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偽国戦記  作者: ブレヒトさん
魔晶戦争
80/131

見上げれば天国

 ベスティアでは、ケルサスからの要請を受けたフェリスが商会の情報集めに奔走していた。


「ドミニク、間諜からの追加の情報はない?」


王弟で宰相のドミニクが首を振る。


「残念ながら、めぼしいものはないね。どれも既知のものばかりだ。こうも情報が集まらないなんて、どうやら情報が操作されていると考えたほうがいい」


 フェリスがため息をつく。

 商会から彼女が離反した際に付いてきてくれた者たちは精一杯がんばってくれていた。

 むしろ、依然に比べてよりもやる気に満ちて、裏切る気配はないように思える。

 けれど、本当にそうだろうか。

 ケルサスの支援を取り付けたとはいえ、商会に付いたほうが実入りはいいのだから、裏切る奴がいても不思議ではないし、そうであっても、先に裏切ったのは私だから責めることも出来ない。

 けれど、共に闘うとみなで誓ったのだ。

 裏切りは許すことは出来ない。スパイは、始末せねばならない。


「理想は、生きる糧なんだ」


「?」


 フェリスが顔を上げるとドミニクが微笑んでいた。


「私には良く分る。ベスティアは小国だから力ある国の機嫌を取らなくては生きていけない。王族でありながら商人にはいつくばって、他国の貴族を招くことがあれば、娘や妻を家の奥に隠すんだ。とても、みじめだったよ。

 そんな私たちに光りが差した。

 生まれてはじめて理想を持てた。それを示してくれたのは貴女だ」


「そんな。それはあの人が・・・」


「兄はいつもおびえていいた。その血に、その力に。世界を動かす力があるくせにね。よく言えば、優しすぎた。悪く言えば、臆病だった」


「それは、貴方たちが支えてあげなかったからです。あの人の力をもてあまして、自信を持てないように仕向けたのではありませんか?」


「その通りです。私は兄を守るためと言って、兄に見せかけの権力を与えていました。その力を列強から隠すためだと王権を制限し、兄の代わりに国の実権を握って、実は権力に酔っていました。けれど、心の中では解っていましたよ。私では、足りないって。民や兵に、意思を持たせることは出来ない。貴女が私に微笑んでいたのも、スパイであったから割り切れていたんでしょう?」


「・・・ドミニク」


「貴女と兄が前を向いて打ち出した理想に、だから、跪いたんです。途方もない夢を語る兄の眼は輝いていた。王者の眼差しだった。貴女と兄が並んで玉座におわす姿は素晴らしい」


 いつも冷静で、並大抵なことでは心を動かさない彼の感情が溢れる。


「私だけではありません。臣下が、そして民が確信したのです。あなた方と一緒ならば、こんな私達でも尊厳を抱けると。それは貴女の部下も同じです。彼らは、貴女と共に苦境を乗り切ってきたのですから、より心を動かされたはずなんです。彼らは裏切りませんよ。たとえ、命の危険に晒されたとしても、彼らは貴女の理想を選ぶでしょう」


 それがカリスマ。

 夢を、人生を預けても悔いは無いと、在るだけで強烈なメッセージを発して止まない。しかし、時にはそれが害悪を呼び寄せることもある。専制に陥り、恐怖政治を敷いて魔王となったものは数知れない。

 けれど、彼女達は正しい道を選ぶ。虐げられてきた女が痛みを知るから。混血の男が世界の理不尽を知るから。

 そんな二人は、二人で一つだから、過つはずがないのだ。


「ありがとう。ドミニク」


「それは、こちらのせりふです」


 そのとき、扉が勢いよく開いた。

 エトが慌てた様子で、短い手足をばたばたと振りながら走ってきた。


「陛下、どうしたの?ほら、落ち着いて」


「いいから、これを見てくれ。急いで裏を取ってケルサスに知らせを出すんだ!!」


 頭髪の薄い頭を激しく上下させて、息を切らせ、空中に報告書を描き出す。


 二人がそれを読む。

 ヤーヘンの隣国で亜人が大規模移動した、と思われる?


