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偽国戦記  作者: ブレヒトさん
魔晶戦争
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パンデミック 2

同盟国であったヤーヘンが突如ケルサスに進行を開始した。

知らせを受けたケルサス王は急遽軍を起こし、やがて両軍はナハル川をはさんで対陣した。

大規模な渡河作戦を行うと思われたヤーヘンは、しかし、一個中隊、約200名での突撃を試みた。

意図をはかれぬケルサスであったが、精鋭オヘブ中佐の大隊に迎撃を指示した。

無事、渡河を防いだと思われたが、そのとき、起こるはずの無い事態が起きた。

それは、パンデミック。

死に瀕した魔術士の膨大な精神エネルギーを用いての大規模魔術であった。


「進むほかないでしょう?ケルサスを舐めたクソ野郎には制裁を加えなくちゃあいけない」


 ルシアーノは微笑みながら言った。

 脇には本来軍を率いるはずである将軍が控えていたが、まるで忠実な執事のようにルシアーノに付き従っている。


 クリトンは息子よりも年下の若輩に疑いの目を向けた。


「防御を固めて、結界の回復を待つのではなく?こちらの軍、魔術士の布陣がばれているのにか?」


 ルシアーノは度重なる戦場のシミュレーションで乱れた髪をかきあげながら言った。


「ええ。ナハル川でヤーヘンと対面していては、防衛線を一気に首都近郊まで下げなくてはいけないでしょう。私たちに選択の余地はありません。それに、侵略の恥辱を味わっているハイデンベルグ辺境伯の領民を救わなくてはいけないのでは?」


「敵のパンデミックにはどう対処する?偶然などでは無いだろう?」


「もちろん、楽観はしていません。しかし、これに合わせて大きな行動に出ないということは、ヤーヘンにとっても完成した技術ではない。ベスティアのフェリス殿のおっしゃっていた通りです。極限における意思の統合、確率は高くは無いが、為しうると。ならば、精度が上がる前に片をつけなければ」


 ルシアーノの言葉にはとげがあった。それは、ベスティアから情報を得ていながら、信じようとしなかった将軍たちに対しての非難であった。

 クリトンはため息をついて、椅子に深々と腰掛けた。自嘲めいた笑みを浮かべて見せた。


「まさか、結界破りとはな。ここに至っては、信ぜざるを得まい」


「他の技術に関しても同様です。試行錯誤する時間を与えるわけには行きません。叩くならば早いほうがいい」


「犠牲を最小限にしたかったところだが、そういかないようだな。貧乏くじを引かせてしまった。二年前、飢饉のおりにケルサスが援助をしぶったことに、腹を立てているのかもしれん。このような戦争は我ら老兵が行うべきだった」


 ルシアーノの脇に控えた将軍が耳打ちをして、ルシアーノは二、三指示を出した。

 

「・・・全てが終わってから聞きましょう。我らは既に行動を開始しています。ヤーヘン本軍が布陣の変更に合わせて、ケルサスに前もって忍ばせておいた部隊を動かしているのを確認しています。なに、迎撃に部隊を出してありますから、ご心配には及びません。部隊の一つには、私の弟のものがあります。敵はこちらの結界の不備を付いて来るでしょうが、すべて片付けます」


 全て読み筋。

 戦力の差に胡坐(あぐら)をかいて油断していた国王軍とは違い、彼らは敵の奇襲部隊を補足し、泳がせていた。ヤーヘンが行動を開始するとともに潰し、敵の戦術に穴を開ける。


 ルシアーノの冷徹な瞳が言っていた。

 目を覚ませ。これ以上、足を引っ張るなと。


(どんなに戦場に出て、経験を積んだとしても、カルブルヌスにはかなわないか)


 そして、妻に幾度も注意されても直らなかった爪を噛む癖がルシアーノの前では出ないことに気付いた。


「このような状況で出すとは、君の弟はたいそう腕がたつのだな」


 強がっているのではない。そして、皮肉でもない。カルブルヌスの血を良く知るものとしての謙譲があった。


「ええ。私とは別物ですよ」


 王の近衛騎士小隊を向こうに回して一歩も引かなかったルシアーノを思い出して、クリトンは通信を切った。


(あれをして別物と言わしめるとは・・・。デュルイの末弟か)


