ディア・フレンズ 3
レオーネたちが合成獣調査のための下準備をしていると、外に出ていたライラとカイが帰宅した。
二人は、使い魔がさらわれた貴族の一人が死亡したことを皆に告げた。
カイとライラが聞いたこと、見たこととはなんだったのか?
*昨日更新しようとしましたが、サイトが重くて出来ませんでした。
申し訳ありません。
クッキーを袋につめてもらったライラは、ブリギッタの言いつけなんてお構いなしに、歩きながらむしゃむしゃと音を立てて食べていた。
(カイ)
頭に若い女の声が響いた。ライラの使い魔、悪魔ナスターシャが念話をつなげてきた。
(何だ、ナスターシャ)
(力はどの程度使えるのだ?私は生前の十分の一も使えない。戦闘になれば、貴様に頼ることになるだろうが、問題は無いな?)
(負けそうな奴に会ったことは無いが、補助を最大限つけたガイゼリックやコールは危ないかもしれないな)
(サイレス様の眷属といえども、力を封じられていれば、人に遅れを取ることがあるのだな)
(・・・)
カイは、苛立たしいような、むず痒いような、何ともいえない気分になった。初めてナスターシャと会話をかわしたとき、ライラが親愛の女神アーティファの関係者であることを察し、自身が何であるのかをナスターシャに打ち明けたのだが、神の現世への介入を嫌った大母神マーテルによって、ナスターシャの記憶は改ざんされてしまった。その結果、カイは剣神ではなく、レオーネが信仰する豊饒神マイアの裏面である冥界の神サイレスの眷属ということにされてしまった。
(・・・守ってやるから、その事は口にするな)
(承知した)
ライラがカイを見上げて、微笑んだ。
「仲いいね」
「聞こえていたのか?」
「ううん。この子が私の耳をふさいじゃったから、何を話しているかまでは解らなかった。使い魔同士の大切なお話だったんでしょ?」
「そうだ」
「うれしいな。この子にそんな友達が出来て」
ライラはクッキーを口に含むと、若草の匂いがする髪を揺らして、本当にうれしそうに微笑んだ。
****
研究棟の前まで来ると、衛兵の大鬼がこちらを威圧的に見下ろしてきた。その背後には、高さ五メートルもあろうかという巨大な門があり、許可無いものの通行を妨げていた。それは、ただ巨大なだけではなく、幾重にも結界が重ねられ、内の様子を伺うことが出来ないようになっている。そのせいで、研究棟など存在しないかのようで、ただ草原が広がっているように見えた。
目的を告げると、頷いた大鬼が門を動かし、結界の一部がほぐれて、入り口に続く石畳がカイたちの前に開けた。
大鬼に礼をして中に入った。
入り口には目に見える強力な結界が張ってあり、目的に合致した場所にたどり着く道しか見えず、進めないようになっている。廊下も薄ピンクの靄がかかっていて、途中にあるはずの部屋も見ることが出来ない。各国の機密を保持するために、大陸最高の侵入対策がなされているのであった。
幾つかの角を曲がり進んでいくと、目の前にネームプレートが掛かった部屋にたどり着いた。
そこにはメルキドと書かれてあった。
ライラがノックをすると、中から声がして二人は室内に入った。
「どうぞ。そこに」
レオーネが受けることの出来る数少ない講義の講師であったメルキドは、執務机に座り、前にあったソファを指差した。
「いえ、長居はしません。ガイゼリック様から聞いていると思いますが、例の物を受け取りに来ただけです」
ライラはカイの後ろに隠れている。やはり、カイたち以外の前に出るには未だに抵抗があるようだった。
「少し待っていてください。・・・はて、どこに行ったか。すみません。最近、忙しかったのでもので」
「待ちます」
室内はいたって質素で、浅黄色の壁に白色のソファ、他にはメルキドの執務机と箪笥が一棹あるだった。執務机には迷彩魔術がかかっていて、カイたちには何もないように見える。そこにメルキドは手を突っ込み、あれこれ手探りした。
時間を持てあましたライラが箪笥のほうに行き、上に掛かっていた宗教画を見上げた。
この質素で明るい部屋にあって、褐色の額縁に囲われたそれは、異様な雰囲気を纏っていた。
