閑話 その一、山神
コールは、尊敬するデューイの養父カシウスを信じ、デューイをグローリアの聖騎士として迎えいれる。
ミミは少女のように喜び、デューイもまた、彼女と共にあれることこそ、探していた理想と理解する。
そんな二人が手を取りあうのを見つめる女がいた。
*象徴的な事柄を記述するために文章を崩しています。なんとなくで読んでいただければ、意味は通じると思います?読みにくかったら、意味不明だったら、申し訳ありません。
つかの間の幸せに包まれるデューイとミミ、そして喜びを表さないように振舞うコール。
彼らを世界樹にもたれながら見つめる女がいた。
豊な碧色の髪が風に揺れて、長く伸びた耳が彼らの言葉を受けてかすかに痙攣する。若草色のローブから素足をさらして、横座りで聴き耳を立てる。
海よりも大きく、空よりも高く、太陽よりも暖かく、そして月よりも優しく見守って世界樹はそびえ立つ。
そこは、此処ではない異なった世界。現世にあっていいはずがない美しく眩い楽園。
せせらぎが聞こえて、水の匂いがする。
魚が跳ねて、小川に落ちた。
きらめく鱗に、水を飲んでいたグリフォンが驚き羽ばたいてあたりを見渡す。
羽風に草いきれがさらわれて、獅子頭の大蛇が欠伸をする。
極楽鳥の鳴声が響いて、見上げた亜人の少女がユニコーンにまたがって後を追う。
空高く舞い上がった少女の視界に、世界樹の威容が広がる。
山々をも抱き込むように枝葉を広げて、陽の光を浴びた七色の花が万華鏡のようにきらめく。
極楽鳥が弧を描いて滑空して、根元に向かって羽ばたいた。
少女は視線の先に、一人のエルフを見た。
ほころんだ頬に桃色が差して、少女は馬首を巡らす。
手綱を放し、鐙に立って両手を広げ、エルフの名を叫ぶ。
「アーティファ様!!」
ユニコーンにまたがり、両手を大きく振る亜人の少女を見てアーティファは微笑んだ。
彼女の周囲には同じ碧色の髪と長い耳を持った侍女共が控えている。一人はつるで編まれた、色とりどりの果実が盛られた籠を持ち、また一人は薄紫の魔石で出来た酒瓶を捧げる。前には、子鬼が木器に酒のつまみを載せて恭しく頭をたれている。
王妃の前でありながら、多くの乙女がおしゃべりに明け暮れ、たしなめる側近の声にも諧謔が含まれる。けれん味などなく、権力のにおいすら感じられない楽園。鳥がさえずり、世界樹は荘厳にそびえて、日の光りを受ける大地は実りの悦びに小麦色に輝く。愛する臣民に囲まれて聖巫女アーティファは坐していた。
彼女の碧の瞳はミミとデューイを見つめる。
ライラの追求を、照れながらも何とかかわすミミ。コールと共に真面目な顔でこれからのことを協議するデューイ。未来に対して明るい展望を描く二人の視線が交差して、けれど、その中に不安と怯えがあって、だからこそ二人で乗り越えようとする意思がある。
アーティファの脇に下りて、走りよってきた亜人の少女に手を差し出して、その頬に触れる。
少女ははにかんで、くすぐったそうに眼を細めた。
額に口付けして、アーティファは黒い瞳を見つめて言う。
「貴方たちの夢は誰にも穢されたりなんかしないの。あなたちは絶対に幸せになるのよ」
そして、空に向かって眩しそうに目を細めて、にっこりと微笑んだ。
「現世の神マーテルの法に介入して貴方たちを聖騎士にしたのは、ライラを守るのにその力が必要だったから。戦場に送り込んでおきながら幸福を口にするなんて恥知らずもいいとこだけど、私は信じているの。だって、貴方たちは私とあの人にとっても似ているから」
不思議そうに見上げてくる少女に片目を瞑る。
「貴方たちなら大丈夫。愛し愛されることが出来る。それは汚れた現世にあって、奇跡といえる素敵なこと」
履いていたミュールを放り出して、ローブの肩を直す。耳に掛かった髪を後ろに流し、両手を胸の前で組んだ。
「貴方たちの不安は分るわ。その幸せが信じられないんでしょう?
