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偽国戦記  作者: ブレヒトさん
魔晶戦争
71/131

望郷のワルツ


 ヤーヘンに占領されたハイデンベルグ領第三の都市を奪還すべく、王直属対魔術部隊指揮官ダミアン中将は都市を包囲していた。

 戦場を見渡せる場所で、ゆったりと椅子に腰掛けている。

 微笑を浮かべながら、もたらされる報告を聞きながら片肘を突いていた。


「閣下、重装歩兵大隊配置に付きました」


 都市の内部ではヤーヘンの一個連隊2500名が立てこもっている。


「こちらを待ってくれるとはな」


 取り囲むのはダミアン率いる二個連隊。

 中には魔石を多く装備した重装歩兵大隊がおり、カルブルヌスから借り受けた騎士団もいる。


「それだけ魔槍とやらに自信があるのでしょう」


 脇に立つ中佐があざけりの表情を浮かべる。


「あるいは、一網打尽にするためか」

 

 ケルサスの布陣を待ち、はじめに魔槍でもってダミアンを仕留める。次いで、本営を潰された動揺が収まる前に、厄介な重装歩兵を殲滅する。後は一気に騎兵で潰してまわればいい。上手くいけば、敗走のしんがりを務めるであろうカルブルヌスを魔槍で狙い撃ちにできる。それがヤーヘンの策であった。


「どうやら、ヤーヘンは戦争のやり方を忘れてしまったらしい。俺たちが手ずから教えてやろう」


 ダミアンの片手が挙げられ、中佐が伝令に告げる。


「解析部隊、報告にあったパンデミックの予兆に注意しろ。魔槍は気にするな、見れば分る。カルブルヌスは砲兵部隊の一斉射撃後、二手に分かれて城壁の両脇に急行しろ」


 中佐が頷いて、ダミアンの腕が振り下ろされた。


「ってー!!」


 一斉に砲門が開かれた。

 雷が走り、火炎が続く。水が渦巻いて、風の刃が駆け抜けた。

 各属性を帯びた砲弾が城壁に張られた結界にぶち当たり、怒号にも似た共鳴音と共に魔力の干渉波が戦場に伝わる。

 砲声轟く中、城壁の上で、かすかに鈍い音が聞が響いた。

 黒光りする鋼鉄の槍の穂先に結界が浮かび上がる。

 並べられた魔槍の数は四。

 全てが、一斉にダミアンに向けられた。


「中将閣下!!」


 伝令が叫ぶ。


「叫ぶなよ、みっともない」


 ダミアンも、参謀の中佐も対策どころか動こうともしない。


「しかし!!」


「君にいいことを教えてあげよう」


 中佐が後ろに一歩下がり、ダミアンが椅子から立ち上がる。


 槍に施された結界がすぼまり、槍身にまとわり付く。


「あの槍の破壊力を生み出すのは」


 槍が砲門から投げ落とされる。


 ダミアンは手を後ろにくみ、伝令に微笑みながら言う。

 伝令は蒼白になりながら言葉を待つ。


「高速で打ち出された後、魔力的な障害にぶつかることで槍に埋め込まれた魔石の魔力が爆発的に解放されることによるのだ」


 槍に埋め込まれた魔石が光り始める。


「わざわざ砲門を使うのは、その中で魔石の調整しているんだな」


 槍が中空で停止し、尻に埋め込まれた魔石が解放され火属性の魔術が爆発的な推進力を与える。槍身に風の魔力がまとわり付て、さらにその勢いが増す。

 次いで起こるだろう事は、槍身に烈火と烈風の魔術が絡まりあって生じる火炎竜巻(ファイアーデビル)


「まあ、簡単な仕組みだ。ヤーヘンが城壁にあれだけ強力な結界を張るのは、射出直後の魔石発動のタイムラグの間に打ち落とされるのを防ぐため。槍の推進力を得るために解放した魔石の魔力を乱されないためななんだ」


 伝令に向っていたダミアンがくるり体の向きを変え、魔槍に向かい両手を広げた。

 

