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偽国戦記  作者: ブレヒトさん
魔晶戦争
64/131

Kill・Me・Tender -二頭の愛-

攻城戦後、ケルサス兵はヤーヘンに奪われた国境を取り返すべく兵を勧める。

 ヤーヘンは草原に覆われた国である。

 ケルサスとの国境付近は、数百年前の戦争によって魔力で汚染されていたから、まばらな草花しか生えていなかったものの、数キロも行けば草が目立ち始める。そして海岸に近づくにつれまた岩肌が目立ち始め、起伏を繰り返し、通り抜けたところに港をもつ王都があった。

 草原には、周囲の国々から逃れてきた亜人種が集落をなし、それを狙って魔獣が多数存在している。開墾のおかげで農作物は取れたが、定期的にやってくる嵐のせいで蔵に溜め込むほどの取れ高はない。高い山地が無かったために、海岸線から吹き込む風をもろにうけて塩害がひどかったのである。

 商業でやっていこうにも売るものが無く、農作物に頼ろうにも売るほどはない。大陸によくある貧しい国の一つとしてヤーヘンはあった。

 それでも、亜人達が作り上げたコロニーと手を取ることができれば、それなりの国として栄えることが出来たであろう。亜人の労働力で港を拡充し、開墾を進め、魔術士、騎士で魔獣を討伐すれば、喰うに困ることはなかったのだ。

 しかし、それはありえないことであった。人は亜人を見れば剣を手にし、亜人は人を見れば慈悲を乞う。それが、差別の徹底されたヤーヘンの現実なのであった。


****

 

 ケルサス王国軍とカルブルヌス騎士団国軍は、ヤーヘンの伏兵を潰すために、丹念に偵察を出しながら国道沿いに進んでいた。

 付近には森が生い茂っていたが、迂回するわけには行かなかった。草原地帯では伏兵の心配はないが、開けた場所では敵が保持しているだろう大規模火力を全軍でうけることになりかねない。それに引き換え、水気が溢れる森ならば、ケルサス得意の水魔術を最大限利用し、防禦を整えることが出来るからであった。

 ケルサス王国の先方を務めていた王軍第一〇一師団は、騎兵を威力偵察に出しながら、魔銃歩兵を急ぎ進軍させていた。


「少将閣下、偵察部隊からです。敵影なし、しかし両脇の森に騎士隊が潜んでいる可能性あり」


 イーサン少将は二首の、馬に似た魔獣、体は農業用の輓馬の1.5倍、足は鱗に包まれている、にまたがっていた。

 年は五十中盤、まるで大衆食堂の親父のように小柄で痩せている。顔立ちもその通りで、愛想に著しく欠けていた。

 彼は使い魔である魔獣の(たてがみ)を撫でた。


「騎士団を表に出して牽制させろ。残りの騎士、魔術士は隊列に入り込んで奇襲に備えろ。隊列が分断されることを防ぐんだ。心配はいらん。森に侵入しているカルブルヌスが我々を見ている。敵が攻撃してきても、奴らが背後から突から挟み撃ちに出来る」


 師団の先遣隊には、奇襲に備えて騎士と魔術士が多く含まれていた。ケルサスの騎士らは質が高かったから、容易く迎撃できるはずであった。さらに、師団が国道を進軍しながらも、カルブルヌスの騎士団が隠密として随行していたおり、備えは万全と言ってよかった。

 通常兵器の奇襲ならば、師団の魔術士が張った結界は破られない。魔術を宿した砲門や遠距離魔術であれば、攻撃までに解析部隊によって対処できる。問題は騎士による特攻であった。輜重(しちょう)部隊は十分な護衛が付いていたから耐えられるものの、進軍のために縦に伸びた部隊の横っ腹に突っ込まれれば、混乱とともに瓦解する。


「こんな森の中だと奇襲には持ってこいだが、偵察に掛からないんだろう?カルブルヌスからの警告もなし。伏兵が居たとしても、たいした数では無いな。カルブルヌスに任せておけ」


 少将はなだめるように、いつもと変わらないような言葉で通信を飛ばした。

 しゃべりすぎるのは、自分の愛想のなさと顔つきが相手に与える影響を知っているからだった。さらに、兵を落ち着かせる意味もあった。

 城は取り戻したものの、その中で行われたヤーヘンによる一般人の虐殺。

 攻め込まれる前に避難はある程度済んでいたから城内の人口は減っていたし、カルブルヌスとハイデンベルグ領の兵の働きもあって、大規模魔術の発動は防げた。しかし、それでも多くの民が犠牲になった。

