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偽国戦記  作者: ブレヒトさん
魔晶戦争
61/131

虐殺 -物語の核心を求める剣神、耳に響く彼の哀願-

解析兵と重装魔術歩兵の活躍により、ハイデンベルグ城に侵入を果たしたカルブルヌスの精鋭たち。

一方、カイもまた行動を開始した。

しかし、剣神であるカイは、戦場で人と言うものを目の当たりにする。

その信仰心を疑い、己を見失いかかける。

 カイは案内どおりにヤーヘンの結界拠点や将校の詰め所を潰していった。

 多くの場所でヤーヘンの兵たちは油断していたから、容易く屍を晒すことになった。

 詰め所で眠りこけていた兵たちは、喉を掻き切られて、口をパクパクと開け閉めし、何があったのだろうかとカイを見つめ、死んでいった。

 議論を交していた士官たちは、その熱気のあまり窓口に立つ銀色の仮面の男に気付く暇もなく首を切り落とされた。魔力を持った上官が人形のように崩れ落ちるのを見て、助けを請うた一般兵たちもまた、同じように血しぶきを上げた。

 途中で騒がしくなり始めたが、各拠点を警備する兵たちはただ警戒するだけで、厚みは増さなかった。

 ゲリラたちがあちこちで騒ぎを起こしてかく乱しているからであった。


 多くの兵たちが慈悲の欠片すら無く、それまでの精一杯の人生が何であったのか、虚仮(こけ)にされたように殺されたのだった。

 しかしそれが戦争であった。

 誰もがその生でつむいできた物語りを、たかが鉄ごときに託し分の悪い賭けに出る。

 正気であるならば決して選択しない馬鹿げた空騒ぎであることを、彼らは理解していたのであろうか?

 神であるカイにはどうしようもないほどに愚かしく思えた。

 冷めた目で人が死に行くのをあざ笑っていた。


 事務的にその場にいる兵たちを殺しつくしたカイは、次の場所を確かめようと鏡で繋ぎのゲリラ兵に合図を送ったが、しかし返事は無かった。


 (殺られたか、よくもったほうだ)


 カイの伝令役であり、鏡で合図を送っていたのは、未だ二十にもならない足が不自由な少年だった。


 -こんな体ですが、国の役に立ちたいんです-


 そう言って、恐怖から来る震えを隠さなかった。

 涙を流しながら、ヤーヘンに殺された父、母、そして妹の話をした。足が不自由なことで世界を斜に見ていた自分を、家族がどんなに優しく支えてくれていたのか、殺されて初めて気付いたと、こぶしを握り締めた。

 父と母は、妹と自分を助けるために炎にまかれて遺体すら見つからない。

 未だ幼かった妹は、役に立たない自分に食料を調達するために穀物庫に忍び込んで捕まり、魔術の的にされて遊び殺された。

 こんな不幸は他の人に味合わせたくないと、死んでいった家族に恥じない自分でありたいと、その力と命を国家とカイに託した。

 しかし、カイ、剣神はそれは間違っていると言った。

 どうして復讐を他者に託して平気なのかと、それで気が晴れるわけがないと、生きる動力を他者の幸福や、国家と言う曖昧な概念に預けるなど不合理だとたしなめた。


 -僕は今まで何かを恨んで生きてきました。父の怒りも、母の優しさも、妹の甘えるような親愛も、与えられて当然のことのように思っていました。ただ自分の世界しか見ようとしなかったんです。みんな居なくなってはじめて僕が幸福だったことを知りました。僕の怒りすら贅沢なものたっだんです。

 今さら気付いたけど、遅くなってしまったけど、僕は家族に恥ずかしくない自分でいたい。そのために、誰かが同じ思いをしないように何かしなければいけないんです-


 -しかし、復讐は果たされなければならない。その手で決着をつけてこそ意味がある。それなくして、奪われたお前は、どうやって自分に納得させる?-


 -家族のことはいずれ乗り越えなければいけないことです。彼らが受けた苦しみや痛みは、きっと僕をさいなむでしょう。けれど、それは今ではないんです。僕が、今、やるべきことは復讐ではないと思います-


 -復讐は今しか出来ない。ならば、今すべきだ。チャンスをやる。ヤーヘンの高官をお前の下に連れてきてやるから、その手で恨みを晴らすといい-


  -殺すことは考えていません。僕はただ、家族に恥じない自分でありたいだけなんです-


  -理解できない。決着をつけずに生き残って、何を糧にいきるんだ?誰もいなくなってしまった世界で-

 

