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偽国戦記  作者: ブレヒトさん
合成獣
41/131

フォール

キメラと会敵したカイ達は、戦力の半数を失う。

カイはライラを憲兵に預け、一人キメラと相対する。

撤退するライラの前に一人の騎士が現れる。


次回は5/2 or 5/3 0:00 予定

 ライラは憲兵たちと共に脱出を急いでいた。

 キメラから離れ、落ち着きを取り戻した彼らはライラを守るように進んでいる。


「情けない姿をお見せして、申し訳ありませんでした」


 若い憲兵がライラに頭を下げた。


「脱出まで命をかけてお守りいたします」


 その自らを顧みない姿、ライラには、かつて城が落ちたときの彼女の騎士達と重なって見えた。

 極大の呪いに包まれた城で、魔術を封じられながらも、身を盾にして王族を守り、命を落とした愛しい騎士たち。

 ライラは彼らにも家族がいて、それを見捨ててまで王族を助けようとしたこと、その意味を問いながら生きてきた。皆の命を投げ捨ててまで、王の血は尊いものなのかと。

 ライラは彼の言葉にぎこちなく微笑んだ。


 魔術の実験場に用いていたであろう広間にたどり着いたとき、使い魔のナスターシャが異常を察知し、念話でライラに伝えた。


「待って!何かいる」


「止まれ!!」


 ライラが叫ぶと、憲兵達は急停止し、陣形を組んだ。

 闇に包まれた、広間の向こう側に通じる廊下から、一人の憲兵が姿を現した。

 その男の瞳はにごり、大きな笑みを浮かべていた。その制服は血に染まり、切り落とした誰かの腕と足を大切そうに抱えていた。

 それは道中に待機し、退路を確保していた憲兵のものに他ならなかった。

 どうやら憲兵の服を手に入れ、怪しまれること無く彼らに近づき、皆殺しにしたらしい。

 男は笑みを絶やさず確かな足取りで、陣形を組む一隊に歩み寄った。

 その物凄さに、しかし憲兵は動揺などしなかった。

 彼らはガイゼリックに選ばれこの任務に就いたのだ。先ほどは取り乱したが、彼らの誇りは二度目の醜態を許さなかった。


「何者だ!」


 副隊長が叫び問いかける。その時間を利用して、憲兵たちが術式の起動を急ぐ。


「ライラ殿、お下がりください。我らが相手をしますから、補助に専念して下さい」


 若い憲兵がライラの耳元で囁いた。

 しかし、ライラは答えない。

 使い魔も沈黙している。

 憲兵が顔を覗き込むと、ライラは顔を蒼白にし、目には涙があふれている。


「ライラ殿!」


 憲兵が大声で叫び、ライラの肩をゆすった。


「今は、ライラと名乗ってお出でなのですね」


 ライラの肩が跳ねて、ナスターシャが呻いた。

 血にまみれた憲兵は抱えていた腕でライラを指し示し、再開の喜びに打ち震えた。


「大きくなられましたな。覚えてお出ででしょうか?私です。エーミルです。コールと共にマルティス騎士団で副団長を務めていた」


 その言葉に憲兵達は驚愕し、改めて剣を握りなおした。


 冗談だろう?目の前にいるのが、あの名高いゼロの騎士だというのか?