 正確な数は未だ分っていないが、少なくとも三万は超えるだろう。

 遺体の処理だけでもどれだけの時間が掛かるのか。

 丁重に葬りたいが、そんな余裕はあるはずもない。

 黒こげて何処の誰だかわからないうちに埋葬される人々を思い、イーサンは涙ぐみ、周りの兵に気付かれないように、袖口で拭った。


(こんなことは短期間では消化できるものではない。ただでさえケルサスの軍は若いのだ。挑発とわかっていても兵達は怒りに我を失いつつある。俺が兵をなだめてやらなくちゃな)


 だから、木々に囲まれたこの場での戦闘は避けたかった。

 だが、そんなことはヤーヘンも分っていたことで、仕掛けられるに決まっている。


 師団が森の中央に差し掛かったとき、国道を挟んで左側の森から魔術の刃が飛んできた。

 木々をなぎ倒し、結界にぶつかり、張り付いた。

 風の魔術に、相性の悪い土属性を乗せた高度魔術。

 粘性をもたせた魔力の刃は爆発し、結界の強度が著しく下がった。

 煙幕が立ち上り、その背後から(とき)の声が響き渡った。

 高い枝の上から騎士が舞い降りてきて、剣先に強力な魔力を乗せて結界を突き破る。

 ケルサスの魔術士たちの対処が遅れるうちに、戦列を切裂き侵入する。

 警護していた騎士が剣を抜き放つが空を切った。

 歩兵が魔銃の狙いをつける間もなく、部隊の最奥部に居た結界兵は接敵を許し、首が宙を舞った。

 噴きあがる血と、湧き上がる混乱。

 敵の騎士が新たな魔力の刃を形成し、結界を維持する魔具を粉みじんにし、背後に高く跳躍した。

 陣形を整えるためにケルサスの兵は素早く行動したと言ってよいだろう。

 訓練どうりに横隊を組んで、魔銃に弾をこめた。

 しかし、それよりも早く、木々の間から魔銃の一斉射撃が繰り出され、結界を張れない非魔術兵は蜂の巣にされた。

 結界兵が殺され、魔具も砕かれたのだ。精強を誇る第一〇一師団の兵達は応急的な結界も張れずに、なすすべもなく屍を晒した。

 

 ケルサスの騎士は、銃弾を弾きながら敵の騎士をにらみつけた。

 この結界を容易く破り、王国騎士である己を超えるとは、何者なのだ?

 ヤーヘンの騎士ではない。

 奴らにその能力があろうはずがない。

 迷彩服に身を包んだ騎士は、目があうと剣を担いで微笑み、マントを開いて見せた。


 刻まれた紋章は、翼を持つ蛇が卵を抱きトグロを巻く。かつて異民族よって滅ぼされた王国の紋章だった。


 カーモス傭兵団!!


 暮れない夕焼け、白夜の傭兵団。

 騎士団が留守にしている間に祖国を攻め滅ぼされた彼らの求めるものは祖国復興。宿願果たすまで戦い続けて、夜の穏やかな眠りなど欲しない。

 暮れてなるものか。

 叶わないのならば、騎士としての滅びさるのみ。

 さあ、討ち果たして見せろ。

 俺たちに栄誉ある死に場所を。

 雑多な目的を持つ傭兵団にあって確たる目的を維持し、騎士団としての品位と体面を保ち続ける。 

 王国復興のために金を求めるものの、それは手段としてのみ。決して目的とはしない。

 その気高さから、貧乏貴族、政争に敗れて国を追われた貴族達が入団を求めて後を絶たない。

 大陸屈指の傭兵団だった。


 ケルサスの騎士が飛ばした衝撃波を容易く弾きながら、カーモスの騎士は森の中に消えていった。

 この場での仕事は果たしたといわんばかりに、一度も振り返らなかった。


 ****


「少将!敵の攻撃、カーモス傭兵団の指揮によるものです!!」


「くそっ、参戦していたのか!となれば、カルブルヌスは排除されたか巻かれたな・・・。

 隊列を整える、指定の場所まで兵を下げさせろ!各大隊長は生存を最優先。分断された前方は陣形が維持できなければ、部隊単位で森に逃げ込め。

 本部に連絡、使い魔を放ち、退路に誘導させろ!」


「はっ!!」


(カルブルヌスを過信したか。まずいな・・・。と言うことは、この位置もばれているとおもったほうがいい、か)


