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偽国戦記  作者: ブレヒトさん
合成獣
40/131

インベイジョン

キメラ研究の核心に迫るために、リスクを犯して行動を開始するカイたち。

使い魔をさらわれた貴族を介して情報を得るために、サラとブリギッタは貴族の屋敷へ赴く。

ライラとカイは憲兵の一隊と共に、研究所への侵入を試みる。


次回は4/29 or 30、0:00予定

 フェリスが水晶に魔力を流し込むと、光りが溢れ、眼前に初老の貴族が映し出された。

 

 魔力を宿した水晶を用いた通信魔術。

 これほどの秘匿性を持ちながらも、いとも容易く発動しうるのは、用いる水晶の質の高さだけではなく、その使い手の力量も非凡なものであることを示している。

 

 貴族が礼をすると、フェリスは鷹揚に頷いた。


「撤収の準備、整っております」


 フェリスは髪を束ねていたリボンを一気に引っ張り、髪を解いた。垂れた髪を掻き揚げて、赤いドレスを脱ぎ捨てた。しなやかで引き締まった裸体をさらし、勢い良く椅子に身を投げだす。

 観る者を蕩けさせた潤んだ瞳は凍りつくような冷血さを宿し、いつも薄く開いていた赤い唇は、強く引き結ばれた。まるで服とともに人格まで脱ぎ捨ててしまったようであった。


「抜かりは無いな?馬鹿な貴族どもの寝室にもぐりこんで、ようやくここまで、もう少しで港が手に入るところまで来たのだ。しくじるわけにはいかん。我らが関わった証拠をつかまれれば、これまでの苦労が水の泡になる」


「はっ!ご指示どおりに、研究員には我らの存在を証明する物品は提供しておりません。現地の工作員には全てダミーの情報が噛ませてありますから、万が一気取られたとしても、証拠を掴まれる恐れは一切ありません」


 ため息をついて、思いを巡らす。口元に怜悧さが宿る。


「現地の工作員は金で雇った者たちであったな?ならば使い捨てろ。生き残られて要らぬことを(さえず)られては面倒だ」


「承知しました」


「姫君の件はどうなっている?」


「例の騎士は十日ほど前に、マルブに侵入済みでございます」


 騎士は言葉を切り、フェリスを見た。


「しかし、よろしいのですか?」


 騎士の声には戸惑いがあった。

 フェリスもまた、苦い顔をした。


「仕方があるまい。協力者を、奴らを敵に回すわけにはいかん。この様な企みに加担するのは気乗りせんが、依頼は依頼だ。せめて、姫君には安らかに逝って欲しいものだ」


 騎士は目を伏せた。かつて誇りを抱いて戦場を駆け巡った。忠誠の置き所を金に変えたとはいえ、それでも騎士としての誇りは捨てていなかった。だから、偽善であっても、上官であるフェリスに尋ねずにはいられなかったのだった。


「あのいかれた男が、可哀想な姫君をどう料理するかは、我らには関係のないことだ。下らん感傷に浸って手を緩めることなどあってはならん。我も、貴様も」


「ですが・・・」


 何もいうなと、厳しい視線に射すくめられた騎士は、言うべき言葉を噛み殺し、唇を噛んだ。


****


「さて、始めましょうか」


 時計を見て、ブリギッタは貴族に微笑みかけた。若い貴族はあわてて立ち上がった。


 使い魔がさらわれた貴族の屋敷で、ブリギッタは術式を展開しようとしていた。

 貴族の寝室には魔具がいたるところにおかれ、ブリギッタが貴族の前に立ち、傍らには補助のためにサラがいた。扉の向こうでは、憲兵が二人、不測の事態に備えている。


「待ってください。心の準備を・・・」


「だーめ」


 言うが早いが、しまっていた薬で貴族を昏倒させた。サラが受け止め、ベッドに寝かせる。


「少し待ってあげればいいのに」


「この調子じゃあ、術が掛かるまでわめき続けるわ。さ、始めましょう」


 ブリギッタが寝かされた貴族の脇に立ち、顎を上げた。

 サラがその肩にふれ、自らの魔力を流し込んだ。精神の集中と、安定をもたらす魔術。ブリギッタが十分な力を発揮するよう働きかける。清冽な魔力がブリギッタを包み込み、淡く光る。さらに貴族へ力が伝わり、寝息が穏やかなものに変わった。

