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偽国戦記  作者: ブレヒトさん
魔晶戦争
63/131

嘆きのレークス

 通信の水晶をはさみ、この戦における最高司令官のクリトン大将はとある青年と向き合っていた。

 緊張から視線が定まらないクリトンと、穏やかな目で彼を見つめる青年。

 透かし彫りの入った樫でできた椅子に腰掛けながら、一方クリトンは直立不動で微動だにしない。

 部屋は狭かったけれども、尊い身分の者が低位の者と通信を繋げる目的のものであったから、椅子の置かれた場所は高く、クリトンは見下げられる形である。

 青年の背後には、グラナトゥムとケルサスの紋が掛かり、豊饒神マイアが刻まれたステンドグラスをすかして注がれる陽光が室内を柔らかく照らす。

 敷かれた絨毯は赤く権力を現していたが、素材は決して高価なものではなかった。しかし、その仕事は丁寧で、金では変えられない価値がある。同じように、花とそれらが生けられた花瓶、変調するように垂れ下がるシャンデリアも、どれもがこざっぱりとしていて、それらが持つ価値をしとやかに、あくまでさりげなく示していた。

 それが、グラナトゥム公国であった。

 大陸の穀物庫であり、魔石採掘で環境が破壊されつつあった大陸の最後の聖域。その気になれば、貿易で莫大な富を得ることが出来るだろうに、国民は冨を嫌って清貧を尊ぶ。

 グラナトゥムにとっての冨とは、豊饒神マイアから祝福を受けた王族の血こそがそれであり、何物にも変えがたい財産なのであった。


 しかし、穏やかで争いごとを嫌うとされるグラナトゥム王族の前であるにも関わらず、クリトンの額には玉のような汗が浮かび、繰り出す言葉には細心の注意を払っていた。

 青年はといえば、彼を気遣うように、その言葉を待っていた。

 年は二十を少し超えたくらい、後ろに流された髪はレオーネたちグラナトゥム王家と同じ銀髪。しかし、その色はくすみ、瞳の色は蒼ではなく赤。

 アルビノ、先天性白皮症、それは青年が近親相姦という大罪のすえに生まれた証だった。


「レオーネ姫殿下はハイデンベルグ辺境伯の庇護下にあり、本作戦における被害はすべてコントローされておりました。使い魔であらせられるカイ様の出陣における被害、フィードバックは最小限に食い止められていたと確信しております」


「うん」


 青年が発言するたびに、将軍の体がかすかに震える。


「カイ様はハイデンベルグ城の魔術機関の中枢を見事破壊。無事、任務を果たされました」


「さすがカイ君。私は彼がこれくらいはやると思っていたよ。使い魔がそれだけの武勲をあげたのだから、レオーネの身も一安心だね」


 ほっと、青年はため息を漏らした。

 肘掛にもたれて、賛同をもとめるようにクリトンを見つめた。

 クリトンも応えて、笑みをもらした。


 己に厳しいグラナトゥムの民は他者にも厳しかった。

 まして、聖なる血を宿し、彼らを統べる王族ともなれば、言わずもがなである。

 宗主国であるケルサスの慢心をいさめて、同じ衛星国家で武力に頼るカルブルヌスが敵国への悪心であるならば、良心でなくはならない。

 そのために民は、王に人格と力を兼ね備えた傑物を求める。

 魔術を使えないなどもってのほか、前提すら満たさない。力を持つものを止めるには、己もまた力を持たなければならない。

 血こそが宝とする立場と矛盾するように思えるが、そうではなかった。なぜならば、民はグラナトゥムの聖なる血と力は一体と信じていたから、例外はあってはならなかったのだ。

