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偽国戦記  作者: ブレヒトさん
魔晶戦争
73/131

デューイ・カノイ・ヨカナーン

ミミの副官のデューイ少佐の過去。

富裕な男爵に棄てられた彼は、病に伏せるの母のために貴族の屋敷に盗みに入る。

家の主であった元ケルサス王国近衛騎士のカシウスにデューイと母を庇護し、そこで初めてデューイは幸せをしる。

やがて母が鬼籍に入り、カシウスとデューイは彼女の思い出の中で生きる。

二年後、カシウスはデューイに士官学校に入るよう勧めるのだった。

 そうして私は、未だ戦乱の復興に慌しい王都に入った。

 アンナさんは私に会うなり、さらに肥えた体を大きく揺らしながら全力疾走、走りよってきて、きつく抱きしめてきた。背を強く叩いて無事を確かめたかと思うと、つま先から頭のてっぺんまで眺めてため息をつく。涙を浮かべて、また抱きしめて、頬に額にと口付けをしてきた。その有様を見ていた、憲兵の襟章をつけたアンナさんの部下が、はたして彼女はどれだけ彼らに厳しく当たっていたのだろうか、この世の終焉を見たかのような顔をしていたのが印象深い。

 彼女は私に、今では中将になったダミアン様を紹介してくれた。英雄は英雄らしく雄雄しかったけれど、彼に仕える気にはならなかった。そして、彼もまた自分が戦場でだけ上に立つ資格があることを心得ているようだった。

 その後、ダミアン様のおかげで近衛隊長に会うことが出来た。書状を読んだ隊長はため息をつき、ただ一言、カシウスの無事を尋ねてきただけであった。しかし、握り締めるこぶしときつく結んだ口元に、彼とカシウスの間に刻まれた、他人には入り込めない運命の責め苦があった。


 それから士官学校入学の日まで、私はダミアン様の屋敷にしばらく滞在することになった。そこで、平民出身のダミアン様と共に、現在のケルサス王国の権勢状況、貴族社会のしきたりと煩雑な礼儀作法を学んだ。分ったことは、戦乱の後始末に追われながらも確固たる基盤を得ようとする貴族たちの権力闘争の激しさと、希望に溢れる若き新興勢力の躍動だった。アンナさんやダミアン様は、後者の旗頭として担ぎだされようとしていたが、本人たちはあまり興味がないようで、集会を持つよりも、復興の指揮を取ることに注力していた。けれど、そんな彼らでも、彼らを自身の勢力に引き入れようとする、有力諸侯の誘いを断るのには、細心の注意を払っているようだった。長い歴史を持つケルサス王国にあっては、歴史に裏打ちされた権力を、たとえそれが前王に味方した貴族であったとしても、排除することは容易なことではなかったのである。

 だから、カシウスは私にこう言ったのだ。


 -学校に入ったら、力は出来るだけ隠しておけ。あまりに早く子爵の耳にお前のことが入れば囲いこまれるぞ-

 

 一度引き込まれてしまえば、逃れるためにさらに大きい権力を必要とする。乗っ取るにしても、それは同じだった。

 ダミアン様に相談してみたところ、戸棚から火酒を取り出して言った。


 「王国の術士、騎士は優秀だ。しかしお前を満足させる奴はそういないだろう。こういう私もお前が何処まで伸びるか底が見えない。そんなお前を貴族の家のごたごたに巻き込むのは、正直言って惜しい」


 子爵の名を出したところ、一瞬顔が強張り、よく考えろ、とグラスを投げて寄越した。


 アンナさんは、方眉を上げて私の顔をじっと見つめた。


 「せっかく、あんだけ鍛えてやったというのに、あの男の家に入る?あんたの父親は誰なのか言ってごらんなさいな」


 もちろん、言われるまでもない。


 「だったら、あんな男、うっちゃっておきなさい!!」


****


 形だけの試験を経て、士官学校に入学する日を迎えた。

 入学者が一同に集う親睦会という品評会で、私はホールの隅で壁にもたれかかっていた。

 目の前では、同じく新しく入学した若い貴族たちが声高にさえずっていた。まるで、初めて飛べて、それが特別なことのように思っているひな鳥のよう。どいつもこいつも家のことしか言わない。自分の囚われている鳥かごを自慢して、自分の羽の美しさを誇ろうとしなかった。


