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偽国戦記  作者: ブレヒトさん
魔晶戦争
60/131

攻城戦 -魔槍、そして愛天のサラ-

総力戦を避けるために少人数でのハイデンベルグ城攻略を進めるケルサス軍。

城の結界の隙を探すべく、解析部隊と最強の盾である重装魔術歩兵を送り出す。

迎え撃つヤーヘンは、城を落とした"魔槍"を砲にこめる。

 カイは屋根の上で寝転んでいた。

 空には雲ひとつない秋空が広がり、風は肌寒いが日差しは温かくて、気をつけなければ寝入ってしまいそう。

 地響きのような音がするのは、ケルサス軍を迎え撃つために、あちこちで邪魔な民家を火薬で吹き飛ばしているから。

 一方、ケルサス軍の砲撃は魔術によって迎撃されて届くことは無い。

 占領地域の男達は爆破した民家の瓦礫を撤去するためにヤーヘン軍の監視下の元で働かされている。そして、女達は・・・。

 カイが寝転んでいるのは街の中心部、城壁から離れたところにある酒屋の屋根の上で、屋敷の中ではヤーヘンの将校たちが酒を飲んで馬鹿騒ぎをしている。酒焼けした野太い声に混じって聞こえる女の声には、もう既に拒否はなく、一時の快楽を楽しむ嬌声が混じっていた。

 それは生きるためであり、強く拒絶した女がどうなってしまったか、考えるだけ無駄であった。


 眺めていた空の片隅の離れた民家の屋根裏から、鏡を使ったのだろう、光りが反射してカイの目を刺した。


 カイは起き直り、伸びをした。

 返答として同じく鏡で光りを送った。

 屋根の端に来ると、身を滑らせるようにして窓から階下へ降り立つ。

 痴態が広がる部屋の中で、ふと、カイと犯されていた女の目があった。

 感情は読めない。

 自棄と懇願がない交ぜになって、混沌の中に沈んでいた。

 女を組み敷いていた将校たちが思いがけない闖入(ちんにゅう)に言葉をなくして動きを止めた。

 カイは部屋を見渡して、サーベルの柄をポンっと一つ叩いた。

 将校たちは、下半身をむき出しにしたまま剣を取ろうと手を伸ばし、あるいは術を唱えようと口を開く。

 カイは首を振った。


「ここは戦場であろうが」


 剣閃が走り、男達は絶命した。


****


「煙幕を張れ!敵の妨害魔術が来しだい、城壁に向けて物理による貫通弾を打ち込め。敵の結界に通じないのは承知のうえだ。この攻撃が総力戦のための下準備だと思えればそれでいい」


 ニコライ参謀長が伝令に向かい命を飛ばす。


「じゃあ、みんな。魔石を使って魔具の出力を上げるよ。さあ、集中!!」


 解析部主席のバンディット魔術少佐が解析兵に敵の結界の隙を探させる。

 それは、攻撃のためではない。

 カルブルヌスの隠密部隊が忍び込める場所を探すため。


「敵砲来ます!!」


 通信兵が叫び、魔術師たちが砲弾の属性に合わせた結界を起動した。

 より正確な解析結果を求めて、バンディットたちの部隊は城壁のより近くに布陣している。彼女たちを守護するのは、ティアーガ大佐、ミミの連隊から選び抜かれた重装魔術歩兵二個大隊であった。


 敵の砲弾が正確な軌道を描いて結界にぶつかり、炸裂音と噴煙が湧き上がる。

 しかし、結界はほころびを見せない。


「今のは試射だ!本命がくるぞ。重装魔術歩兵、魔石式強防護結界起動!!」


 ヤーヘンがハイデンベルグの城を落とした兵器は、そのまま転用されて、今、城ではなく人に用いられようとしていた。

 五メートルを超える鋼鉄の槍が敵砲に鈍い音と共に装填さる。

 黒色に輝き、いくつもの魔石がうめこまれた槍体には波打つ文様が刻まれ、浮き彫りにされた翼竜が舞う。槍と呼ぶのは、捕虜にしたヤーヘン兵が言ったことで、ケルサスの兵には尖ったゴシック風の柱に見えた。しかし、陰鬱で冷たく、金属の持つ威圧感はまさに兵器であった。そして、城壁から見え隠れするヤーヘン兵の冷笑が、それがケルサスへの呪いであることを示していた。