 だから、民にとってレオーネは存在する価値すらない。むしろ、居る事が、その血への不敬と見ていた。

 そうして、レオーネは排斥され、国を追われた。

 マルブという鳥かごの中で、飼い殺しにされるはずであった。

 しかし、彼女を愛する者らはそれを認めない。

 誰よりも心優しい彼女に、せめてふさわしい扱いを求めた。

 彼女のために実績を必要とする王室と、追い落とそうとする諸侯。

 彼女を排斥する意思と庇護する意思が混ざり合い、絡み合って、従軍するに至った。


「はっ!カイ様が仕留めましたるは、判明しているだけで騎士二十三名、魔術士三十八名。堂々たる戦果でございます。現時点で戦における最大戦功ともいえるでしょう」


「本当に凄いな!・・・良かったよ、妻も父王も喜んでくれる。引き続き、二人のことをよろしく頼む、将軍」


 安心から涙ぐむ青年の顔を見て、将軍は幾分か口が軽くなった。


「お任せください。お二人のことは私が命に代えてもお守りいたします」

 

 大気が停止して、魔力がはじける音が響いた。

 安穏が打ち破られて、通信であることを忘れさせる圧力がクリトンにのしかかった。


 青年が椅子から身を乗り出して、剣気のカマイタチが絨毯を走った。

 天蓋は揺れて、壁に掛かった絵画が切裂かれた。ステンドグラスには罅が入り、盗聴防止の結界が(きし)みを上げる。

 いくつもの戦場を渡り歩いたクリトンですら感じたことない剣気の奔流。

 そこに居ないはずなのに、クリトンは目と鼻の先に青年の赤い目を幻視した。


「・・・命、命だと?貴様、己の分を弁えろ!!」


 罪の証である汚れた銀色の髪が逆立ち、赤い目が狂気を宿す。


「貴様の使命は何だ?この戦に勝つことだろうが!その貴様が責務を忘れ、王族のくだらないわがままに命を投げ出すというのか?戦う兵に、吉報を待つ民に、なんと説明する?

 貴様が死んで、代わりがそうやすやすと見つかるとでも思っているのか!

 将たるもの、這ってでも生き延びて見せろ!!」


 クリトン将軍は最敬礼でもって己の失言を詫びるも、青年から発せられるプレッシャーは弱まらない。


「我らグラナトゥムが出したのは、カイだけはない。ブリギッタにサラ、ライラもいるのだぞ!どうしてもっと奴らを活用しない?王国の連中の反感か?つまらないプライドのせいでどれだけの民が死んだのだ?!

戦場にいるのならば、王族だろうが使えるものは全て徴収し、使い潰せ!」


「はっ!レークス殿下」


 クリトンは頭を下げて、ただただ己の失言を詫び続けた。

 戦に勝て、それが勅命。己の使命で王の意思。

 将軍の地位に上り詰めるために積み上げた犠牲を思い、認識の甘さを悔いた。

 

 それを責めるのは、かつてケルサス王国を破滅に導いた最狂の血。

 クリトンは、その目にかつての恐怖を思い出していた。

 

 足の震えを何とか静めて目を上げたとき、既に青年、レークスはいつもの穏やかな目をしていた。


「あっ、そうだ!君が妻に送ってくれた故郷の菓子、とても美味しかったな。戦が終わったら、また送ってくれないか?」


 思い出したかのように朗らかに笑って、通信は切られた。


 クリトンはその場に崩れ落ちて、絨毯に胃の内容物をすべてぶちまけた。


****


 青年、ケルサス国王ルーメンの弟にして、グラナトゥム公国次期女王レナータの夫であるレークスは罪の子であった。先代ケルサス国王で残虐王の忌み名で呼ばれるベッルスが己の娘を犯し、出来た子が彼であった。

 代々魔術士の家系でありながら、自らの異質性を示すように、レークスは騎士として誕生した。ベッルスはそれを面白がり、幼いころから彼に罪の意識を着せ、過酷で汚い任務を負わせ続けた。

 王の迫害に耐えかねて、民のために立ち上がった諸侯を虐殺し、呪いの言葉を数多く浴びながら地獄を生きぬいた。

 幼い体に罪の傷を刻み、血反吐を吐きながら、何のために生きているのか疑問を抱く間もなく這いずり回った。

 国に帰れば、王国の財政を支えるために、豚のような商人に尻の穴を犯されて、涙の味は遠い記憶となった。

 何度も死の危険に襲われたレークスであったが、それを救ったのは皮肉にも彼の中に眠る残虐王から受け継いだ絶大な力であった。天与の賜物であった魔術は、彼を現世に縛り付ける縛鎖だったのである。