敵に囲まれて、歯を食いしばって生きてきたけど、いつまで無事か分らない。愛する人の温もりが消えてしまいそうで、恐ろしいのでしょう?」
両手が燐光を放ちはじめる。いくつもの円と線を重ね合わせた紋様が肌に浮かび上がり、術式が起動する。
「私に任せて。守ってあげる」
手を広げ、そっと、足をふみだす。柔らかな踵に草が沈み、ふわりと、ほのかな光が湧き上がる。
一歩、また一歩と、歩みを進めるたびに光子が舞って、彼女の周囲に光が満ちる。
幻想かと見まがう神秘の中で、彼女の魔力が意志を宿す。
懐かしいあの世界。愛おしくて、憧れる。狂おしいほどに焦がれている。
取り落としてしまった命の幸福。諦めることなど、できはしない。
周囲に侍るエルフたちが微笑を消して、大きく開け放たれたドレスの背から魔力が放射される。それはまるで翼のよう。
礼服で傅いていた子鬼の牙が伸びて、矮躯が盛り上がる。楽園にふさわしくないと、病的なまでに恐れていた本能に身をゆだねて、引き裂かれた肉を夢想する。
獅子頭の大蛇がとぐろを巻いて、口内に魔弾の輝きが閃光となって漏れ出し始め、極楽鳥は炎の化身に変化する。小鳥が、魚が、太古の彼方に封じた遺伝子をさかのぼり、かつてあった姿、己以外の世界全てが敵であった頃の凄まじい化け物になって、敵を求めた。
アーティファの背後に陽炎が立ち上り、中から彼女の軍団が姿を現す。人がいる。オークがいる。蛇人がいる。小鬼がいて、大鬼がいた。獣人が世界樹の枝上に居並んで、魔物種が影の中から這い出した。
気高いエルフも、汚れていると排斥された非差別種族も共に剣を取って、雑多な武具を纏う。共通するのは、掲げられた大帝国の旗。世界樹の御許に誰一人傷つくことを許さないとしたアーティファの途方もない慈愛が、遍く降り注ぐ光線と表現され、彼女と共に世界を破壊しつくした夫神アルファスの戦斧を照らす。果たしてそれは、誰の意匠によるものなのだろうか、そして、いつの間に掲げられ始めたのだろうか。
世界樹に集った軍団、化生、ヒト、すべては彼女の思いを叶えるために。敬愛する彼女の求めるままに、今一度、狂気を宿す。この美しい世界を創りだすために全てを賭けて、血に染まってなお走り続けたアーティファとアルファスこそが絶対という思いを胸に、あらゆる全てに剣を向けて、牙をむいた。
影が差して、軍団の前に巨大な犬型の獣が降り立った。いや、墜落した。
腐敗臭を漂わせ、その黒色の体はまさに死んでいた。
吐き出す息は全てを腐らせようと呪いを振りまき、つぶれた眼球からは体液がほとばしる。命の臭いに舌をだらりと垂らし、満たされることのない食欲に身もだえしながら、引き絞られた手綱を引きちぎろうと吠え立てる。
死霊操作という邪法によって作り出された獣の前に、亜人の少女が立つ。腐肉の臭気に構わず毛皮を撫でて、抱きしめる。体液に体を汚したまま、獣に引かれた戦車に飛び乗った。
聖巫女に触れられた、ふっくらとした頬には血の文様が刻まれ、褐色の肌には、世界の始原より存在した悪鬼を封じた黒色の鎧をまとう。右手に握るのは、使い手に祝福を施し、汚れた全てを塩に返す聖剣ベネディクション。左手には、マーテル神話を否定し、撃たれたものの世界を引き裂く魔銃カグン=ガウナブを持つ。
戦車の上で、長いマントを手で払うと、軍団が剣をささげて化生たちは雄たけびを上げ、彼女の流し目とともに、一斉に沈黙する。
彼女こそはアーティファたちの最強の敵にして、最後まで抗った南の大陸の呪われた剣奴の王女。
踏み外した外道姫。魂を引き止める褐色の売女。あらゆる忌み名で呼ばれ、地獄こそが我が家と嘯いた悲しすぎる少女。
初代の剣聖にして慧聖。
暗黒騎士ルドラ。
二人の統べる軍団の軍団長だった。
「デューイ、ミミ。貴方たちは幸せにならなければならない。この世の理、生まれながらにして罪を負った命の贖罪?あの女の定めた法なんて私が壊してあげる」
現世において最も多くの信者を集めるのは理の神、月神マーテルとされる。それに並ぶかのようにして、慈悲の女神、かつて世界を統一し、その後神になった聖巫女アーティファをまつるアーティファ信教がある。その教義は共に歩む者全ての手を取り、助けて楽園に招き入れる。しかし、彼女はエルフ。心優しく戦を好まず、民を守りはするが、それはあくまで同胞のみ。誰よりも慈悲深いがゆえに誰よりも残酷な神。
