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偽国戦記  作者: ブレヒトさん
魔晶戦争
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聖血

オーギュントがヤーヘンの筆頭騎士であるルーナイア伯爵を打ち倒したことで戦況はケルサスに傾く。

その中で、もう一つの勢力が動き始める。

 

「そうは言っても」


 コールは光りの届かない一室で、通信の水晶を前に跪く。

 通信の先はグラナトゥム公国。

 そこはクリトンがレークスと謁見した間とは異なり、開放的なところが一切ない。

 部屋中が護符に覆われ、窓すらなくて飾りも最小限。

 ぼんやりと、金色の燭台に火がともるのみである。

 魔力を用いた明かりでは結界に要らぬノイズが走る恐れがあるからだが、その確率は万に一つもない。

 けれども、あらゆる盗聴の可能性を排除して、慎重を期して守らなくてはならない秘密があるから、そこまでする必要がある。

 そういった機密を扱う場合に使用する特別な間にコールと女はいたのだった。


「カイさんが随分活躍しているようですし、わらわたちは抑えるべきじゃあなくて?」


 弓なりの眉をひそめて、小首をかしげてコールを見た。

 穏やかな口調の中に強い意志がある。

 譲れない一線は守りぬくと訴える。


「残念ながら、カイ等だけではこの戦争は収まりつかないものと思われます」


 困惑を浮かべる女の名は、ベリル・アルケー・グラナトゥム、現グラナトゥム王妃にしてライラの真の庇護者であった。

 神聖グローリアが邪教徒によって滅ぼされた際、コールがグラナトゥムに助けを求めたのは同盟国だからではない。彼女が居たからだ。聖なる血族グラナトゥム王室にあって、最も濃い血を受け継ぐ彼女ならばライラを助けてくれると思ったから。

 

 青みががかった銀色の髪を上げてティアラで飾る。

 首下まで隠す真っ白なドレスをまとって、おとなしめな化粧はその人が華美な装いを嫌うからだけではない。下手な装飾品や、濃い化粧ではその美しさを表現するのに邪魔ですらあるから。

 どちらかといえば、レオーネよりもレナータに似ている。しかし、挑むようなな印象を与えがちなレナータの目よりも、無駄な色気がないぶん全体のたおやかさを感じさせた。

 レオーネに似ているのは、その桃色の唇。けれど、レオーネが自信の無さから、いつもなにか言いたげに薄く開いているのに対して、彼女は女の唇の魔力をよく心得ていた。

 たとえ目を避けたとしても、唇には捕まってしまう。女の意思を汲むまいと心決めても、物を言うのは目や言葉だけではない。

 一般に言って、男が女の前で己の意思を貫き通せるようになるころには、髪はとうに白くなっているのもである。


 ベリルは細い指で肘掛をなぞり、言葉を捜して視線を空中にさまよわせた。

 彼女が案じているのは娘のことだけではない。彼女を頼ってきたライラのことも、同様に気にかけていた。


「ケルサスの軍は?たしか、魔石部隊でしたね。彼らはどう?」


 しかし、彼女の美しさを前にしてもコールは動じない。


「たいしたものです。国を支える軍になりえます。しかし、それはこの戦ではないでしょう。効率的に運用するには経験が必要です」


「けれどケルサスにカルブルヌス、二国が揃っているのだから、私たちグラナトゥムが血を流す必要はないのではなくて?」


「おっしゃる通りでございます。戦力の差は歴然たる事実、ヤーヘンなぞは問題ではありません。問題は商会、その技術です。お披露目会の眼目は何であるのか、最後は派手に終わらせるはずです」

 

 ろうそくの火に浮き上がる姿態が身じろぎする。

 ため息をついて、口を開いた。

 

「つまり、介入したいと」


「はい。世話になった借りを少しでもお返ししとうございます。ルクサーナ王女殿下に聖体解放、エルフの再誕の秘儀のご許可を」


 ベリルは瞳を揺らした。

 豊な胸を上下させて、玉座に深く沈む。

 真っ白なドレスから覗く小さな足を隠すように、指でちょっと裾を直し、手慰みにティアラを撫でてから、コールを流し見た。

 その瞳は憂いを帯びてぬれ光った。


 グラナトゥムの蒼い瞳。数千年の時を羽ばたき、豊饒神の祝福を大地に注ぐ。

 

