死の淵で輝いて
ヤーヘンが自国の民を犠牲にして作り上げた『炎獄』は、サラとブリギッタの紡いだ秘術『エメト』によって防がれた。
全滅を回避したケルサス軍が歓喜に包まれるのも束の間、ヤーヘンは、奥の手として、キメラの技術の応用によって作り上げた亜人の軍隊を戦場に投入する。
蹂躙される前線にオーギュントが舞い踊る。
狂気は伝播し、戦場にさらなる混乱が巻き起こる。
*旅行に行っていたので、更新に時間がかかってしまいました。申し訳ありませんでした。
ヤーヘンが繰り出した大魔術『炎獄』は、ケルサス軍に致命的ともいえる打撃を与えた。
前線に配置されていた三つの連隊のうち、中央と左翼の連隊は約半数が死傷し、魔術士、騎士は魔力が枯渇したため戦闘不能に陥った。右翼、グラナトゥムの主導する連隊は、サラの守護術エメトに近かったために、なんとか定数は維持していたものの、騎士、魔術士たちは同様に疲弊し、戦闘を継続することは困難であった。
追い討ちを掛けるように長城から放たれた亜人の突撃が、彼らに止めを刺した。身体能力に勝る亜人たちの、自我を奪われたゆえに可能な猛攻は、ケルサスの二個連隊を蹂躙し、兵の命だけではなく、多数の砲門と装備を奪い去った。
そこにいたって本営は撤退を指示し、そのしんがりとして、被害の少なかったブリギッタの率いる大隊を指名した。しかし、それは大隊に死を命じることと同義であった。最後までヤーヘンへの援助を訴え続けてきたグラナトゥムが、外交上の失策を演じたケルサスのために死ぬのであった。
本営は前線を撤退させると同時に、背後の師団規模の軍を進軍させて前線の後退を最小限にとどめるよう作戦だてた。亜人に対して有効な手段を保有しているとは言えなかったが、保有する魔術士と砲門による火力で対処できるとふんだからで、たとえ強力な幻想種が現れたとしても、騎士ならば撃破できうるはずであったからだ。兵を多く失う恐れがあったが、状況を考えれば仕方がないことであり、戦争を続けるには、ほかにどうしようもなかったのである。
ある程度の犠牲はしようがない、本営の将官達は己にそう言い聞かせた。もはや、ブリギッタの率いていた大隊が全滅することは、彼らにはまるで過去のようであった。まだ、死にもの狂いで戦っているにもかかわらず。
そうして、ここ前線では、ケルサス軍最後の大隊が撤退しようとしていた。
「申し訳ありません」
グラナトゥム公国軍ラスコーシヌイ家連隊所属、臨時大隊長イヴァンは、肩を振るわせる重装魔術歩兵大隊の指揮官に頷いて見せた。そして、負傷兵を満載した馬車に彼を乗せて、先に行くように指示した。
振り向いた平野には、肉のこげる匂いと、火薬のはじける音だけがあった。そして、響いていた悲鳴の残響。幾度も経験したはずのそれに慣れることを恐れる自分と、感傷的だと笑う自分がいる。
頭を振り、魔術を使えない兵たちにも伝わるように、魔術による通信ではなく、銃を用いた信号弾を上げた。内容はケルサス連隊の撤退完了。これで戦場に残されたのはイヴァンたち、ブリギッタから預かった大隊のみになった。イヴァンの下には、先に撤退を開始していた部隊から魔術士、騎士が合流したものの、ほぼ全てが手傷を負っていた。この先の撤退戦には付いていけそうにない者らを、まだ戦えると主張するのを無理に撤退させた。気付けば、合流したはずの彼らもまた、馬車に押し込んで撤退させて、イヴァンのそばには、馴染んだ顔いがい、誰も居なくなってしまっていた。
(頼みにしていた、ケルサス肝入りの重装魔術歩兵大隊とやらも、魔石を使い果たしてしまえば、このざまか・・・)
ケルサスの連隊には、将来的に軍の主力を担うとされていた重装魔術歩兵が配属されていた。イヴァンは、撤退戦のしんがりを務めるための支援を重装魔術歩兵から得るために、少数の部隊を率いて、自分の大隊から距離のあるケルサス軍の戦場に来たのであった。混戦のさなか、指揮官が隊を離れることは危険なことであったが、そうしなければ、彼の大隊の生き残る道はないと解っていたからだった。
しかし、到着してみれば、ケルサス軍は混乱しきっており、イヴァンが指揮を取らねば全滅の憂き目に会っていただろう。敵の火力に対応できると思われていた重装魔術歩兵であったが、『炎獄』に魔石の大部分を消費し、足が遅かったために亜人の機動力の前に打ち破られていたのだった。
結局、支援を得るどころか、逆に撤退の手助けをして時間を取られるハメになった。
(それだけではない。なぜ、背後の軍は行動しない?言い訳ばかりで、騎士すら寄越そうとせんとは。我らは、今、まさに死んでいっているのだぞ!!)
