗北には変わりなかったが、軍全体がかろうじて秩序を保っていられるのだった。

 しかし、その英雄の出自が大国にありがちな問題を引き起こしていた。どうしようもなく馬鹿らしいことではあったが、軍首脳部にとっては、あるいは政治家たちにとっては、局所的な戦闘の勝ち負けよりも、見過ごすことのできない大きな関心事であった。

 一人は、グラナトゥム公国に所属する騎士、しかも大逆人フラーダリーの生き残りであった。彼女が紡いだ『エメト』の力強さと母性溢れる柔らかさは、彼女の出自を隠し通せるものではなかった。

 ある若い兵は、空に伸びる白い手を見上げ指差して叫んだ。


 -あれは、エメトか?!フラーダリー、なぜ生きているんだ、汚らわしい!!-


 肩をたたかれた若い兵が振り向くと、視界にこぶしが広がった。四十過ぎの古参兵が殴りつけて、見下ろした。


 -逆賊であろうが、友軍を救うことには変わりはないだろう!!あれこそ、聖王の盾、救い主だ!!-


 立ち上がった兵が挑みかけて、受ける古参兵が張り倒した。再度掴みかかり、周囲がはやし立てて、混乱が広がった。いつ戦闘が始まるか知れないというストレスに曝されていた彼らは、議論から殴り合いへ、一足飛びに駆け上がった。士官たちが止めるが、その彼らもまた、焦れていた。

 そのとき、気をつけの怒声が響き、下士官を率いた指揮官の男爵大佐が混乱の中に現れた。

 柔和に微笑んで、叱責を恐れる兵を見渡し声を上げた。フラーダリーを断罪しながらも、『炎獄』を防ぐ手柄を褒め称える。

 

-しかし、フラーダリーは罰せられなければならない!!-


 力強く言葉を結んだ指揮官を中心として、ケルサスの大唱和が巻き起こるが、一部の古参兵たちは唇を引きつらせて目を伏せた。

 男爵は士気高揚の喧騒を後に、ただ一人幕内に下がった。ケルサスの国旗から目を逸らして、執務机に座り込んで頭を抱えた。そして、声を漏らさずに嗚咽した。


 -お許しください。どうか、お許しください。月の女神マーテル、我らケルサスの罪、清めたまえ、払いたまえ・・・- 


 二人目。彼の活躍を知る者は少なかったが、それは各戦場を見渡すことが出来る、本営と各軍の高級士官たちに強い影響を及ぼした。

 

 -・・・金色の獣。なんて、美しい-


 通信兵の呆けた言葉に、その連隊の参謀は一喝し、頬を強く張った。

 よろけた通信兵の参謀を見る瞳には、挑むようなものがあった。思わぬ反抗に、それならばと、戦場の影像を天幕の中空に映し出させた。

 彼らは本営所属の連隊。ケルサス一国主義者であった彼らは、任務の傍ら、グラナトゥムの連隊を監視していたのだった。

 そんな彼らの誰もが、映し出された影像に声を失った。

 自軍の被害は加速度的に広がっているのに、やるべきことは山のようにあるというのに、連隊の天幕は制御不能に落ちいった。

 その光景はそれほどに美しく、場違いで、戦争を忘れるほどの幻想に満ちていた。

 金色の獣が駆けた。不毛なヤーヘンの大地で、まるで豊土神マイヤの園であるかのように、実りの歓喜を唄う。

 調和がある大地で、自らの美しさを誇る獣が、踊るかのようにすばしこく飛び跳ね振り向いて、捕まえてみろと瞬きする。

 ヤーヘンの騎士や魔術士が狂喜し、大規模魔術を味方に向かい乱打する。吹き飛んだヤーヘン兵の血肉が、舞い散る花びらのように金色の獣の金光を受けて、その大地は調和を見る。

 けれども、それは魔術ではなかった。波動は無様で、とても術式に捉えきれるものではなく、ただ魔力を垂れ流し、渦巻いた奔流が幻想を生んでいたのだった。魔術だなんて、呼んでいいはずがなかった。

 もちろん、同士討ちを引き起こすような強力な幻想がそんな簡単に現れるわけはない。ケルサスの士官たちは、なにか強力な魔具、国家所有クラスのものを用いているのだと思った。