 クリトンは全部隊にカルブルヌス軍の遊撃部隊の情報を通知し、決して彼らの行動を邪魔しないように伝えた。彼らは目的のためならば、味方であろうと邪魔な者は排除する。まして、国難となれば躊躇などしないだろう。


(オーギュント・エンロケセール・デュルイ。狂騎の名をもつ文字通りの狂騎士か。あまり派手に暴れてくれるなよ)


 ****


 オーギュントは血に染まるサーベルを投げ捨てた。


「くそっ」


 敵を斬れば油がついて切れ味は鈍る。

 それは二流の証。

 切っ先が音速を超えて、圧縮された空気の層をまとえば、油どころか血の一滴すらこびりつかない。

 度重なる剣戟の応酬に傷ついて大の字に転がるオーギュントを見下ろしながら、カイが言った。


 僕は強くなった。

 初めて人を殺した6年前よりもずっと。

 その実感は確かで、カイに稽古をつけてもらってから剣筋の切れはまして、今じゃあカルブルヌス騎士団員にも負けはしないだろう。

 だけど、腕が上がれば上がるほど、カイとの実力の差が開いていくように感じた。

 勿論そんなはずはないから、相手の実力を正しく把握できるようになったということだろう。


「道は遠いなあ」


「はい?」


「何でもないよ」


 代えのサーベルを差し出した騎士、オブザルに微笑んだ。

 オブザルはカルブルヌス騎士団国の五大騎士団の一つ、アエス騎士団に所属する騎士であり、オーギュントがこの戦争に参加するに当たってカルブルヌス騎士団国から派遣されたのであった。そして、彼はオーギュントの初陣にも参加していた。そのときの立場は教導騎士団。


「オーギュント様、これでめぼしい部隊は片付けました。一度本陣にお戻りください」


 オーギュントと共に敵の奇襲部隊の掃討にあたっていた通信魔術兵が、敵の所属を確認しながら言った。


「これで終わりか。あっけないなあ。もう少しきつい相手が来ると思っていたんだけど」


「そういうのは、若だけです。この相手なら部隊の損害を覚悟していました。他の部隊では死人も出ているようですよ。私たちは、若のおかげで無事帰れます。一体どんな相手を想像していたんですか?」


 オーギュントは押し黙った。そして目の前に横たわる遺体を見渡した。手に残る感触と命を奪ったことへの動揺を確かめる。


「物足りないかな」


「でしょうね。でも、仮にも命のやり取りですから、無事に終わったことを喜んでください。不健全ですよ」


 オーギュントは肩をすくめて、随行する魔術士に合図を送った。魔術士は、敵にも味方にも判別可能な信号魔術を発した。それは局地戦闘で決着がついた証で、貴族が死んだ場合に送られるものであった。座標と勝者が記録され、戦争が終わったとき、遺体の回収に役立てるのであった。しかし、それは自らの座標を知らせるものであったから、実地において使用するものは決して多くは無かった。

 そして、オーギュントたちが送ったものには、アクセントとして、カルブルヌス軍の筆頭騎士であることを示す信号が含まれていた。


「これで騎士を9名、魔術士6名しとめたけど。だれ一人、捕虜になることを拒むなんて、気味が悪いな。無理にでも捉えるべきだったかな」


 遺体を整えながら、探索魔術で調査していたオブザルが目を上げた。


「どうも奴ら、パンデミックといい、本気のようです。私たちの軍はいいですが、国王軍が士気を維持できるか心配ですね。きわまったら、サラさんたちの予備隊も投入されるかも知れません」


「あの二人なら大丈夫だと思うけど・・・」


 オーギュントは木々の間から覗く陽光を見上げ、片手でひさしを作った。

 沈もうとしている太陽が、雲間から西日を伸ばす。影は長く伸びて、やがて辺りには魔術の灯りがともり始めるだろう。

 そして夜が来る。

 暗闇にまぎれて首を刈る、忌み嫌われた騎士たち。

 カイの出番はまだ先だろうが、その時、狂っているのは誰だろうか?


