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偽国戦記  作者: ブレヒトさん
魔晶戦争
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作戦会議

ヤーヘン軍のケルサス辺境への侵攻に始まった魔晶戦争。

圧倒的な戦力を保持するケルサスが有利と思われたが、ヤーヘンの自軍を犠牲にしたパンデミックによって、戦況は混乱を見せた。

しかし、ティアーガ大佐率いる重装魔術歩兵連隊の活躍により、渡河作戦が成功を収めるとケルサスは勢いづくかに思われた。

けれども、解析部隊から、それら全てがヤーヘンとその後ろで糸を引く商会の思惑通りであったことが知らされると、ケルサスの高級士官達は狼狽する。

そして前線もまた、城を拠点に陣を敷いたヤーヘンの前に、有効な攻撃が打てずにじり貧になって行く。

ケルサス本国、本営では、多大な犠牲を伴う総攻撃への機運が高まりつつあった。


 渡河作戦から、一週間たった。

 依然、戦場は膠着状態で、ケルサスは城を落すための決定打をうてずにいた。

 ヤーヘンが商会の力を借りてハイデンベルグ城に張った結界は強固であったこと、加えて、ケルサスの迷彩がはがれていることで繰り出す攻撃がすべて読まれていたことが原因であった。

 城の前面に布陣したケルサスの軍から結界解呪の砲弾が絶えず打ち込まれていたが、それはヤーヘンの睡眠を妨害するだけで、弾の無駄ですらあった。むしろ、神出鬼没なヤーヘンの機動力の高い騎馬兵にケルサスは消耗しつつあった。 

 いくら結界が汚染されたとはいえ、強国であったケルサスがヤーヘンの前に手をこまねいているのには理由があった。

 当初、ケルサスは、ヤーヘン本国の海岸線にある港、戦場から反対方向にあるそれを戦艦で砲撃し商会からの物資の輸送を止める計画であった。しかし、この時期特有の嵐により戦艦の到着が遅れたこと、ケルサス本国がヤーヘンの反撃を恐れたために大規模な艦隊を派遣できなかったことで、ケルサスの前線は本来の計画を実行に移せなくなっていた。

 さらにケルサスの目論見は外れることになる。ヤーヘンは、ハイデンベルグの城の各種魔法陣に張り巡らされた結界を、予想以上のスピードで解除していったのである。それにより、ヤーヘンは城の機能を最大限利用することが可能になることが予想された。そのため、早く占領地域を取り返し、ヤーヘン本国に圧力をかけねば、戦場は泥ぬまに引きずりこまれる可能性が高まった。

 本国、本営の多数派は、そうなる前にと、総攻撃に傾きつつあった。極端な選択肢を選びつつある者にありがちなことで、それによって被る損害、城壁内で救出を待つ国民と兵たちの命がどれほど失われるか、考えることを忌避していた。そして、ケルサスが国民の命よりも城の攻略を選んだことが、他の占領地の人質たちに恐怖と絶望を与えることになるだろうこと、そのことが大陸に広がり、ケルサスと言う国の評判、外交に大きな影響を与えることすらも。


 だから、ルシアーノとニコライ、そしてクリトン将軍は少数精鋭での、大規模な兵器を用いない城攻めを模索していたのだった。もし出来なければ、ただ数と鉄による暴力の嵐を繰り広げねばならなくなるであろう。


 今、彼らは作戦をつめるべく、カルブルヌス軍の天幕に集っていた。


「我らの騎士団が城下に侵入するのは構わないが、失敗は許されない。これは正確でしょうね?」


 ルシアーノは、空中に映し出された城下町の見取り図を眺めながら、参謀長ニコライ大佐とクリトン将軍に尋ねた。


「勿論だ。城下に何かあれば私にすぐに伝わるように城は設計されている。今のところ、大きな改修はなされていないようだ」


 椅子に腰掛けたハイデンベルグは痛みに顔をしかめながら、はっきりと言い切った。

 城主であったベーア・ザンフト・ハイデンベルグの体は城と魔術的にリンクしていた。しかし、その能力もヤーヘンが城の結界をすべて解析、上書きしてしまえば利用できなくなる。


