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偽国戦記  作者: ブレヒトさん
魔晶戦争
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いくさ前

 レオーネ達は軍港に入った後、本営付きとなり、兵站部隊の対魔術相談役というわけのわからない役職を告げられた。ようは、戦場に出すつもりはないから、何もせずにおとなしくしておけ、というありがたい配慮であった。

 カイはレオーネの身分からして当前のように思っていたが、レオーネ自身はそうではなかった。というのも、ケルサス王国にも黒騎士はいたが、防衛軍には加入していなかったから、カイを黒騎士対策に柔軟に用いようとしているとしか思えなかった。


「たとえ敵軍が暗殺を企てるようなことがあったとしても、俺一人でどうにかなるとは軍も思ってはいないでしょう。そんなことは想定しているはずですよ」


 カイはそう言って、気にも留めていないふうであった。

 そして、オルディナと一緒になって、軍の用意したレオーネ付きの兵卒、下士官を教育することに躍起になっていた。


「問題があるとすれば、高級士官連中がこの戦争を簡単なものだと思い込んでいることです。確かに、指揮官からみた簡単な戦争というものは存在します。ですが、それが現場の兵士にまで伝わるようならば、この戦争は難しいものとなるでしょうね」


 カイは下士官から受け取った書類をチェックしながら言った。


「そうなれば、俺は姫様を担いででも逃げ出します。泥沼に付き合う必要はありません」


 カイの前に立つ下士官が、何か言いたそうに眉根を寄せた。


「良いですか。人の体は脆いものです。いかに相手の魔術士の火力が低かろうと、結界の隙を突かれれば、どんなに屈強な兵とてひとたまりもありません。そうならないように戦術を練るのが将官たちです。そして、実行するのが現場の兵たちです。馬鹿な一士官が、結界を張る魔術士の疲労を見落としたせいで軍が壊滅した等という例は枚挙に暇がありません」


 カイは書類から目を上げて、レオーネを見た。


「この軍がそうならないとは、誰が保障できるのでしょうか?」


「しかし、私が、グラナトゥムの王族が逃げ出すわけには・・・」


「だからです。グラナトゥムの王族になにかあれば、国中が飢えます。軍も貴女の生存を優先するはずです。そのためなら連隊くらいならば捨て駒にするでしょう。兵のためを思うならば、貴女は逃げなければいけないのです」


 カイの言葉には幾分かとげが含まれていた。レオーネは言葉につまり、まぶたを伏せた。


 沈黙が落ちる天幕の中で、カイの判を待っていた曹長の襟章をつけた三十後半の男-名をクライフと言う-が口を開いた。


「自分はグラナトゥムを愛しております!それはもう、嫁をくれてやってもいいくらいに」


 目には諧謔が浮かんでいる。


「心配するなよ。お前も連れてってやる。息子と嫁さんと一緒にグラナトゥムで暮らせばいいだろう?それくらいはしてやれるさ」


 カイが書類を投げてやると、クライフは満面の笑みを浮かべて受け取った。


「ありがたくあります。しかし、カイ様のご心配は杞憂に終わるでしょう。結局のところ戦争はただの引き算で、魔術士が多いほうが勝つものです。我が軍はそこにおいて大陸一です。レオーネ様も、この戦争で我が軍が最強であるとご実感なさることでしょう」


 そう言うクライフの敬礼は見事なものであった。

 軍集団にあって魔力を持たない兵の嗅覚は何よりも信用できるものであった。戦場という生存競争のなかで最弱である彼らは、軍を包む空気に敏感である必要があった。彼らを見ていれば軍の質が解るとされていた。

 カイもそれは知っていたから口元に笑みを浮かべた。


(なるほど、アルファスから聞いていた現世の戦争の知識も役に立つものだな)


「引き続き本営付きの兵に当たり、将官たちの様子を探ってこい。特に本国のだ。異常があれば直ちに知らせろ。これはいかなる任務にも優先する」


「はっ!」


「下がれ」


 クライフが天幕から出ると、カイはレオーネに向き直った。


「軍とはこういったものです。戦うのは怯えた人間で、希望があれば素直に縋り、猛ります。だからこそ士官は彼らが実力を発揮できるように万事に備えなければいけないのです」


 レオーネは神妙に頷いた。

 