沈黙するイヴァンに、通信兵が走りよってきた。
「背後の師団からです。貴族兵の認識票を回収せよとのこと。厳命です!!」
イヴァンは、いまだ二十にも満たない通信兵を見た。軍服にはいたるところに血がこびり付き、瞳は何も写さずに人形のようで、色を失った唇は奇妙な形に歪んでいた。
イヴァンは叫んだ。
「グラナトゥム公国シェスト家筆頭家礼イヴァン・ケルー・ライザック大尉相当官から返信、くたばれ!!」
通信兵は、温厚そうな老人の口から吐き出された思いがけない言葉に、目を大きく見開いた。
「何をしている?返信!!」
「は、はい!!」
通信兵が、そのまま通信を送る。けたたましく、怒声が通信の水晶を震わすのを、通信兵に片眉を上げて見せる。通信兵が微笑み、彼の顔にようやく感情らしきものが宿った。
イヴァンは、血に濡れて切れ味の鈍った義足の刃を拭って、自分の大隊の指揮権を預けた若い中尉に通信を送るように指示した。そして、胸をそらせて通信兵を真正面に見つめた。
「通信が完了し次第、君も撤退しろ」
通信兵は怒りを浮かべて姿勢をただした。
「私はまだ任務を遂行する覚悟であります!!」
ケルサスの連隊で、通信魔術を使用可能な者は彼しか残されていなかった。他の者たちは、結界を張るか、不得意な攻撃魔術を使用したために魔術を使い果たしていた。そして、そのほとんどが死んだ。
若かった彼は、だからこそ退くわけにはいかなかった。力を残して引くことに恐れすら感じていた。
「いや、限界だ。君は死を間近に見すぎた。このままでは、戦場に漂った怨恨の魔力により精神が崩壊する」
「しかし、私は誇り高きケルサス貴族です!!グラナトゥムの兵が戦っているというのに、撤退することは出来ません!!戦場における通信兵の重要性は貴方だってご存知のはずだ。援軍が来るまで、私は貴方の大隊に合流して、撤退戦に参加すべきだ!!」
「援軍は来ない。我らは見棄てられた。自力で脱出するほかない」
「ならば、なおさら・・・」
イヴァンは苦笑し、その肩に触れた。
「いいから、撤退してくれ。君のような若者が死んでいくのを私は何度も見てきた。これ以上、私に悪夢を見せないでくれないか。死地に残るのは老兵の務めだ」
通信兵は、老兵を睨みつけた。
「貴方はグラナトゥムの貴族です。指揮下にないケルサス貴族には依頼することはできても、命令することは出来ないはずだ」
「本営から、通信が来ていないかね?」
「は?」
通信兵が確認すると、本営から急電が入っていた。送り主は、総司令官クリトン大将。
「撤退における指揮権をイヴァン・ケルー・ライザック大尉相当官に与える?なお、現時点を持って、官を野戦任官により中佐に任ずる?・・・、”Tous pour un, un pour tous(全体は個人のために、個人は全体のために存在する).”。三銃士に栄光あれ!?」
マスケティアーズ。ケルサス王国によって戦力を制限されたグラナトゥム公国にあって、誓約の網目をかいくぐり、嘲笑うかのようにして数多くの戦果を挙げた三人の銃騎士。彼らの考案したデルタアタックは、ケルサス軍の軍事教本に必修項目として多くのページが割かれている。
そんな彼らは、狂王の策略によって横死したとされていた。
「そういうわけだ、君に命令する。撤退しろ。ただちに精神治療を受け、その後、援軍を渋った愚か共どもに我らの死に様を伝えることが君の任務だ」
幼さが残る通信兵は、水晶から顔を上げて老兵を見た。
気高いと同時に獰猛さが宿った顔つきに、青春の青い炎が燃えていたのは、錯覚ではない。
ほつれたマントが流行の最先端をゆくように小洒落て見えた。きっと彼には、花を挿したつば広の帽子が似合うだろう。
かつて、三国中の女たちを熱狂させたように。
おいさらばえた老兵はかつてのように華やぐ。
戦場での眩しさは、彼を仰いだ兵たちの熱情そのもの。
背くことは、彼とともに戦い抜いた父と祖父たちの誇りを穢すことだ。
「どうか、どうか生き延びてください」
通信兵の声に懇願がこもる。
張っていた気勢が緩み、その視線が父を見るかのように、少年のものとなる。
「もちろん」
その言葉が嘘にならないように、昔感じた少年次代の無力さを胸に秘めて、通信兵は背を向けて走り出した。
涙を見せてはいけない。
貴族の男子は強くあるべきだから。
視線の先、いまだ見えはしない臆病者たちに対する形容しがたい怒りが喉を突いて、ほとばしった。
「どうして、どうして、どうして!!」
友を、上官を、あの方を返せ。
僕も、もう昨日の僕ではいられない。
壊れてしまったんだ。
僕を返せ!!