 神聖グローリア陥落と共に死んだはずだ。

 生きているはずがない。


 ライラは止まらないめまいに、足をもつれさせた。

 それをナスターシャが姿を現し支える。


「おお、貴女様もお出ででしたか!」


 エーミルが目を輝かせる。


「ああ、なんという幸運、慈愛の女神アーティファよ感謝します!」


 血まみれの腕と足を放り投げ、手を胸の前で組む。感涙し、祈りの言葉を叫び続ける。

 その言葉をかき消すように、突然、副隊長が炎の刃をエーミルに向かい投擲した。

 続いて、憲兵たちの魔術が、そして小銃から発射された魔力のこもった弾丸が降り注いだ。


「それまで!」


 肩で息をした副隊長が告げると、憲兵は攻撃を止めた。


 晴れる煙幕の中から声が響いた。


「まったく、騎士が名乗ったというのに。お前たち、礼儀を知らんのか?」


 しかし、エーミルは何もなかったように、変わらずその場に佇んでいた。


「コールは一体何をしているんだ?ちゃんと教育しなければ駄目じゃないか」


 眉根を寄せたエーミルは、落胆したかと思うと微笑んだ。


「ならば私が教育してあげよう。任せてくれ、私は新兵教育の任に着いていたことがある」


 エーミルが動く前に、ナスターシャが鍵爪でエーミルの背後から襲い掛かった。

 しかし、エーミルは腰に下げていた両刃の剣でそれを受けた。

 二人が至近距離で睨み合った。


「さすが」


「・・・」


「やはりお美しい。肖像画で拝見した時よりも、ずっと」


「貴様!!」


 激高したナスターシャが影を操り、刃としてエーミルを貫こうとするが、エーミルは咄嗟に交わし、鍵爪を軸に刃を回転させ、柄でナスターシャの顔を殴りつけた。転げたナスターシャが姿を消すよりも早く、エーミルがナスターシャを刺し貫こうとする。


「避けて!!」


 ライラの形成した氷の刃が襲い掛かり、エーミルは距離をとった。


「お見事です。お強くなられたようで」


「・・・何故、私の正体を知る?」


「城を落とした邪教徒に教えられました。しかし、神も辛い試練を与えられたものですね」


 憲兵がライラに駆け寄り、盾になった。


 話の腰を折られたエーミルは、いらだたしく剣を振る。


 ナスターシャが目配せし、ライラが頷いた。


「憲兵ども、貴様らは逃げろ。奴の狙いは我々だ」


「馬鹿な!」


 副隊長は叫んだ。


 仲間を失い、醜態をさらし、その上守るべき少女を残して逃げ帰れだと?


「貴様らは奴の動きについてこられない」


「盾ぐらいには、なるでしょう!」


 若い憲兵がいきり立ち、震える手でエーミルに剣を向けた。


 そうだ、俺は金が欲しくて憲兵になったんじゃない。

 頭が悪いから、忠誠がどうだとか、そんなこと解らないけど、守ることが尊い事だということだけは解るから、人の役に立ちたくてガイゼリック様に頼み込んだんだ。


 他の憲兵たちも同様に、エーミルとライラたちの前に立ちはだかった。


 間合いを無効化するゼロ騎士?剣聖の片腕?それが何だ、ただ仕事をするだけだ。


 あの子を守る。今、この時に命をかけないようじゃあ、騎士なんていえないわ!


 この力は殺すためにあるのではない。殺して守るためにこそあるのだ。ゼロ騎士か、相手にとって不足はない。


 結構。わけのわからん化け物を相手にするより、ボーナスが期待できそうだ。


 ライラの脳裏に、あの日、あの時、彼女の騎士が目の前で切裂かれ、燃やし尽くされる様が蘇った。

 きっと、目の前にいる彼らも同じように消えてしまうのだ。

 ライラを怖がらせないように絶望を押し殺して、微笑みながら死んでしまうのだ。

 もう、全部なくしてしまった私なんかのために。


 彼らの姿が眩しかったから、彼らが素敵だと思ったから、ライラは告げる。

 彼らのかけがえのない命が、こんなところで失われてしまって良いはずがないのだから。


 ライラが瞳を閉じる。

 肌に術式が浮かび上がり、太古の魔術が起動する。

 両手を広げて世界を迎え入れ、刻まれた記憶を読み解く。

 それは数万年に渡って彼女の種族が見ていた景色。

 流れる血で持って、受け入れ、増幅し、己の存在を書き換える。


 自然に寄り添い、共にあった魔力が溢れ出す。

 淡い碧色の光りがライラを包み、黒い髪が草原の碧に染まって行く。

 細い体に収まりきれず、行き場を失った魔力が耳から放出され、まるで耳自体が伸びたように見えた。

 封じていた力の膨大さに、結界が軋みを上げて砕け散った。

 そして、彼女の存在は変質した。


 その姿、かつて存在した伝説の種族、アルファスとアーティファと共に昇天した争いを嫌う世界の良心、慈愛に満ちた、森に吹く穏やかな風。


 背後に魔法陣が浮かび上がる。

 描かれた呪法は、彼女のあり方。

 聖にして純、静にして無垢。

 神に、この世に生きられないと判じられたエルフ種の美しき魂が現前した。


 彼女の一族がエルフの体をとることが出来なくなったはいつの頃だろうか?

