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偽国戦記  作者: ブレヒトさん
魔晶戦争
68/131

護国の英雄

パンデミックを最前線で受けたオヘブとアニイのその後。

医療天幕で寝転ぶ彼らに、本陣より使いが訪れる。

 ケルサス軍第二一四大隊オヘブ騎士少佐は、副官であるアニイ魔術中尉とともに、傷病兵を集めた天幕の中で寝転がっていた。


「アニイ中尉、もう何日経った?」


 ベッドの上でトランプを広げていたアニイが顔を上げた。


「さあ、私はもう数えるのなんてやめてしまいましたよ」


 本来であればケルサス軍の筆頭騎士を務めるはずであったオヘブは、間近でパンデミックをうけてしまったために大隊とともに傷病兵として奥に引っ込められてしまっていた。


「カルブルヌスの若造にルーナイアの首をやってしまった。本来は俺の役目だったというのに」


 アニイは鼻で笑って、その良く肥えた腹を揺らした。


「少佐が万全であったとしても、どうでしょうね。ルーナイアの相手は出来なかったんじゃないですか?」


「何故だ?あいつに見合うのは、ケルサス軍では俺よりほかにいないだろうが」


「政治ですよ」


 アニイはトランプを投げ捨てて、オヘブに向き直った。


「国のお偉いさん方は相変わらず三国のつばぜりあいをしているんです。クリトン閣下はがんばっているようですが、戦術も戦略も戦場だけで決まるわけじゃありませんから」


 そもそもとして、宣戦布告を受けていないのだから一騎打に応じる必要はない。それでもケルサスがオーギュントに許可を与えたのは師団の窮地を救うためで、グラナトゥムが過度な戦果を挙げることを恐れる本国のケルサス貴族たちも戦場の将官たちに押されたためであった。


「腹立たしいかぎりだ」


「ええ、まったく。ですが、ここに来て風向きは変わったようですよ」


「?」


 伏せられていたトランプを一枚手にとって、怪しげな笑みと共にオヘブに示す。

 それは。


「クラブの四だが、何を言いたいんだ?」


 慌ててそれを伏せた。

 どうやら、間違っていたらしい。


「・・・国の貴族達が慌てています。カルブルヌス派や王国派だけじゃありません。国民主導で戦争を行おうとしていた反貴族派もです。これ以上私たちを閉じ込めていたら、勝敗すらおぼつかないことに遅まきながら気付いたみたいで。ふん。陛下に大見得を切ったくせに馬鹿ですね」


 ケルサスは戦死者を抑えることを第一に戦略を練ってきた。高まりつつある平民の権利を考え、小国であるヤーヘンとの戦に多くの戦死者を出してしまえば世論の反発が大きくなるからであった。

 しかし、苦戦する中で、自分たちの目論見が甘かったことに気付いた。責任を押し付け合い、戦地にいる指揮官たちを無能と罵り、王の機嫌を取った。けれども長く戦地にいたケルサス王は戦場を知らない貴族たちを激しく叱りつけた。

 保身に走っていた貴族たちは震え上がった。なかでも、先の内乱で現王にくみしなかった貴族たちは、手柄に焦って我先急いで援助を申し出た。

 そんなとき、オーギュントがヤーヘンの筆頭騎士であるルーナイアをしとめたものだから、一気に戦況はケルサスに傾くと考えて彼らは歓喜した。


 -なんと良いタイミングで増援を出したものよ。この後は多くの戦果を得られるだろう-


 自分たちの王室への影響力は拡大し、権力は磐石になるとほくそえんだ。しかし、そう簡単にはことは運ばない。ルーナイアが敗れても、ヤーヘンの攻撃はとどまるどころか熾烈さを増した。ケルサス本国の貴族たちはあてが外れて慌てふためいた。

 それもそのはずだった。戦場にいるものからしてみれば、ヤーヘンの持ついまだ正体不明な大規模火力こそが問題なのであり、オーギュントの一騎打ちは師団が体制を整えるまでの時間稼ぎに過ぎず、ヤーヘンにとっても勝てれば儲けものという程度でしかなかったのだから。

