蛮族の王 1 知天使
続きは、明後日
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ブリギッタたちが亜人たちの猛攻を受けていたとき、本営は壊乱状態に陥っていた。
いつも落ち着き払っていた高級将校たちは部下に当り散らし、参謀たちは走り回る。通信兵が戦況を確認するために通信魔術を交し合い、もたらされる絶望的な報告に、ある者は信ずることが出来ずに押し黙り、ある者は通信相手を怒鳴りつけた。
そんなふうに誰もが動揺して、解決策を模索していたのだったが、最善を講じようとしていた訳ではなかった。というのも、多くの将官たちは『炎獄』の破壊力、亜人たちの殲滅力におののいて、前線に兵を送ることを渋り、責任を避けるために責任を取ってくれる誰かを求めていたからであった。
こんなはずではないと、何かの間違いだと途方にくれて、動かない他部隊に毒づいているだけであった。負けたくないくせに、誰も自分からは動こうとはしていなかった。
その中にあっても、状況を打破しようともがいている者たちがいた。
「ダミアン中将!このままでは前線が崩壊します!」
通信を受け取った伝令が悲鳴を上げる。
「背後の師団は?」
机に指を打ち付けながらダミアンが応える。
前面に押し出した三個連隊の背後には、本攻とも呼べる重装備の師団が控えていた。結界汚染によって布陣がばれる恐れがあったから、敵の索敵にかからないように距離を置き、敵が動くと同時に前進するはずであったが、師団は『炎獄』を確認すると、動くどころか防禦を固めるために背後に退いてていた。
「全て動けません!巨大火炎弾の対処で、結界を急ぎ始動したために魔術士が疲弊しているとのことです!!」
副官の中佐が口元をゆがめ、師団を構成する一連隊に通信を繋ぐために、水晶へ大股に向かう。
師団長が動かないならば、下から突き上げてもらおう。師団長は反国王派によってねじ込まれた傀儡で、事なかれ主義者の小心者。戦争なぞ知らないのだ。我らの命なぞ聞かなくとも、部下からの強い提言であれば聞かざるを得まい。混乱した臆病者に戦士の言葉を跳ね返すだけの気勢はない。
「大佐、早く行動を開始しろ。魔術士も騎士も多めに配属していたはずだぞ。足りんということは無いだろう?」
「貴様!大佐に向かってなんという口の利き方だ!!」
水晶の向うから怒声が響く。
「ああ、愚鈍なだけではなく、馬鹿なのだな。いいか?自由行動を許可された遊軍である貴様らが動かねば、前線が崩壊し敵がなだれこんでくる。まさか敵の亜人たちがあれで精一杯だとでも思っているのか?魔獣は?幻想種は?キメラの技術の本領はそこにあったはずだろう?」
中佐は口元を嗜虐心にゆがめながら通信相手を追い込み、通信相手が押し黙る。
その連隊はハイデンベルグ領と同じく辺境から来た兵であり、長く魔獣や異民族と戦ってきた戦上手であった。状況はわかっているはずだから、動かないのは中央から派遣された師団長に歯向かうことを恐れているからに違いない。
けれど本当に恐れるべきは誰か、そして戦を常にする者らにとって友軍を見棄てることが何を意味するか、その連隊は知っているはずであった。
「だから、動けない」
しかし、水晶から落ち着いた声が天幕に響いた。
中佐の眦が上がる。
「敵がどれだけの戦力を保有しているか判明するまで、むやみに軍を動かすべきじゃないだろう?今展開している亜人どもは引き付けて大砲で仕留め、魔術の節約を計る。師団長閣下の策は利に叶っている」
つまり前線を見棄てるということだな?
