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偽国戦記  作者: ブレヒトさん
魔晶戦争
56/131

攻城戦の前 1

ケルサス軍の渡河という絶好の攻撃機会を、みすみす見逃したヤーヘン。

大勝にわく若きケルサス兵たちであったが、戦場の現実が彼らに突きつけられる。

そして、次々と部隊を捨て駒にする敵の異様な動きに、ケルサス軍首脳部もまた困惑しきっていた。


*話自体は進みません。

 バディ少佐とニコライ中佐が中心です。

 ヤーヘンの軍は川から二十数キロ離れた丘の中腹に布陣した。前方には何もない見晴らしの良い場所で、丘の頂上には占領した城があった。城の魔術式の大砲が起動していないことから、ヤーヘンが城の結界を全て解除できたわけではないことが解る。

 渡河作戦を大勝に収めたケルサスであったが、城の防備が固いことを見て取ると、行軍を一時停止して陣を敷いた。夜も深けてきたということもあったが、それよりも、彼らには解決すべき問題があったからだった。


****


 ケルサス本陣に向かってまばらに人の帯が続く。

 ヤーヘン軍に街、村を占領された人々が、付近一帯から助けを求めてやってくるのだった。しかし、すべてが開放されたわけではなく、少なくない人々が城と街に残っていることがわかる。残された者たちは解放されること無く、ヤーヘンの攻撃によって半壊した街を新たに対ケルサス用の要害に変えるための労働力として用いられていた。

 老人、子ども、そして女がくたびれた様子でのろのろと進む。

 着の身着のまま、馬車には足の悪い老人と攻撃で負傷したであろう者たちが揺られている。しかし、一般兵はいても魔術士、騎士はいない。傷が治れば脅威になる彼らはどうなっているのか、法に照らせば、物品と引き換えに解放されるか、城の持ち主が変わるまで魔術が遮断された部屋に閉じ込められるか。

 しかし、ヤーヘンにそんな余裕はなかったし、ケルサスに対して強い恨みを抱いていたから、生存は絶望的だった。


「なぜ、ヤーヘンの異変に気付かなかった!!」


 足を引きずりながら、白髪を振り乱した老人が、避難道の安全を確保していた中尉に掴みかかった。

 鬼気迫り、充血した目が大きく見開かれている。中尉は直立不動で老人のさせるようにしていた。

 二人を引き剥がそうと部下が駆け寄ってきたが、中尉はそれを鋭い視線で制した。

 老人の背後の荷車の上には、未だ十を僅かに越えたばかりであろう、少女が足を投げ出して座っていた。長い前髪から覗く瞳には力が無い。


「ケルサスの軍は最強だと貴様らが言ったんじゃあないか!!息子も、嫁も死んだ!残されたのはわしと、この子だけだ!!よくも、貴様らっ・・・」


 咳き込んだ老人を支えようとした中尉を老人が手を振りまわして拒絶する。


「ヤーヘンもケルサスも知ったことか!けだものどもが、罰神ポイーネーの業火に焼かれてしまえ!!」


 老人の馬が引く荷車が、たたずむ部隊の前を通る。

 風が吹いた。

 少女のスカートがたなびいて、太ももが露になった。

 乾いた血の跡が赤黒く変色し、喜びで迎えられるべきだったはずのそれが、いかに無慈悲に奪われたのか。

 中尉がはじかれたように少女を見た。

 少女もまた中尉を見ていた。乱れた髪、頬にこびりついた泥、殴られてひび割れた血のにじんだ唇、怯えすら浮かべることすらない濁った瞳。それを彼は生涯忘れることは出来ないだろう。

