Kill・Me・Tender 2 -母子の愛-
カーモス騎士団が主導する奇襲によって戦列を崩されたケルサス軍。
指揮官であったイーサン少将を殺したのはヤーヘン最強騎士のルーナイア伯爵であった。
オーギュントは筆頭騎士として、伯爵をしとめるために彼女の元へ向かう。
「お待たせしましたルーナイア伯爵」
オーギュントと騎士団は開けた一帯にたどり着いた。
しかし、その場はもともと空虚だったわけではない。
ルーナイアとイーサンの戦いで、魔術と剣技によって木々が切り倒され焼け焦げて、草々に幾筋もの剣刃が走ったからそうなった。
ルーナイアの周囲には頭巾を被った騎士、魔術士が合わせて十名ほど控えている。顔色は伺えないが、殺気に溢れ、ローブの下では武器を手にしているに違いない。
彼女の背後には体を裂かれた魔獣が横たわっていて、足元にはイーサンの遺体が無造作に転がる。そして周囲には彼の近衛兵たちが同じように事切れていた。
「大変な戦いだったようですね」
オーギュントが目を伏せる。彼の騎士たちも、同様に黙祷を捧げる。
「彼らは少将に殉じた。誇り高い兵たちだった。あなた方は、誇りに思うべきだ」
「!!」
嘯くルーナイアに、カルブルヌスの兵達は剣に手をかけたが、オーギュントが手を上げて制した。
「もちろん、誇りに思っています。彼らは力の限り戦ったのですから」
オーギュントはルーナイアの兵たちに笑いかけた。
「けれど、あなた方に同じ選択をしろ、などと言うつもりはありません。投降するならば我らカルブルヌスはあなた方の身の安全を保障します」
あっけに取られたルーナイアの騎士達は思わず噴出してしまった。
(なんだ、こいつは。俺たちがしたことに気付いていないのか?とんだ、馬鹿王子だ)
ルーナイアが背後の魔術士に合図をすると、魔術士は信号弾を上げた。
それが意味するのは戦闘の即時停止。如何なる戦場をも支配する鉄の掟であった。
理由は、王に軍を信託された騎士による決闘。
「よろしいのですか?戦況はあなた方に有利であったはずですが」
「かまいはしない。カルブルヌスの筆頭騎士である君を殺せばケルサスの士気は大いに下がる。全体としてみれば悪い戦略ではない。
・・・それにな」
穏やかだったルーナイア伯爵が一変した。
化粧っけのない薄い唇が引き剥かれ、歯がむき出しになる。
憎しみと怒りのあまり蒼白になった額に血管が浮き上がった。
白髪の混じった髪をかき乱して、強くイーサン少将の遺体を踏みつけて、声高に叫ぶ。
「貴様らを踏みにじるのに傭兵や商会の手など借りん。我らの力で貴様らを引き裂き、冥界に送るのだ!このような戦、望んでいたわけではない!」
カルブルヌスの騎士達が殺気を漲らせる。
仮面から歯軋りが聞こえて、詠唱のために武器を取ろうとする。
貴様は少将閣下と刃を交えたのだろう?
力の限り戦ったのではないのか?
それなのに、遺体を穢すというのか?
「怒っているのか?貴様らケルサスが?我らから国土を奪い、貧しい辺境の地に押し込めたくせに?
逆襲されるのが当然だろう!!
ああ、そうか!俺たちのことなんて、ごみ同然にしか思っていないんだな。そんな奴らに女、子どもを犯され、老人を吊るされた気分はどうだ?
おい、どうした?