黒色の背景に、大きく口を開いた老人が何かを飲み込もうとしている。鬼気迫る顔、白い髭は鮮明さを欠いて、対照的に節くれだった手は目に迫ってくるように写実的な迫力に満ちていた。
全体的に黒色が多く用いられて、所々塗りつけたような強い赤が、観る者を突き放す。老人のうつろな目が、カイを見る。凄惨な本能、食欲だけがあった。
ライラはじっとその画を見つめていた。
「食人神カーニバルを画いたものです」
メルキドが魔石を手にライラの脇に立った。
「人にせよ、亜人にせよ、動物にせよ、共通するのは本能です。その中で、最も浅ましく、むごたらしいのは食欲と言ってよいでしょう。睡眠には夢と無防備と安らぎが、性欲には愛情と次世代への希望があります。しかし、食欲だけは何処までも自己中心的で、ただただ醜い」
ライラはメルキドを見上げた。
「先生はどうしてこの画を飾っているんですか?」
「食を救いに昇華させたのがカーニバルです。この神は衝動しか持たず、人からは悪魔のように伝承されていますが、亜人の一部は救済の神として祭っています。彼らの教義によれば、カーニバルに食されたものは、この浮世から開放され、天上にて永遠の安らぎを得るか、地上に楽園をもたらす英雄として再誕するそうです。
咀嚼という痛みを試練として与え、食されるものの生命としての醜さを引き受け、胃の中で彼らを浄化する。そのために、カーニバルは常に飢えている。ヒトはとてもまずいから、口に入れただけで吐いてしまう。だから、満たされることを拒み、ヒトを食べざるを得ないように飢え続けている。私たちを救うために」
「そうだ。そのために人格までも破壊した」
メルキドは口元に笑みを浮かべた。
「亜人達はとてもロマンチックな神だと言っていましたよ。この画はそんなカーニバルの自己を破壊してまでも与え続ける愛情を見ようとしない私たちへの当てつけであり、怒りなのです。本当の愛の神は誰なのか、私たちに問い詰めているのです。ほら、良く見ると彼は涙を流しているでしょう?」
メルキドが、二人に向き直って、魔石をライラに手渡した。
「真なるものは誰にでも理解される、というものでもない。真理を発見したとしても、見向きもされないかもしれない。それでもそれは真理です。この画は、それを自らの内に刻み付けておくためのものなのです。
さて、これが憲兵のパトロールのスケジュールと経路になります。封印が掛かっていますが、ライラ君、君にパスを渡しておきましょう」
メルキドが手を差し出す。その手に光りが集まり、ライラがそれを握り締めると光りはライラの手に吸い込まれた。
「後でちゃんと返してください。ガイゼリック卿に怒られてしまいますので」
****
「このまま帰ってもいいが、どうせだから、やられた貴族の屋敷でも見ていくか?」
「近いのがあるの?あるなら行ってみる。三人でお散歩できるの、これが最後になっちゃうかも知れないし」
使い魔が狙われているのだから、いくら手だれと言えども、カイたち三人で出歩くのは危険なことではある。本来であれば、メルキドの元を訪れるのはサラやブリギッタの役割であったのだが、ライラが無理を言ってカイを連れ出したのであった。
研究棟から伸びる石畳を馬車駅に向かい歩く。
道にそって常緑樹が植えられて、その外側に白色のアーチがかかり、遊歩道は陽光をさえぎられ涼しげな風が通っている。
カイの一歩前を歩いていたライラが振り返った。
「ねえ。もしかして、カイは私が誰か知っているの?」
透き通った碧色の瞳が揺れた。
風に髪がたなびいて、草原の匂いが香った。
世界を統一した聖巫女アーティファと戦神アルファスの夢、彼らの臣民が末永く幸せであるように。
しかし、それから数千年、大帝国の末である神聖グローリアは、邪悪によって滅び去った。しかし、アーティファの希望は生きている。
「予想は付くが、俺には関係のない話だ」
「レオーネに危険が及んでも?」
「危険なのか?由々しき事態だな。ならば斬らねば。リストを作ってくれ。やられる前に」
ライラは薄く口を開け閉めし、目を伏せた。