人民に慈愛を施し、その他の者は排斥するからこそ成り立つのだ。幸せの総量は限られているから、その外の敵を見棄てることに戸惑いはしない。
彼女は言う。
邪魔するの?いいわ。あなたなんて要らない。殺してあげる。
けれど、現世の神のように深遠な計画でもって今を犠牲にすることなどない。共に在って、助け得るものは力の限り庇護して、つくす。
彼女は血の最後の一滴まで、全てを賭けるのだ。
そして、手の届く限りに慈悲を振りまき、愛を与える彼女のイデアが神聖グローリアだった。
アーティファが唇を舐めて、赤い舌が覗く。つむがれる言葉は、世界樹に捧ぐ賛歌。大地に光りが溢れて、幹に集り、一葉一葉が燐光を放つ。こぼれる粒子がたゆたって、世界樹の祝福を授けて、巫女が最美を誇る彼女の世界を寿いだ。
がくりと、首を後ろにそらす。髪が垂れて、瞳に写るのは世界樹だけになる。背後に曼荼羅が展開されて、翼のようだったそれが、果てしなく広がり、世界をも包む。
古の言葉がこだまとなって、世界樹から漏れ出した粒子が踊り狂い、アーティファの魔力が臨界を迎えてはじけた。
世界が裂けて、時空がゆがめられる。
導かれたのは、一本の道。現世への戦道だった。
現世の中枢で(なぜならば彼女のいる場所が中心なのだから)現世の神、メイド姿の紅い女の紅い目が刮目する。
現世の時間が停止して、メイドの姿が変化する。丸くシニヨンに結われた髪が解けて、紅く染まる。メイド服が伸びて、真っ黒なドレスに置き換わる。背は伸びて、すらりとした妙齢の女性に。唇には真っ赤な紅が引かれて、メイドはマーテルとなる。
暮れなずむ山々の稜線から月が昇り、女神は月を背負った。
魔力が放射され、現世を形づくる惑星が塗り替えられる。人が、馬が、オークが、そして果てしない海が術式になり、その全てが本来の形、彼女の魔法陣となる。肉から解放された魂が、魔法陣の周囲に浮かび上がり、キャプチャーされ、転移魔術によって世界の狭間に送られた。
月が真紅に染まって、降り注ぐ月光こそが彼女の魔力。
見守りながら、絶えず魔力と言う愛を注ぎ続ける。
そうだから、全てを愛しているから、見守ることしか出来ない。誰かに加担すること、贔屓することなど出来はしない。
彼女は泣きながら、法を定めて、管理する。
そうしなければ、とても現世を治めることなど出来はしなかったから。あらゆる全てが、幼子が、老人が、善人が、悪人が愛しかったから。
宇宙に浮かぶマーテルの世界に、アーティファの世界が顕現する。
それは、かつてあったもう一つの大陸。マーテルが排斥したアーティファとアルファスの愛の証。美しくて、眩しくて、そうであったから許容できなかった世界。二人ともども、薙ぎ払ってしまった楽園だった。
アーティファそしてマーテル。
二柱の女神は似ていたからこそ相容れなかった。
一方は、たとえ何があろうとも愛するから、幸福を保証するために対象を狭めた。もう一方は、平等に愛するから自由を与え、個々に勝ち取らせるための法、ルールを定めた。
現世は誰かが幸せになるためには、誰かが不幸にならざるを得ないから。ヒトに与えられてしまった無限の可能性に対して、物理の世界には無限が存在しなかったからゆえの二人の選択。
二柱は対峙する。
お互いの世界が貴いことを理解していたから、その瞳は色を宿さない。感情をこめられないのだった。
その時、二つの世界の境界に斬撃が走った。
全てが術式に変えられてしまった世界で、寝転んでいた剣神が起き上がる。
「おい、止めろ馬鹿共」
手に剣など握られていない。ただ、斬ろうと、そう意識しただけ。
「さもなくば、貴様らの大事な世界をずたずたにしてやるぞ」
マーテルは黙ったまま。アーティファは手を叩き、口角を上げて高く笑った。
「あはっ!なんだ、やれば出来るじゃない。やっぱり、あんたに結界なんて意味ないのね。
マーテル、警戒しないでよ。攻め入ったりしないわ。だけど」