 瞳を閉じたブリギッタが微笑み、長いブロンドの髪がゆっくりと持ち上がる。言霊をつむぐ度に、圧縮されていた術式が徐々に三次元世界に開いていく。

 足元から金色の光りの帯が、螺旋を巻きながら揺らめき立ち上がる。光りは固まり、はじけ、形をなす。色とりどりの蝶となって、飛び立った。

 それは、部屋中を飛び回り、やがて部屋はきらめく蝶の園となった。


(見事なものね)


 サラは目の前で繰り広げられる天才芸に心の中でつぶやいた。


(こんな術式を僅かな時間で理論から練り上げるなんて、誰にも出来ない。しかも、こんなくだらない演出までつけて)


 サラの視線を感じたブリギッタは、余裕たっぷりに片方の眉を上げて見せた。

 

 ブリギッタの意識を仲介する無数の蝶が、貴族に留まり、浸透していく。

 彼女の意識が貴族のそれに繋がり、蝶に魅入られた貴族はブリギッタを受け入れた。


 蝶の群隊となったブリギッタは、貴族の意識を降りていく。

 入り込んだ他者(ブリギッタ)の意識を怖がる貴族をなだめすかし、求めるものに向かい羽ばたいて行く。

 貴族の意識はサラの魔術のおかげで安定していたから、蝶の旅路は穏やかなものになった。

 

 ブリギッタの好奇心が鱗粉となり、輝き、反射し、光りの渦となる。

 

 蝶が貴族の心を埋め尽くし、貴族は陶酔に包まれ、心をさらけ出した彼は深く彼女の侵入を許した。

 

 蝶が深層たどり着いた時、自我の根底に触れられた貴族が戸惑い、意識の海に波紋が起こり、蝶達は揺らめいた。

 けれど、満ち満ちた鱗粉が意識を麻痺させ、貴族の警戒心は優しく解かれていく。


(そう、何も怖いことなんてないわ。私はただ、貴方たちのことを知りたいの)


 さらに奥、本能を飛び越えて、無意識へと至る。

 そこに求めるものはあった。

 自我よりも深く、彼の世界の底で、彼と溶け合ったもう一つの世界。

 使い魔は主と混ざり合い、二人で一つとして存在していた。 


(見つけた!)


 ブリギッタは二人のつながりを高めるために、貴族の意識を引っ張り、それの意識につなげた。


(?)


 それは驚き、身もだえた。


(大丈夫、安心して。今あなたに触れているのはご主人様。彼にあなたの居場所を教えてあげて)


 意識の海に歓喜があふれ、自分はここだと雄叫びを上げる。


(そう、いい子ね)


 ブリギッタは半ば覚醒し、口を開いた。


「見つけたわ。南研究棟、地下。えっと、座標はXXX-YYY」


「よくやったわ」


 サラは室外に待機していた憲兵に伝え、憲兵はすぐに本部へ伝令を送った。

 ブリギッタは使い魔と貴族に感謝しつつ、さらなる深みへ降りていった。


 使い魔の置かれた状況を確認するために、使い魔の意識へと上って行こうとしたとき、異変は起きた。


 意識の海の潮目が変わる。

 海の中に海があり、世界がもたれて絡み合う。

 それらは溶け合い、個としての自我を保とうとする自意識の働きを、群れとしてのものへと書き換える。


(えっ、なにこれ、意識が一つ、二つ、いえ、もっと・・・)

  

 他に触れることで、意識は違いを知り、「私」を認識する。

 体がない状況で、感覚を剥ぎ取られた個体は何を持って違いを知るのか。

 自分の両手を重ねあわせて、どこまでがどちらの手の感覚なのか。

 感覚を混乱させてしまえば、自意識もまた容易く不確かになる。

 

 これは私とは違うから、私ではない。

 その認識は、感覚を持つ体があって初めて可能になるのではないか?


 体があるから、私である。


 精神なるものを体から隔離して、特別な役割を持たすことは、誤ったアプローチなのではないか?

