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偽国戦記  作者: ブレヒトさん
魔晶戦争
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亡国の騎士たち

「グラナトゥム公国ブリギッタ子爵令嬢から報告があったヤーヘンによる水質汚染は、同大隊によって浄化されました。現在は衛生部隊が引継ぎ、水の確保は問題ありません。ハイデンベルグ城の復興に当たっていた師団も、王国からの工兵が到着しだい、物資を満載し本営に合流予定です」


 天幕には、多くの士官たちが通信、あるいは直接出向いて軍議に参加していた。

 ケルサス軍の進軍には、イーサン少将を含めて少ない犠牲を払っていたものの、戦力的には対した被害を受けることなく進んでいたといってよかった。しかし、それはケルサスにとって十分な戦果とはいえない。圧倒的な戦力差があることを考えれば物足らず、言い換えればヤーヘンのプランどおりに戦が進んでいることを示していた。


「軍行動は遅れてはいませんが、それだけです。本来であれば得ているはずの主導権は未だヤーヘンの手の中にあるのです。現状では何が起こっても不思議ではありません」


 参謀長ニコライがほつれた髪をそのままに、隈が目立つ充血した目で机を叩いた。


「というのも、カーモス傭兵団によるかく乱によって、我れらが作戦行動は十分な効果を得ることが出来ていないからです。このままでは非魔術兵の戦死者数は、加速度的に増えることでしょう」


 戦が長引けば魔術士は疲弊し、結界が弱体化する。さらに、ケルサスが導入した魔石による兵の底上げも、供給もいつまで続くか分らないから、ジリ貧になる。もちろん戦力は落すわけには行かない。このままでは戦死者を多数出して戦に勝つという古い戦に逆戻りするしかない。そうなれば、平民の権利が高まりつつあるケルサスでは、王権に対する不満が急速に高まるだろう。


 ニコライが予想される被害を伝えると、各部隊の指揮官達は発言の許しを取る前に、おのおの勝手に話し出した。騎士隊を預かる者らは、一斉に自分たちにその討伐を命じるよう主張し、非魔術兵を多く含む部隊の指揮官は、誘導しての包囲殲滅を訴えた。


 カルブルヌス軍を預かるルシアーノは難しい顔をして天井を見つめて、一言も発しない。大陸最高の戦力を誇るカルブルヌスならば、カーモス傭兵団を殲滅することも可能だったろうが、多くの犠牲を出してしまえば、ヤーヘンがもつであろう切り札に対抗できない。さらに、騎士団を出したとしても、筆頭騎士であるオーギュントはルーナイア伯爵との一戦での傷が癒えていないのだから、一騎打ちを申し込まれれば拒否せざるを得ない。代わりになる騎士はいるにはいたが、負けることによる損失はケルサス側のほうがはるかに大きいのだから、必勝を期さねばならない。カルブルヌスだけではなく、軍全体の士気にか関わる問題なのだった。


 当のニコライは、騎士隊による討伐も包囲しての殲滅にも反対だった。カーモス傭兵団は誇りを大事にしているのだから、ヤーヘンがハイデンベルグ城で引き起こした虐殺をたてにしての交渉を持ちかけ、戦場からの離脱を促すことを提案するつもりであった。

 しかし、カーモスにしても既知のことであったから、効果が出るかどうか自分でも確信があったわけではない。むしろ、提案すること自体、カーモスに対する侮りと受け取られかねない。


 軍全体の状況としては、ヤーヘンの抵抗が激しかったために、不本意ながら援軍の準備は整っていた。すでに、十万を超える兵が、戦場にたどり着きつつあった。しかし、ヤーヘンもそれは同じで、数万の兵が国境を越えつつあると、伝令が知らせてきた。しかし、魔石を装備していない援軍を前面に出しては、戦死者が増えるから、できれば避けたかった。

 近代戦においては兵力の均平化と装備がものを言う。そういったプランで戦争を組み立てた。けれどカーモス傭兵団の兵法がそれを覆そうとしている。なんという皮肉だろうか。個々の能力を捨てて兵の均質化をはかり、最先端の技術に拠ったケルサスの軍の集団戦を崩そうとしているのが、カーモス騎士団による突出した個々の能力を前面に出した奇襲だとは。