何か言ってみろよ!!」
頭巾を被ったルーナイアの騎士たちが哄笑し、嘲笑った。
両軍が魔力を解放し、にらみ合ってぶつかり合い、空間に裂け目が出来て風が吹き込んだ。
各人が剣を抜き放とうとしたとき、オーギュントが大きな手振りで間に入った。
「やめてくれよ!せっかく場を整えてくれたというのに。伯爵、作法は標準のもので?」
「結構。己の魔術と剣術のみを力に、魔術士による補助はなし。各戦場への影像は遮断し、通信は入れない。見届けるのは、ここにいる騎士達と各本営の者のみ」
ルーナイアの言葉に薄着で仮面を被ったカルブルヌスの女魔術士が本営に影像を結ぶ。
頷く彼女に微笑んで、オーギュントは一つ伸びをして、まるで散歩に行くかのように軽やかに肩越しに大剣を引き抜いた。
「さあ、はじめましょう」
瞬間、今までオーギュントを嘲笑っていたルーナイアの騎士達が言葉をなくした。
己が不確かになり、ここが何処であるかすら分らなくなった。
それは自我を守る防衛本能の為したこと。
強大すぎる敵を前にして、先を見ることを本能が拒否したのだ。
「投降しないのですね?うれしいなあ。じゃあ、僕は貴女方を皆殺しにします。
それが嫌なら、抵抗してください。力の限り抗って、その力が僕を高めてくれるんだ!!」
立会いの場にカルブルヌスの黄色い魔力が吹き荒れる。
オーギュントが歩を進めるたびに、枯葉が舞い上がって剣気に切裂かれた。
渦巻いて、まるで燃料を注がれた炎のように大気を食い尽くさんばかりに爆発する。
剣気の物質への影響、それは一流の証。
しかも斬ることを志向する。
つまり、本質が切断を渇望するということ。
存在そのものが刃としてあるのだ。
-これが、カルブルヌス-
ルーナイアの騎士達は、目を輝かせて歩を進める青年が恐ろしくて、彼が人であることすら忘れてしまう。
その目を見ることが出来ない。
モノが違う。
俺達はこれと戦うというのか?
そして、騎士達は思い至った。
-こいつは、はなから俺たちなど眼中にないのだ。俺たちが死のうが生きようが、どうでもいいのだ。そんな俺たちがしたことなど、許すも何もない。
虫けらだから。
剣気は伯爵にしか向いていない。
けれど、殺気はどうだ?
・・・ああ、きっと、逃がしてはくれない-
オーギュントの発する殺気に抵抗できない数人が昏倒した。
残る者たちは、背を向けないでなんとか踏みとどまる。
「・・・ガキが」
額に汗を噴出させたルーナイアは、詠唱短縮で炎の刃を背後に作り出した。
****
-戦闘狂め-
なんとか自分を取り戻したある魔術士は、オーギュントがとてもうれしそうに、ゆっくりと剣を揺らすのを見て呟いた。
カルブルヌスの末弟、得られた情報ではすでに我が軍の騎士、魔術士を多数しとめている。それも遊びのように、命のやり取りの真剣さを感じさせずに、なで斬りにする。
各国の王族は血が濃いゆえに強い力を持つ傾向にある。
しかし、そのためにかえって手柄を求める古参兵に狙われがちであったから、経験を積むまではあえて低いランクのマントを身につけるのが当たり前だった。
けれど、カルブルヌスに限って言えばそんな小細工は用いない。マントが示す格はそのまま、オーギュントの力を示す。
その色は伯爵と同等であるから、経験に勝る分ルーナイアが優位のはずだった。
でも、魔力、才能はあいつのほうが上だって。
伯爵はあいつがその上に足をかけつつあると言っていた。
-だけど、伯爵は負けない。この無謀にも思える戦いは恨みや手柄のためじゃない。筆頭騎士の義務だから、なにより確かな勝機があるから挑むんだ-
魔術士は頭巾を取った。
オーギュントと変わらない年の頃。
その瞳には忠誠以上のものがある。
彼は怖くてたまらないオーギュントを睨み付けた。
伯爵は負けない。
私達は貴様らとは違うんだ。
国のために、民の恨み晴らすために剣を取る。
人殺しが好きでたまらない、お前ら、カルブルヌスなんかに負けていいはずが無いんだよ!!