 そうだ、過去の哲学に習い、精神こそ主体と措定したのが誤りだったのだ。肉体が必要なのだ。

 ならば、その体ごと混ぜてしまおう。

 体は仮初ではない。精神と同じく主体であるのだ。

 

 目的は完璧な存在。モデルケースである、精神世界に属する神に肉体は存在しない。

 だから、肉体は無視した。

 精神を世界に押しとどめる牢獄と理解して、考察、実験を開始した。

 けれど、上手くいかなかった。

 だから、前提を翻した。

 精神的な合一を果たすために、肉体を組み込んだ。

 そして、わが子は次なるステージに到達した。 


 男はキメラなど作りたかったのではなかった。

 男は完璧を、神をこそ作りたかったのだ。

  

 それを理解したとき、ブリギッタは渦巻く無数の意識の渦に飲み込まれる恐怖に立ち尽くした。

 全ての意識が、一つの意思をもってブリギッタに迫り来る。

 

 個としての完璧への渇望。

 

 一固体では生きていけないから、社会を形成せざるを得ない。


 生命として存在するために排除することを強いられた夢を追って、群体として生きることを選択した彼らは、現世のどんな生物よりも完璧だった。

 

**** 


 サラが振り向くと、ブリギッタは顔を歪ませ、苦悶の呻きを漏らした。


「何しているの!早くリンクを切りなさい!」


(駄目、まだ足りない。これが何なのか、どれ程のものなのか調べないと、ライラとカイが危ない!)


 部屋に満ちていた螺旋が歪み、乱れる。

 蝶が、一頭、また一頭と地に堕ちる。

 貴族の体が痙攣し、白目を剥いて鼻血が流れる。

 サラがシーツを破り、舌を噛まないように口に押し込んだ。


 ブリギッタの額から汗が噴出し、口元からは、唇を噛み切ったのか真っ赤な血が垂れた。


(ここで、止められないの!例え意識が擦り切れたとしても、私はあの子の、レオーネの役に立って見せるんだから、失くした時間を取り戻すんだから!)


 突然、ブリギッタは顔をのけぞらせ、瞳からは涙が流れた。異変を察知した憲兵が勢い良く扉開けて、室内を見て、立ち尽くした。


「一体これは、どうすれば」


 サラは憲兵を無視して術式を組んだ。サラの手に薄青の光りが集い、上空に放った。光りは弾け、羽となって貴族とブリギッタを優しく包みこんだ。

 意識の奔流に飲まれかけていたブリギッタの自意識が、サラの魔力に触れて、サラと言う他者を認識した。ブリギッタはサラを手がかりに自分を取り戻した。


 貴族は落ち着きを取り戻して穏やかな笑みを浮かべ、ブリギッタはベッドに突っ伏し、肩で息を切らした。


「何をしているの!何かあったら、すぐに帰ってくるって約束したでしょう!」


 ブリギッタは起き直ると、髪を掻き揚げ、言った。


「あなた、伝令を。気付かれました。突入するなら急ぎなさい。それと、相手は化け物よ。心して掛かるように。・・・何をしているの?早く行きなさい!」


 憲兵は慌てて室外に出て行った。

 それを見送り、サラは口を開いた。


「万が一にも失敗はないと大口たたいておいて、なに?しかも・・・」


 ブリギッタは手を挙げて、さらに続けるサラを制した。


「あんな化け物がいるなんて聴いてないわ。キメラ、成功していたのね。けれどかなり不安定よ」


「言いたいことはそれだけ?」


「なによ?私が止めないことなんて解ってたくせに」


 ブリギッタは、睨み付けるサラを尻目に、衣服の乱れを直した。


「そんなことより、なんとかしてカイとライラを引き上げさせないと」


「信号弾を上げるわ。それにしてもキメラか、やっぱり怪物というわけ」


「そうね。でも、それを成し遂げた奴のほうがよっぽど怪物でしょうけど」


 その時、窓の外で一羽の鷲が飛び立った。

 その鷲には目が一つしかなかった。


****


 百目の塔の執務室いたガイゼリックは、ベルタから報告を受けると、目の前で心配そうにガイゼリックを見つめるレオーネと、のんびりとお茶を飲むオーギュントに気付かれないように、術式を発動させようとした。


(まさか、完成させるとは!何処の誰だか知らんが、歴史に名前を刻みおった。男として心底うらやましいぞ)


 こぼれる笑みを必死に押さえつけた。


(しかし、ブリギッタとサラが知ってしまった以上、手をうたんとな)


 術式を発動しようと力をこめた瞬間、オーギュントと目があった。


「レオーネ、心配ばかりしていても仕様がないだろう?ほら、パイでも食えよ、上手いぞこれ」


 ガイゼリックから目をそらさずに、怒気がこもった瞳でオーギュントは言った。そして胸元から、デュルイ家の紋が刻まれたペンダントを引きずりだした。

 それを見たガイゼリックは、降参だといわんばかりに両手を机上にあげた。


(やれやれ、デュルイ家の破術の魔具か。あれを破るには、いかににわしとて骨が折れる)