  -それは生き残ってから考えます-


 そう言って、微笑んだ彼も死んでしまった。

 なんの答えを示すことなく。


 秋空を見上げた。

 雲ひとつ無くて、澄んだ空気に吐息は白く染まる。

 返り血一つ浴びることなくヤーヘン兵を切り刻んだ。

 その心には、しこりがあった。

 それが何なのか、カイは言い現すことができなかった。

 剣を振るうたびに少年の思いを乗せていたのではなかったか?必要以上に殺したのではなかったか?

 それとも、復讐に背を向けた少年に対する反駁(はんばく)として、殺すことの意味として?


 カイは自問する。

 奪われたのならば、奪わなくてはならない。

 それが対等と言うものだ。

 同じ種に属するものとしての義務であるはずだ。

 もし敵を許すならば、それは敵を格下として扱うことを意味する。

 なぜならば、同じ人であるはずの少年には、同じ人の罪を許容することなどできはしないのだ。

 同じ理由で罰することも出来ない。

 だから、対等に足し引きするべきなのだ。


 人は社会を維持するために法を作った。

 神のあり方を手本として、神の流出物として、神の似姿を文章として刻み込んだ。

 今にも崩壊しそうな世界で、そうしなければ社会を維持できなかったことは理解できる。

 確かなものなど何もないのだから、法という規定を設けたのだ。


 けれど、その後ろ盾、そして刑罰の実行者は人だろう?

 しかも、最愛を奪ったものに対する最高刑罰が他者による処刑とはどういうことだ?

 おいおい正気かなのか?

 それで釣り合いを取った気でいるのか? 

 他者はしょせん、他者だろう。

 たとえ憎しみしか生まないとしても、己の手で殺さなくては、最愛を軽視していることにはならないのか?

 命をなんだと思っているんだよ。


 そうだ、この戦争とかいう乱痴気(らんちき)騒ぎもおかしなものだ。

 命は一つしか与えられていないというのに。

 神に与えられたたった一つの、うつろう世界の中で確かなものだろうに。

 それを賭けて、奪われることを前提として争うとは。

 しかも、それを規定するのが、穴だらけの人定法だと?

 なんなのだ、意味が分らない。


 命の重みとは、殺戮とはなんなのか。

 ああ、そうだ。

 こんなことがあった。


 レオーネのプロトタイプであった、聖女ナスターシャ。

 慈愛を注ぎ、つくした者に裏切られた彼女は人に絶望し、復讐を求めた。

 神の代弁者が導き出した反求世という解答。

 世界と命を愛するがゆえに、等価は破滅しかありえないと、人々を殺しつくした。


 神と人を理解し、人でありつつ続けることを選んだ彼女の選択こそが模範ではないのか?

 許しを与えられるのは、いつも泣いてばかりいる現世の神であるマーテル。

 あるいは、かつて神を明確に拒絶し、自らの世界を創ろうとした慈愛の女神アーティファのみ。

 例外として、上位存在である我々神と呼ばれうる存在もまた、その資格を有するだろう。

 そして罰を与えられるのも同様。


 それだというのに、人は人を許し裁き続ける。

 傲慢に神を気取る。


 そもそも(マーテル)は殺すなと言ったのだ。

 敵はそれを破ったのだ。

 背徳の罪を負ったのだ。

 ならば、神にその罰を求めて祈るのが正しい行いなのではないのか?

 それなのに。


 カイは強く己の髪を掴んだ。唇をかみ締めて、混乱のあまり、血を流す。


 殺されたのらば、許すな。

 罰するな。

 それは言及されていないはずだろう?

 神は権利を与えるどころか、口の端に上げてさえいないのだ。 

 なら、すべてゆだねろよ。

 祈りを捧げ、神に身を投げ出せよ。

 それが出来ないのならば、等価で持って罪を購うことこそ唯一。

 お前らが得意な殺戮でつりあいをとるべきではないのか?

 等しく罪を背負い、死後の救済を求めるべきだ。

 神はその道を用意しているのだ。


 だというのに、貴様らは何なのだ?

 現世のすべては、みな、信仰をもてないほどに病んでいるのか?

 それとも、自分が何をすべきか判断できないほどにどうしようもなく馬鹿なのか?


