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偽国戦記  作者: ブレヒトさん
魔晶戦争
54/131

ニコライ・メクレンブルク -罪を抱いて-

 ケルサス本陣では、渡河の最終確認が行われていた。

 当初の予定から変更されたのは、渡河の部隊に結界兵を多く投入することのみであった。

 多くを変えることができないのは、ケルサスの軍が若いからであり、あまり多く変更しては混乱が生じるだけだと判断されたからであった。

 他方、戦経験が豊富なカルブルヌスの軍はめまぐるしく再編成されていた。


 ケルサス本軍を前面に出し、カルブルヌスの軍を後に続けさせて戦力の温存を図る。

 しかしカルブルヌスは、若いケルサス軍の能力を信用するはずも無く、少数の部隊をケルサスの軍に編入させることで両軍は合意した。


*****


「再編成が済みしだい、渡河を開始します」


 参謀が伝えてもクリトンは頷かなかった。


「将軍?」


「何故、パンデミックを見逃した?」


 鋭い視線に居住まいを正して、参謀は求められた回答のために頭を回転させた。


「現状、解析中ではありますが、一般的にパンデミックが起こりうるかどうかは確率の問題です。敵もパンデミックを前提に軍事行動をおこしているわけではありません。もし、確実に起こせるならば、もっと魔術兵を導入したはずです」


「城からの知らせでは、ヤーヘンが未知の技術を取得している可能性が指摘されていたな。それに関しての所感は?」


 城からもたらされた情報によれば、ヤーヘンは商会から技術支援を受けてその戦力を強化した。いくつかのものは、ヤーヘンに戦争を決断させるほどに強力なものであったと予想された。しかし、軍部では真偽をいぶかしみ、無視するものも多かった。

 だが王は信じていた。

 そして、クリトンも同様であったから軍を預かったのだと今にして思い至った。


「ニコライ中佐、貴様の率直な意見を聞かせろ。誰にも遠慮することはない」


 参謀、ニコライ中佐はあたりを見渡し、クリトンに口を寄せた。

 本陣では情報の真偽をいまだ疑うものが多数おり、本陣は混乱し、渡河作戦もカルブルヌスからの後押しがなければ実現したかどうか。


「将軍のご指摘どおり、商会の技術によるものだと確信しております。他の者らは笑っておりましたが、このパンデミックが証拠となるでしょう」


「では、なぜ渡河作戦を立案した?真偽が定かで無ければ危険ではないのか?」


「繰り返しますが、敵も確信は無いのでしょう。あるいは条件が厳しいのだと思われます。でなければ後退する必要がありません。パンデミックが成功したところで、大きな行動にでればいいのです。彼我の戦力比を考えればそれが一番です」


「しかし、そうしなかった」


「敵に火力がないのは幸いでした。我らは常道で行けばいいのです。さすれば負けはしません」


 クリトンは目をつむった。


(その通りだ。戦力には歴然たる差がある)


「ならば、他の可能性はどうする。ベティスから知らされた情報によれば、ヤーヘンが受け取った技術はあれだけではないだろう?」


 ニコライは、地べたに座り込んで解析を続ける少佐の襟章をつけた解析兵を見た。


「彼女に一部隊をつけてあります。カルブルヌスと共同で分析しなおしているところです」


「バンディット少佐に?ならば問題あるまい。ただし、急がせろ。本陣の不安は軍全体に伝播する」


 そう言ってクリトンがニコライに目配せをしたところで、バンディット少佐が急に立ち上がり、軍帽を脱ぎ捨てた。空中を見上げて、なにやら独り言を言ったかと思うと、微笑み、クリトンに向き直った。急ぎ足で彼の前に来ると、戸惑うニコライの腕を掴んで引き寄せて、にっこりと笑った。肩まで伸びた栗色の髪に、濃い茶色の瞳が揺れた。