 最古の王女が顎を引いて思案する。

 世界の歯車がきしみあげて、四元素の精霊が息をとめて仰ぎ見る。

 その言葉を待って、時が止まって、世界は静寂に包まれる。

 錯覚なのか、現実なのか。

 流れる血は容姿を超えて、神の意思を宿す。


「分りました。わらわの名で(みことのり)を下します。それならば、ケルサス王とて文句はないでしょう。ただ、無理強いはいけませんよ?」


 コールは立ち上がった。


「あの子自身の意思です。友人が戦っているのに、力のある自分が何もしないでいるのが耐えられないと」


 ベリルはにっこりと微笑んだ。レオーネに似て、優しくて儚げな微笑だった。

 それでいて、レナータの強さをも持つ。


 その微笑を受け、コールは初めて微笑んだ。

 おもねるような卑しさは無い。 

 なぜなら、彼は神聖グローリアの聖騎士だから。

 国に、人に使えるのではない。神である聖巫女アーティファにこそ仕えるのが彼の役目なのであって、ベリルが無意識に放出するテンプテーション(魅了)すら跳ね返す。

 大陸において、彼女を殺めることが出来るのは、神にそむいた邪教徒のほかには彼くらいなものだろう。

 だからベリルはライラだけではなく彼をも大切にしていた。

 夫のほかに本音をさらけ出すことができる友人として見ていたのだった。


「ならば、言うことなどありません。存分におやりなさい」


 彼女の名はアルケーつまりは始原。

 大いなる役目のために数千年にわたり眠りについていた、太古の王女。

 それはグラナトゥムの血を薄まらせることなく一定に保つこと。

 その肉体は、年を取ることを禁じられ、齢四十を超えているはずであるのに二十代のままである。


 第一公女レナータはグラナトゥムの宝玉と称された。

 しかし、世界を抱擁する美の化身たる彼女こそがオリジナル。

 金色に染まる黄昏(たそがれ)の海原よりも神々しく、萌える若葉にしたたる雫よりも甘いと、城を訪れた蛇人の吟遊詩人は嘆息した。


 美であるがゆえに聖であるのか。

 聖であるがゆえに美であるのか。


 しかし、勘違いをしてはならない。

 どんなに美しくとも彼女に劣情を抱くことは不可能。

 ケルサスを破壊しつくした残虐王ベッルスでさえ彼女には手出し出来なかった。


 うつろう現世にあって、彼女こそが聖、かけがえの無い血なのである。

 遺伝子に刻まれ、確率で現れうるエルフの血よりも、唯一であるから世界最高。

 彼女の前であれば、世界中の王を名乗る者らは有象無象に過ぎない。

 豊饒神マイア、冥界神サイレスの牙に守られた彼女こそが大陸に君臨するにふさわしいと(ささや)く者も多かった。


 ****


 サラはナハト河の支流の脇で、水をろ過するための術を練っていた。

 祈るように胸の前で手を組んで身じろぎ一つしない。

 その脇では、水を汲みに来た兵がサラの顔を覗き込むようにして、わざとらしく水を飲む。

 サラがまぶたすら動かさずに居ると、せきを一つして、天気の具合などを一人ごちた。


 術士が魔術を唱える様は美しい。

 光りを帯びて言霊をつむぐその姿は、それが年若い女であった場合は神秘的とさえいえる。

 魔術は心の現れそのものだから、薄青光を放つ清冽なサラの魔力は、血に染まった戦場にあって兵の心を捕らえて止まなかった。

 兵達は汚れてしまった手を見て涙ぐむ。

 どうしてこんなになってしまったんだ、と。

 だから、憧れるのだった。そして、慰めて欲しかった。


 何も応えないサラに男はしびれを切らして、話しかけようと手を伸ばす。


「暇そうだな」


 その細い肩に触れようとしたとき、かすれた声が響いた

 サーベルを担いだ四十過ぎの男が、口をゆがめて立っていた。


「?」


 体に施した結界で男を弾き飛ばそうとしていたサラは思わず眉をひそめた。


 誰の声だろうか?聞き覚えがない。


「少佐殿!いえ、わ、わたしは、ちょっと・・」


「なんだ、慌てて。俺が何か邪魔したってか?」


「し、失礼します!」


 若い声は慌てて走り去った。

 しかし、かすれた声は動かない。

 ただ見つめてくる。


 さっきの兵といい、ブリギッタが付けてくれた護衛は何をしているんだろう?

 こんな奴らが居たら邪魔でしょうがない。


 そう思っていても、男はいっこうに動かなかった。

 それどころか川岸の石に腰掛ける。


 魔術が終わるまでそうしているつもりなのだろうか?

 そして、とっておきのくどき文句を言うつもりなのだろうか?