 ああ、そうか。

 そうなのか?

 ただ、愚かしいだけなのか?


 一応の納得を得て、カイは血まみれの口を空に向けて、朗らかに笑った。


 しかし、そんな人を愛おしいと、マーテルは言った。

 カイに人の心を説いて悲しげに微笑んでいたのだ!!


 見上げた秋空に、現世に落とされた剣神の目には、マーテルを象徴する月ははっきりと、穴だらけになった醜顔を晒す。

 宇宙より降り注ぐ隕石から地上を守るためにその身を晒し、傷だらけになった顔で泣きながら気丈に微笑んでいる。


「お前が愛する人間は何なのだ?どうして神を気取っているのだ?それとも神などどうでもいいのか?ただ、迷っているだけなのか?」


 民衆の騒ぎ立てる声がして、ヤーヘン兵の怒声が響く。

 銃声が続き、足掻いて、殺されて、それでも武器を手に取り銃下に身を晒す。


「応えろマーテル!!」


 求める声は無い。


 しかし。


 -もし、カルブルヌスと合流前に合図が無くなったら、説明した通路に従って逃げてください-


 カイの耳に少年の声は響き続けた。


 くそっ、邪魔だ!

 乱されてなるものか。

 俺は剣であり神。

 人の上位存在。

 この世はすべて、神への供物。

 そのくせに、俺に影響を与えようとは、世界の流れに逆流しようとは、おこがましいぞ、人間が!!


 ****


 監視につかまらないよう最小限の魔術で敵をしとめていたカルブルヌスの騎士は、目的の将校の詰め所にたどり着いた。

 短刀を手にして路地裏に身を潜めていた。


「行くぞ。攻撃魔術は敵の攻撃が確認されたときのみだ。二人が前門、一人は上から。お前は路地の監視だ」


 四人が頷き、彼らは短刀を鞘から引き抜いた。


「そこには、もう誰もいないぞ」


 後ろから声が聞こえて、目の前にはサーベルを揺らした仮面の男が居た。


 いつの間に!しかも、こいつ!!


 詠唱短縮で、路地に火の矢を降らせようとした小隊長の首にサーベルの刃が当てられた。


「なんだ、オーギュントから聞いていないのか?」


「・・・では、貴方が?」


 カイはサーベルを鞘に収め、仮面を投げ捨てた。


「他の拠点はお前らの仲間が潰したようだな。俺はこれから城に行くが、貴様らはどうする?」


「言われるまでもない」


「ならば共に行くか。邪魔はするなよ?お前たちがどんな命を受けているかは知らないが、俺はこの城の主を殺さなければ気がすまない」


 ****


「さすがケルサス。魔石の力を上手く引き出したようですね」


 白いローブをまとった蛇人の男は、魔術によって映し出された戦場の様子を、ヤーヘン国第三王子ウグニスに示した。

 ハイデンベルグ城玉座の間、いたるところに血がこびりついたその場所に二人は居た。死臭が立ち込めているが、彼らは気にしたところがない。

 ウグニスは流れた血と傷ついたケルサスの旗をあえてそのままにしていた。汚れきった玉座こそがケルサスにはふさわしいと思っていたのだ。


「その二個大隊でも魔槍には耐えられない。素晴らしい技術ですね」


 嘆息するウグニスに、蛇人は首を振った。


「いえ、これは設計し直さなければいけません」


「何故?これがあればケルサスどころか、帝国すらも敵では無いのでは?」


「そう簡単にはいきません。確かにケルサスは魔槍を防ぐのにしばらくは苦労するでしょうが、十日以内に、いや、五日以内に彼らは打開策を見つけるでしょう」


「まさか・・・」


「いえいえ、ケルサスならば当然。ですが、ご安心を。当初の目的は達しました。魔槍はあくまで城を落とし、ケルサスを慌てさせること。魔石技術の粋を集めた重装魔術歩兵を引きずり出せれば良かったのです。目的のデータは十分ではありませんが、まあ、よしとしましょう。殿下、では手はずどおりに」


「でも、このまま押し切れば・・・」


「ご冗談を。ケルサスが恐ろしいのは、軍事力もさることながら、政治力と影響力です。ここで粘れば後に引けなくなります。より多くを求めれば、ケルサスの軍備がいよいよ整い、本気のきゃつらと戦わなくてはならなくなりますよ?そうなればヤーヘンはもちません。

 さらに、他国はケルサスの力を削ることには賛成ですが、落すことには絶対反対なのです。ここで攻めに転じれば、一月と経たないうちにヤーヘンは地図から姿を消すでしょうね」


 ウグニスは歯噛みした。

 このまま、目の前にいる肥え太った豚どもを見逃すのか?


