ヴォケイション
使い魔の主であった貴族が死亡したことで、レオーネ達は解決を急ぐ。
そして、背後にいる者たちも、状況を収束に向かわすべく行動を開始する。
本章は後2~3話予定
次回は27日00:00 or 28日00:00 に更新できたらいいなあ。
ケルサス王国の西方に位置し、海に面したその都市国家は、昨今とある商会の助けを借りることで、急速に国力を高めつつあった。国名をベスティアと言う。
「陛下、マルブの研究所の撤収、手間取っているようです」
大臣の報告に王は、目をしばたいた。
「うん?何故だ」
「研究員がキメラ完成間近であることを理由に、拒否、妨害しております」
王は眉間を揉み、うめき声を漏らした。
「そうは言われてもな。我々が主導していることを知られてしまっては、他国からなんと言われるか・・・。マルブから締め出されてしまっては、これからの兵器開発に乗り遅れてしまうぞ。弱ったな」
王はいかにも困ったと、手もたれにこぶしを打ちつけた。前に立つ大臣、銀髪で未だ三十にも届かない長身で細身の男が続ける。
「魔術機関マルブでは、憲兵の動きが活発化。感づかれるのは時間の問題でしょう」
「ガイゼリックとかいったか?軍人上がりのあの男、賄賂すら受け取らない。ああ、どうすればいいんだ」
王が天を仰ぐ。
銀髪の大臣よりかは年嵩だが、彼も未だ四十には届いていなかった。王としての重みに欠ける彼は、髭を伸ばし、なんとか容姿だけでもふさわしくあろうと努めていたが、生まれついての性分はなかなか変えることが難しく、ただの浮ついた成金貴族にしか見えない。
「ご案じめさるな、王よ!」
その時、高い声が響いた。胸元を大きく開けた赤いドレスに身を包み、濃い茶の髪を束ねた妙齢の女性が手を広げて現れた。
「おお、フェリス嬢」
「わたくし達商会が証拠を残すような真似をするとお思いですか?なにも、心配することなどありません。全て商会にお任せを」
「頼もしい!よしなに頼むぞ」
フェリスは微笑むと、王にしなだれかかった。口を吸い、艶かしく王の太ももに指を這わせた。
「では、わたくしは命を出してまいります。後ほど寝室ご報告にお伺いしますわ」
王がそれに答えようとすると、ひらり、彼女は王から飛び退いた。かわされた王がつんのめって、見上げる恰好になった。憂いをこめた眼差しで見つめられ、王は予感される快楽に舌なめずりし、玉座から身を乗り出した。しかし、フェリスが視線で王を制し、滑らかな動きで礼をすると、大臣の前を通って退室した。
そのとき、フェリスと大臣の目があった。
大臣が目配せすると、フェリスは王には見せない笑みを浮かべ、大臣はかすかに口元を緩めた。
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「僕が依頼したのは、うちと交流がある家で、一月前に使い魔が誘拐されている。三男坊だけど使い魔を召還したことで領地が与えられることになったらしい。使い魔が戻ってこなければ立場が危ういから、喜んで調査に同意してくれたよ」
「どんな使い魔なの?種類よってはリンクしづらいわよ」
「あら。私が組んだ術式なのよ、どんな使い魔でもカバーして見せるわ」
ブリッギタが足を組み替えながら言い張り、術式を展開して見せた。幾つもの幾何学模様がブリギッタの体を覆った。赤に青、白に緑、まるで御伽噺に出てくる蝶のように揺らめいて、羽ばたいている。
「少し不恰好だけど、それは機能重視だからよ。失敗はしたくないから」
貴族に死者が出たことで、レオーネ達は解決を急ぐことにした。ガイゼリックたちも憲兵を増員するだろうし、もしかしたら、専門に部隊を編成するかもしれない。そうなってしまえば、依頼が取り下げられなくても、蚊帳の外に置かれることは必至だった。
そこで、ブリギッタの案である、使い魔と貴族のつながりに魔術で介入、情報を得る方法を採ることにした。話が決まるとブリギッタはさっそく術の開発に取り掛かった。そして、三日後、こうして彼女は術を披露していた。
「ずいぶんと早くできたのね。まだ、三日しか経っていないのに」
「前に似たようなのを作ってあったのよ。だからそれを少し改良するだけでよかったの」
「いくらなんでも、早すぎないか?」
オーギュントが訝しがった。
「・・・お前、俺に使うつもりで作っていたな?」
カイが睨み付けた。
