ヘブンズ・ゲート
伝説の種族の血を引く亡国の姫は、堕ちた聖女とともに、彼女の騎士に救いをもたらした。
一方、キメラの下へと向かったカイの闘争もまた佳境を迎える。
人として生きることを決めた剣神は、しかし、キメラが示す進化の輝きに禁じた力を解放する。
*かなり抽象的な表現が多いです。雰囲気で読んでもらって構いません。
予定がずれ込み申し分けありませんでした。
次回、本章最終話は、5/12 or 13 0:00 絶対守ります。
もうどれくらい戦っていただろうか、一時間か、二時間か、それともほんの数分か?
この焦げ付くような感覚は馴染み深い。
切断する快楽と肉に刃を突き立てられる、性欲にも似た衝動。
衝動を欲望へ、そして目的に昇華する。
ありがとう、思い出させてくれて。
世界には俺とあいつしかいない。
なんて、愛おしい。
切った肉からはじける体液と、抉られた傷口から漏れだす血液とが混じりあい、一つになる。
あいつのことが何でも解る。
どんなに醜く見えても、純粋で、完全を求めるその機能美はとても美しい。
これまで、思いつくことは全て試した。
人の身であったから、出来ることは少なかったから、体が耐えうる限りで。
高速の抜刀による衝撃波は水精が作り出した水壁に跳ね返された。
ブリギッタから預かっていた火炎の魔石を利用しての炸裂弾は、魔亀の甲羅に火蜥蜴が施した爆発反応装甲によって防がれた。
鞘の中で刃を高速に動かすことによって作り出した摩擦熱を伴う居合い、視線誘導による間合いの混乱を引き起こす黒騎士の技、宿地を利用した奇襲を混ぜての突きは、スライムによる肉体の液状化によって無効化された。
サーベルと脇差との両刀乱舞によって生じた気圧差による鼓膜つぶし。剣戟の共鳴による聴覚の麻痺などの五感の破壊は、再生能力と感覚器官の多様化によって意味無いものとされた。
剣戟の結界への干渉によって生じる結界の共鳴を利用した魔術感覚の混乱も、主要生体器官の駆動形態から魔力を排除することよって防がれた。
人として取りうる手段、全て消化され、進化の道筋となった。
途中で男が魔術無効化の結界を解いたから、攻撃の幅が広がった。
しかし、剣閃に破呪を込め、炎を、氷をまとわせたが通じない。
足を魔術で強化して、壁を足場にした多角攻撃にも、なんなく耐える。
雷を混ぜ込んだ特殊な結界を纏ったうえで、敵の攻撃を呼び込んで、カウンターで神速の一撃を叩き込む剣聖メリザンドに授けた剣聖技をも凌いだ。
体が人としての限界を超え、男の治癒魔術でも追いつかずに、崩壊しそうになる。
だから、門を開く。
この世の理なぞ知ったことではない。
生きとし生けるもの、仮そめの世界にある全ては、我ら神と呼ばれるものの供物であろうが!
剣神の神気が流れ込み、世界は崩壊し始める。
それは純粋に容量の問題。水を注がれ続ける風船のように膨張する。
この戦いは誰にも邪魔させはしない。
戦いを求める剣神の論理が破綻する。
このままでは破滅してしまう世界。
犠牲を正当化するために、子どものように駄々をこねる。
悠久にわたる進化の足跡を、目の前の超生物は一足に飛び越える。
生命の目的が進化にあるというのならば、こいつ以外の生命は、その誕生を絶対の目的にすべきなのだ。
そして、それを導くことこそが、完全なる生命を誕生させることこそが、神たる俺の使命なのだ。
レオーネ?ブリギッタ?サラ?オーギュント?ライラ?
問題ない。
向こうの世界で救えば良いだろう?