「お抑え下さい。御身になにかあれば、兄上ムスタファ殿下が悲しまれます」


 ウグニスは、血走ったまなこでケルサス国旗に魔力の刃を飛ばし、ずたずたにした。

 旗が跡形もなくなっても止まず、部屋は土煙に包まれた。

 肩で息をするウグニスに親しげな声で蛇人が語りかけた。


「おいたわしや殿下。ケルサスに煮え湯を飲まされ続けてきたヤーヘンの苦しみ、私などには計り知れません。しかし、殿下、お急ぎください。どうやら、敵が侵入したも模様でございます。むっ?なにやら妙な気配が感じられます」


 ****


「カイ殿は他の部隊と共に城に侵入してください。中枢にたどり着けさえすれば、城の機能を停止させるのは容易なはずです」


 城下街では、結界の拠点が潰されたことで、ヤーヘン兵たちが結界の再起動をはかるために、慌しく部隊を編成しているらしかった。

 もし再起動できなければ、ケルサスの砲撃を受けて一方的な戦いになる。城内の民間人を人質にとっているとはいえ、通じるとは限らない。

 魔術士、騎士の質において圧倒的に勝るケルサスとまともにぶつかってヤーヘンが勝てる見込みはない。

 カイやカルブルヌスの騎士達に与えられた任務とは、ケルサス本軍がなだれ込むまでに城の機能を停止させ、ヤーヘンに戦の勝敗が決まったことを理解させることであった。

 そうなれば、いかにケルサスに深い恨みを持つヤーヘンであっても城から撤退せざるをえない。攻めの拠点をうしなったヤーヘンは、不利な条件であったとしても講和に応じるであろう。


「お前達は?」


「騎士団を引きずりだします。城内に待機している騎士団は十を超えますから危ういですが、時間をかせぐだけでしたら問題ありません」


 カイは(いぶか)しげに部隊長の顔を見た。

 何を言っているんだ、こいつは?


「冗談だろう?民を見棄てるのか?ハイデンベルグは民を助けるためにこの作戦決行するのだといっていたぞ」


「見棄ません。そのために一部隊を砲門の破壊に向かわせ、他の全部隊で城に向かうのです。城から各結界に供給される魔力こそがヤーヘンの生命線。城の機能さえ停止させれば、敵は総崩れです」


 カイは首をかしげた。


「・・・城にいる騎士団は十を超えると言ったな?」


「はい」


「いないぞ。とうに撤退した」


「何ですって!!」


「城に感じられる騎士団は、せいぜい二つだ。他の気配は無い」


「では、ヤーヘンはとうに城を捨てたというのですか?!」


「そのようだな。・・・ああ、後始末を始めたようだ」


 カルブルヌス騎士団の部隊長の耳に炸裂音と悲鳴が響いた。

 それも、一箇所ではない。

 いたるところで、銃声と殺戮のハーモニーが風に乗って響いてきた。

 それは小気味のいいリズムで、とても効率の良いことが知れる。


 立ち尽くす騎士達に緊急通信が入った。

 盗聴防止よりも、緊急性を伝えるものであった。

 いや、あえてヤーヘンに知らせるうよう、無防備に城内響き渡った。


大量虐殺(ジェノサイド)発生。各部隊は住民の保護を最優先。敵の主力部隊は撤退済み。各指揮官は部隊全ての魔力封印を解除。以下、すべての兵を対象に、ルシアーノ殿下から御言葉を承る。

 総員、拝聴!!

 ・・・カルブルヌス騎士団の精鋭たちに告ぐ、すべての魔力を解放し、侵略者どもに戦神アルファスの鉄槌を。障害となる敵兵、全てを排除する許可を与える」


 冷静を保っていた声ががらりと変わる。

 激情と冷酷と嗜虐の全てを満たして響き渡る。


「さあ、カルブルヌスの孤児たちよ、お前らがぐずぐずしている間に蛆虫どもは殺しを楽しんでいる。

 ほら、銃声が聞こえだろう?今、あどけない少女が殺されてしまった。耳障りな爆音の下では、老人が逃げ惑い、生きながらにして炎に巻かれた。壮健な男達は、愛する者を守る機会すら与えられずに処刑された。女達は、いや、それは私の口からは(はばか)られる。

 ・・・で、お前らはどうするのだ?