 槍先に魔法陣が展開されて、結界が起動した。それは穂先を軸にして回転し、ねじれて槍体にまとわり付く。それは防禦のためではなく、槍の攻撃力に耐える保護膜として作用する。鋼鉄は質量を、硬度を増す。粘り気を帯びて、決して砕けないこの世ならざる魔槍となった。

 砲身が(きし)みを上げて、それは投げ落とされた。

 ただ下に向かって重力の法則どおりに自然落下する。

 しかし、接地すると思った瞬間、穂先を上げて中空に静止した。

 一瞬の静けさの後、魔術が解放されて、槍は異常なまでの回転数を得た。

 風を巻き込み、空間をゆがませて、変化する気圧は翼竜の羽ばたきのように。

 空気の層を斬るかなきり音と衝撃波を従えて、魔槍はケルサスに向かい放たれた。


 次の瞬間、ケルサスの兵達は結界の先に槍が突き刺さっているのを見た。

 その速度を視覚が捉えられなかったのだ。

 重装魔術歩兵の耳に、軍服に埋め込まれた魔石の砕ける音が響いた。

 そして、結界に弾かれた槍が部隊の後方の森を突き破り、地面に巨大なクレーターを開けるのを見た。

 遅れて衝撃波と激音が大隊を襲い、前線の複数人が吹き飛んだ。


「冗談だろう?」


「なんだあれは・・・」


「おいおい」


 己の守備力に絶対の自信を持っていた重装魔術歩兵たちは、一様に正体をなくして指揮官に救いの視線を投げかけた。


「被害を報告しろ!」

「城が落とされたときの報告と急ぎ照らし合わて!」

「次弾装填までの残り時間をカウント!ずれたならば前線が崩壊するぞ!」


 本営の天幕でニコライと参謀たちが通信兵に声高に叫んだ。


 重装魔術歩兵第一大隊、大隊長キーウェル大尉は首から下げていた妻の肖像画の入ったペンダントに口付けをした。

 キーウェル付きの曹長が部下に叫ぶ。


「魔石の補充は?さっさと持ってこい!士官は何をしているか!直ちに兵を落ち着かせろ!!」


「曹長!」


 曹長が振り返り、青ざめた顔をキーウェルに向けた。


「前衛の中隊を交代するんだ。念のために予備隊を前に出す準備を。この程度ならば、まだ持ちこたえられる。・・・あはっ、オークの君でもそんな顔をするんだな。士官学校で僕を足蹴にした君はもっと偉そうだったろう?」


 オーク種である曹長が、はっとして、いつもの恐ろしい笑みをこぼした。


「おっと、これは失礼しました。私としたことが」


 鼻をひくつかせて片足を空高く掲げ、勢いをつけて地面に打ち付けた。

 魔術を受け付けづらい亜人でありながら、補助魔術によって最大限強化されうるハイオ-クである曹長の四股は、大地を揺らし、大隊は落ち着きを取り戻す。

 訓練によって体に教え込まれた彼の恐ろしさがそうさせるのだ。


「士官は砕けた魔石の入れ替えを指示!さっさと結界の補修!補給部隊にありったけの魔石を持ってこさせろ!!」


 大隊に活力が満ちて、乱れた結界が安定を取り戻す。


「うん。やっぱり君がいての大隊だ。僕はあくまでお飾りだな」


「ご冗談を。あなたが居なければ大隊は烏合の衆です」


 キーウェルの言葉に、曹長はうれしそうに牙を舐めた。


「差別が激しい王国軍で私が先任曹長としていられるのも、あなたの引きがあってこそです。お嫌でしょうが、地獄の底までお供しますよ」


 キーウェルは軍帽を被りなおして、僕は君が大好きだよ、と臆面もなく言った。

 

 曹長は、そして彼の大隊はそんな指揮官がどうしようもなく愛おしかった。

 体の線が細くて、決して魔力が高いわけではないキーウェルは見かけで士気が高まる指揮官ではない。それどころか、他の部隊からは軽く見られていた。しかし連隊長ミミは彼に第一大隊を任せた。それというのも、彼には何人にも変えがたい魅力があったからだった。いつも優しげな笑みを浮かべる彼を、兵たちはどうしても放って置けずに手助けしてしまう。そしてキーウェルもまた、素直にそれに頼る度量を持っていた。指揮官のために兵たちは懸命に働き、指揮官もまたそれに応え、被差別種であるオークなどの亜人種にすら高い信頼を置いた。