****
ゆらり、体を揺らしたオーギュントが一足に間合いをつめた。
攻撃魔術の詠唱は無い。
体術を強化し、スピードを増した必殺の突きを繰り出す。
反応できないはずのルーナイアが、待ち構えていたようにオーギュントが踏み出した足の着地点めがけて炎の刃を投げかけた。
あらかじめ座標を定めてのオートマチックの罠。
正確に間合いを読んだ、どんな剣士でもかわせない一撃。
ルーナイアは体を崩すだろうオーギュントをしとめるべく剣を掲げた。しかし目の前に大剣の先端を認めて、すんでのところでかわし、後方に飛びずさった。
ルーナイアの勝利を確信していた魔術士は、驚愕に目を見開いた。
どうして?伯爵は受けるほかない攻撃をくり出したはずなのに・・・。
****
「衝撃波でかき消したか・・・」
歯噛みをしながら、さらに間合いを取った。
いつの間にか敵の左手にはサーベルが握られている。
なるほど、サーベルに真空の層を纏わせ、高速の斬撃でもって火の術式を断ち切ったか。それも大剣を扱いつつ、利き腕ではない手で、あの瞬間に。
しかも。
腹部に激痛が走った。
重厚な大剣の質量を乗せた衝撃波が肋骨を数本へし折っていた。
(心剣一体。これがカルブルヌスに伝わる奔馬の太刀か。火刃を防いだのは二の段。そして、あばらを持っていったのは四の段、だな。幸い天神誤水は身につけていないようだが・・・)
荒れ狂う馬を操るのはなくて身を任せる。
場に満ちる殺気と魔力に反応してオートマティックな一撃を繰り出す無我の技、それが二の段。
己の質量を超える剣に身を預けて、その重力作用を受けるのが四の段。自然の法則は即時性をもつから何よりも早い。剣と一体となることで法則を感じ取り、魔力でもって剣速をあげて神速の一撃を繰りだす。剣に微妙な傾斜をつけることで可能になるその一撃はカルブルアヌスの秘奥の一つだった。
どちらも己以外のものに身をゆだねるという点で共通するものであり、使用にあたり体に多大な負担を強いる。
(しかし、二太刀も使ったのだ。奴の筋は伸び、肉はいたるところで断裂しているはず。どうやら痛覚遮断は使っていない。それなのに、痛がるそぶりすら見せとは。ふふっ、本当に、カルブルヌスって奴は・・・)
「まさか一手目で間合いをつかまれるとは思ってもいませんでした。なるほど、あなたは僕を戦の始めから見ていましたね?」
そう。戦争が始まったとき、商会からケルサスの部隊の詳細が伝えられた。脅威と障害、そしてカルブルヌスの末弟が参戦することを。
観察して、その才能と騎士としての異常さに恐怖した。だから、ここでしとめねばならないと私は必勝の戦略を練った。
殺らなければ、これが戦場に解き放たれる。
それだけは絶対に避けねばならない。
そのために騎士としての誇りを捨てた。
奴の剣筋をゆがめるために、投降する敵兵を殺すことで挑発をもくろんだ。
賞賛してしかるべき好敵手の亡骸を足蹴にさえした。
それなのに。
「うれしいです。僕のことをわかっている方がいてくれて。あなたを倒せば、僕はもっと強くなる」
(この子は、そんなこと気にもとめない。なるほど、最高の騎士だ)
感きわまって大切な思い出を描くように見つめてくるオーギュントに、思わず微笑み返してしまった。
****
一方、ルーナイアを見つめる魔術士はそれまでとは違った恐怖を覚えた。
何なんだ、こいつは。
決闘を何だと思っているんだ?
軍の一運が懸っているんだぞ?
「これは僕の戦場だ。カイしかいないと思っていたけれど、あなたは経験と努力、勤勉で僕の想像を超えようとしている」
何を言っているんだ?
楽しむな。
ここは、そういう場じゃない!
恐ろしい。
これは違う世界に生きている。
剣鬼だ。
剣技の全てを極めても貪欲に強さを追い求めて、堕天女ナスターシャに挑んだ剣聖メリザンドの再来だ!!
****
「あなたのような人がいるから、僕は一人じゃないと実感出来るんだ」
剣鬼の剣気が増して、両手に握る剣から魔術の波動が漏れ出した。
太陽のようだった剣気がぬめりをおびて、這うように騎士達の足元にせまる。
剣こそが我が意思、我が肉体。
そう理解して、同化する先に奥義が在る。
それがカルブルヌスの剣技。
奔馬の太刀を可能にする魔術と剣術の融合。
人間でではなく、刃。
操るのではなく、そのもの。
己を捨てた先の忘我の境地。
やがて乗り越えて、主格が逆転する。
昇華して、あらゆる剣が我になる。
かつてその境地に至ったメリザンドは剣と雷と己を同化させた。
その神剣を持って悪魔ナスターシャと、試練の剣聖ハルベルトを滅ぼした。
未だ至らずとも、今、オーギュントは確かにその道標を見つける。
剣気が、体からもたまらず漏れ出して、情欲にも似た濃密な意思がこんこんと湧きだす。
恍惚とした表情を浮かべて、敬服すべき好敵手へと、一歩踏み出した。
身を焦がす思いを生体エネルギーに。
心を埋める冷静さは絶対零度の、分子の運動を停止しうる宇宙の冷気。
ライトブラウンの前髪から覗く眼光が悦びに輝く。
この瞬間から最大限経験を得ようと、修験者の渇望が悦びをたぎらせて、オーギュントはまた一つ最強への扉を開いてしまった。
****
魔術士は髪をかきむしる。
涙を流して、うなりを上げる。
殺されてしまう。
だめだ、そんなの駄目だ。
まだ、一度だって褒めてもらったことがないのに!
