インモラリティー
これで、「合成獣」は終わりとなります。
幕間を二、三話はさみ、次章に入ります。
次章は国家間戦争の予定です。
「さて、何か言いたいことがあったら聞かせてもらおうか。無駄に兵を死なせた無能な指揮官殿」
カイは、クシェルが止めるのを聞かずに、帯剣したままガイゼリックの執務室に押し入った。
抗弁しようとするクシェルは、ガイゼリックに遮られた。
「以外よな。お前が兵の心配をしてくれていたとは」
数瞬の沈黙の後、カイは説明を求めた。
ガイゼリックは、このたびの任務のために三つの部隊を編成していた。一つはカイとライラが編入された調査部隊、次に黒幕に奇襲をかける強襲部隊、そして逃げ出したキメラを狩るコール率いる討伐部隊。
ガイゼリックは、研究員とキメラが研究所の所在地がばれた時点で逃げ出すと踏んでいたから、調査部隊には結界と証拠隠滅を防ぐための術士を多く含めた。危険が確認されたならば、拠点を確保したのち、防御を固めて援軍を待つ手配だった。しかし、相手の実力と算段を読み誤った。複数の研究者によると想定されていたそれは、実は一人の鬼才によるもので、自己保身など考えていない研究者は暴走するままに研究棟に閉じこもった。キメラが戦闘に耐えうるほどのものだったことも災いし、部隊は壊滅的な被害を受けた。
報告を受けたガイゼリックは急遽、残り二つの部隊と予備隊から人員を出そうとしたが、キメラの攻撃手段、罠の有り無しが不明だったこと、さらにエーミルが出没したことで対策に時間を取られた。オーギュントとサラに救援を求めるほどだった。
説明するガイゼリックの目は己に対する怒りに充血していた。
「コールの部隊に損害はない。しかし、強襲部隊は待ち構えていた敵の猛攻に会い、こちらの被害は甚大だ」
ガイゼリックは大きなため息をついた。
「ああ、全てはわしの責任だ。調査部隊の隊長は経験こそ少ないが優秀な男だった。経験豊かな副隊長もつけてやった。しかし、まさか魔術無効果の結界を解こうとするとは!無理はするなとあれほど言い含めておいたというのに。このわしが、あの男が手柄に焦っているのに気付かなかったとは!」
ガイゼリックは机をこぶしで打ちつけた。
「彼らの家族に、父の、息子の死を伝えねばならん。わしの無能ゆえにな!」
カイはさめた目でそれを見つめていた。心ここにあらず、だった。キメラとの心躍る戦闘を思い返していたのだった。
「貴方は、キメラを作り上げた男と会話したそうですね?」
クシェルが厳しい目でカイにたずねた。
カイは率直に思ったままに言った。
「素晴らしい男だった。信念に忠実で、引き際を弁えた男はそういない」
ガイゼリックはその言葉を聴くと苦笑し、ならば奴らも浮かばれるだろう、とつぶやいた。
****
カイがガイゼリックの元を訪れていたのと同時刻、強襲部隊の追撃を避けて逃げ出した一隊はマルブのはずれにある小屋に潜んでいた。
彼らが傷の手当をしていると、突然、小屋の扉がノックされた。誰も此処に彼らが潜んでいることを知らないはずだった。
警戒し、武器を取った。
「ここに居ることは解っています。開けてくれませんか?悪いようにはしません」
男の声だった。
彼らは窓から外の様子を伺い、相手が一人であることを確認すると扉を開けた。
中年の人のよさそうな男が柔和に微笑んでいた。黒色ローブをまとい、中肉中背、怪しい気配はない。
「何故、ここに我らがいることを知っている。悪いようにはしないといったが、具体的には?」
男達は彼を取り囲み、調査魔術で武器の有無を調べた。
「商会の使いで、あなた方を救いに来ました」
男は害意が無いことを示すために両手を挙げた。
「脱出の方法は?怪我人もいる。早くここから出してくれ」
「その必要はありません」
男たちが気色ばむが、足は縫い付けられたようにその場から離れない。目の前の男が懺悔を聞き届ける聖職者のように優しく語りかける。表情は荘厳さを帯びて哀れみを浮かべた。
「あなた方の召命は果たされました」
男の体に魔力がこもる。
その密度はエーミルを凌駕する。それどころかエルフの末であるライラすらも。
「もう、浮世で苦しむ必要はありません」
魔力が凝集して形を成し、仮面がかぶせられる。