 魔力の波動はラスコーシヌイ家。年代史にも幾度と無く記載された、グラナトゥムの名門。けれども、破廉恥なまでに乱れきった波動には格式なんてものは感じられなかった。だからこそ、使い手は明らかだった。嫡男でありながら、力無きゆえに家督の相続権を剥奪され、ただの士官に成り下がった若い騎士。まともな魔術一つ紡げなかった名門の恥。家を補佐する役割すら、家主が養女を取ったことで奪われてしまった。名は、ラスコーシヌイ・ヴィタリー・ピョートルヴィチ。

 天幕の士官たちは、見上げながら思う。恨んでしかるべきなのだ。自分を追い出した、天才と呼ばれていい気になっている小娘のことなんて。見棄てても、誰も責めはしないのだ。グラナトゥム王家の地位を地に落としたフラーダリーの汚れた血なんて。

 それなのに、ヴィタリーは命を投げ打った。全てを魔力に変えて、暴走させることでラスコーシヌイ家の力を解き放った。それがグラナトゥムだと、王命ならば自己を羽虫のごとく考える全体主義者どもなのだと納得しようとした。あるいは、小娘の色香に惑ったのだと嘲笑おうとした。けれども、波動から伝わるのは、兵を救い、自分を解放することへの喜びと誇り。


 -恨みは無いのか?そこまでする意味があるのか?この、ケルサスの戦争で・・・-


 士官たちは、グラナトゥムをいつかケルサスに牙をむく敵なのだと、どんなに自分に言い聞かせても、兵を救おうとするヴィタリーを否定することなど、彼らもまた兵であるがゆえに出来なかった。


 やがて、ヴィタリーの命が燃え尽きて、獣が消え入ろうと天を見上げた。

 幻想が解けて、調和が崩れて、血に汚れた大地が現れて、獣を飲み込もうとし、捉えられた獣はもがき苦しむ。空を見上げて、何かを請うかのような悲しげな声を上げる。

 獣が、士官たちが見上げる空に、黄金のベールが現れる。

 獣が、ヴィタリーが微笑んで、抱かれて、まぶたを閉じる。

 

 士官達は己の不明を恥じた。

 ただの魔力の奔流ではなかった。支える術式があったのだ。幻想が解けた今、ベールとなって獣を包む。深い愛情でそっと優しく、汚れた大地から守って抱きしめる。

 命を消費することで換算される魔力の波をも計算された、悲しい式。

 決して、自害を促す術ではない。

 目的は、ヴィタリーの乱れた波動を安定させ魔術を為すこと。

 そのためにセオリーを大胆に崩して、独自の公式を用いている。

 砂の王宮に触れるかのような繊細なタッチで編まれ、それでいて機械仕掛けのように精確だった。

 脆くて危ういと見えても、恐ろしく強固に仕上げられている。

 ヴィタリーただ一人のために作り上げられて、彼の求める全てがあって、計算されつくしている。

 精密さの中に、激しさがある。

 胸を震わす愛情をも練りこんで、囁くようなねぎらいがあった。

 誰が創り上げたか。こんなにも独創的で、天才的な手腕を持つのは。

 一人しかいなかった。

 ケルサスの招きを拒否して、グラナトゥムにとどまった傲慢の謗りをうけた少女。

 知識を欲するばかりに、敵ばかり作ってしまう、金色の少女。

 

 (そうか、そうだったのか)


 -人を理解するには、術式を組ませてみればいいの-


 遥かなる聖巫女アーティファ、それは彼女の言葉。決して過たれることのない、世界の公理。

 

 (彼女がいる。それだけで、お前は命を賭けることができたのか)

 

 空間に映し出された影像を見上げる士官たちは、グラナトゥムに敵意を持っていたにも関わらず、いつの間にか微笑んでいた。彼のように戦場で友を救えたらどんなに素晴らしいかと、当てられて、敬意を示した。

 獣の輝きを目にしたものは少なかったけれども、ケルサス兵たちは根底に引きずっていた三国の葛藤を、少なくともこの戦争中だけは忘れることにした。もっと本当なこと、誰かを守るために暴力があるのだということを思い出した。