 みな、お前らの名を叫んでいたぞ」


 騎士団員の足元から、王国最強の魔力が噴出した。

 言葉は無い。

 意味がないから。

 求められているのは、行動。

 民を救い、そのための手段として敵を殺す。


「そうだ、その怒りを忘れるな。今、お前らは孤児ではなく戦士となった。憤怒と嘆きを胸に秘めた復讐者となったのだ。

 敬愛する戦士達に告げる。

 カルブルヌス軍総司令官代理としてではない。

 国父たるエルネスト・ノスタルヒア・デュルイの名代として、ルシアーノ・アブスティネンシア・デュルイが告げるのだ。

 我らは奴らを人と認めない。

 投降する暇を与えることなく、すりつぶせ。

 死骸はすべて火にくべて、涅槃におくり、大狼サイレスの裁きにかけろ」


 ルシアーノの声に威厳が満ちて、受けるカルブルヌスの兵は前傾姿勢に。

 戦争の狂気をめでる戦神アルファスの信仰心に民を殺された怒りを乗せる。

 いや、それこそが正統アルファス信仰。

 民を守るために、戦を憎みながらも剣を取る。

 血に染まった戦場で、涙を流して跪き、命の重さをかみ締めながら剣に狂う。


 -ああ、どうして、もう戦いたくはないのに。殺したくはないのに-


 -でも、どうして胸は高鳴るのだ?肉を切り、骨を絶つたびに、歓喜が在る-


-ああ、やっぱり、戦争って最高だ-


「我らカルブルヌスの猛る激情、薄汚い侵略者共の頭上に振り上げられたアルファスの戦斧となりて、解放の時を求める」


 見えないはずなのに、ルシアーノの冷たい瞳が光りを増すのが分る。

 (げき)を飛ばしながら、魔力解放のための結界破りの呪法を部隊に送る。


 城内の各所で魔力が爆裂して、カルブルヌスの波動が城内に満ちた。


「「神の求めに(デウス・ウルト)!!」」


 唱和がこだました。

 立ち上った魔力の奔流が残影を残して、惨劇の場に津波のように押し寄せる。

 結界にぶつかって、魔力が干渉しあう高音が響き渡った。

 民の悲鳴をかき消して、ヤーヘンとカルブルヌス、戦場の悪魔たちが共鳴しあう。

 殺意と殺意がぶつかって、城に張り巡らされた結界が可視化し、赤色のドームが顕現した。

 血の色のドームの下で、いくつもの光りの波が巻き起こる。

 七色に輝いて、ドームの内側に閉じ込められたそれは、行き場を失って内に満ちて結界が軋みを上げた。

 多くの拠点を潰された結界は限界を迎える。

 ハイデンベルグ城は嘆きの声を上げて、結界が粉々に砕け散った。


****


 全てをつぶさに見ていたベーア・ザンフト・ハイデンベルグは崩れ落ちた。


 どうして、こうなってしまったのだ?

 わしは最善を尽くした。

 兵たちもだ。

 少しでも被害を抑えようと、あらゆる手段を尽くしたというのに。


「城が、地獄に落ちてしまった」


 ハイデンベルグは体を震わし絨毯に爪を立てる。

 城を見つめて、とめどなく涙を流した。

 レオーネが駆け寄って肩を抱くが、彼は嘆き続ける。

 爪が剥がれて、絨毯に血の線が引かれ、天幕にハイデンベルグの慟哭が響く。

 彼の騎士たちは剣を引き抜いて天幕を切裂いた。


 -おのれヤーヘン、許さんぞ!その民、すべて殺しつくしてくれる!!-


 レオーネの魂が憎しみの烈風を受けて揺らめいた。

 心が引き裂かれそうになって、人ならざるその魂が許容量を超えそうになって肉体を痛めつけた。

 血の涙を流して、レオーネはハイデンベルグを抱きしめて、祈りの言葉を捧げ続けた。


 -神よ-


 魂引きの聖姫、この世にさまよう悲劇に染まった魂を導いて冥界に送る。

 その人を超える力が戦場という極限状態で解放を求めてレオーネの人の体を引き裂こうとした。

 単純に、人の肉体では容量が足りないから。

 力を解放するならば、必然的に彼女は死ななければならない。


 ****


 それを見つめるメイドが両手を広げた。

 世界がメイドの求めに応じて、真の姿を現す。

 惑星が姿を変えて、巨大な魔法陣と化した。

 メイド、紅い髪の紅い瞳の女が、調律の女神マーテルが大いなる計画のために、魔法陣を調律する。

 乱れていた歯車が合わさるように、世界は起こりうる事象を変化させて、正しく回る。

 にっこりと微笑んだ紅い女が両手を下げて、汚れたエプロンの前で組んだ。

 

