ダミアンとレオーネ
「カイ君だね」
井戸で水を汲んでいたカイが目を上げると、ケルサスの高級将官がいた。
「ええ、そうですが。貴方は?」
立ち上がり、軍帽を斜めに被った将官に向き直った。
「ああ、すまない。私はダミアン・キュア・ザングレア。ケルサス軍中将だ」
手を差し出した中将の手を握り締める。
周囲を探れば、幾人もの騎士が物陰からこちらを伺っている。なかにはオブザルとかいうオーギュントの傍付きもいた。
「私は良いといったんだが許してくれなくてね。彼らのことは気にしなくていい。会話の内容までは聞こえない」
「はあ」
気の無い返事を返してしまった。
遅れればオルディナがうるさいし、腹を減らした難民たちが赤子のように騒ぎたてる。
「今は忙しいので、後でも構いませんか?」
また井戸に向かうと周囲の騎士達が気色張り、オブザルだけが呆れていた。
「ふむ。確かに民に飯を配るのは大事な仕事だ。どれ、私も手伝おう。この瓶に汲めばいいのだろう?」
そうして二人は水を汲み始めた。
カイが瓶に水を入れて、ダミアンが魔術をかけ軽くして馬車に渡す。
何往復した後、二人は汗を拭いた。
「・・・助かりました。一人で運ぶのは骨が折れる」
「いやいや、こちらもいい運動になった。しかし、君、黒騎士ではなかったのかな?魔術が仕えない君がどうやって瓶一杯の水を運ぼうと思っていたのかな?」
貴方たちの神様が、と言いかけて口をつぐんだ。
「まあ、いい。せっかく手伝ったんだから、レオーネ姫殿下にお目通り願おうか。邪魔はしない。将官として会っておかなくては、グラナトゥム王に申し訳が立たない」
どんなもんなんだろう?
首をかしげて考え込んだが、手伝ってもらったんだから願いの一つでも聞いてやるものだろうと思った。それに、すでに止めるのを聞かずに大多数の兵に会っているレオーネなのだから、いまさらケルサスの反感を買ってもしょうがない。
「ええ、構いませんよ。ただ、姫様が緊張しますから、下手に形式ばらないでください」
******
ダミアンは、天幕の入り口で驚きの表情を浮かべるハイデンベルグの衛兵に頷いて足を踏み入れた。
美味そうな匂いが鼻を突いて、続いて高い声が響く。
「姫様!灰汁がたまっていますよ!取らないとひどいことになりますよ!!」
「はい!ただいま!!」
若い声が天幕に響いて、煙の向うに若い娘が二人駆け回っているのが見えた。カイは大きな瓶から小さなものに水を移し始めた。テーブルでは腕まくりしたハイデンベルグ領の騎士が、なべからスープを真剣な顔で配膳していた。そして一定数たまると、同じハイデンベルグ領の民と思しき女が運んでいく。
「まだまだ、あと、五十は必要ですよ!」
女が叫んで、若い二人が微笑み、騎士が高く笑う。
衛兵がひょっこり顔を出して、天幕の奥で通信の水晶に指示を飛ばしていたハイデンベルグ伯爵に語りかけた。
ハイデンベルグはダミアンを睨み、指で椅子を指し示した。
座っていろと?