 つまり、戦争はまだまだこれから。ケルサスは深い霧の中にいるのであり、ヤーヘンは商会の技術を灯火を頼りに先に行っていたのだった。

 ようやく、権力争いに固執していた貴族たちは戦況がきわどいことに、戦場からもたらされる情報が誇張ではないことに気付いたのだった。


「戦況がケルサス有利にならないことで、クリトン将軍は本国からつつかれているようです。さっさと増援を寄越さなかったてめえらの責任を無視してね」


「まったく、主義者と言うのはクソの役にもたたん。せめて、口を閉じていてもらえたならな!」


「ですが、先ほど言ったように、風向きは変わりつつあります。王族を戦場に出しているカルブルヌス、グラナトゥムがこのままでは黙って居ません。明確な戦果を求めて働きかけてくるはずです。特にグラナトゥムは痺れを切らす頃です」


「上層部は秘密にしているが、聞いているぞ。ハイデンベルグ城開放で敵の騎士、魔術士を殺しまくったのはレオーネ姫殿下の使い魔らしいな」


「ええ。返り血一つ浴びずに騎士、魔術士含む数百人をなで斬りにしたらしいですよ。誇張でしょうが、凄まじく腕が立つのは本当でしょう。黒騎士って、本当なんだか。オーギュント卿の師匠らしいです」


「会ってみたい。渡りはつくか?」


「さすがに厳しいですね。ハイデンベルグ伯爵が張り付いていますし、カルブルヌスの騎士達も遠巻きに守護しています。無理に押しかければ王に叱られますよ」


「むう」


「まっ、本来のあなたに戻れば可能でしょうがね」


 オヘブがうめき声を上げたとき天幕が開いて、伝令が声を上げた。

 見れば、とある中佐に率いられた一部隊が姿を現した。


「ああ、来ましたよ。遅ればせながら国に奉仕できますね」


「まったく、どれだけの兵が死んだというのか」


 医療天幕付きの士官が軍靴を鳴らして叫ぶ。


「オヘブ少佐殿、並びにアニイ中尉殿、至急本営に出頭を!!クリトン閣下がお持ちです。・・・お早く!!」


 アニイが、よっこらせ、声を上げて立ち上がり、けだるげに軍服の階級章に魔術を施す。


 オヘブは伸びをしながら起き上り、軍靴にブラシをかけ始めた。


「少佐、中佐殿の前であります!!」


 慌てた衛生兵の伍長が叫んだ。


「中佐だと?それがどうした?」


 顔を上げるオヘブが笑いかける。

 金髪が見る間に濃い茶に、瞳の色が黒に染まって行く。

 立ち上がった姿はそれまでの情に溢れた猛々しい美丈夫から一転、高級将官の品のある冷酷さを宿す。

 たれていた髪を後ろに撫で付けて、鏡に向かいゆっくりと櫛を通す。

 軍帽を脇に挟んだアニイが刷毛でシャツのくずを落とした。

 そのアニイの所属部隊章は、それまでのものとは明確にことなる。

 軍の嫌われものにして、最も情から縁遠い部隊。


 ケルサス王国軍王直属憲兵隊大佐、および拷問官。


「身だしなみを整えてください。すべての兵が見ております」


 アニイが敬礼し、オヘブが応える。


「ご苦労だった、アンナ大佐。所属兵科に復帰しろ」


 それまで黙っていた中佐がオヘブに近づいて、のりの利いた軍服を肩にかけた。

 軍帽を脱ぎ、満面の笑顔で敬礼を送る。


「お帰りなさい中将閣下。閣下がいない戦場は退屈極まりないものでした!!」


 オヘブは、いやダミアン中将がコートを纏い、本営に向かい足を向ける。

 半歩遅れて本営直属の部隊が付き従う。その軍服に刻まれたシンボルは、観照するマーテル像の下に剣が捧げられる。先の内乱で特別な戦果を挙げた者らを中心に新設された部隊。

 王室直属対魔術戦隊センチュリオン。各戦場に派遣されて戦争を終わらせるプロフェッショナルたち。率いるのは、砲弾降りそそぐ城を十数人の義勇兵で守りきった英雄ダミアン。