「レオーネ様やサラは知っているのだろう?ならば、問題はない。そもそも、国が滅んだ今、お前にどんな責任があると言うんだ?」
「優しいんだね、カイ」
「なんだ、今頃気付いたのか?」
目に涙を浮かべたライラはカイに並んで歩き出した。
(ありがとう。あなたの慈しみ、忘れません。あなたにアーティファの御加護があらんことを)
聖女ナスターシャの祈りが聞こえた。
****
一軒目には、変わったところなど無かった。ライラの使い魔ナスターシャが悪魔の能力で結界の外から様子を伺ってみたが、使い魔をさらわれた貴族が臥せっているほかは、特に以上はないようであった。屋敷内には貴族の所属する国家の騎士が一名いるだけで、その落ち着きから、半ば捜索を諦めてもいる風であった。
その帰り、貴族の屋敷のすぐそばで、見知った顔、太鼓腹を揺らしたオークのナスィームに出くわした。いつもの臙脂のスーツに、あまり見ない大きなバックを抱えていた。
「よう、ナスィーム」
「これはカイ様、意外なところでお会いしましたな。そちらのお方は、ブリギッタ様のご友人のライラ様ですな。私は、ここで少しばかり皆様方の御家政のお手伝いをさせてもらっております商人のナスィームと申します。以後お見知りおきを」
ナスィームは深々と頭を下げた。ライラは警戒しているのか、カイの後ろに隠れている。
「ずいぶんと大きな荷物だな。何処に行く?」
「ああ、ここのお屋敷ですよ」
そう言って、カイたちが覗き見た屋敷を指差した。
「この屋敷に?・・・何用だ」
「はあ、ここで何かあったようでしてな。いろいろな物をご注文くださるのです」
(ほう)
ナスターシャが興味深げな声を上げる。
(ナスターシャ、荷物の中身を覗けるか?)
(時間があればな。強力な結界が張ってある。強力な呪物が詰まっているようだな)
「ナスィーム。何かあったと言うが、何かとは何だ?」
ナスィームは腹を大きくゆすった。
「いやはや、カイ様。それはお互い言わないお約束でございましょう。その件でおこしになったのでは?」
ライラが警戒の色を強め、カイの袖口を掴んだ。
「何故そう思う?」
「商人は情報に鼻が利かなくてはいけません。これだけ被害が拡大しては、そもそも隠すのが無理と言うものでございましょう。他の貴族の方も、被害に逢われた貴族がたを見舞いと称して、探りにいらしてるようですからな」
「ふん。噂は広がってしまっているというわけだな?しかし、お前に何の係わり合いがある?」
したり顔で頷きながら、胸を張った。
「医者に掛かりたくても掛かれない場合、薬を何処から調達すればよろしいので?」
「なるほど、そういうことか。ということは、他にも顧客がいるな。何人だ?そして何処の屋敷の誰だ?」
ナスィームは、これ見よがしに眉間にしわを寄せた。
「これ以上はご勘弁を。カイ様ですから、正直に申し上げたのでございます」
困ったように、手を合わせる。
「まあ、いい。しかし、何か異常があれば伝えてくれ。あまり危険なことはするなよ」
「肝に銘じておきます。では、失礼いたします」
貴族の屋敷に足早に向かうナスィームを見送った。
「変なオーク」
(あれが薬だと?ふざけたことを言う。薬にあのような結界は必要ないだろうに)
「あいつはずいぶんと手広い。それにここの商人は呪物を扱うからな。入れ物には気を使うだろう。レオーネ様の召還に必要なものを揃えたのはあいつだ」
(結界は入れ物だけではなく、物にも掛かっていた。隠したかったのは物そのものだ。そして、あの結界には隠蔽だけではなく、封印の意味合いもあったろう。ひとかどの商人が扱うには危険すぎる。カイ、本当にあの商人は信頼できるのか?)
カイは答えられなかった。
何故、ナスィームがそんなものを?
****
二件目の屋敷が見え始めたとき、カイとナスターシャは異変に気付いた。慌しくドアが開き、中から誰かが叫ぶ声が聞こえ、数人の家人が飛び出してきた。カイ達は近くの植え込みに身を隠し、それをやり過ごした。
「ずいぶんな騒ぎだな」
「何があったの?」
(今ならば、さほど苦労せずに中に入ることが出来るが?)