「大陸北部の亜人と同盟を結ぶために送った調査依頼の返答ね。これがどうしたの?」


「どうしたって、お前、それは・・・」


「もしかしたら、ヤーヘンに攻撃を仕掛ける気かも知れない。ヤーヘンは特に亜人に対して苛烈だった。亜人にしてみればケルサスとヤーヘンの戦争は絶好の好機だ」


「違う、違う!そんなわけないだろう?もし俺だったら近寄りもしない。だって、・・・怖いじゃないか!!」


 狼人との混血であるエトが、真の姿とはかけ離れたことを言う。

 二人は訳が分らずに、主の瞳を覗き込んだ。

 背が低いから、見下ろす恰好になる。


「だから!」


 エトの話が終わる前に、ドミニクが国内の亜人へと使いを出せと衛兵に叫んで、自らも部屋を飛び出した。

 フェリスは隠密に指示を出すために通信の間に駆け込む。


 もし、エトの予想が正しければケルサス軍は壊滅する。

 立て直せなければ、ケルサスの北部一帯の生命は根絶やしにされるかもしれない。

 早く、ケルサスに!!


 エト・ウルフ・エイラートは、二人が去った部屋で術式を起動する。

 自分の恐ろしい予想を、誰よりも信頼する二人に笑い飛ばして欲しかった。

 けれど二人は行ってしまった。

 盲目的に自分を信じる二人ではない。


 妻が、弟が信じてくれているように、慧聖も彼女たちも信じていた。

 だから、最強の名の下に、怒りと共に厳かに力を解放する。


「商会だな。この外道どもが。我らの命をなんと思っているんだ?人と比べて下等だとでも?目的のためなら何をしても許されるとでも?」


 俺がキメラ研究に手を貸したのは強い固体を作るため。

 生み出された命がきっと亜人の未来を照らしてくれると信じたから。

 そのために多くの命を踏みにじってしまった。

 それを無かったことにするつもりはない。

 いや、その罪こそ原点。

 人に任せてなるものか。

 俺が光になるんだ。

 マーテルに授けられた力でもって、亜人達の道標となり、楽園をつくるんだ。

 

 三千大千世界に漂いし、我が主神オキナよ。

 広がり、延長し、その力でもって我らが道を指し示したまえ。

 

 ****


 ベスティアが信仰するのは、あらゆる世界に漂うエイ、オキナ。

 遊牧民であった彼らは、戦禍を逃れるうちに大海にぶつかった。逃げ出した先にあった断崖。

 終わってしまったと絶望した彼らに、海はあらゆる脅威を示した。自分たちもろとも追ってきた敵を飲み込み、それでいて恵を与えた。まだ、旅は終わっていないと、試練を与えながら、旅食と見晴らす限りの道を示した。

 乗り越えて見せろ。

 自然の意志をそう受け取った彼らは、嵐を乗り過ごすために、奴隷であった亜人達と手を携えて大海原に挑み続けた。目的が敵から逃れるためから、新天地を探すものになり、ただ新しい航路を探すものになっても、彼らは未知の道を探し続けた。

 もともと遊牧の民であり、新しい土地を求めて歩み続ける気性に合ったこともあり、彼らはフロンティアを探す冒険者として自己を見出した。

 そうして、彼らの信仰もまた変化していった。曖昧な形しか持たなかった神の概念が形を成し、ふさわしい神を求めた。

 それが、オキナ。ただ、三千大千世界に漂い、空間を規定する神。誰にも信仰されることなくうち棄てられていた神は、彼らに見つかり、その理念を体系化した。

 全ての世界に漂う。それはつまり、あらゆる世界に延長しているということ。占有していれば、全ての世界に漂っていることはできるのだから。

 オキナのように漂うために、在るために、ベスティアは延長を目指すのだ。

 彼らの紡ぐ神話はロード・ナラティヴに他ならない。


 ****


 エト自身が入念にかけた城の防禦結界が、怒りにきしんで、光りを発する。


 城下の民が城を見上げる。

 馬車の御者の子鬼が馬を止めて、客と共に指をさす。港で荷物の積み込みを行っていたオークが、遊んでいた子供たちが、井戸端でさえずっていた女たちが、老人に薬を処方していた蛇人が、屋敷で茶を飲んでいた能天気な貴族が手を止めて、彼らの王の憤りに、感情をかき乱す。


 勇気、怒り、期待、共感、憧憬、おのおのが様々な感情を滾らせる。

 しかし、絶大な力を前にしても彼らに恐怖や嫉妬、憎しみはない。


 エトが自覚しない能力がそうさせる。

 森林の王者にして、最強たる彼のみに許された能力。

 群れを率いる王者の素養。

 それがあったから、ベスティアは一丸だったのだ。人は亜人を排斥せずに、王者の下では対等であると本能で理解していた。


 その、主が嘆きと怒りに身を焦がす。

 ならば、そう、ならば。


 城下は、直ちに戦時体制に移行する。十分な訓練があったわけではない。戦火に晒された記憶が息づいていたわけでもない。けれども、彼らの秩序は、ケルサスや帝国の城砦都市にも勝る。


