ディア・フレンズ 1
領主ガイゼリックから、キメラ研究の調査を命じられたカイたち。
屋敷に戻り、サラに報告するも、サラは調査に躊躇する。
苛立ったカイは、思わずサラのトラウマを突いてしまう。
動揺するサラであったが、何とか自分を取り戻す。
*続きは明後日(4/15)
男は、魔法陣の前で術式を展開しようとしていた。
広い研究室内にあって、居るのは彼だけだった。他の者は、出払っているのではなく、この偉大な研究に携わるのが、もともと彼一人なのであった。
こまごまとした雑務は、支援者が寄越した小間使いが行っていたが、彼の理論は誰にも理解できるものではなかったから、実験の助手など寄越されたところで邪魔なだけであり、助けにはなりようが無い、そう思っていた。その頑固ともいえる孤高さが支援者には都合が良かったのだ。研究者としての貪欲さと世間に対するプライドの高さ。成果を求めて研究に没頭しながら、それでいて生活に異変を感じさせない彼は、違法な研究をさせるのにはうってつけだった。
その男が、手をかざすと、赤い燐光を放っていた魔法陣から光の帯が立ち昇った。
魔法陣の中には一匹の獣がいた。こん睡状態にあるそれは、とある魔術師の使い魔で男が支援者に言って攫ってこさせた、体長約三メートルの魔亀であった。
男が術式を起動すると、魔亀は痙攣を起こし、口からは泡を吹きだした。今までであれば、ここで止めておくところであったが、男は術をかけ続けた。魔亀の痙攣は大きくなり、穴という穴から、体液が、血が、糞尿が流れ出した。苦しそうに頭部を振り回し、奇矯な叫びを上げる。あたりに異臭が満ち、あふれ出た体液が魔法陣から漏れ出る。それでも男は黙って術をかけ続け、状態を観察し、細部にわたって記録した。
魔亀が動かなくなり、痙攣も止まったころ、男は天井を見上げた。
そこには、何かがいた。暗くて見えないが、大きな影が蠢いていた。
にっこりと微笑んで語りかけた。
「待たせたね。さあ、彼がお前を完璧にしてくれるんだ」
*****
「それで、私たちが呼ばれたのね」
ブリギッタは足を組み替え、髪を掻き分けながら言った。顔には得意げな色が浮かんでいる。ライラはいつものように菓子棚をあさって、何か食べるものを探していた。オーギュントといえば、緊張した面持ちでサラの前に座っている。
調査の協力を持ちかけるために呼び出したのであったが、オーギュントは使いを出すとほぼ同時に屋敷の玄関の前に立っていた。どうやら、デュルイ家の情報網には、レオーネたちが命令を受けたことは知られていたようであった。あるいはガイゼリックが意図的に流したか。
「はい。調査に当たって、いろいろお願いしたいのです。危険なことは私たちが行いますから」
緊張しながらレオーネは三人を見た。こんなことをお願いするなんて虫がいいとは思われないだろうか。けれど、三人の手を借りることが出来れば、それほど心強いことは無い。
続けて、とブリギッタが促したので、説明を続けた。少し気を悪くしたようだった。一方、アップルパイを見つけたライラはソファに身を投げるようにして、説明を聴いた。
しかし、説明を続けるうちに、ブリギッタの機嫌はますます悪くなっていったようで、最後の方は怒ったように人差し指で机をこつこつと叩きだした。そんな様子を見て、カイはブリギッタたちの負担を減らそうとしたが、やっぱり、というか、そうするほどにブリギッタの眦はあがっていった。蛇に睨まれているようで、レオーネは言葉が出なくなった。
「不満か?」
「ええ、とっても。なにが、なんて言わないでね」
ブリギッタのその微笑が、限界を迎えるサインであることを知るサラとレオーネは、慌ててカイをとめようとした。
「お前たちが怪我をしないように配慮したんだがな」
やれやれ、とカイは頭をふり、そんなことも分からないのか、と付け加えた。
ああ、カイさん、どうしてそんな無体なことを。
その瞬間、ブリギッタが机を力いっぱい叩いて立ち上がった。
「はあ?私だって、公国の術士で、レオーネの近衛騎士だったのよ。危険な任務こそ、私が前に出るべきなの。危険を恐れるとでも?愚弄する気かしら!」
噴火するブリギッタに、たまらずサラがなだめるように口を出した。
「調査には、私とカイとライラが当たるんだから、レオーネ様の警護は貴女とオーギュントに頼むしかないじゃない。私たちが調査していることが知れたら、相手がどう出るかわからないのよ?戦闘になった場合、前衛のオーギュントと補助役の貴女、それしかないの」
しかし、ブリギッタは収まる気配がなかった。
「後詰なんてまっぴらよ。サラ、解っているでしょう?私が前に出ないわけには行かないの。しかも」
ブリギッタは、ずいっとライラの肩をつかんで前に出した。
「この子が出るっていうのに!」
レオーネはあたふたして、どうするべきか解らなくなってしまった。自分が判断すべきなのだが、そもそもこの調査自体が曖昧なものなのだから、はっきりとした方針を立てられるはずもなく、調査の成り行き次第で対応していかなければならなかった。