 ガイゼリックは首を振った。オーギュントがそれを仕舞っていたこと、それは、観察されていたのはレオーネたちではなく、ガイゼリックの方であったということを示していた。

 先ほど感じた剣気にガイゼリックは一人の騎士を思い出した。

 最強の騎士だけが纏うことを許された、剣神を崇め奉る文様が施された朱色のマントを揺らめかせた騎士。神聖グローリア、マルティス騎士団の団長にしてかつての友、先代剣聖クリストフ。

 

(才能をもてあましていたこのぼんくらがな。カイと稽古をしているようだが、早くも花開いたか)


 ガイゼリックは意外な喜びに嘆息した。そして、大きな歯車が回り始めるのを感じた。

 ブリギッタにオーギュントという二人の天才が、そしてサラとライラ、生まれながらにして異能を宿した二人がレオーネの下に集った。そして、底知れないな力を持った使い魔のカイ。自らの想像を超えた流れに巻き込まれるのを感じ、ガイゼリックは未知なる神と呼ばれる存在に思いをはせた。


 糸を引いているのはあなた方ですか。


****


 カイは、空に浮かんだ信号弾の狼煙を見上げながら、突入の準備に掛かる憲兵を見渡した。袖口が引っ張られるのを感じたカイは目を落とした。ライラが物言いたげに見上げていた。


「どうやら、二人は無事なようだ」


 ほっとしたライラが微笑んだ。


「しかし、そうなると、お前を連れてさっさとこの場からずらからなきゃいけないんだが、上手くいくかな?」


「もういいの?」


「ああ、どうやらキメラは完成していたらしい。さらにブリギッタが気付かれた。対象は逃げ出すだろうが、置き土産として何か仕掛けてくるかもしれない。後は憲兵に任せてずらかることにしよう」


 ライラとカイはあたりを見渡した。憲兵の隊長がなにやら話しこみながら、こちらを見ていた。ライラが不安そうにカイを見上げた。

 憲兵の隊長が手を挙げながら近づいてきた。


「主の下に行ってもよろしいでしょうか?」


 嫌な予感がしたカイが、何か言われる前に切り出した。


「遺憾だが、そうは行かない」


 隊長はライラのほうを向いた。ライラの肩に使い魔の目が浮かび上がった。


「ライラ殿の使い魔の先導をうけ、先ほど物見を行かせたが、強力な結界と魔術無効の空間が確認された。結界内では、我々は十全な力を発揮することはできない。ゆえに、御二人にはさらなる協力を頼みたい」


「そこまでの命は受けていない。それは、貴方がたの任務のはずだ」


 隊長は、いらだたしげな表情でカイを見た。


「我々の任務は偵察だ。人員は足りているが、突入に必要な装備は不足している。しかし、ここでこうしていれば、相手に証拠隠滅の時間を与えることになる。それは君たちも望むことではないはずだ」


 装備が足りていないのに突入だと?馬鹿かこいつは?


「それに、この状況を作り出したのは我々ではない」


 ミスをしたのはお前らではないのかと隊長は言っていた。そして、断った場合、レオーネの手柄は彼の報告により毀損されかねない。

 カイは溜息をついた。


「ならば、俺が行きましょう。ライラはブリギッタやサラと合流させてください。あちらも大変でしょうから」


「いや、ライラ殿の使い魔の索敵能力は誰よりも優れている。さらに、ライラ殿自身も強力な術士なのだろう?余計な犠牲を出したくはないのだ。どうかまげてお願いしたい」


「しかしですね」


 カイをさえぎるように隊長は言った。


「すまない。法を振りかざしたくはないのだ」


 彼の言う法とは、有事の際、免除を受けている術士以外は憲兵の指揮下に入ることが義務付けられていることであった。当然のことながら、憲兵達はそれをよしとはしていなかったが、此度の敵が未知であること、その機密性ゆえ出来るだけ少ない人員でのぞまなければいけないことから、手段を問うている余裕が彼らにはなかった。


「承知した。ただし、何かあれば俺はこの子を第一に考える。あなた方の命は二の次だ」


「理解している。それ以上は望まない。責任は私にある」


 どう取るつもりだ?とカイは思ったが、口には出さなかった。


 憲兵の準備が整い、突入することになった。あたりは閉鎖されていて、人の行き来は途絶えている。どうして援軍が来ないんだと、憲兵の一人が愚痴をこぼした。


 まず、侵入防止の結界を破るために小数の憲兵がライラの使い魔と共に研究所に入っていった。緊張しているのは指揮官他、数名だけで、残りの十数人はなぜ隊長がぴりぴりしているのかわからない風だった。彼らは、この期に及んでも、対象がキメラであること、それが完成していることも知らされていなかった。