 -何処のだれだ?我らが主を怒らせるのは!-


 しかし、それをなだめるように、もう一つの魔力が沸き起こる。静まりなさいと、王命は下っていないのだと、厳しくたしなめる。

 后の魔力の波動の中で、慧聖は術式を完成させる。それは、極大の探索魔術。

 空に白銀の、狼王の魔力が広がって、破裂する。

 魔力の粒子は広がり延長し、世界を覆い尽くす。大陸の生きとし生けるもの、全てが空を見上げた。


 -どうか応えてくれ。まだ見ぬ同胞よ。元気な声を聞かせて、私を安心させてくれ。お前たちが心配で気が狂いそうなんだ-


 けれども求める声は、響かない。


 慟哭とともに世界は慧聖の存在を知った。


 ****


「まだかしら」


 ブリギッタはいらだたしげにつぶやいた後、サーベルにかけた指がかすかに震えているのに気付いた。皆に気取られないように胸を張り、前方を見据える。

 前方にはヤーヘンに落とされた長城がそびえる。難攻不落のケルサスの守りの要が、何百年も魔獣やヤーヘンの侵入を防いでいたそれが、今や逆にケルサスの攻める対象としてある。

 ブリギッタは作戦の詳細を頭に思い描いて唇をかんだ。

 ただ、守り、相手の出方をうかがうという消極的で何も解決しない作戦。裏があると思っていたが、まさかライラのエルフ体の覚醒をトリガーとして使うとは思っていなかった。誰の立案か知らないが、ケルサスがそこまでするなんて。

 ライラのことはケルサスでも機密中の機密であるはずで、しかも、ライラがケルサスの思惑通りに動くとは考えないはず。メインとなるプランがあったはずだ。

 だからといって、ケルサスがライラを作戦を組みこんでいるなんて、気に入らない。


 (あの子は、戦争なんかにいちゃいけないのに!私たちは、あの子の傍にいたいのに!!)


 そうであるならば、そうであるからこそ、ここで負けるわけにはいかなかった。作戦が滞れば、ケルサスはライラを前面に押し出さざるをえなくなる。それだけは避けねばならない。


 予備隊として配属されたブリギッタの部隊であったが、長城奪還に向けて前線に投入されることになった。予想していなかった反抗のために、最強戦力を投入する必要に迫られたケルサスは、もはや外聞や国家間の貸し借りを気にしている余裕が無くなっていたからであった。ブリギッタの持つ解析魔術とグラナトゥム屈指の精兵、そして重装魔術歩兵を超えるサラの守護術をあてにして、ケルサス本国と軍は命令と言う強制で、初陣の彼女を前線に送り込んだのだ。

 とはいっても、ブリギッタの脇を固めるイヴァンは歴戦の猛者であり、サラは既に少なくない戦闘経験があったから、ブリギッタが混乱することがあれば指揮を取り上げ、イヴァンもしくはサラを隊長にする命を本営はイヴァンに下していた。そして、それをもちろんブリギッタも承知していた。彼女は、プライド高かったが、それで兵を死なせるほど愚かではなかった。


「防御結界の準備は出来ているわね?」


 上ずってしまった声に答えるように、脇から手が添えられた。サラが口元に笑みを浮かべている。目は優しい。副官イヴァンが軽口をたたき、後方の兵から笑い声が起きた。誰も怖気づいてなんていない。

 そうだ、父から預かってきた兵は精鋭、各部隊の隊長を務める指揮官たちは皆知っている顔ばかり、サラもいるのだから私が武勲を挙げられないはずはない。

 気合を入れなおし、ブリギッタは大隊に向かって振り向き、顎を引いて腹に力を入れた。

 兵からの視線が集まる。


「知っての通り、私は初陣、負け戦は困るの」


 そう、私は初陣でしかも戦場の作法も知らない小娘、それに引きかえ彼らは古参兵で歴戦の猛者。私は彼らの士気を上げるだけでいい。邪魔さえしなえれば、おのずと結果はついてくる。