「誤解しているようだが、危険なのはお前とオーギュントも同じだぞ。俺は調査で終わらせる気はない。本丸を落とすつもりでいる。そうなったとき、相手が狙うのはレオーネ様だ。ああ、俺が守りたいさ。けれど、お前たちを見込んで、その大事な役目をお前たちに頼むんだよ」
ブリギッタは、ねめつけるような視線でカイを見た後、大きな音を立てて椅子に腰掛けた。
「分ってくれるよな?弟子よ」
そう言って、オーギュントを見た。彼は微笑んだ。
「え?やだよ。せっかく修行したのに」
オーギュントはあっけらかんと言い放った。
「貴方ね。デュルイ家の王子様が、グラナトゥムの請け負った仕事で怪我でもしたらどうするのよ」
いらいらした様子で、ブリギッタが答えた。
「何言ってるんだよ。ガイゼリック殿の算段には、僕たちも入っているに決まっているじゃないか。こんな調査、三人で出来るわけが無いだろう?カイの力だけを当てにするわけが無いじゃないか。僕が、デュルイがいるだけで相手はひるむ。僕が前に出ることで、解決はしないかもしれないけど、事態は沈静化するんだよ。これはグラナトゥムには出来ないことだ」
オーギュントの言っていることはもっともな事であった。機関側にしてみれば、最近の使い魔の失踪が問題なのであって、最悪それが止まってくれればいいのである。
誰も乱暴なデュルイと事は構えたくはないのだから、オーギュントが出張ってくれれば、首謀者も行動を一時的にせよ、とめざるを得なくなる。そうして時間を稼いでいる間に、何かしらの証拠を掴んでしまうのも、一つの手だった。
一方、温和なグラナトゥムに対しては、レオーネに何もなければ問題はない。喧嘩にさえならなければいいので、放っておくか、少しばかり脅しておけばいい。つまりは消極的な対処で十分なのであった。だから、オーギュントの言うとおり、首謀者が止まる可能性は低く、時間を稼ぐ手段は仕えない。しかし、その消極的な対処は、こちらにとっては都合の良いものだった。万が一ばれても、調査の挙げる成果はデュルイが出るよりも良いものとなるだろう。
「そういうわけもいかないな。それは最後の手段として取っておくべきだ。相手が止まってしまえば、それだけ解決が難しくなる。今まで尻尾を現さなかった奴に近づくためには、デュルイがいることは気取られたらまずい。いいか?これは、あくまで面倒ではなく、チャンスと捉えるべきだ。これだけの問題を俺たちが解決することで、レオーネ様とサラ、そして使い魔である俺の株を挙げることができるんだ」
「ちょっと待ってよ。あなた本気なの?それなりの証拠をつかんだら、引き上げるのよね?私が賛成したのは、調査の範囲でのことよ!」
サラが慌てて口を挟む。
「そうなればいいが、そうもいかないだろうな。最近の事件の発生具合から、相手はかなり切羽つまっている。情報を掴んだ者を消すくらいの強行手段に出てもおかしくはない」
「駄目!貴方たちをそんな危険な目に合わせるわけには行かない。それに使い魔である貴方に何かあったら、フィードバックで姫様にどんな影響が出るか」
罪に塗れたフラーダリーの娘に出来た、こう言ってよいのなら、友達だから。どうか無事にいて欲しいの。
「問題ない。そうなる前に何とかするし、駄目ならオーギュントが出ればいい。それに、ここはマルブだ。なにかあったら憲兵が駆けつけてくる。あいつらも成果が挙げられなくて焦っているからな」
「でも!」
サラの様子に、ライラとオーギュントが気押される。しかし、ブリギッタが答える。
「いいえ。是が非でも解決するのよ。貴女もレオーネもこんな風に扱われていいはずが無い。貴女たちを侮辱した奴らを見返すのよ。出来ないなんていわせない。私は貴女たちに投資したんだから。そうでしょう、レオーネ?」
「私は・・・」
力の無い私には、出来る事など何も無い。
みんなみたいに戦うことも、誰かの盾になることも。
けれど、これは私だけの問題じゃない。
サラはああ言っているけれど、きっと最後まで自分ひとりでも調査するに決まってる。
フラーダリーの名誉を取り戻すためならば、何だってするから。
そして、私の召還に加担したブリギッタは、私の立場がこれ以上悪化すれば、どうなるか分らない。
それなら。
「最後までやりましょう。皆さんのお力、お借りします」
「姫様!?」
「サラ、皆さんにお頼りしましょう。私達は公女と近衛騎士。より多くの成果が期待されています」
そして、何より失敗を望まれている。
「ならば、私が!」
「やっぱり」
微笑むと、サラはばつが悪くなり、目を伏せた。
「ふうん。やっぱり一人でもやる気だったんだ。私たちに隠して、手柄を独り占めして?ずるいわねえ」
ブリギッタとライラが顔を合わせて笑う。ただ、オーギュントだけが、一人浮かない顔で黙り込んでいた。