 呆れかえり、会場を後にしようとしたとき、大勢のひな鳥に群がられていた近衛隊長が私を見た。顎で会場の入り口を示す。


 そのとき、衛兵が高く声を響かせた。


「ミミ・ラール・アンダルシア伯爵令嬢、ご入場!!」


 会場が静まりかえった。

 居並んだ各軍の高官たちの視線が一斉に注がれ、その子こそがこの品評会の主役であることが分った。

 入り口付近でたむろしていた生徒たちが慌ててバラける。

 広間に繋がるカーテンが開かれて、紺色の礼服に身を包んだアンダルシア家の騎士が姿を現した。

 彼らの力を理解した生徒たちが口をつむぐ。真性の騎士と魔術士。ケルサス王国の名門中の名門にして、歴代王の近衛騎士に数多くの名を連ねるケルサスの軍事の要。カルブルヌスが勇猛の象徴であるならば、彼らは誇りの象徴。ケルサスに彼ら有りと民が見上げる、国内にこそ提示される権力だった。

 アンダルシアの騎士は各軍の高官を前にしても、誰一人気おじなどしていない。アンダルシアに仕えることが、一軍を率いることにも勝ることを理解しているのだ。有力者にありがちな蔑みなどない。気高くあろうと、ふさわしくあろうとする強い意志があった。


 その中心に、彼女がいた。


 燃えるような赤毛が見えた。

 騎士たちに囲まれていたから、顔は見えない。

 耳目を一身に集めているにも関わらず、足取りは少しも乱れることはない。

 高貴さを現すように彼女の進むべき道が割れて行く。

 この会場の中で、彼女の秘めた魔力は曙光のように誰をも照らす。

 精一杯抑えていても、昇る陽光を遮ることは出来ないのだから。

 

 それは、神聖グローリアの光りにして、聖巫女アーティファの照らさずにはいられない最美の魔力。

 世界樹を戴くマルティス騎士団の若草萌える生の息吹。帝王アルファスが示した安寧への意志。


 彼女の叔父と叔母の名声はグローリアの象徴として大陸中に響き渡っていた。


 人垣の割れ目から彼女の顔が見えた。

 グローリアの象徴である碧の眼差しが、ただ前を見据えている。

 アンダルシアの象徴たるアネモネのマジックフラワーを髪に挿し、胸をそらせて誰をも省みない。彼女の存在を受け止めることは出来ないと、他ならない彼女が知ってしまっているから。

  

 誇らしく、自己を主張して止まないアンダルシアのアネモネに、鮮烈な赤毛を抗うように伸ばして、揺らす。

 私は、その有様に彼女を見る。私は私だと叫ぶひな鳥の、形容を嫌う気高さを。


 そのとき、一瞬、視線が交錯した。

 顔は動かさずに目だけで私を見た。

 眉根が寄って、かすかな驚きと警戒が瞳に宿り、薄い唇が引き結ばれた。


 私は微笑む。


 (お分かりですか、お嬢様。ここにいるのは、貴女と僕だけです)


 カシウスの言った意味を理解したわけではない。


 -忠誠を誓うべき相手、私が選択し、剣を委ねる。もしくは、共に歩む友を見つける-

 

 ただ、彼女とならば、歩んでいけると思った。

 恋に落ちてしまったのだ。

 彼女のために剣を捧げるべきか、そんなことを考える前に、彼女がどうしようもなく欲しくなった。


****


「ガキだったんですね」


 通信を後ろで聞いていて、終わるなり姿を現し、デューイの話を黙って聞いていた彼女の叔父に言った。


「田舎から首都に出てきて、垢抜けた綺麗な人に出会ったもんだから、舞い上がってしまったんですよ。座学や演習でいろいろ操作して大佐のお近づきになったのはいいんですが、それを彼女に知られて怒られてしまいました。しかたなく少し本気を出したら次席になってしまって、その後は予想通り、まあ、子爵に見つかりました」