苦悶に歪む巨角の雄山羊が、背徳という信仰が形作られる。
「!!」
男たちの発した言葉が単語として成り立つよりも早く、男達はすりつぶされていた。
仮面の男が小屋から出ると、突如、頭上から雷が落ちてきた。
しかし、微動だにせず結界で受け止める。
「こんな大物が関わっていたとは」
頭上から声がした。
小屋の脇に生えた一本杉の上で、一人の魔術士が隠密衣装に身を包んで仮面の男を見下ろしていた。
「元カリブルヌス騎士団副団長ザイオン・アルミーニオ・ピエードラ。一線を退いたといいますが、なかなかどうして」
「・・・自己紹介は不要か」
ザイオンが魔力を高めると、男を中心として地盤が砂に変わる。
「おや?これはいけませんね」
一粒一粒が魔力を乱す結界。
触れた者の魔力を吸収すると同時に神経毒を注入する。
誇りを尊ぶ貴族には仕えない非道な暗殺魔術。
足を取られる雄山羊に向かい、身体能力を強化したザイオンが剣を手に飛び掛った。仮面の男がザイオンに魔力の刃を飛ばす。しかし、それはザイオンの結界に弾かれ、剣が男の体に深々と突き刺ささる。
(手ごたえがない!!)
ザイオンは咄嗟に距離を取った。
仮面を中心に、男の体が吸い込まれるように消失した。同時に、破術の術式と吸血の呪いが発動してザイオンの結界が無効化され、血液が奪い去られる。
「効くか!!」
ザイオンの体に新たに結界が張られ、呪いが消失する。
即、呪いを逆探知し、割り出した座標に一点集中の業火を作り上げた。
迷彩魔術が剥がされ、ザイオンの後方から濃密な気配が流れ出す。
黄金の巨角の雄山羊が姿をさらした。
「やりますね。これだけの魔術を無詠唱で執り行うとは、さすがカリブルヌス騎士団一の魔術師」
「ぬかせ。先ほどの変わり身、シキか」
「よくご存知ですね。東方の陰陽と呼ばれる術で、式神と呼ばれるものです。あなた方はマーテルの法に悖ると忌み嫌いますが、それは偏見というものです」
含み笑いをする仮面の男に、ザイオンはさらなる魔術を発動させようとする。
「しかし、おかげで貴様にろくな広域魔術が無いことが解った。幻想をつくるべきだったな」
多くの信者を抱える邪教徒にあって、特に強力な力を持つ幹部たち。絶大な魔力を負に働かせて呪いを形成するということが知られている。そのうち、能力の詳細を知られているものは少ない。
神聖グローリアの城を丸ごと一つ呪いに沈めた雌山羊、情感豊かに詠唱するオペラの歌姫、通称エンジェル・ボイス。
たった一人で大国の一個師団を撲殺しつくした、肥満体で子山羊の仮面をかぶったオーガ種、ベビーフェイス。
そして、一日も休まず、まるで職業であるかのように通り魔を行っている、元帝国所属の黒騎士、ワーカーホリック。
最悪なのは、エンジェル・ボイスのように広範囲に呪いを振りまくことが出来るタイプであった。邪教徒の殺戮に対する抵抗感は勿論ないから、敵の攻撃手段が判明するまでは、取りうる手段は限られている。そして、相対する巨角の雄山羊に対する情報は無に等しかった。
ザイオンが危険を冒して、調査術を施した宝剣によって近接攻撃をしたのもそのためであった。奇襲は空振りに終わったものの、敵がシキを使用していたことが幸いした。ただの魔力が作り出した幻想と異なり、シキは一つの魔力生命体であったから、使役したものとは緊密に繋がっている。そのおかげで、男の得意とする魔術を把握することが出来た。
「貴様が呪いを発動する前に、その首いただくとしよう」
ザイオンは、ガイゼリックからある呪物を預かっていた。それは結界の中にあって自由に魔術を使用できる結界無効化の権利を記した魔具。
「ああ、なるほど。先ほど広域魔術を使わなかったのは、私の力と出方を確かめるためですか。慎重なことで」
魔力が溢れ出し、剣から炎が立ち上ってザイオンの体を包む。
その熱量、まるで世界を焼き尽くそうとしているかのよう。
熱波が渦巻き旋風となる。
炎の化身となって断罪の歩を進める。
その姿、まさに荒神。
かつて大陸を震撼せしめた最強騎士団の最強魔術士が、標的を定める。
現世は、神の世界である知性界に始まり、その繁栄を約束されたものである。
では、その終わりは?