 それまで部隊に満ちていた誇りが空虚なものになった。

 脇に控えていた二等兵が崩れ落ちて、うなり声を上げた。

 娘を持つ上等兵は娘を幻視して涙をこぼした。

 部隊でもっとも年のいった下士官が魔銃を背負いなおして、軍帽を目深にかぶりなおした。

 中尉は老人たちに向かい駆け出した。

 そして初めて感情らしい感情を顔に貼り付けて、武器を放り出して荷車を押しだした。

 部隊の面々がそれに続いた。

 何も言わない老人を誰かが背負って、彼らは避難民の列に加わった。

 そこかしこで、手すきの兵たちが列に向かって走り出し、彼らを助けて慰めて、貴重な物資を分け与えた。

 荷車から重火器が放りだされて、代わりに彼らの民が乗せられた。

 避難を指揮していた中佐は、それを咎めるどころか、貴重で力強い亜人達にそれらを引かせて、自らが先頭にたった。

 すべては民のために。守れなかった彼らの父、母、恋人、そして子らのために。

 せめて生き残ったものたちは守り抜くのだと、軍人達は、いやケルサスの子らは、主神マーテルの名の下に力を尽くす。


 それは、偽善的な行為に過ぎない。

 なぜならば、彼らもまた地獄を描き出す尖兵であるのだから。

 けれど、その偽善が無ければ、軍行動なんて、やる意味がない。

 他者のために振るわれる暴力でなければ、権力に許可を与えられて良いはずが無いのだ。

 暴力がただの反射行動と堕してしまった社会は、必然的に滅びを迎えざるを得ない。

 なぜならば、如何なる暴力であっても、そこに苦悩が無ければ自制はきかなくなり、社会は欲と言う獣に内から食い破られるだろう。

 社会の倫理体系は、道徳を構成するがゆえに強力で広範すぎて、為政者の手には及ばない。

 だから、それを手放さないようにしなければならない。

 捻じ曲げてはならない。

 もし叶わないのならば、そんな社会は滅びてしまえば良いのだ。


****


「どうしました、オルディナさん?」


 避難民への配給のため、大なべでスープを作っていたオルディナに、同じく野菜を刻んでいたレオーネが声を掛けた。


「いいえー」


 しかし、オルディナはなにか嬉しいことがあったかのようで、上機嫌になべをかき回している。


「ただ、こんな戦場でもいいことはあるものだと思いましてねえ」


「いいこと?」


「はい。例えば、人見知りだった姫様が、周囲の反対を押し切って避難民のために料理をつくるなんて、素晴らしいなあと思ったのです」


 レオーネは困ったように、それでいて照れたようにうつむいた。


 オルディナ、現世の女神は満足そうに頷いて、シチューの仕上げに掛かった。

 その背後で、血の匂いと殺戮の気配に刺激を受けて、剣神カイは戦場に飛び込む者たちを嘲笑った。


 -人の子らよ、その慈悲、忘れること無かれ-

 女神は月に祈る。


 -儚き者どもよ、なぜ嘆きなぜ悲しむ?なぜ憤る?矛盾だろうが、それは-

 剣神は呆れに呆れて、戦場に散る命の火をつまらなそうに眺めた。


 *********


 ケルサスは、渡河作戦をティアーガ大佐率いる重装魔術歩兵連隊の活躍によって成功裏に収めることが出来た。敵の連隊は陽動であり、迷彩を施した奇襲部隊による攻撃が本命であろうと思っていたから、予測は見事に外れたことになるのだが、パンデミックにより士気を落としていたケルサス首脳部はとりあえず成功に喜んだ。

 事実、敵の連隊に何もさせずに壊滅させたことは、ケルサスの士気を大いに高めた。

 さらに、時間がたつにつれ明らかになった敵軍の侵略地への無法な振る舞いが、現場の兵士たちの闘争本能に火をつけた。

 当初、ヤーヘン軍を預かるヤーヘン国第一王子ムスタファは、その後の統治を考えて、占領地に対する略奪、殺害、強姦の禁止を厳命した。彼はそれなりの人物であったが、しかし実戦経験が不足したこともあり、兵たちの飢餓感と裕福なケルサスをうらやむ怨恨を理解できていなかった。そして、それは軍行動を疎外するもにすらなっていた。