「お願い」
ライラがそう言うと、ナスターシャの気配が消えた。
「カイ、あの子と視覚を繋ぐから、私の体、お願いできるかな?」
「任せて置け」
ライラは目を閉じ、草むらに座り込んだ。
(お待たせ、ナスターシャ)
(視覚を共有するのは勧めない。周囲に気を配れない)
(カイに任せたから、大丈夫)
ナスターシャの、呆れたような、でも何処かうれしそうな波動が流れてきた。
(では、行こうか)
二人は屋敷の中に入った。
****
ナスターシャは正面から堂々と中に入ると、あたりを見渡した。
その屋敷はレオーネの家の三倍程度の、パラディアン様式の豪華な物件であった。玄関はホールになっており、大きなシャンデリアがドーム状の天上から垂れ下がっている。窓が多く、光りがふんだんに取り入れられ、正面には庭園が広がって、噴水が日の光りを受けてきらめいている。建物の中には、多数の美術品が並んで、さながら宮殿のようであった。おそらくその貴族は、芸術関係の職についているのであろう。ほぼ全てが高価なもので、一個人が所有するには、度がすぎている。
ホールを貫く階段の下に、タイを外した家礼が頭を抱えて座り込んでいた。駆けつけたと思われる魔術師が、彼の前で何があったのか聞こうと質問を繰り返していたが、家礼はただ首を振るばかりで何も答えない。たまに、顔を上げて、縋るような眼差しを魔術師に投げかけるだけであった。
(ここにいても何もわかりそうにない。貴族の下に向う)
ナスターシャは貴族がいそうなところを探査した。
結界の中心は屋敷の上部、屋根裏に相当する場所にあった。そこから、幾つかの節点に魔力が注がれ、結界が発動していた。その中にあって一際魔力が強い場所があった。ナスターシャ達はそこに向かった。
階段を上がり、長い廊下を行くと、ある部屋に行き着いた。室外には一人の騎士が目を光らせて、誰も中には入れないでいた。厳しいいでたちでありながら、その顔色は青ざめている。それどころか、恐怖が張り付いていた。
(ああ、貴族は死んだな)
(え?そんな、どうして・・・)
(危険な魔力は感じない。呪いの類ではないな。そうだとしても既に浄化されている。私は調べるが、ライラは視界を戻したほうがいい)
ライラは逡巡したが、すぐに決意を固めた。
(私も入る。こんなチャンスはないんだから、ちゃんと説明できないと)
(そうか)
ナスターシャが入ろうとしたとき、廊下向こうから、メイドが主の体を清めるためだろうか、水盆を満たして静かに進んできた。騎士は止めたが、彼女は聞かなかった。ため息をついた騎士は、メイドの体にスキャンをかけると、ドアの前を空けた。目を赤くしたメイドは礼をして中に入った。
甲高い音がして、水がこぼれる音がした。続いてメイドの絶叫が聞こえた。まるで銃で撃たれた果実が飛び散るような。
部屋の中で、メイドが壁に体を打ち付ける音がして、騎士は弾かれるようにしてドアを開けた。その隙にナスターシャは中に入った。
まず、戦神アルファスの物語を記した絨毯が目に入った。目を上げると、窓際にベッドがあり、貴族が横たわっていた。ベッドは大きなものであったが、なぜか位置がずれていた。反対側には、メイドが口を押さえて、心が飛んでしまっているのか、虚ろな目で座り込んでいる。騎士が肩をゆすっても彼女は答えない。騎士の目にも涙が浮かび、彼女を抱きかかえた。そして、貴族のほうを見ないようにして、室外へと出て行ってしまった。
カーテンの隙間から、光りが差した。貴族の顔が照らされた。
(!!)