しかし、ダミアンは掛けてあったお玉を取ってなべに向かい灰汁を取り出した。
-懐かしい。この空気。かつてレジスタンスを率いていたときのようだ-
レオーネ姫が目を丸くして私を見た。
「ここは私が。姫は兵の下に!!」
気持ちが高まって、思わず叫んでしまった。
「はい!!」
任せて欲しい。こういったことにはなれている。
姫らの笑顔を見て、私は過去に帰った。
貴族ではなく平民であった頃、友人たちに囲まれていたあのかけがえのない日々に。
「ええっとですね」
カルブルヌスのオブザルが顔をだした。
カイが無表情で見つめる。
「オーギュントであれば手伝ってくれたんだがな。まあ、あいつの代わりを求めてもしょうがないか」
「・・・やればいいんでしょう?」
オブザルがその魔眼でもって並んだ兵、民のうちから重傷者を選び出し、衛生兵を呼んで運ばせる。
メイド服を着た若い女がすさまじい速さで料理を仕上げていく。しかし、なべの間を駆け回っていた彼女が急に動きを止めて、こみかみに青筋を立てて叫んだ。
「姫様を配膳にやった馬鹿は誰ですか!!」
-私か?-
「私だ」
メイドがこちらを向くと、それまでの騒がしさが嘘であるかのように優雅に礼をした。
しかし、言葉は辛らつだった。
「中将閣下、姫様は必要だったからここに居たのです。私のほかに満足な味付けを出来るものは姫様のみ。どうして姫様を追い出したのですか?閣下はお休みになっていてください。有体に申し上げれば邪魔です」
「いや、姫には民を安心させ、兵の士気を高めてもらいたい。表に出て顔を見せて欲しいのだ。護衛は心配ない。私についてきたものたちがいる」
我ながらしどろもどろで、思わず笑ってしまった。
「ぬう。何が可笑しいのですか!!中将閣下ともあろう方が、それまでうまくいっていた戦列を乱すとは!!嘆かわしいのです」
「この人員でやってみせよ。出来ないはずがないだろう?己を信じ励めよ。敵は待ってはくれないのだ」
士気を高めるために腕まくりをした手を振り上げた。
メイドが訳のわからない言葉を叫び、先ほどよりももっと早く料理を仕上げだした。飢えた民に配る配給とて手は抜かない。彼女のプライドを誇らしく思う。
途中で本営に戻るように伝令が来ても無視した。
この場を離れることなどできはしない。戦場に関わるすべてのものが一体となり、生を求めて全力を尽くす。これこそが戦争。だれに否定されようとも私が求める戦争の一幕だった。
配給が終わり、メイドが地面に突っ伏して、オブザルが瓶からひっきりなしに水を飲んでいた。
なんでもないかのように後片付けをするカイに向かって笑いかけた。
「なんて気持ちいいんだろう!貴族の天幕の配給にこれほどまでの兵が集まるとは!!すべて姫殿下の人徳のなせる業か!?」
カイが答えるよりも早く、背後から水晶に向かっていたハイデンベルグが答えた。
「いかにも。姫だからこそこれほどの民を集めたのよ。ダミアン、貴様、まさか姫を利用しようとしているのではあるまいな」
柔和に微笑みながらも肩は盛り上がり、今にも剣を抜こうとして老騎士は闘気をたぎらせた。
カルブルヌスの目、オブザルは魔眼で持って私を見る。
カイが、黒騎士と呼ばれたものが-もっとも、今はそんなことは信じていないが-私を見て苦笑する。
そんな時、天幕が開いた。そこには汗で額に銀髪を張り付かせたレオーネ姫がいた。
微笑んで駆け寄ってきた。けれど、私の前に来て階級章と所属に気付いたのか目を強張らせた。
王下直属対魔術戦隊指揮官。知らない人はいないであろうダミアンの名。