 兵を信じて任せることもまた、貴族の大事な役目だと言った父の厳しい眼差しを思い出す。


「でしゃばって余計なことを言うつもりはありません。あなたたちの勇士、見せてもらいます」


 ・・・でも、父様の言いつけどおり、ただ貴族らしく鯱張(しゃちほこば)っているだけじゃあ、私らしくない。

 だから。

 いつも通り優雅に髪を掻き揚げて、それでいて眉根に不安を見せて、隙を作る。

 部隊のみんなが、困惑する。

 胸の前で腕を組んで、声を健気に搾り出す。


「私は、皆を信じています。どうか、私を助けて!・・・そして、その武勇で、今夜、私を眠れなくして!!」

 

 頬を染めてそう叫んだ。

 兵たちが雄雄しい声を上げて、武器を掲げた。

 私の名が戦場にこだまして、応えるように、とっておきの笑顔を見せてあげた。


 兵たちの雄たけびは止まない。麗しく、戦場にふさわしくないお嬢様。古強者である兵たちにとっての不安は、敵ではなかった。任せてくれればいいのに、戦場を知らない彼女が要らない命を下すことだった。しかしブロンドの少女は憂いを湛えた目で、任せると言った。そして、震えながら、年甲斐も無い下品な冗談を言った。兵たちは高ぶった。

 お嬢さん、冗談のつもりだったろうが、男というものを見せてやる。

 そして、お望みどおり、今夜は眠れなくしてやろう。


「おみごとです」


 イヴァンが片目を瞑りながら言った。


「ふふ、大きな身なりをして、みんな可愛いわね」


 呆れた顔をしていたサラが、急に空をにらみつけ、叫んだ。


「全ての防御壁起動しなさい、いそいで!!」


 はじかれたように、若い貴族が伝令を飛ばし、壁を起動する。イヴァンはサラと同じように、空をにらんだ後、つぶやいた。


「なんだと!?」


 振り向いたブリギッタがそれに気付いたときには、もう既にそれは部隊に迫っていた。赤く、そして途方も無く大きな玉。膨大な熱量を持つはずであるそれに、どうして今まで気付かなかったのだろう。迷彩がかけられていたにしても、ありえない。

 しかし、驚くべきことは、その事実ではなかった。その熱量だった。通常見られる火炎弾であれば、応急的な防御壁でも貫かれることは無かったろう。しかし、着弾を前にして迷彩が剥がれたいま、迫り来るそれの持つ威力が尋常でないことは誰の目にも明らかだった。


「新たに内側に、張れるだけ属性をあわせた結界を張れ!」


「あなた方では間に合わない。私が、フラーダリーの術式を内側に張ります。補助なさい!!」


「パンデミックの影響はまだ残っています。それでは貴女の御身分が全軍に知れ渡ってしまいます!!」


「そんなこと心配している場合じゃないでしょう!!」


「はっ、はい!!」


「兵ども、熱風が来るぞ、衝撃に備えろ!!」


 イヴァンが叫ぶと同時に、ざわついていた兵たちが体勢を整えた。サラが手順をいくつも飛ばし、結界を張る。危険ではあるが、そうしなければ全滅する。

 目の前いっぱいに広がった火炎弾に呆然とたたずんでいたブリギッタの上に誰かが覆いかぶさって地面に押し倒した。

 一瞬遅れて、重低音とともに火炎弾が防御壁に激突した。

 甲高い音とともに最外の結界が砕け散った。続いて起こるだろう熱の突風に身を縮ませたブリギッタは、ぬくもりを感じて目を上げた。

 その目に映ったのは、懸命に防壁を張るサラの横顔だった。

 鋭くて優しかった瞳は熱風を避けるために硬く閉じられている。

 髪を梳かしてくれた、剣の修行で硬くなった手が眼前に突き出され、熱でただれていく。

 いつも恥であるかのように自らの美しさを隠していたサラの顔が焼けて煙を上げる。

 詠唱に混じり、苦悶の声が聞こえた。熱でのどがやられているのだろう、しわがれて老女のようだ。

 サラの髪と肉のこげる匂いが鼻を突いて、思わず顔をしかめてしまう。


 こんなのはサラじゃない。サラは、綺麗なの。たとえ、罪を被せられようとも、その無垢な百合の白さは、誰にも穢されていいものじゃないのに。

 