 気が付けば、キーウェルの大隊はいくつもの勲章を受勲していた。

 キーウェルを登用したミミを見る目がないと嘲笑った者らは、沈黙せざるを得なかった。


「次弾きます!!」


「属性が違う!仕官は対処しろ!!」


 炎を表す赤い閃光が走り、結界が軋みを上げる。

 しかし先ほどの一撃の解析結果を活用した大隊は、ただ受けるだけではなく、結界の部分強化を成し遂げていた。


 魔槍が弾かれて、高く空に舞い上がった。


「被害を報告!!」


 曹長のだみ声が響き、大隊は素早く行動を開始する。


「大尉!これならば、しばらく持ちこたえられそうです!」


 曹長が安堵し、キーウェルに被害を伝えた。


 しかし、被害と本営の解析結果を確認したキーウェルは、それまで曹長が聞いたこともないような大きな声を出した。


「本営に通信!!耐えて、あと三発!!それ以上は持ちこたえられない。二発目の射出の後、後退の許しを求める。第二大隊にも伝えろ、急げ!!」


「大尉?」


 しかし、キーウェルは曹長の問いに答えずに、新たなる伝令を呼んだ。


「解析兵に伝えろ!次の攻撃で結果をだせ。それ以上の安全は約束できない」


 曹長がキーウェルの剣幕に後ずさりし、これほどの覇気を示してくれるのならば、いつかは師団すらも思いのままだろうにと思ったとき、キーウェルは彼を見た。


「曹長、敵は属性を変えて、全く同じ角度、同じ強度で打ち込んできた。何故そんなことを?僕らケルサスならば、そんなことは障害にならないことはわかるだろうに。敵が、僕たちがケルサスの最強の盾であることを知っていると仮定するならば、この二射はテスト、対照実験なんだよ。ハイデンベルグ伯の情報では出力はもっと上げられるはずだから、次かその次に本命が来る。部隊に準備させるんだ」


「考えすぎということは?」


 曹長は敬意をこめて姿勢を正した。


「ハイデンベルグ城の砲のほうが質は良いのに敵は手持ちの砲を用いている。解析によればあの槍は砲を選ばないのにだよ。そして、城下に張り巡らせた敵の結界は砲に多くの魔力を供給することが可能らしい。手持ちの砲を用いたのはデータが取りやすいからだ。忘れたのかな曹長?僕は探索魔法だけは上手く使えるんだ」


「はっ!では、通信にそれも含めて知らせます。のんきな解析兵の尻を叩いてやりましょう」


 重装魔術歩兵二個大隊が陣形を変えて、それぞれ最強の魔術師達を前面に出す。

 魔力が(みなぎ)り、結界が最大限の出力で輝きを強くする。


 それに応じるように、ヤーヘンはハイデンベルグ城の砲に魔槍を装填した。こめられる魔力の出力は、先を容易く凌駕する。


「来るぞ、属性をあわせろ!!各部隊長、結界兵の補助を最優先に、魔石の損耗は気にするな!!」


 渦巻く魔槍は結界を展開する。

 それまでの結界は二層。

 回転数を得る風の属性に、魔槍の攻撃力を高める属性。

 一射目はケルサスが得意な水、二射目はヤーヘンの火。

 それが、今度は、四層。

 回転数のための風は同じ。それに加えて火に、火に、火。

 火はヤーヘンを守護する翼竜、世界開闢と共に飛来した異形、カグツチのブレス。創生神話の獣を信仰するヤーヘンの王族は、常に火の属性に親和性を持つ。

 つまり、この魔術をこめるのは、これほど火を重ねることが出来るのは、ヤーヘン最強の魔術士である白銀のケープをまとう第三王子ウグニスの魔術に他ならなかった。


「風に火を乗せるか。しかも炎熱で焼き尽くすのではなく、火力を一点にこめて突破力を得るために。なるほどね、とても効果的だ。しかもこれだけの炎魔術、漏れだす熱波も無視できない」


 キーウェルは微笑みながら通信を開いた。


「こちら第一大隊指揮官キーウェル大尉、第二大隊アマゾフ少佐聞こえますか?」


「・・・」


「アマゾフ少佐?」


「うるせえな。聞こえているんだよ!!」


「すみません。こればかりは少佐のお力を借りないわけには行きません」


「わあってるよ!!」


 怒声と共に、第二大隊総数400名は行動を開始する。アマゾフが一声かけると、一糸乱れぬ動きで、目の前に迫り来る魔槍が目に入らぬかのように行動する。効率的でまさに精鋭の振る舞いだった。