「あ、あ、も、申し訳ありませんでした。ダミアン中将閣下とは知らずに、ご無礼の数々。どうか、お許しください」
定型どおりの文句。
しかし、それはあくまで目上の者に捧げられるべき言葉であり、彼女の口から出るべきではない。
力の無い彼女は慣れているのだろうな、この文句に。
魔力を持たないにも関わらず戦場に来て、民や兵のために働く彼女に方膝を立てたい気持ちを何とか抑えた。
反貴族の象徴だから。そうするわけにはいかない。
ハイデンベルグ伯爵が彼女に何を見たのかなんて知りはしないし、あんなモノを召還したからでもない。ましてグラナトゥムを恐れているからでもない。けれど、許されるならば彼女に跪きたかった。
「レオーネ姫。我らが兵のため、その汗をお流しくださったこと、ケルサスの将官を代表して御礼申し上げます」
貴族はプライド高い。平民のために働くなんて出来るものは少ない。まして、他者を巻き込むことが出来るなんて、三王陛下たちのほかには知らない。平民だった私が言うのだ、間違いは無い。
「貴女の慈しみ。このダミアン忘れはしません」
目の端に、誇らしげなハイデンベルグ伯爵がうつる。もうろくしたのかと思ったが、レオーネ姫に従った貴方はただしいのだろう。
だからこそ、心苦しいが事実を告げねばならない。
「しかし、貴女は戦場から立ち去るべきだ」
レオーネ姫の目が見開かれた。手が伸ばされて、怯えが顔に張り付いた。
ハイデンベルグが剣に手をかけるのが見えた。
それでもやめるわけには行かない。そもそもこれは閣下が言うべきことであるはずだ。
「貴方は貴い。血に汚れていいはずが無い。だから立ち去るべきだ。理由は何だって良いでしょう。どうとでもなります。私が細工して差し上げても構わない」
気が付けば、口調は早まっていた。
「ここは地獄です。貴女のような方を守るために我らは武器を取るのです。だから、どうか国にお帰りください」
ヤーヘンの持つ大規模火力、それを思えば彼女がここにいてはいけなかった。戦場で輝くからこそ、彼女をこの戦で失うわけにはいかない。
さらに、彼女が死ねば、三国に亀裂が生じかねない。
「帰りません」
レオーネ姫の声が天幕に響く。
だろうな、姫ならば帰るはずがない。
「こんな私でも役立てることがあります」
泣いているのか笑っているのか、ただその微笑みは、兵にとって、あるいは毒となるだろう。
「それに、友達が闘っているのです」
「貴女を守るためにどれだけ兵が無駄になるか、理解しておいでか?」
心の動揺を隠すために、敵に向ける視線で脅かした。なんと無様。
「・・・ここで、たとえ民のために倒れても構わない、そう思うのは我が侭なのでしょうね」
いや、我が侭なのではなく、この上なく卑怯なのだ。
しかし、羽よりも軽い、若い女の戯言だと言ってしまえないことが、質が悪い。
みなが俺を見ていた。
天幕のもの共らが警護の騎士達らが、そしてカイが。
配膳していたハイデンベルグ領の女が手を前にしてエプロンを握り締めている。彼女の背後では、平民たちが連なって不安げな顔で天幕内を覗き込んでいた。
彼女ら、平民たちの瞳に、かつての友を見た。共に戦えないと厳しく言ったにも関わらず、農機具を持って必死に軍を追ってきた生まれ故郷の友人たち。
・・・解っている。俺は、ケルサスの将官である以前に、ましてや貴族なんかじゃなく俺はお前たちの友人なんだ。
けれど、お前らは容易く死んでしまうじゃないか。どんなに守ってやっても、気が付けばいなくなってしまって。
俺は英雄なんて呼ばれているが、お前たちの屍を踏み台にすることがどんなにつらいことかわかっているのか?
その絶望をこの少女にも与えろというのか?