 ヴィタリーは、三重の意味で軍を救った。一つは騎士隊に打撃を与え進軍を遅延させたこと、そしてもう一つは、亜人の破壊力を前にして低下しつつあった士官たちの士気をもう一度燃え上がらせた。そして、最後に、三国のナショナリズムに悩む兵に道を示したのだった。


 しかし、救いが全てをよい方向に進めたわけではなかった。それがグラナトゥムの手によって為されたことで、急進的なケルサス一国主義者を焦らせたし、そして、これこそが問題であったのだが、エゼキエルの『智天使光臨』に至る過程は、軍全体に本営への疑問を抱かせた。

 サラとヴィタリーがこれほどの戦果を上げ、ケルサス全軍の士気を大幅に高めうる物語を描いたにも関わらず、軍全体として反抗の機運が高まらなかったのは、まさにそれが原因だった。


 エゼキエルの連隊は遊軍部隊としてケルサス諸侯連合師団に組み込まれていた。その師団はケルサス一国主義者が王軍に手柄を上げさせたくないばかりに、無理に前線に押し込んだもので、力関係のバランスを取るために、この戦争に乗り気でなかったエゼキエルの連隊も組み込まれていた。しかも、責任を負いたくないから遊軍として、あるいは、便利に使い潰すために。

 いざ戦闘が始まると、師団上層部はエゼキエルを過小評価していたことを知った。戦場で戦女神の使徒として翼を広げる彼らに触発されて、師団を構成する各部隊は滾り、上層部のコントロールを超えてエゼキエルの後を追い、戦場に飛び込んでいった。戦争経験のたらない名ばかりの師団長は混乱した。そして上位幻獣の出現によって極みに達した彼は、思考を短絡させ、当初の予定通りエゼキエルを使い潰すことにした。幻獣討伐に当たっていたエゼキエルたち以外に後退の命を出し、背後の王軍とともにエゼキエルたちもろとも砲撃しようとたくらんだのだった。

 幻獣を恐れたケルサス兵たちも、下等と見下していた辺境の民を見放すことに抵抗は無かった。精鋭ぞろいの彼らは、効率的に撤退したのだった。

 見棄てられてもエゼキエルたちは戦い続けた。幻獣に背を向ければ即全滅、ということもあったが、それだけではなく、逃げてきた友軍を守るために剣を振り続けた。戦場に繋がる通信が、彼らがいかに戦い、ケルサスの友らを助けて身に剣を受けたのか、つぶさにリアルタイムで伝えられた。

 そして、エゼキエルの叫びが、自分たちを見棄てた将軍を呪いながらもなお神を求めて、友軍を守ることを選択し、天使を身に宿し繰り出した神剣の一撃が、兵たちの心にケルサス軍上層部への疑問を稲妻のように刻み込んだ。


********


「以上が被害状況、並びに、各戦場における戦闘報告になります」


 解析部隊主席バンディット少佐はそう言うと、参謀長で幼馴染のニコライ大佐を伏目がちに見た。

 いつも身奇麗にしていたニコライの髪は乱れ、目は充血し、軍服の下に着たシャツの襟は、何日交換していないのだろうか、汗で色が変わっていた。悲しく思う一方で、彼女の目も隈が深く、涙の跡で赤くなっていた。

 彼女は思う。

 戦場に来てまで涙を流すのは、全てを客観的に見る解析官でありながらも情に流されるのは、自分が女だからであろうか。彼が近くにいるからだろうか。

 見上げる幼馴染の目には怒りが溢れている。それも、きっと自分以外は気付かないであろう僅かな癖がそう語るからで、なんとか自分を抑えている。それに引き換え、私はなんて弱いのだろう。そう思いながら、また涙ぐんでしまうのをこらえて鼻をすする。


「・・・少佐?バンディット少佐!!」


 いつの間にか物思いに耽っていたバンディット少佐は、ニコライの言葉に慌てて目を上げた。


「な、なに!?」


「・・・下がってよろしい」


 顔を紅潮させて急いで席に戻る幼馴染を見て、ニコライは誰にも気付かれないように微笑んだ。


 (君が正しいんだ。犠牲になった兵たちのことよりも、ヒトを殺すことばかり考えている私たちが正しいなんてことはないんだ)