「将軍、参謀、お願いがあります」


「何かね?」


 彼女の大きな瞳は、そう言いながらも将軍ではなくニコライを見つめていた。クリトンは自分の参謀を横目に見ながら面白そうに笑った。とうのニコライは、胸に押し付けられた腕を引き抜いて居心地悪そうに目を伏せた。


「先ほど確認しましたが、パンデミックを事前に知らせてきたものがおります」


 クリトンが目を細め、ニコライが思わず前のめりになった。


「バディ本当か?」


 懐かしい響きにバンディット少佐が胸の前で手を叩いた。


「ええ!だから、彼女をここに呼びたいの。経歴も申し分なし!どうしてこんな子が本部に呼ばれていないのか、不思議なくらい」


「で、その者の名は?」


「ブリギッタ・ラスコーシヌイ・ペトロブナ魔術少佐!」


 ****


 サラとブリギッタが天幕に入ると、通信の水晶は、本営の参謀と一人の小柄な解析少佐を映し出していた。

 サラとブリギッタの敬礼を待って、二人が答礼した。


「ここに呼ばれた意味はわかっているな、ブリギッタ少佐」


「パンデミックのことかしら」


 その口の利き方は上官に対するものではなかったが、ニコライもサラも咎めなかった。なぜならば、ブリギッタは名門スプートニク子爵家の養女であったし、グラナトゥム公国公女レオーネの側近として軍務に携わっているからであった。さらに、彼女とカルブルアヌス軍の筆頭騎士であるオーギュントとの関係が明らかにされていたから、機嫌は損ねられない。


「それだけではない。貴君らは、レオーネ姫殿下の御付であるだけでなく、カルブルヌスのオーギュント殿と交流があるのだろう?残念ながら、政治的な問題も絡んでいる」


「残念ながら?」


 ブリギッタが繰り返して、つまらなそうに髪をもてあそんだ。


「そうだ。本当に残念だ。君の望みを鑑みれば、部隊と行動を共にしたいところだろうが、そうもいかない。心苦しいが本営で仕事をしてもらう。評価書を読ませてもらったが、君は本営にこそ必要な人材だ」


「お断りしますわ」


 あでやかに微笑むブリギッタに、しばし反応できなかった。バンディット少佐も驚いている。無理もない。本営で魔術を振るうことは、王国に属する貴族ならば誰もが理想とするところであったから。


「理由を聞いてもいいかな?」


 ブリギッタは髪を掻き揚げて、サラは目を細めたまま本営の二人を見ている。その瞳には警戒以上のものが現れている。


「本来、この戦は我らの領分ではありませんわ。二年前の飢饉のおり、グラナトゥムはヤーヘンへの援助を増やすように進言いたしました。しかし、それを握りつぶしたのは、あなた方、ケルサス諸侯です。いまさら挙国一致など、王室が許しても我らグラナトゥム貴族が許すとお思いですか?」


 だから好きにやらせろというブリギッタに、ニコライは言葉を返せなかった。飢饉で多くの損害を被り、窮状を訴えるヤーヘンをケルサス本国は無視し、例年どおりの援助しか施さなかった。それがヤーヘンのナショナリズムの高まりを許し、禍根を残すと訴えるグラナトゥムの進言を軽視し、貿易を優先したのだった。

 最終的にケルサス王が裁可したのは、ケルサスの外相がグラナトゥムからもたらされた報告をゆがめた結果であり、その外相は処分されたものの、それが責任逃れの生贄であったことは明白だった。それではグラナトゥムが納得するはずがない。


「しかし、君にとっては良い申し出であるはずだ。より大きな仕事が出来る。グラナトゥム王室もそれを望んでいるのではないか?」


「でしょうね。けれど、王室にただ従うのみが貴族ではないでしょう?それにケルサスとカルブルヌスが軍を出しているのです。なにかあった際に、無傷でいる国が必要になるのではなくて?」


