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偽国戦記  作者: ブレヒトさん
魔晶戦争
83/131

篝火の下で

ヤーヘンのくり出した亜人の軍団を前に、全滅の危機にみまわれた大隊。

それを救うべく、仮の指揮官であるブリギッタの義兄ヴィターリア中尉は、自らが自爆することで足止めすることを決意する。

亜人が迫る中で、ブリギッタが彼のために創りあげた魔術を紡ぎ、彼の思いは形となる。

 駆け抜ける戦場で黄金の獣が吠えた。

 ブリギッタがヴィタリーのために創り上げた魔術はついぞ完成しなかったが、ヴィタリーの秘めた魔力を引き出して形となった。獣の遠吠えはヤーヘンの騎士、魔術士の精神に異常をもたらし、戦意をくじき、恐怖心から幻想の獣に強力な魔術を放たせた。ヤーヘン兵たちは狂乱し、同士討ちの果てに命を落としていく。その中心で獣が叫ぶ。高らかに、己の存在した証を示すがごとくに。

 それはラスコーシヌイの魔術ではなかったが、黄金の獣は子爵家の誇りを表して美しく猛る。夕焼けを背に金色のたてがみが輝いた。


「中尉が、ヴィタリー様が!!」


 オーギュントに併走して治癒魔術をかけていた魔術士が叫んだ。


「お許しください、どうか、お許しください・・・」


「泣くな!!そんな暇があったら、オーギュント卿の腕を動かせるようにするんだ!!」


 四十過ぎの下士官が嗚咽交じりに叱咤するが、魔術士は声を一層大きくして泣き叫んだ。

 オーギュントは魔術士の肩を抱き、微笑んで言い聞かせた。


「あの金色の獣を見ろよ。綺麗で、たくましい。ヴィタリー中尉の声が聞こえるようじゃないか。我らは彼の意志に応えねばならない」


 涙を拭いた魔術士が、オーギュントを見る。


「サラさんのエメトはやつらにとって大きな誤算だった。本来の目的を遂げるために、少しでもこちらの魔術士を減らす必要があるはずだ。きっと、さらなる追撃をかけてくるだろう。でも心配は要らない。僕のいた右翼は空振りだったから、きっとこちらに部隊をまわす。右翼の将は僕の兄上だ。期待してくれていい。中尉の献身は無駄にならない」


 頷いた魔術士が治癒に取り掛かり、麻痺していた左腕に血が通い始めて感覚が戻る。オーギュントは魔術士に他の負傷者の治療に当たるよう命じ、彼が下がるのを見届けて、軍馬に覆いかぶさった。


 (ごめん。ブリギッタ、ごめん。筆頭騎士なんて祭り上げられているくせに、彼を、君のお義兄さんを救えなかった。・・・それに、増援はきっと来ない。偽りの希望で君の兵を動かす傲慢をどうか許してくれ)


 右軍はパンデミックを牽制する必要があるから、左軍の救援に裂ける部隊は限られていた。さらに、敵軍が亜人の軍を運用していると知った以上、釘付けになるのは必死だった。

 左軍だけで対処しようにも、手持ちの大砲等の装備は退却の邪魔になるために捨ててしまったから、亜人の強力な生命力には対抗できず、頼みの背後の師団は動く気配がない。ヴィタリーの魔術が消えた後に来るであろうさらなる騎士の追撃の対処に手間取れば、その亜人に追いつかれ、蹂躙(じゅうりん)される。


 (この戦力では、騎士の追撃なんて防ぐことは出来ない。結局、僕たちは死ぬしかない)


 ヴィタリーの命は無駄だった・・・。


「あああああああああああっ!!」


 絶叫して、心を殺意で埋め尽くした。


 (知らない。認めない。そんな理不尽、あってたまるか)


 オーギュントは、カルブルヌスの魔力を解き放つ。

 敵に己の位置を知らせる欠点を無視して、全ての力を殺害につぎ込む意志を全軍に示した。

 戦場において最強の血族の最強が、血反吐を吐きつつ、剣鬼となる。

 

