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偽国戦記  作者: ブレヒトさん
魔晶戦争
85/131

蛮族の王 2 光臨

 黄昏に沈む宮殿があった。

 いたるところが傷つき崩れ落ちて、さながら敗戦の陣中のように瓦解していた。

 そこいら中で、(とき)の声が響いている。

 しかし、天井が落ちているから響かない。円柱の柱は中ごろから折れて、支えるべきものも、守るものも、そこには無かった。ただ、黄昏の柔らかいが、どこか強い黄色があるだけだった。

 野ざらしのホールには、朽ちた木彫りの十字のシンボルが掲げられている。 

 その下で、赤黒く変色した玉座で、気だるげに片肘をつく女神がいた。

 金色の甲冑に身を包み、胸元には沙羅双樹のマジックフラワーがふわりとほころんで、流れる赤髪は黄昏を含み、泣き黒子に涙を受けるその容姿は例えようもなく美しかった。

 血に汚れて、羽はところどころむしられて、純白のドレスは破れていたけれど、だからこそ完璧だった。


「剣鬼の育ち具合を覗いてみれば、なにやら面白いことになっておるではないか」


 女神が微笑むと、錫杖をもった一人の狼人が姿を現した。


「さようで御座いますな」


 そう言って頷き、戦場に特大の燃料気化爆弾を作り出し、軽く城砦一つ吹き飛ばす。

 数百の兵が跡形も無く吹き飛んで、凌いだ数人が瓦礫の中から立ち上がり、また殺し合いを始める。


「ヒトの子ら、おのおの励めよ。力至れば使ってやろう。弱者はいらん。的にもならん」


 深く青い瞳が戦場を睥睨して、白い指が髪を掻き揚げた。


「兵糧も限られておりますからな」


「うむ。しかし、私はマーテルより優しいぞ。こうして引き上げてやるのだからな」


 戦場では、戦士たちが死んでは生き返り、なお永遠の戦を続ける。

 そこは戦女神の世界。現世で並外れた力を振るった者らが戦女神ヴァルキュリアに招かれて、神々の兵隊として戦う力を身につけるための終わらない修練場。


「いかにも、御館様はお優しい。それに比べまして、現世での贖罪を強いるマーテル様は、まこと恐ろしい方でございます。現世では・・・、哀れなものですな」


 戦女神が伸びをして、神槍を手に取って立ち上がる。

 ドレスの長い裾を引いて、空に浮かぶ宮殿の端に立ち、戦場を見下ろしながら傷ついた翼を開く。

 神槍を構えて、狙いをすます。

 水平線に太陽が輝いて、終わらない黄昏に染まる空に女神は眩しそうに目を細めた。

 狙うは落ちる太陽。全ての源たる最善。それに侍る、ヒトに知られることのない神、桔梗。


「子等の苦しみ、痛み、そして狂気。すべて貴様の手のひらか。

 面白かろうなあ、思い通りに命の火が燃えて、消え行く様は。

 ほれ、見よ。また死んだぞ。我らが求める最上のために、苦しみながら、炎にまかれて。

 たまらぬなあ・・・」


 傷ついた羽が力強く羽ばたいて、天を目指して飛翔する。

 頭上に輝いていた円環が収束して、拡大し、背後に移動する。

 激しく回転し、神気を駆動するエンジンとなった。


 あらゆる天使の最上位に位する戦女神の神槍。

 邪竜(サタン)を撃ちて、絶対神の光輝を知らしめる。


 戦女神は雲を越えて、目を見開いて、吐息を吐いた。

 丹田に力をこめて、気力とともに叫ぶ。


「まっこと、命とは、なんとも儚きものよなあ!!」


 神槍が世界を切裂き、太陽を貫いたと、その瞬間、根源で黒髪が渦巻いた。

 戦女神の世界が、桔梗の花の薄紫の花弁に覆われる。

 沙羅双樹の花がぽたりと打ちて、世界に波紋を広げた。


 二柱の女神が対峙して、絡み合う。

 黄昏の色を消す逢魔が時、紫と混ざり合って、闇が来る。

 夕闇経た先で夜が明ける。

 絶対の朝焼けが、世界を包む。

 無限に繰り返すその循環こそが、真なる恩寵。

 暮れた先にある陽光こそ、流出するイデアの光り。