「付け加えますと、エゼキエル準男爵の使い魔による呪いは発動した形跡はありません。準男爵はまさに、友軍の救援のみに魔術を用いたのであり、懸念される事態には至っておりません」


 ニコライがあたりを見渡すと、隠し切れない安堵が広がった。


「グラナトゥム公国への被害報告は、先ほど王宮で王陛下御同席の下なされ、公王殿下から我らケルサス連合軍への哀悼のお言葉を頂戴しました」


 前面に居並ぶ高級士官達は鼻を鳴らすが、強がっているのは明らかだった。背後の、中央から離れた諸侯たちは幾分気落ちしたようであった。前者はグラナトゥム公国の兵糧供出拒否を恐れているのであり、後者は王室へ強い影響力を持つ公王による講和の呼びかけに期待していたのであった。

 

「カルブルヌス騎士団国に関してですが・・・」


「家のことは、言うまでもないだろう?」


 通信で映し出されたルシアーノ少将が、もはや礼儀など気にかけない様子でぞんざいに手を振った。


「そんなことよりも、先のケルサス諸侯連合、第一三師団の行動について聞きたい」


 椅子に浅く腰掛けて、こみかみに両手の人差し指を当てながら言った。

 議場の空気が揺れて、議場の中央に座した中将に視線が向けられた。

 

「そうだな、説明してもらおうか、中将」


 それまで黙って聞いていたクリトンが穏やかな口調で中将に語りかけた。

 師団長である中将は、腕を組み、胸を張って応えた。


「これ以外、兵の損失を抑える手段はありませんでした」


 誇りすらうかがえた。

 彼にとって兵の損失を最小限に抑えることが出来たのが手柄とすら思えていたのだった。

 クリトンは目頭を押さえた。


「そうか、退席しろ。今を持って貴様の指揮権を剥奪する。師団の指揮権は他のものに移譲するゆえ、本国に送還されるまでの間、憲兵の指示に従え」


「は?」


 中将は笑みを浮かべて硬直した。

 

「アンナ憲兵大佐、宜しく頼む」


 奥から肥えた女が姿を現した。狂犬と呼ばれた女は、クリトンらに敬礼すると中将の腕を掴んだ。


「待ってください!!私が何をしたと言うのですか!?私は、国王陛下の御子たる国軍の犠牲を最小限に留めようと努力したまでのこと」


 両腕を振り回して抵抗する。助けを求めてあたりを見渡すが、目を合わせようとする者はいなかった。ようやく合わせた者らは、彼をにらみつけるだけであった。


「そ、そんな、待って・・・。ぎゃっ!!」


「そのような御振る舞いをなされては、困ります」


 狂犬が無表情に指をへし折っていた。

 師団長を捕縛術で体を縛り、その耳元で囁いた。


「もしこれ以上暴れるなら、両手足の腱を切断いたします。貴方が見棄てたエゼキエル準男爵閣下たちのことを思えば、それでも軽いくらいです。でも、大丈夫。いい子にしてくれたならば、私が陛下に縛り首だけは止めてくださるよう進言いたします。私、陛下のお友達ですの。ご存知でしょう?」


 三日月に歪むその目を見て、中将はただ頷いた。しかし、彼女の視線、憎しみは中将だけに向けられたものでは無かった。議席の最上段に座り、中将を悲しげに見下ろすクリトンにも向けられていた。


 (外道が)

 

 アンナたちが退席すると、クリトンが将官を見渡し、参謀長のニコライに頷いた。

 ニコライは礼をして口を開いた。


「バンディット少佐の報告にあったように、最前線の三個連隊は、敵の大火炎弾、亜人により壊滅。後方の師団は、エゼキエル準男爵率いる連隊の奮闘によって、準男爵の連隊以外は半壊ですんでいます」


 ニコライはあえて言い直した。全ての責任を中将に負わせることでここを収めると、そう本営は決めて、その決定は揺るがないのだと告げる。

 目を血走らせて、自分を騙して、居並ぶ将官たちにもそれを強要する。

 

