ライラの使い魔
「女神、二柱」の同時刻のカイたち。
続きは、4/1予定
稽古で気絶し、未だ目を覚まさないオーギュントを肩に担いで帰宅すると、ライラが菓子棚をあさっていた。カイのほうをちらりと見ると、またすぐ仕事に取り掛かる。
ここ最近、ブリギッタと共に訪れて以来、ライラはレオーネの屋敷に入り浸っていた。レオーネも友達が出来たことがうれしいようで、もてなす料理にも一層熱がこもった。ブリギッタはといえば、ライラが来ることには反対していなかったが、あまりにもお菓子を食べ過ぎるので、口やかましくライラに小言を言っていた。そして、それをサラが呆れたように眺めていた。
「ようライラ、今日も精が出るな」
オーギュントをソファに転がして、カイは椅子に腰掛けた。
ライラは、棚からアーモンドが混ぜ込まれたクッキーを探りだすと、皿に盛ってカイの前に来て座った。
「お茶入れて」
「お願いします、は?」
「お願いします」
「ふむ」
ライラは茶道具一式をカイの前におき、いつの間にか自分専用にしたティーカップを掲げた。
「淹れるのは構わないが、自信は無いぞ」
「いい。期待してない」
クソ餓鬼が。
苦戦しながらも何とか紅茶を淹れ、ライラに差し出した。ライラは、一口含むと、まあまあ、とだけ言った。
「ありがとうございます、は?」
「ありがとうございます」
クッキーをおいしそうに頬張ると、カイにも差し出した。食べると、アーモンドが香ばしく匂った。甘すぎず、しっとりとした生地に、アーモンドのしっかりとした歯ごたえがぶつかって、かすかな苦味が広がる。バランスの取れた味に、カイは満足げに頷いた。ライラは、一つ食べ終わると、すぐ二つ目に取り掛かった。クッキーと紅茶と順に、手をせわしく動かしながら、食べ続ける。
「ライラ、もったいないだろ。もっと味わって食え」
「味わってる」
「・・・そうか」
ライラがカップを突きつけてくる。口にはクッキーがつまっている。カイは無言で受け取ると、おかわりを淹れた。こくこくと頷き、紅茶を流し込んだ。熱さに顔を歪めながら、小さくせきをした。
「ありがとう」
そうして、また食べ始める。このままでは、きれいさっぱり無くなってしまう。
「おい。そこまでだ」
顔を上げたライラは、無表情にカイを見つめながら、咀嚼した。なんとも、はしたない。
「いいから、止めろ。俺がブリギッタにしかられる。あいつのしつこさは、お前が良く分っているだろう?」
「いいの」
「いいの、じゃない」
カイは、クッキーの皿を取りあげた。恨めしそうに見つめるライラを見て、なんだか、とんでもなく悪いことをしたような気分になった。そんな気分を振りきるように、カイは言った。
「もう駄目だ。言うことを聞け。お前のためだ」
「そんな言葉でごまかして。止めて欲しいなら言うことがあるでしょ?」
ブリギッタのマネをしながら、ライラは眦を吊り上げた。
「お願いします」
「分った。止めてあげる」
すまし顔で、行儀良く両手で紅茶を飲む。
「で、皆はどうした?」
「ブリギッタとレオーネは夕ご飯の買出しに行っちゃった。サラは、二階でお仕事」
「そうか、メニューはなんだろうな」
「羊肉をぶどう酒で煮込むんだって。楽しみ」
ライラは、クッキーが駄目ならパンならいいじゃん、と言って、大きなパンを丸齧りにし始めた。まだ食べるのか。
「お前、いつもそんなに食べて、飯も山盛り食うが、いったいどうなっているんだ。おかしいだろ」
むしゃむしゃと音を立てて食べていたライラは、カイをじっと見つめた。そして、依然、ソファで気絶しているオーギュントの様子を伺った。なにやら考え込んだあと、小さく、一言つぶやいた。
ぬるりと、ライラの華奢な右肩付近に、真っ黒で鍵爪の生えた手が現れ、彼女の肩を掴んだ。ライラがそれを流し見る。手がかすかに震えて力が緩み、柔らかくライラの体を撫で上げた。それはまるで、少女に取り憑き、むさぼり、破滅に導く、情欲の餓鬼のようであった。
邪に魅入られた、か弱い少女。誰もが同情し、無事を願い、聖者に助けを請う。けれども、誰も助けることはない。復讐が怖いから。標的にされてしまえば、生きることを諦めざるを得ないことを、本能で知っているから。
