表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
偽国戦記  作者: ブレヒトさん
至高の剣と鳥かごの公女
5/131

姫様の元には決まって心配性な女騎士

 通りにはゴシック調の建物が並び、区画は綺麗に整理されていた。

 両脇には街路樹が立ち、道路は舗装されている。一定の距離を開けて魔術式の街灯が並び、夜でも足元の心配は要らないらしい。馬車の中から、建物の中を覗き見ようとしたが、ガラス戸には結界が張られ、見ることはできない。貴族の子弟の邸宅なのだから、防犯は最高度のものなのだろう。同様にこちらの馬車にも結界が張られているので、覗かれる心配はない。

 レオーネはそれらを説明しながら、どうにか会話をつなごうとしていた。というのも、彼女にはカイをどのように扱っていいのかわからなかったからだった。召還の際の記憶はあいまいで、カイがどのような存在なのかも解らず、まして人の姿をしているのだから、想定していたこととは大いに違っていた。だから言葉によるコミュニケーションから入ってみようと思うのだが、レオーネは肉親以外の男性とまともに話したことがなかった。何を話していいものか、使い魔についての説明、自身のことについてなど、山のようにあるはずなのに、なかなか言葉がでてこない。

 あたふたして言葉に詰まってしまう。そんなだから、カイの視線を感じても目を合わせることが出来なかった。


「ううう・・・」


 ついに、うめき声をもらして下を向いてしまった。カイの視線が注がれているのを感じ、こういう時、国元の姉さまならどうしただろうかと、頭をフル回転させた。しかし、言葉は出て来てくれなかった。


「どうされたのですか」


 膝の上で握り締めたこぶしに手が添えられた。目を上げると、カイが心配そうにレオーネを見ていた。視線を合わせると、カイの強くて激しい鼓動を感じ、その力強さが思いとなり、流れ込んでくるのが感じられた。


「俺とあなたは一つです。俺に緊張する必要はありません。ほら、目を合わせるだけで、手に触れるだけで繋がりは感じ取れるはずです。あなたに包まれているのが解る。俺にはこのつながりが何よりも愛おしい。あなたはどうですか」


 いきなりそんなことを言われたのだから、レオーネは面食らってしまった。けれどもカイの真剣なまなざしに促され、重ねられた手を胸元に抱え込み、より深くカイを感じようとした。伝えられている通りだとしたら、使い魔の心の中はある程度わかるはずであるのだが、どうもはっきりしない。けれどもカイのまっすぐな視線を受けて、それが心からの感情であることがわかったから、それでも良いと思った。


「ええ、私もうれしいです。とても心地いい。あなたのような方でよかったです」


 紅潮したまま、大切なものを思うように答えるレオーネに、カイは簡単に信じすぎるのではないかと不安を覚えた。だが、それこそが彼女だと思った。そうであるからこそ、自分が彼女の元に来たのだと。来なければならなかったのだと。


「カイさんは、とてもはっきりとした方なのですね」


 頬を染めながらレオーネは言ったが、カイには何がなんだかわからなかった。


***


「ここが私の屋敷です。どうぞお入りになってください」


 レオーネが案内したのは、二階建てのこじんまりとした、大きめの民家程度の屋敷だった。木々に囲まれ、あたりに街灯のほかには何も無く、そのせいで詳しい外観ははっきりとしなかったが、他の貴族の邸宅と比べて質素であることは分った。

 レオーネが呼び鈴を鳴らすと、間髪をいれずに扉が開いた。


「お帰りなさい」


 落ち着いた声であった。けれどもそう務めているのは明らかだった。

 扉を開けたのは、ゆったりとしながらも腰周りはタイトな白色の着物を身につけた、切れ長の目をした若い女であった。ブリュネット色の長い髪を後ろで結っており、年のころは一八、九といったところで、その居住まいが落ちついているせいか成熟した女に見せた。カイを見付けると、しばらくその動きを止めた。