「それで、今までミミだけではなく、軍の情報も子爵に流していたわけか」


「まったく迷惑な話です。おかげで、こっちはいろいろ走りまわされました」


「悪びれんな、君は」


「ええ、謝る必要なんてないですからね。私のおかげで軍は子爵に余計なことを言われなくて済んでいるんです。しょうもない情報を手がかりに、子爵は今日も四苦八苦していますよ」


「このことを知っているのは?」


「クリトン将軍に近衛隊長のエポラール様。アンナ憲兵大佐、ダミアン中将、そして、もちろんミミ大佐です」


「それらの名は君の潔白を証明するにはケルサスでは十分なのかもしれんが、私に通じるとは限らんな」


「考えても見てください。棄てられた私が、いまさら父なんて言われても、こちらは利用するだけですではありませんか?本妻に生ませた男子に力が無くてどうしようか悩んでいたら、かつて妾に産ませたガキがいい具合に育っている。よし、駒にしようなんて馬鹿にしているでしょう?」


 デューイは立ち上がり、肩をすくめてみせた。


「その怒りももっともだ。しかし、君の野心にミミが利用されようとしているのは我慢できんな」


 コールが微笑み、デューイの首下に見えない茨が忍び寄った。


「分ると思うが、君を殺すことになんら躊躇はない。たとえミミへの思いが本物であろうとも、そしてミミが君の事を思っていようともだ。

 ライラの傍に君を置いておくにはリスクが大きすぎる。せめて君の力が平凡なものであれば良かったのにな。ライラのことを口外しないと、契約魔術で誓え。命を賭けろ。そして今すぐ去れ」


「ご冗談を」


 デューイの魔力が高まり、マルティス騎士団の秘術を宿した茨が弾かれる。髪が揺らめいて瞳孔が広がり、その中に赤い文字が浮かび上がった。

 関節が音を立てて形を変える。

 端正な顔がゆがんで、悦びに浸る獣のように吐息を吐く。


「今まで私は我慢してきたんです。母のために身を粉にして働いて、目にするたびに殺したい父と名乗る下種には頭を下げて、媚びて。士官学校では年下のガキどものお守りをして」


「おいおい」


 コールは苦笑しながらも、デューイ同様、喜色を顔に張り付かせる。


「っくく、良いぞ、デューイ少佐。力ずくで納得させて見せろ。まったくそれは私好みの展開だ」


「ええ、これはチャンスなんですよ。貴方に力を示せば、彼女と共に歩める可能性はぐっと高まる」


 デューイがサーベルを引き抜く。


「姫様にもお会いできました。あの方の示してくれた浄土の光。そのために生きる価値がある。父に胸を張ることが出来るんです。ええ、きっと、喜んでくれる。カシウスの出会えなかった主に、私は出会った!!」