でも、どんなに言葉を尽くしても、その目をしたお前達は止まらない。
「・・・ハイデンベルグの再建に全力を尽くすと、何があろうと前線に出ないとお誓いください。そして、ご自分の命を一番に考えるように」
「・・・はい」
「君もだ、カイ君。君に何かあれば、姫がフィードバックでどうなるか分らない」
カイがつまらなそうに手を振る。
「では、ハイデンベルグ伯爵、姫のことはお頼みします」
伯爵が髭の下で微笑む一方で、外に向かう私の歩みは憂鬱なものであったろう。
来るときの、民を助ける姫君とそれを助ける強力な黒騎士に会える喜びなんて、何処かに行ってしまっていた。
収穫は確かにあった。
彼女に、姫に会えたのだ。
しかし、それは決して喜ばしいものではない。
内乱では、有力諸侯に援助を求めては断られ続けた。貴族なぞ保身に走るばかりの旧態依然とした民の死体にたかる蛆虫だと、信じられるのは三人の王だけだと決め付けた。それが、世界を知らない青二才の理想主義であることに気付いたとき、力を得るために爵位を受け、自らと志を共にする者らを集め始めた。信じた王らの治世の助けとなればと、戦争マシーンに過ぎない自分でも役に立てると、戦場を走りまわった。敵を討ち果たすべく、戦場で放つ俺の光りを頼りにやってくる者らを受け入れて、望みもしない勲章の数は増えていった。
けれど、戦場に立つたびに思うのだ。俺はただ、むくろを積み上げているに過ぎないのでは、と。
そして、今日、同じく戦場で強烈な光りを発する彼女に出合った。それも、力を持たない、かよわい少女。
どんなに求められようと戦場に立つのは彼女の役割ではないと断言できる。
誰もが本能に走り、おぞましいことを平気でやってのけるこの世の断崖にたたずむのは俺たち、軍人の宿命なのだ。彼女の宿命ではないのだ。
未だ彼女はヒトの悪を見ていない。ヤーヘンの行った虐殺なんて、ただの軍行動で命令によるもの。ヒトの性格が決定付ける業ではない。
だから、早く、彼女は引き上げられなくてはならい。
もし、兵や民の、とめどない欲求を受け止められなくなったならば、彼女はどうなってしまうのだろうか?
堕天した聖女ナスターシャ。
彼女のように壊れてしまうのだろうか?
そして、生まれたときから地獄しかなかった少年の手を取るのだろうか?
前線に向かいながらダミアンは、試練の剣聖ハルベルトと手を携えて破滅を作り続けた悪魔ナスターシャの、二人の影をカイとレオーネに重ねた。
*****
落ちる日に向かって、それが鳴く。
汚れた翼で空高く舞い上がる。
枯れ枝のような腕をしならせて、もがくようにして力の限り昇ってゆく。
雲を超え、まだらに生えた髪を振り乱し、昇りはじめた月に向かい喀血しながら呪いを吐いた。
戦場で死んでいった者たちの、聞こえないはずの嘆きに身を絡ませて、愛した神の名を叫んだ。
-見ているか?月の神マーテルよ。貴様の愛する子らが死んでいく様を-
しわがれた声が響いたかと思うと、声音が変わる。
-ああ、なんて気持ちいいんでしょう。たまらない。下腹がうずいてしょうがないの。彼らの嘆きが私をこんなにも興奮させてくれる-
乙女は血と愛液が滴る股を掻きむしりながら、戦に散った魂たちと絡み合う。
見上げるのは、メイド服を着た少女。
嬌声とも泣き声ともつかない、悪魔に堕ちた聖女の悲嘆。
それをただ見上げる。
月と悪魔が重なり合って、悪魔の、聖女の叫びが最高潮になり、激しく耳朶を打った。
「誰か、助けて」
メイドは、現世の神は紅い涙を流した。
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ケルサスの先方を授かっていたのは、戦死したイーサンの師団から後を引き継いだ第三〇二連隊と番号続きの三〇三連隊であった。師団から余計な部隊をそぎ落とし、騎士と魔術士を中心とした対魔術戦闘に組み直した部隊である。率いるのは王国でも指揮力に優れた大佐と野戦任官で昇進した中佐で、カーモス傭兵団対策に強力な騎士、魔術士が組み込まれ、さらにカルブルヌスの精鋭が彼らに随行していた。
