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偽国戦記  作者: ブレヒトさん
魔晶戦争
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フェリスの弁明

 ヤーヘン国軍がとつじょ国境を侵犯したとの報がもたらされた後、ケルサス国王ルーメンは軍事会議を開くべく、直ちに各将を招集した。

 その議場に場違いな一人の若い女が姿を現した。

 長く癖のあるブリュネット色の長い髪を背に、ややたれがちな目は居並ぶ軍人たちの厳しい視線に晒されながらも正面を見据えている。唇は塗れて光るが、媚びたところは一切ない。自分の美しさとその活用法を知り尽くしたその女は、しかし、それを用いようとしなかった。

 女が長いドレスをつまみ、一礼した。


「ヤーヘン国の進軍、知らせてくれて感謝する。ベスティアのフェリス殿。いささか遅かったがね」


 発言の主、ケルサス国王ルーメンが指を持ち上げると、脇に控えていた明るい茶色の髪をした若い参謀がフェリスに頭を上げるように告げた。


「力至らず、お詫びのしようもございません」


 目を上げたフェリスとルーメンの視線が交錯した。物怖じしないフェリスのたたずまいを見て、国王軍参謀のルシアーノ、デュルイ家の出身でありオーギュントの兄はなるほど大した女だと判断した。ルシアーノが王に囁き、ルーメンは居並ぶ関係者のうち数名を残し退出させた。

 フェリスはその間、微動だにしなかった。

 これから自分の裁判が始まることを知っていたのだから。


 広い会議用のホールの中央に据えられた円卓には数名の、それも各軍を預かる将軍とその中枢を預かる騎士団の団長のみが残った。速記を行う書記官も、資料を手に駆け回っていた官僚も、邪魔な者は一人残らず退室させられた。

 絶え間なく壁に映し出されていた各地の情報を記した夥しい文字列、軍の配備情報を表す記号は遮断され、ホール全体が淡く光り、特異な魔術が発動した。その魔術は、ケルサス王が特に重要と思われる案件を他国と協議する場合に用いられる協約の証であり、許しがあるまで退去を禁ずるものであった。もしフェリスが強制的に退去したならば、ベスティアがケルサスに叛意を持つことと受け止められるだろう。

 どうして、こんなものが使用されるのか、フェリスは瞬時に理解した。


(そう、やはり見逃してくれはしないのね・・・)


 フェリスがしでかしたこと、グラナトゥム公国の姫君失脚の策謀だけではなく、ケルサス王国の庇護下にある神聖グローリアのルクサーナ王女暗殺未遂事件にも手を貸し、キメラ研究においては多数の死傷者を出した。どれもが、いかなる法に照らしても死罪に妥当する。それにも関わらず、ベスティアのエト国王はフェリスをかばった。さらに王だけでなく、その義弟であるドミニクを始めとしたベスティアの家臣団もエト王の決定を支持した。

 だらか彼女は、彼らの期待に応えるべく、ケルサスとの交渉のためにもちうる限りのコネを使い、ヤーヘン国の異変を突き止めたのだった。

 フェリスがこうしてみずから会議に赴いたことで、商会と今回の侵攻との繋がりがばれてしまう恐れがあったが、情報はそれだけではないのだから、ケルサスには自分と自分が持つ情報の価値を伝えてやるだけでよい。


(やりすぎたことは承知しているわ。けれど、私が生き残るにはこれしかない。あの人が必要としてくれているかぎり、死ぬわけにはいかないの)


「遅れたとはいえ、貴君が役に立つことは確かなようだ」


 フェリスの姿勢は、いつの間にか軍人のそれになっていた。彼女が意識したのではない。これまで生きてきた中で、この状況に対処できるであろう所作を体が勝手に選択したのだった。気付いたフェリスは顔を赤くした。


(もうっ!格の違いかしら。こうなったら、押し通してやる)