「その力、その瞳、東の大陸に広がる大山脈、ましますは戯れる山神ホアン。帝王アルファスに神衣を与えたという、あらゆる事象を紡ぎし遊女。

 なるほど、子爵とやらはその力が欲しかったわけだな?」


 魔力が渦巻いて、コールが腰に帯びたメイスに手を伸ばす。マルティス騎士団にあって、最も神聖グローリアの理念にふさわしいと称された若草色の魔術が展開する。


 天幕に施された結界がきしんで、歪む。異常を察知した本営から通信が入り、水晶がけたたましく鳴って返答を求めるが、二人は無視して笑い合い、武器を掲げた。


「何をしているのですか!!」


 ミミが、ライラと小太りの少佐を引き連れて怒鳴り込んできた。

 ライラはぽかんと口を大きく開けて、小太りの少佐は鼻水をたらして固まっている。そして、ミミはあまりの怒りに軍帽を放り投げた。


「誇り高きグローリアの名に連なる叔父上が何故そのような振る舞いをなさるのですか?!デューイ、お前はこの私に約束したな!?何があろうと、まずは私に相談すると!!」


 デューイはサーベルを収めると、両手を上げて、にこやかに微笑んだ。

 コールは、じろりミミを睨みつけた。


「何だミミ?邪魔をするな」


「ご自重ください!!」


「これは私なりの挨拶だ」


「そんなわけはないでしょう?!」


 デューイがこっそり天幕を出ようとするが、ミミに捕まり、ライラが傍に来て不思議そうにその瞳を覗き込む。


「まったく、母に似て大げさな。この私がカシウス殿のご子息に無礼を働くはずがないではないか」


「何を?」


 デューイが振り返り、コールを見た。


「狂王が他国と軋轢(あつれき)を深める中で、カシウス殿がいたからこそケルサスは滅亡を逃れえたのだ。グローリアをはじめ、関係諸国と水面下に連絡を保ち続け、同盟を維持して他国の進入を防いだ。妻子を殺され追放されるまで、彼はケルサスを守り続けた。グローリアが変わらぬ援助を受けることが出来たのもまた、彼のおかげだ。そのカシウス殿が息子と呼ぶデューイ少佐にどうして俺が害をなそうとする?」


 ミミは気圧されて、コールの代わりにデューイに喰ってかかった。


「カシウス殿とグローリアのつながりなど聞いていないぞ!!」


「黙れ、ミミ」


 言葉を詰まらせて、ミミは目を伏せた。


「ということだ、デューイ少佐。試して悪かった。しかし、貴様も楽しかったろう?

 誰がなんと言おうと、私は貴様の立場を守ろう。カシウス殿のご子息ならば、こちらから頼みこんでもいいほどだ。よろしく頼むぞ。

 直ちにミミと同じ聖騎士の称号を下ろすようベリル様に進言しよう。子爵がなんと言ってきたとしても、貴様は我らの軍の士官で、姫の騎士なのだ。これは私の一存ではない。マルブ領主ガイゼリック伯爵のご意向でもある。彼もまた、保証人となる」


 ガイゼリック・ソーコル・モノオクルス伯爵。流浪の大魔術師で、かつて前王が狂ってしまう前に招かれ、近衛騎士団を鍛え上げた。そして、現在の軍階級を作り上げた軍事理論の大家で、カシウスの師匠。


「・・・私が聖騎士、本当に?」


「本当ですか?叔父上!!」


 ミミが我が事のように喜んで、歓声を上げる。

 その子どものような姿にコールが眉をひそめる。


「デューイ!!良かった。貴方は、姫の、私と同じグローリアの聖騎士になったんだ」


 顔をほころばせ、背伸びをして、私の肩に掴まって目を合わせるように上目遣いをする。

 でも、私は混乱している。


 どうして?

 私は、僕はただ、認めたくなかったから、道具じゃないって証明したくて生きてきただけなのに。

 僕を排斥した世界を憎んで、それを手がかりに抗ってきただけなのに。


 本当の父は、民が傷ついている間も逃げ回っていた臆病な卑怯者。たまたま領土が三王子の侵攻路に重なっていたから、恐怖心から物資を供給せざるを得なかった。

 母は生まれこそ特殊な人だったが、魔力を持たなかった。優しくかったけれども棄てられたことを認めることが出来ない弱い人だった。

 私はたまたまカシウスと出会い、カシウスが母を見初め、母もまたカシウスを愛したから生存を許された。弱い母、傷ついたカシウス、憎しみを秘めた私。三人で補い合って、ただ三人でいれば幸せであったけれど、私は決して外の世界を見ようとしなかった。

 より広い世界を見せるために送り出してくれたカシウスの思いを閉じ込めて、軍という単純な世界に安住しようとした。けれど、ミミに恋して、私は私以外の世界を見た。狭い貴族社会の因習から飛び立とうとしていた彼女。否定するのではなく、乗り越えて、昇華させることで自分の世界を歩もうとしていた。きっと、自分の理想を導いてくれる理念(イデア)はあると、認めることが出来なかった世界とそれまで歩んできた生を棄てずに握り締めて、経験と為して、苦しみながら羽を広げていた。

 そんな彼女がどうしようもなく眩しかった。誇らしかった。けれど、私は?