 ヒトが夢見る間こそが、神々の戦場。

 イデアの光りが遮られ、忍び寄る混沌こそが、絶対悪。

 神々は、世界が混沌の闇に飲まれぬように、奈落の底を掘り続ける。

 感謝されずとも、信仰されずとも、認識されずとも、それが意志だから。


 そのために、女神は選別し続ける。

 兵として育て、切捨て、召命を授ける。

 あらゆる戦場の空を羽ばたく絶対神の使者は、戦士たちに絶対的なカリスマを示して、無限の戦場に叩き落すのだ。


 ****


 エゼキエルの連隊が幻想種を押し留めることで、師団は多くの被害を受けながらも戦果を挙げようとしていた。


「大型の亜人は足を狙え!!小型の亜人は攻撃を受け止め、カウンターで仕留めろ!!」


 強固な防禦結界が大鬼の棍棒を受け流す。地面すれすれを風の刃が吹き抜けて、大鬼の足を傷つけ、倒れこんだ拍子に、魔術によって貫通度を増した魔銃の弾丸が降り注ぐ。飛びかかる子鬼もまた、結界に弾かれ、銃剣に貫かれた。空から強襲した有羽種は、魔術士に生み出された突風によってバランスを崩し、下からの射撃によって撃ち落とされ、寒さに弱い蛇人は氷属性と風属性の合成魔術によって動きを止められた。

 狂った亜人たちは長い行軍のために戦列が延びきっていて、その圧倒的な火力を十分には発揮できていなかった。さらに、昼過ぎに降った雨が水の魔術が得意だったケルサスに有利に働いた。

 しかし、それでも戦力はケルサスが劣っているのであり、よくて五分であった。ここまで戦況を有利に進めているのは、やはり、彼らがケルサスであるからに他ならなかった。

 師団長こそ戦を知らなかったが、その脇を固める参謀、連隊長、大隊長たちは経験豊富な者たちが揃っていたから、遊撃部隊のエゼキエルの連隊が幻獣に向かうと、通信が入るよりも早くその意図を察し、最適な行動を取った。ある連隊は少数の部隊を迂回させて亜人たちの側面から騎兵を突撃させ、ある大隊は魔術兵の戦列を組み替えて大規模魔術で迫る大軍に打撃を与え、魔銃部隊の一斉射撃が亜人たちの強固な肉体を破壊した。彼らは乱戦であるにも関わらず、最大限の効果を上げていった。


 師団の多くはケルサス一国主義者、差別主義者であった。小国ヤーヘンの侵攻なぞ意に止めず、辺境の兵たちに任せておけばいいと、誇り高い自分たちが相手にするなんて、剣が汚れてしまうと思っていた。

 けれど、新王の下に再編された兵たちは手間取って、思いがけない苦戦をしているらしい。三国の関係を重視する理想主義者なんて所詮は弱兵、お優しい新王の作り上げた軍なぞこの程度だと、侮蔑して、嘲って、安全な場所から見下していた。

 やがてそんな彼らにも出兵の命が下って戦場に来た。そこで目にしたのは、講和の可能性を除外した、殲滅戦を望む敵兵の血塗れた決意だった。そして、吊るされた民の物言わぬ屍と、泣きじゃくりながら遺体を降ろそうとして手の届かない幼子らだった。

 それらを目にして憤っても、彼らは戦ってはいなかった。戦争に入ってはいなかった。御上品で、誇りに満ちた戦いに慣れていた彼らには現実のものとして受け止められなかった。けれど、最前線に来てようやく知ったのだ。ヤーヘンの恨みの深さと、人間性というものの頼りなさを。そして、この戦争に誇りなど無いということを。

 そう理解してしまえば後は楽なものだった。もともとが精鋭なのだ。才能があるのだ。彼らこそがケルサスなのだ。殺すことは得意で、凡人たちがどれだけ努力しようと追いつけない力があった。騎士道精神に配慮しなくて良い分、彼らの殺人の手管は遺憾なく発揮された。

 冷静に戦場を見渡し分析して弱点を突いていく。属性を合わせて魔術を打ち込んで、一般兵たちを導いてやる。最適最小限の魔力で殺し、あるいはわざと生かす。才能豊なケルサスの上位貴族たちは、エゼキエルたちを利用して上手く立ち回った。蛮族なぞに手柄をやってなるものかと、プライドを持って雄々しく戦ったのだった。


 ****

 

