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偽国戦記  作者: ブレヒトさん
魔晶戦争
58/131

楽園の落とし子 -浄土曼荼羅、碧光の冥姫-

クリトン将軍に命じられ、その後のキャリアを投げうって作り上げた連隊を、そのクリトンによって解散されたミミは失望と共に叔父のいる旅団に向かう。

「嬉しいですよ大佐。私を連れてきてくれて。他の部隊に送ったりなんかしたら、力ずくでも舞い戻っているところでした」


 連隊を取り上げられ、叔父の居る部隊の指揮官として詰め所に向かうミミの脇で、副官のデューイ少佐がのべつまくなしに喋りまくっていた。

 彼はミミと士官学校の同期で、ライバル関係にあったのだが、気が付けばいつも隣にいた。卒業する頃にはちゃっかり参謀教育を受けて、彼女の副官に納まってしまっていた。


「しかし、何も教えてくれませんが、どんな部隊なのですか?機密扱いなので正規のルートでは調べられなかったのですが?」


 ミミは足を止めデューイを見た。勝気な目には失望がある。


「解らなかったのか?貴様はそれでも私の副官なのか?がっかりだよ・・・」


 デューイは肩をすくめてミミの前に立った。

 彼女より随分と背が高い。

 額が高くて眉目は大理石の塑像のように力強く、激しくもあり静か。胸板は厚くて、すらりとした長い手足は力を溜め込む肉食獣のよう。参謀などではなく前線で精鋭部隊を指揮していそうな美丈夫だった。

 見上げるミミに、彼は異常なほど近づいて瞳を覗きこむ。

 鼻と鼻がぶつかりそうな距離で、抱きしめるかのように手を広げた。


「もちろん私にかかれば何でもありませんでしたよ。でも、名前を見て止めました」


「名前?」


 ミミは唇が触れ合いそうな距離で首を傾けた。

 通りかかった下士官が、何をやっているのかと駆け寄ってきたが、デューイのきつい視線で退けられた。

 この距離感、長いまつげに覆われた挑むような淡い緑色の瞳を覗き込むのが彼はたまらなく好きだった。


「そうです。コール・イラ・パラノーマル、元神聖グローロリアのマルティス騎士団副団長。叔父上は良いでしょう。大佐はなにも仰ってくださいませんでしたが、すぐに調べがつきました。しかし他の名前がいけない」


 彼女達は本陣の天幕、それも高官だけが立ち入ることが許されたエリアにいた。

 遠くから大砲の音が聞こえ、今も人が死んでいる。それをかき消すように練兵と銃器の調整に励む者らのかけ声が響いてくる。

 近くでは、ミミよりも小さい、黒髪で大きな目をした少女が必死に魔銃の手入れをしていた。


「何者だ?あえて知らずにいたが、貴様のせいで知りたくなったぞ」


「ライラ・ノービリス」


「誰だ、それは?」


 魔銃の手入れをしていた少女が、顔を上げて二人を見つめるが、二人は気付かない。


「カルブルヌス軍の、この戦における筆頭騎士であられるオーギュント・エンロケセール・デュルイ卿。並びに、かの有名なレオーネ・エネルゲイア・グラナトゥム第二公女姫殿下のご学友です。同じくマルブにいらっしゃったラスコーシヌイ子爵家令嬢ブリギッタ様の預かりになっておりますが、ただのお嬢様と言うことはないでしょう。加えるならば、レオーネ姫殿下の御傍付きは、あのフラーダリー一族の生き残りです」


 ミミは顎に手を当てた。


(なんだその面子は?ケルサスはそんな爆弾を一箇所に集めたというのか。そこに居場所があるライラ・ノービリスとは、一体何者なのだ?)


 顔を上げたミミを魔銃を手にした少女がじっと見つめていた。

 何処か懐かしい。

 会ったことがあるだろうか?

 しかし、こんなに顔立ちが整った少女を忘れることなどありはしないだろう。

 どこかの貴族が隠し子を、せめて軍人として生き残らせようと連れてきたのだろうか?