「静まれ」


 クリトン大将が机を叩き、皆が口を閉じた。

 彼は、軍議では自由に発言させ、司会に全てを任せるのを常にしていた。こうして、発言を止めることなどはめったにあることではない。


「コール少佐、貴官から提案があるのだったな」


 議場の中央では、マルブ機関から派遣されたコール少佐がつまらなさそうに腕を組んでいた。

 彼が従軍すると知り、誰もが注目していたにも関わらず、それまで軍議に参加することはなくただ天幕に引きこもっていた。議場では彼のために、少佐であったにも関わらず、将官クラスの席が用意されていたが、そこはいつも空いていた。こうしてようやく参加しても、クリトンに水を向けられるまではただ座っているだけであった。

 亡国の大魔術師は軍服のボタンを外しながら立ち上がった。

 脇には重装魔術連隊連隊長の任を解かれたティアーガ大佐が控えていた。これも珍しいことだが、まるで借りてきた猫のようにおとなしかった。


「カーモス傭兵団のことは我々に任せてもらう。口出しは御免被る」


 ただ、そう言って再び椅子に腰を下ろした。

 あっけに取られるみなの視線を受けて、ティアーガ大佐、ミミが慌てて立ち上がった。


「我が旅団に当たらせていただきたい。現状を考えてそれが妥当であります。騎士隊による掃討は、強力な騎士、魔術士を多く有する彼らに対してはリスクが大きすぎ、包囲殲滅に関しては、経験豊富な彼らが引っかかるとは思えない。

 ヤーヘンからの離反を訴えるにしても、参戦しているカーモス団員の質から考えて、彼らにとってもこの戦にかける意思は強いと思われるから、成果は期待できない。

 ゆえに、我らに。

 詳細はいえないが、必勝の手がある。どうか、任せていただきたい」


 言い切ったミミがあたりを見渡しても、各将官達はなんと言ってよいのか言葉を捜して顔を見合わせていた。

 ミミが結局何も言っていないに等しかったからだった。

 その時、以前軍議で発言し高級士官に睨まれた小太りの少佐が発言の許しを得て、おずおずと立ち上がった。


「ティアーガ大佐殿は詳細はいえないと仰ったが、僕は非魔術兵を多く預かっています。それでは部下を説得できません。せめて、方針だけでも教えてもらえませんか?」


 目はミミではなくコールを見ていた。そしてその視線は誠実だった。

 この議場の誰もが聞きたかったことではあったが、ミミではなくコールに向かってこの発言はありえなかった。

 銀色のケープを纏うことを許された大魔術士。神聖グローリアの、大陸で最も格式の高いマルティス騎士団の副団長にして神器を扱うことが出来る選ばれし英雄。大陸中の少年たちの憧れの的だった。会えるだけで光栄なのに、口答えするなど夢への裏切りですらあった。証拠に、各指揮官達は少佐をにらみつけて、中には退場を促すものもいた。ただ、ルシアーノは微笑んで、ニコライは満足そうに頷いていた。

 代わりに応えようとするミミを制して、コールが応えた。


「勇気があるな、少佐」


 少佐は涙ぐんだ。

 けれども、撤回するわけには行かない。

 誰も尋ねないけれど、グローリア復権のための点数稼ぎに我を失っているんじゃあ困るんだ。

 まだ解放されていない街がある。ハイデンベルグ城のような悲劇が起こるとも限らない。そのために軍は一体とならなければいけない。


 ミミは、それまでつまらなそうに軍議に参加していた叔父が、ここにきてうれしそうであることに気付いた。


「君の懸念は当然のことだ。兵をあずかる以上そうでなくてはいけない。疑問があるのなら、例え相手が将であったとしてもだ。

 我々はそうであったが、大国ケルサスともなれば違うのか?」


 コールがクリトンを見て、当のクリトンは冗談めかして目を見開いた。


「しかし、我々の旅団が採る手段は機密事項を含む。説明することは叶わない。だが、私の誇り、神聖グローリアの守護騎士として誓う。

 カーモス傭兵団は殲滅してみせる。

 どうか、信用してもらえないだろうか?」


 議場の視線が一気に、コールに集まった。

 大きく口を開けて、椅子を鳴らすものさえいた。


 神聖グローリアの名を出すというのか?この戦争で?