 しかし、それは急に訪れた。

 それまで無軌道にただ狂っていた亜人たちが一斉に隊列をくみ出した。大型の亜人を前に出し、小型の亜人達が続く。ただ目の前にいる相手を攻めるのではなく、確かな標的を定めて暴力を振るいだした。

 最前面で敵に当たっていた連隊の指揮官は慌てて隊列の変更を指示したが、攻撃的な陣形を組んでいたために手間取って、隊列の横腹を突かれ、魔術士隊は接敵を許し壊滅した。補助をなくした兵たちは亜人の強力な攻撃力の前に紙くずのように切裂かれ、蛙のように潰されていった。

 最前線が崩壊したことで、亜人たちは水が染み入るように師団の陣を侵して行く。個々が強力な亜人たちの侵入は、容易くケルサスの陣容を突き崩した。清水のようだったそれは、頑強なダムを破壊する蟻穴だった。


 混乱し、蹂躙されていく陣中でエゼキエルは、補助にまわっていた騎兵中隊に急ぎ退路を確保するように通信を送った。


「幻獣に当たる族長らは仕留めることよりも時間を稼げ!!ええい、増援はまだか!!このままでは全滅するぞ!!」


「若殿、本営から入電!予備の部隊は亜人の強襲を受けて動けぬだと!!」


「馬鹿な!!」


「俺たちが気付かないうちに迂回していた一団がいたようだ!!」


「そんなはずは無いだろうが!!」


 エゼキエルは己が見過ごしてなどいないことを確信していた。

 正確には、本営にせまる一団は存在したのだったが、『炎獄』を確認するとすぐに偵察として有翼の使い魔を放っていたから、すでに補足し、本営に伝えてあったのだった。


「くっ、何がどうなっている!?ええい、フラーダリーとラスコーシヌイの女を逃がせ。奴らはなんとしても本営に送り届けろ!!」


 戦端が開かれる直前に、獣道から飛び出してきた少女たち。

 消耗激しく目を覚まさず、悪夢にうなされていた、華奢なフラーダリーの女騎士。彼女を収容しようとした部下の手を跳ね除けて、彼女を抱きかかえた意志の強そうなグラナトゥムの女魔術士。

 あの二人だけは、守らねば。


「護衛に騎馬小隊と、信用できる回復魔術士をつけろ!!」


「了解だ!!」


 エゼキエルは迫る敵を切り伏せながら連隊に指示を出し続ける。

 無視できないほどの損害の報告が入るが、戦闘の継続を命じる。この戦場での勝敗がエゼキエルの連隊の働きにかかっていることは明白だった。

 そのとき、視界のすみに、撤退する一団が目に入った。

 その行動は、最初からそう命を受けていたかのように素早く見事で、その動きは師団全軍に広がっていく。


「軍を引く気なのか?まさか、はじめからそのつもりで、俺をたきつけたのか?」


 幻獣の足止めに当たっていた部下たちからの、困惑と指示を求める通信で水晶が激しく震える。

 各大隊は幻獣に補足されてしまっているから逃げられない。撤退しようと手を緩めれば、自分たちだけではなく師団全てが壊滅する。


「それが、分かっていながら・・・」


 怒りに色を失くす視界の中で、一両の馬車が亜人の突撃を受けるのが見えた。

 車輪が砕けて、車体に埋め込まれていたスノードロップのレリーフがはじけ飛んだ。

 御者の騎士が叫びを上げ、馬車の前に立ちはだかって剣を振るうが、蛇人がむさぼるようにしがみつく。倒れた騎士の、その上から大鬼が棍棒を振るった。

 すぐに、横転した馬車に子鬼が群がる。

 彼女の美しい肌が食い破られて、血があふれて、聞こえるはずのない骨の砕ける音が聞こえる。


 始まりの男女の言い伝えにある、白く可憐な花、スノードロップ。

 戦しか知らない我が家には似合わないけれど、彼女が好きと言ったから、強引に家紋に織り交ぜた。

 蛮族と貶められた我らを誇らしいと言ってくれたから、中央の誰も信じていなかったけれど、彼女の眼差しが真剣だったから、信じてみたいと思った。

 二人で語って、笑って、泣いて、怒鳴りあって、もう彼女しか考えられなくなってプロポーズして、困惑した彼女に、この新しい家紋を捧げたんだ。

 呆れた彼女を抱きしめて、抱きしめられて、俺は初めて慈しみを知ったんだ。


 その、彼女が。


「・・・許さん」


 (え、なに言ってるの?)