「再編を進めていますから、おかげさまで、三分の一はすぐにでも戦場に投入できるでしょう」


 皮肉を込めた。

 あまりにも手ごたえが無かったからだった。まるで、言われるまでもなくそうするとでもいったような将官たちの表情が、どうしようもなく気に入らなかった。

 彼は若くて、かつては理想主義者だった。そして潔癖だった。

 理想主義的傾向は戦に出るにしたがって摩滅していったが、エメトを見ることで、フラーダリーをハメ殺した張本人であるという罪の意識と共に、古傷のように浮かびあがってきた。

 理想を追っていた自分と今現在の自分とのギャップが、罪を忌避する将官たちと自分の有様が、彼を苛んだ。

 それを見て取って、危ういと、ダミアンが口を挟んだ。 

 

「なぜ、これほどまでに被害が広がった?」


 悟られないように、あくまで無機質な声と瞳で将校たちを見渡した。


「カルブルヌスからの救援が遅れたせいだ!!」


 本営付きの中佐が立ちあがり、ルシアーノに詰問しようと机を激しく叩いた。

 通信で軍議に参加していたルシアーノは、芝居がかった様子で目を見張って見せた。


「中佐、こちらが大規模な救援を送れば、こちらにも亜人を出すか、パンデミックを起動するのは分りきったことではないか?」


 カルブルヌスのいた左の戦場では、両軍が動くことなく膠着していた。もし、カルブルヌスが救援に兵を裂いたならば、ヤーヘンは好機と捉え、ルシアーノが言うように大胆な手段を講じただろう。そして、それをカルブルヌスが対処できなければ、勢いそのままに本営まで攻め込まれていたに違いない。

 ヤーヘンの亜人と幻獣の総数が分らないうちは、少数の騎士団を出すよりほか、カルブルヌスに打つ手はなかったのであった。


「それとも君は、まだ助けが足りないか?」


「ケルサスの盾とならずして、何がカルブルヌスだ!!」


 ルシアーノは大声を上げて笑った。あっけに取られた議場の面々が顔を見合わせる。しかし、その声が小さくなにつれ、彼らは中佐がルシアーノという大蛇の尾を踏んだことを知った。


 大きく息を吸ったルシアーノの目に殺気か籠もり、彼は真一文字に手刀を振った。

 水晶の影像が激しく乱れ、通信先の議場に魔力の残像が刻まれる。

 中佐は恐怖に腰が抜け、椅子を転倒させ、その場に座り込んだ。

 カルブルヌスの最強の魔力が、ルシアーノの目を黄色に変色させる。

 憤怒と侮蔑を顔に貼り付け、立ち上がった。

 革張りの椅子がはじけとび、執務机ががたがたと振動し、通信の水晶が悲鳴を上げた。


「筆頭騎士であるオーギュントは最後までしんがりの大隊に随行し、重傷を負いながらも未だケルサスの戦場にいる。砲撃にも手を貸し、夜行性の亜人のための斥候も出した。治癒魔術士や魔具も貸与し、結界術士は貴様らのために寝ずに結界を張り続けた。これ以上我々に何を望むんだ?子守唄でも唄って欲しいのか?

 ふざけるなよ、敗残者どもが。オーギュントの命が貴様らと等価だとでも思っているのか。あのフラーダリーの娘はどうだ?エゼキエル準男爵もだ。助けを求める前に、貴様らが何とかすべきだったのだ。上官を怒鳴りつけてでも戦場に行き、彼らの傍らで戦うべきだったのだ!!

 汚れ一つ無い軍服を纏いながらカルブルヌスを愚弄するか?官姓名を名乗れ、中佐。貴様をカルブルヌスの敵と認めてやる」


 彼はもうケルサス軍への怒りを隠そうとはしなかった。戦うために生まれた一族、ケルサス王国を守護するためにあるカリブルヌス騎士団国の王子であった彼には、ケルサスの将官たちの行動が全く理解できなかった。出来うることならば、一人一人、なぜ見棄てたのだと尋ねて周りたかった。