 魔槍が炎熱を纏い、高速で回転しながら迫り来た。

 通りすぎた軌跡に、火柱が立ち上る。


 ダミアンの笑いが高く響き、絶叫となる。

 中佐がなんでもないかのように通信に向かい指示を飛ばす。

 魔槍は陣を守る結界に突き刺さり、伝令は悲鳴を上げた。

 

 たわんだ結界が光り輝き、そして、魔槍はただ落ちた。


 呆然とする伝令にダミアンが肩を貸して起き上がらせる。


「解っていた。どうしてハイデンベルグ城にウグニスがいたか。それは砲門の力なしに魔槍を点火するのに奴が必要だったからだ。城では砲を使っているようで、実は使っていなかったんだ。槍の仕組みと、施す調整魔術の術式を悟らせないための、小国の空しい努力だったんだよ」


 魔石のコントロールには細心の注意と高い魔力がいる。ケルサスは豊富な資源と人材、資金に物を言わせてそれを定式化した。例えば、重装歩兵は魔石の使用に秀でたミミが研究を主導し、湯水のごとく魔石を費やすことで魔石の同時使用の術式を組み上げた。しかし、いかに潤沢な資金を持つ商会といえども同じ水準までは至らなかった。だからハイデンベルグ城では重装歩兵を引っ張り出し、データをとったのだ。

 けれど、いかに必要な情報を得てもヤーヘンや商会の持つ技術力や魔力では、この戦で応用するには間に合わない。一方、ケルサスは槍の残骸からその特性と仕組みを読み取った。魔石に対して多くの知見を有するケルサスだから出来たことであった。


「気付いたか?この槍はハイデンベルグ領で目にしたものに比べ、速度において大きく劣る。火の魔術と風の魔術を組み合わせる技量に欠けているんだ。ウグニスに代わる優秀な魔術士がいないんだよ。そうとなれば対策は簡単だ。砲による機械的な調整魔術なぞ容易く乱れる」


 ダミアンが前線を指差す。指し示す先、城壁の結界に異常が生じていた。半径一メートルほどの歪みがいくつも見える。


「槍は結界を通過するのだから、そこに魔石の発動を乱す仕組みを入れてやればいい。先ほど雑多な砲弾を打ち込んだのは目くらましだ。ヤーヘンの魔術士たちはどれが本命が分らずに混乱し、その対処に通信魔術は乱れに乱れたはずだ」


 魔槍が届く範囲に本陣を敷いたのもそのため。

 砲門の位置は見て取れるのだから、目標さえわかれば結界のどの部分を魔槍が通過するのか点で分る。

 後はその場所にピンポイントの罠を張ればいい。


 伝令のダミアンを見る目が変わっていた。

 崇拝。

 自信に溢れて、はるかに階級が下の自分に肩を貸してくれる、頼りがいのある将官。


「ヤーヘンも努力したようだが、ケルサスの魔術士に解析する時間を与えるとは、馬鹿なことをしたものだ。せっかく得たアドバンテージを捨てるなんて、商会に踊らされたな。短期決戦からの講和こそが奴らが勝つ唯一つの道だった」