****


 防衛軍は二つの軍で構成されていた。一つは国王軍、経験豊富な司令官が戦地の領主であるハイデンベルグ辺境伯の軍を吸収する形で再編成したもの、もう一つはデュルイ家が主導した軍であった。前者には、ブリギッタの養父であるスプートニク子爵が出した連隊が含まれており、そこには初陣のブリギッタが率いる大隊が含まれていた。ブリギッタはレオーネの近衛であった頃、急造の士官教育を受けていたから、スプートニク子爵が養女の強い希望に推される形で組み込んだのであった。その大隊には、グラナトゥム公国の意向を受けて、サラが副官として帯同していた。

 そのサラは地方の盗賊団や紛争鎮圧の軍に参加したことがあったから、それなりの経験をつんでいた。しかしそれは、内乱において国賊として扱われた家の汚名をそそぐためのもので、彼女の身を案ずるグラナトゥム王家が反対していたにも関わらず、彼女は進んで戦場に赴いていたのであった。

 デュルイ家の軍は、もともとデュルイ家の宿将が預かっていた。しかし、国王軍からオーギュントの兄であったルシアーノが参謀として派遣されたことで体制が変わることになった。依然、名目上の指揮は将軍が取っていたものの、事実上のトップは、三十前で准将になったデュルイ家の鬼才ルシアーノが握った。

 彼だけではなく、この戦争には多くの若い兵たちが参戦していた。なぜならば、近年の魔術資源の活用によって非魔術兵の火力が増強され、急激な戦術変更に対応する必要があったからであった。さらに、数年前の内乱を受けて旧来の有力諸侯を排した再軍備の影響もあった。軍の若さを補うために、補佐をする下士官には経験豊富な者らが集められ、中には士官学校で教鞭をとっていた者もいたほどであった。

 兵数の不足を補うために最新式の装備が惜しみなく投入され、急な侵略だったにも関わらず、ケルサス王国の軍は万全の体制が整えられたと言って良かった。予想される結果は明らかで、ケルサスの勝利は決定的だと思われた。しかし、それゆえに、軍全体に戦争の行方を楽観視する空気が流れているのも事実だった。


****


 レオーネが天幕の揺れる音に気付いて振り向くと同時に、彼女の胸に小さな影が飛び込んできた。


「ライラ!!」


「レオーネ、会いたかった!」


 学園にいたときとは違って、ライラはカーキ色の軍服に身を包んでいた。

 髪は埃に汚れ、小さな体からは汗の匂いがした。


「なんてことです!ライラ様、まるで穴ねずみを追っかけまわしたリザードのようなのです!」


 オルディナが叫ぶと、ライラはレオーネの胸から離れて、今度はオルディナの胸に飛び込んだ。


「オルディナも元気だった!?」


「まあまあ、私なぞより、まずはシャワーを浴びてきてください。その後でお菓子を食べるのです。姫様が焼いたのですよ」


 オルディナはライラの顔に付いた土埃を拭ってやった。

 そのとき天幕が上がり、コールが入ってきた。


「甘やかしては困るな、オルディナ」


 コールはそう言うとレオーネに向かい敬礼した。


「むっ、ライラ様はこんな服を着る必要はないのです。最低でも士官用の物を準備するべきなのです」


「ライラ君は士官教育を受けていない。今、最低限のことを教えている最中でな」


 椅子に座り、テーブルを指で叩いた。

 それでも下士官用はないのです、と言いながらもしぶしぶお茶を用意した。

 コールは口に含むと、満足そうに頷いた。


「・・・上等なものだ。ここが戦場でなかったならば、格別のものとなったろうに」


「コール殿、少佐だったのですね」


 カイが部隊内の能力査定の書類から目を上げて、微笑を浮かべた。

コールの軍服には魔術少佐の襟章が飾られていた。国籍は中立であるはずのマルブ機関。

 

「そういう君は、階級はなしか。確かに黒騎士には必要ないが、レオーネ君の使い魔としてはどうなのだ?」


 カイの襟章には階級を示すものはなかった。戦場仕様の個人近衛の軍服を着てはいるものの、普段のものとあまり変わりはない。白地に詰襟で、赤いラインが入ったおなじみのデザインのものであった。しかし防刃、防弾、対魔術の保護結界が施され、佐官レベルの物の耐久を誇っている点が異なっていた。