「大丈夫かな」


 ライラが彼らを心配そうに見ながらつぶやいた。


「お前の使い魔が見つけた結界と罠を解呪するだけだからな」


 頭に手を載せながらそう言った。けれども、浮ついた彼らが罠に引っかからないとも限らない。

 

 しばらくすると、通信兵からの報告を待ち構えていた隊長が息を漏らした。

 どうやら上手くいったようだ。それはそうだろう。よほどの馬鹿でない限り、企みがばれたのだから、逃げるに決まっている。無駄に人員を裂くよりも、証拠隠滅に務めるはずだ。これはただの時間稼ぎに過ぎない。


「お二人がた、では我らと共に」


 促されて、カイとライラは、剣を佩き、魔力がこめられた銃弾を打ち出す小銃を肩にかけた小隊と共に建て屋に足を踏み入れた。

 

 中は薄暗く、十分な採光が為されていなかったから、憲兵の一人が魔術で灯りをともした。通路は大人三人が横に並べばいっぱい程度の狭さであったが、ライラの使い魔が罠を全て見破ったため、進軍はスムーズだった。

 先頭に騎士二人が、中央にカイとライラと隊長が入った。他は魔術師と騎士がペアになった。部隊全てが騎士かあるいは魔術師であったが、魔力には限りがあるため、攻撃か防御どちらも万全に補助をかけるわけにはいかなかった。そこで、防御を重点に置いた補助を騎士に授け、攻撃は魔術師が受け持つ陣形で進軍することになった。敵は逃げ出しているだろうから、戦闘にはならないだろうと思った隊長は、補助を最大限に受けた騎士を先行させようとしたが、副隊長とカイが強く反対したため、このような陣形に落ち着いた。

 中に入った頃には、さすがに憲兵たちにも隊長の緊張感が伝わって、たるんだ気は無かった。前に結界を解いた先方隊が見えたので、彼らを外に出した後、退路確保のための人員を残し、進軍した。

 幾つかの通路を通り地下に入った。地下は広く、なるほど、方術の研究に耐えうる強度を持っているようだった。ライラは使い魔に探索させ、何もないようだったから部隊を進ませた。そしてついに魔術無効の結界が張られた空間にたどり着いた。


 張られた結界を破るために魔術士が破術に取り掛かった。彼らを守るように部隊の数人が付いた。結界内には、ライラの使い魔も容易には入れないため、ライラとカイは数歩下がった場所にいた。


「下がれ!!」


 ライラは久しぶりに、使い魔の念話ではない、空気を震わす本当の声を聞いた。

 瞬間、カイに抱えられ一気に数メートル後ろに飛びすさった。驚いてカイを見上げようとしたとき、手のひらで目を覆われた。ふさがれる瞬間、手のひらの隙間から赤色の噴水が憲兵の体から激しく湧き上がるのを見た。憲兵の首は無かった。


 まず猿の顔が、目を三日月にゆがめ、血に染まる歯をむき出しにして笑っていた。

 その左上にはユニコーンの頭部があり、ひたすらに息を切らしていた。

 右下には、人の顔らしきものがあった。けれども目があるべきところは空洞となり、大きく明け広げた口からは、長い舌が、犬のようにたれていた。

 他にも無数の顔が付いていた。あるものは叫び、あるものは笑い、あるものは泣いていた。無数の感情がそれにはあり、それが圧力となって降り注いだ。

 

 蜘蛛の体に蛇の体を継ぎ足したようなそれは、とぐろを巻いて、ゆらゆらと揺れていた。


 隊長を含む部隊の半数を失った憲兵達は、恐慌状態に陥ろうとしていた。


 -何だあれは-


 その問いに答えられるものはいなかった。

 一応の報告を受けていた副隊長や他の隊員であっても、それがキメラだと思考を巡らすことができなかった。


 ライラは使い魔が意図的に視覚情報をさえぎっているのを感じた。


(なんだろう、今の)


(変なにおいがする。何のにおい?)


(何かがいる)


(とっても早い何かがきて、皆を。・・・皆をどうしたの?)