肩と手の間から、黄色い落ち窪んだ瞳が覗く。爬虫類のようで、感情が読み取れない。カイを見るその瞳は、ただ観察していた。精神が薄弱なものがその視線に居抜かれれば、意思は消え去り、傀儡と化すか発狂する。たとえ耐えられたとしてもトラウマが残る。
なぜなら、それは否定から生まれたから。そして、それから見れば、現世もまた己を否定するから、傷つけずにはいられない。
必要だからそう在るのではない。そう在ることしか出来ないから、そう在るのだ。
そう言った意味では、それらに罪は無く、罰だけがあった。
存在そのものが背徳であり、絶対なる被害者として、現世にそれらは存在した。
人の言うところの悪魔、恐ろしき混沌の落し子。
憎まれるために生まれた、悲しき、醜悪。
「ほう、それがライラの使い魔か。なるほど、そいつにも食わせているというわけだな?なかなか頼もしい目をしている」
ライラは目を見開いた。口を大きく開けて、停止した。
「なんだ、その顔は。愛らしいが、ブリギッタが見たら卒倒するぞ」
「怖くないの?」
恐る恐るライラは言った。けれど何処かうれしそうである。
「怖い?そいつがか?確かに珍しいが、ただの悪魔じゃないか。ああ、すまん、侮辱するわけではないぞ。しかし、貴様は見た目で人を脅すような低俗なやからではないのだろう?力を抑える術も心得ているようだし、問題はない」
瞳が細まった。しかし戸惑っているようでもある。
一方、ライラはうれしそうに声を挙げる。
「そう!この子はそんなんじゃないよ、もっと立派なんだから!」
叫んだかと思うと、はっと口をつぐんだ。そうして、カイ越しにオーギュントを見た。そして、なにやらつぶやくと、黄色い瞳が消え、数秒後、また戻ってきた。ライラは頷くとカイに顔を寄せた。レオーネとブリギッタに向けるような、本当の笑顔だった。
細い両腕を机に立てて、薄い胸を乗り出して、きつめの目が輝いている。綺麗な弓なりの眉毛をいっぱいに上げて、薄い唇が何かを言おうと急いている。髪からは嗅いだことのある草原の匂いがした。
ああ、お前か、アーティファ。
「カイはこの子が大丈夫なんだ。うれしいな。さすが黒騎士だね。ひょっとして、東にはこの子みたいなのがいっぱい居るのかな?」
(俺が知るわけないじゃないか。しかし、いたら世界の秩序が大いに乱れる。そんなことはメーテルが許さないだろう)
「いや、そうではない。俺は悪魔に関して、知見があるんだ」
「そうなの?じゃあさ、レオーネにこの子を紹介したいんだけど、カイはどう思う?ブリギッタやこの子は、もう少し待ったほうがいいって言うんだけど」
ライラは真剣に、レオーネに秘密を打ち明けようか悩んでいた。教室に姿を現しても、ライラがブリギッタ以外の誰かと話すことはなかった。屋敷に来るようになっても、外でレオーネに話しかけようとせずに、話を向けられてもそっけない返事を返すだけであった。まるで、自分に関わりあうとよくないことでもあるかのように。
けれど、もうそんなのは嫌だから、寂しくて泣いてしまいそうだったから、ライラは心からの友達が欲しかった。たった一人の友達であるブリギッタが、レオーネやサラと向け合う眼差しが羨ましかったから。
しかし、カイにそんな機微が分るはずが無かったので、いつものように率直に言った。
「大丈夫だろ。びっくりされるだろうが、レオーネ様は気にしない。むしろ、秘密を打ち明けられて喜ぶんじゃないか?」
その言葉に、ライラの顔がぱっと輝く。
「だよね!レオーネは大丈夫だよね!だってレオーネだもん」
「ふむ。レオーネ様だからな」
人の在りようを許容し、人も世界も憎まない。彼女にとって悪魔が何だというのだろう。ただ気の毒な、ちょっと変わった亜人としかみないであろう。
「でも、サラは大丈夫かな?レオーネが知ったら、きっとサラにも言っちゃうよね?隠しておくのは可哀想だし」
・・・サラ?
気取ってはいるが意外と少女趣味で、ロマンチストな夢見る少女。
人一倍傷つきやすくて、ブリギッタよりも面倒な小娘。
レオーネの保護者でありながら、レオーネに凭れてばかりの愛すべき女の子。
そんな奴が悪魔を目にしたら?