 彼らは第一大隊とは違い構成員全てがエリート、もしくは経験豊富な百戦錬磨の古強者だった。率いるのは、ケルサス王国に古くから使える騎士貴族の出であるアマゾフ少佐で、そばに侍るのは士官学校を優秀な成績で終えた情報魔術中尉であった。


 その出自とは裏腹に問題ばかり起こしていたアマゾフであったが、不思議と軍では重宝がられていた。理由は戦死者の数に表れていて、どんな過酷な任務であっても彼が率いる部隊は最小限の犠牲で切り抜けていた。アマゾフが問題を起こすのも、無茶な命令がそうさせるのであって、彼が怒り出すと、それは不合理な作戦であるとみなされた。

 だからミミは、己を押しとどめる役目として彼を大隊長として招いたのであった。


「少尉、てめえ、なんだこの結界は!魔石のコントロール術士を増やせや!」


「はっ!少佐殿」


「騎馬小隊、なんだってそんな所に居るんだよ!!てめえらがくたばったら、誰が後ろの解析部隊を救出するんだ?いいから、下がってろ!!」


 第二大隊は第一大隊を取り囲むようにして展開し、結界を強化し補助魔術を上掛けする。

 ただ強度のみを追求した第一大隊の歪な結界に、巧みに調和して一体化させる。

 彼らはエリートであったから、第一大隊のような寄せ集めとは違うのだから、これほど難しい補助をやってのける実力がある。


 魔槍が砲から射出され、落下する。

 地面すれすれで魔槍は水平に穂先を大隊に向けた。

 それは、それまでの二発とは異なる。

 回転数が極限まで高まったとき、槍の尻で炎が爆発した。

 黒色の魔槍は熱に赤化し、爆炎をまといながら結界に突き刺さった。


 結界がたわみ、魔石が悲鳴を上げて砕け散った。

 炎が広がり、酸素濃度が急速に低下して、兵達が卒倒しそうになるのを補助兵が魔術でカバーする。

 熱が兵たちの皮膚を焼いて爛れた匂いが立ち込めるが、第二大隊の小隊が回復魔術を施し、癒しながら痛覚を麻痺させる。


 しかし、それでも兵達は意識を失い倒れてゆく。


「出力を上げ続けろ、後はない!オーガ兵、魔術兵の前に立ち熱を受けろ!少しでもかかる負担を減らせ!!」


 曹長が大きな体を盾にしてキーウェルを守りながら叫ぶ。


 キーウェルは解析兵に向かい通信を開く。


「まだ目的は達成できませんか!?こちらはもちませんよ!!」


「耐えてください。・・・もう少しで」


「はあ?ふざけたこと言ってんじゃねえぞ!もう少しだあ?軍人なら適当なことぬかすな!!いいか?これを防いだら、俺らは帰るぞ!結果を残せなかったら、てめえら、ぶっ殺してやる!!」


 アマゾフが通信に割り込んで、その剣幕に解析部隊の通信兵は思わず立ち上がった。


「返事は!!」


「おっけー!!」


 若い女のはしゃぐ声が響き渡った。

 それは通信を繋いだアマゾフ、キーウェルだけではなく、二大隊各員の脳裏にこだました。


「だまっていろバディ。・・・諸君、よくやってくれた。解析部隊は目的を達成した。ゆえに諸君の残る任務はただ一つだ」


 ニコライの落ち着いた声は兵たちを安心させる。

 いかなるときにあっても落ち着きを失わない高官は、それだけで価値がある。


「生きて帰ってこい。死ぬことは許さない。以上」


 その言葉に、キーウェルが答えた。


「聞いたか、みんな!さあ、あと少しだ!!」


 第一大隊の人種、亜人達はときの声を上げて魔槍に向かって魔力をこめた。


「あちらさんは、随分と盛り上がっちゃって」


 アマゾフは苦笑した。


「ただで退かせてくれると思わねえがな。うし、とりあえずこれを何とかしろ、お前ら」


 第二大隊のエリート達は口角を吊り上げて術を展開した。


 しかし、キーウェルは気付くべきであった。これがヤーヘンにとってケルサスを試すものであると見破ったときに。

 もっとも近くにいたのだから。


「・・・大尉、敵の砲が」


 曹長の呟きが耳に届き、キーウェルはそれを見た。

 