 ダミアンがため息をつくと、陣の背後から複数の影が飛び上がった。


 巨大な鷲が、グリフォンが、ユニコーンが空を駆ける。


「ためになったよ、礼を言う。ヤーヘンは俺たちに魔石に対して貴重な示唆を与えてくれた」


 伝令のために椅子を用意して座らせる。

 そして、講釈するように前に立つ。

 陣のだれもがダミアンを見つめる。息を呑み、熱い視線を投げかける。


「彼らの魔槍が、俺たちケルサスの新しい力となる」


 飛び上がったのは使い魔たち。背には魔術士を乗せている。

 ユニコーンは胴に大型の砲弾をくくりつけ、鷲とグリフォンはそれぞれ足に持つ。


「見ろ。これが商会とケルサスの魔石の加工技術、そして魔術士の差だ」


 使い魔が城壁の上空に迫る。ヤーヘンの魔術士たちが打ち落とそうと魔弾を放つが、高速で動く彼らには当たらない。砲も同様に、下から上への一点射撃では当たるはずも無い。

 背に乗った魔術士の魔力が臨界を迎えると、使い魔たちがより高く舞い上がり、弾を城壁に向かって落下させた。


「槍なんて仰々しいものを用意するよりも、こう使うべきなんだ」


 ヤーヘンの兵が目を凝らして空を見上げる。

 小さな弾が彼らの張った結界にぶつかる。

 なんのことはない。

 ただのちっぽけな砲弾だった。

 そのはずだった。


 それが激甚(げきじん)の破壊力をもって城壁を粉砕し、魔槍の砲門ごと兵たちを吹き飛ばした。

 魔石の志向性は重力の方向。

 仕組みは魔槍と同じだった。

 違うのは目的。放出された魔石に宿った強力な魔力波が結界を乱し、結界維持のための魔具は砕け散り、ヤーヘンは新たに結界を張る手段を失った。


 ダミアンがあたりを見渡し、一喝する。


「重装歩兵大隊に通達!城門に向かい進軍!敵の攻撃を受け止め、続く部隊の入城を助けよ!!」


 最強の将官に仕える誇りと興奮を胸に、陣内の兵たちが走り出す。


 中佐が通信を受け取る。


「閣下、両翼に展開したカルブルヌスが城内への侵入の許可を求めています」


「すべては計画通りに執り行う」


「続いて報告。住民の虐殺の危険性を訴えています。至急入城の許可を、とのことです」


「ありえんよ。心配ないと伝えろ」


「ヤーヘンより一騎打ちの申し出です。第一連隊所属ニュートラス準男爵が申し出を受けたいとのことです」


「馬鹿を言え。時間稼ぎには応じない。固辞する」


「はっ!!」


「空中にいるカーネル魔術大尉に連絡!俺の声を届ける。拡声魔術を」


 ダミアンが通信の水晶の前に立つ。


 上着を脱いで髪をかきあげて、親身になって語りかける。


「ヤーヘン兵に告ぐ。こちらケルサス軍ダミアン中将。直ちに降伏しろ。身の安全は保障する。お前たちが死ぬ必要はない!」


 グリフォンの口が大きく開き、ダミアンの声が上空から城内に響きわたる。


 その下では、重装歩兵大隊を先頭に突入部隊が城内に侵入しようとして、ヤーヘンの防禦部隊と火花を散らしている。しかし、優勢は明らかに戦力に勝るケルサス。

 ヤーヘンは必殺の魔槍を防がれたことで動揺し、陣形すら整えられていない。

 それもまたダミアンの張った罠であった。目の前であえて敵の兵器を破ることで戦意をくじく。そのせいでヤーヘンの兵たちは恐慌状態にあった。

 両翼ではカルブルヌスの騎士が結界のはがれた城壁に登り、城壁にそって城門を守護する兵をしとめていく。


「よく見ろ!!お前らには、俺たちの兵力が明らかなはずだ。取り囲む連中がどういう奴らか。ケルサスの精兵に、カルブルヌスもいる。お前たちに勝ち目などない」


 中佐の魔術で、大鷲の目を通じて戦場の風景が陣の空中に浮かび上がる。

 それを見てダミアンが声を張り上げる。


「お前たちの最高指揮官は誰だ?兵のためを思うなら降伏しろ。ケルサス王国男爵中将ダミアン・キュア・サングレアの名に懸けて安全を保障する!!」


 戦場ではついにケルサス軍が城内に侵入し始めた。

 城門に向かい、ヤーヘンの魔術士、騎士が殺到するが、容易く跳ね返される。


 ダミアンが顔を挙げて解析将校を指差す。