「しでかしたことを不問に付すとは言わないが、貴君の持つ情報は我が国の益になる。処分は一時保留にしよう」


「ありがたくあります」


 フェリスは膝が崩れ落ちそうになるのを必死にこらえながら応えた。


(そうよ、私の身柄の引渡しを要求したりなんかしたら、ベスティアは帝国になびく。慧聖であるエトと帝国の剣聖が手を結べば、いかにケルサスといえどもただじゃすまない)


「さて、貴君らベスティアが寄越した大胆な援助要請のことだがな」


 ベスティアはケルサス王国に援助を打診した。亜人の救済という理想のために。


(私たちが彼らを抑えて、救ってみせる!あの人なら、半狼で最強の魔術士エトならそれが出来るの。貴方たちだって、増え続ける難民をこれ以上受け入れることは無理なんでしょう?大陸の安定には行き場のない亜人の居場所が必要なことは貴方たちだってわかっているのでしょう?)


 唇をかみ締めて、次の言葉を待った。


(ただの小国の命乞いじゃない。私たちは羽ばたくの。あなたたち、大国の下に付くんじゃない。対等でなければいけないの)


「戦争がどうなろうと、我が国はベスティアに対して援助を行うことに決めた」


 フェリスはその言葉に、自分の命が救われた以上の喜びを感じた。けれど、そこで終わってしまってはいけない。彼女がここに来た理由はこれからの交渉にこそ意味があるのだから。

 無意識に体が前のめりになる。


(で、交換条件は?さらなる情報の提供?)


「ただし、こちらの質問に答えてくれたらの話だがな」


「私に答えることが許されているものならば」


 ルーメンは片肘を付いて微笑んだ。


「こたびの侵攻、何故知った?そして、この場にいるのはどうしてエト殿ではなく貴様なのだ?」


「始めの質問ですが、商会にいた頃の情報網を用いました。エト王ではなく私がいる理由でありますが、私のほうが事情に通じているからであります」


(そして、私を見せるため)


「商会の件は、あいわかった。エト殿の件は」


 ルーメンは議場の中央に置かれた通信用の水晶を魔術で持ち上げて見せた。


「このような通信の場であれば、顔ぐらい見せてもよいだろうに」


 フェリスはそこで初めて微笑んだ。


「愛する人を、このような場にいきなり晒すほど、わたくしは愚かではありません」


 たおやかに口角を上げてえくぼを作ると、国旗の裏に隠された索敵用の魔具を指差した。

 そうだ、私はもう商会の軍人なのではない。あの人の、慧聖エトの妻なのだ。気圧されて、舐められるわけにはいかない。


  将達がこみかみに青筋を浮かびあがらせ、ルシアーノはにこやかに頷いた。ルーメンは肘掛を叩いて笑った。


「いや、試すような真似をしてすまなかった。なるほど大した度胸だ。約束しよう、君は良き妻、良き王妃となる」


 子どものように目を輝かせるルーメンを見て、フェリスはこちらが本性なのだろうと理解した。


「さて、お互いの理解が深まったところで、本当の対話をしようか」


 しかしフェリスは、その瞳を見て、状況が一変したことを悟った。

 自分を押しつぶす鉛のような、通信魔術を通しても感じられるほどの圧倒的なカリスマ性という名のエゴイズム。

 油断していてはベスティアなど容易く食い物にされてしまう。


「商会がヤーヘンに貸与した技術はなんだ?ケルサスを潰すほどに強力なそれは?そして、それに答えたならば、夫を、慧聖を呼んでこい。無礼であろう?」


 ルーメンだけではない。それぞれの軍を預かる将、とりわけ王にはべる若い参謀から発せられるプレッシャーに、フェリスは全てを打ち明けざるをえない立場にいることを知った。情報を小出しにして利益を引き出せると思っていた自分の浅はかさに唾棄しながら、フェリスは口を開いた。


 ****


 ヤーヘン国はケルサス王国の北東に位置していた。大陸の東端には穀倉地帯であるグラナトゥム公国が、それを西から覆うようにケルサス王国が、さらに西にはカルブルヌス騎士団国があった。