「どちら様です?」


 穏やかながら、厳しさを含んだその声音に、レオーネは少し困ったような顔をした。


「このたび、私の使い魔として来てくださったカイさんです。私、成功しました」


 やや、上目使いでそう言うと、女はレオーネを力いっぱい抱きしめた。


「おめでとうございます。やりましたね!!」


 目に涙を浮かべ、レオーネの髪を愛おしそうになでる。


「見た目は人間のようですが、変化しているのですか?そういう力をもっていると?」


 レオーネから離れると、カイを興味深そうに見つめた。


「人間、ですが」


 カイはそう答えた。女は腕を組み、なにやら考えこむしぐさをしたが、すぐに、


「まあ、細かいことはあとで、聞くとしましょう」


 と言いながら、レオーネの上着を受け取り、二人を室内に案内した。


「サラさんといいます。古くから私の家に仕えてくださっている方で、私の乳母姉妹でもあります」


「未熟だけど、近衛騎士でもあるわ。よろしくね」


 振り向きながらサラが答えた。


「サラ、カイさんをお願いします。私は夕食の準備をしてきます。カイさん、後でお話しましょうね」


 レオーネが去り、サラはカイをリビングに案内した。小さなテーブルに対面する形で二人は座った。左隣には暖炉があり、その上にはレオーネの家の紋章があった。サラが紅茶を淹れて、カイに勧めた。

 サラは肘掛け椅子に足を組んですわり、にっこりと微笑んだ。


「何処から話しましょうか。使い魔については聞いたかしら?」


「そこからお願いします。サラさん」


 サラでいいわ、と言った後、話し始めた。


「使い魔というのは、私達、魔力を持つものの半身であり、生涯の友であり、奴隷である、とされているわ」


「奴隷ですか」


 暖炉の炎がはぜて、乾いた音を立てた。


「ええ、でも安心しなさい。使い魔とされるものの中には人間を忌み嫌うものもいるから、それを従えるために術でそのような処置をする場合もあるの。姫様にその気はないわ」


「じゃあ、心配は要らないですね」


 それを聞いたサラは、たおやかに微笑んだ。


「ただ、あなたがレオーネに危害を加えるというなら話は別よ。私が処置します。場合によっては殺します。主への忠誠を誓いなさい。出来ないのなら消えなさい」


 まっすぐにカイを見つめてそういった。

 肘掛け椅子の後ろで、サーベルの柄が光る。

 裾から覗く小さくて形のいい足に力は無いが、剣は彼女の間合いの中にある。その気になれば、カイの瞬きにあわせて剣を抜き放ち、首を取ることも出来るのだと放つ殺気が語っていた。


「安心した。それだけの腕前があったからこそ、今まで彼女は無事だったんだな」


 カップを持ち上げ、空にした。ふと思い、付け足した。


「ああ、媚びたんじゃない。本心からそう思ったんだ」


 サラの殺気が強くなる。カイがそれを受け流す。数瞬の沈黙の後、サラが口を開いた。


「・・・話を続けるわ。普通、使い魔に選ばれるのは、魔術師の能力に見合った幻獣が多いわ。もしくはそれに近いものか。あなたのように人間が選ばれたなんてことは、長い歴史で数えられるくらいしかない。それも特殊な人たち。

 あなたはどうなのかしら」


 サラは紅茶を注いだ。


「剣は使えるが、この国の一流どころに勝てるはかは分からない。どうもこちらに来てから調子がよくない」


 目を細めるサラに、紅茶のお替りを要求した。

 その後、サラから経緯の説明と幾つかの注意点を聞いた。

 それによると、ここは大陸中の魔術研究家が集まる研究都市であり、貴族の子弟に対する教育機関でもあるらしかった。敷地には様々な研究施設があり、研究者及び生徒の邸宅が数多く点在していて、今いる屋敷もその一つ、レオーネの家が所有する物件であるということだった。

 人口は貴族だけで千を超え、総人口は数万で、ここまで人口が膨らんだのは、近年高まりつつあった魔力応用技術の需要にこたえるために研究が活発化したこと、国家間の大規模な戦争が起こらなかったかららしい。しかし、魔術資源の問題から、国家間戦争に発展する火種は数多く存在し、平和は表面だけで、スパイ活動が盛んになってきているらしかった。


「あなたが来るまでは、うちにスパイなんて関係なかったんだけど、そうは言っていられなくなったわね」


 カップのふちをなでていたカイは顔を上げた。


「注目されているようですね」


 サラは紋章を指差した。


「いいこと、レオーネ様はこの大陸の三大国家のうちのひとつ、ケルサス王国の一翼を担う公国の姫様なの。そこに使い魔が召還されたわけだから、当然、注目の的なわけ。しかも人間ときたわ。今頃、どこの家でも大騒ぎよ。術か人かわからないけど、覗き見に来る奴だっているわ。警護の水準は上げておいたから、軽はずみなことはしないように」


 カイは両手を挙げて了解の意を示した。しかし、実のところ、自信はなかった。なぜならば、軽はずみなこととやらは、もう既にやってしまっているからだった。

 

 (明日になれば、大騒ぎだろう。いやすでに・・・)

 

