力があるから誓うのだ
カイが召還されたその夜、オーギュントは部屋の中を落ち着きなく歩き回っていた。
何度も時計を確認し、さほど時間がたっていないことが分かると、また熊のようにうろうろする。オーギュントはたまらなくレオーネの召還が気がかりだったのだ。
あのおとなしくて、可憐な姫様が召還の儀を取り行う。
なんとか成功してほしい。せめて、無事であってほしい。心の底からそう思う。だから、影で支援したりもしたし、励ましたりもした。
しかし、オーギュントの実の心配はそれではなく、姫様の騎士サラのことだった。
いつも凛として、伸ばした髪をポニーテールに結ってレオーネに付き従う公国の近衛騎士は、多くの学生の憧れだった。決意を固めてサラのお近づきになろうとするものもいたが、彼女の鋭いまなざしにあえなく撃沈した。しかし、オーギュントはそんなのお構いなしに何度も話しかけ、レオーネのことも気にかけた。家柄もあったとは思うが、いつの間にか、道端で会えば向こうから挨拶してくれるようになった。困ったことがあれば、顔色を見ればすぐに分かるようにもなった。そうして何とか他の奴らから一歩リードした、と思う。
オーギュントはとても真剣だったから、このたびの召還は彼にとっても大事なのだ。
もしレオーネが失敗すれば、サラは落ち込み、しばらくレオーネの前でしか笑わなくなるだろう。それも、痛ましい作り笑いだ。彼にはそれが耐えられなかった。そして、そうなる可能性はとても高かった。
思い悩んだオーギュントは、せめてサラの代わりにレオーネの召還を見届けようと、立会人に立候補したが、責任者のコールから思い入れが強すぎるということで却下されてしまった。ならば知り合いの憲兵に頼み、レオーネの家の周りで危険がないかだけでも見張ろうとした。しかし、いざ憲兵に話したら、ストーカーと思われるぞ、といわれたので泣く泣く断念した。
ライバルは多いがあせりは禁物だろう。落ち込んでいるのなら、慰めればいいのだ。しかし、どうやって?オーギュントはあれこれ考えては立ち止まり、また歩き出した。
そんなふうに、大陸の三大国家であるケルサス王国において、レオーネのグラナトゥム公国と双璧をなすカルブルヌス騎士団国デュルイ家の末子オーギュントの夜はふけていった。
歩きつかれて椅子に腰掛けていると、家令が扉をノックし来客を告げた。オーギュントは飛び上がり、客を招きいれると内から鍵を閉めた。
「で、どうだった。成功したか?」
客とは、召還の立会人を務めた若い魔術師で、近々デュルイ家の騎士団に入団することになっている男だった。
「成功です、若」
その言葉に驚き、手をたたいて喜んだ。
王族でありながら魔術の才能がないばかりに、ふさわしい扱いを受けていないことを不憫に思っていた。
オーギュントは人がいいのだ。
「よかった。レオーネはやったんだな!!」
安心してオーギュントは男の手をつかみ上下にゆすった。男はなにやら言いづらそうにしていたが、口を開いた。
「成功はしたのですが、呼び出されたのは、人間です。しかも若い男でして」
「え?」
オーギュントは口を明け広げて、硬直した。
「若、デュルイ家の者としては、らしいと言えばらしいですが、あまりみっともないお顔をするものではありません」
そんなことはどうでもいいだろう、と叫んだオーギュントは男に詳しい話をするように詰め寄った。
「男とはどういうことだ?女二人の家に見ず知らずの男が一緒に暮らすというのか?どうなんだ。おい」
男はぽかんとした後、眉をひそめた。
「気にするところが可笑しくはありませんか?はあ、家に同居するかどうかは判りませんが、慣例に則るのならばそうなるでしょう。しかし使い魔ですから、どうにかなるとは思えませんが・・・」
身もだえするオーギュントは、なにやらうめいていたが、外套をひったくると外に出て行こうとした。
「お待ちください、若。付近は立ち入り禁止です」
「どういうこと?何をそんなに警戒しているんだ」
男はオーギュントを落ち着かせると、話し出した。
「私もはっきりとしたことは解りませんが、儀式を諜報していた連中が、その男にやられたようです。手段は不明で憲兵が殺気だっております」
ぎょっとしたオーギュントは男の体を眺めわたした。
「お前は無事なのか?怪我をしているのなら医者を呼ぶよ」
「いえいえ、私は大丈夫です。不甲斐ないことに、その男が何かしたことすら気付きませんでした。やられたのは外から見ていた連中です。コール殿がおっしゃることには、よく見ようと、術を発動しようとしてやられたのではないかと」
「結界が張ってあったにも関わらず、か」
オーギュントは、うって変わって真剣な眼をしていた。
「はい。しかし昏倒しただけで、誰も死んではおりません。じき目覚めるでしょう」
後遺症の有無は判りませんが、と続けた男の言葉をオーギュントは黙って聴いた。
結界の内側から、外の諜報員に攻撃を加えた。しかも、選りすぐりの魔術師、騎士達に悟られることなく。
責任者のコールはとてもやり手だ。未熟な自分だが、それは解る。あれほどの術士の裏をかくなんて、レオーネはどれほどの者を召還したというのか。
オーギュントは押し黙ったまま、窓からレオーネとサラの家のほうを見た。月は雲に覆われ、すっかり暗闇に閉ざされている。街灯の火だけがぽつねんと浮かび、その宵闇なかで、多くの憲兵たちが息を潜めてレオーネの家を監視している。
まるで幽閉されているようだとオーギュントは思った。いや、実際、そうなのか。
可愛そうなレオーネ。王族に生まれながら、両親の努力むなしく、このような場所に送られてしまった。
あの公国の王家は容姿に長けているから、銀色の髪で隠した顔がとても美しいことは誰でも知っている。その中でもレオーネは図抜けているように思う。そのせいで、才能のないことがより喧伝され、揶揄されてしまっている。彼女の家がその魔術で持って王国の台所を支えているのだから、民や諸侯の焦りにも似た悪感情は理解できる。
しかし、交流を続けているうちに、彼女にはひねくれたところや、野心などどこにもないことがわかった。同年代の者たちから「造花姫」などと蔑まれながらも、彼らを恨まずに、全ては自分の実力のなさがそうさせるのだと、必死に努力を続けていた。
それがようやく実り、力を授かった。彼女は祝福されるべきだ。そうでなくてはいけない。けれど、その力が大きすぎたらどうだ?利用されはしないだろうか?そのままの彼女でいられるだろうか?穏やかな生活を送れるだろうか?
ああ、サラはどう思っているだろう。
オーギュントは頭を振った。思い悩んでため息をつくなどまったく自分らしくない。解らないなら確かめればいいのだ。そして火の粉が降りかかるようなら守ればいい。サラはきっとそれを望むはずだ。
王国の軍事をつかさどるデュルイ家の若き才能、オーギュント・エンロケセール・デュルイはそう心に決めた。