 ケルサス王国の大部分は平野からなり、北部には山地が広がっていたが、ヤーヘン国との国境付近は比較的緩やかであった。そのためにケルサスへの入り口と見なされていたヤーヘンは、国土防衛の重要地点であった。しかし、国境から内陸にいったところに大河が横たわっており、実際にはその大河こそが防衛の要であった。けれどもヤーヘンも重要地点であったのに変わりはなく、過去には少なくない衝突があったにも関わらず、ケルサスはヤーヘン国と強固な同盟を結び、多くの支援を行ってきた。

 その二百年以上にもわたる同盟の歴史が突如として破られることになった。

 ヤーヘンは演習中の軍を突如反転、正式な宣戦布告なしにケルサス王国の国境守備隊を急襲、ハイデンベルグ辺境伯の軍を半壊させたあと大河に至り停止した。

 一方、ケルサス王国は国境を侵されると急遽軍を編成、大河向かい岸に陣を張った。

 両軍が向かい合う中、いまだヤーヘン国からの正式な通達はなく、依然にらみ合いが続いていた。


 ****


 レオーネは甲板に立ち、はるか先にある戦場に思いをはせていた。

 そこに立つであろうことを想像していなかったわけではない。ただ、力のない自分を思ったとき、現実感が沸かなかったことも確かだった。

 本来グラナトゥム公国の王族は戦場に立つことはない。もし命を落すようなことがあったならば、王族の魔術に依存する穀物の取れ高が激減し、ケルサス王国の国政に大きな打撃が加えられることになるからであった。

 しかしレオーネに関しては、姉であるレナータが大きな魔力を持っていたことと、グラナトゥム王室に特別な権限を与えることを嫌う一部の有力貴族の主張により事情が変わった。さらに、使い魔として黒騎士を召還したことで権力争いが複雑になってしまった。


「どうしました?レオーネ様」


 振り向くと、その黒騎士カイが立っていた。レオーネの個人近衛の制服に身を包み、レオーネの授けたサーベルを下げていた。これまでと違うのは、黒騎士の紋章が刻まれた黒いマントを羽織っていることであった。それもただの黒ではない。宵闇よりも深く、あらゆる光源を吸い込んでしまいそうな夥しい黒だった。それには幾つもの封印魔術が施されていた。主を守るためのものであったが、逆にカイを縛るための術も刻まれていた。


「何でもありません。少し緊張してしまって」


 レオーネが向き直ると、カイが横に並び、同じように海のかなたを見つめた。


「なにも心配することはありませんよ。俺がいる限り姫様に危害が及ぶことはありません。他の連中、ブリギッタの大隊にはサラもいます。ライラに関しては、コールが目を光らせていますから」


「オーギュントは大丈夫でしょうか?」


「あれこそ心配は要らないでしょう。これまで大分鍛えてやりましたし、初陣ではないのですから。それにデュルイの軍にいるのです。多少の無茶は問題にもなりません」


 そのとき、後方で甲高い声が聞こえたかと思うと、甲板付きの兵卒を怒鳴りつけているオルディナが目にはいってきた。

 彼女はグラナトゥム王室からレオーネの身の回りの世話をする命を受けて軍艦に同乗していた。

 オルディナは、家に来るなり多彩な料理で皆の胃袋を掴み、持ち前の明るさと如才なさが気に入られ、容易く受け入れられた。レオーネはそんな彼女から料理を習いながら、慌しい生活を送りながらも、これまで感じたことのなかった充実感を味わっていた。

 レオーネは、これまでの生活を思いなおした。それは柔らかい暖炉の暖かさのように、彼女の脳裏に浮かび上がった。


 生まれて初めて友達が出来て、一緒に授業にでた。

 自分を蔑まない召使と一緒に買い物が出来た。

 かつて自分から離れてしまった、憧れていた人が魔術を教えてくれた。

 自分に下心を抱かない男の人の友達が出来て、目を見て話せた。

 一番大切な姉ともいえる人が、心の底から微笑んだのを見た。

 そのみんなが、自分の料理を食べて感想を伝えてくれる。

 