 目を瞑り、集中していた解析将校が目を見開いた。


「来ました!パンデミックの波です!!」


「カルブルヌスに通達!」


 ユニコーンにまたがる女が仮面の下で微笑んだ。

 戦場にあわない、肌も露な薄い布地の服をはためかせ、両腕のリングを鳴らす。

 仮面を放り投げて、長い髪を風に乗せる。

 ユニコーンは彼女の魔力の高まりに応え、空を駆けてリズムを刻む。

 リングを鳴らし、共鳴し、戦場に郷愁の響きがこだまする。

 城壁の外に控えていた魔術師たちが、リングのリズムに合わせて高らかに言霊を歌い上げる。

 やがて、戦場の魔力が調和し高まり、彼女の舞は魔術となる。


 彼女の赤い唇が開いて、かすかに見えるヤーヘンの海原に歌声を届ける。

 柔らかく響いて、細く白い腕が、たたまれて伸ばされて、リングがなる。

 空を掴んで、雲間を駆け抜け、見晴らす海は蒼く輝く。


 私の思いを乗せて、故郷の色を貴方に届ける。

 一角獣がいなないて、広がる翼は、貴方が求める悠久の幸福。


 空に巨大な魔法陣が浮かび上がり、愛惜の魔術は完成した。


 空高くあるから、彼女の歌声は聞こえるはずがなかった。

 人の声はそんなに強くは無いのだから。

 だからと言って拡声魔術で高めてしまえば、音が乱され変調して、繊細な情感は伝わらない。

 情熱と魔力は似て非なるものなのだ。

 それなのに、どうして彼女の歌声はこんなにも澄み渡り、彼らの胸に浸透するのか。


 ヤーヘンの兵たちは空を見て涙を流す。

 パンデミックのために薬と魔術で脳を破壊された者らもまた、座り込んで思い出の中の故郷を思う。


 -母よ、父よ、子供達よ。愛しい者らよ-


 パンデミックを引き起こすために商会から派遣されていた魔術士はその変化に驚愕し、応えない者たちを殴りつけた。


 -こいつらは何をしているんだ!脳を破壊されていながら、まるで自我があるように振舞うとは!ただの肉人形の分際で!!-


「起きろ、貴様らああああ!!」


 叫びを上げた男の目に飛翔する仮面の騎士の姿が映った。


 ****


 ヤーヘンの指揮官は涙を流して崩れ落ちた。


「許してくれ、許してくれ、許してくれ・・・」


 そう何度も繰りかえす。


 顔を上げることが出来ない。

 パンデミックの餌として、戦争に向いた魔術をつむげない者らを徴兵し、国家のためにと人の尊厳を奪った。

 兵に見せかけるために、自意識を失い糞尿垂れ流す彼らに剣を持たせた。

 けれど、彼らにも一つの衝動があった。


 -死にたくない-


 人であったころの名残であり、パンデミックの条件だった。

 

 商会の言うとおりに、俺たちはその鬼畜の所業が国のためになると信じた。

 いや、そう思い込むことを欲したのだ。

 目の前の光景を作り出したのが俺たちの意思だとは思いたくはなかったから、言い訳を探したのだ。


 「どうか、俺たちを許してくれ」


 気付けばケルサスの攻撃は止んでいた。

 兵たちはみな、武器を取り落として座り込んでいる。

 目の前では、商会の魔術士を殺したカルブルヌスの仮面の騎士が俺を見下ろしていた。


 その目には哀れみ。


 抱いて当然の怒りや憎しみは無い。

 どうして?

 それが、俺をどうしようもない人間だとさいなんだ。


「・・・悪魔は去った」


 空から声が響いた。

 敵将ダミアンの声。

 戦場で最も会いたくはなかった相手。生ける伝説にして、ケルサス攻略に際しての最優先目標。


 -殺さなくては-


 立ち上がる。剣を握り締めて、部下たちに向きなおる。


「もう、いいだろう?無駄だよ」


 けれど優しく、それでいて厳しく響く。


「お前たちの行いは地獄こそふさわしい。だが、それを望んでいた訳ではないことは解っている」


 部下たちの俺を見上げる瞳が恐ろしい。

 こみ上げる良心の呵責に、すがり付くように、唇を震わせている。


「ただ国を思い、それが最善であると信じたのだろう?俺にはわかるよ」


 顔をダミアンがいる陣に向ける。

 

 分るだって?ヤーヘンの苦しみが、ケルサスのクソ共に?