しかし、連携はどうだろうか?王国兵の一般として、主に指揮官がカルブルヌスに対抗心を持っていた。精鋭部隊にとって、カルブルヌスへのライバル心は敵愾心とも言ってよいほどであった。けれど、野営の天幕に貴重な酒を下げてやってきたカルブルヌスの指揮官の笑顔に、彼らはすっかりほだされてしまった。
「そっちの連隊長の大佐殿?・・・階級とやらにはさっぱりなれんな、その方は先の内乱で大層活躍したそうじゃないか。うらやましい。俺は、国境で帝国とにらめっこだったよ」
酒を注ぎながら、カルブルヌスの部隊長が王国の平民下士官にしみじみと言う。
気分を良くした下士官が胸を張る。
「ええ。私も村の若い衆を集めて参加しました。もっとも、前線には立たせませんでしたが」
カルブルヌスの隊長、四十過ぎの魔術士が膝を叩く。
「さすがだ!あの戦は、とりわけ悲惨だった。国を背負う若い奴らに前線なんてもってのほか!おい、聴いているか、副長?」
「もちろんですよ。隊長」
静かに飲んでいた若いカルブルヌスの副長オブザルが苦笑を浮かべる。
彼の前には、ケルサス軍の中隊長でもある三十代中盤の魔術大尉がいる。
「どうやら、あちらはあちらで盛り上がっているようですね」
オブザルが肩をすくめると、大尉は緊張をはらんだ眼差しで杯を受けた。
カルブルヌスの精鋭、それも先の内乱において対帝国にあてがわれた部隊。
最強のカルブルヌス騎士団はこの戦には参加していない。アエス騎士団も同様。ならば、どの騎士団だろうか、大尉は慎重に相手の所属部隊を探ろうとした。
「・・・ときに、あなた方の部隊は本営にいたらしいですが。グラナトゥムの軍を見ることは出来ましたが?」
オブザルの目が鈍く光る。
-それが聞きたかったのか?-
大尉は思わず背筋が伸びてしまった。かすかな非難が顔に浮かぶのをようやく押しとどめる。
-下手なことは言えない。しかし、この期に及んで三国の小競り合いなど-
オブザルはなみなみと自分の杯に酒を注いだ。
「いえね、あちらのラスコーシヌイ家が率いている部隊の副隊長、サラ・マンスフィールド様とかいうお嬢様にうちのオーギュント様がお熱で。それはもうひどいものです。戦場には喜んで向かうくせに、その子の陣中見舞いには行けずに、まだ手柄がたりないなどと理由をつけて、ああだこうだ」
オブザルは酒臭い息を吐いた。
「ルーナイアをしとめたくせに、意気地のない・・・」
大尉はグラナトゥムの陣中で見た、百合をあしらった白衣に身を包んだ少女を思い出した。
切れ長な目をして、どことなく人を寄せ付けない、姿勢の良い娘。
「ああ、なるほど。あの娘か」
納得だな、つぶやくとオブザルが前のめりに瞳を覗き込んできた。手には新しい酒瓶を持っている。
「で!どうでした?安産型でしたか?器量は?魔力のほどは?」
最後に挙げたのが魔力なのはどうだろう、と思いながら大尉は応えた。
「ただでさえ女が少ない戦場だから注目を集めていた。それ抜きにしても、美しい少女だったな」
「へえ。じゃあ人気があったでしょう。言い寄る奴も多かったはずだ」
人懐っこい笑みを浮かべてオブザルが応える。
「どうだろう。確かに部隊内でも話題になったが、レオーネ姫殿下の近衛だろう?ちょっかいかける奴はいなかったとはずだ。それに本人がこう、きつそうな子だったからね」
なるほど、とオブザルは頷いて目を上げた。
「・・・スタイルは?」
「安産型かどうかは、あまり注目していたわけではないからな、ただ悪くは無かったと思うが」
それが重要でしょうに!とオブザルは叫び杯をあおった。そして、大尉にさらに酒を注いだ。
「オブザル!女の話なら向うでやれ!!こっちは真面目な話をしているんだぞ!!」
隊長が怒鳴り、部下たちはもっと聞きたいとはやし立てた。
「隊長、私は今、国家の安寧に関わる話をしているんです。邪魔は許されませんよ!」
それまでかすかに残っていた緊張が緩み、士官達は酒をあおりだした。
「俺はミミ大佐がいいなあ」
「おいおい、デューイ少佐に殺されるぞ」