ライラは見てしまった。
己を殺す痛みと、決して終わらない苦しみと、地獄に引き込まれる怒りと、命への未練の悲しみを。
顔は性別の判断が出来ないほどにゆがみ、飛び出した眼球は虚空をにらむ。裂けるほどに開かれた口端は血でそまり、舌がだらりたれさがる。
僅かに上げられた腕の縛りつけたロープの跡が痛々しい。
拷問を受けた囚人のように、貴族は見えない縄でくびれ死んでいた。
閉じることの出来ない瞳で全てを見たライラの心が、本能的な恐れに塗りつぶされる前に、ライラの視界は切断された。
****
背を丸めていたライラの華奢な体が弓反りになり、目からはとめどない涙がこぼれた。
「どうした、ライラ!」
カイが視点の定まらないライラを抱きしめる。
頬をたたいて、意識を戻らせようとすると、ライラの目に生気がもどり、カイと目を合わせることが出来た。肩で息をして、必死に吐き気を抑えている。
「大丈夫か、ライラ?」
「うん。急に視界を閉じられちゃっただけ。すぐに落ち着くから」
(すまなかったな、ライラ)
気が付くと、ナスターシャがすぐ脇に来て、ライラの手を握った。
「おい。何があった?」
(ここに居ては見つかる恐れがある。道すがら話そう)
****
そうして、三人はレオーネの屋敷に戻ってきた。
話を聞いて、レオーネの体はこわばった。
どうして、急に。なぜ。
「ライラの使い魔が言うには、使い魔のフィードバックだ。よほどひどい目に会ったのだろう」
「どういうこと?たとえ使い魔が死んだとしても、魔術士まで死ぬような繋がりが強いのなんて、そうはいないわよ」
サラはあわてて報告書を手繰り寄せた。
「さあな。俺たちが行ったのは先月頭に被害にあった貴族の屋敷だ。ちょうど臨終のときに重なったらしく、屋敷中があわただしかった。聴いた話によると、昨日急に昏倒したまま意識が戻らなかったらしい」
「あの家は、確か魔亀だったわね?強い繋がりはないはずよ。知性が低い使い魔とは繋がりが弱いものなの。しかもまだ幼生。病気か、あるいは呪いじゃないの?」
ブリギッタが、目をきつくして、保存した書類を空中に呼び出した。
「ううん、あれは絶対使い魔のフィードバック。私もいっしょに見たの。でも、あんなの、あんなふうに、死ぬなんて」
ライラは使い魔を通してみた光景を頭から追い出そうとするかのように、大きく首を振った。まるで狂を発したかのように意識を失いながらも叫び続けたであろう貴族の死に顔と、気が違ったように座り込み、立ち上がることのできないメイドの姿は、目にこびりついて離れなかった。
それからライラの見たことを詳しく聞くにつれ、一同押し黙った。そしてレオーネは一つの決断を下した。
「残念ですけど、ブリギッタの案は無理です。こうなってしまってはガイゼリック様も兵を増員するはずですから、地道に調査しましょう」
「おいおい」
「ちょっと、なに言ってるの。まだ試してもいないじゃない」
「決めたことです」
申し訳なさそうに、けれども決然とした態度に、ブリギッタは二の句が告げなかった。
「それでいいのか。僕にも、君たちの難しい立場は伝わってきている。僕たちの身を案じているのならば、気にする必要はないんだぞ」
オーギュントの言葉はうれしかったけれども、そういう訳には行かなかった。
「ごめんなさい。でも、やっぱり、先ほどの案は危険すぎます。使い魔に対して相手は強力な手段を持っていて、人も殺めました。これは国家の案件です。私たちの手の及ぶことではありません」
「あなた、調査そのものを諦めるつもり?」
ブリギッタの問いにレオーネは沈黙で返した。
「私はやりたい。レオーネが困ってるなら、何とかしたい」
ライラに手を添えられて、レオーネは心が温まり、微笑んで、手を握り返した。こんなにみんなが親身になってくれるなんて思ってもいなかった。涙があふれてきた。サラを見ると、優しく見返してくれた。これから、もっと難しい立場になってしまうことを考えると心が痛んだ。けれど皆が危険を犯すよりはいい。
「カイさん。これからガイゼリック様にお会いします。申し訳ありませんが、一緒に来てくださいませんか」
「お断りします」
レオーネがあっけに取られ、皆が目を丸くした。
カイがレオーネに逆らったことなど、これまでにあっただろうか。
「その必要はありません。手をかしてくれる者がいるのです。これまでとは、姫様とサラ、二人きりとは違います。もう少しだけがんばりましょう」
「ですが・・・」
「止めが入るか、これ以上は、となったら、やめましょう」
「でも、使い魔が狙われています!カイさんとライラの大切な子が何かされてしまったら!」