 ヤーヘンの大規模火力を恐れ、イーサンは師団と離れた場所で指揮を取っていた。

 先陣を勤めるだけあって師団を構成する各部隊長の能力は高い。だから、彼は声を届かせるだけでよかったのだ。


 通信が軍全体に指示を伝え、イーサンが馬首を巡らせると鮮血が広がった。


 護衛の騎士、魔術士たちが倒れ、マントに身を包んだ一団が彼の前に立っていた。

 イーサンの前に一人の騎士が立ち、顔を見せた。


「少将、貴様が指揮官だな」


(畜生、貧乏くじを引いちまった・・・)


 イーサンは武器を構える部下たちを制した。


「ああ。そういうお前は、知っているぞ、ルーナイア伯爵だな。ヤーヘン一の騎士」


「いかにも」


 女は丁重に頭を下げた。そして、剣を構えた。


「騎士の習い、心得ているだろう?いや、少将殿ともなれば忘れてしまったか?」


 結界兵が殺され、騎士も生きているのは僅か。

 他の部隊とは分断されて進退は窮まった。


「馬鹿かお前は。誰に物を言っているんだ?」


 イーサンはケープを外して、メイスを引き抜いた。


「御身のおかれている状況は理解してお出でだな?」


 言われるまでもないと苦笑した。

 

「しかし、ただ殺されるのは芸が無いな」


「・・・苦しませはせんよ」


 神妙に目を伏せたルーナイア伯爵が可笑しくて噴出した。


「はっ!城で乱恥気騒を起こしたくせに、何言ってんだ?」


「あんなものは私たちの正義ではありませぬ!!」


 怒気を漏らし、反応した使い魔がうなり声を上げた。

 目を見て、イーサンは頷いた。


「信じよう。自分の相手が誇りを捨てたクソ野朗だなんて最悪だからな。

 俺はあれだが、こいつらは強いぞ?」


 馬首を巡らせて、目に力を入れた。

 けれど、膝が震える。


「しょせんは、畜生でござましょう?」


 殺気に飲まれそうになったとき、使い魔が微笑んだ。

 全く馬であるのに、主に向かって。

 まるで、うだつの上がらない夫に妻が向ける非難と優しさをこめて。


 分っているから。


 ふた首の一方の馬首が口を開く。


「あら、言ってくれるわね、田舎者のくせに」


「何、あいつ?ああ、やだやだ。気取っちゃって、おばさんのくせに」


 幼い声で、もう一方の首が後を引き継いだ。


 イーサンは苦笑してルーナイアに向かい肩をすくめた。


「こういう奴等だが、よろしくたのむよ」


 恐怖から来る振るえを抑えて、自分を殺す相手に軽口を投げた。

 勝てないと知りつつ、何とか自分を安心させようとする使い魔の思いを無碍にしないように胸をはった。


 -死んでしまうだろうけど、こいつらと一緒ならば、これ以上幸せなことはない-


 妻は俺の顔なんて、もう忘れてしまっただろう。

 子ども達は、俺よりも筆頭家礼のほうを父と思っているんだろうな。

 戦で家を空けてばかりだったから、仕様がない。

 正直言って、俺もお前たちのことなんて、どうでもいいんだ。

 

 たてがみを撫でる。

 彼女が微笑んだ。

 胴をぴしゃりと打つ。

 この子がじろりと、にらみつける。


 俺たちでここまでやってきたんだ。

 他には誰もいない。

 三人だから、ここまでやってこれたんだ。

 そうだよ、じゃあ、死ぬときも一緒だろう?