終末を書き記した預言書によれば、世界はやがて憎にまみれ混沌に至る。そして神に背いた世界は炎上し、始原である神の愛に帰る。
その炎を、罰神の力を宿した罰剣ポイネー。
カリブルヌス騎士団国が保有する神器の一つで、今現在扱えるのはザイオンのみ。
「それが貴方の魔術ですか。如何なるものも逃れることはできないという。なるほど、まさに神炎ですね」
「罪深き者よ、跪け。頭を垂れて、許しを請え。炎獄へ至りて罪を贖え。今、ポイネーの神罰を与えん」
言霊と共にザイオンの術式が完成する。
灰すら残さない火属性極限の魔術が地獄の門を開く。
「そんな術を使われては、私などひとたまりもありません・・・。しかし」
雄山羊は首を振った。
「私が馬鹿だとでも?」
男を中心にして三次元の魔法陣が展開される。それは邪教徒が使用する呪いの中でも最悪の殲滅魔術。対象を選ばずに、ただ呼吸困難を引き起こすことによって殺害する。そして、その苦しみ、生への憎しみは次なる犠牲者を求めてさまよい、鼠算式に展開されて行く。シンプルであるがゆえに止める手段がない、まさに呪い。その儀を、驚くべきことに雄山羊は無詠唱で執り行った。
「馬鹿な!!」
「貴方とガイゼリック殿が予想している通り、私はずっとマルブに居たのですよ。時間さえあれば、こうして呪いを広範囲に張ることも出来る」
「だからと言って・・・」
「ここは研究機関ですからね。最先端の技術がそこかしこにあるのです。そして、私は研究者です」
男が術式をもてあそび、そのたびに、集まってきた悪霊が叫び、嗤う。
ザイオンは歯噛みし、ポイネーの炎を攻撃ではなく内向きに、つまりは結界を形成した。たとえ自分が死んだとしても、呪いの発動だけはとめられるように、ポイネーに自分を喰わせ、敵もろとも焼き尽くそうと・・・。
「うん?・・・申し訳ありません。こんな呪いを持ち出したから、勘違いなさったようですね。私にやりあう気はありませんよ」
「ふざけているのか?」
「まあ、聞いてください。今まで私は邪教徒としての布教活動も行わずに、おとなしく生活してきたのです。それは、ここでの生活に意義を見出したからに他なりません。そんな私にとって、このたびの事件は予想外のことで、ただマルブの一員として後始末をしようとしただけのことです」
「・・・」
「ここが気に入っているのです。研究をするのに素晴らしい環境が整っていますし、優秀な学生が集い、活気に溢れています。波風を立てるのは私の本意ではありません」
「ならば、この事件は貴様の求めたものではないと?」
「そう言っているじゃありませんか」
呆れたようにいう。
「では、貴様の目的は何だ?なぜここにいる?」
雄山羊はザイオンの問いに沈黙で返した。
そして仮面の下で微笑んだ。
「ある幹部が個人的に関わっていましてね。仕事熱心な方ですが、いささか慎みに欠けるところがあります。ここに私がいることを知りながら、何の相談もなく配下を送り込んできました。事後報告で協力しろと言われては面白くは無いでしょう?なので、意趣返しのつもりで後始末をして差し上げました。ほら」
ザイオンの目の前に、画像が表示される。そこには正体不明の死体が数体転がっていた。体には拷問の痕がある。
「工作員殺害と証拠隠滅のために送り込まれた者たちです。彼らはテロを起こし、そのすきに行動するつもりだったらしいですよ。まったく、無差別テロなどマルブに住まうものとして憤りを禁じえません。