 それまでエゼキエルの下でのんきに草をはんでいた呪馬が首を上げた。


 ああ。

 死んだ。


「許さんぞ」


 (戦争なんだから、君が望んだんだから、そりゃ、そういうこともあるでしょ)


 俺の、安らぎが。

 俺の、愛が。


「謀ってくれたな、豚どもが」


 (ケラケラケラ)


 剣をかざして、魔力を引き絞る。

 甲冑から伸びる機械仕掛けの翼を切り落とす。


「貴様らを助け戦った我らに、この仕打ち」


 (ふふふふふふ)


「聖典に刻まれた悪魔王すら、共に戦った戦友には礼儀を尽くしたというに」


 (ああ、楽しいな。狂おしいな。ヒトって、とっても面白いな)


「ああ、我らが恨み、いかなる浄化をも退け、貴様の喉笛に喰らいつくぞ、クリトン!!」


 命を触媒にして、禁呪の鍵を開ける。

 嗤う赤い呪馬は、曲がるはずのない角度に首を曲げて、主の頬をいやらしく舐める。

 その怒り、憎しみ、嘆きに舌鼓を打つ。


「未来永劫、イデアの世界に至っても、貴様を呪い、その魂、喰らいつくしてくれる!!」


 (そうそう、その意気♪)


 戦争の象徴。世に破滅をもたらす四騎士の赤馬が、快感に(いなな)く。

 憎しみと、怒り、その最も優れた餌が愛だということを、分りきったことながら誰もが目を逸らす事実を囁きながら踊り狂う。天使の裏面が悪魔であること、戦争の一番の動機が金などではなく、思いやりだという矛盾を喜ぶ。


「み、て、る?聖女ナスターシャ。貴女が愛して、呪ったヒトがまた一人、地獄に落ちるよ♪悪魔になるよ!!」


 かつてアーティファ信教の巫女として生誕し、やがて邪悪に堕ちた、レオーネのプロトタイプの名を呼び、はしゃぐ。


「ヴァルキュリア様、やっぱり、こうして地獄に落としたほうが面倒無くていいです!!」


 本当の主に向かって平身低頭、その名をさも大切そうに口の中で転がして、うかがうように空を見上げる。

 この世ならざる者である戦争の化身であり、戦女神ヴァルキュリアの眷属は、現世の主エゼキエルを堕とす喜びに打ち震える。


「?」


 けれど、エゼキエルは切り落とした羽に邪でなく、聖をこめる。それは舞いあがって弾け、幻想を生む。


「え、なにしてんの?」


 光りを満たして、死ではなく、その先にある永遠を願う。

 エゼキエルの信仰は神を助け、混沌と戦うこと。

 必要なのは、たとえ穢されようとも殺されようとも大切な何かに奉仕する献身。

 今、彼がなすべきことは少女たちを守ることなのだ。あの純真無垢な白きゴーレムを産んだ母を守ることなのだ。

 罰を与えることなんて、冥界の犬に任せておけばよい。


 -・・・その目は業火のように血走り、眉はまるで稲妻-


 囁かれる言霊に、赤馬は、ぱちりと目を開いてエゼキエルを見る。


 -おとがい開いた舌は猛火のようで、噴出す苛烈な炎で私に命じたものだ-


 心に生じた邪悪を祈りの炎で焼き尽くし、妻と同胞に誓った信仰という名のよすがを示す。

 彼らの王はケルサス王などではなく、私なのだから。

 共に戦女神を見上げるのは、私でなくてはならないのだから。

 だから。

 力を貸せ。

 戦の獣よ。

 貴様が私の半身であると言うのなら、神を求めて祈る激情もまた、貴様の心を震わして止まないだろう!!