 広がる赤色の魔法陣。


 -連射できないと、どうして思っていたんだろう?敵に魔術士が足りないと思い込んでいたのはどうしてだ?-


 魔槍に埋め込まれた魔石が輝き始める。


 -城が落とされたときの情報を過信していたのだろうか?-


 黒光りする魔槍に刻まれた意匠が今ははっきりと見て取ることが出来た。

 グロテスクな美的な法則を無視した波が世界を覆っている。飛来した翼竜が逃げる月を飲み込もうと、おとがいを開く。

 威容を誇る翼竜の無機質な瞳と目が合った、ような気がした。


 思わず、キーウェルは認めたくないこと、自分たちが全滅するよりほかないことを悟った。

 部隊のみんなが自分を見ていた。

 これで終わりかと、炎症がひどい顔をゆがませていた。

 それでも嘆きは感じられない。

 キーウェルとならば良いと、笑みを浮かべているものすらいた。


 うれしいなあ。

 こんな僕でも、そう思ってくれるなんて。

 ・・・でもね、僕は指揮官だから、そういう訳にはいかないんだよ。


「曹長!!四股を踏め!!通信兵、通信を最大限広げるんだ。盗聴されたって構わない。連携を高める!!僕達は第二大隊とは違って弱兵なんだ。足りない能力は、みんなで高めあうのが、僕たちのやり方だ!!」


 曹長が四股を踏んで、絶望に囚われていた部隊に気合が満ちる。


 大尉と曹長は諦めていない!

 ならば、我らもまた最後まであがかなくてはならない。

 国のためではない。

 戦友と家族のために、生きて帰るために。

 これ以上、奪われないために。


 オークが両手で胸を叩き、空に吠える。

 生存本能に流されがちな、補給部隊の腕章をつけた子鬼種の二等兵が、熱で皮膚が爛れるのを構わずに魔術士の軍服に魔石を装着して回った。

 決して武器を手放さないはずのオーガが、棍棒を投げ捨て背を丸めて、肉を焦がしながら結界兵の前に立ちふさがった。

 人が亜人を慰めて回復魔力をかけた。


 ここで、死んでなるものか。

 

 死地において種族の垣根を越えるケルサスに向かい、ヤーヘンは魔槍に呪詛をこめた。


 -死ね-


****


「馬鹿な、連射だと?」


 本営の参謀が椅子に崩れ落ちて頭を抱えた。


 クリトン将軍は素早く頭を回転させて救援を送る算段をしたが、間に合うどころかかえって被害を広げるだけであることに気付いて、こぶしを口の前に持っていった。


「了解しました参謀長!!」


 叫ぶ声が聞こえて、クリトンは声がした方を見た。

 ニコライが、それでも矢継ぎ早に戦場に指示を送っていた。

 誰もが声を失い諦めるしかなかったのに、彼だけは本営の士官たちを叱咤し、大隊が生き延びる術を模索していた。


「アマゾフ少佐に結界の一点強化を命じろ!!」


「アマゾフ少佐から返信!とっくにやってるんだよ、それよりも給料を上げろ!!」


「さすがアマゾフじゃあないか。答申!俺に言うな、陛下に言え!」


 本営に笑いが起こり、クリトンすらもつられて笑みをこぼした。


「アマゾフは希望を捨てていない。俺たちが見棄ててどうするんだ?三十秒以内に案を出せ!」


 クリトンは、ニコライが掌握し従う兵たちを見て、彼を参謀長に任命したことが最善であったことを確信した。


****


「さあ、仕事だ」


 大隊が壊滅しようとしたとき、ヤーヘン兵の軍服に身を包んだカルブルヌスの騎士達は城内に侵入した。

 決して振り返ることなく、彼らのためにどれだけの兵が犠牲になろうとしているのか、気にもとめずに。

 大陸中のどの国よりも戦地に生きるカルブルヌスの騎士達は、後悔や涙が何の慰めにもならないことを誰よりも知っていたから。

 入城したのは侵入場所を変えてわずか三十名足らず。

 しかし、それで十分。

 彼らは大陸最強の騎士国家の精鋭。

 彼らをそうさせるのは、魔力の高さもさることながら、義務感と意思の強がそうさせるのだ。

 一度受けた命はなにがあろうと完遂する。

 障害は乳飲み子であろうとも排除して、道を開く。


****


 大隊の後方にいた解析部隊の面々は以外にも落ち着き払っていた。命のやり取りにはなれていなかったものの、学者肌であったから冷静に物事を見ることにかけてはそこいらの将帥にも勝っていた。