「みんな、殺してやる」


 ****


 戦場に日が落ちて、秋にしては冷たい風が吹き乱れていた。

 突風には血の匂いが混じって、そこかしこでともる魔力の篝火(かがりび)は揺らめく。

 魔銃のマズルフラッシュとともに短い悲鳴が聞こえて、誰かが崩れ落ちた。

 逼迫した祝詞がこだまして、治癒の神に捧げる祈りは血に染まる。

 命が燃え尽きて、それでもなお敵を討とうとする魔力が呪いとなり、戦場を穢れが包み込む。

 浄化の光りは自らの居場所を知らせる蛍火となって刃を引き込んで、両軍にとって貴重なはずの聖は闇に飲まれた。

 精神汚染の危機よりも、今目の前にある刃を避けねばと、いや、違うのだった。殺意によって、殺す機会を逃してしまうことこそを恐れて、誰もが死の舞踏を躍り狂っているのだった。

 

 幾層にも響いた(とき)の声は、もはや吐息のようにか細くなり、立っている者たちは刃の軌跡を刻むだけの機械人形と化していた。

 

 その中で、剣鬼が舞って、鮮血が広がる。

 正確に、精密に、敵の弱点を貫いて切断する。

 暗闇に双眸が煌いて、駆けた先には人だったものが転がる。

 どれだけの敵を屠ったのか、刃を受けたのか。ふと、体を見渡したのが仇となった。


 ヤーヘンの魔術士が決死の覚悟の下、至近距離で放った風の刃がオーギュントのサーベルを折る。

 瞬間、投槍が投擲されて太ももを貫いた。

 倒れこむオーギュントを助けようと、最後の生き残りだった騎士が駆け寄るが、両腕を切断され、首を跳ね飛ばされた。

 魔力で編まれた投網が投げられる。オーギュントにまとわりついて、結界が起動した。


 睨み付けるオーギュントの前に、一人の騎士が進み出た。

 

「見事だ。私の騎士隊はもはや進軍できない。君の大隊は、無事、撤退を完了させるだろう。しかし、君と私の戦いに限ってみれば私の勝ちだ。部下を殺されたのは口惜しいが、同道願おう」


「好きな子がいてね、彼女が撤退できたのならそれでいい」


 オーギュントは(うそぶ)いた。

 たとえ捉えられようと軍が無事ならばケルサスは負けはしない。

 僕一人なら、ヤーヘンの陣を抜け出して見せる自信がある。

 そしてなにより、騎士を失えば亜人たちではサラたちに追いつけないだろうから。

 

 しかし、騎士は哀れみのこもったまなざしを向け、逡巡したあと口を開いた。


「先ほどの防護術、それが二人の女魔術士の仕業だとわかった後、我らは黒騎士を差し向けた」


 オーギュントは目を見開いた。

 闇夜黒騎士に追われること、それは誰もが避けたいことであり、生きて逃れる見込みは無い。

 

 では、僕のしたことは?

 暗闇の中で彼女は殺されたのか、眠ったまま?

 囚われることを良しとしないブリギッタは、どうなった?

 僕は、彼女たちと共に脱出するのが正解だったのか?

 

「残念だ」


 オーギュントは叫び、網の中で懸命に手を伸ばした。多くの騎士を相手にしても冷静であり続けたその心ははちきれた。動かない手足を動かそうともがき、サラとブリギッタを乗せた馬車が走り去った暗闇へ進もうとした。

 騎士はオーギュントを押さえつけ、無理やり目を合せて怒鳴りつけた。


「追ったのは私の部下、商会の手のものではない!!彼女たちの尊厳を守るように厳命してある。彼女たちが汚されることはないんだ。亡骸も必ず返すと約束する!!」


 しかし、オーギュントは這い蹲り、絶叫し、少しでも前に進もうとした。傷口が広がり、出血は既に致死量に達していた。首を振った騎士がオーギュントを気絶させようと手を挙げたとき、彼はまばゆい光りに包まれた。


 ヤーヘンの騎士たちを囲うようにして、仮面を被った一隊がたたずんでいた。


****


 (いつの間に!!)