中佐が口元を大きく開き、殺意を漲らせた瞬間、ダミアンが立ち上がった。
「大佐、ダミアンだ。考えは変わらぬか?」
「はっ。そして、前線を下げるよう具申します。ハイデンベルグ城を拠点にして広く軍を展開すべきです。物量はこちらが勝っているのですから、敵はすぐに干上がるでしょう」
撤退しながら田畑を燃やし、兵糧攻めにしながら敵が愛想を尽かすまで小突き続ける。隙があれば会戦を挑んで大きな打撃を与え、それを何度も繰り返す。兵の命をただ数として捉える古い戦争に逆戻りするその方法で犠牲になる兵とハイデンベルグ領の損害はこれまでの比ではないが、確実な戦果を挙げることが出来るように思える。しかしそれには、現状を超える軍行動が必要であり、おのずと交戦期間も長くなる。さらなる徴兵と徴集は、今も無理をさせている各領に負担を強いることになり、やがては各国境の守りが手薄になるだろう。それでは帝国や他国の進軍が防げない。しかも、ヤーヘンがそれに付き合う保障もないし、敵の体力がこちらの予想を上回っていた場合は主導権が完全に敵のものになる。
とても採用することが出来ない作戦で、それは大佐もわかっているはずであった。結局、大佐は自らの家の兵を死なせたくないだけであり、国のことよりも保身を求めていたのだった。
(なぜ、クリトン将軍はこの男を此処に配置した?)
ダミアンは大佐をくびり殺したい気持ちをなんとか抑えて、水晶に向かい微笑んだ。心の中の反国王派リストがまた厚くなった。
「ならば大佐、攻撃は最後までひきつけてから頼む。前線の兵を少しでも救ってやりたい」
「もちろんです」
さらに背後の、王軍で構成された予備隊を動かすように命じようとしたとき、一際大きい水晶が輝きを放った。
「大佐、なぜ軍を動かさない?貴様には兵どもの叫びが聞こえんのか!!」
クリトン将軍の怒声が天幕を振るわせた。
それはダミアンが戦史に愚将として記されることを防ぐものとなった。なぜならば、『炎獄』のような高度な迷彩技術と破壊力を持った敵に対して防禦を薄くするその手段は、敗北を決定付けるものとなりうるからであった。
「し、しかし、敵の戦力が判明しておりません。とりあえず敵軍の進軍を遅らせるために遅滞行動をとり・・・」
「遅滞行動だと?!先ほどの言といい、貴様、戦場を放棄する気か?!国土を敵の蹂躙するがままに任せ、これまで生き延びたハイデンベルグの民を地獄に落すというのか?しかも、前線の兵共を見棄てるとは。その装備、兵、誰の物と心得る?全て陛下からお預かりしたものだ!!陛下の代わりに民を助けるからこそ、貴様は生きる価値があるのだ!!」
大佐が愕然と立ち尽くす。
自分が何を言ったのか。命令が無いままに敗北を前提にした言動を将官に聞かせてしまった。
顔を青くして、言葉を紡げず直立する。
「よいか、大佐」
反論の言葉を吐くよりも先に、優しい声が慰める。
「・・・一度兵を見棄てた指揮官に兵は付いてこんぞ。例えそれが他家の兵でもだ。よいか、ここがお前の正念場だ。兵の損害を恐れるなら、お前が救えばよいのだ。貴官の補助魔術はケルサス随一だとわしは信じておる。心配するな、兵は分っておる。素直にたぎらせ、活躍の場を与えてやれ」
「は、はっ!!」
「しんがりは、ラスコーシヌイ家の軍だ。フラーダリーの娘もいる」
フラーダリー、その言葉に大佐やダミアン、それを聞いていた兵たちが息を呑んだ。
「師団長は反国王派で、三国体制を良しとしない、現実を知らんケルサス一国主義者だ。フラーダリーを手に入れれば儲けもの、いや、出来れば抹殺したかろう。・・・わしはもうフラーダリーを恐れん。これはお願いだよ、大佐。内乱で犯したケルサスの罪、どうか英雄を、フラーダリーを迎えにいってくれ」