「内乱の中で、俺は同胞を殺した。それも数千とだ。そいつらだって国を思っていたから剣を取ったことぐらい馬鹿にだって分るさ。けれど俺は語り合うことを選ばずに殺して、手は血に汚れた。お前たちのもそうだろう?国のために処置をした。別に憎しみや恨みがあったわけではない。勝つために必要だからしただけだ。

 けれど、どうか先達として言わせて欲しい。己のしたことをごまかすな。お前達は下種なんだ。どうしようもないんだ。だけれど、まだ戻れるんだ。これ以上は駄目なんだよ。気付いたときに戻れなくては、お前たちは怪物になる」


 戦場に沈黙が満ちる。

 ダミアンの演説に誰もが気を取られているなか、カルブルヌスの騎士、魔術師達が一斉に魔術をつむぐ。広域殲滅合成魔術。対象を選別して広範囲にわたって殺しつくす。発動の条件が厳しく、戦場のような場が乱れた場所では使えるはずもない、複数人による高度魔術を、ヤーヘンが戦意を喪失している隙に形作る。


「お前たちに手を汚させた商会の手先は死んだ。もう目覚めるときだ。俺が手を差し伸べるのは、今、このときだけだ」


 カルブルヌスの魔術が完成し、ユニコーンにまたがった女が起動のときを待つ。


「降伏しろ。そして、家族の下に帰るんだ。そして、全てを話し、許しを請え」


 ヤーヘンの指揮官が剣を握り締める。

 

 (分ったふうな口を!俺はもう、戻れないんだ!!)

 

 そのとき、耳に響く歌声が、大きくなった。

 

 -お父さん-

 

 娘の声が聞こえた。

 

 優しくて、魔術士の家に生まれながら、戦には向かなかった娘。


 -それがヤーヘンのためになるならば、怖くはありません-


 そう言って微笑んだ娘の顔から、表情が消える。

 歌声に乗って香ってきた、海風を含んだ故郷の匂いが、戦場の、生臭い臓物と火薬の匂いに塗り替えられる。

 澄みきっていて、心を穏やかにしてくれた歌声が、今では耳障りな軍靴と悲鳴と呪いの叫びに変わる。

 

 その中には、ナハト河に沈んでいった、娘の声が・・・。


 -死にたくなんてなかったよ、お父さん- 

 

 もう、耐えられない。


「・・・古の竜神カグツチに連なる誇り高きヤーヘンの兵に告ぐ。我らの戦はこれまでだ。パンデミックのために行った我らの非道、決して許されることではない。これ以上同胞の血を流すことは我らの神が決して許さない。ゆえに、今すべきことは、直ちに戦をやめることにあると信じる。・・・我らは、ケルサスに降伏する!!」


 気付けば叫んでいた。

 涙を流し、剣を落とし、俺はもう、戦えなかった。


 部下たちもまた、何を見て、聞いたのか。

 うずくまって、父と母、家族の名を呼んでいた。


「よく決断してくれた。あなた方の勇気に敬意を表する。ケルサス軍に告ぐ。戦いは終了した。直ちに終戦の手続きに入れ」


 ダミアンが中佐に振り向いた。


「ただの時間稼ぎのつもりだったのだがな。こういう仕儀になった」


 中佐が肩をすくめる。


「こんなこともありますか。奴らにも人の心が残っていたようです。恐るべきは、それを引き出したカルブルヌスの魔術でしょうか?

 しかし、これだけの数の捕虜、我々の手には負えません」


「本営に連絡して、アンナ憲兵大佐を寄越(よこ)してもらえ。後は彼女が引き継ぐだろう。目標だった糧秣庫は無事だ。奴らが近隣から掻き集めた物をここに溜め込んだのが確かなら、ヤーヘンの行動も鈍るはずだ。後続の部隊が到着しだい、我々は次の標的に向かう」


「はっ!行動に移ります」


 ダミアン中将率いる二個連隊は、見積もられた予定を大幅に短縮し都市を開放した。

 そして魔槍とパンデミックが破られたことがヤーヘンに伝えられると同時に、ケルサスが新たなる兵器を手に入れたこともまた両軍に伝わった。結果、おのおの軍行動を修正せざるをえなくなった。ケルサスは正の方向に、そしてヤーヘンは負の方向に。

 その後、ヤーヘンは糧秣ほか必要品だけを荷車に積み込んで占領した都市を放棄した。略奪した品々を持ち帰れなかったことが、兵の、とりわけ傭兵たちの士気を下げることに繋がり、ヤーヘン軍から離脱者が見え始めた。

 しかし、ヤーヘンの撤退行動は速やかで、それがプランの一つとして想定されていたであろうことが、ケルサス本営の懸念をさらに深めることなった。


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