 結果、占領地から、特に城と城下町で強い恨みを買うことになり、城の要害化に手間取ることになった。

 しかし、ヤーヘンが商会から提供された攻城兵器は強力であり、守りにも転用できるものであったから、ケルサスは徐々に手詰まりになり、死傷者を増すようになっていた。


****


「このままでは埒があかん。陽動を試みてもすぐに見破られ、逆襲される。騎士による一点集中攻撃も、こうも見晴らしがよくては防御を固められてしまう」


 ヤーヘン軍から絶え間なく降り注ぐ砲弾と魔術弾をかいくぐろうと、いくつもの部隊が編成されたが、芳しい結果は得られなかった。

 いくら火力に勝っているというものの、迷彩をはがされて魔術士の特性、得意な魔術を把握された部隊では、すぐに対応されてしまうからだった。


「高火力魔術も練っている段階で気付かれてしまいますな。やはり、カルブルヌス軍による突撃しかないのではありませんか?」


 軍議の場で、国王軍の大佐が発言した。


「それで、我らが穴を開けたとして、貴方たち国王軍は適切な攻撃が出来るのですか?」


 ルシアーノが鼻で笑うと、国王軍の高級士官達は一様に目を伏せた。


 この場において正しく現状を理解できているものは多くはなかった。高官にあるものほど、ヤーヘンの起こしたパンデミックを恐れ、自分の配下たちを守るのに必死だったから、敵を過大に評価する傾向にあった。


「やはり、パンデミックは見過ごせませぬ。詳細が明らかになるまで、持久戦に持ち込んでは?そうすれば結界も回復するでしょう」


「賛成ですな。焦って敵の思う壺にはまるのは、愚者のやること」


「いかにも。ところで、陛下はなんと?」


 埒が明かないと判断したニコライは、彼らを無視して、話が通じる相手のみに語りかかけることにした。


「確認しましょう。ベスティアからの情報で、商会がヤーヘンに与えたのは、以下の三つの技術です。

 まずは、新たなる魔石の加工技術。これにより、ヤーヘンの軍備増強は飛躍的に向上したものと思われます。我らが気付かぬうちに装備を整ええたのはこれによるものです。

 第二に、攻城兵器。ハイデンベルグ城が落とされたのは、彼らの練度ではありません。敵の一点突破の破壊兵器によって、結界が破られたせいであり、詳細は解析中ですが、結界に特異しているのは確かです。そして、最後にパンデミックに用いられた技術、これは後で解析部からの解説があります」


「一つ目の技術を思えば持久戦は難しいですね。短期間に装備を揃えられる技術がヤーヘンにはあるのですから」


 それまで議場の隅でぼんやりとしていた小太りの若い少佐が声を上げた。年嵩の者らが睨み付けて、彼はまるで亀のように縮こまった。

 ニコライは、彼だけにわかるように微笑んだ後、続けた。


「ヤーヘンの後方で、ハイデンベルグ領の蔵にあった食物の接収だけではなく、穀物の刈り入れも本格化しています。もちろん、わが国の領土ですから、魔術によって土地を枯らすなどの妨害は不可能です。住民の反発が大きいですからね」


「援軍は期待できないのか?」


 本陣の参謀長、本来であれば彼が仕切るべきであるこの軍議で、彼は自らの権威を示すかのようにしてもったいぶりながら初めて発言した。

 ルシアーノは、何を言っているのだと目を丸くして、穴が開くほど彼を見つめたかと思うとため息混じりに語った。


「今までの動きから判断するに、敵もまたそれを待っていると思うのだけれど。それに、帝国の剣聖が首都に入った。彼女を抑えるのでカルブルヌスは手一杯だ。情報将校ならば当然知っているだろうが、知らなかったのか?それとも、まさかグラナトゥムに兵を出せと頭を下げるのか?」