 ライラは湧き上がった恐怖から、カイの腕の中でもがいたが、腕はがっちりとライラを捕まえて離さなかった。

 カイはライラを抱えたまま剣を抜き放った。衝撃波が化け物を捕らえたと思った瞬間。それは飛びのき、天井に張り付いた。カイと猿の目が合った。猿は不思議そうにカイを眺め、くるくると目を回した。そして、何か思い当たったのか、先ほどよりも大きく笑った。手らしきものを振り回し、ひとしきり笑った後、それは奥の空間に消えていった。

 カイはライラを下ろした。

 ライラは呆然としていたが、憲兵の有様を見て、すぐに立ち直った。

 キメラが消えた空間をにらみつけて、魔術が使えるぎりぎりのところに防御結界を幾重にも張り、攻撃魔術の準備をする。


「何時まで呆けているつもりだ、阿呆どもが!!」


 カイが一喝すると、憲兵達は正気に戻り、カイの元に後ずさってきた。

 集まった憲兵達は皆消沈し、武器すら取り落としていた。その有様を見たカイは大きくため息をついた。


「隊長は死んだ。次に階級が高い奴はどいつだ」


「私だ」


 隊長よりも幾分年上の、中年のがっしりとした体躯の男がおずおずと返答した。カイが目を合わせると、すぐに目をそらした。


「貴様は部下とライラを連れて今すぐ退却しろ」


「しかし!」


 抗弁しようとした服隊長をカイは鼻で笑った。


「お前らに、あれがどうにか出来るのか?ええ?俺が何とかしてやろうというんだ。これ以上死人が出ないうちにさっさと消えろ!」


「え、援軍は」


「数だけでは邪魔だ。精鋭を連れてこい」


「申し訳ありません。援軍を連れてきます」


「期待せずにまっている。遺体はあきらめろ。ライラは主の大事な友人だ。お前の任務は彼女を無事に帰すことだ!」


「はっ!」


 ライラがカイを見た。その目が言っている。

 

 -私は逃げない-


 カイは首を振った。


「ライラ、気持ちはうれしいが、いったん離れ離れだ。お前はあいつらと一緒に逃げるんだ」


 ライラがカイを睨み付けた。


「ここからは、通信兵の念話も届かない。誰かが届く範囲まで行かなくてはならない。憲兵に任せたいところだが、兵隊たちではおぼつかない。お前のほうが心も魔力もずっと強い。だから、行ってくれないか?」


 ライラが迷い、唇を噛む。

 しかし、ナスターシャがライラに囁き、頷いた。


「よし。けれどな、いいか。もし危ないと思ったら、お前だけで逃げろ。けっして助けようとするな。外に現状を伝えることが一番だ。解ったな?」


 ライラはカイの言葉に驚いた後、カイを鋭くにらみつけた。


「やだ。自分だけなんてだめ。皆連れてく。誰も死なせない。私、兵隊さんが死ぬの、大嫌い」


 今度はカイが驚かされる番だった。

 そして、聞いていた憲兵たちも同様だった。


 -俺達は一体、何をしているんだ?-


 士気が戻るのを感じたカイは憲兵たちを見渡した。

 怯えは消え去り、自分たちがすべきことを理解した古強者たちがそこにはいた。


「だそうだ。死んでくれるなよ、お前ら」


「はっ!カイ殿には、勲章の推薦をしておきます」


「いるか、そんな物!」


 カイが笑うと、副隊長が皮肉がこもった笑みでカイに敬礼する。部隊の皆がそれに倣い、軽口でもって緊張と恐怖をほぐす。部隊の半数を失いながらも、次の行動に移る勇気を彼らは持っていた。悪い部隊であるはずがない。遺体に向かい敬礼をして、速やかに退却の準備を整える彼らを見て、カイはそう思った。

 

 ライラを見つめると、その脇に使い魔の目が浮かび上がった。心配するな、ナスターシャの念話が頭に響いた。


「そうか。なら、奴らと共に、任務を果たせ」


 ライラは力強く頷いた。


「ああ、そうだ」


 副隊長に声をかけた。


「ガイゼリック殿に、直接報告しに行くと伝えろ。いいか、俺が、直接、片が付き次第、すぐにだ」


 あの爺どうしてくれよう。


 カイは前に広がる空間を眺めた。

 そこには、ぼんやりと、猿の顔が浮かんでいた。

 指をくわえて、寂しそうにこちらを眺めている。

 

 -いだろう、相手をしてやる-


 カイが一歩踏み出すと、猿は喜色満面、付いて来いといわんばかりに奥に消えていった。

 苦笑しながら、カイは付いていった。


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