「母さん!!」
叫び、それが合図となった。
ルーナイアは握っていた剣をオーギュントに投げつけた。
弾いたオーギュントが間合いをつめようとする。
しかし、それがはじけて鋼鉄の礫となった。
剣身に仕込まれていたトリック。魔術ではなく物理。
敵が己を凌駕する才と技術を持つのならば、動揺で意表を突き対抗するよりほかは無い。
後ろで破裂を感じたオーギュントは体を最速で回転させた。
軍服に施した防禦結界と、風圧によって弾いて防ぐ。
しかし、すべては防げない。
背に、腕に、腹に礫が食い込む。
致命傷を避けるために、頭部は大剣で防いだ。
風圧で巻き上がった土煙の中、目の前にルーナイアの姿を見た。手には魔力を流し込んだ糸。
自身の髪でつむいだそれは、彼女の魔力に高い親和性を持つ。
一手目とのデジャブ。
交錯する視線の中で、オーギュントが両手の剣を離し手刀に衝撃波を纏わせて土煙を一文字に切裂いた。
奔馬の太刀では振るった後に無防備な姿を晒すことになる。そしてなにより、もう体がその使用に耐えられないから。
目的は最速の一撃で好敵手に致命傷を与えて攻撃を止める。
しかし、目測を、どういったわけか誤った。
「私の勝ちだ」
腹から下を切断されたルーナイアは笑みを浮かべ、オーギュントの肩を支点にして回転し、背後に回りこむ。
のど笛を掻ききるために糸を首に巻きつけようとする。
オーギュントは離したサーベルをつま先で弾き上げ、糸と首の間にすべりこませ、同時に肘でルーナイアの体を弾き飛ばした。
その瞬間、詠唱を終えたルーナイアは糸に秘められた魔術を解放する。
風の魔術。
斬撃となってオーギュントの体を引き裂き、腹膜がやぶれ腸がこぼれだした。
噴出す血と共に、両者は血だまりをつくってくずれおちた。
****
気がついたら、走り出していた。
切り離された下半身を抱きしめて、血まみれになって這うようにして縋りついた。
母さん、目を開けて、どうか死なないでください。
私はまだ、貴女に教わりたいことが一杯あるんです。
言えなかった言葉もあります。
ほら、私はここにいますから。
手を握って、必死に語りかけた。
傍付きの魔術士はルーナイアの脇で必死に治癒魔術をつむぐ。
「・・・?」
「母さん!!」
微笑んだ。血の気の退いた唇を、にっこりと。見たことがない優しい顔で。
「ああ、良かった。無事だったのですね。あなた」
「何を言っているんです?」
一言も聞き逃さないように、耳を寄せる。
「はい。私たちの子は、マクシミリアンは無事です。・・・解っています。あの子は兵士になんてしません。
ふふ、ええ、そうです。恨みをすててヤーヘンは生まれ変わる。ケルサスと本当の和平を結んで、国土を開墾して、子供たちが飢えることがない素敵な国にする。
あなたの理想を実現するのが私たちの子。そのためなら、私は・・・」
・・・。
母さん。
ああ、でもね、もうヤーヘンは。
私たちは、どうしようもないところまで来てしまいました。
「ひっ!」
「母さん!!」
「「お館さま!!」」
母の瞳が絶望に染まっていく。
私の腕を掴み、口元を振るわせる。
私は意味が分らず、死が怖いのだろうと無様に涙で応えた。
けれど母は私ではなく、背後を見ていた。仲間たちも声をなくしている。回復魔術を唱えていた魔術士は腰をぬかして座り込んだ。
振り向くと、こぼれる腸を傷だらけの手で押さえた剣鬼が満面の笑みを浮かべて立っていた。
「まさかそう来るとは!さすがはルーナイア伯爵。あれは、えっと宿地?黒騎士の技ですよね。視線を誘導して間合いを混乱させるという。僕にはまだ使えないのですが、さすがです。師が黒騎士でなかったら殺られていましたよ」
腸を無理やり押し込んで、賞賛しながら剣を振って魔力を漲らせる。
やめてくれ。
どうして、立ち上がるんだよ。
せめて、引き分けのまま終わらせてくれ。
母さんは命をかけたんだから。
栄誉くらい、くれてもいいでしょう?