 ようやく起き上がった魔術士がサラに治癒の魔術を施す。両脇に壮年の貴族と若い貴族がつき、補助で熱風が弱まった。

 サラがブリギッタを見る。

 爛れた顔で微笑んだ。


「ここは任せて、部隊とともに下がりなさい。私は大丈夫だから」


 かすれた声で、息も出来ずに苦しいはずなのに。

 見上げると、サラの顔が苦痛でゆがみ、耳から血が滴り落ちた。

 短い悲鳴を上げたサラが、魔術で痛みを消す。

 意識すら飛ばして、人形になる。

 ただ魔術を紡ぐために。救うために。

 私が似合うからとプレゼントした魔術で紡いだリボンが形を保てずに昇華する。

 私の魔力が、炎の中で、金色に煌いて、サラに降り注ぐ。

 煙を立ててまだらにはがれていく肌は、とても、醜くて、ああ、貴女には絶対、ふさわしくない。

 貴女は、美しいのだから。

 そう、在るのが義務なのだから。

 私の目標である貴女は、グラナトゥムにフラーダリーありと謂われた百合の騎士。王権すら犯すことのできない無垢。

 貴女の作るマジックフラワーは、その現れ。白い雪原を思わせる意匠は貴女自身を表す。

 穢れを払い、覆い、天を愛して捧げ奉る、あなたのあり方。


 終わらせてたまるもんですか。私は、いいえ、私達は。


 遥か離れたカルブルヌスの戦場で、剣鬼が空を仰ぐ。

 狂気に染まるその瞳が揺れる。


 あの場所に、穏やかな日の当たる家に、みんなで帰るんだから!!

 邪魔させない。一人も欠けさせない。私の情は、世界を超える!!


 ブリギッタは、スカートの裾を払うと優雅に立ち上がった。

 自分でデザインをいじくった軍服を華麗に見せて胸を張る。

 ブロンドの髪を掻き揚げ、空に微笑む。


 私は才能だけの馬鹿じゃない。

 身も、心も、振る舞いも磨いてきた。

 ねえ、神様。

 見て! 

 私はここで死ぬ女じゃないでしょう?

 私の値段は決まっていないの。

 この世界じゃ計ることのできない価値が在るの。

 それを、今、見せてあげる。


 金色の魔力が立ち上がる。

 奔流を巻き起こし、演出として光りの術式でスポットライトを作って浴びる。

 両手を広げて、深呼吸。

 たなびく髪も、リズムに乗って、全てが計算ずく。古の学問分類によれば、音楽は、ハーモニーは幾何学や数学と同じカテゴリー。

 式の秩序。

 それは愛にも似て、彼女の中で輝いて。

 愛天(サラ)の誇らしさ。その無償。愛すべきその魔力を仰いで、共鳴して、計算して、調和して、ハーモニーを奏でる。

 今、知聖の魔力は、目覚める。


 ****


 世界の頂で微笑んだのは、最善、絶対のイデアに仕えし桔梗。

 簾を引き上げて、灯火を消して月光に囁く。


「無謬の知、織り成す先は、絶対なる刃、剣神への愛」


 眠気まなこを見開いて、寝床から起き上がったのは縁の神、ホアン。

 寝床を蹴って、草の迷宮から走り出でて、その尾が数を増して無限に増えて、狐は(マーテル)に叫ぶ。 

 

「我が求めし最後の糸!式に表せない情!絶え間なく降り注ぐ、肉に秘められし、肉を超える愛の式!!」 


 二柱の神の声が重なり合った。


「「その魂よ、最高善へ、加持(かじ)(そうら)え!!」」


 ****


「あなた部隊を下げなさい」


 ブリギッタに話しかけられた、覆いかぶさって彼女を守っていた若い騎士は困ったようにイヴァンを見た。


「聞こえなかったのかしら?私に出来て、皆に出来ないことがあるの」


 そう、この場で手が打てるのは私だけ。


「はっ。し、しかし、いかほど下げますか?」


 ブリギッタは呆れたように言った。


「邪魔にならない程度です。あれが着弾すれば、この大隊、誰も助からないわ。私たちが止めてあげるから、ぎりぎりで待機。爆撃の後は常道でくるわ。突撃に備えなさい」


 イヴァンが頷くと、命じられた騎士は駆け出した。

 ブリギッタはサラの背中に優しく触れる。


「これから、サラの魔術を解析、補強します。二人は補助を続けて。・・・治癒のあなた、気合を入れなさい。サラが死んだら、右翼で戦っているデュルイの王子様に殺されるわよ」


「「承知しました!!」」


 一同が頷き、詠唱を始める。魔術が絡み合い、壁が強化されていく。朦朧としていたサラの意識がクリアになっていき、目に光が戻った。背中に暖かさを感じ、サラが振り向くと、ブリギッタが舌を出した。