そう言って、両手を高く上げて声を響かせる。はじめてマーテルから視線を転じて、剣神カイに流し目を送る。
「ねえ、カイ、貴方の代わりに、私の大好きなあのひとが戦いに出ているの」
世界最高の美の瞳がとろけて願いを口にする。懇願と言う名の強制。彼女の持つ圧倒的な軍団よりも恐るべき、神域のお願い。現世のあらゆる存在よりも貴い世界樹の意志を身に宿す巫女の詔。
世界樹の宿すイデアを体現して、理解して、祝福することが出来るから彼女は神になった。その力は同じ神とて無視できない。
「だからさあ、お願いカイ。私とあの人のために、あの子達の前に立ちふさがるすべて、殺しつくして。とっても邪魔なのよ。私、ハッピーエンドじゃなくて、最初から最後まで、子どもの夢見るような甘い物語がいいの」
しかし、剣神は首を振って答える。
「ライラは守る。あいつに約束したからな。ほかは知らん」
イデアとて絶対と言うわけではない。真に絶対と言うものは言葉に表し限定することが出来ないから、絶対などという単語でごまかしている。イデアとは、絶対から流出したものであり、現世よりもそれに近いもの。絶対に含まれる属性を、現世の存在に比べて多く含み持っているに過ぎない。要は絶対からの距離のようなものであり、また、イデアそれぞれにも差がある。
そして、神々の中で絶対に一番近いのが、カイの姉神である桔梗。その彼女の命で現世に来ているのだから、たとえ肉に囚われていても、アーティファの詔はカイには効かない。
カイの答えに、碧の髪が魔力に持ち上がり、瞳に怒りがこもる。
世界を模した曼荼羅図が、楽園から炎獄に変化する。
「・・・へえ」
彼女に応えて、背後の軍団が武器を掲げ、臨戦態勢をとる。
ルドラが剣奴として血に刻まれたあらゆる剣技そして魔術を、分身魔術によって同時に繰り出そうと変化する。
現世の神マーテルが全てを戦場に作り変えようと言霊を吐く。
剣神が苦笑した。
そのとき、何処かの世界の山の中で、狐が一鳴きした。
アーティファの世界と現世がある次元に、もう一つの世界が誕生した。
行灯がぼんやりと点り、障子から艶めいた光りが漏れていた。そこは、とある山の中の一軒家。藤棚が囲み、外に広がるのは草の迷宮。
一室から、手招きするかのように、怪しく誘う女の匂いが香って来る。
さあ、ともに唄って、笑って、楽しく遊ばぬか?女子が誘っておるのだ、恥はかかせてくれるな。
暗闇の中で、衣紋掛けにかかる紫陽花を散らした打掛が浮かび上がる。
喰い散らかした夕餉が畳に染みをつけて、徳利がそこかしこに転がっている。
真っ赤な布団から真っ白な腕が伸びてきて、煙管盆の脇の水差しをむんずと掴んだ。音を立てて飲むその唇には、前夜の宴の紅が残ったまま。
遊女は苛ただしく水差しを投げ捨てると、うつぶせのまま、じろりと三柱の神を睨みつけた。
狐の耳を立てて、尻尾を激しく左右に揺り動かす。
かと思うと、綿が厚く詰まった夜着を蹴飛ばして、しどけなく枕をかき抱いて転がる。赤い襦袢から覗く太ももは白く、肌は絹のようで、ほの暗い室内にぼおっと輝く。
寝返りをうって、仰向けになる。まろび出た豊な乳房には黒子が一つ。
深酒をしたのか、頭を押さえて悪態をついてようやく起き上がると、今度は徳利を手探りして、中身を一気に飲み干した。
口から酒が滴り落ちて、胸元をつたい、胸元に掛かるように落ちていた黄金色の髪の一房を湿らせる。不快なのか、白い指で掻き乱して、ふっと吐息を吐いた。
その色香、視線をひきつけて止まない姿態はヒトのそれとは明確に異なっていた。それはあたり前のこと、彼女は山神、あらゆる事象をつむぐ神、縁をもたらし、また解きほぐす神。
彼女が山の神とされるのは、山や森林が生と死の作り出す円環を端的に現すからだ。そこに住まうものは、生まれてからすぐに生き死にの連鎖にさらされる。死んだ命は生者の養分となることでそのサイクルを促進する。生き抜くこともまた、他者を食らうことであり、死骸をつくり上げることで同様な働きを及ぼす。死骸に群がる者らも、より小さな円環を作り上げながら、全てが繋がる。