フラーダリーが先の内乱で為したことを知る兵たち、とりわけ中央に遠い者らがこの戦に兵を出し渋る理由は、中央がフラーダリーを生贄にしたこと、ここにあった。
忠誠を示したとしても、目立ちすぎて有力貴族の気に障れば、めちゃくちゃな理由で反逆者にしたてあげられる。新王の治世から十年以上経った今でも彼らは決して忘れることなど出来なかった。だからこそ、王に戦争の権利を委譲されたクリトンの言葉は彼らにとって革新の響きを持って聞こえたのだった。
ダミアンが、副官の中佐が、その幕内の者らがクリトンに敬礼する。目で語り、決意を新たにする。ダミアンの率いる国王直属対魔術戦隊センチュリオン。実力主義で構成された彼らは、中央だけではなく、地方の貴族らも多く含まれていたのだった。
「・・・」
大佐もまた敬礼で応えた。しかし、その瞳には底冷えするほどの敵意があった。
一度芽生えた疑念がそう簡単に消えるものではないのだ。まして辺境において過酷な戦いを強いられてきた男たちにとっては。
通信が切れると、大佐は敬礼していた手を下ろし、クリトンとの直通回線を結ぶ水晶に背を向けて鼻をな鳴らした。
「随分と分ったような口を聞いてくれる」
クリトンと向かいあっていたときの自信なさげだった目がつりあがる。
口元に凶悪な笑みを浮かべて、荒々しく軍服のボタンを引きちぎった。
「で、師団長様の阿呆は何だって?」
「いかなる行動に出ようとも、貴官の行動を尊重する、だと」
中年の通信将校が水晶を小突いて唾を吐いた。
「はっ!これが中央のやり方だ。責任は取りたくねえってか?!」
「ふん、何を今さら。おい、進軍だ。さっさと知らせを出せ」
大佐が酒瓶の封を切りながら、通信将校に向かい顎をしゃくる。
それを聞いた副官の老魔術士が微笑んだ。
「良いのですか、若殿?いえ、大佐」
「あ?しょうがねえだろ。俺としたことが言質を取られちまった。このままじゃあ、全軍に敗残主義者として名が通る。この俺がだぞ?クソが!!」
「クリトンめも政治が上手くなったようですな。ああ、汚らわしや。あんな芝居ごとまで。フラーダリーを認めたのも、この戦で利用する価値があるからでしょうな」
「それよ!フラーダリーがあそこにいるだと?ならば、やはりエメトか」
「しかり」
老魔術士の言葉に、幕内の兵達は感嘆のうめきをもらす。
「あの光りが、神の抱擁、エメト・・・。グラナトゥムの、豊土の、守護精霊ゴーレムの真理。己の全てを傀儡に変えて、守るべきものを守る、献身の極地。・・・天晴れだ!!ああ、こうしてはおれん!!」
大佐は興奮そのままに軍服を脱ぎ捨て、転げるように、幕内の上座に飾ってあった祖先から受け継いだ甲冑に手を伸ばした。
「っつ!!」
慌てたせいで、甲冑に掛かっていた結界に弾かれて指に火傷を負った。
それを見て、机に寄りかかっていた書記官と思わしき女がやってきて、微笑みながらその手を取った。
大事そうに、焦げて煙を上げる手を撫で、頬に添える。
回復魔術の青い光りが傷を癒して、蕩けるその目が大佐を優しくにらむ。
「若殿、土壇場でございます」
恍惚と手に口付けをして、大佐を見あげて跪く。
大佐は書記官の、妻の腰を引いて立たせて、力強く口を吸った。舌を絡ませて、荒れた手が女の豊な乳房を荒々しく掴み、愛される女が吐息をこぼした。
口を離した大佐は静謐さすら秘めた顔つきで、彼女の肩を抱いてささやいた。
「戦の準備を」