 だから、ミミを愛していながら、彼女が世界に立ち向かう姿に引け目を感じて、いつも後ろについていくだけだった。せめて恩恵を受けようと、浅ましく。卑しく。目を伏せて。

 それだけだったのに。

 そうすることしか、出来なかっただけだのに。


「デューイ?」


 彼女の瞳に影が差す。

 そんな彼女に、いつものアンナさん仕込の皮肉を返せない。


 彼女と共に歩むには自分はふさわしくないという卑下があったからだ。

 彼女を腕に抱きながら、いっそ奪われてしまえば楽になるのにと思っていたからだ。


「私は、ただ、あの時の続き。反抗をしてきただけなのに。カシウスと一緒に、この世界に向かって叫んできただけなのに。何もない私が、この世界で最も尊いグローリアの聖騎士になっていいはずが」


 言い切る前に、彼女の腕が伸びてきて、抱きしめられて、柔らかい曙光のような魔力に包まれる。

 初めて一緒になった夜よりも深く、彼女の息吹を感じる。

 このぬくもりを傍においておきたくて、喘がせれば離れることなど出来ないだろうと、彼女の心に忍び入った。少女だった彼女をたぶらかして、家との確執に悩む彼女を、形ばかりの慰めの言葉で好いようにした。

 それが実の父が母にしたことと同じだと心をかすめていたけれど、彼女の傍を離れることが出来なくて、私は彼女を抱き続けた。

 けれど、気付いていた。本当に慰められて抱かれていたのは私、僕だった。


「大丈夫。貴方は強いんだ。グローリアの聖騎士にふさわしいんだ。貴方と共にあるから、私はミミでいられるの。貴方が傍にいるときだけ、ディアーガなんて名前は要らないの。

 だから、お願い、私の傍にいて。私を棄てないで」


 彼女の頬に涙がこぼれる。

 お互いに愛していると言ったことなんてない。

 ただ、私は彼女だけが欲しかったから、彼女は私だけには認めて欲しかったから、重なり合った。

 一人で生きて行くには、彼女の光りは強すぎて、私の闇は深すぎたから。


 -弱かったら、群れればいいの。つらかったなら、頼ればいいの。理想なんかなくても、大事な人がいて、その人のために頑張ったなら、きっとそれは貴方の理想になるの-


 それは、母が説いた、母の信ずる神の理。脆弱な個体であることを見つめて生きる群れの理。


 -厄介なことに、この世界で生きるには理想が必要だ。特に俺たちのような力を持ったものたちはな。

 俺の失敗は、理想のために大事なものを省みなかったことだ。そうして、全てを失ったとき、俺には何も残らなかった。あれほど胸を焦がした理想すらもだ。デューイ、お前は俺と同じ轍をふむなよ-


 酒に濡れた父の言葉は、取り戻すことの出来ない愛惜の苦しみ。


 -私は思うの、理想って作られるものなの。始めからそこにあるものではないの。気付けば胸に秘めているものなのよ-

 -理想なんてただの思い込みだ。けれどな、それは素晴らしいと俺には言えるんだ。無くしてしまったけれど、その残照は例えようもなく輝いて見えるんだ-


 ・・・。

 そうだ、そうなんだよ。

 私の理想なんて、始めから決まっていた。

 母とカシウスのような関係を結びたい。それだけを思って、二人を理想に生きてきた。永遠を誓うことができる二人が羨ましくて、見上げて、愛し愛されたいと思ってきた。

 ミミの前では、憎しみなんて気にしていなかった。子爵のことなんて、頭になかった。ただ、彼女を思って、その歩みを乱す者を排除して、涙を拭ってやって、代わりに剣を受けた。

 僕は脆くて、彼女は強固だった。私は強くて、彼女を守る力があった。

 