 誰もが道を空けて、見下ろされる瞳に恐怖しながらも憧憬に胸を焦がす。

 歩む後に血の匂いをかいだのは錯覚だろうか。

 誰とも知れず歓声を上げはじめた。

 ダミアンを中心に、一人、また一人と広がって、王国万歳と唱和する。

 手傷を負って意気を落したはずの傷病兵たちが一心不乱に叫びを上げて、衛生兵が止めるのを聞かずにベッドから起き上がり、彼の周りに集い共に歩みを進めた。


 彼の軍服姿。

 斜に軍帽を被り、自信たっぷりに胸をそらす。

 皮の手袋を片手に握り締め、空いた手をサーベルに添えて広い肩が風をきる。

 冷酷にゆがむ口元と隠し切れない優しい目つき。

 溢れるカリスマ性が、彼を知らぬものたちにも彼が何者であるのかを理解させる。


 ダミアン・キュア・サングレア。


 -護国の英雄-


 -狂王に突きたてられた民の剣-


 -戦場における王の代弁者-


 平民を両親に持ちながら、強い魔力を持って生まれた反貴族の象徴。


 騎士としての力と、将官としての力に有り余る彼は二つの立場を使い分けた。

 兵と共に前線を駆け抜けたい。共に手を取って、戦友のために戦うことの重要性を主張した彼と、それを理解したケルサス王は偽の経歴を用意して、二人の人物を作り上げた。

 勇猛で命の価値を誰よりも良く知る情け深い戦場の救世主。そして戦場の全てを把握し、軍をあくまで数の集合と考える将軍という名の紛れもない殺人鬼。


 心踊る勇者としてはここまで。

 もういっぺんの猶予などありはしない。

 盟友であり、かつての上官であったクリトンが己を求めている。そして、なにより兵が、民が優秀な将官を求めているのだ。

 これよりは、兵を偽りの希望でたぶらかし、戦地へと送る人でなしとしての自分がある。


 内乱において、訓練がおぼつかない義勇軍を率いて多くの拠点を攻略した英雄は、必要とあらば大隊一つ犠牲にしても眉一つ動かさず、彼を慕う兵の心情を巧みに利用する冷徹な指揮官として戦場を見下ろす。

 そして彼の副官として規律が緩みがちであった義勇軍を纏め上げたアニイは、猟犬アンナ大佐として逸脱者を刈る。


 -求めるのは勝利。我らが居る限り、邪魔などさせぬ。例え同じ旗の下に集った兵であろうとも、要らぬ輩は排除するのみ-


 彼らが出る理由は一つ。

 権力争いなど知ったことか。

 大陸において大国として君臨するケルサスは、もはや勝ち方にこだわらない。

 相手が小国だろうが容赦などしない。

 すべての兵で、効率よく敵を殺してより多くを生き延びさせる。


 ダミアンたちを恐怖するのは敵兵だけにとどまらない。国の貴族たちも同様。

 領土から戦場に兵を送り込むということは、視点を変えれば人質を取られると言うこと。

 勝利に執着するダミアンたちは、政治なんていうものに顧慮したりしない。まして権力争いなんて朝焼けの雄鶏の叫びよりもいとわしい。

 

 -指揮官でありながら国家の命にさからい、兵の命や王命よりも遠く離れた本国での権力を優先するのですね?分りました、反逆とみなします。極刑、直ちに死になさい-


 -いや、待て。・・・君は勝利を望まないのか?いや、違う。本国で安穏をむさぼる餓鬼どもが邪魔するのだろう?安心しろ、私がすべて請け負ってやる。兵士として力を示せ。求める民がいるのだ。さあ、君を英雄にしてやろう-


 アニイが追い詰め、オヘブが酔わせる。

 しがらみを断ち切り、最適な軍集団を作り上げる。


 ケルサスは大国。

 才能に満ちた魔術士や騎士がそろい、戦力は他国を凌駕する。

 しかし、それだけでは戦争に勝てない。

 柱が必要なのだ。

 内乱で軍を一新したケルサスにはそれが無かった。


 しかし若きケルサスの兵達は、いつかの闘争を思い出して縋りつく。

 戦場で罪悪感を消してくれる最悪の将官を。


 今、猟犬アンネが言う。

 なにをそんなに悲劇に浸っているのですか?

 あなた方に、そんな贅沢をくれてやった覚えはありません。

 兵ならば、戦いなさい。

 敵を殺しなさい。

 すべてはそれからです。


 ダミアンが強く肩を抱く。

 つらかったろう?

 戦友たちが、親兄弟に等しい者らが死んでいったのだ。

 私も胸がはちきれそうだ。嘘じゃないさ。

 しかし、その仇は今も友らを殺し続けている。

 ならば、やるべきことは一つじゃあないか?