高度に社会化されたヒトが作り上げる繋がりよりも素早く、そして豊富な生命に溢れるからこそ、深く縁が在る。鮮烈で、ドラマティックに、喰い、食われ、殺され、生きる。だからこそ、彼女は其処にあった。
縁の神、遊ぶ神、つむいで解く神、ホアンは坐していた。
全てを紡ぐ彼女の行いをヒトは戯れと見た。そうとしか認識できなかったからだが、彼女もまた命をそう見ていた。己の手のひらの中で、あくせくと動き回る生命は、彼女にとって男女の痴戯に等しいものと思えたのだった。
彼女が遊女として在る事。それは彼女がそう在ったから、そうなったのか。そうであるほうが、都合がいいから、そうしたのか。始めからどうでも良かった。無限の時間の中に在る神にとって、原因と結果を問うことは愚かしいことだ。全てが遊びで、好きなように振舞うことで世界が回り、苦情で酒が不味くなることがないのなら、彼女は別にそれで良かったのであった。
求められる姿そのままに、彼女は遊女として在る。金色の髪を艶かしい肢体にたらし、快楽に耽りながら、せいいっぱい生きる命を、行灯に群がる虫の火遊びを見るように眺めていたのであった。
ホアンが眉を上げて三柱の神を順に眺め渡した。耳を動かして、尻尾を振る。深いため息をついて口を開いた。
「うるさいのう。アーティファ、貴様は童か。・・・なんじゃ、マーテル、そのちんちくりんな姿は。まあよい。法も大事だろうが、少しは融通を利かせ。カイ、お前さんは人に興味を持ったかと思えば、まったく。縁を大事にせぬか。そんなでは女子は振り向いてくれんぞ」
「知るか」
「貴様の大事な女子の片割れ、なんと言ったかの。・・・そうそう、ブリギッタ、桔梗に聞いたが、我と共に衣を編むそうじゃのう。元気かえ?もう、抱いたのかえ?まだならば、良い香をくれてやろう」
「そんな物はいらん。どうなるか分ったもんじゃない」
「つれないのう」
「ホアン、あなたには関係ないでしょ。遊んでなさい」
「関係ないとな?」
枕もとの煙管盆から煙管を取り上げて、火をつける。
「デューイとか言うあの男。あれの母は、かつて我の生贄として捧げられた娘であったのだぞ?・・・なんだ、知らなんだか。人なぞ食わんから森の獣たちにくれてやったら、あの娘、抵抗するどころか涙すら見せん。これはどうしたものかと訳を聞いてみれば、どうやら父母に捨てられたらしい」
しみじみとホアンは語る。
いらいらしながら、アーティファは話を聞く。ちゃちゃを入れれば彼女は機嫌を損ね、あらゆる世界の山々とそれに類似する物象で災害が起こる。それですめばいいが、縁まで壊されれば、冷たい笑みを浮かべた桔梗が出張ってくる。
「それで、我も同情してな。遠い国に送ってやったのだが、なるほどの。そこでも捨てられたか」
「なら、分るでしょう?あの子たちに、これ以上の不幸は要らないの!」
それをマーテルが、そう言って振り向くが、しかしマーテルはカイ共々、いつの間にか消えていた。
「え?ちょっと・・・」
「乙女よのう」
ホアンは、おかしそうに笑う。
「黙りなさい!!私はあんた達とは違うの!!」
「あの娘は、生贄に捧げられたほどの娘なのだぞ?その息子、信じてみる気はないのかえ?あの男を選んだのはお前さんだろうに」
アーティファが言葉に詰まる。
「このホアンに捧げられた娘の子。それが作る縁、見てみたいと思わんのか?」
「・・・もう、私の子どもたちが傷つくのは見たくないの」
「カイとお前さんのライラは強く縁付いておる。その意味が分らんでもないだろうに。しかも、あの場は火の公方カグツチに近かろう?下手に手を出して奴の勘気に触れでもすればたまったものではないわ」
うつぶせになって、尻尾を振り振り、アーティファを見つめる。
「あんな、蜥蜴のことなんて!!」
その瞬間、次元が揺れて、何も動くことのない世界、全てのエネルギーが奪い去られた絶対零度の洞穴でカグツチが胎動した。神龍の目が開かれて、アーティファを凝視する。
「ほれ見たことか。我は知らんぞ」
夜着を引き寄せ行灯の火を吹き消し、ホアンは世界を閉じた。
残されたアーティファは、舌打ちをしながら、カグツチを鎮めるために彼の世界へと赴いた。