「ルシアーノ少将、あまりいじめないでやってくれ」


 ダミアンが言う。


「ルシアーノ少将が言うとおり、これはカルブルヌスの責任ではない。まして、最前線に兵を出したグラナトゥムのせいでもない。

 ・・・もし、フラーダリーの名を持って彼らを貶めるとしたら、俺は貴様らを処罰することに抵抗はない」


 目に火がともり、立ち上がって椅子を蹴り上げた。


「いいか、諸君、これは我らケルサスの責任だ!!解析部隊からの報告を無視して、前線に部隊を送るのを渋るとは、貴君らは何をしていたのだ!!」


 クリトンが将官たちをにらみつけ、ニコライが資料を精査する。


「エゼキエル準男爵の亡骸は回収されていない。塩の柱になって風に吹かれて行ってしまった。彼の連隊は貴君らの援軍を信じて、他の部隊が逃げだしても、主が死んでも残党を最後まで足止めをし続けた。貴君らは彼らの生まれゆえ、忠義に疎いと非難してはばからなかった。しかし、どうだ?貴君らの忠誠は?誇りは?狂王の遺体とともに、戦前に置き忘れてきたのか?」


 怒声は容赦なく権力争いにおぼれた将官たちに突き刺さる。


「逃げ出したいのならば、止めはしない。逃亡兵として背後から撃ったりなんかしない。弾の無駄だ。目障りゆえ、早々に立ち去れ!!」


 将校たちは歯を食いしばり、こぶしを握り締め振るわせた。

 中将とはいえ、いまだ若いダミアンにこうまで罵られた。彼らにも兵を出せない理由はあった。頭に血が上り、反論したい衝動で視界が明滅する。しかし、そのどれもが言い訳にもならないことを、精鋭で知られたケルサス軍人である彼らには、よくわかっていた。


 議場の真ん中で、つまらなそうに頬杖を付いていた男が微笑みながら声を上げた。


「・・・何なら、助けてやろうか?」


 視線が注がれた。


「我ら旅団が持つ力が何に由来しているか、君たちにも、もう分っているだろう。ケルサスが負けてもらっては困るし、義理もある。

 神聖グローリアの国是は慈愛。目立ちたくはないが、いたしかたない。慈悲をくれてやろう。

そして、それは弱者にこそ注がれるもの。ああ、君たちにはふさわしいだろうな」


 コールがなんの感情をも秘めていない目で将校たちに言った。

 将校たちはその目を直視できなかった。エルフを戴いたコールは、それまでの彼とは明らかに何かが違っていた。何が?と言い表すことはできなかったが、彼の言葉がまるで天上から響いてくるように思えた。ダミアンに抱いた反感、自己弁護、どれも見透かされていると確かに感じられたのだった。

 彼らの目は自ずと、脇に控えるミミに移った。

 グローリアの幕下にいるとはいえ、ケルサスを代表する名門の出の彼女ならば、ケルサス軍の立場を理解し、彼の怒りを静めてくれると思ったのだった。

 しかし、碧の目には、ただ失望だけがあった。いや、彼らを映してすらいなかった。

 語ることを拒否して突き放し、もはや何の期待すら感じていなかった。

 神聖グローリアの最後の騎士、大陸中の尊敬を集める聖騎士からの非難。

 ケルサスの誇りの象徴であるアンダルシア家の姫君からの失望。

 それが向けられるのは自分たち。誇るべきケルサスの騎士達にかつてない憤りが溢れた。


 (どうして、こうなった?俺たちは、何をしにここに来たのだ?俺は、こうも情けない奴だったのか?)


「諸君、少し休憩しよう。・・・そうだな、三十分ほどでどうだ?心を決めるのには十分だろう」


 クリトンはそう言うと立ち上がった。

 ニコライが続こうとして、ふと振り返った。


「長距離通信を行う方は、この休憩の間に限り申請をする必要はありません。・・・ご存分になさってください」


 解散した後、もう一度集った彼らの目に宿る光りはがらり変わっていた。

 彼らの配下の兵たちが、既にそうなっていたように、彼らもまた闘うことへの躊躇を捨て去っていた。


 休憩の間に交された秘匿通信の量は凄まじいものがあった。

 そして、各天幕からは、国許の保身を訴える者への怒声が相次ぎ、魔力の波動で戦場は地響きが沸き起こった。


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