「綺麗だな」


 ほら来た。


「その波動、心が洗われるようだ。

 知っていたさ。お前たちが罪なんて犯していないことくらい」


「!!」


 肩が跳ねて、言霊が上ずった。


「前王の首までもう少しってときに、空を埋め尽くした呪いの殺意。忘れたくても忘れられねえ。ここで、死ぬんだと思ったさ」

 

 サラは構わずに術をかけ続ける。


「するとだ、白い手が伸びてきて空を清めちまった。ああ、こんな綺麗な魔術があるんだなあって、泣いちまったよ」


 男が言っているのは先の内乱のこと。

 現国王ルーメン率いる反乱軍が、先王ベッルスが布陣する王都に迫った。

 その時ベッルスは、全てを呪い殺そうと禁呪を発動した。

 それをサラの両親と兄が浄化したのだ。

 幼かったサラただ一人を残して、命を投げ出して。


 サラのつむぐ言霊の終わりが近づく。

 リズムが狭まって高まって、クライマックス。


「そして、今度は俺の大隊を救ってくれた。あの光り、お前だな、フラーダリー」


 そう、私の家族は国を救った。そして、今度は私が軍を救った。

 誇らしく思うよりも、安心した。

 これで私もフラーダリーにふさわしいと、ブリギッタも喜んで姫様も褒めてくれるって。


「・・・何様だ、貴様」


 -えっ?-


「フラーダリーは逆賊だと国が決めたんだ。何をしたか、するかなんて関係ないんだよ」


 この人は何を言っているんだろう?

 私は助けたのに。

 軍を、ひいては民を。

 悪いことなんてしていない。


 まるであの時、雲ひとつ無い空の下で、処刑場に引かれていったときのように、訴えかけるように内省する。


「勘違いするな、死に絶えるのが貴様らの責務だ。それか、求められるがままに子どもを産み続けることだ。ったく、戦場なんかに出てきやがって、家の汚名を晴らしたいのか?」


 だって、それが当然でしょ?

 悪いことなんてしていないんだから。

 誤解なんだから。

 命を懸けて救ったのに、逆賊なんてあんまりにも・・・。


「出来るはずないだろうが。貴族は国のためにある。そして、国は民のためにある」


 だから、私は、国のために。

 守りたかったから。

 フラーダリーは、守るためにあるから。


「わからないか?民が求めたんだよ。貴様らの滅亡を」


 そんなはずない。


「グラナトゥムの連中は、みんな揃って人でなしだ。王家を守るために民があるだって?ふざけるなよ。何様なんだ?そんなに王族が尊いのか?俺たちの命が束になってもかなわないほどに?」


 だって、神様がそう決めたから。そうすれば、みんな幸せになれるからって。

 

「いちゃいけないんだよ、お前たちは。国は民のものだ。血筋のためじゃないんだ。・・・だが、俺の大隊を救ってくれたことは感謝している。さっさと、国に帰れ。すっこんでろよ」


 涙があふれて、嗚咽で最後の言霊をつむげない。

 

 どうして、そんなこと言うの?

 私は、父さんも、母さんも、兄さんもがんばったのに。


 男が、アマゾフが立ちあがって、後ろを向いた。


「お前は綺麗だよ。幸せにしてくれる男なんて腐るほどいる。だから全部忘れて何処か嫁にでも行っちまえ。身分を隠すことくらい、グラナトゥムならばわけないだろう?そのためなら、力にだってなってやれる」


 足跡が聞こえなくなってもサラはうずくまって泣いていた。

 アマゾフの言葉が、サラを思いやってのことだと理解できてしまって、立ちあがれなかった。


 -私は、フラーダリーは、民の望みって?-


****


 ブリギッタはティーカップを置くとサーベルを抜き放った。

 髪を束ねていたリボンを力いっぱい引き解いて、空いた手に術式を纏わせる。

 黄金の瞳の奥で輝いていた瞳孔が、ひし形に引き結ばれた。


 サラに助けられた大隊の指揮官がわざわざ単身で出向いたというからサラの下に通した。

 きっと彼女が誇りを取り戻す助けになると思ったのだ。

 しかし、彼もまた、ケルサスの貴族だった。

 人を必要以上に持ち上げる、傲慢で無知蒙昧な、力が無いくせに理想に酔って現実を見ようとしない下郎だった。


「礼を述べるどころか、貶めるなんて!!」


 人がそんなに尊いならば、こんな世界になっていないだろうに!!


 生存を神に()っていながら、独り立ちすら出来ないくせに、あの言いよう。


 -許さない-


「お嬢様!!」


 杖を付いた白髪の騎士が叫ぶ。


「いけません!!ケルサスなぞ所詮その程度でございます。分りきっていたことではありませんか?貴女が心を乱されて、なんとします!今はサラ様の下にお出でなさいませ。レオーネ姫殿下はいらっしゃらないのですよ!!」


 ブリギッタがサーベルを一閃し、設えられたテーブルが真っ二つに裂けた。


「ああっ、もう!腹が立つわ!!」


 ケープをまとって天幕から出る。


「ねえ、爺。この戦に私たち、グラナトゥムが出なければいけない理由ってなに!?」


 波打つ金色の髪を広げてブリギッタは馬にまたがり、強く鞭を入れた。


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