 私は彼女と群れていたい。彼女の属する群れを守りたいと思うこの気持ちは、私の理想。 


 両手を彼女の腰に回して、何度もコワレモノを扱うようにして抱きしめた細い体を、初めて強く抱きしめた。

 髪の匂いをかぎながら、彼女の求めと私の欲求が同じになって、口付けを交わす。

 初めての口付けは流れから、でも、この口付けは永遠を願って。


「貴方の心が知りたいの」


「知っているでしょう。ミミ、貴女だけを見つめて愛している。あなたと一緒なら、この世界を好きになることが出来る」


「うん。私も貴方となら、素敵な夢を見れるの。私の夢には、貴方がいなきゃ駄目なの」


 私にとって、貴女はいつだって。


「そこまで許した覚えはないのだがな」


 もう一度、口付けしようとしたとき、ギャラリーが横槍を入れた。


 ミミは飛び跳ねて、淑女にあるまじき声を上げた。


「大佐、もしかして結婚するの?」


 いつの間にか、姫様がすぐ傍で見上げていた。


「はあ?結婚!!」


「え?だって、サラがいつも読んでた小説ととっても似てたよ?」


 ミミが卒倒したから抱きとめたが、突き放されてしまった。

 一瞬、申し訳なさそうな顔をしたが、すぐにいつものように勝気に胸を張った。が、しどろもどろになって、コール少佐とライラ様の顔をかわるがわるに見つめて、両手をこねくりまわした。


「私は望むところですが、大佐はご実家と話さなければならないでしょう?伯爵家なのですから」


 大佐が鬼神のような顔つきで睨みつけてきた。


「アンダルシア家は弟が継ぐのだろう?俺が説き伏せるから問題ないな。グローリアとしてはそこらの王族よりもカシウス殿と縁を持つほうが有益だ。アンダルシア家としても、貴様の養父の名をしれば、少しは考えるだろう。カシウス殿は認めないだろうが、彼の影響力は凄まじいものがある」


「叔父上?!」


「お前たちが婚姻前に関係を結んでいること、俺が知らないとでも思っていたのか?はしたないにもほどがある。申し訳なさそうに告白したクリトンを殺そうとも思ったが、悲鳴を上げながら懇願するので詳しく聞いてやったよ。デューイ少佐の出自は不安だったが、養父を聞いて安心した」


「やったああああ」


 姫様が歓声を上げて、あっけにとられていた小太りの少佐の手を取って、走り回った。

 ミミはうつむきながらも、うれしそうに微笑んだ。

 目が合って、私も応える。

 僕は群れを見つけて、理想を歩む。僕の理想は、彼女の意志と融合して、貴い世界を創りあげる。

 僕はもう、僕じゃない。私なのだ。


 ぜいぜいと息を切らせながら、少佐は床に転がった。

 ようやく立ち上がると、通信からもたらされた報告を告げる。


「デューイ少佐とコール少佐が解放した魔力に対して本営から苦情が来ています。クリトン将軍が怒っていますから、とりあえず自分は修練だと説明しに行きます」


「ほう、それはすまなかった。よろしく頼む。・・・ところで、君の名前はなんだったかな?」


「・・・マルスです。名乗るのはこれで三度目なのですから、お願いします。覚えてください」


 コールが頷いて、姫様が笑った。ミミが呆れて、マルス少佐はふてくされながらも嬉しそうに天幕を出て行こうとする。


「ああ、マルス少佐」


 コールが思い出したかのように声をかける。


「この部隊に少佐が三人もいては面倒だろう?階級を再編するようにクリトンに伝えろ。もう、この部隊がベリル様直下にあることはバレているのだ。私も階級なぞに縛られるのは御免だ。相応の地位を寄越せと伝えろ」


「はっ!自分も同意見です。コール様と同じ階級なんて、恐れ多いことであります」


 目じりにしわを寄せて、ぶきっちょな敬礼をする。忌憚を含まず、場をかえることが出来る。彼が居るだけで部隊は安定する。


「デューイ、貴様はもうグローリアの騎士なのだから、正式なマントを帯びろ。貴様が黄色のケープをまとう魔術士だと?冗談にもほどがある。隠密は今を持って取りやめにしろ。そもそも貴様は、魔術士ではなく騎士だろうが。

 戦争が終わったら、俺が機会を設けてやるからデュルイ家のオーギュントとルシアーノに会え。奴らが証人になる。貴様は奴らと同じ色のマントをまとう資格がある」


 天幕を出て行こうとしたマルスが振り帰り、尋ねてきた。


「名前といえば、デューイ少佐。再編にあたり、貴方の名前を申請しなおそうと思います」


 ミミが手を握ってきた。碧の瞳が見上げて、小さな唇が開く。


「デューイ、貴方の名前を聞かせて?」


 私は、私の名前は。


「デューイ・カノイ・ヨカナーン。誰よりも誇りに思う父の名です」


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