「なんで、なんで、援軍がこないんだ!!」
*****
「イヴァン様からです。最後に残っていたケルサスの連隊は撤退を完了しました。合流できる騎士、魔術士はなし。重傷者のほかは全て死亡。・・・どうやら騎士が亜人にまぎれていたようです。次はこちらでしょうね」
イヴァンから指揮権を預かっていた中尉が伝えると、オーギュントは応急処置を受けるために下馬した。
オーギュントの加勢を受けた大隊は、亜人の第一次特攻を防いだ後、魔術士による波状攻撃を受けていた。オーギュントを主軸とした騎士、魔獣士隊が急遽編成され、付近からかき集めた装備でもってなんとか撤退の時間を稼いでいたが、負傷者は増え、防禦線が突破されるのは時間の問題だった。
「撤退に合わせての援護砲撃は?」
「一応実施されるようですが、規模は小さいと思われます。予想通り、背後の師団が足踏みをしています」
王軍を主として構成されていたヤーヘン討伐軍であったが、ヤーヘンが詳細不明な大規模火力を有していると判明した段階で、王軍に多数の死傷者を出すことで王の権力が弱まることを恐れた権力者たちが、前線に地方諸侯の軍を配置するように軍に圧力をかけていた。その結果、ただでさえ内乱で傷ついていた諸侯達は兵の損耗を恐れて積極的な軍行動を避け、前線への支援が滞っていた。
オーギュントは共に戦っていた騎士たちの様子を見た。誰もが重傷を負い、自分を含めて戦闘不能と判断されるべき者たちばかりだった。魔術士もまた、魔力の消費が激しく、意識を保っているのがやっとという有様だった。
(このまま騎士の追撃を受ければ足を止めざるをえないだろう。そうしているうちに、亜人にも追いつかれ、結局、虐殺される・・・)
中尉は、負傷兵に馬車に乗るように命令した。
涙ながらに縋りつく彼らを振り切り、体が半分吹き飛んだ兵の脇に座る。
うっすらと目を開けた彼に、中尉は微笑み、抱きしめて、首に短刀を突き刺した。痙攣し、体から力が抜けた彼の目を閉じさせて、認識票を引きちぎった。
立ち上がると、助からないものに自害用の毒物を握らせ、望む者には自らの手で止めを刺して周った。
銃剣を手にして事切れていた少尉の胸元から許婚の肖像を取り出し、兵卒に手渡すと、一つ伸びをして、オーギュントに振り向いた。
「あてにしていた重装魔術歩兵大隊の支援が期待できないとなった以上、取れる手段は限られています」
そう言う中尉はの声は何処までも軽い。
「私は、ここまで魔力を温存できましたから、自爆すればそれなりに騎士を巻き込めますし、敵の魔術士の術も妨害できるでしょう」
「馬鹿を言うな!!」
オーギュントは、中尉に叫んだ。
そんな顔で、そんなことを言うなんて。
「オーギュント卿のおかげで死者は一割にとどまっています。軍行動としては大損害ですが、状況を考えれば、指揮官として胸を張れます。ですがこのままでは敵の騎士に追いつかれ、既に退却した部隊ともども皆殺しにされるでしょう」
言い聞かせるように、微笑む。
「私が死ぬことが、最適な手段と考えます」