上位世界の力が流れ込み、黒騎士は人を超える。
相対するキメラの細胞は、もはやこの世界の閾値を超えようとしていた。
だから、変わらない部分、生物としての根源を狙った。
魔術器官ではなく、生体エネルギーを合成する酵素を疎外するために、酸素が結合するヘムたんぱく質の活性中心にシアン化合物、一酸化炭素を合成した。さらに、水素イオン伝達チャンネルを疎外すべく、末端アミノ酸を立体障害が大きいプロリンに書き換えた。結果、水素イオンの伝達は疎外され、イオン濃度勾配は形成されずに、エネルギーは合成されない。
しかし、キメラはすぐに代謝経路を作り替えた。
組み込まれた生物には無かったはずのそれを、遺伝子を辿ることによって導き出した。
素晴らしい!!その適応力、遺伝物質をも操作しうる極限魔力、進化に意思を宿す破戒。
剣神はキメラの声を聞いた。
-どうか、私を高みへと導いて-
キメラは神の声を聞いた。
-さあ、昇れ。俺の元まで這い上がってこい-
人に堕ちた神と、人が作り出した歪な生命のハーモニクス。
彼らは進化を刻む流星となり、億の年月を飛び越える。
月の女神の調律を超えて、時の果てに至る。
限界を見て、それでも乗り越えようと絡み合う。
その時、歓喜の渦の中、声が響いた。
彼らを、優しくたしなめる声。
-本当、しょうがない子たち・・・-
長い黒髪の女が、イデアの世界の頂で微笑む。
キメラは進化の先端に至って佇み、剣神は深奥へと帰ってきた。
-姉上-
****
黒騎士が大きく飛びのいた。目には憐憫と、無念さが表れていた。
「どうした?もう無理なのか?治療ならしてやる。頼む、どうかもう少しだけ」
そうじゃないと、黒騎士は言った。
「気付いているだろう?援軍が到着したようだ。弟子に同居人もいる。あいつらを巻き込むわけにはいかない」
「冗談じゃあない!」
男は声高に叫んだ。
わが子はこんなにも喜んでいる。
そしてお前も楽しそうだったじゃないか。
「時間なら、いくらでも稼いでやる。なんなら場所を移したっていい」
ほら、この子も寂しそうな声を上げているじゃないか。
お前にはこの声が聞こえないのか?
進化を、どうか、止めないでくれ!
ここまでだ、黒騎士は首を振った。
男はうなだれていたが、なんとか気持ちを取り戻し、顔を上げた。
「私は逃げようなどとは思っていなかったから、後などない。自分と私の命を守るためにこの子は戦うだろう。私もこの子の意志を尊重する。
だが、君と君の関係者を殺めたくはない。逃げてくれ。
私とこの子の感謝の印だ。そして、傷が癒えたら、また子のこと戦ってくれ」
無念を押し殺したその言葉にカイは敬意をもって受け止めた。そして言った。
「残念ながら逃がすことはできない。その子はこの世界には、まだ早すぎる」
カイの傷が見る間にいえていく。
驚愕の表情を浮かべた男の耳に、世界のひび割れる音が響いた。
世界が一刀の元に切裂かれる。
血に染まる二つの眼だけが見えた。
ただ切裂く、それだけを求める神の意思が絶対の力を持って君臨する。
一つの世界と言うには、悲しいほど殺伐としていた。
全ての無駄を排し、己の意味、刀身を研ぐことのみに特化した世界。
空には月が、天下には玉座が、紅い鳥居を背後に男とキメラはいた。
見渡すかぎり、沈黙する森がある。
中央に小高い丘があり、鳥居が立ち、そこが神域であることを示している。
野曝しの玉座に、黒騎士は深紅の衣を纏い座していた。
その胸元に刻まれた紋章の意味を知らないものはいなかった。
男は降りかかる圧力に膝を突き、キメラが歪な手で男を優しく抱きとめた。
剣神の背後に極大の梵字が立ち上る。
キメラは、現世にあって最も完全に迫った命は、神を見上げた。
そして、絶対に至る最後の欠片、信仰の意味を知った。
「その子は我らが預かる。その力、我らの眷属になるにふさわしい。貴様の成果、世に披露できなくなるが、世の賞賛がほしいわけではあるまい」
そうだ、そんなものが欲しかったのではない。
何かが足りないと、ずっと思っていた。
世界は美しくて、何も足すところがないと、そう思っていたからこそ、足りないと思っていた。
もっと良いはずだろうと確信していた。
命はたった一つしかないから、燃やし尽くしてなお、想像もつかない何かがあると求め続けた。
けれど、そんな物、見つからなかった。
文献の中にも、王宮にも、そして頭の中にも。
だから作ろうと決意した。形而上のものでしかないなんて、我慢できるはずがないだろう?
そうして生まれた子は想像を超え、世に差す光明となった。
これ以上望むものはない。
そして、今、私は完全を目にした。
「貴様はどうする?連れて行くことはできないが、逃がすことは出来る。短い余生、もう一仕事してみるか?」
男は、カイを観た。
「あなたとわが子の闘争を拝見して、私の生涯の問いは回答を得ました。これ以上、永らえても意味はない」
朗らかな声で答えた。
なんという開放感だろう。
全てが、この瞬間のためにあったのだ。
「そうか、ならば我が手で送ってやろう。その遺骸が弄繰り回されるのは、どうも我慢ならない。俺の感謝の印だ」
そう言って、二人は笑った。
****
キメラ討伐・捕獲のために急遽編成された突撃部隊が研究棟に侵入する直前、奥から出火した炎はその痕跡全てを焼き尽くした。
魔術による証拠隠滅のため、期待されていた資料はなに一つ発見できなかった。