「まさか、考えても見なかったわ。でもそれ、いいかも」
「白々しい」
「二人とも、そんな事言って・・・」
カイとブリギッタのやり取りに、苦笑したレオーネが文様に触れた。指先にかすかなぬくもりを感じた。
-さあ、怖がらないで、私にあなたを知らしめて-
ブリギッタの好奇心が色気を乗せて、慰撫するように染み渡ってくるようだった。思わず指を引っ込めると、ブリギッタがいたずらな笑みを浮かべた。
「どうかしら?」
「品がないわ」
サラが顔をしかめた。
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レオーネ達は術が完成したので、作戦内容をガイゼリックに報告した。すると、すぐに百目の塔に呼び出された。ブリギッタの魔術が、成功の見込みが高いことを確認したガイゼリックは、憲兵との合同作戦を行うようにとレオーネたちに申し渡した。手柄は薄まるが危険は減るということでレオーネは了承した。さらに、憲兵の手を借りることで、彼らの体面も保たれるから、憲兵に対し大きな貸しを作ることも出来る。
その場でガイゼリックから決行の日時が伝えられた。それは二日後という、極めて急な決定だった。
レオーネ達は準備に奔走せねばならなかったから、作戦について吟味する時間が与えられず、違和感を覚えながらも疑義を呈することが出来なかった。
そうして、当日を迎えた。
「手順を確認するわよ」
サラを中心にして、皆が顔を合わせた。
ライラは昨日眠れなかったらしく、ぼんやりとしながら顔を上げている。オーギュントはだらけて菓子をつまんでいたが、サラが声をかけると、急にまじめくさく腕を組んだ。レオーネは不安げに両手を胸元に当てた。
「まず、私とブリギッタが件の貴族から使い魔に働きかけて、居場所の特定を試みる。判明したら、ガイゼリック様にすぐにお伝えするわ。私達は出来るだけ情報を引き出すけれど、異変があったら、すぐにでもリンクを切断して退避する。そのときは信号弾知らせるから、良く見ていて。カイとライラは、判明した施設の偵察が任務よ。ガイゼリック様からの命があるまで憲兵の一隊と共に待機、彼らの指示に従って。でも、いいように使われちゃあ駄目よ。貴方たちが無茶だと思ったら、すぐに離脱して」
「戦闘に参加する必要は無いんだな?」
「ええ。あなたとライラの仕事は、あくまで、場所が特定できた場合の内部状況の把握よ。ライラの使い魔の能力である気配遮断と探知能力で、研究施設の内部構造と状況がわかればいいの。ガイゼリック様が編成した偵察部隊と行動は共にするけど、戦闘まで付き合う必要はないわ」
そこで、サラはカイを見た。カイは一見おとなしそうにしていたが、胸のうちはわかったものではない。もしかしたらレオーネのために戦闘を引き受けるかもしれない。
視線に気付いたカイがサラを見た。そして、ブリギッタの脇で小さくなっているライラを。
「安心しろよ。戦いは避ける。俺だけならばともかく、ライラもいるからな」
カイはライラの頭に手を置いた。
「私は大丈夫だよ?戦えば、レオーネが楽になるなら、戦うよ」
無邪気でありながら決然とした意思がある。大事なものを失くしたくない。助けになるのなら誰よりも勇ましく戦って見せる。瞳にある焦りと恐怖の理由を知るブリギッタがライラを抱きしめた。
「無理はしちゃ駄目。お願いだから、全部憲兵に任せて。私のいないところで貴女が怪我でもしたら、私、どうなるかわからない」
ライラがブリギッタの背に手を回す。レオーネが二人のそばに来て、微笑みかける。
「大丈夫です。カイさんがいますから。ですよね、カイさん」
「ええ。ライラに心配はありません。手を出す奴は斬ります」
「・・・いや、だから」
ブリギッタが眉間にしわを寄せて、サラが呆れてため息をついた。
「はあ、続けるわよ。姫様はガイゼリック様と共にいてください。そこならば安全でしょう」
「解りました」
「オーギュントも」
「俺も?何故です?ガイゼリック様がいれば、レオーネは安心でしょう?」
オーギュントは心外だと驚きながら、強い調子で言った。
「この調査は他国の機密に関わるの。もし、何らかの形で私たちがそれに触れてしまった場合、マルブの大口出資者であるグラナトゥム家でも、ガイゼリック様が何かするかもしれない。でもデュルイ家のあなたがいれば何もできない。お願い」