「駄目だ、まだ打つ手はある!!兄上の、カルブルヌスの軍が到着すれば・・・」
しかし、中尉は首を振る。
「いまだ通信は沈黙しています。敵のパンデミックを考えれば、カルブルヌスの軍は動けない」
オーギュントは下唇をかみながら、せわしなく中尉の周りを歩き回る。
「でも、どうやって?並みの魔術では騎士には届かない。かわされる。当たるか分らないものに頼るなんてことは出来ない。
まだ僕たちは戦えるんだ。みんなで乗り切るんだ。君が死ぬ必要はないんだ」
「当たりますよ。なぜなら、それが私の魔術だからです。将来が嘱望されたブリギッタ、守られなければいけないサラ様。彼女たちを戦場に送りだすのに、グラナトゥムが何の保険をかけなかったとでもお思いですか?」
飄々として、手を広げて、空を見る。
「じゃあ、君は、そのために?」
愕然とするオーギュントに、中尉はしてやったりと微笑んだ。
「ええ、私は頭はそれなりですが、大した攻撃魔術を使えないんです。強い魔力を醸成しようとすれば、すぐに暴走してしまいます。せめて国の役に立とうと軍人になったんですが、結局、落伍者の烙印を押されてしまった。そんな役立たずな僕が、こうしてブリギッタのために命を賭けられるのですから、戦争も悪いことばかりじゃあありません」
うれしそうに、嘘も無く語る彼にオーギュントは、やがて最強となる剣鬼は、ただ立ち尽くした。
「しかも、カルブルヌス騎士団国の王子の戦場で死ねるんですから、もう、すごいですね!僕の人生にこんなクライマックスが訪れるなんて、予想できませんでした!!」
多弁なのは、おびえているからではない。本当に誇らしくて、幸せだったから。
それが分って、剣を握る手が震えてしまう。
カルブルヌスも友を守るために死ぬことは美徳と捉える。
けれど。
(はじめから、死ぬために。死を請われて戦場に立つなんて)
ケルサスが恐れたグラナトゥムの忠誠と全体主義。
(これが、グラナトゥムだって言うのか?)
オーギュントは美しい友人たちを、グラナトゥムの花たちを思い浮かべた。
豊饒の神に魅入られた白銀の乙女。力すら嘲るように、存在するだけで周囲を無力にしてしまう人形姫。
魔力に愛された黄金の淑女。有徳であろうとしながら、振りまく愛情が敵を作って止まない背反する愛姫。
そして、彼女たちにもたれながら見守る、僕が愛した、無垢な百合の騎士。
彼女たちに惹かれたのは、楽園の落とし子エルフの王女に、斬る事しかできない血濡れた剣。
そうだ、そうなんだ。
僕は、最初から解っていた。
百合を見たそのときから。
グラナトゥムは、だから。
ケルサスは、そのうちに飲み込むことでしか許容できなかったんだ。
その民、彼女たちを見つめ続けてきた臣民を敵に回すことなど出来なかったんだ。
ああ、父上。
貴方は、グラナトゥムに何を見たんですか?ケルサス王とともに何を誓ったのですか?
レオーネたちを見てしまったら、僕たちが貴顕を宿すなんて、恥ずかしくて、どうして言えるんですか?
彼女たちの輝きに耐えられないものらを、貴方たちはどうされてきたのですか?