 ブリギッタの言うことはもっともだった。

 急な進軍であったから、当然、国境の防御は整っていない。他国に防衛線を突破された最、本国の機能を移す必要がある。それを可能とするのは地理上グラナトゥムしかなかった。そして、本陣にブリギッタを徴収し、政争に巻き込むことは得策ではない。ブリギッタはレオーネと違い、将来が約束された次代の重鎮候補であった。


「君の言いたいことはわかる。しかし、私は軍全体を預かる参謀なのだ」


 参謀のニコライにとって重要なのは戦に勝つこと。それ以外、まして敗北した場合のことなど考えてはならない。それは戦う兵への冒涜となる。


「ええ、理解していますわ。ですから、私たちのために、戦場と本営を直接繋ぐ権限を持った通信兵を用意してくださらない?解析はこちらで行います。多少の時間差は生じるでしょうが、問題はないはずです。私が部隊と共にあることは譲れません」


「君のわがままに付き合って、貴重な通信兵を使い潰せと?」


「ご心配には及びませんわ。私には優秀な補助がついております。一人回してくれれば十分」


 ブリギッタがサラを流し見る。サラがサーベルを参謀に良く見えるように掲げた。軍服に刻まれたマンスフィールド家のものとは違う、もう一つの家紋。フラーダリーの紋章がそこにはあった。


 底冷えするサラの瞳に、ニコライとバンディットが言葉をなくして立ち尽くす。


「我ら、グラナトゥム貴族は盟約に従いケルサスを守護します。どうぞ、ご期待なさってください。けれど、私達はケルサスを許したわけではありません。お分かりでしょう?他でもない、ニコライ・メクレンブルク中佐、あなたなら」


 通信が切られ、魔術の残照が部屋を照らすなか、ニコライは動けなかった。

 めまいがして、どうしようもない渇きを覚えた。


 高い空の下、磔にされた女がいた。

 下を向いているから顔は見えない。

 肢体はだらり垂れ下がり、滴る血が足元に溜まりをつくる。

 その血が、ゆっくりと地を這う。

 ぬめりを帯びて、私の足を浸した。


 目を上げる。

 女が、私を、見ていた。


「ねえ、ニコライ。あの紋章、まさか、フラーダリーの?」


 バンディットはおそるおそる、それでいて怒りをこめて口にした。フラーダリー、それは現国王の信頼を得ていながら、前国王、狂王にくみした大逆者。国賊にして、国王の魔術に対抗する結界を血に宿した国民の守護者。


 ニコライはバディの言葉に幻視から覚めた。

 そして、妹のようにして育った少女の眼差しを避けるように、目頭を押さえた。

 彼は知っていた。

 フラーダリーの為したこと。

 そして、そんな彼らを国中の貴族が裏切り、陥れたことを。

 死の間際、何があっても感情を表に表さなかった父はニコライを自室に呼び、涙ながらに語った。

 己とニコライが為した罪を。

 ケルサス、カルブルヌス、グラナトゥム三国のバランスを取るために、隠密部隊を率いてグラナトゥムの民を扇動し、フラーダリーの一族を逆賊として仕立て上げ、遺体を辱めたことを。


 そのとき、父に命じられて初めてこなした任務の意味を知った。


 正義を信じて行った行為が悪であった場合、責任を取るのは誰なのか?

 いや、責任など、取ることが可能なのか?

 教えてください。

 父さん。

 

 いくら(すが)りついても、怒鳴りつけても、父さんは目を開けようとしなかったんだよ、バディ。 


「駄目だよ。ブリギッタ少佐のような子がフラーダリーの子を傍においちゃあ。将来がつぶれちゃうよ」


「・・・」


「ニコライ、聞いてるの?」


「ああ、聞いているよ、バディ。それより君に聞いて欲しいことがあるんだ。

 皆が命を賭けて戦っているときに、個人的なことに時間を費やすべきではないんだけど。

 ごめんな、バディ。

 誰かに話さなければ気が狂ってしまいそうなんだ。

 だから、今は、何も言わないで僕の話を聞いてくれるかい?」


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