 慰みに、おもちゃとして連れてきたとは思いたくは無い。


「曹長、何処の部隊だ?」


 しかし少女は応えずに、ただミミを観察している。デューイは失礼を咎めるようなことはせずに、興味深そうに少女を眺めた。誰か高官の娘と言うこともありうるのだから、うかつな真似は出来ないからであったが、面白そうというのが正直なところであった。

 ミミは少女の沈黙を、大佐に話しかけられて緊張しているのだと受け取った。そんな少女の身の上を、最悪の可能性、娼婦として連れてこられたことを思い、少女の手を握った。


「私はティアーガ大佐だ。王国軍クリトン将軍の腹心でそれなりの影響力を持っている。もし何かあればきっと力になれるだろう。ほら」


 マルブ機関の紋が記された天幕を指差した。


「あそこに来るといい。あそこなら誰も君に辛いことなどさせはしない」


 そう言って、ミミは少女に微笑みかけた。

 脇からデューイが菓子を包んだ袋を与えた。

 少女は目を光らせてそれを軍服の中に隠し、にっこりと微笑んで、何処かに駆けて行った。


****


「ティアーガ大佐、及びデューイ少佐、参りました」


 ミミはあえて事務的な声を出した。

 こういうことは出だしが肝心なのだ。ただでさえ皮肉屋でこちらをコントロールして遊ぶのが好きな叔父なのだから、弱みは見せられない。

 デューイは半歩後ろで敬礼している。

 振り向いた叔父は、軍服の前を開けたまま足を組んでこちらを無表情で見た。

 記憶のままに、焦げ茶の髪を後ろに撫で付けて、同じ色の瞳を無遠慮に見下すようにミミに注ぐ。甲冑は軍服に変わっていても、居丈高な雰囲気は昔のままだ。

 階級章は、・・・少佐?

 じゃあ、私のほうが上?

 ミミは少しばかり安堵した。

 そうだ、グローリアでは階級なんていうものを採用していなかったから、この戦のために適当な階級が与えられたに違いない。一方、私は近代的なケルサスの軍隊で、クリトン将軍の下、飛躍的な出世を果たした。それは誰にも認められる事実。この軍では私のほうが叔父よりも立場は上、つまり叔父は部下なのだ!


 しかし、そんなミミの心を見透かしたように、叔父、コールはため息をついた。


「連隊を預かり、多くの命を左右するようになっても未だに本質を見ぬけんとは。失望したぞ、ミミ」


「へ?」


 予想外の言葉に大きく口を開けて、しどろもどろになった。


「クリトンに任せたのは失敗だったか?奴め、甘やかしたな」


「あの、叔父上、それはどういう・・・」


 コールが睨み付けるとミミは小さな体をさらに小さくした。顔は青ざめて、頬が引きつった。

 何も言えずに天幕に沈黙が満ちた。

 そのとき、入り口が開かれて、先ほどの黒髪の少女が入ってきた。

 口を動かしてデューイからもらった菓子を頬張っている。

 飲み込んで、ぎこちない敬礼を三人に送ると、奥に行こうとする。


「待ちたまえ、ライラ君」


 ライラと呼ばれた少女が立ちどまった。


(ライラ・・・。じゃあ、この子がライラ・ノービリス?)


「大佐殿に御挨拶を。これからお世話になるのだからな。先ほどのようではいけない」


「見ていたんですか!?」


 コールは鼻で笑うと、撫で付けた髪からほつれた一束を後ろにやって、馬鹿にしたように笑った。


「ここは高級士官専用の天幕で、私は新しい士官を待っていたのだぞ?見ていないわけはないだろう」


 コールがかすかに指を動かすと、ライラは姿勢を正した。


「大佐殿!ライラ・ノービリスです。階級は曹長であります。宜しくお願いします!」


「よろしく頼む、曹長」


 うめき声をもらすミミの後ろから、デューイが手を伸ばした。


「私は大佐の副官のデューイ魔術少佐だ。菓子はどうだった?あまり美味くは無かったろう。しかしこれが軍隊だ。勘弁してくれ」


 ライラは照れながら、優しく手を差し出したデューイの大きな手を握った。


「あ、ああ。宜しく頼む、曹長。ティアーガ大佐だ。このたび、この旅団の指揮をとることになった」


 ようやくミミはライラに答礼し、コールの視線をまっすぐに受け止めて顔を引き締めた。


「叔父上、他の士官は?早速、部隊の査定に移りたいのですが」


「いない」


 軍の規定上ありえない言葉ではあったが、予想できなかったわけではなかった。

 連隊を取り上げられた姪を、叔父が名前だけの旅団に引き取ったのだ。書類上はマルブとケルサスの連合軍となっているが、武器や糧秣、そして政治のつじつまあわせのための架空の軍であるに違いない。