 気にしてもしょうがないと、サラの話に適当に相槌を打ってやり過ごした。

 さらに言うには、レオーネは公国の第二王女であり、王位継承権さえ低いものの、本来このような場所にいるべきではないらしい。


「魔術の才能さえあれば、もう少しまともな待遇をうけられたのよね」


 寂しそうに言ったが、レオーネ自身はどうやら不満を抱いておらず、王権の継承には興味がないらしい。

 しかし、カイが召還されたことによって状況は変わってくる。本人にその気はなくても、それにかこつけて勢力を拡大させたい臣下が王位継承権が低いのは不当だと主張し、勝手に何かを起こす可能性はあった。

 カイはげんなりした。なんとも面倒だ。ただ、彼女を守ってさえいればいいと思っていたのに。

 そうこうするうちに、前掛けをつけたレオーネがやってきて、食事の準備が出来たと告げたので、ダイニングに向かおうとした。

 腰を浮かせたカイをサラが呼び止めた。


「待って。レオーネを主と認め、忠誠を誓うと、はっきり言葉にして。あの子は私の大事な・・・」


 そこで言葉を切り、(すが)るような目をして、妹と言った。


「あなた方のような恰好のいい言葉ではないかもしれないが。

 彼女は俺が守る。

 隠している事もあり、不信に思っているかも知れないが、それは自衛のためだ」


 サラは気圧され、椅子に深く腰掛けてつぶやいた。


「そうね、あなたからしたら私のほうが信用できないわよね。でも、これまであの子を守ってきたのは私なの。そこだけでもいいから信じて」


 カイは初めて、サラに年相応の少女の姿を見た気がした。


***


 食事は貴族のものとは思えないほど質素だった。大きめなパンに、きのことじゃがいもをクリームで煮こんだもの、皿に盛ったサラダ、そして魔術習得に役立つと噂されている怪しげな肉、それだけだった。しかし、パンには木の実が入り、様々な食感が楽しめ、クリーム煮は食材がどれも食べやすいように切ってあり、サラダも少ない種類ながら、色彩にこだわってあった。どれも、とても手間がかかっているのは明らかだった。

 カイは、しっとりとしたパンをほおばり、よく味のしみこんだクリーム煮を美味そうにすすった。レオーネはそれをじっと見つめた。


「ふむ、美味しいです」


 レオーネはほっとしたように、微笑んだ。


「ふむ、ってなによ」


 小ばかにしたようにサラが言った。カイは無視した。


「これはレオーネ様が作ったんですか?」


「はい。あまりいいものを用意できなくて申し訳ありません」


「いや、とても美味しいです。驚きました」


「小さい頃から、誰よりもうまかったのよね」


 大皿からサラダを取り分けながら、得意げにサラが言った。


「はあ。でも、こういったことは他の誰かがやるべきなのではないでしょうか?姫様ではなく、何処ぞの騎士様とか。・・・まさか、出来ないのですか?」


「・・・なんですって?」


「先ほどの紅茶、温度が高すぎましたよ?怒りの表現でしょうか?」


 カイは少しばかり、皮肉を言ってみた。

 先ほど弱みを見せたのが腹立たしいのか、サラが何かと突っかかってきたから、からかいたくなったのだ。小娘が。


「ふふ、あなた、ちょっと面白いわ」


 こみかみを抑えながら、サラは立ち上がった。


「い、いえ、好きでやっているんです。サラにはお世話になってますし。それに、貴族のくせにこんなことしか出来ないから」


 沈み込むレオーネを見たサラがこちらに視線をよこした。


 -お手並み拝見-


***


 カイの部屋は、レオーネの寝室から離れた物置として使われていた屋根裏部屋をあてがってもらった。レオーネは、使い魔は主の傍に侍るべしという一般論から、隣の寝室を提案したのだが、カイはそれを固辞した。レオーネの背後で、サラがすさまじい顔をしていたからだった。

 わざとらしく悩む振りをしたサラはにたっと笑ったあと、ではこの部屋しかないとカイを案内した。間取りからして、もっと部屋はあるはずだが、サラの言うとおりにした。あれから、サラをひとしきりからかい、愉快な気分になったから、ささいな復讐は甘んじて受けるつもりだった。

 寝る前に、できればレオーネから一通りの説明を受けるつもりではあったが、召還の疲れからかレオーネが欠伸したのをサラが見、無理やり風呂に入れて寝かせてしまった。

 だから。


「さあ、先ほどの続きをしましょう」


 サラはカイの部屋に椅子を運び込むと、腰をかけてそう言った。


「今度こそ尋問か」


「話が早くて助かるわ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