 彼女の父も、母も、エルフの血が流れてはいたが、その血が薄まるにつれ能力も減衰して行き、もう何代も前から人と変わらなくなった。しかし彼女は違った。同じ父母から生まれた姉も弟も人であったのに、彼女は生まれながらエルフだった。強力な魔力を持ち、アーティファから受け継がれた魔術を身に宿した。

 だから邪教徒は彼女を狙った。

 彼女を殺せば神は応えると、御姿現すと信じた。邪教徒がそれまで存在を許容していた神聖グローリアを攻め滅ぼしたのは、彼女が原因だった。

 それを知っていたから彼女は他人を拒絶した。いつか邪教徒は自分を殺しに来ると知っていたから。

 大切な人が出来てしまえば、生きたくなるから。縋ってしまえば、きっと自分が彼らを殺してしまうから。

 けれども、今、彼女は他人を守るためにその封じたはずの姿を現した。

 知られてしまえば、彼女の身に危険が及ぶに違いないのに、邪悪に身をさらし、盾となることを選んだ。


 ライラは涙を流し、彼女の騎士たちに別れを告げた。


「聖巫女、アーティ、ファの御名において、命じ、ます。下がり、なさ、い。そして、レ、オーネ公爵令嬢、使、い魔カイの求めに応じ、なさい」


 顔をくしゃくしゃにして、言いなれない大上段からの無慈悲な命を下した。


 グローリアが神聖の名を冠する理由。

 聖なる(みことのり)

 生命を持つものは、アーティファとアルファスの祝福を受けた王族の命を無視することは出来ない。

 恐れ多いから、跪いてしまう。


 憲兵たちの思考が組み替えらた。

 口々にライラを寿ぎ、退却のために陣形を組む。しかし、意識が飛びそうになりながらも、若い憲兵は踏みとどまる。顔をゆがめて、剣を構えた。


「下がれ!罪深い人の子が巫女に逆らうのか!」


 聖巫女の命に背く彼に、仲間たちから叱責が飛ぶ。

 彼は逼迫する衝動に抗い、もだえ、叫んだ。


「どうか。お傍に!」


「お行きなさい。誇り高き騎士よ。その命を果たしなさい」


 聖女ナスターシャが、彼の意識を刈り取った。

 失神する彼を憲兵が抱きとめた。


「ああ、巫女の再誕、巫女の祈りだ!私は邪魔しない!さあ、去るが良い!」


 エーミルが叫び、屈辱に身を焦がしながら退却する彼らを、エルフと聖女が見送った。


****


 広場に沈黙が満ちた。

 エーミルは跪き、ライラに最上級の敬意を示している。

 ナスターシャは悪魔の双眸でもってエーミルの能力を探り、ライラはかつてのエーミルを思い浮かべた。

 そして、城が落ちたその日の彼を。


「先ほどの光景、懐かしい。貴女はその場におられなかったから御存知ないでしょうが、まるであの日をなぞるかのようでした」


 ライラがエーミルを見た。


「お父上とお母上は、城の結界が崩壊したとき、貴女のように皆に落ちのびるよう御命じになられました。勿論、貴女のようにエルフのお姿をとることは出来ませんでしたから、その強制力は比べるべくもありませんでしたが」