「マルブの下士官のライラとか言ったか?眼がくりっとして、めんこかったなあ」
「貴様、親子ほど年が離れているじゃあないか」
「だから娘に欲しいんでさあ」
下世話な話で盛り上がりながら、彼らは酒を飲む。
「美しいといえば」
それまで一人で酒を飲んでいた、ある年のいった下士官が口を開いた。
「レオーネ公女殿下だ。あの方にはだれも触れられない」
場に沈黙が下りてきた。
最貴ベリル・アルケー・グラナトゥムの娘。血塗れた戦場にあっても隠すことの出来ない銀の髪をもった少女。
彼女を見たことがないカルブルヌスの兵達は続く言葉を期待した。しかし、目にしたものは心象を思い浮かべて目を伏せる。
「・・・ああ、そうだな。まるで人形のようだった。けれど、気味が悪い」
ケルサスの少尉がこぼす。
「どうしてハイデンベルグ閣下があんなにも姫に構うのか分らない。もうろくしたというのは本当なのか?だから、ヤーヘンの侵略をゆるした?」
オブザルは観察するように若い士官を見続ける。その瞳には、まるで爬虫類のように温度が無かった。
「そんなんだから、てめえは少尉どまりなんだよ!」
下士官が吐き捨てた。
「何だと!!」
少尉が腰を上げた。
周りが静止するが、止まらない。
「グラナトゥムの血を引くからといってありがたがって!貴様ら年寄りは伝統ばかりだ!姫は魔力を持たないんだぞ!そんな貴族が何の役に立つ?魔力こそが貴族だ、民の上に立つ資格を有するのだ!!」
オブザルの目が細まった。いや、彼だけではなかった。酔っているはずのカルブルヌスの兵たちはかすかに気を変化させた。
「・・・で、演説の骨子は?レオーネ姫に魔力が無いから貴族の証に欠ける?それが?」
「大尉?」
大尉の声音に少尉が慌てて姿勢を正した。
「殿下にはグラナトゥムの連隊が付き従っている。さらにハイデンベルグ伯爵は殿下を見て守護することに決めた。それだけじゃない。軍や難民のために自ら飯を作り配ったことで、彼女の下には困窮した民、傷を負った兵が列を成して止まない。おかげで傷の浅いものが軍務に復帰しようと、彼女の名を挙げて本営に押しかけている。大陸に響き渡るグラナトゥムの血の威光、それを戦場で否定してまで貴様は何を主張したい?」
大尉が方膝を立てたまま、口角を挙げる。
「貴様が否定したレオーネ姫にそれだけの影響力があるわけだが、貴族はどれだけなんだ?貴様のために身を捧げる者がいくらいる?」
少尉が唇をかみ締めて座り込んだ。
「何を真面目に言ってるんですか、大尉どの。まったく、酒の席というのに」
下士官を相手にしていたカルブルヌスの隊長がぼやいた。
「ところで、ラスコーシヌイのご令嬢は、我らが守り抜くにふさわしいほどに、美しいと聞いていますがな」
下士官が何度も頷きながら、酒で唇をぬらした。
「おっしゃるとおり!あの娘のたたずまい、いささか戦場にふさわしくないところもありますが、まことに美しい。聞けば、解析魔術は本国の魔術士を凌ぐとか」
天幕内のケルサス兵は、戦場で生足をさらけ出し美しいブロンドをなびかせる少女を思いうかべた。
-何故だろう?この戦場で最も美しい女と言えば彼女であったはずなのに、どうして思い浮かべることすらできなかったのだ?-
「あの娘はすごい!まさに高嶺の花だ!容姿もさることながら、魔力は戦場にこだますようだ!!」
うっとりとするように微笑む大尉を見て、オブザルは杯に酒をついでやった。
「そんなに?」
「いえ、サラ殿もお美しい。どちらが素晴らしいかは、私にはとても判断できん」
「では、戦場に咲いた花たちに乾杯しようじゃありませんか!!」
オブザルが杯を掲げる。
誰もが、連なって、上機嫌に唱和した。
(なるほど、サラ様はオーギュント様が仰るとおりの方のようだ。それにしてもレオーネ姫殿下、彼女の特異さに気付いている者は、やはり貴族では少ないか。それがグラナトゥムに吉とでるか凶と出るか。そしてカルブルヌスには?ダミアン閣下が強制的にレオーネ様らを戦場から追い出してくれればよかったのに・・・)