?!賢王、ベッルスが狂ってしまったのは、まさか・・・。
「この程度の損害に収まっているのは、オーギュント卿のおかげです」
たたずむオーギュントに、中尉は誇りを胸に語り続ける。
「僕たちへ向けられる騎士の追撃は他部隊の比ではないでしょう。僕たちはサラ様のおかげで装備が無事でしたから、敵の騎士も、亜人によってこちらの数が減るまではは手出しをしなかった。けれど、奴らが一番仕留めたいのは、エメトをなしえたこの大隊であるはずです」
思索をやめて、中尉の顔を見る。
「その我らも、砲弾は打ちつくし、銃弾は尽き、剣も折れました」
申し訳なさそうに顔を伏せる。
「私の魔力の規模では、打ちもらしがあるでしょう。重傷を負った貴方にこんなことをお頼みするのは、グラナトゥム貴族として恥ずべきことであることは承知しています。ですが、どうかまげてお願いしたい。最後まで、ブリギッタとサラ様をお守りください」
胸を張って、カルブルヌスの騎士として、最大限の敬意をはらう。
それが、彼に今必要なことなのだから。
涙をこらえて、彼に向き直る。
「カルブルヌス騎士団国、第四王子、オーギュント・エンロケセール・デュルイの名でもって誓う。安心するがよい。私の剣が、血が、そして戦神アルファスの戦斧が二人を守る」
手を差し伸べる。中尉が微笑んで、その手を固く握り締める。
「君の名が知りたいな。報告のためではなく、戦友として」
中尉の顔が一瞬強張って、そして一番の笑顔で応えた。
「ラスコーシヌイ・ヴィタリー・ピョートルヴィチ」
*******
-中尉、いやヴィターリャ、解っているな-
-ええ、このような大任を与えてくださってありがとうございます-
-すまない-
-やめて下さい。ぼくはうれしいんです。いつも人を落胆させてばかりでしたが、こうして王家のお役に立てる-
-・・・-
-ブリギッタにも迷惑をかけました。私の望みどおり、義兄としてではなく、ただ一人の騎士として扱ってくれました。優しいから、きっと自分を責めて苦しむでしょう。慰めるどころか、礼すらいえない、それだけが心残りです-
-私も、すぐに逝く。サイレス様には待っていただけ-
-いやですよ。来ないでください-
笑って通信を切った。
人の気配がして振り向くと、ラスコーシヌイ家の、私とともにきてくれた皆がいた。
頷いて、笑いあう。
敬礼をした彼らが、誰もいないはずの戦場に突貫する。
切裂かれて、鮮血が広がった。
-そこか-
剣を掲げて、最後まで紡ぐことを許されなかった言霊を口ずさむ。
「春はただ」
要求される魔力が大きければ何だっていい。
どうせ、暴走するから。
でも、最後の術は決まっている。
「君が前に時を織り」
大きな魔術を紡げずに家督を剥奪された私のために、なんとかしようとブリギッタが創ってくれた魔術。
「落つる花びら、鮮やかに」
結局駄目だったけれど、その言霊は美しくて、まるであの子の心のよう。
「機織繰りて、縁寿ぐ」
-傲慢だって言われているけれど、義妹はとんでもなく優しいんだ-
「君に侍りて、永久の夢」
お前が創ってくれた魔術が、みんなを、私を救う。
「袂を引き引き、縋りつき」
-義妹よ。見ていてくれ-
王家を守護するため、妹が私のためにつくり上げた魔術で、私は炸裂して、記憶となって羽ばたく。
「この日この時、契を交わす!!」
その瞬間、理解した。
君が何であるのか。
その尽きない愛情。
世界を貫いて、破戒に至る。
でもな、私は仮にも兄だから。
たとえ相手が神だろうと、簡単にくれてやるわけにはいかないんだ。
「縁神ホアンよ、加持そうらえ!!」
剣神に注がれるはずの愛を書き換える。
体の中で黄金の、君の魔力が破裂した。
世界の果てで、剣神が額に青筋を立てて、草の迷宮で狐女が手を叩いて喝采を上げる。
-ざまあ、見ろ-
失われる意識の中で、馬車に乗るブリギッタが振り返った。
その背後、むすっとした黒髪黒目の青年が、さっさと行けと手を振る。
けれど、その目には諧謔がある。
世界が白く包まれて、見晴らす限りの豊土が広がる。
全てがあるがゆえに美しい世界の前に、拒絶を意味する強大な門がある。
その前で、黒色のゴシック衣装に身を包んだ銀髪の少女が手招きした。
僕は、彼女の手を取る。
彼女は、両手で包みこんで、引き寄せる。
土の香りがして、失ったはずの命がともるのを感じる。
門がきしんで、開く。
そこは楽園ではない。
でも、欲っしたもの、全てがある。
-私は、生きて、良かった-
子爵家のかつての嫡男、ラスコーシヌイ・ヴィタリー・ピョートルヴィチは、その生涯を、生まれてはじめての感じる達成感の中で閉じた。
その魂は豊饒神マイアに導かれてイデアの世界に至る。
彼の魔術は、その戦場で紡がれた魔術の中で、最も美しかった。
フラーダリーの、神より授かったエメトよりも。