 呪馬が目を回して地団太をふんだ。ぎゃーぎゃー騒いで飛び跳ねた。

 息を切らして、じっとエゼキエルを睨みつけた。


「・・・はあ、いいよ。わかったよ、もう」


 自分のせいではないと、戦女神ヴァルキュリアに向かい、これ見よがしにため息をつきながら立ち上がる。


 -ああ、それなのに。明けの明星よ、地獄にのたうつ蛇よ。何ゆえ、貴殿は堕ちて、神に歯向かうのだ-


「光り輝く、十二枚の羽。ちぎりて、もだえて、神を呪うのか」


 いやいやながら、エゼキエルの詠唱に唱和する。


 -その孤独、神を見上げる憧憬に、我は海溝よりも深い愛を認めん-


(なんじ)、それを理解できるか?」


 エゼキエルの周囲に羽が舞う。甲冑に添えられた機械仕掛けの羽は天上の光りを帯びて、本当になる。


  -討たれることこそ使命と(うそぶ)邪竜(ルシファ)の下に、今こそ馳せ参じ、求めに応じ、その命、もらい奉らん!!-


 エゼキエルの頭上に光輪が生じて、ヒトの許容量を超える魔力が流しこまれて、激痛に顔が歪む。


「聞きたもれ、天駆ける天使よ!!エデンの守護者よ!!器に宿りて、邪、滅ぼしたまえ!!我は黙示録に記されし四騎士が一人、『戦争』が従僕。世を滅ぼし者、穢せし者!!」


 赤馬が変質し、構成物質が魔力ではなく、神気に置き換わる。


「さあ、さあ、さあ、我は来たぞ!?喇叭(らっぱ)がとどろくまえに、予言に背いて、ヒトを滅ぼすために!!」


 黙示録を否定することで、天使を侮辱する。


 -そなたが、明星を理解しているというのならば、ルシファの痛みを感じたというのならば、我に宿りて、ヒトを育む彼の計画、成就せしめん!!-


 エゼキエルに稲妻が落ちて、炎が上がる。

 彼の部下たちは涙に濡れながら、それでも振り返らずに剣を振るう。

 光輪が輝いて、天国の門が開く。


「「智天使ケルビム、光臨!!」」


 エゼキエルの体がはじけ飛んで、幻想が受肉して、天使が吠える。

 携えるのは剣神が鍛えた、始まりの男女を守る炎剣、"回剣"。

 無限に回転して止まない剣。


「命よ唄え、力の限り!!光輝を見上げて、祈りを捧げよ!!悔い改めて、福音を信ぜよ!!」


 天使が戦場を睥睨する。

 この世の理を超えた生命が、この世の理に縛られた肉体を破壊するために剣を抜いた。


 亜人たちはプレッシャーに意識を飛ばされ、幻獣たちは狂ったように怯えて吐しゃ物を撒き散らす。

 しかし、ケルサスの兵たちは、敵の変化にただ驚くばかりだった。

 異教の徒らは天使を認識しなかった。かれらの信仰は唯物論に浸りすぎていて、神から遠く離れてしまっていたから。


 エゼキエルの一族は、その強い信仰心の末に天使を宿すに至った。しかし、その力はヒトの身に余るもので、召還するには命全てを燃やしつくすことを必要とした。信仰を取り戻すことを第一の使命と考える彼らにとって、この戦争で嫡男であるエゼキエルが命を賭すことは使命に反することであった。しかし彼は、そしてその部下たちは躊躇わなかった。戦場から来た二人の少女に神の意思を感じたからであった。彼女たちの存在が彼らを集めた存在よりも、なお貴いと信じたからであった。エメトの光りを見てしまったからであった。