「問題は僕の師匠かな。目立ちたくは無いはずだけど、接戦になれば出ないわけにはいかないだろうなあ」


「カイ殿ですか。彼の前に立つものの絶望を思うと泣けてきますね。自害したほうがましでしょう」


 茶化すオブザルの言葉には期待が含まれていたが、オーギュントはそんな気分にはなれなかった。レオーネには静かに暮らして欲しい。それがみんなの思いだった。叶うならば、学園での生活をもう一度送りたいと思っていたから。

 そして、もう一人、不幸な宿命を背負った少女を思った。涙ぐみながら見せてくれた本当の姿。伝説の碧の森の人。聖なる大帝国に連なる古の御姿。


(ブリギッタの言うとおりならば、その力は決定力になりえる。いや、その姿を晒すだけで、ヤーヘンは士気を落す。知られていないからいいけど、もし知られてしまったら?王は望まないだろうけど、戦場にいる将官達はどうだろうか。もし彼らが無茶をすれば、コール先生はどうするかな)


 オーギュントはサーベルを握りなおした。


「オブザル。本陣に帰ったら、僕の使用に耐えうる大剣と優秀な治癒魔術士か騎士を探してくれ」


「何故です?」


「上品な戦いはこれまでだ。兄上がなんと言おうと、僕が前に出る。みんな殺して、早く終わらせてやる」


 ****


「ちょっと!あれ見てよ、サラ!」


 ブリギッタは地団太を踏みながら、空に討ちあがった信号を指差した。

 本陣からの命で大隊の結界を確認していたサラは面倒くさそうに空を見た。


「あら」


「オーギュントのくせに、もう三つ目の奇襲部隊を潰したなんて!」


「ちょっと、待って、まだ続きが・・・」


 続いて打ちあがった信号を見て、ブリギッタは動きを止めた。


「あの信号は、筆頭騎士、カ、カルブルヌス軍の?魔術の波動が示すのはデュルイ家・・・。オーギュントじゃないのおおお」


 ブリギッタが自慢のブロンドを振り乱してサラに突っかかった。肩をつかんで、激しく揺らす。


「貴女、知ってたんでしょう!!」


「知るわけないでしょう?でも、あいつがねえ」


 感慨深そうに言うサラに対し、やり場の無い怒りにブリギッタが魔力を膨らませる。金色の光りが彼女の体から滝のように流れだす。

 大隊の面々が後ずさり、副官のイヴァンは頬を引きつらせた。

 ブリギッタの魔力に粉塵が巻き上がり、豊な髪が逆立ち、軍服に施された迷彩魔術がはじけ飛んだ。奇襲に備えていた各部隊の観測兵が慌てふためいて、伝令を飛ばす。


「面倒をかけさせないで」


 サラが冷たい目でブリギッタの頭をはたいた。

 むすっとするブリギッタに解けた迷彩をかけなおす。


「あんまり駄々こねると、レナータ様や陛下に叱られるわよ。あの方たちが見ていないなんてことがあるはずないでしょう?」


 ****


「早くも面倒事が起こっているようですね」


 カイは、心配そうに外を見るレオーネに並んで言った。


「みんなは大丈夫でしょうか?」


 レオーネの言葉に、ライラが天幕の隙間から、ひょっこり顔を出した。

 カイはライラの頭に手を置いた。


「ええ。ブリギッタとサラは動いていません。オーギュントは、ああ、ほら、信号が上がりましたよ。よくやってるようですね」


「ほう。既に三つ目の部隊を潰したか。しかも、カルブルヌス軍の筆頭騎士に任命されたようだな」


 コールがティーカップを片手に窓から外を眺めた。


「オーギュント、すごい!」


 ライラが目を輝かせて飛び跳ねた。


「オーギュント、前線に・・・」


「あいつは下手に後ろにいるよりは前線にいたほうがいいんですよ。後ろにいて爆発されても困りますから」


「ですが・・・」


「心配しても無駄だ。デュルイは止まらない。彼らは独自の哲学で動いている。しかし、カイ君はどうしてサラ君たちが動いていないと解ったのかな?魔術が使えるわけではないだろう?」


「本営の通信兵に袖の下を使ってあります。あいつらに何かあればすぐに知らせに来るんですよ」


 レオーネは困ったように眉をひそめて、コールは不遜に微笑んだ。


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