塔の主
学び舎が集うその中に、一際高い建築物があった。
それは召還の場から見えていた塔であり、他の建築物はそれをぐるり囲うように建っている。
高さは約四十メートルにも及び、しかし、窓らしい窓は、最上階と思われるところに幾つかあるだけだった。
そこから、光が漏れる。
「それで、その青年はどうするつもりだ」
禿頭に、長いひげを蓄えた老人がいた。
前にする卓上には銀でできた丸盆が置かれ、中には聖水が入っていた。そこに不思議な幾何学模様が、現れては消える。それを目で追いながら、老人はコールに返答を求めた。
「スキャン(探索魔法)をかけましたが、信じられないことに何の力も感じられませんでした。であるならば、当分は通常の使い魔として扱うべきかと」
「しかしあれは公爵の娘だ。なにかあってからでは遅いぞ?」
「さればこそです。使い魔の問題はあくまで公爵家の領分、こちらは注視こそすれ、それ以上の干渉は避けるべきでしょう」
コールがなにやらつぶやくと、空中に映像が浮かびあがった。
それはリアルタイムで中継されているようで、風のそよぎに合わせて草葉が揺れ、木々の下、召還の場となった祭壇からやや離れた場所に、幾つかの人影が倒れている。
微動だにせず、今だに起きる気配はない。
「それに、あんな真似をしておいて気付かれないとは思ってないはずです。なにか動きがあるまでは静観がよろしいかと」
「ふん。他に手の打ちようが無い、の間違いだろう?」
老人はコールをにらみつけた。
「確かにその男がやったのか?にわかには信じられんぞ」
「召還に邪魔が入らぬよう、周囲は憲兵が見張っておりました。
ある程度見せてやろうということで、スパイは放っておきました。彼らが何かするとは思えません」
そう、全てを秘密裏に行っては、情報を得るためにスパイが何をしでかすかわからないから、見るだけならば見逃してやった。そうしなければ、レオーネは国の事情で警護が少ないから、危険が及ぶ可能性があった。見るほうとしても、せっかく見せてもらえるのだから、馬鹿をするはずがない。コールを怒らせてしまえば、学園に居る権利すら奪われかねないのだから。
では、何故?
老人は一人の少女を思い出した。レオーネと同時期に同じ国から来た、同年代のブロンドの少女。レオーネが落ちこぼれだったならば、彼女は天才だった。
「あの生意気なブロンド娘はどうした。いかにもやりそうではないか」
コールは苦笑して同意した。
「確かにあの子ならばやりかねませんが、あれでいて聡い子です。それに」
そう言って画像の焦点を操作し、別の座標を示した。そこには夜目でも美しく流れるブロンド髪の少女が草むらに座り込んでいた。
「自分の術でああはなりますまい」
老人は可笑しそうに笑った。そして思い直した。笑い事ではない。
「では、防御結界の内側から、外に害を加えたというのか?
しかも、あの娘相手に。
それを防ぐための結界でもあったはずだ」
呼び出された使い魔が暴走し、あたりを血の海にする。召還にありがちな事故だった。それを防ぐために、立会人にはそれなりの術士が選ばれたし、コールが責任者となったのだ。
「結界は問題なく作動していました。認めたくありませんが、あの男の力は私を上回っているようです」
飄々と言い放ったコールに、老人は大きなため息をついた。
「サラにはなんと?」
「成功したこと、気をつけるようにとだけ。それ以上は無駄に警戒を煽ります。あの男もレオーネ君に危害を加える様子も有りませんでしたから、サラも洗脳しようとは思わないでしょう」
老人もコールもサラを信用していた。そしてレオーネの心根を知っていたから、半身である使い魔がひどい化け物であるとは考えていなかった。
けれど、それはあくまで定説であって、経験豊な彼らにしてみれば甘いと言えるものであった。
例外はいくらでもあったのだ。たとえどんなに心優しく思えても、その実、闇を抱えていて、使い魔が恐ろしい化け物であったことは、歴史を振り返れば枚挙にいとまがない。
けれどレオーネの生まれが、彼女に流れる血が彼らに確信させていた。グラナトゥム公国、その姫君が邪悪を召還することは、彼らの世界においてはありえないことであった。
「よかろう。家の周りの憲兵に伝えろ。監視はするが、あくまで遠くからだ。相手はかなりのものだ。付近の家の住人に対する警備を増やし、高圧的に当たらぬよう釘を刺しておけ。死人が出てはたまらん」
「承知しました」
一礼するとコールは退席した。その後姿が見えなくなると、老人、この魔法組織の長であるガイゼリックは、丸盆になにやら語りかけた。すると、水鏡に東洋の小国が俯瞰された。
「黒髪、黒眼の青年か」
ガイゼリックはそうつぶやくと、レオーネの父である公爵へ向けた手紙を書きはじめた。