「王国軍でもそれは確認しています。我々も、ただやられていたわけではありません。城下街には何人もの間諜がいます。ヤーヘンは暴れすぎました。それによって住民の反感を招いたために城の最防備には手間取っています。確かな隙があります」


 ルシアーノは片肘をついてニコライを見つめた。


「ニコライ参謀長、君の事は買っている。しかし王国軍には疑念を抱いている。城に送り込むのは精鋭だ。間違いがあっては困るんだよ」


 微笑みながら、それでも威圧を隠そうともしないルシアーノの視線を受けて、ニコライは頷いてみせた。


「確かに私どもの兵は若く、急な派兵でありますから、ご懸念はごもっとも。ですが、間諜はもともと城にいたもので、ハイデンベル閣下手の者です。城を知り尽くしています」


 引き取るようにして、ハイデンベルグが声を上げた。


「わしが王国軍なぞ信用するものか。こやつが言ったように、城内にいるのはわしの子飼いの兵と信用する民間人だ。魔力を持たぬから、結界に近づいたところで脅威とはみなされん。貴様の騎士共は案内された結界の基点を潰していけばよい」


 そしてと、一息ついて、少しばかりの悔恨のこもった目で三人を観た。


「我が城を、落せ」


 一度敵に結界を書きかえられた城はそのままにしては置けない。どんな罠が仕掛けられているか知れない。敵が退いたと思って結界を起動しなおしたら、魔術が暴走し、城ごと灰燼に帰した例はいくつもあった。そのために長い時間をかけて結界の魔法陣を精査する必要があるのだが、ケルサスにそんな時間は無い。だから、壊す。ハイデンベルグ一族の思いと誇りが詰まった城の魔術機能を完膚なきまでに破壊し尽くす。


「閣下の思い、しかと」


「ふん。城を落とされた領主に同情なぞ無用だ」


 杖で床を叩き、憎まれ口をきいたかと思うと、頭を下げた。


「ただ、皆にお頼み申す。領民は出来うる限り救ってやってくれ、この通りだ」


 ニコライは姿勢をただした。

 やり切れなさそうにクリトンが口を手で覆い、ルシアーノは深く椅子に腰掛けて天井を見上げた。


「始めから思いは同じです。これ以上ヤーヘンの蛆虫どもにケルサスの民を好きにさせる趣味はない」


 天井を見上げながらルシアーノは見取り図に駒を描き出した。それらが動き出し、戦場をシミュレートする。高速で動き、誰もが目で追えなくなる。止まったからと思うと、もう一度始めからやり直す。

 幾度繰り返したであろうか、微笑みながら視線を三人に向けた。


「ええ、可能でしょう。やる価値は確かにあります。これならば総攻撃にはやる連中を説得できる」


 ニコライがほっとしたような笑みを浮かべたとき、しかしルシアーノは、こみかみをコツコツと叩いた。


「だが、この程度ならばカルブルヌスはやらない。分が悪すぎる。一定数の兵で城を包囲、残りで敵の本国を目指して突撃したほうが良い。うちの兵ならば間に合うでしょう。そして敵が慌てて城を出てきたところを反転して殲滅します」


「しかし、それでは!!」


「ああ、こちらを引き止めるために城内で惨劇が起こるだろう。それに平野での大規模戦闘だ。死人もたくさん出る。しかし、解っているのだろう?時間をかけすぎた。本国の艦砲射撃が頓挫した時点で行動を開始すべきだったのだ。君たちが本国と本営の風見鶏を説得できなかったのが、私たちの敗因だ」


 本国の行動が遅れるとの報を受けるや否や、ニコライは直ちに各指揮官に拙速を求めて説得を繰り返してきた。クリトン将軍も何とかニコライの希望に添えようと行動してきた。しかし、ニコライは自らが抜擢したこともあり、意見を汲み取るにも限界があった。軍を私物化しようとしているという噂が流れてしまう恐れがあったのだ。