妻が、古の作法で甲冑を夫に着せていく。兵たちは天使を仰ぎみるかのように、手を胸の前に組んでそれを見守る。
かぶとに口付けをして被せて、大佐が兵に向き直る。
まとっているのは、ケルサス本国から着用を禁じられた代々伝わる戦女神の甲冑。右側面には獅子の顔があしらわれ、左には牛の顔、後ろには鷲の顔が彫琢されている、かつて蛮族とされた彼らの戦装束。模すのは神の乗り物、知天使。
「フラーダリーこそ英雄。命を捧げて民や兵を救い天上に至った。その身、ケルサスに穢されたが、彼の者らは崇め奉られなければならん。その生き残りであるサラ・マンスフィールド、真名サラ・ゲネシス・フラーダリー、咲き誇る百合の騎士。我らが救わねば、誰が救うのか」
従卒がぶどう酒を兵たちに注いで歩く。
それまで無表情に軍規にかしこまった顔つきが、象徴画にある雄々しい戦天使のものに一変する。
「伝令だ、部下たちに急ぎ伝えろ。ケルサスから押し付けられた日和った軍規、今を持って破棄する」
軍規なんて、彼らには馬鹿馬鹿しい世迷言にすぎなかった。
守っていたら戦争なんてできはしない。昨日、軍規に従って助けた相手が、今日は友に剣を突き立てるのを彼らは見てきた。
「我らは我らの戦争をする。その果てに、栄耀栄華が輝くのだ!!」
杯を掲げて、夷敵から国を守り続けた誇りをまとい、高らかに魔力の波動を響かせる。
「「アレルヤ(神を褒め称えよ)!!」」
掛け声とともに、杯を地面にたたきつけた。
「行くぞ、我らが兄弟よ!!中央の豚どもに剣戟のかなきり声を聞かせてやろう!!」
辺境の民の戦とは、誇りに満ちた輝かしい貴族たちのそれとは明確に異なっている。
彼らは、限りない敵を屠って戦果を挙げて、はるか彼方の国主に叫ぶ。
我らはここに居ると。無視することはゆるさないと。
貴方が夜おびえずに眠りに付くことが出来るのは、遥か離れた場所で命の限り戦う我らがいるからなのだと主張することこそ彼らの戦争。
国を信じるのではない。
国境という命脈を盾に、王の首根っこを捕まえて、自らの価値を国中に見せ付けるのだ。
「叩き潰して、切裂いて、叫び続けろ!!戦の礼儀などをほざく中央の家畜どもに、戦争の現実を見せてやれ!!」
連隊が、見下され続けた辺境の民らが、暴力装置を作動させる。
かつてケルサスとの戦争に負けたがゆえに奴隷となった。度重なる戦争で前線に立ち続け、ようやく市民権を得て人となった。
「我が名は、エゼキエル!!」
ケルサスに禁じられた真名を高らかに叫ぶ意味を彼の同胞は理解する。
-思い出せ。我らが何であるのかを-
彼はもはや大佐ではない。ケルサス王国貴族でもない。彼らの帝王であるのだ。
敵は狂ったけだもの。
蛮族にはふさわしい、相手じゃあないか。
「バルバロイ(蛮族)の王なり!!」
マーテル信教に改宗させられたが、今でも我らが神をこそ信じている。
「ヴァルキュリアよ、戦乙女よ、御照覧あれ!!この魂、ヴァルハラの奈落こそふさわしい!!」
エゼキエルの魔力が兵たちを包みこむ。
軍帽が変化し、絢爛金色の神の御使いたる高潔な獅子を模す。
クリトンに頭を下げたときに見せたおもねりは、あくまで生き抜くための手段。思い返せば、自らを鞭打ちたくなるほどに、あさましい。
けれど、獣は飼いならされたとしてもいつか牙を向くものだろう?
今はこらえてやる。
だから、忘れるな。
貴様らが何を侮辱し続けているのかを。
「天上の輝きの中で飛翔する我らが女神!!
無垢なる翼、翡翠の王冠、竜に貫かれし破瓜の痛み。
混沌、来たれり!!
天使よ、悪魔よ、我らこそが同胞!!
