ディア・フレンズ 2
短くなってしまいました。
次回は4/17か4/18を予定。
百目の塔にある秘書室では、クシェルがお茶を淹れていた。
ガイゼリックやコールにも飲ませたことの無い茶葉を使って、鼻歌を歌いながら、ご機嫌な様子で自分専用のカップに注いだ。
いつも眉間に皺を寄せているクシェルからは想像もできない少女のような微笑を浮かべて、うっとりと香りを嗅ぐ。苦味と共に深く甘い香りが広がって、至福に酔いしれたクシェルはカップを持ち上げた。
彼女は、誰がなんと言おうと、一杯目には何も入れなかった。味を濁らすものを極力排除した上で、茶葉の持つ味だけを楽しむのがポリシーだった。そして、その後で、彼女の黄金比で砂糖とミルクを入れ、時にはハーブを浮かべて楽しむのだった。
クシェルは満面の笑みを浮かべて、紅茶を口に含もうとした。
「クシェル君いるか!」
驚いて、落しそうになったカップを何とか持ち直して目を上げると、コールが扉の前に立っていた。普段は、決してノックを忘れることなんて無いのだが、コールはここ最近、どうも心ここにあらずであった。
「ん?美味そうな紅茶だな。いただこう」
コールは勝手に、クシェルの大切な紅茶をカップにつぎ、目を見開くクシェルを気にするそぶりも見せずにぐびぐびと音を立てて飲んだ。
「美味いな。この茶葉か?これからは、私の茶にはこれを使うように」
「・・・」
「ガイゼリック殿はいらっしゃるな?通させてもらう」
「・・・はい」
クシェルは肩を震わせて、コールが去った扉を凄まじい形相で睨み付けた。そして、手元にあったティッシュの箱を思いっきり投げつけた。
****
「いかがなさいました?ガイゼリック殿」
ガイゼリックは口元に手を当て、笑いを噛み殺し、使い魔で隻眼の鷲ベルタが、宿木の上から呆れたようにコールを流し見た。
「コールあなた・・・。まあいいわ。何の用かしら?」
「お気づきのことと思いますが、三人目の犠牲者が出ました」
大きく深呼吸をしたガイゼリックは水鏡に状況を映し出した。
「そのようだな。レオーネ君たちは気付いているかな?ベルタ」
「昨日の今日じゃない。それに、あの家の結界はサラとブリギッタが張りなおしたようだから、いくらわたくしでも覗けないわ」
ガイゼリックは、目を瞑り、じっと考え込んだ。
「コール、貴方はどう思う?」
ベルタの言葉には、試すような響があった。一つ目がコールを見つめる。空間が歪み、ベルタと視界が一体化するような感覚にコールは眉をひそめた。
「お止めください。意地が悪い」
コールがまっすぐ見返すと、ベルタは嘴を開けてからからと笑った。
「奴らに死者が出ていることは伝えておらんかったな。となると、奴らにとって死者は初めてか。・・・三人目の死者が出るのは予想より早いが、心配はいらんだろう。怖気づくような奴らではない。むしろ、逆に勢いづいて軽率になってしまわねばよいがな」
「前の死体はこちらが押さえておりますから、必要以上の情報を彼らが手に入れることはないでしょう」
「此度の死体は?」
「すでに回収しております」
「ならば良い。さすがにブリギッタでも、解剖したいと此処に押しかけてきたりはせんだろう」
「あの子なら分らないわよ?でも、確かに三人目は早すぎるわね。果たして、あの子達はこちらが思うとおりに動いてくれるかしら?」
「奴らに取れる手段はあまり無い。手柄は喉から手が出るほど欲しいから、いきなりデュルイを前面に出してくるようなことも無い。ふん、問題は何時、かだな。あまり遅すぎても困る」
「しかし、あの子も、ライラもいます。危険ではないでしょうか?」
コールが焦れったそうにガイゼリックに問いかけた。こんなコールは珍しかったから、ガイゼリックは、まじまじとコールの顔を眺めた。
「おいおい。貴様、過保護は感心せんぞ。グラナトゥムとデュルイ、両家と親交を深めるのはライラにとってよいことだろうに。いいか、本当の友と言うのはな・・・」
ベルタが羽ばたいて、うるさそうにガイゼリックの口をふさいだ。
「使い魔が付いているでしょうに。カイもいるのよ?あの二人、仲がよさそうだし大丈夫よ」
「確かにあの子のこともそうですが、それ以上にその使い魔のことが心配でなりません。まさか禁術を使おうとは思わないでしょうが、もし発動したらどうなさるおつもりですか?」
コールの魔力が高まって行く。かつて、神聖グローリアのマルティス騎士団で先代剣聖と共に名を馳せた茨の魔術が蔦を伸ばそうとする。
ガイゼリックは、鼻を鳴らして、手を振った。