 ニコライはルシアーノを見た。


「では、カルブルヌスは動かないというのですか?」


 怒りを漲らせ、叫びだしそうになるのを押さえた。


「そうだ。作戦は悪くない。領民を救うにはこれしかないことも理解できる。しかし、成功させるには手駒が足りない。いいか?我らの迷彩は剥げているのだ。敵は我らの侵入にすぐに気付くはずだ。そして、対策を打ってくる。名のある騎士であればあるほど長所と短所はすぐに見破られるだろう。それでは城下の結界は破壊できても、城は落せない。どうにか出来そうな愚弟オーギュントは乱戦での経験が足りず、心もとない。ゲリラは所詮非魔術兵。地の利を生かしても時間を稼ぐのが関の山だ。かといって作戦に時間をかけてしまえば、体制が整ええられるどころか、さらなるパンデミックを引き起こされる」


 ニコライは押し黙りこぶしを握り締めた。


 私の力が足りないばかりに・・・。


 意を決し、ハイデンベルグを見た。


 しかし、そのハイデンベルグはルシアーノを見ながら、杖のグリップ部分をもてあそんでいた。

 そして、見取り図上の駒を杖で示した。


「要は、結界に掛からずにかく乱できる機動力と、敵の騎士団を圧倒できる打撃力を持つ者が居れば良いのだな?」


「ええ、閣下。そうなります。それも敵が思いもしないほどに強力な者が」


 ルシアーノは訝しげな目でハイデンベルグを観た。

 そんな都合の良い者は居るはずがない。

 いや、まさか・・・。


 ハイデンベルグが杖を手に立ち上がった。

 皮肉な笑みを顔に貼り付けて、三人に向き直った。

 幼き頃から戦場を遊び場とし、己の育てた騎士、魔術士しか信用しない偉丈夫。内乱においても今生国王にいち早く従い、先王を倒すために身を盾とした。王国中にその名が伝わる大騎士は、まるで崇拝する者の名を舌に乗せるように、祈りの場で神の名を囁くように唇を振るわせた。


「その名はカイ。グラナトゥム公国第二公女レオーネ様の使い魔であらせられる」


 カイ。弟オーギュントの師で、ザイオンが決して手を出すなと言ってよこした黒騎士らしきもの。

 剣聖を取る才能があるオーギュントは彼が目標だと誇らしげだった。

 カルブルヌス騎士団国屈指の目を持つオブザルは、死にたくないから見たくないと言った。

 彼らが彼を形容する際に共通するのは、傑物だということ。

 力を借りることが出来れば、大きな戦力となるのは間違いない。

 しかし、政治的な理由から、彼に強要してはならない。

 その身になにかあれば、尊い君に危害が及ぶからだ。

 責任など誰も取ることが出来ないだろう。

 グラナトゥムの姫君。魔力を持たないながらも国の命運を握る、薄気味の悪い生きる人形。

 マルブで彼女の襲撃を企てた愚か者は、天才名高いブリギッタ・ラスコーシヌイ・ペトロヴナ公国近衛魔術士により、弁明の機会すら与えられずに死刑よりも重い魔力剥奪の刑に処され、牢獄で自害したという。

 そんな彼に依頼しようと言うのか?

 残念ながら、彼の命、つまりはレオーネ姫殿下の命はこの戦場の誰の物よりも重い。


「ハイデンベルグ閣下」


 ルシアーノの口調は冷酷だった。

 議題に上げて良いことと悪いことがあり、ハイデンベルグはそれを踏み越えた。

 ならば、その権限のすべて、デュルイの名において剥奪させてもらう。


 溢れる緊張感にニコライは言葉を発することが出来なかった。

 なんだというんだ?カイとは何者だ?そんな奴は聞いていないぞ。

 レオーネ姫の使い魔だと?