封印は破かれた。第七のラッパは響き渡る!!
いざ、殺戮を!!
全ては戦乙女の聖槍に捧ぐ!!
我ら御使い、神の御心のままに、いざ、出陣!!」
世界が割れて、この世ではない何処から、血の匂いとともに赤い神馬が吐息を吐いた。
それは、戦争の嘆きを食い物にして、形を為す。
泣き声とも、怒りともつかない奇声を発して、エゼキエルの頭上で、確かに嗤う。
その赤馬は、黙示録に読まれた四騎士の象徴、戦争を意味する第二の騎士がまたがる呪馬。
戦争の後悔と虚無を乗り超えるため、天使たちは彼らの教義で心を武装した。
知天使は戦争の徴にまたがって、絶対神の法を無視して、信ずる戦女神の御旗を掲げた。
かつてケルサス国内で暴虐を繰り広げた異民族の脅威が解き放たれる。
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文化を持たない蛮族。ヒトの心を理解せず、殺すことしか能がない獣。彼らはそう呼ばれてきた。しかし、それらはあくまでケルサス側からの言い分であって、勝者の策略であり、勝手な解釈であった。相反する教理を、ほんの少しでも認めてしまえば、自らの権力の正統性を維持できないからであった。
エゼキエルらが宿命としたのは、黙示録に刻まれた世界を飲みつくす混沌との聖戦に備えること。現世に生を受けたものとして、神々の敵たる混沌との戦いのために技を磨き続けることが、神の御心に沿うものだと理解した。
彼らは、立ちふさがる文明人とやらに問いかけ続けた。
-神は平穏を、平和を義務としただって?神がそれを保障してくれるだって?おいおい、正気かよ。命を与えられただけで満足せず、おもりまでさせるのか?恩を返すべきではないのか?神々と共に戦うために腕を磨いて、役にたたなくとも、せめて盾になるくらいは出来るだろう?-
彼らは合理を排して神の御心のみに生きて戦った。ケルサスは神が定めた法をこそ真理と定め、ヒトの論理で演繹して文化を築いて、戦士たちを蛮族として見下した。選んだ教理の違いがあるだけで、そこに優越などあるはずがなかったが、自己保存を最上の目的と解した人々はケルサスを擁護し、背徳の仮面を被せて戦士たちを滅ぼそうとした。
しかし、戦士らは、ヒトの論理で神の法を上書きするという、背教の極みを犯したマーテル信教が正しいはずがないのだと確信していたから、敗れても這いつくばって生き延びて、生誕の地から虜囚として辺境に閉じ込められても、いつか信仰を取り戻す機会を信じて自分たちを押し殺し続けた。
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下劣と称されたものたちは、きらびやかなケルサスの文化を投げ捨て、本能に支配された獣たちの血肉をむさぼるべく戦場に踊り入った。まるでマーテルの慈悲を虚仮にするかのように、身を呈して我が子を守ろうとする母の、逆に、前に立つように。
カルブルヌスにも勝るその打撃力は、誰よりも強靭な意志、信仰の刃。
神の御旗に、自我を失ったはずの亜人たちの足が止まる。
怯えを浮かべて、立ち尽くした。
エゼキエルが部隊を動かすと同時に師団全体が動き出した。
師団長は留め置きたかったが、その兵たちは違う。魔力を持たない一般兵たちは、身を守る手段が限られているから臆病であった。しかし、だからこそ嗅覚が優れている。彼らこそが、この戦争の意義を最も理解していたのだ。ここで敗れるならば、国がもたない。故郷に残してきた愛するもの達はヤーヘンに犯され殺される。そう正しく認識したからこそ、強い逼迫感を持って上官を責め立てた。そして、その上官たちもまた、前線から生き延びてきた友軍の、敵を討ち取ってくれと懇願する声が、充血したした目が、貴族としてのアイデンティティを刺激して、闘争心に火をつけた。