「さあ、さあ、続けましょう!僕はまだ立ってるんです!どうか、もう一合わせお願いします!!」
体には鉄の破片が食い込んで、流した血は溜まりを作っても、剣鬼は学ぶことを止めなかった。
血を吐いても剣を離さない。
痛みよりも、己を高める機会を逃してしまうことへの強い逼迫感を持って。
敵がもう戦えないことは解っているはずなのに、せっかく出会えた好敵手からより多くを学び取ろうと、懇願する。
彼の騎士達はただ見ていた。
終わりが来るまで決して動くことは無い。それがカルブルヌスの騎士というもの。
しかし、彼らの目にも動揺があった。
止めなかったのではない。止められなかったのだ。オーギュントの剣気、血に染まる主が剣鬼であることを六年前のあの日に知ったはずなのに。
その中でただ一人、オーギュントの真の願いを理解するオブザルだけが両手に術式を構える。
カルブルヌス屈指といわれる目で持って、オーギュントの本質を見ていた。
それは剣鬼のあり方。
死ぬまで強さを追い求め、求道者としか在る事ができない。
誇りや民のためではない。ただ、己のために強さを求る。そうあることが、オーギュントであることを理解していたから。
・・・ああ、そうか。
私たちはカルブルヌスに敗れたのではない。オーギュント・エンロケセール・デュルイ個人に破れたのだ。彼を理解していなかったから。
剣鬼を人の範疇に収めて対策を練ったから、母は敗れたのだ。
私は頭を垂れた。
もう、これ以上母は戦うことが出来ないと、副官として、いや、息子として伝えた。
水筒を傾けて首を清める。
冥界に旅立とうとする母の代わりの、ここを預かる指揮官は私だ。伯爵家のものとして立派に勤めを果たさなくてはならない。
だよね?母さん。
一度も褒めてくれなかったけど、だからこそ、私は最後は間違えない。
けれど、一つ我がままを言わせてほしい。
せめてケルサスの騎士としてではなく、この類まれなる騎士、オーギュント・エンロケセール・デュルイ個人として幕を下ろしてくれないか?
顔を上げる。
オーギュント卿は微笑んでいる。けれども彼を取り囲む騎士達は憎悪を隠さない。
それはそうだろう。
無抵抗の民を虐殺し投降した兵を殺し決闘を受けた騎士の遺体を辱めた。
「オーギュント・エンロケセール・デュルイ卿、私の首で皆を助けてください。私が死ねばルーナイアの家は終わりです。跡取りをこの戦に連れてきた母の意思。私たちがこの戦に賭ける意気込みをどうか、お心に。そして願わくは部下には捕虜としての扱いを」
本当はこんなことを言いたいんじゃないんだ。
母を倒した畏怖するべき本当の騎士である貴方個人に跪きたい。
だけど、こうするよりほかないから。
指揮官としての義務を果たさなければいけないから。
「って言っているけど、オブザル。法ではどうなっているんだ?宣戦布告を受けていないから、どう扱うべきなんだろう?投降したものを殺めたのだから、やはり殺さなければいけないのか?」
イーサンの部下の遺体を確認していたオブザルは、目を剥いて立ち上がった。
「はあ?何を言っているんですか!!憎らしいですが投降したんですよ?それも見事な所作です。彼を殺したら、私らはオーギュント様、貴方をどうにかしなければいけませんね!」
「始めから言えよ!!まったく。皆殺しにしろと言ったのは君たちじゃあないか」
「意気込よ」
遺体を回収していた薄着の女魔術士が呆れたように言った。
手には大きな魔石が握られている。
それはルーナイアが商会から与えられた本当の最後の手段だった。もし作戦が上手く行かなかった場合、魔石の魔力を暴走させて自分たちもろとも一帯を焼き尽くす。
「これを使わなかった彼女の意思を汲むべきじゃないかしら?もっとも、こんなものがこの私に通じる分けないんだけど♪」
ウインクを一つ、そう言って女は魔石を空に投げて結界で包みこみ封印した。
やれやれ一軒落着と、戦後処理に向かう仲間たちにオーギュントは腸をはみ出させながら言った。
「・・・ところで、治療してくれないか?吐きそうだし、すごく痛い。このままだと、死ぬと思う」
「愛しのサラちゃんに頼めば?」
どっと笑いに包まれる一方、オーギュントは出血多量で意識を失った。