「忘れないで、主役は私よ」


 ****


 サラの体を通して、サラの張った防壁にもぐっていく。深すぎれば、火炎弾の臨界前に私は廃人になる。


 -上等よ、いつも綺麗に行くなんて思ってない-


 意識をもう一段、防壁に深く沈みこませる。

 光りの中で目にしたのは、神経質なまでに規則正しく編みこまれた繭だった。脈動する網目はサラの魔力をむさぼり、まるで母体を蝕む悪食な胎児のよう。

 けれども嫌悪感は沸いてこない。ただ守る、そのことだけを教えこまれ、生まれてくるものが醜いはずが無い。

 しかし、誕生に母体は耐えられないだろう。


 -サラ、あなた向こう見ずね。こんな魔術を使うなんて・・・。違うかな、守ることしか考えていない。それが貴女だもんね-


 それがどうしようもなく愛しく感じられたから。


 -オーギュントはそんな貴女だから愛したのね。誰よりも怖いカイはあなたも守るのね-


 繭へ注がれる魔力の流れを変えて、新たなる流れを作る。むき出しだったサラの心に自分の魔力の衣をかける。

 より強い子が生まれるには、母体が無事でなくてはならない。


 -あなたは命をかけるつもりかもしれないけど、あなたが死んだら、誰がレオーネを守るというの?誰が、オーギュントを抱きしめるのよ-


 幾重にも結ばれた網目のほつれを直し、強く結びなおす。この子が使命を果たせるように。

 サラの魔力が飽和し、ブリギッタが施した柔らかな産衣がとき解かれる。

 生みの痛みにサラの顎がのけぞる。ブリギッタが優しくサラを抱きしめる。

 恍惚の中で、二人が最後の言葉をつむぐ。


 -エメト-


 光りがあふれた。


 幾本もの光手が火炎弾を包み込む。

 火炎弾は、術者が異変に気付いたのだろう、急激に臨界へ達しようとする。しかし、無駄だった。

 光る手がそれを押さえ込み、飲み込む。

 指示された魔術を何処までも追いかけ、包み込んで無効化する大禁呪。サラの家に伝わる国守の魔術。かつてその術は、彼女の両親と兄によってつむがれ、幼かった彼女と国を救った。彼女の両親たちは二度と彼女に微笑みかけることは無かったが、その意思は確かに受け継がれていた。そして、彼女の才能は両親をはるかに凌駕し、共につむいだ少女もまた魔力に愛されていた。

 光りの手が空中に伸び上がる。他の大隊を消滅させようとしていた火炎弾が次々と飲み込まれていく。空に光りの帯が広がり、絶望に浸っていたはずの兵士たちは、母の愛に祈りを捧げ、勇気付けられ戦意をみなぎらせた。

 しかし、術の意味を理解し、要求される代償を知る青年は一人、かつてない焦燥と共に軍馬にまたがった。


「若、お待ちください!!傷の手当がまだ終わっていません!!」


「黙れ。とめるならば、切り捨てる!!」


 剣を抜き放ったオーギュントは、軍馬にありったけの強化をかけた。


 -認めない。こんな終わり方、あってたまるか!!-


****


 そんな彼らを見つめる、一人の少女がいた。

 栗色の髪を風になびかせながら、自ら作り出した魔力の球体の上に座り、宙に浮かぶ。メイド服に身を包み、素足をぶらぶらさせて。


「ふむ。サラちゃんも、ブリギッタちゃんもいいですねえ。いささか不恰好だけど、すばらしい魔術です」


 少女が手をたたき、賞賛する。

 あらゆる世界で最も優れた魔術師。魔術は彼女から始まり、そして彼女こそが絶対最強。

 そんな彼女から見れば、全ての魔術師は塵に等しい。

 しかし、彼女は二人をまるで宝物であるかのようにいとおしげに見つめる。


「少し、手伝ってあげましょう。桔梗ちゃんやホアンの頼みならしょうがないのです。あの子たち、とっても怖いのです」


 彼女の栗色だった髪が、何処までも赤く染まっていく。瞳の色も血よりも濃い赤に染まる。闇がその体を包み込み、それがそのまま真っ黒なドレスになる。


「けれど、過度な期待はしないでちょうだい。私としてはどうなってもいいの。たとえ、他の神々が怒り狂おうと、この世界では私が絶対。

 あなた方が行き着く先は同じなのだから。

 他ならないこの私が、そう決めたのだから。

 それが嫌なら、許せないのなら、急ぎなさい。若き騎士よ。愛しているのでしょう?」


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