蛮族たちのかき鳴らす狂気が彼らの理性を引きちぎるトリガーとなり、師団は存在意義を取り戻した。
先陣を駆けるエゼキエル、神の御使いたちは、逃げてきた友軍を追い越して、牙を突きたてる。
-さあ、戦果を。汝ら、神への供物となれ。そして、我らが信仰を取り戻す礎となれ-
続く師団の兵たちが鬨の声を響かせて、亜人たちのまばらな戦列を突き崩す。
死におびえた兵たちの脳裏から、恐怖を排除する激情がそこにはあった。退却してきた兵を助けるため、国に残してきた家族を守るために、意志を持たない脳を破壊された亜人ごときに負けるはずがないのだと、訓練と奉仕を超えた士気が漲った。
エゼキエルは、それを受け止めるように手を広げる。
背後の兵たちが太鼓やシンバルを鳴らして、荒々しいハーモニーを響かせる。
甲冑に施された魔術機械が作動し、四枚の翼が広がって、魔力増幅の結界が光りを放った。
魔力が飽和して天上の光りが満ちた。
-力天使の唄-
英雄に力と勇気を授けるという力天使。その歌声の届く範囲内、全ての兵の身体能力を強化し、治癒力を高めて痛みを緩和する。体への負担は大きいゆえに最後の詰めに用いられるべき術を、このときこそ契機と発動する。
そして、それは慧眼だった。
戦場を見渡す長城の塔から、強大な何かが飛び立った。
二国を分かつ黒色の荘厳な門から、のたうつ大蛇が這い出した。
光り一つない闇夜の彼方から、うねる竜巻が、稲妻となって戦場の空に突き刺さった。
凄まじい速さで戦場にたどり着いたそれらは破滅をもたらすためにやってきた。
「少佐、竜が!!」
下士官が叫ぶよりも先に、その大隊は亜人もろとも半壊した。
氷のブレスが戦場に放射状に爪あとを残し、続く咆哮とともに、氷漬けにされた兵と亜人は砕け散った。
逃れえたのはエゼキエルの術の範囲にいた者のみ。強化された聴覚で持って竜の羽ばたきを聞き取っていた。
その西方では巨大なグリフォンが竜巻を巻き起こしていた。上空に放り出された兵たちを救おうと、魔術士の一隊がグリフォンに魔弾を飛ばす。しかし、グリフォンの羽ばたきによってかき消され、兵達は無残にも大地に打ち付けられた。
東方では、獅子の頭を持った大蛇がいやらしい笑いをこだまして、兵たちは意識を飛ばされ、亜人たちに蹂躙された。
「幻想種か・・・。しかも、上位種。混戦となったからか、いや」
エゼキエルが他の連隊からの被害を受け取りながらつぶやいた。
「俺たちが出てきたからか、光栄だ。しかし種族さえ分ってしまえば、それほどの脅威とはならん。魔物と戦いなれた辺境の民を舐めるなよ」
伝令を飛ばして標的を告げる。
「各族長らよ、なんとも見事な幻獣らではないか!たぎるだろう?さあ標的を仕留めて見せろ。一番だったものには、褒章をはずむぞ」
「「おう!!」」
ばらばらに闘っていた各大隊の面々が、それぞれの目標に向かい行動を開始した。
魔術でアルコールを精製し、竜に向かい霧として吹きかける。
巨大なグリフォンには黄金の幻想を見せて惑わせ、獅子頭の大蛇には雌の叫びで性欲を刺激した。
それでも戦力としては互角がいいところだろう。
準備がたりないのだ。魔術の触媒が足りないのだ。聖武器も、そして、人員そのものも足りなかった。その一匹一匹が入念な計画のもとに対峙しなければいけないほどに強力なものだった。
「しかし、こうしているうちに背後では増援が攻撃の準備を整えいるはずだ」
エゼキエルは散らばった連隊に術を施すために、魔具をかき集めて精神をすり減らす。
まさに、一進一退。
開戦とともに戦場は佳境に入っていた。