「しかし、お前たちマルティス騎士団を筆頭に逆らい、聖なる血を守るために戦い続けた」


「はい。我らは邪教徒たち相手にあがき続けました。貴女たちを城に逗留していた蛇人の吟遊詩人に託して」


 エーミルの顔が苦悶に歪む。


「一人、一人と仲間が倒れ、侍女や老人達は自害し、子どもたちは邪教徒の手に掛かることを恐れた親によって殺されました。ええ、私も手伝いました」


 無き笑い、そのときの感触を思い出しているのか、手を開け閉め、あたりを見渡し、恥じるように目を伏せた。


「召使の男たちは使えもしない剣を取って立ち向かい、無残に殺されました。

 守ると誓った王都の民は呪いの海に沈み、一人残らず死に絶えました。

 私の知る限り、生き残ったのは、王命により外遊に出ていたコールたちだけ」


 エーミルはライラにすがり付こうとするが、ナスターシャが警戒を崩さない。


「最後に残ったのは私でした。

 どれだけの邪教徒を斬り、斬られたのか解りません。

 血にまみれ、手足の感覚は失われ、見上げると、あいつが、お父上とお母上を殺めた邪教徒がおりました。

 奴は私を見つめて言いました。

 『神は応えてくれたのか?』と」


 エーミルはそこで言葉を切った。そして哀れさを催す目でライラに言った。


「その言葉で、たった一言で、私は堕ちました」


 ゆらり、立ち上がる。


「仲間の、民の顔が頭にこびりついて離れないのです。

 日がな一日、寝ているときも、朝食のときも、女を抱いているときも。私を見つめ、問いかけてくるのです。『神はどこにいるのか』と」


 そして微笑む。


「憎むべき敵は、この苦しみを止める方法を教えてくれました。解を得るために何が必要なのか、教授してくれました」


 エーミルが絶望に落ち窪んだ瞳をライラに向ける。


「お会いしとうございました。ルクサーナ様」


 剣を抜き放ち、かつて朝敵へと向けた刃を主に突きつける。


「貴女を殺し、私は回答を得、仲間に捧げます」


 ライラが魔力を増幅させ、背後の魔法陣から膨大な魔力が供給される。

 ナスターシャが悪魔の翼を広げ、朗々と愛と死の呪文を唱え上げる。


「参ります。我が不忠お許しください」


 閃光がはじけ、亡国の姫と騎士は戦い始めた。

 それぞれの救いを求めて。


****


 報告を受けたガイゼリックは色をなくし、立ち上がった。

 レオーネは何かあったのだと気付き、目を見開いた。オーギュントは油断なくガイゼリックを注視した。

 ガイゼリックは椅子に座りなおし、情報を整理しようと務めた。報告ではキメラと会敵したこと、その被害が記されていた。

 『戦死者5名、戦闘可能負傷者2名、重症者1名、敵攻撃手段不明、物理攻撃だと思われる。現在、レオーネ公爵令嬢個人使い魔カイ殿の指示により、カイ殿を残し、撤退中』。つまり、何をされたのかわからないうちに、それだけの被害を蒙り、カイを残し、いや犠牲にして撤退中との事だった。負傷者が戦死者に比べて少ないということは、部隊が為すすべなく敵の火力にさらされたことを意味し、そして、手だれを失ったということは、まったく敵の攻撃に対処できなかった事実を示した。

 部隊は事実上壊滅、戦闘等できようはずも無かった。しかも後退ではなく撤退中ということは、カイが抵抗は無駄だと、逃げるしかないのだと判断したことを示していた。

 ガイゼリックはこの事実を二人に伝えるかどうか躊躇した。しかし二人にはそれを知る権利があった。そしてガイゼリックには伝える義務があった。

 息を整え、二人に伝えた。レオーネは手で顔を覆いった。オーギュントは怒りに目を血走らせ、椅子を蹴り立ち上がった。勢いよく紅茶がこぼれた。


「僕が行きます!行ったほうがいい」


「落ち着け!たわけが!」


「この期に及んで、貴方を信じろと言うのか!!」


 ガイゼリックは他の部隊の状況を調べた。割り出された支援者の屋敷を攻めた強襲部隊は、予想外の規模の敵の反撃に苦しみ、どれだけの兵を出せるかわからなかった。コール率いる討伐部隊は、キメラと研究者を待ち構えていたので無事であったが、いつキメラが外に逃げ出すかわからないから、多数の人員は裂けない。しかし救出部隊は出さなければならない。でなければ何のための軍かわからなくなる。

 ガイゼリックは二人を見た。レオーネは涙ぐみ、オーギュントはじれったそうにガイゼリックを睨みつけていた。二人とも、今にも外に駆け出していきそうな雰囲気だった。ガイゼリックはしばし、目を閉じた。そう、迷っている暇はない。行動しなければ、より多くの死体袋を準備する羽目になる。面目に構ってはいられない。オーギュントの力は既に宮殿騎士の水準を超えている。戦力として申し分はない。治癒者が不足しているだろうが、他の部隊からまわしてしのぐか、サラに頼まなくてはならない。そして、レオーネが現地に赴けば、カイと連絡が取れるかもしれない。


「オーギュント、力を借りるぞ。レオーネはサラ、ブリギッタと合流しろ」


 二人は飛び出し、ガイゼリックはかつて戦場にあったころのケープを羽織った。


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