 

「貴様の言う戦の習いだ。部下の安全は保障してくれるな?」


「もちろん」


 口角を上げたルーナイアを見て、イーサンは思った。


(なんだ、こいつ、やっぱり下種野朗じゃないか・・・)


 ****


「・・・イーサン少将閣下、戦死!!」


 本営では、通信からの言葉にいち早く反応した解析兵が座標を戦況図に書き込んだ。


「背後の連隊は!?師団の救出に向かえ!!指揮権を六〇一連隊の大佐に引き継がせろ!!カルブルヌスの騎士は何をしている?確認を取れ!!」


「排除された。すでに次の部隊を送ってある」


 通信の水晶から映し出されたルシアーノが天井を眺めながら言った。

 視線が素早く行きかい、戦場をシミュレートしている。


「やられただと!!では師団はどうするというのだ?次に放ったという部隊が事態を収束できる根拠はあるのか?」


 幕僚の大佐が叫ぶが、ルシアーノは無視した。


「第二波が来る可能性がある。先行していた部隊は周囲を警戒しながら合流地点へ。各部隊は魔術兵を保護。森に火をつけられた場合の対処は規定どおりに。

 敵の保持する大規模火力の心配はいらない。ここでは使う意味がないから」


 森に居るのは戦列が延びたケルサス一個師団であり、彼らに大打撃を与えたところで戦況に与える影響は限られていた。それどころか、優秀な解析兵を有するケルサスに奥の手を見せてしまうことは、ヤーヘンにとって避けたいところであろう。

 使うならば全軍を射程に捉えたとき。ケルサス軍がある程度密集していなければならないはずであった。そしてなにより、大きな魔力の高まりは観測されていなかった。


 ルシアーノは天井から顔を下げた。


「ニコライ参謀長。師団の騎士たちはカーモスの攻撃に耐えられるか?」


 じっと戦況を見つめていたニコライは、通信に一つ命を下してルシアーノを見た。


「問題ありません。相手がわかっていれば持ちこたえられます。分断された前方の部隊も騎士の定数は保っています」


「うん。カーモス傭兵団は深入りしない。奴らは傭兵団の人員を何よりも大事にしているからな。主たる攻撃はヤーヘンのみだ」


「ルシアーノ少将!!」


 痺れ切らした大佐が叫んだ。

 ルシアーノは立ち上がり、悲痛な面持ちでイーサンの悲報を嘆いた。

 それで誰も口を挟めなくなる。礼儀の問題だった。


「たしかにカーモス傭兵団が相手とは予想外だった。さすがカーモス傭兵団と賞賛するよりほかはない。しかし、師団は王国きっての精鋭のはずだ。指揮官を失ったくらいで崩れるはずがない」


 ぐるり、あたりを見渡して大きく手を振った。


「ならば反撃だ。戦場に残るカルブルヌス騎士団各員に伝令。旗を掲げよ。我らの居場所を教えてやれ」


「各部隊、カルブルヌス騎士団からの通信を開け。反撃の準備を。タイミングはカルブルヌスに!」


 ニコライが口角を上げて、天幕中に響き渡るように叫んだ。


「通信兵、カルブルヌス騎士団国軍、筆頭騎士オーギュント卿に繋げ」


 ルシアーノがもったいぶった仕草で通信を繋いだ。

 しかし、返事は無い。


「オーギュント、おい、応えろ。・・・オーギュント!!」


「・・・何ですか、兄上?目標地点まで、まだ、えっと、もうすぐですよ?」


「まったく、軍事行動でもうすぐなどと曖昧な」


「ごめん、兄さん。今、忙しいから・・・」


 天幕に呆れたような、居たたまれないような空気が広がった。

 ルシアーノが目頭を押さえる。


「説教は後だ。それよりもルーライラ伯爵をしとめろ。彼女はお前を待っている」


 なんと応えるか?

 カルブルヌスの筆頭騎士で王族。

 果たして、この戦で信じるに足る人物なのか?

 筆頭騎士であるこいつが負ければ、全軍の指揮に関わる。

 弛緩した空気が張り詰めて、天幕に緊張が走る。


「そのつもりだよ!ヤーヘン最強の騎士、すごく楽しみだ。・・・そうだ!正式な宣戦布告は受けていないから、そのまま皆殺しにしてもいいんだよね?」


狂気に浸るオーギュントの剣気に、通信兵が悲鳴を上げる。

魔具が振動し、机から落ちた。


カーモス騎士団に戦線を突破されてカルブルヌスの能力に疑問を持ち始めていた天幕内の将官たちが笑みを浮かべた。


-俺達は何を心配していたんだ?そうだ。こいつらは、みんなイカれてるんだった-


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