「うん、駄目。彼らではどうしようも無い。といって、連隊がそろっていても同じことだったでしょうね。消耗するだけで損害が増えた」


 そう言ってブロンドの少年が軍帽を放り投げた。


「今放たれようとしているのはこれまでと目標が違う。敵は我々を狙っているらしいですね。逃げても狙撃される。遊びは終わりということかな?ところで、主席、何をしているんですか?」


 バンディット少佐は、せっせとペンを持って何か書いていた。


「ねえ、主席」


「決まってるでしょ、遺書を書いてるの。話しかけないでくれない?」


 バディは魔術による速記ではなく、万年筆で丸みを帯びた字を書き連ねていた。

 書きこんでいるのは、軍から支給されていた最後の時のための便箋であった。

 それは決して破れず、焼かれず、思いを届ける。ラストラブレターと呼ばれているものであった。


「ニコライ大佐にですか?」


 バディは少年を睨み付けた。


「未練を残すくらいなら、派兵が決まったときにやっちゃえば良かったのに」


「うるさいなあ、君は書かなくていいの?」


 少年はあたりを見渡した。誰もが手持ち無沙汰といったふうであった。


「別に・・・。そうだ!僕は本国出身となっていますが、実はグラナトゥム出身なんですよ。僕は天才ですが、姉はさらに上を行きまして。さらに努力家なもんだから・・・」


「黙って!私は忙しいの。身の上話なら、そこらの朴念仁にでも聞いてもらいなさい!!」


 そう言って机に覆い被るようにして涙を隠したバディに、少年は何も言えずに引き下がった。

 背もたれにもたれかかりながら、結界と魔槍が干渉しあって生じたオーロラを見上げた。


(どうしよっかなあ。みんな、悲しんでるなあ。でも僕はこの程度じゃあ死なないしなあ。それよりも、姉さんに僕がここに居ることがばれたら、どうなっちゃうんだろう・・・。まずいよなあ。いいや、とりあえず、いざとなったら僕がみんなを助けてあげよう。大隊は死んじゃうだろうけど、ここに居る皆くらいはなんとかなるよね。そうすれば、姉さんだってきっと許してくれるんじゃないかな?)


 ****


 二頭の馬が戦場を見下ろす高台に止まった。


 一人の女が馬から下りてきて、戦場を睥睨(へいげい)する。

 そこではまさに結界が砕け散り、魔槍が兵たちを飲み込もうとしていた。


 白い軍服に身を包んだその女は、両手を空中に差し出した。

 足元から青い光りが立ち昇り女を包む。

 薄く紅を差した唇が開かれて、言霊がつむがれる。

 彼女の魔力の光りは柔らかで暖かく、渦を巻いて広がり始める。

 蝶を模したリボンに結われた髪が解かれて広がって、女の魔術が創造されてゆく。

 彼女は砕かれそうな結界の一点、魔槍が突き刺ささった場所に極小の結界をつむぐために魔力を高めた。

 それは厚みを持って三次元に展開された本物の結界。

 彼女にしてみれば、この戦場に張り巡らされた結界全てがまがい物だった。ただ魔法陣を作り出し、それから魔力を垂れ流しているに過ぎない。

 魔術に対する想像力が欠けている。

 守ろうとする意思が空回りしている。

 結界は方式ではない。守ろうとする対象によって、振るわれる暴力によって臨機応変、当然成り立ちから異なるのだ。


 糸に還元されたはずのリボンが、逆巻きに編まれて蝶となった。

 羽ばたいて、戦場を見渡して女の肩に止まり、声が響いた。


「ふうん。ヤーヘンも随分、頑張ったみたいじゃない」


「ええ、だけどこの程度、貴女の力を借りるまでもないわ。解析はいらないから、ゆっくりお茶でも飲んでなさい。ブリギッタ」


 サラは口元に微笑を浮かべて、差し出した手を高く掲げた。

 そして、魔術を完成させるために憂いのこもった声を戦場に響かせる。


「私は、貴女と全く同じ薔薇でした。

 同じ陽光に育まれ、同じ水に渇きを癒し、同じ大地に花開きました。

 貴女と共にあったそのとき、私はどれほど幸せだったでしょうか。


 けれど、私は後悔と言う名の海に身を浸しているのです。

 貴女の苦しみを理解できなかったから。

 同じ絶望を抱いて枯れ果てることが出来なかったから。

 その抱擁に甘えてばかりで、無邪気すぎた私はただの少女でしかなかった。


 だから私は焦がれているのです。

 ああ、どうか時よ、もう一度!