「階級など面倒なだけでしょう?レオーネ様が中佐に任ぜられたので、それらしく振舞うだけです」


 使い魔の処遇は主と同じように扱われる。だからカイもまた中佐相当と言うことになる。ただ、レオーネはただの名誉階級なのだから、大隊や連隊を指揮できるというわけではなかった。


「ふさわしい扱いを求めるが、くだらない任務は受けつけない。良いとこ取りだな」


 微量の魔力を持たないレオーネは、いかに公国の姫君であっても士官になることは出来ない。しかし、黒騎士であるカイを召還したことで、佐官の地位を得ていた。使い魔は戦場で役立つものが多かったから、主は軍で高階級になり、その後の出世も早いのであった。


「えっ?カイ、シャベルとかで塹壕掘らなくていいの?」


「塹壕?何だそれは?そんなもの魔術でやればいいだろう」


 カイの言葉に、ライラは勢いよくコールを睨みつけた。


「教育だよ」


 コールはオルディナに紅茶のお替りを要求した。


 *****


「お久しぶりです。兄さん」


 オーギュントは、デュルイ軍の本陣に入るなりルシアーノを見つけ、両手を広げて顔をほころばせた。空中に浮かび上がった地図を見つめていたルシアーノは、オーギュントに向かい少し待てと指を立てた。

 ルシアーノが目に力を入れると、地図に描かれた駒たちが勢いよく動き出した。片一方の陣の駒から放たれた光線がもう一方陣の駒に命中、激しく明滅して駒が消失した。かと思うと、小さな駒が川の中から突如現れて大きな光の玉を投げかける。それを別の駒の結界が防いだかと思うと、反撃行動を開始する。小さな小競り合いが繰り返され、なかなか決着を見ない。ルシアーノの柔らかい髪が逆立ち、勢いが加速する。既に駒のそれぞれの動きは、目で追うのがやっとになっていた。

 三十分ほど経過したところで、ルシアーノはため息をつき、ようやくオーギュントに向き直った。


「本国の将官達は楽観しているようだが、困ったことにヤーヘンにもいくらでもやりようがある。カルブルヌス騎士団国から強力な騎士団を回せなかったことが悔やまれるな」


 デュルイ家が治めるカルブルヌス騎士団国は、その名のカルブルヌス騎士団だけではなく、複数の強力な騎士団を抱えていた。それぞれが大陸各国の求めに応じて紛争解決や、難民保護の任に当たっていたが、この戦には参加していなかった。各地の戦地を放っていくわけにはいかない、というわけではなかった。事実ヤーヘンの進軍の知らされるとすぐに各騎士団は戦線維持に必要な人員以外を除いて戦地から引き上げてきていた。


「オーギュント、なぜ彼らはここにいない?」


 オーギュントは微笑んだ。兄は変わらない。本国に任官し、権力を間近に感じるようになっても、人を試さずにはいられない彼の知る兄のままであった。


「この機に乗じて良からぬことをたくらむ者たちがいないとも限りません。軍を起こされないように名の通った騎士団に見晴らせておく必要があります」


 ルシアーノはこみかみに指を当てて頷いた。


「その通りだ。帝国にはカルブルヌス騎士団を認識させておく必要がある。西方の盗賊団には機動力があるアエス騎士団を、破壊力のある亜人達にはカルクス騎士団が目を光らせている。どれも油断を許さない奴らだからな」


 オーギュントから目を離し、地図の前で歩き回りながら、ルシアーノは一つ一つ確かめるように言葉にしていった。


「おかげさまで強力な騎士が不足している。軍全体の火力は申し分ないが、柱となる騎士がいない。一騎打ちを申し込まれたときに対峙できる騎士が、だ。ただ腕が立つというだけでは駄目だ。軍全体の士気が上がるような、物語を描けるような、眠りにつく子供たちがそうなりたいと夢見るような」