 痛みと血の色だけが彼にとっての真実であり、幸福は夢の中でさえ縁遠きもので、死を思い、それでも、彼は死ねなかった。


 そんな闇からレークスが立ち上がるきっかけを与えたのは、先代グラナトゥム公王であった。

 レークスがグラナトゥム国境付近で任務を受けたことを知った公王は、あろうことか彼を拉致して城に連れ帰った。

 光りが無ければ眠れずに、目を離せば自らの体を傷つける彼を、公王は毎晩その腕に抱いて寝た。そして、反対する周囲を押しのけて、世話係兼遊び友達として同年代であった孫レナータ第一公女をつけた。

 初めてレナータを見たレークスは、己の汚らわしさに思わず身をかきむしった。目の前に立つ、聖なる血を宿した宝石のような少女に照らし出されて、罪が暴かれた思いがしたのだ。 

 その眼差しの心地よさに彼女を憎み、いっそ汚してしまえばという考えが浮かんで、果てしなく自分を憎悪した。

 そんな彼の思いを感じ取れないはずがないレナータは、怯えながら血を流す少年をつまらなそうに見下ろした。

 そして、居丈高に指差した。


「お召し物をそんなに汚して、まったく、何をしているの?どうせ汚すんなら、もっと楽しいことをしましょう」


 レナータはレークスの手を引いて、庭に駆け出した。

 それを、近衛騎士のサラが慌てて後を追った。


「ほら、走って!捕まっちゃあ駄目よ!」


 振り返った彼女の笑顔につられてレークスは初めて微笑んだ。

 本当に、生まれて初めてかもしれなかった。

 声を上げて、彼女の手を握り返した。


 罪の証である銀色の髪。

 呪いであったけれど、陽の下ではまるで違って見えたけれど、文字の上では同じ銀。

 それが、どうしようもなく嬉しかった。


 レナータの奔放でありながら決して汚れることない天性の輝きに惹かれて、レークスは人間らしさを徐々に取り戻していった。

 恋のほろ苦さと青春の淡い炎を目印に生きることを決意した。

 眠る前に、これまでに殺した顔が浮かぶ代わりに彼女の顔が浮かぶようになって、レークスは人の慈しみに応える術をしった。


 しかし、そんな幸せを残虐王が見逃すはずは無かった。王は彼の返還を求め、軍を率いてグラナトゥムの国境に迫った。それに対し公王は、主君の求めを改めて拒否し、忠誠の証として自らの両腕を切り落して送りつけた。

 残虐王は歓喜し、それを玉座に飾り、三日三晩宴を開き続けた。

 後からすべてを知ったレークスは、もう抱きしめてくれる腕は無いのだと、城に来て初めて涙を流した。

 ならば、僕がこの国を抱きしめるのだと決意する。

 そして、カリブルヌス騎士団団長をも上回る、現ケルサス王国最強騎士レークスはグラナトゥムの守護者となった。


 王室転覆の内乱においてレークスは出陣しなかった。それは、兄であったルーメンが彼をこれ以上戦場に送ることを避けたためであった。ルーメン派の貴族達もまた、レークスが切り札になりうることを知りつつそれに従った。

 レークスを守れなかったから、一度も子どもらしい笑顔を浮かべることが無かった王子を幸せから引き離すことなどできはしなかったのだ。

 そして今、レークスは最愛のレナータを妻として、思いがけない幸福にまどろみながらも確信していた。

 こんな幸せが長く続くはずがないことを。

 けれど、レークスにはなにがあっても手放すことはできない。

 だから、誰よりも狂王の血を憎んでいる彼は、その力を磨き続ける。

 いずれ剣を抜くその日まで、愛の花園に耽溺する許しを請いながら、邪魔する敵を排除するために牙を研いでいた。


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