 付いて来い。

 俺が殺し方を教えてやる。


 ********


「ケルサスの軍の雰囲気が変わったわね。それまでの熱に浮かされた、まるで被害者ぶっていたのが嘘みたい」


「・・・」


「サラ?」


「あっ、ごめんなさい。えっと、オヘブ少佐がダミアン中将として復帰したらしいわ。それに憲兵も新しい指揮官が着任したみたい。でも、これくらいやってもらわなくっちゃ私たちがこまるわね」


 そう言うサラの顔には影があった。

 ケルサス軍の少佐との邂逅の場へ向かったブリギッタは、その場でなにも無かったように魔術をかけるサラを見た。いつもと同じように、顎を上げて、気高い眼差しで浄化する。

 声をかけたブリギッタに、肩眉を上げて、どうしたの?と怪訝そうな顔をした。

 けれど、その目が赤くなって、指がかすかに震えていることにブリギッタは気付いた。

 何も言うことが出来なかった。

 正しいか分らなかったけれど、いつもと同じように接していた。


「そうね。でも、ダミアン中将にもこまったものね。あの人が我がままいわなきゃ、もっと早く進軍できたでしょうに」


「貴女が言うの?」


 サラが呆れて、紅茶を飲むブリギッタを見つめた。


「私は十分だと思ったの。でも、ケルサスの解析部隊、買いかぶりだったかしら?」


 ブリギッタは、ヒールで足元に転がっているそれを踏みつけた。


「姉さん、もうやめてください・・・。お願いですから」


 魔術で編まれた縄で簀巻きにされた少年がぐったりとして、今にも死にそうな声を上げた。

 目立った外傷は無いが、唇は紫に染まって瞳には力が無い。悲痛な声を上げるのは芝居ではなかった。

 本当に苦しんでいた。


「あんたが従軍していたことに気付かなかったとでも思っていたの?少しは信頼していたから放っておいたのに、最前線に出るなんて!あんたが死んだら、家はどうなるの?答えなさい!!」


 たまらずサラが少年とブリギッタを引き剥がした。


「いい加減にして!可哀想じゃない。それに勝手に連れ出して。彼にも軍務があるのよ?」


「軍務ですって?私の弟でありながら、あんなおもちゃの対策すら見つけられず、サラ、貴女の力をかりなきゃ軍を救えなかったくせに!」


「ごめん、姉さん・・・」


「謝らないで!!」


 怒声を発するブリギッタに、少年は簀巻きの中で姿勢を正した。


「貴女だって、直前までパンでミックには気付かなかったんだし、そんなに彼のことを責めなくてもいいんじゃない?まだライラと同い年なのよ?」


「そうですよ!まったく、大人げないなあ。あっ、そういえば、ライラはどうしてます?」


「話をそらさない!!」


「いやあ、ライラからの手紙で知りましたが、レオーネ姫殿下の使い魔はすごいらしいですね。思ったんですが、姉さん、彼と一緒になるというのはどうですか?上手く落せば、姫様の近衛に戻るどころか、重鎮ですよ!!」


 サラは思わず顔を覆った。


 この子、本当にブリギッタの弟なのかしら?


「ベネディクト、あんた、やっぱり再教育が必要なようね」


「ちょっと、サラ様、助けてください!!サラ様だって、夫の師匠とラスコーシヌイ家が姻戚関係になるのは悪くないんじゃないですか?王国との関係を維持できますよ!」


「・・・なに言ってるのあなた?」


「はい?え?まさか、まだ関係を結んでいないのですか?ははあ、自信が無いのですね。大丈夫です!サラさんはお美しいですよ。僕が保障します!!」


「・・・」


「どうしました、サラさん。カルブルヌスが妾を多く取ることを心配しているんですか?安心してください!今のところオーギュント卿にはその気がないようですよ。僕は既に調べているんです!御礼は、そうだな、姫様とのお目通りでどうですか?」


 簀巻きにされていながら胸を張る少年をサラが見下した。

 その瞳には色が無かった。


「残念ね。ブリギッタ、貴女の実家はこれでおしまいよ」


 サーベルを引き抜いて、魔力が湧き出した。

 髪が解けて、広がる。


「それがフラーダリーの魔力、朝霧の青ですね!ああ綺麗だ!どうして早くオーギュント卿をたらしこまないのですか?」


「こいつ、まさか、これで正気なの?」


 サラが目をきらめかせるベネディクトに気圧されて、机に突っ伏すブリギッタを見た。


「・・・教育を間違っちゃった」


 吊るされるベネディクトはサラの魔力の動揺がようやく収まったことを感じて微笑んだ。


 -よかった。みんな笑顔でいなくちゃね。・・・アマゾフ少佐、だったかな?あの人、グラナトゥムのことわかってないなあ。後でよく話し合わないと。上手く言い聞かせないと、少佐がどんな目に合わされるか-

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