ふむ、問題ない。
「構わないだろう。ただし、二人いっぺんに打ち明けるべきだ。伝聞は駄目だ。そこにレオーネ様が居なくては。レオーネ様が居れば、あいつは大丈夫だ」
「そう?」
「ああ。俺が保障する。倒れるかもしれないが気にするな。あいつはそういう、とびきり面倒な奴だ」
ライラが頷いたと思うと、笑い声が聞こえ、レオーネとブリギッタが帰ってきた。その後ろには、憲兵の手伝いをしている子鬼が大きな荷物を持って付き従っていた。
「ありがとうございます。ガタリさん」
「いえ」
ガタリと呼ばれた子鬼は、小さくしわがれた声で言った。顔のわりに大きな鍵鼻をひくつかせて、まごまごしている。
「じゃあ、これ」
ブリギッタが袋を一つ差し出すと、仰々しく拝むようにしてそれを受け取った。
「ありがたく」
またお願いします、と言うレオーネの声を背に受けて、ガタリは子鬼らしい素早い身のこなしで、出て行ってしまった。
「何あげたの?」
レオーネに抱きついたライラがブリギッタを見上げた。
「腸詰よ。ガタリは苦労しているらしいから」
ガタリは当初、行商に連れられて機関に出入りしていた。他の子鬼のように、小間使いのようなことをしていたのだが、ある日、その行商が機関に来る最中に盗賊に襲われ、散り散りになってしまった。主だったメンバーは逃げおおせたものの、その損害から行商は解散してしまい、彼は行き場所を失った。気の毒に思ったガイゼリックが彼を拾い上げ、憲兵の手伝いをさせることにしたのであった。ガタリは、行商の用心棒もかねていたので腕はたった。今では、それなりに扱われ、家族への仕送りも順調であったが、それでも、金はいくらあっても足りないらしく、せっせと倹約に励んでいた。
「ふうん。亜人はよく食べるもんね」
「あなたが言うの?」
呆れたブリギッタを尻目に、ライラは買い物袋をあさりだした。
****
カイが料理の下ごしらえを手伝っていると、サラに気付けを受けて目を覚ましたオーギュントが辺りを見渡した。こちらに気付くと、じっと見つめてきた。そして、なにか思い当たると、サラに一言二言、話しかけた。すると、サラの顔が引きつった。それに気付かず、話し続けていると、サラがオーギュントを鋭くにらみつけた。そして、呆然とするオーギュントを置いて、二階に行ってしまった。見ていたブリギッタは机に突っ伏して肩を震わせた。
「なにを言ったんだ?」
泣きそうになったオーギュントがしょぼくれた足取りで、キッチンにやって来た。
「いや、サラさんは料理しないのかって、食べてみたいって。勇気を出して・・・」
「人にはどうしても出来ないことがあるらしい」
芋を裏ごししながら、目を合わせないようにして言った。
レオーネが手を止めて苦笑した。
「皮むきはとっても上手なんですよ」
そこで耐え切れなくなったブリギッタが弾けたような笑い声を上げた。
ライラは必死に、ワインや香辛料に漬かった肉を揉んでいた。
****
「ライラ。お肉を取ってもらえますか?」
ライラが肉を取り出して、恐る恐るレオーネに渡した。そして、受け取ったレオーネが調理するのを見学するために、椅子をひっぱってきた。
ようやく機嫌を直したサラが、オーギュントと共に、テーブルクロスを取り替えて食卓をセットする。ブリギッタが、そこからワイングラスを取り上げて、自分が持ってきたワインを注ぎ、飲みだした。
「少しは手伝ったら?」
サラが睨み付ける。
「いいの。私は今日、十分働いたんだから。それにこれから煮込むんでしょう?まだ、時間あるじゃない」
「あんた、分るの?」
「嗜みよ。ライラ、良くお勉強するのよ。料理一つ出来ないようじゃ、淑女と言えないわ」
サラの顔が真っ赤になり、整えたはずのクロスに大きなしわが寄った。あわてたオーギュントが、フォローしようとするが、サラは大きく口を開けた。
こいつら、騒がしいな。
カイが口を挟もうとしたとき、市場の方角から、世界開闢の雷鳴が轟き渡った。
世界が変革する。
時間が引き延ばされて、人になったカイの認識を超えていく。
(おいおい。これは、アーティファ、か?)
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神気に飲まれた先で、カイは世界の狭間にいた。
ただ真っ白な空間に、レオーネ、サラ、ブリギッタ、オーギュントが背を円くして浮かんでいる。カイは彼女たちの下で佇んでいた。
正面に小さな円テーブルがあり、椅子に一人の蛇人が腰掛けて本を読んでいる。
「お前か。ホクマ」
掛けていたメガネをはずし、ホクマはカイをみた。
「俺の居る場で、アーティファは何をしている?」
「さてな。ワシはマーテルから、いざという時、手を貸せと頼まれていただけだ」
「ふん。どうしようも無いなあの女は。で、一人、足りないようだが?」
ホクマは、レオーネたちを見た。そして、細く長い舌を出し、薄く笑った。
「あれは、アーティファのお気に入りだ。此度のこと、貴様には関係が無いらしい。あの娘がことの中心よ」
「そう言われてもな」
カイは、手を広げた。
「どうすればいい?」
「ここで、しばらくじっとしておれ。じきに落ち着こう」
「まったく、神と言うのは、自分勝手なものだな」
カイは椅子に腰掛けた。ホクマは、カイの顔をしげしげと見つめた。
「丸くなったものよ。以前のお前なら、怒り狂っただろうに」
「アーティファは、元エルフでかつて生きていた。行き当たりばったり、とりあえず行動するのが現世の者だろう?」
「そうだ。奴らには時間が無いからな」