 どれもが小さな夢であり、手の届かないものだと思っていた。

 けれど、使い魔を召還したことで、全てが叶ってしまった。

 自分は、あそこにいるとき、間違いなく幸せだった。

 

 そして、その全てを叶えてくれた人がそばにいてくれていることに、彼女の心は満たされていた。


 けれど、自分が王族であること、貴い者の使命がなんであるのか。

 戦争という、暴走する馬車のいななきと、車輪の軋みがレオーネを夢から覚ました。


 自分が殺すわけではない。

 力が無いから殺せない。

 けれど、それは何よりも卑怯なこと。


「カイさん、お手を汚させること、申し訳なく思います」


「・・・俺が戦場にでることは無いのでは?コラード様は本営にいれば良いとおっしゃっていたでしょう?姫様も観戦武官のような立場ですし」


「いえ・・・」


「なるほど、指揮官でもなく、ただお飾りでいるというそのことを気に病んでいるのですね。気にする必要はありませんよ。世の中には戦場を故郷のように思う者もいるのです。付き合わされた姫様は迷惑に思いこそすれ、心配する必要はありません。彼らは何かと自分を悲劇的に仕立て上げて戦場に立たない者たちを非難しますが、彼らは戦場が無ければ生きていけないのですから、聞き流せば良いのです」


「でも、国を守るために人が人を殺して、殺されてしまうのです」


 国を守るための犠牲を恐れるわけではないが、許されていいはずがない。まして王族である自分がそれを認めるわけにはいかない。

 自分は安全な場所で力あるものたちに守られているのというのに。


「たしかに、狩り集められた平民や平和主義的な貴族達は同情に値しますね。そういった者たちのためには、戦争が終わったならば何かしてやるべきでしょう。それこそが姫様の、グラナトゥムの仕事ではないでしょうか」


「そう、ですね」


 納得がいかないようなレオーネを見て、カイは頭を掻いた。

 そもそも、力を持たないものが権限を持って戦場に居るということが、カイの常識にからはあってはならないことであった。そして、自衛戦争で兵のことを慮ることも、彼には理解できていなかった。

 だから、いろいろと意味のないことをしゃべったみたものの、彼女の気持ちが晴れるわけはない。まして、現世のことをろくに知らないカイがわけ知り顔で励ましてみたところで、心に響くはずもなかった。


「姫様!そろそろ船室に入ってくださいな。目的地が見えてきたのです」


 オルディナのよく響く声が後ろから聞こえて二人は振り返った。


「?何を神妙な顔をしているのですか。・・・むう。さては、みんなの力になれないと落ち込んでいるのですね?だったら、兵たちに笑いかけてあげればいいのです。姫様のような胸がおっきくて、可愛い子に見つめられたら、馬鹿どもは勝手に盛り上がるのです。それは、どんな補助魔術よりも強力なものなのですよ」


 レオーネは、父が言った言葉、真の王族はそこにいるだけで兵の力を引き出すものだ、を思い出して微笑んだ。


「ついでにちょっと躓いた振りをして太ももでも見せてやれば、奴らはもう、姫様の親衛隊なのです」


 困ったような顔をするレオーネの後ろから、カイの殺気のこもった視線がオルディナを突き刺した。けれど、オルディナはそんなのどこふく風と両手を振り回して二人を艦内に押し込んだ。


 その背後で、オルディナは現世で誰にも見せることない微笑を浮かべた。

 アルカイックスマイル。

 完全なる無表情。

 殺す命も、殺される命も彼女にとって全てが平等である。

 目的は見守ること。

 焦がれても、手を差し伸べることはない。


「美しさと可憐さは、誰もが持つ夢の憧憬であるがゆえに兵は猛り狂うのです。だから、数多の虐殺と許しをもたらした。貴女がその使いどころを誤ることがなきよう、祈っていますよ」


 オルディナの、月の女神の独白は船の汽笛にかき消され、レオーネの耳に響くことは無かった。


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