 それはケルサス王国最高機密のはずだ。


 クリトンは、じっと二人を見つめていた。


「ルシアーノ、わしも頼りたくはない。姫には安息にすごして、危険なぞ感じてもらいたくはない。わしにとって、あの方は、ああ、なんと言ったらいいのだろうな。この浮世には似合わない、とても美しい方なのだ」


 しどろもどろになりながら、ハイデンベルグは毒でやつれた顔を何度も撫でた。

 まるで少年のように頬を染めて、言葉を選ぶたびに、その灰色の瞳に例えようもない活力が満ちていく。


「カイ殿は、もう城に入っておる」


「なんだと!」


 その言葉に真っ先に反応したのはルシアーノではなくクリトンだった。


「貴様、ベーア・ザンフト・ハイデンベルグ、耄碌したか!!」


「カイ殿は、姫をわしにお任せくださったのだ!!」


 声がかぶさり、ハイデンベルグは杖を放り出して立ち上がった。

 しっかりと大地を踏みしめて、毒なぞ物ともせずに、かつて戦場で降り注ぐ矢を前に仁王立ちしたように。


「姫が哀れんだのは、わしではないぞ、民よ!姫は民のためにその半身を戦場に送り込んでくださったのだ!!」


 激情をたぎらせるハイデンベルグの気力に、クリトンは真っ向から応える。


「それを止めるのが王国貴族である貴様の役目なのではないか?!命を賭けてでも止めて見せるのが、ハイデンベルグの名であるはずだ!!」


「ああ、止められるならば止めたかった!だがな、カイ殿はわしの近衛を、わしが一騎当千と信ずるつわもの共を、一にらみで黙らせおった。なんということだ、わしらは動けなったのだ!!」


 情けなさと、それでいて最高のものに出会ったのだと、それの意思をくじくことがなんと愚かしい試みであるのかと、ハイデンベルグはみなぎる活力で示した。

 クリトンは椅子を蹴り上げ、机上に両腕を突っ伏した。


 静寂の中で、静かに興奮を募らせていたルシアーノが目を輝かせて、見取り図の中の駒をハチャメチャに動かし始めた。


「くそっ、なんと素晴らしい!!民のためにグラナトゥムの姫君が立ち上がったのですね?!御自ら、そして強制されることなく!!忠臣を王国にハメ殺されたグラナトゥムの姫が!!ハイデンベルグ閣下、使い魔に何かあった場合のフィードバック対策にぬかりは無いでしょうね?」


「無論だ。最上級の魔具はすべて集めてある。わしの兵、コネの効く魔術兵はすでに待機しておる。一分の隙もないわ」


 ルシアーノは大げさに髪を掻き揚げたかと思うと、これ見よがしに顔をしかめた。


「そんなことはないでしょう?他ならない貴方がいないのです。閣下は早く姫様の下に馳せ参ずるべきだ」


 あっけに取られていたニコライは、ルシアーノに詰め寄った。


「では、カルブルヌスは?」


「動くに決まっているだろう?グラナトゥムの姫君の名代、御自ら参戦するんだ!諸兄、理解しておいでか?この作戦、失敗するようなことがあれば、私達は三国に顔向けできないぞ?!」


 盤面の駒が、今まで見たことがスピードで駆け巡る。

 

 なんと言うことか。

 レオーネ姫殿下か、私が注意を払うべきは彼女だった。

 魔力を持たないからといって軽んじるべきではなかった。

 ハイデンベルグ閣下のあの様子、まるで剣を捧げてしまったようじゃあないか!!

 そうだ、これまでオーギュントの身に起きたことは彼女を中心に捉えなおすべきだ。


 与えられすぎた天才、知聖の妾姫ブリギッタ。


 亡国の浄土曼荼羅、碧光の冥姫ライラ。


 悲劇の創造者、愛天のサラ。


 そして、我が弟にして、カルブルヌスきっての狂剣、イデアの門番オーギュント。


 マルブに集った才能が動き出したのは、レオーネ姫の使い魔召還の儀ではないのか?

 こんなことを見破れないで、ちっぽけな戦場を見通せることでいい気になっていた私はなんと愚かなんだろう。


 そうだ、落ち着け、出来ることからはじめよう。

 この戦、勝たねばならない。

 出し惜しみなしだ。

 姫君と化け物、それがつむぐ王国の物語の一節を私は描いてみせる。

 戦神アルファスよ!この時代、この場に私を立たせてくれたこと、感謝いたします。


 ん?今、私は、彼女たちをなんと呼んだのだ?

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