「俺は問題ありません。むしろ狙って欲しいところですが、残念ながらそうは行かないでしょう。俺ならば危険がないと判断したからガイゼリック様も俺たちに依頼したと考えられます。であるならば、俺は奴らの狙いの外にいる。あの方が、ただ国家の言いなりに、生徒を差し出すはずがありませんから」
「そんな変な理屈・・・」
「いいえ。カイの言う通りでしょうね。ガイゼリック様が何か掴んでいて、それでレオーネたちに依頼したのは確か。そして、カイに危険はないわね。合成獣を作るのに、わざわざ黒騎士なんてもの入れても意味無いもの。人でいいじゃない。でしょう?」
ブリギッタはサラに振った。
「・・・私に解るはず無いじゃない。けれど、貴女がそういうのなら、そうなのでしょうね」
「ええ、私が言うのだから、それは確かね。ライラの使い魔は・・・。それこそ大変なことになるわね」
ライラが笑い、オーギュントが苦笑して、サラが青ざめた。
ライラから使い魔が悪魔であることを打ち明けられたとき、レオーネと共にサラも同席したのだが、案の定サラは昏倒した。倒れる音を聴いたオーギュントが駆けつけ、彼までライラの使い魔が悪魔であることを知ってしまった。そのオーギュントは、昏倒どころか好奇心で質問を浴びせかけ、ナスターシャの機嫌を損ねてしまったのだった。
「で、やるの?やらないの?私は学術的にとても興味があるの。せっかく資料が手に入ったんだから、あなたがやらないと言っても、私はやるわよ」
「ブリギッタ・・・」
「私もやりたいな。ここで止めちゃったら、死んじゃった人が可哀想」
「せっかくだから続けよう!僕はザイオンに大見得切っちゃったしね。ここで止めたら、また説教だよ」
みんなが口々に、続けるよう勧めてくれる。その気持ちがうれしくて、レオーネは、初めて友達と言うものがどんなものであるのかを知ったような気がした。そして、彼らに失望されるのがとても恐ろしく感じた。だから、利己的であったけれど、続けようと決意した。彼らの身を案じて、勝手に諦めてしまうことも、ただの自己満足であることに気付いたから。
友人とは、利己的である際の目的が、友人たちの望みの方向に合っていることが条件の一つであるのだから。
「ありがとうございます。続けてみましょう。でも、本当に危ない、となったときは、悔しいですが諦めることにしましょう。その判断は・・・、私は、何も出来ないけれど、私が決めます!」
皆が喜びに沸き返り、これからの予定を立てているとき、カイはブリギッタに囁いた。
「お前、黒騎士は大丈夫だと言ったが、本当か?」
「さあ?私が作ってるわけではないから、知らないわ」
「・・・」
ブリギッタは舌を出して、赤いチェックの短めのスカートを翻して、キッチンへ走り去った。
****
その夜、みんなが去った部屋はがらんとして、底が乾いたティーカップと菓子くずが乗った丸盆とレオーネだけが残った。皿を片付けるために、テーブルの前に来ると、ゆっくりとそれらをサービスワゴンに乗せた。かちゃかちゃという食器が触れ合う音が響いた。物音がしたので振り返ると、出て行ったはずのサラがじっとこちらを見つめていた。
「止めるべきなのでしょうね」
「でも、止めないでいてくれるのでしょう?」
その言葉に、サラはにっこりと微笑んだ。
「私は現実的だから、信じて賭けに出ることはしたくないけど、きっと上手くいくわ」
「はい。みなさんがいますから」
レオーネはほっと息をした。
「私、不安だったんです。皆が一生懸命になればなるほど、なにも出来ない私は蚊帳の外に置かれてしまいそうで。けれど、私にはっきりとした危険があると解ると、少しほっとしました」
「皆それぞれ役割があるけど、確かにあなたにはない。カイをコントロールするという役目はあるけれど、カイは放っておいても大丈夫でしょうから、実際はお飾りね」
「そして、手柄だけ取っていってしまいますから、やましく感じています。それが少し晴れたようで、自分でも嫌な子だと思います。けれど、皆におすがりするしかないこともわかっています。ですから、やれることはしっかりがんばるつもりです」
サラは頷き、レオーネの肩に触れると部屋を出た。つくされて当然の立場であるレオーネは、そのように扱われてきた。しかし、敬われていたわけではなかった。それを理解しているから、いつも努力してきた。将来、尼寺に押し込まれてもいいように、家事すら習った。好きであったこともあるが、喜んでもらえたから、料理の腕を上げてきた。貴族でありながら何処までもまじめで、優しい子なのだ。サラはオーギュントたちがレオーネを一人の人間として見て、その好意を受け取ってくれることに感謝した。そして、カイという強力な使い魔が来てくれたことも。