 マルブがグローリアの責任を負えるはずがないではないか。それとも、コール殿はマルブ預かりではないというのか?では、その後ろ盾は?


「コール少佐の部隊、九〇一旅団は厳密には我らの指揮下にない。ベリル・アルケー・グラナトゥム皇后陛下に帰属する」


 議場に緊張感が満ちた。

 ベリル・アルケー・グラナトゥム。

 衛星国家でありながら、皇后と呼称される絶対君主。

 仮に、ケルサス王国を司るルーメン陛下に彼女に剣を向けろと命じられて従うものは、どれだけいるであろうか。多くのものは板ばさみになり、剣を折るか、自害するのではないだろうか。

 それほどまでに、騎士、魔術士たちの血に刻まれた彼女の面影は尊い。

 大陸の穀物庫として名高いグラナトゥム、その実は豊饒神マイアの庇護を受けたグラナトゥム王室を養うためだけにある。それ以外はただの副産物。世界は神のためにあるのだから、その祝福をうけた者は、まさに尊ばれるべきであるのだ。


「理解いただけたかな?我ら旅団は皇后陛下の指揮下で敵を殲滅するのだ。つまり諸兄らは、その成功の可能性を論じるのではなく、前提としなければならないのだ。

 しかし安心しろ。カーモス傭兵団なぞ容易い相手だ。次に君らが聞く通信は喜ばしいものになる」


 コールが軍服を粗末に扱う理由を彼らは理解した。コールは未だ神聖グローリアの騎士であるのだ。ベリル・アルケー・グラナトゥムの力を借りるのは、その血がかしこまるのに見合うからで、ケルサスの軍服をまとうことなど、それ自体侮辱に等しいのだ。


 神聖グローリアの生き残りの多くは城が落ちた後、民、貴族問わず自害した。狂信的に思えるが、グローリアの王族の下で聖巫女アーティファと戦神アルファスの目指した楽園を創造することを絶対的な目標に据えた彼らにしてみれば、かしこまるべき王族がこの世にいないのだから、自分たちもまた生きている意味などなかった。この現世における生を放棄したからといって、誰も背徳と責めることは出来なかった。


 でも、コールは死ななかった。なぜだ?

 王族が居なくなってしまったから、祖国復興など意味があるはずはないのに。


 議場を見渡し、コールは微笑を消して立ち上がった。

 マルティス騎士団としての威容を纏わせて、そのたたずまいはまさに聖騎士。

 ミミがケープをかける。

 漏れ出す魔力はマルティス騎士団の象徴、若草色。

 当てられてだれもが立ち上がった。


「出陣する。クリトン、位置を掴んだら知らせろ。直ちに行動に移る」


 クリトンは友に皮肉な笑みを投げかけた。


「少数精鋭も結構だが、ここはケルサスの戦場だ。護衛ぐらいつけろ。間違いがあったら、俺が責任を取らされる。貴様のために腹を切らされるのはかんべんだ」


 コールは、憎々しげに舌打ちした。

 ミミに口寄せると、ミミは頷いて軍靴を鳴らした。


 小さな体が、大またで小太りの少佐まで一直線にやってきた。

 勝気な瞳が、つま先から頭のてっぺんまで眺める。

 少佐はドギマギし、息を止めた。


「少佐、付いて来い。これからは我らが旅団の兵だ」


 少佐がクリトンを見ると、クリトンは呆れたように手を振った。


 小走りに走りよった少佐を従えて、彼らが天幕から出る。

 クリトンが立ちあがり、敬礼を送る。

 急いで将官たちが敬礼し、亡国の騎士は戦場へ赴いた。


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