 実体など、どこにもない。


「・・・では、やはり私は厄介払いされただけなのですね」


 自虐的になったミミは、だらりと小さな体から力を抜いて涙ぐんだ。

 ここまで必死にやってきて、コネとは言え大佐にまで昇りつめたというのに。


「まさか。我らはこの戦場における最大の打撃力だ。そしてお前はそれを守護するために呼ばれたのだ。肉親だから呼んだとでも?冗談ではない。まして、階級などというわけの分らぬもののためでもない。使える者を選んだら、たまたまお前だったのだ」

 

 「打撃力?私たちが?」

 

 姪が涙を拭くのを見てコールが立ち上がり、ライラの前に来て跪いた。


「殿下、我が姪に貴女の御名を。殿下には彼女と彼が必要なのです」


 少女はミミを見た。

 その瞳の色が、存在がミミの心をかき乱し、拭いたはずの涙がとめどなくあふれ出す。

 黒い髪から光点が沸き立って、草原の匂い立つような若草色に染まって行く。

 瞳の奥には遥かなるパライソが、絶対帝王の下での平等によって開かれた楽園が在る。 


 彼女の背に曼荼羅が広がり、最美の法則が流出した。


 世界を統べた古の王国の血族。

 彼女が展開した聖なる姿。

 碧に染まる、伝説の種族。

 底なしの慈愛によって世界を包み、そのせいで滅びざるをえなかった。


 ああ、生きておられた。


 一度もあったことなんてない。

 けれどミミは思わず跪いていた。

 血に刻まれた忠誠が発現して、頭を垂れた。


 母が愛して、尊んだ失われた楽園。

 私は彼女のために生きて死ぬのだ。

 神様なんて当てにしたことは無かったけど、身近に感じるなんて夢にも思わなかったけど。

 今、確かに、私は神の意思を感じている。


 デューイもまた膝を折った。

 ミミに惹かれて、己を捧げたのはこのためであったのかと。

 何でも出来てしまった男は、どうしようもなくつまらなかった人生に意義を見出した。


 なんという儚さ。うつろう存在感。彼女は守られなくてはならない。

 地位も、名誉も、財産も、これっぽっちも興味なかったし、邪魔だったから、彼女を守るのに決意なんか要りはしない。

 彼女の作る世界を見てみたいな。それだけでいいんじゃないか?


****


 二人は彼女の剣であり、盾である。

 やがて来るべき邪悪から聖を庇護するために宿命付けられた。


 聖巫女アーティファ、戦神アルファスが、現神マーテルの台本に抗うために使わした聖騎士は、戦場にて一人子と出合った。

 すべてが悪あがきでしかないとしても、二柱の神は世界の絶対に挑むために最善の力を用いた。

 剣神とその二人の姫君-魂引きと、知聖-の道に愛し子を割り込ませることで、絶対神の台本を逆手に取った。

 さらに、冥界の神サイレスの力すら借りて、最適な使い魔-ナスターシャ-を選び抜いた。

 

 神として昇華した彼らが、現世にあった名残のすべてを一人子に託したのだ。

 すべては世界の安寧のために、決して訪れない平和のために。

 諦めきれない夢のために。

 この地獄と見紛う世界に、彼らの思いを届けるために。

 

 そう、ここから彼女たちの物語が始まるのだ。

 神と神の意思がもつれ合い、人と神が対話を繰り返す。

 手探りの中で、決して長くは無いけれど、光り輝く神話の続きを刻むのだ。


****


 魔晶大戦。

 当初、弱国が強国に挑んだつまらない軍事衝突と思われたそれは、しかし世界史に燦然と輝く。

 一つは、人が大量殺戮兵器を手にした呪いの日として。

 もう一つは聖なる種族の復活の日として。

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