 ルシアーノの歩みが止まる。


「父上や兄上に誰か寄越すように言ったが、何が可笑しいのか笑われてしまった。腹が立ったが、その意味がようやく分ったよ」


 オーギュントの目を見て、ルシアーノは微笑んだ。そして抱きしめた。


「噂には聞いていたが、強くなったなオーギュント。自分を失くしたとばかり思っていたが、良き指導者にめぐりあえたようだな」


 そして、オーギュントの両肩に手を置いた。


「やってくれるなオーギュント。この軍の筆頭騎士はお前だ」


「僕は始めからそのつもりで来たんだよ、兄さん。期待してくれて構わない。六年前の僕より今の僕はずっと強い。踊るように殺して見せる。僕はそれがたまらなく好きなんだ」


 ふと、何か思いついたようにルシアーノはオーギュントから離れた。


「強くなったといえば、慧聖の話は聞いているな?彼の妻はすごい美人だぞ。度胸もあるし、魔力も素晴らしい。ああ、どうして、どうして俺はエト殿より先に彼女に出会わなかったのだろう」


「・・・兄さんは早く結婚したほうがいいよ」


 ****


「随分と落ち着いているようね。安心したわ」


 天幕の中で優雅にアフタヌーンティーを嗜むブリギッタを見てサラは言った。


「慌てたところでどうにかなるものではないでしょう?戦の準備はお父様方が用意してくださった者たちに任せておけばいいのだから、私はゆっくりしていればいいのではなくて?」


「練兵でも観て周ったら?」


「そう思う?」


 ブリギッタはカップを下ろすと、サラの顔をまじまじと見つめた。


「とは言ったものの、微妙なところね。貴女の言うとおり、初陣の小娘が引っかきまわすよりおとなしく座っていたほうが兵たちには良いかも知れないわね」


「んー。本当のところ、困ってるのよね。初陣はもっと小さな反乱か何かだと思っていたから。まさかケルサス王国の旗の下で戦うなんて想定していなかったのよ。なにかアドバイス頂戴」


 サラはブリギッタの前の椅子に腰掛けた。


「私だってこんな大きい戦は初めてよ。でも、そうね。貴女の養父と実夫が用意してくださった兵達は選りすぐり。連隊のなかでもね。だから彼らに全部任せて貴女は邪魔にならないようにしていれば良いんじゃないかしら。今回はとりあえず学べばいいの。貴女、得意でしょう?」


「そう思うけど、面白くないわ、それ。無理言って来たんだから、ちょっとは存在感示したいじゃない?」


 サラはため息をついた。

 この子は本当に目立ちたがり屋なんだから。


「いい?この戦場で貴女と私と同じランクの魔術士は十人もいないのよ?しかも解析に関して言えば、あなたが断トツ一番。出番なんてそのうち周ってくるわよ」


「そう言ってもね」


 ここに来て初めて見せるブリギッタの不安げな表情を見て、サラは初陣を思い出した。そのとき自分が何を思い、そして感じていたか。

 テーブルに活けられた花をサラがなで上げた。彼女が好きな魔術で、誰にも真似できないもの。慰め、認めて美しく咲き誇る力を与える。しおれていた花弁がもう一度世界に微笑みかけた。


「殺すことを考えないで。救うことを思うの。貴女の魔力は観て、知ること。貴女の知が皆を救う一助となる。とても素敵なことよ」


「・・・御免なさい。サラはレオーネのそばに居たかったのよね。私のために副官になってくれた」


 サラは花を軽くはじいた。


「貴女だってそうでしょう?そのためにこうして経験を積んでいる。二人を守れるように」


 ブリギッタは外から聞こえる練兵の声に耳を澄ませた。この空の下で、呆れるほど優しいレオーネと、これ以上血を見てはいけないはずのライラが戦争という理不尽に飲み込まれようとしている。


「大丈夫よ。カイとコール卿が付いてる。カイは化け物だし、コール卿はマルティス騎士団の生き残り。あの子達はこの戦場で一番安全のはずよ」


「そうよね。しかもあの二人、いざとなったら戦争そっちのけで主を抱えて逃げ出しそうだし」


「ええ。だから私たちだけでもしっかり兵隊としての役割を全うするのよ」


微笑むサラを見て、ブリギッタはすっかりぬるくなってしまった紅茶を飲み干した。


「そういえば、オーギュントは大丈夫かしら?」


「ん?オーギュント・・・」


 サラはしばらく考え込んだ。すっかり忘れていたようだった。


「まあ、平気じゃない?知らないけど」


「それ、いくらなんでも、ひどいんじゃない?」


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