 世界が、再び巻き起こった。

 

 レオーネの体が引き裂かれ、蒼い魂が立ち上がる前に、出来事が挿入された。


 ****


 そのとき、ありうべからざる魂が極限を迎えようとしていた場所から離れたところで、知聖が魔力を解放した。

 愛天のサラがケルサスの兵を救った手柄を寿(ことほ)いだ。

 知聖、ブリギッタにとってはなにげない行動。

 しかし、それは奇跡のタイミングで引き起こされたのだ。

 知聖と魂引、二人の愛姫の魂の波動が交じり合い、調和して鎮めあった。


 それはハイデンベルグに、彼の騎士の魂にも作用する。

 彼らになすべきことを知覚させた。


「クリトン将軍とルシアーノに、至急通信をつなげろ!!」


 充血したまなこで、ハイデンベルグがレオーネの手を借りて立ち上がった。

 自分を見失っていた彼の騎士たちが振り向いた。


「わしがカルブルヌス兵を誘導し、虐殺を止める!!

 ・・・何をしている?結界が破れたのだ!貴様らは城内に入り、民を助けろ!!」


 間に合わないということはない。

 幼子一人でも救えればいいのだ。

 たとえ、皆殺しにされてしまったとしても、墓を立て弔う義務がある。

 ヤーヘンごときにハイデンベルグの民が生きた証を消されてなるものか!!


 ****


「カイ殿、城はお任せします。侵入地点に部隊が待っておりますから、共に侵入し使命を果たしてください」


「ああ」


「よろしくお願いします。ときに、敵の目的は何だと思いますか?」


「撤退のための時間稼ぎにしては手際が良すぎるうえにやりすぎている。つまりは挑発だ。この城はいずれくれてやるつもりだったんだろう。俺たちが侵入したことで、予定は早まっただろうが、この城の住民はとりあえず殺しつくすつもりだった。

 これでケルサスは我を失うな。この後の戦が思いやられる」


 部隊長は、同意見です、と続けて魔術で形成された仮面を被った。


「けれどヤーヘンは下手を打ちました。これで講和の目は無くなった。奴らは滅びるよりほかはない」


「気をつけろよ。今城に残っている連中は逃げるよりも殺すことを選んだ。何をしてくるかわからない。パンデミックとやらを使う気かもな」


 一人が、両手に魔術を展開した。

 さらに、もう一人が強力な補助魔術を部隊に、そしてカイにかけた。

 残りの二人は短刀に魔力を漲らせ、長剣を形作った。


「お心使い感謝しますカイ殿。しかし、二度同じ手を食う我らではありませんので、ご心配は無用です。

 では、失礼いたします。若様によろしく」


 彼らは跳躍し、戦火に飛び込んでいった。

 カイは、彼らに背を向けて城を見上げた。


 そうだ。

 人が行おうが、神が行おうが、戦とはこうあるべきだ。

 死を贖うのは、死のみ。

 あの車椅子のガキのせいでくだらない感傷に浸ってしまった。

 そもそも、こんな現世で何かを思惟することが無駄なのだ。

 俺は剣神、ただ斬るべきものを斬るのみ。

 斬れないものなどない。

 混沌から世界を守り抜くために刃を振るう。


 ・・・それを決めたのは誰だ?

 斬れないものがないというならば、三千世界すらも?

 ならば、その意思はどこだ?


 ・・・あの車椅子の少年の名前はなんと言っただろうか。

 お前に会わなければ、俺はこんなことに乱されることはなかったのに。


 ああ、レオーネに会いたい。

 その柔らかい腕に包まれて眠ることができるなら。

 ブリギッタを抱きしめたい。

 その美しい髪を撫でていることができたなら。


 -こんな世界、どうなったっていい-


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