オーギュントはサラが真剣なことを見て取って、それならば、と残念そうに頷いた。
サラが時計を見た。
「ガイゼリック様が指定した時刻までもう少しあるわ。各自、最終確認をしておいて」
そうして、ようやく、といった風に息をついた。
「しかし、忙しいわね」
ブリギッタが術の補助に使う魔具を袋につめながら言った。
「仕方ありません。憲兵が動いてしまえば、相手が気付いてしまいますから」
レオーネが皆にお茶を注いだ。
「ガイゼリック様の手際がよすぎる。どうしてだろう?」
オーギュントが、訝しげにつぶやいた。
「そうね。やっぱり、そうなのかしらね」
サラの言葉には諦めに似た響があった。
「どういうことです?」
「始めから、こうなると思ってグラナトゥムの依頼を受けたんだと思います。ブリギッタに術式を組ませて、居場所を突き止める。ライラとカイさんの力で偵察して、憲兵が制圧」
「回りくどいな。どうしてそんな真似を?」
「私が天才だからよ」
そう言うブリギッタの顔は晴れなかった。
「でも、気分は良くないわ」
「正式にブリギッタに頼んだ場合、グラナトゥムから取得した情報、物品の供出を求められる恐れがあるでしょう?でも、この場合、ブリギッタは非公式に手助けしただけだから、グラナトゥムが何か言ってもマルブに応じる義務は生じないの。勝手に手伝っただけだものね。しかも、貴方とライラの力も借りれるし、いい事尽くめ」
「でも、レオーネの名で解決するんだから、やっぱりマルブに義務はあるんじゃないか?」
「いいえ。そもそも、姫様に解決させようとマルブに働きかけたのは王室ではないの。レオーネ様を失脚させようとした魔力原理主義の貴族が、解決できないことを見越して王室を出し抜いたものなの。だからグラナトゥムはそこまで大きな要求を出せないわ。そうで無ければ、他国の干渉を良しとしないガイゼリック様が受けるはずがない」
「そんなに、ずるい人かなあ。もっと単純な人だと思うけど」
「どうしてそう思うの?」
「人に好かれる軍人と言うのは、そういうものだから」
サラの言うとおり、それがガイゼリックの、マルブ機関の目論見であった。そして同時にオーギュントの言うことも正しかった。
ブリギッタの才能を上手く活用して問題を解決、かつ得た情報を国家の名の下に提出を求められることを防ぐことは、領主としての仕方のない決定だった。しかしガイゼリックはそれだけで済まそうとはしなかった。一国の姫を落しいれる策の片棒を担がせようとした、グラナトゥムのレオーネ排除派への抵抗として、レオーネに手柄が渡るように配慮し、元高級将校らしい逆襲を試みた。そして、なによりも、レオーネたちを誘導し解決に導びくことで、教育者としての義務も果たそうとした。
つまり、ガイゼリックは事件を解決すること、そして、かつて軍人であった頃、大嫌いであった政治的配慮というものを彼に強いたレオーネ反対派に一泡吹かせること、さらにレオーネたちの成長を促すことを、多面作戦を実行しようとしたのであった。
「じゃあ、行きましょうか」
サラが椅子から立ち上がり、声をかけた。
緊張した顔でレオーネが皆を見渡す。
皆がいてくれるから、こうして立っていられるのだと、抵抗できるのだと、思いを声に込めた。
「皆さん、宜しくお願いします」
皆が、頷く。
ここから始まるのだ。
この少女のために。
そして、自分を取り戻すために。
狂気に陥った剣鬼は、大切な人の大切な人を守るために剣を佩く。
無軌道な暴力に忠誠を穢された騎士は、歪な忠誠を貫くために、一度忠誠を裏切った近衛騎士と手を取り合う。
魔術に愛された天才は、裏切ってしまった少女がふさわしい誉れを得るために、才能を飛翔させる。
邪悪に全てを奪われた亡国の姫君は、もう二度と奪われないために、かつて聖女だった悪魔と共に禁じられた力を解放する。
そして剣神は、彼らと共にあるために、神の力を行使する。
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神が定めた決定論。
救われる者はあらかじめ決定されている。
だからこそ、その宿命に流されるのではなく、立ち向かうのだ。
与えられたからではない。
そうするのが正しいからだと確信しているからこそ、召命を自らの意思で自らのものとし、全てを賭けてやり遂げるのだ。
その結果、救いはもたらされるのだから。