この者たちが何処の者かは調べればすぐに分かるはずですから、どうぞお好きになさってください」
そして、だから見逃してくれと、柔らかく言った。
「戦神アルファスを信仰する私がか?」
「ならば皆死ぬだけです。残念ながら、いかにポイネーであっても、そんな急ごしらえの結界では私には通じませんよ。それに私は呪いの基点を多数配置しました。それこそマルブを滅ぼすほどにです。私に何かあれば、それは無条件に発動します。あなた方も幾つかは見つけて封じることはできるでしょうが、それまでに何人死ぬでしょうね?」
「・・・」
「私が冗談を言っていないことは解っているはずです。ここまでにしておきましょう。私は知的好奇心が乗じて邪教徒となりました。貴方がたには信じられないことでしょうが、殺すだけが私どもではないのです。そもそも邪教徒の母体となった『神の知(*設定参照)』は、知を求める集団だったでしょうに」
ザイオンは術式を収めた。
「いつか必ず、その首、アルファスに捧げて見せる」
「はあ、そうですか」
巨角の雄山羊は、ため息をついた。
「私もいい加減、小芝居を続けるのも馬鹿らしくなってきました。お互い仮面を取って語り合える日を楽しみにしていますよ。
では、ガイゼリック殿に宜しく。それと、ライラ君に来るように言いましたが、忙しいようでしたら後回しで構わないと伝えておいてください。カイ君は弁えているようですが、心配なのは貴方たち、保護者を気取っている方たちのほうです。若者達には知識と経験は無くとも、あなた方よりもよほど賢明ですよ」
そう言って、巨角の雄山羊は、メルキドは去った。
見送るザイオンは空を仰いだ。
****
「一つ聞いておきたいことがある」
カイは剣を引き抜いた。
「その子の名は何と言う?」
「そんなこと、考えてもみなかった・・・」
「ならば今つけるといい。親は子に名をつけるものなのだろう?」
キメラを構成する全てが男を見つめる。
男は戸惑いながらも、はっきりとその名を口にした。
「コスモス」
「秩序体、か」
(そして、であるからこそ世界、宇宙を意味する)
-ありがとう-
(多くの命によって形作られた群体の生命)
-私/私たちに、名前を下さって、感謝します-
(際どい均衡を保っているように見えて、実は強い。そう確信している)
-貴方と共に追いかけた夢、苦しかったけれど、恨みもしたけれど-
(必要だったのはバランスではない。そう在ろうという意思の統一)
-今はただ、貴方を誇りに思うばかりです-
(遺伝子を残すことが生命の目的ではない)
(そうであるならば、この自我、哲学、文化は邪魔でしかない)
-どうか、その旅路が平穏でありますように、祈っています-
(進化の道程に出現する個体は手段ではないのだから)
(目的なのだから)
-さようなら、お父さん-
(さらなる経験を獲得し、乗り越えて、それを投げ捨て、進まねばならない)
(完全を目指すのは、種ではなく個でなくてはならないのだ)
(それを放棄することは、己がただの、知性を持たない遺伝子の乗り物であることを意味する)
(そんなこと、許容できるわけがないだろう?)
-私/私たちはこんなにも立派になりました-
剣神の一閃が男を切裂いた。
はにかんで、父を見送るキメラに向かって、男は微笑を返す。
この人生は、完全であったと、胸を張ってその生涯に幕を下ろした。
- 合成獣 完 -