「止めんか。分っておるわ。わしが何とかしてやる。貴様は心配なぞしとらんで、さっさと出て行って仕事でもしておれ」
コールが礼をして去った後、ベルタがガイゼリックの目を覗き込んだ。
「何とかするとおっしゃいましたが、主様。何とかなると思ってらっしゃるの?」
「勿論だ。貴様はライラとその騎士達を侮っておる。コールはただ怖がっておるだけだ。まったく」
「あら、御免なさい」
ガイゼリックは水鏡にライラに関する書類を映し出した。そこでは、無表情のライラが碧の瞳でガイゼリックを見つめていた。
「この頃に比べて、ずいぶんと笑うようになったものじゃないか、え?お前はこれ以上、この娘が不幸になるというのか?ありえんだろうが」
****
ブリギッタ達に助けを求めた翌日、早速調査を開始した。
レオーネ達は、被害にあったと思われる貴族達のことを一から調べ始めた。しかし、ガイゼリックに寄せられた被害報告は予想したとおり、やはり当てにならなかった。使い魔がさらわれたなどということは醜聞であるうえに、詳しく報告すれば、機密事項であるその能力を漏らすことになるから、報告しない者も多かったからだ。
「駄目ね。報告以上のことはわからないわ。医療報告も多くは封印されているから、こちらかもたどれないわ」
使い魔とのつながりが深い騎士・魔術士ならば、使い魔の身になにかあれば、心身に何らかの影響がでる。予想通り実験に使われているならば、症状は深刻なはずだから、医療機関にかかる必要がある。その記録から情報を得ようとしたが、開示を要求しても通るはずはなかった。極秘の調査であったから、ガイゼリックの名前を出すことも出来なかった。
「報告に穴がある以上、時間経過で地理的に追うのは不可能ね」
サラが地図を見ながら、ため息をついた。
「使い魔の能力も報告されていませんから、どういった能力を持つ使い魔が狙われるのかも、おおよそでしかわからないですね」
報告されているのは、二十件にも満たず、使い魔が推測できるのは、五、六件といったところであった。これでは、方針が立てようもなかった。
「ほら、やっぱり力づくでいきましょう」
お茶を飲みながら、書類を画像として魔術に取り込んでいたブリギッタが言った。コピー防止の魔術が掛かっているはずだが、どうやら彼女には関係が無いらしい。カップを差し出したので、レオーネはお替りを注いだ。
「はあ、美味しい」
ブリギッタが主張するのは、ライラの使い魔がその能力で被害にあった貴族屋敷の内部に入り込み、結界を解除する。気付かれないうちにダミー結界を張り、ブリギッタとサラも屋敷内に侵入。ブリギッタが貴族と使い魔のつながりを利用した魔術で、使い魔の意識から情報を得る。うまくいけば、位置と、現在置かれている状況がわかるはず、らしかった。しかし、そう簡単にいくだろうか。貴族から直接情報を得るというのは、既にガイゼリック達も試しているはずである。
「そんなの上手くいくわけないでしょう?」
サラが地図から顔を上げもせずに言った。
「私が術で解析、あなたが補助。失敗はないわ。術も私が作ってあげるわ」
「もし、万が一、ばれてしまったら大問題ですよ?」
そうなれば、調査自体が出来なくなってしまうかもしれない。
「心配いらないわ。ここにいる貴族で、あなたの家とデュルイ家に後ろ暗いことがない奴なんていないもの。ばれたら借りを返してもらうか、脅すか、買収しましょう」
「穏やかじゃないな」
ソファで時系列を辿っていたオーギュントが、振り返った。
「できないの?王国の軍事の要もたいしたことないのね」
「そうは言っていないよ。できれば、強硬手段はとりたくない。はじめから、こっちに借りがある奴から選ぼう。それも面倒だな。依頼してみたらどうかな?」
「だ、だめですよ。ばれちゃったら大変です。上手くいかなかったら、そこで終わっちゃうんですよ?それに情報の抽出はもうやってるって書いてありますよ」
「あいつら何も分っていないじゃない。大丈夫よ。公国はともかく、デュルイ家はとても怖いもの。逆らう奴なんていないわよ」
ブリギッタとオーギュントは既にやる気になっているようで、被害にあった貴族から誰を選ぶか相談し始めた。
その時、部屋の扉が開き、偵察に行っていたライラとカイが帰ってきた。
ライラはうつむき、唇が震えていた。
「どうしました」
ライラの肩を抱いて座らせたが、ライラは何も言わなかった。
「被害にあったと思われる屋敷を順繰りに見に行ってきたんだが」
カイは腕を組みながら言った。
「貴族が死んだぞ」