 だから彼の兵は若き王の激情を知っても、彼の下に行こうとしなかった。裏切られたと気付いても、幻獣に向かい続けた。

 彼らは英雄を守るために戦い続ける。排斥されながらも、命を賭けて軍を救った少女の命を救うために。

 虜囚の民は、恨みよりも天命を、己の召命を果たすことを選択した。


 ****


 サラとブリギッタを乗せた馬車は、闇に包まれた戦場を駆ける。

 ブリギッタは窓から顔を出して涙を流した。


「ごめんなさい。私に力が無いから・・・。もっと出来たはずなのに!!」


 ブリギッタの視線の先で、連隊の天幕に火が上がった。

 そして、空を、戦場を、天使が閃光とともに駆け抜けた。


 ****


 ブリギッタの流した涙に、塵にひとしい世界の中で、墜とされた剣神が目を開く。

 信仰と信仰の狭間で、全てを切り裂いてしまう刃が意志を持つ。

 かつて、永劫たるその時間の中で初めて芽生えた欲望。欲しいと願った二つの輝き。

 その一つが、かき消されようと、その柔らかな肌に蛆虫がまとわりつこうとしているのを感じ取った。


 -あれは、俺のものだ-


 その神気に、絶対零度の洞穴で神竜が蠢いた。

 世界にエネルギーをもたらした灼熱のブレスが、全てを無に帰そうと首をもたげる。


 -貸しだぞ。カイ-


 温度にして3兆。銀河すら消滅させるエネルギーの奔流が、解き放たれようとする。


 -汚されることなどあってたまるか。計画などしったことか。全て壊して、切裂いて、その魂を捉え奪い去ってくれる-


 剣神の求めに、神竜があぎとを開いた。


 -世界炎上-


 永劫回帰を導く終わりの炎が遥かなる異世界から現世に向かい放たれる。

 その瞬間、さらなる異世界から神槍が落ちてきた。


「何だと?!」


 神竜のあぎとに神槍が突き刺さる。

 行き場をなくしたブレスが暴発し、カグツチの世界に奔流となって駆け巡る。

 氷に閉ざされた世界にエネルギーが流れ込む。

 死滅した世界に命が宿る。

 活火山から溶岩が溢れ、氷漬けにされていた古竜たちが咆哮する。

 水蒸気が立ち込めて、激しい雨が海を作る。水竜が津波の中で遊弋し、水面に駆け上がり、稲妻を受ける。

 彗星となっていた翼竜が氷膜を突き破り大地に帰還する。墜落したことでクレーターが生じて、土煙の中から眠気まなこの土竜が巨大地震とともに這い出す。


 火を、エネルギーを生む神竜。異世界より飛来した化外。カグツチの住まう世界が眠りから覚めた。


「ヴァルキュリア、何のつもりだ?」


 身の丈数百キロを超えるといわれ、気性はその身に宿す炎のよう。


「貴様らのくだらぬ計画とやらに、俺を巻き込むつもりか?ヒトなぞという、うつろう者らを救えというのか?」


「関わりたくないと言うくせに、カイに手を貸すと?」


 神槍を通して、ヴァルキュリアの声が響く。


「知るか。俺は俺の気の向くままに動くだけよ」


「あすこには、魂引きと知聖がおります。カイはそれらを手にいれようとしたのです」


 炎に包まれた世界に、一本の花が芽吹く。

 するりと伸びて、こぼれるような花が咲いた。

 時空が歪み、いつの間にか桔梗(ききょう)が腰掛けていた。


「ほう。・・・っくくく、傑作だな。貴様ら、あれらをヒトに産ませたか。虚弱で、哀れで、這い蹲るのが好みのヒトに」


 カグツチの嘲ると、同様に古竜たちもまた嗤った。

 神竜に連なる古竜たち。現存する竜族は、彼らの進化系統にあるものではなく、別系統の蜥蜴の亜種である。

 永遠の生命を持ち、あらゆる点で現世の生命に勝るヒトの上位種。彼らにしてみれば、ヒトなぞ塵に過ぎない。


「あら、可愛いわよ」


 桔梗の言葉に、カグツチが笑みを消す。


「ぬかせ!!ヒトの器がカイに耐えられるものか!!弄ばれて、壊れてしまうがおちであろうが!!」


「そんなことはありませんよ」


 えくぼを作って、首を傾げる。

 カグツチの怒声とともに発生したブレスを軽く手を振ってかき消した。


「カイが娶るということは、わたくしの義妹となるということ」


 水色の帯をちょっと直して、花から炎の上に降りた。


「カイが選んだと同時に、わたくしもまた、その二人を選んだのです」


 黒色の髪が巻き上がり、瞳に梵字が浮かぶ。


「成長するのです。そうあるように、定めたのです。

 あの二人は弟を愛している。その愛が、カイを完璧にするのです」


 微笑んで、大事な何かを包みこむように胸の前で手を組む。


「そして、わたくしたちのイデアもまた完成するのです」


 神槍が震えて、神竜が喉を鳴らした。


 桔梗は微笑んで、カグツチに背を向けて歩き出した。

 しかし、ふと振り返る。


「カグツチ殿、せっかくですから、今度、屋敷にいらして。たんとご馳走しますよ。何がよろしいかしら」


 カグツチの蛇目がすぼまって、怒りがにじむ。


「ごめんなさい。妙なことを申しました。では、いつも通りで?」


「無論、卵だ。上等なものを用意しろ!!」


「はいはい。お待ちしていますよ」


「わ、私は?」


 神槍が意気込んで、桔梗の前に飛び跳ねた。


「貴女はだめです。この前、酔って酒蔵をめちゃくちゃにしたでしょう?マーテルさんがお怒りでしたよ。当然、わたくしも許してはいません」


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