 貴女の傍に立たせて、その顔を見上げる幸福を!

 私はもう弱くは無いのだから、貴女を守る力を手にしたのだから!

 悠久の時の中で、貴女だけを見つめて、今、私は咲き誇ろう!

 我が主にして、世界の(のり)を定めし調律の女神マーテルよ、御名の下、恩寵、授けたまえ!!

 」


 飽和して、薄青の魔力が戦場を包む。


 背後で、彼女に随行したブリギッタの副官はたまらず祈りを捧げた。

 聖なる血、グラナトゥムへと捧げる魔術。

 その目で見る幸福に彼は涙すら流した。


****


「これは!?」


 戦場で死を覚悟していたキーウェルは思いがけない助けに笑みを浮かべて涙ぐんだ。


「大尉、力が、なんと言うことだ!結界に力が漲っていきます!それどころか、見てください!!」


 曹長は、魔術を使いすぎて、毛細血管が破裂して変色した腕に力が戻り始めるのを示した。


「どういうことだかわからないけれど、僕達は生きて帰れるぞ!」


 アマゾフは呆然とサラのいる丘を仰ぎ見た。


「まさか、この力!?」


「・・・少佐」


 中尉の顔に生きて帰れるという希望はまったく感じられなかった。

 それどころか、それまでを超える絶望にさいなまれてさえいた。

 それは内から沸いてくるもの、罪悪感と呼ばれるものであった。


「無駄口を叩いている暇があるなら、さっさと押し返せ!!」


「はっ!!」


(くそっ、本営の奴ら、恥と言うものを知らんのか!?)


 アマゾフの目に赫々(かくかく)と憎しみの火がともる。

 自尊心を抉られ、胸を掻き乱す。

 閉じたはずの自己非難の蓋をこじ開けられて、這いずりだすそれを憎悪で塗りつぶす。

 目を見開いて、歯を剥き出し、力の限り吠え立てた。


「ちくしょう!!見下ろしているのか、そこから。嗤っているのか、俺たちを!!フラーダリー、グラナトゥム!!」


 ****


 グラナトゥムの紋が刻まれた天幕で、優雅にお茶を飲む少女は、蝶の目を通して戦場を見渡し、薄く笑う。


「ふふ。王国がどれだけお金と手間をかけたのか知らないけれど、残念、力が足りないわ。きっと才能がないのね」


 背後で彼女の騎士、魔術士たちが嘲笑う。


「それでよく私たちの大切なお友達を(おとし)めてくれたものね」


 ブリギッタが立ち上がり、傍付きがケープをかける。それは白銀の布地に真赤で縁取られている。魔術理論の権威にして、近衛騎士を凌駕する魔力を持つ証。ケルサス国王じきじきに与えられた彼女だけの色。


「ええ、助けてあげますとも。この戦、負けられても困るもの。だけど覚えておいてね。私達は絶対貴方たちを許さない。レオーネを懐に入れたから勘違いしたかしら?用心なさい。もし、あの子になにかあったらどうなるか。この戦場において誰が最強なのか、思い知らせてあげる」


 騎士、魔術師たちの魔力が高まり、天幕を中心にして激しく地鳴りのごとく鳴り響く。

 陣にあって各種魔術を乱すという理由で禁止されている魔力開放。しかし、そんな禁則事項はくだらないと、彼女たちグラナトゥムの貴族達は勝ち(どき)を上げる。

 お前たちの兵共を救ったのは、他ならないグラナトゥムなのだと。

 力無き者への哀れみなのだと。

 貴様らが犯した罪を忘れるなと。


 豊饒の神マイアを信奉するグラナトゥム。

 その平和主義は力無きゆえの逃げの生存戦略ではない。

 力を振るう先が決められているから、争いなぞに用いる戦力を持つことを良しとしないのだ。

 マイアの裏面は死者の罪を裁く冥界の主サイレス。 

 罰するためにこそ、その力は振るわれる。

 平和主義は貫く騎士たちは、その潔癖さゆえの残酷さを戦場に響き渡らせた。

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