 何の気配も感じさせずに、吐息すら漏らさずに彼らは立っていた。

 

 (どうして、誰も気付かなかった!?)


 マントやローブは同じでも、軍服はまばらで統一感が無い。

 仮面の下から覗く瞳に宿る感情は読めない。色は無く、ただ殺気だけを示している。

 見渡せば、部下たちは指一本動かすことが出来ずに喘いでいた。

 麻痺(パラライズ)の術法。不意をつかれたとはいえ、なんの異変すら感じることなくに術下に置かれた。このままでは、部下たちは呼吸をも止められ、いずれ窒息死するだろう。


 -殺される-


 そう意識したとき、一人の騎士が仮面を取った。


「若様が世話になっているようだな」


 柔和な笑顔を見せる。まるで、旧知の友人に会ったかのように喜びすら湛えている。


「解放してもらえんかね。大事なおかたでな」


 その笑みに油断して、剣に手を伸ばした時だった。

 急に殺気が質量を増し、胃がせりあがる。吐き気がこみ上げてくるのをこらえ、老人の目を見て理解した。その砕けた調子は、自分たちがなんら脅威を与える存在ではないのだということを。

 老人が軽く咳払いし、私は体が過度に反応するのを抑えられなかった。


「先ほどから聞いていたが、君は礼儀をわきまえた男のようだ。そんな君を殺すのは気が引ける。若様をはなしたまえ、命は助けてやろう」


 オーギュント卿を離し、恐る恐る後ろに下がる。部隊の男が彼をを抱き起こし、治癒魔術をかける。


「君が放った黒騎士だが、死んだ。追っていた二人は、既に背後の師団の幕内に入っている」


 驚きも無くその事実を受け止めた。

 彼らが出てきたのならばそうなのだろう。

 一角獣を模した仮面。

 言い伝え通りならば、彼らこそ最強を支える最強。カルブルヌスの誇りを導くものたち。

 カルブルヌス騎士団国教導騎士団ホラティウス。


「我々は膨大な装備を失い、君たちは亜人たちと黒騎士を失った。我らのほうが損失が大きいことは理解できるだろう?ここらで手打ちにしようじゃないか。今宵の戦はこれまでだ」


 老人はそう告げると背をむけ、隊と共に暗闇に消えた。私はただ何もせず、それを見送った。


 カルブルヌス騎士団、なるほど、化け物のような連中だ。本隊が避けるのも無理はない。


 しかし、口元がほころぶ。


 -それでも勝つのは我々だ-


 ****


「ザイール、二人を助けてくれたんだね、ありがとう」


 混濁する意識の中で、オーギュントは初老の男に礼を述べた。ザイール、彼こそオーギュントの初陣に下士官として同行し、戦士としてのテストを施した人物だった。

 ザイールはオーギュントの目をじっと覗き込んだあと、ため息を付いた。


「それが妙でしてな。ブリギッタ嬢とサラ殿を見つけたのは我々ですが、黒騎士を殺害したのはそうではないのです」


「どういうことだ?」


 オーギュントは、隊のものらが止めるのに構わず担架から起き上がった。


「此処に来る途中、三体の黒騎士の遺体が転がっておりました。一人は剣を手にしたまま、残り二人は抵抗した様子もなく死んでおりました。不意を突いたにせよ、黒騎士相手にあのような真似を出来るのが、はたして何者なのか。敵ではないと思いますが調査を命じておきました」


 オーギュントは一人の青年を思い浮かべた。しかし彼がいるのは本営であり、ここに居るはずがない。しかも顔を見せないのもおかしなことであった。

 オーギュントはつらつらと頭をめぐらせていたが、無駄なことだと考えるのをやめて担架に寝転んだ。サラとブリギッタは助かった。今はただそれがうれしかった。


「そういえば、サラ殿でしたか?大変美しいお譲さんで。若様、苦戦しているのでしたら、金と地位に物を言わせてはいかがです?デュルイ家に敗北はありえませんぞ」


「ザイール、お前やっぱりザイオンの弟だよ」


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