「!!」


 憤り、椅子を蹴る参謀長を周囲の将校が慌てて制した。


「ご静粛に願います。報告は未だ終わっておりません。現状を正しく理解しなくては何事も始まりません!」


「ああ、そうだな、悪かったな参謀長。手が無くて気がたっていた」


 そう言って、役に立つ者、つまりはこの場において現状を理解する相手を認めたルシアーノは笑みをこぼしながらニコライを見つめた。


「はっ!そこで、重要なのは第三の技術です。バンディット少佐」


 腕を組みながら、柔らかく盛り上がった髪をけだるげに(まと)めながらバンディットが前にでた。


「マルブをにぎわしたキメラの技術。ご存知ですよね?いろんな事情から無かったことになっていますが、このさい機密なんてどうでもいいです」


 彼女は落ち着き無く歩き回る。


「私どもは、使い魔個々の強化に的を絞って考えていました。でも、肝は使い魔統合に使用された意思の統一技術にあったわけです。私どもの解析では、これがパンデミックに流用され、可能にしたと結論付けました。・・・根拠は言わなくてもいいでしょう?言ったところで、細かくなるだけですから」


 どうせ理解できないから、と言おうとした彼女であったが、ニコライの視線がそれを許さなかった。


「パンデミックを起こした遺体を解析しましたが、脳の一部はぼろぼろでした。これはパンデミックだけでははなく、そのための処置によるもので、マルブにおけるキメラの処置と同じものであると考えられます。それに関しても、どうして言えるのかは割愛します」


 ニコライはブロンド髪の、生意気な少女を思い出した。

 バディと彼女、二人してなにやら訳の分らない言葉を並べ立てて一日中天幕に閉じこもっていた。


「それぞれの種族が持つ異なる本能的な意思、それらを統合することに比べたら人のそれをなすなど簡単なことでしょう。もっとも、私には出来ませんが」


 死に瀕してもなお、魔術を練りうる強制的な意思統合。もはや、洗脳に近い。

 しかし逆を言えば、そうまでしなければパンデミックは為しえない。


「パンデミックを置いておくにしても、説明できないことはあります。敵にも知られた魔術士、騎士はいます。例えば、ルーナイア伯爵などです。しかし、どこにも見当たらない。城にこもっていているにしても、他の騎士団は出してもいいはずです。さらに、ベスティアからの情報で、商会を通して、強力な傭兵を雇ったということも判明しています」


 しかし動きは見られない、とバンディットは軍帽をもてあそんで、人差し指を顎に当てて天井を見上げた。その仕草はとても愛らしい。


「であるならば、戦力を温存した敵は何かをたくらんでいると考えるのが普通でしょう。それも大掛かりな何かを。もし、それが完成してしまったら、どうなりましょう?」


 バンディットは、そこで足を止めて皆に向き直った。えくぼを作って、顎にあてていた指を顔の前で立てた。


「解析部隊主席の立場から申し上げます」


 とても人懐っこくて、くるくる回る瞳は他の部隊でも好ましいものとして噂になっていた。

 しかし、そんな彼女の、細められた瞳でもって発せられた言葉は全軍への呪いとなった。


「敵の本命は火力です。手を打たないならば、全滅すら否定しません」


 それが戯言でないことが分るから、パンデミックが起こった以上、何が起きても不思議ではないのだから。


 高官たちが絶望し、静寂が満ちる。

 クリトン将軍が戦神アルファスに祈りを捧げた。

 ニコライは議場を見渡して、戦意を失わない指揮官を記憶した。

 

 そんな中で、カルブルヌス騎士団国領主、エルネスト・ノスタルヒア・デュルイ辺境伯第三王子、禁欲(キュニコス)のルシアーノは高らかに拍手喝采。


「さあ、皆様方。現状を理解したここからがお楽しみだ。絶叫しながら駆け抜けようではありませんか!!楽な戦争など、この世には存在しないのですから!!」


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